凱旋した勇者様に婚約破棄された直後に拾われました。もう新しい王国を作ってもらって幸せになりますね。
魔王討伐がされたという速報に、王国中が沸き立つ中、戦勝祝いのその席でなぜか婚約破棄される公爵令嬢。今回の勝利の立役者でもある公爵家へのあまりの仕打ちに会場が静まり返る。
――――いや……。祝いの席に水を差すのはやめましょうよ。殿下はバカなのですか?
「フリーダ公爵令嬢! 聖女アリエスを貶めた罪で婚約を破棄する!」
そんなことをこんなにめでたい席で言うことが出来る人を、王太子にしているこの国はもう終わりかも知れない。そんなことを思ってみる。
その後ろには、第三王女もいる。この断罪劇をとても楽しそうに見ている。贅沢が好きで、騎士たちとのうわさも絶えない残酷な王女様。勇者様が凱旋したら、褒美として王女と結婚することに決まっているらしい。
――――きっと勇者様は、苦労するに違いありません。
対する私は、この国の盾として軍事をつかさどるハイザエール公爵家の長女だ。
もしかしたら、魔王討伐をされたことで一気に軍事をつかさどる我が家の力を削ぎたいという敵対派閥や王族の思惑もあるのかもしれない。
それにしても……。王太子の隣にいるのは、聖女という噂の少女アリエス。なぜか私がいじめたというのが婚約破棄の理由になっているけれど、ほとんど面識がない。調べたらきっとほころびだらけの計画を鼻で笑いたくなる。
勇者様が戦場で戦っていた間、王立学園でのんびりと王太子との恋をはぐくんでいた少女を、いくら聖魔法の使い手だからと言って聖女と呼ぶのはどうなのだろうか。
私も回復魔法は使えるから、ハイザエール公爵家の騎士たちとともに、戦場の後方支援に勤しんでいた。その間、学園でのほほんとしていた殿下と聖女アリエスとは、最近お会いする機会がなかったと思うのに。
「そうですか……。受け入れますわ」
婚約破棄は仕方がない。これまで、何とかこの国を良くしたいと苦言を呈したこともあった。たぶん、そのこともあって王太子殿下は暴走したのだろう。この機会に、この王国を見限ってしまっても、それは仕方がないことだと思う。
私のお母様は、隣国の先代国王の娘。もしも、こちらの王家からの扱いが良くなかったら隣国に来るようにと、私のうわさを聞き付けたらしい前国王のおじいさまからはもう何度も手紙をもらっている。もう、何もかも捨てて隣国に行ってしまうのが良いに違いない。
私の返答が意外だったのか、王太子殿下が唇を震わせている。泣いて縋るとでも思ったのだろうか? そこまでの思い入れが私にあるはずないのに。
その時、祝勝会の会場に一陣の風が吹いた。
その風は徐々に強くなり、会場中の旗がバタバタと音を立てる。
「へぇ……。無事に魔王を倒して凱旋して来たら、面白いことをしているね?」
その声に私は聞き覚えがあった。
戦場ではよく聞いていた声だから。
振り返ると予想通り、この国にはいない色彩である黒い髪と瞳の男性がそこにいた。
「勇者……貴様、王族に対して不敬だ」
勇者様に対してまで、そんな言葉を吐く王太子殿下にめまいがする。
異世界から来た勇者様は、ほぼ単身で魔王を打倒したお方。
この王国の全兵力をもってしても、叶うはずがないのに。
「久しぶりだね。フリーダ!」
王太子を無視して、なぜか勇者様が私に抱き着いてきた。
よく分からないけれど、勇者様はスキンシップが激しいのだ。
「勇者様……。魔王討伐おめでとうございます。必ず成し遂げると信じておりました」
「――――水臭いなあ……。すべてはフリーダのためだったのに」
そう言うと勇者様はほくそ笑む。まるで、私がこんな風に婚約破棄をされるのをすでに知っていたかのように。
「いくらアタックしても、王太子の婚約者だからと断られ続けて早三年。……今、婚約破棄されていたよね?」
「……笑いたいなら、笑えばよろしいでしょう?!」
アタックするなんて、戦友としての冗談の延長ではないか。勇者様はいつも私のことを揶揄っては反応を楽しんでいる節がある。
こんな時まで、揶揄ってくるなんてひどいお方だ。
そんな勇者様なんて、贅沢三昧の我儘王女と結婚して苦労してしまえばいいのだわ!
