7話目-⑧
魔法具の力は巨大だ。その中でも特級なぞはそれこそ使えば、個が一国の軍隊に比肩するほどの力を容易に得られるとされている。
だが他のアースイーターでは地龍には至らないだろう。これはエウロバが元々の地力も高く、秘めたポテンシャル自体も相当なものであった為に、地龍に至れたのだ。そう、これはエウロバが恐らく長い年月、弛まぬ努力と才能が導く進化の果てである。
────余談であるが竜と龍は明確に異なる種である。人と神に例えると分かりやすいだろうか。それは一握りの才覚持つ者たちにしか立ち入りを許されぬ絶対の境地
だがそこに至って尚も……
赤龍と地龍が互いに移動するだけでソニックブームを巻き起こし、拳が交差するたびに発生する衝撃波で大気が破裂する。
正に自然災害としか形容出来ないその剥き出しの暴力を広大なヒッタイト草原全てをつかって所狭しとぶつけ合い、その力は傍目から見ると拮抗しているように写るのかもしれない
「本当に何なのだ、あの赤龍は。
特級魔法具を使って尚、互角に渡り合うなど……
いや、どう見てもまだあちらの方が余力がある。エウロバ様の方が何とか食らい付いていると言った感じか……」
有り得べからざる誤算だと言いた気に忌々しそうに巳の仮面の女 エマが顔を歪める。
確かに互角である。だが言い換えればそれ以上の優勢を望めはしないという事だ。そして戦いが長期戦になればなるほど、不利になるのは時間制限のあるエウロバの方である。
「uga?」
「クソッ!クソッッ!コンナ、馬鹿ナ事ガ、アッテ。アッテタマルカアアアァァァァ!!」
このままではエウロバが負けるのも時間の問題だろう。その前に何か手を打つ必要があると考えたエマは先程同様にもう一つ禍々しい魔力を放つあの黄金の果実を取り出し、それをシンドゥラへと差し出した。
「シンドゥラ様。今ならまだ間に合います。この果実を使い、エウロバ様と2人であの赤龍を確実に打ち倒し下さい!」
「2対1で、だと?」
そう具申された意見に対してシンドゥラは躊躇ってしまった。魔獣になるのを恐れたのではない。確かにあの2体の怪物たちの戦いに割って入れるほどの実力は今の自分にはない。
だが、だからといって武人としてそんな背中から斬りつける卑怯な真似を一度成らずニ度までもするのは耐え難い屈辱であったのだ
「夢を叶えるのではないのですか!
魔物が魔物だという理由で怯えなくて良い、大手を振って生きていける国を創るのだと。言ったじゃないですか!バルディア平定まであと少しなのですよ!?あんな訳の分からないポッと出の龍に敗けて一歩目から踏み外すつもりですか」
「オレは……」
激昂するマヤも迷いに囚われているシンドゥラもだからこそ、虚を突かれた。攻撃される瞬間まで存在に気付く事ができなかったのだ
「シンドゥゥゥラァァァァ!!!」
「ぐぅ……!?貴様は」
巨大のシンドゥラの脚が地面から離れ数メートル程浮く。高速で体当たりをされたのだと知覚して、漸く態勢を立て直して払いのける。
攻撃を行ったのは1匹の蜘蛛だ。消炭色を基調としており、巨大で洗練されたフォルムは何処か不気味さと神秘さを兼ね合わせていた
蜘蛛は怒っているのか、悲嘆に暮れているのか、その表情は1人を除き誰にも分からなかった。
そもそもが蟲族の感情表出は、シグナルに近い。顔にも言葉にも感情という色が含まれないので他種族では読み取る事が困難なのだ。
しかしマトローナが様々な感情をごちゃ混ぜにした表情を浮かべているのだと宿敵のシンドゥラにだけはハッキリと認識出来ていた
「グランドセクターのマトローナ!どうやって此処に。空からならいざ知らず、地上から来ることなど不可能なはず」
疑問を呈するマヤの背後に影が差す。振り返ると一匹の煌びやかな銀色の毛並みをした魔狼の"冠の魔眼"の刻印が見下ろしながら口を開けた
「魔狼だと!こいつがマトローナを!何故今になって首を突っ込んでくる!」
「君の言う通りだ。こんな戦い別にどっちが勝ってくれてもいい。僕にとって弱者の縄張り争いなんてそれこそ死ぬほどどうでも良いんだ」
