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7話目-⑩

この世界に昆蟲人(セクロイド)という種族は存在しない。そもそもが昆蟲族は進化をすればするほど身体が大きく強くなっていく。

"ジャイアントセクト"を経て最終的には"ギガントセクト"へと至るからだ。奇跡が起きた。そんな一言で片付けて終うのは極めて簡単であるが、魔導師たちが目の当たりにしていたら、きっと目を輝かせて解明に乗り出していた事だろう。



この場にいる誰もそんな事は気にも止めない。起きた現象は、そうなんだと、ただ受け止めてしまっていたからだ



「オオオオ!」



「クソガァァ!マダダ!マダヤレル!!」



エウロバもシンドゥラも受けたダメージは大きそうであるが、未だ戦闘不能には程遠い。態勢を整えてアーカーシャ達へと向かってきていた。故に問う



「Gao?」



「オークの方は任せて良いかと聞いています」



「お任せください」



「good」



淀みなく灰色の髪の少女は強い眼差しで相手を射抜きながらそう答えた。

アーカーシャが高速で動いてその場から離れると、地龍だけが当然それを追ってゆく。



「ウオオオオ!!」



先程まで、唯一体躯に関してのみ差がなかった。だが今の両者は余りに正反対だ。昆蟲人に成った今でも、スペックを比較するならば、マトローナの方が圧倒的に劣っている事実は変わらない。



だというのに、マトローナは別段焦りもなく微動だにしない。速さに反応出来ない訳ではない。寧ろ今の目は複眼だった時より、大幅に性能が上がっているのだから、当然捉えている。



空を裂いて、刃がマトローナを両断しようと既に目前まで迫っている。



「ウ、オオ?」



攻撃が決まるその瞬間に突然シンドゥラの動きが止まる。寸止めするつもりなど更々ない。正真正銘殺意が込められた本気の一撃。



刃が目には見えないほど細い何百もの糸で絡め取られていた。もう力をどれだけ込めても前には進まない。



「ル……オオ!」



「残念。切れないわよ。これは私がアーカーシャ様より授かった新たな力だもの。」



強い力で伸び切ったゴムが元に戻るように、糸の反動はより強力になってシンドゥラ自身へと跳ね返す。受けたシンドゥラの身体がボールの様に跳ねていた。



「グ……オ オ」



「今度は私の攻撃」



マトローナが何もない宙に浮かんだ。糸の上に乗っているのだ。そのまま滞空しながら、その場で何度も何度も大きく跳躍している。

回数を経るごとに糸に加える力が大きくなっていく。

一際大きく身体を沈め込むと、ギリギリと糸が音を立てていた。

マトローナはまるで限界まで引き絞られた矢のように力強く放たれた。



言ってしまえば、ただの音速を超えた速度での体当たりだ。しかし速さと質量を掛け合わせた威力は凄まじいの一言に尽きる。



「グアアッ!」



シンドゥラの腹部が深々と抉り取られる。決着は着いたように思われた



「これで」



「この、程度で……勝ったつもりかぁ」



「負けられぬ!負けられぬのだ、オレは!」



シンドゥラは痛みで自我を取り戻していた。そして先程までのただ大きいだけの魔力が明確に形となって循環して、失った部位を瞬く間に再生させていく



「随分と器用なことをする」



「我ら、は、このバルディアの地に辿り着くまでに、数え切れないほどの同胞を失った。オーク。ただそれだけの理由で殺されたからだ。

誰かが。オレが立ち上がらなければ。オークという種は遠くない未来にきっと滅ぼされてしまう……!だから……」



「だから迫害される同胞達のために立ち上がった。まるでお前は英雄だな。シンドゥラ。いやきっとお前はオークたちにとっての英雄だよ。だが英雄ってのは、他者に利用されて死ぬもんなのさ」



「……間違っていると言うのなら、どうすればいい、オレは。どうすれば、良かったというんだぁぁ!マトローナァァァ!!!」



この程度の闇雲な一撃。避けるのも跳ね返すのは容易だろう。だがマトローナはあえて束ねた糸を拳に纏い、真っ向勝負で受ける。何度も何度も。

真っ向勝負はパワーもスピードもシンドゥラより劣るマトローナの方が不利で、何合も打ち合うだけで、その身を想像以上の激痛が走っているはずだが表情は変わらない



「さぁな。答えを私に求めるな。

だが、少なくともこの答えは、アーカーシャ様なら兎も角、お前が出して良い答えじゃない。断言できるよ、結果的にお前の選択は誰も救えない。悪戯に大勢を巻き込んで多くの死体を増やすことになる。

