あっ!
「あっ!」
という、知子の叫び声に私は振り向いた。
「待て、待て、待て」
そう呟きながら知子は前屈みの格好で小走りになる。どうやら財布から落ちた小銭を追いかけているようだ。
小銭はコロコロと並んだ自販機の隙間に転がって行った。
「うぎゃー。私の500円がぁ!」
知子の悲鳴が夜の駅にこだまする。
「止めんか、恥ずいから」
しかし、私の抗議など耳に入らない様子で知子は自販機の隙間へ手を入れて500円を拾おうと必死になっていた。
「いや、ちょっとマジ勘弁。500円だよ。ちょ、これなんとか……えぇ~、どこよ、私の500円」
手探りではなかなか見つからないようだ。
ポケットからスマホを取り出すとライトをつけて隙間を照らす。
「えっと、どこよ。どこ、どこ……」
ふいに知子の声が止んだ。
「ん。見つかった?」
私の問いかけに知子は無言のまますごい勢いで戻ってきた。そして、痛いほど強い力で私の手首を掴むと丁度やって来たばかりの電車へ引っ張りこんだ。
「ち、ちょっと。知子、なにするのよ。これ反対方向の電車よ」
「いいの!」
抗議して電車から降りようとする私を知子は、がっちり掴んだまま放そうとしない。
ただ、ひたすらうわ言のように、「いいの」、「いいの」と呟くだけだった。
そうこうしているうちにドアは閉まり、ゆっくりと電車は動き出す。
「あーー、もう、どうすんのよ。反対方向の電車なんかに乗って」
文句を言う私の目の前に知子は500円をつき出し、見せた。
「さっきの500円? 良かったじゃん。ちゃんと拾えたのね」
「はいって……渡されたの」
「えっ?」
「自販機の隙間にね、女の人がいたのよ。
で、はいって……
はいって、これを渡してくれたのよ!」
知子は真っ白な顔でそう言った。
2020/07/20 初稿
ゾクリとしてもらえると嬉しいなぁ