7話目-⑤
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スケルトンは最下級のアンデット系の魔物だ。
数いる魔物の中でも比較的弱い部類に入り、動きも緩慢で単純、加えて力もそれほど強くない。真っ向勝負なら兎も角、様々な要点を加味するなら、かの最弱の代名詞を冠するゴブリンの方がまだ厄介とさえ言える。
それだけでマトローナが眼前の相手の力量を見誤るのも無理からぬ話だった。
だが人が子供から大人へと成長するように、魔物であるスケルトンにも進化がある。その行き着く進化の最上位が骸骨将軍だ。
塚人のラーズと比べても全体の密度が何倍も高く、更に骨太な全身の要所要所を鎧で覆い隠しており、何も収まって無い眼窩の中心ではルビーの様な赤い光が瞳の様に煌めいている。
又右手には凡ゆる物を両断しそうな2mはある両手持ちの大剣。左手には例え砲弾でも容易に防げそうな頑強な盾を手にしている。
(スケルトンが進化したところで所詮はスケルトンの延長。元が大したことがない以上、強さはタカがしれている)
対してマトローナの配下3人。バギラ、パンゲラ、ババンは昆蟲族全体の中でも5本の指に入る程のエリート集団、ガイアセクターに選ばれた者たちだ。単体の強さだけ見ても並のA級冒険者を優に凌ぐだろう。
負ける道理は無い。3対1ともなれば尚更である。
アーカーシャを前に互いの面子を賭けた戦いが始まり、そしてその結果にマトローナはその複眼を大きく見開いて愕然とした。
「ばか……な」
油断、慢心、そして疑いようもない只々純然たる実力の差がそこにはあった。
骸骨将軍のガレス1人にマトローナご自慢の配下たちは言い訳のしようが無いほどコテンパンに負かされていたのだ。
ガレスの使った魔法は何の変哲もない"肉体強化"である。しかし、一口に肉体強化といっても上昇差には個人差がある。凡人なら2倍、秀才なら10倍と云う風に。
そしてガレスの力の上昇率は、人の何十倍もある昆蟲族の膂力すら遥かに上回る物であった。勿論ただ力任せに戦うわけでは無い。豪快ではあるが、その力を活かした戦術は既に完成されており、それはスケルトンになる以前の素体の強さが窺い知れたからだ。
「ふっふっふ。流石はガレス、吾輩の自慢の右う……アイタァ!な、何をする!?パロデミス!
なに……?自分が右腕。あいつは左腕、だと?
まあ、別にそれでも……ってやめろ。ガレス!パロデミスも殺し合おうとするな!仲良くしろっ!」
「ラーズ」
アヤメのその一言だけで、キリッとした様子で3人のアンデットは佇まいを即座に正した。
「……これで吾輩たちの強さは分かっていただけましたかな、千人力、いや3人なので三千人力です」
「くっ……先程は、貴方方をたかだかアンデット三体と侮った発言をしたことを取り消させてもらいます。」
「にしてもこれほどの強さを誇るアンデットを私は今まで見たことがありません。それほどの強さなら、さぞ生前から名のある武人だったのでしょう。」
「うんうん。苦しゅうない。苦しゅうない」
「────なによりラーズさんの身に纏う魔力が素晴らしいです。練り上げられた高純度の魔力と隠し切れない知性の高さ。貴方たちほどの勇士が共に戦ってくれるなら、これほど心強いことはありません」
「もっと聞かせてくれ」
その間、惜しみない賞賛を繰り出すマトローナにラーズも気分を良くしたのか鼻を高々と伸ばして同意している。
「《?》」
「そしてこれほどの傑物たちを付き従える貴方こそがこの地を統べるに相応しいと再度確信しました。
我が部族もその末席に加えて頂き、このバルディア大山脈一帯を貴方様の手に。」
「gau!」
「ラーズ」
「御身の御心のままに」
アーカーシャの言葉を受け取ったアヤメがそれをラーズにアイコンタクトで伝える。
「マトローナ氏。戦力の確認をしたい」
「我が部族と宝人族を合わせても戦える者たちは、多く見積もっても五千ほどでしょうか」
「ふむ。猪頭族と地竜族の数は?」
「完全に把握している訳ではないですが、恐らく五万は下らないかと」
「頭数だけ見ると五千弱に対して五万強の10:1ですか。よくそれで今まで対抗出来てましたね」
「基本は奴らがラガシュの森に攻めてきたのを防衛する形で撃退してましたからね。絶対的な地の利が此方にありました。」
「となると守りは兎も角、攻めに転じるのは少し難しいですな」
顔を少しだけ顰めるラーズたちにアヤメがどんと胸を張る
「何を云うのですか。此方のアーカーシャ様は百万の戦力に匹敵します。
つまり、戦力比は百余万と五万の20:1で此方の勝利は揺るがない。攻めるべき……とアーカーシャ様も仰ってます。奴らに血の報いを」
「uga!?」
「では、宝人たちにも会って、一旦作戦を練りましょうか。私たちの住まうラガシュ森林で一緒に彼らも住んでますから」
そしてアーカーシャたちがラガシュ森林に着いたのは、そこから30分後である。