お前がみんなを殺すんだ。」



その言葉に剣が鈍った。その瞬間を狙い澄まして、マトローナの拳がシンドゥラの心の臓を僅かに速く穿っていた。心臓を潰されたのだ。普通なら即死だ。だが、彼は立っていた。立ち尽くしながら、無念そうに心中を吐露した



「届かないのか、結局

こうまでしても、オレは何も成せないのか。」



「……でも失いたくなかったんだ。何も。

弱いけど、守りたかったんだ……オレは

けど、だったら、オレの人生には、何の価値も……」



「間違えただけだ」



「え?」



ボリボリと頬を掻きながら、マトローナはやるせなさそうにこういった



「だからやり直せばいい。何度でも。仲間を殺した事は、絶対に許せないし、許すつもりもないから、その件の落とし前はきっちり取らせるけどね」



「……人質を殺したというのは……あれはウソだ」



「なっ!?」



そこでマトローナの澄ました顔が初めて驚愕した表情に包まれた



「……嘘なんか吐きやがって、何がしたいんだよ、お前」



「何が……。したかったのだろうな、本当に」



「チッ。いいから怪我治せよ。今なら心臓くらい治せるだろう」



「いや、それは」



ポッカリと空いた穴を見つめながら、マトローナがそう言うと、シンドゥラは漸くしてから首を横に振る。

意味がわからなかったが、その時は突然やって来た。



ピシリッとシンドゥラの顔にヒビが入ったのだ。ボロボロと身体が土塊みたいに崩れ始める。それを見てマトローナも察した



「ああ、すまない。時間が来たみたいだ」



「……みたいね。"魔獣化"するのなら、その前に首を刎ねてあげてもいいけど」



「心臓を潰したままだ。恐らく、ダメージが大きすぎてその前に死ぬ。でもこれでいい。オークのままで死なせてくれ」



両者の間に重苦しい空気が流れていると、一匹の黒い妖精アヤメが現れる。



「アーカーシャ様!こちらも戦いが終わったみたいです。そして先程の地龍と一緒で魔獣化してます!」



「Gao」



赤い龍アーカーシャも現れる。背中には地龍を背負っていた。アーカーシャは即座にシンドゥラの額に爪を当てた



「なにを……」



「体内の淀みを大量の魔力を供給して押さえ込むんですよ。この場合はアーカーシャ様の魔力でね。

アーカーシャ様の魔力を直接分けて肉体を維持する以上、形式上は主従関係の形になりますが、死ぬよりは良いですよね?」



有無を言わさない迫力を前にシンドゥラは頷くしかなかった。直後に魔力が送られて、ひび割れていた身体が嘘みたいに修復していく。



「……最後に一つだけ敗戦の将たるオレの責務を果たしても良いでしょうか」



「gaok」



シンドゥラは戦場を一望できる、小高い丘まで歩いていき、バルディア全てに聴こえるのではないかと思えるほどの大声量で大気を震わせた



「聞け!オークの同胞たちよ!!

即座に戦闘を中止せよ!オレの敗北により勝負は決した!これ以上の無駄な血を流すことは、一滴足りともまかりならん!!」



その瞬間、眼前の戦いの波が少しずつ、やがて全て収まった。

全員に動揺が見られる。肩を震わせて、信じられないといったようにシンドゥラを仰ぎ見ていた



「……これまでの皆の身を粉にしての尽力に本当に感謝している。又、これまでの働きに報いられず本当に申し訳ない!

本日より、我ら猪頭族は、このバルディアの真なる王 アーカーシャ様に仕える事となる。」



オークたちはどよめいた。当たり前だ。いきなり戦いに負けたから、誰かに仕えるなど、それこそ奴隷のような扱いをされるのではと怯えたのだ



「僕たちバルディアに住まう者たちに王から賜ることはできませんか!」



誰かがそう言うと、シンドゥラの後ろからアーカーシャが現れた。

その現し身は余りにも眩かった。遍く照らす光を受けると赤く輝く龍鱗はまるで太陽だ。龍の姿を目にした、その場にいる誰もが思わず平伏していた。



「Gao」



「此れより、アーカーシャの名の下にバルディアに住まう猪頭族、昆蟲族、宝人族、地竜族、そこにいるスケルトンたちは一つとなる」



「又今回の騒動の沙汰による種族の身分の優劣は無い。以上だ」



「つ、つまりは、どういうことなのでしょう」



「つまり?つまりは国となるのだ。」



「Gaon???」



種族という根深い溝は、宣言一つで埋まったりはしない。今はまだ、数名の勝者しか歓声を挙げていない。

種族間抗争はこうして何となくの収まりを見せる事となったのであった

頭に浮かんだイメージを文に書き起こして纏めるのって難しい

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