そう思った瞬間に、手を掴まれて真剣な表情で見つめられる。
時が止まってしまうのかと思うほどに。
しばらく思案している様子だった勇者様が、口を開いた。
「……この世界が、妹がはまっていた乙女ゲームの世界で、フリーダが悪役令嬢だって気がついた時から、この瞬間に間に合うために苦労したよ」
「――――? 勇者様、何をおっしゃっているのか分かりません」
「分からなくていい……。俺の問題だから。そもそも、勇者なんて存在はこのゲームには存在しないのだし。――――それでも、ちゃんと間に合ったんだから、ご褒美をくれると嬉しいな?」
「あいにく、たった今、婚約破棄をされましたし、下手すれば公爵家令嬢の身分も無くすかもしれないのです。何もあげられませんよ?」
その瞬間、いかにも楽しそうに勇者様が笑った。
「いいんだ。ただ、フリーダだけが手に入れば、他には何もいらない。どう? 魔王を倒した勇者なんて、王太子なんかよりもずっと優良物件だと思うんだけど」
――――国防の要であるハイザエール公爵家は知っている。すでに、勇者様が隣国から誘いを受けていることを。勇者様が見限ってしまえば、隣国は力を増してこの国は力を失うに違いない。
「……隣国への手土産としてですか」
私は、隣国の王家の血を濃く受け継いでいる。
赤い髪に、どこまでも青い瞳。王太子殿下からは気が強そうだとか、赤い派手な髪が下品だとか心無いことを言われたけれど、隣国の王族の血を受け継いでいる証拠だ。
隣国では赤い髪と青い瞳は、王家の尊い血筋の証としてとても大事にされている。
隣国に行けば、私も王位継承権を持っているのだから。
「それもいいけど……。せっかくだから、もう乙女ゲームなんてやめにして俺と新しい国を作ろう? まあ、スローライフも捨てがたいけど、たぶん王妃候補として学んだことを生かしたいんだよね? ……世界の半分を君にあげるよ」
乙女ゲームがなんなのか、私にはわからない。
でも、いつも一緒にいると楽しい勇者様からの提案はとても魅力的に思えた。
思わずというように、私は勇者様の手を取った。
その瞬間、勇者様の瞳には輝く紋章が現れる。
「乙女ゲームのモブに転生したところから、ここまで成り上がったのもすべて君のためだよ」
「……よく分かりませんが、あなたのことは戦場にいた時から信頼に足る方だと思っていました」
「うわぁ。フリーダは色気がないな……。せっかく凱旋した勇者に選ばれし乙女になったんだから頬を染めるとかさ」
頬を染めている場合ではない。もしも、勇者様が本当に世界の半分を治める気なら、これから本格的に帝王学を叩きこまなければならないのだから。
「――――その顔。その挑戦的な顔がたまらないな」
ちょっと残念なところがある勇者様だけれど、戦場でご一緒したときに高度な学力やこの世界にはないレベルの知識を持っていることはすでに把握している。
「世界の半分なんていりません。かわりに永遠に続く最高の王国を下さいませ」
「うわぁ……。魔王よりも出してくる提案がやばいな。さすが悪役令嬢! まあ、永遠は無理にしても最高の王国をあげられるように努力するよ」
私は今度こそ、勇者様の胸に飛び込んだ。
実際、勇者様は私の願いを叶えてくれるのだけれど……。
王妃には逆らうことができない英雄王という不名誉な名前で勇者様が国民に慕われるのは、もう少し後のお話なのだ。
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