バルディア大山脈全体で見ても飛び抜けて高度が高い鬱蒼と茂った太い樹木たちが密集しており、つる植物や着生植物たちにより森林が形成されている。本来なら陽の光を遮るため、地表付近の下草は成長しないが、どう云う訳かまるでジャングルのように移動が困難な場所ともなっており、守りの要所でもあった。
数で大きく劣る昆蟲族の戦士たちが猪頭族を撃退出来る唯一にして絶対の要因である。
それ故に移動はアーカーシャに乗っての上空からの移動に決まったのだが
「そんなアーカーシャ様を足蹴にするなんて不敬過ぎて、脚が震えます」
「gao」
と、マトローナ側が絶対に首を縦に振らなかったものだから、マトローナが糸で巨大な揺り籠を作り、それをアーカーシャが持って移動する事になった。
「村は何処だと聞いてます」
「村の方面は、彼方……え?」
森を俯瞰で見渡せる遥か上空でマトローナは信じられないものを見たかのように籠から身を乗り出して驚いた声を出した。
彼女が指を差した方角からは、幾つもの煙が立ち昇っていたからだ。明らかな異変。
異常事態にアーカーシャが飛行速度を上げて到着するも既に戦い終わった後のようで、昆蟲族の村は壊滅していた。そして、これ見よがしに磔にされていた数人の昆蟲族以外に誰の姿も見えなかったので、急いで解放して話を聞く必要があった
「ううう……」
「何があった!?お前たち」
「グランドセクター様たちが村を出てから、暫くして、地鳴りが起きたんだ。そしたら、どこからかオークとワームの大群が現れて、村に残っている戦士たちだけじゃ守れなくて、ゲホゲホッ」
「女子供は捕まっちまった。お願いします……グランドセクター様。みんな、みんなを助けて下さい!」
「ッッ……!もう喋るな。休んでおけ!」
「駄目デス。ヤハリドコニモ……」
「全村探見皆不在」
パンゲラたちが戻ってきて首を振る。どうやら誰も見つからなかったようだ。マトローナは放心しながらどんどん顔色を悪くしていく
「嗚呼、なんでこんな……今までこんな事は一度だって、いくらオークとワームの大群でも防衛線を維持してる戦士たちをこんな短時間で撃破出来るわけが……」
「……マトローナ氏。吾輩の観測魔法で確認したが、ヒッタイト草原に面しているラガシュの森方面でオークと争った様子はあるが抜かれた様子はない。撃退は成功しているようだ。
それとは別に村と防衛線の中間地点に大穴が開いている。これが何か分かるか?」
「……」
弱々しく首を横に振る。
憤りを上手く言語化出来ずにマトローナはそのまま弱々しくガクリと項垂れる。
冷静に考えを口にしていくのは、ラーズであった。情報を口にしていく事で整理しようとしているのだろう
「防衛線は抜かれてないのに、村が襲われた。という事は、考えられるケースはオークが空間魔法を覚えた。もしくは同系統の魔法具を手に入れた。
若しくは、近くにあった大穴が……」
「マトローナ様!!」
「お前、ボナードか。一体これは、意味が分からぬのだ。私に説明をしてくれ」
少しだけ眠そうな目をした黒い長髪が特徴的な美青年、ボナードは身体が返り血に塗れているが、オークたちとの戦闘によるものだろう。一向に気にした様子は見られない
「あいつら防衛線の方に見たこともない大群で攻めてきて、俺たちはいつも通りそれを防衛していた。
だが、これは陽動だった。」
「別働隊がワームを使って地中から森の内側まで抜けてきたんだ。そいつらが村を襲ってみんな攫った。異変に気付いた時には、俺のともがらもほぼ全員……くそっ!」
「でも不幸中の幸いでした。マトローナ様があいつらに攫われていたら、もうこの戦いは終わりでしたから」
「なに……その戦い方。真っ向勝負しか出来ないオークがそんな戦略を練ったっていうの……」
マトローナは消え入りそうな言葉で呟いた。こんな事態が引き起こされた事に対して責任を感じているのだろう
「でも事実そんな事が起きている。アーカーシャ様。どうしますか」
「gaa」
「……分かりきったことを聞くな、との事です。
では、これより、攫われた者たちの救出の為にオーク族の村に乗り込みます」
アーカーシャの言葉にラーズたちが続く
「主人が行くところなら、例え死地であろうとお供します。文字通り、この身果てるまで」
続いて、黒髪の宝人ボナードが手を挙げた
「俺も連れて行ってくれ。こう見えて、宝人族で1番の戦士だ。きっと役に立つ」
ガイアセクター3人も顔を見合わせて頷いた
「我ラ三人モ当然行クゾ」
アヤメがマトローナを睨みつけて、言葉をぶつける
「……だ、そうですが、貴女はどうするのですか。そこで何もせず蹲っていても別に構いませんが?」
マトローナは俯いたまま嗚咽を漏らした。込み上げてきた悔しさと自責の念に耐えられなかったのだ
「私のせいです……私の」
結局マトローナはさめざめと泣くばかりで立ち上がれなかった。
それを責める者は誰もいなかった。
この調子で更新を早めにできるよう頑張ります!