「なら何故だ!」
「……ハハッ。
気になる相手に意識してもらう為に自分の有用性を示したい、そんな浅はかな考えさ "惨爪"」
「グッ……訳の分からぬことを!」
魔狼の魔力により強化された鋭利な爪とマヤの影の魔法が激突した。
「シンドゥラ。お前にもこうするだけの理由があったんだろう?だから一度だけ言う。
返せ。私の仲間を。家族を。宝物を。綺麗に。丁重に。花のように。何一つ変わりない状態で。そっくりそのまま。か え せ」
嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。マトローナは初めて発現した荒れ狂いそうになる感情を理性により完全に制御下に置きながら冷淡に言葉を発していた。それだけでも恐るべき胆力だ。だがそれは針の一刺しで容易く破裂するほどに危ういものでもあった
「それは無理な相談だな……全員殺したのだから」
真偽は不明だ。それにどんな意図があったのかも分からない。
しかし言葉に出したその瞬間からマトローナの殺気が痛いほど肌を刺す感覚を覚えた。もう互いに言葉を尽くす必要はなくなった。
「お前とやるのはいつぶりだろうな、マトローナ!」
「……」
マトローナの幾重にも束ねた糸がシンドゥラの剣戟を受け止める。
シンドゥラもマトローナも互いに種族の中では最重量級の身体である。より大きく。より力強く。群れを守る為の強いリーダーとしての資質を持っていた。
そんな似た者同士の2人であるが、シンドゥラの方が力は勝り、マトローナの方が巧みさで勝っていた。総合的な能力値は殆ど同じと言っても差し支えないだろう。
「この程度で止めた、つもりかぁ!」
剣が一度止められた状態でお構い無しに、ただ力任せにプチプチと音をたてながら糸を引き裂いていくのでマトローナは身を屈めて間一髪に距離を取る。
マトローナは反撃と言わんばかりに硬く尖った脚を地面に突き刺し、そこから地中を通して視界から隠して硬質化した糸を木の枝のようにバラけさせて顔めがけて撃った。
しかしシンドゥラの方も紙一重で反応が間に合いそれを返す剣で全て受け切っていた。
一撃の強さや鋭さはシンドゥラに軍配が上がるだろう。だが糸の性質を変化させる多彩さと手数の多さで圧倒するマトローナ。どちらも優勢になるには一手欠けるだろう。
本来ならば。
強さが決して不変たるものではない以上、迷い無く相手を殺そうとしているマトローナと迷っているシンドゥラの両者で詰め将棋のように少しずつ追い詰められていくのは至極当然の事でもあった。
「聞け!マトローナ!」
「前にも話したな。このバルディアに住まう魔物たちが力を合わせれば、強国に匹敵する国を創れると。そうすれば人間たちに怯えなくて済むのだ。力を貸してくれ」
「……それは前にも答えた。お断りだ。
妄言を並べるだけなら誰にでも出来る。仮に猪頭族、昆蟲族、宝人族、地竜族による一大国家を建国してどうなる。この世界で魔物がどういう立ち位置なのか理解出来ていないのか?それともする気がないのか?今は人間の時代だ。人間の基準や価値観に則って世界は動いている。
その人間たちが魔物は殺しても良い存在だと定めているんだ」
「そんな魔物の国の行く末など最初から見えている。冒険者がこれまで以上に大挙して来るぞ?
それを退けられたとして、聖国の勇者は?皇国が殲滅にまで乗り出したらどうする。勝てるのか?
少なくとも魔物の国を国として認めさせるには、圧倒的な強さが必要なのだ。絶対の強者たる王が。それは少なくとも、私やお前程度では断じてない。」
「それが、あの龍だと?」
「……あの御方にその気はないだろう。残念ながらな。お前が国を創るというなら、勝手にすればいい。だがそちらの中途半端な理想を押し付けるな」
「オレの考えが間違っているというのなら、貴様の強さでそれを否定してみろよ、マトローナ!」
シンドゥラはいつの間にか手にしていた黄金の果実を口にした。
1話かけてアーカーシャの戦いを書くべきか迷ったんですが、ここは割愛させて貰います。




