6話目-⑭
我がこの世界に来てまだ日は浅いとはいえ、強者と呼ばれる存在は何度か目の当たりにした。
そして強さとは立ち振る舞いや身に纏う空気に現れるという事を知った。
それを踏まえるなら、鳳仙カムイカグラと名乗ったこいつは異質と言えるだろう。不気味と言い換えて良いのかもしれない。強いのか、弱いのか、全く推し量れず得体が知れない。正直に白状するなら、怖い。
「お話をしないかい?君の知りたい事を私で良ければ多分色々と答えてあげられると思うんだけど」
魅力的な提案だった。思えば初めて暴力より話し合いを優先する手合いに会えた気がする。カムイは本当に色々と知っているのだろう。聞きたいことが無いといえぱ嘘になる。だが……
ちらりと姫を見る。どんどん心臓の鼓動が弱まっていっている。時間をかけている余裕はない。一言交える時間すら今は惜しい
雑念を振り払う。こいつが今はどこの誰で。なぜ我の前世の名前を知ってるかなど二の次だ。こいつが核なら速やかに撃破して、この魔迷宮から出る。やるべき事はこれだけだ。拳を握りしめて全力で撃ち放つ
「《急いでるんで却下だ。だから加減は無しでアーカーシャ様のホンキパンチ。略してアンパンチでぶっ倒してさっさとバイバイキンしてやっから歯を食いしばれ》」
「クスクス 見え透いた作戦だね。パカっぽい所をあえて見せて私の好感度を更に上げようとしてるってところか」
お前は何を言っているんだ
「だとしたら本当に笑えるよ。なぜならもう上がりようがないからね」
本当にお前は何を言っているんだ
無防備な鳳仙はその場から動かずに迫り来る我の拳を受けた様だ。透明で姿は見えなくても力任せに戦うタイプじゃないというのは分かる。ならばその子供のような小さな体躯で今の我の全力を受け切れる道理はない
「────廻って歪め」
「《……なんだこの手応え》」
空気が炸裂するほどの痛烈な一撃とは思えない奇妙な手応え。拳は確かに当たっているのに、カムイの身体は吹き飛ぶ所か身動ぎ一つない。桐壺みたいに膂力で我を上回った訳では無い。まるで攻撃そのものが通っていないのだ
「そんなに難しい顔しないで。今のは空間と空間の間に隔絶した層を作り上げただけ。効いてないんじゃなくて、君の素晴らしい力そのものが私に届いていないんだ」
「《じゃあもっと強ければどうだ、蹴りが拳の何倍の威力か知ってるかよ》」
間違いなく直撃する。蹴りが当たるも先ほどのパンチ同様まるで効いた様子はない
「力がどうとかそういう問題じゃないんだよ。君が本気なら大陸だって割れるだろうし、始祖にすら比肩する者はいない。それでも、それだけじゃ届かないんだ」
「《まだまだ、更に回転エネルギーも加えてやる。これで破壊力はさっきの3倍だーーー!》」
大きく飛び上がり、脚を大きくあげて身体ごと回転させ大きくぶつかるように踏み潰す。質量的に我より彼方が小さい以上耐えられるはずが無い。しかし現実問題当たっているのにこの不毛な感じ。物理無効かそれに近いものを感じる
残った手段は、魔法と翼での攻撃だ。魔法は兎も角、翼での攻撃は何となく嫌な感じがする。取り返しが付かない過ちになってしまう予感。いや、これは確信だ
「×××はまだ未熟だ。力の使い方をきちんと理解していない。今まで勝てたのは相手が弱いか運が良かっただけだよ」
「始祖の力は凄いんだよ。理を侵食し改変し、万事を見通し万物で備え、有限を無限にする事さえ可能にする」
「まあ、それに比べて私の力は"万象"といって、ただ世界を意のままにどうこう操る程度の力しかないのだけれど。こんな弱い者虐めにしか使い道の無い能力なのだけれど。今の君ではそもそも始祖の中での強い弱いの領域にすら行き着いていないのが現状だ」
「《魔法ならどうだ》」
俺の指が衝撃波と言う字と共に空を切る。それがルーンに変換されて魔法として放たれた。
しかしカムイはどこかがっかりしたように言葉を漏らした
「如何に鍛えた武の極地。されど魔導の深淵に行き着こうと、それが理の内側にある力なら私には届かない。同じことを何度も言わせないで欲しいな。いい加減怒るよ」
防がれる。
更に手数を増やす。火。水。風。雷。土。光。闇。思い付く限りの魔法を発現する
「《ッッ……なんてやつだ。チートなのもいい加減にしろ》」
攻撃をする。効果なし
攻撃をする。効果なし
攻撃をする。効果なし
そのどれもが嘲笑われるようにまるで通用しない。
「気は済んだかい。ならお話を────」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。カムイの立っている空間が黒く塗りつぶされたのだ
「大丈夫……ですか? 偉大なる龍王様」
黒い球体状の空間にカムイを閉じ込めたのは誰だ?決まっている。何をしたのかは分からずとも誰がしたのかは分かっている。息も絶え絶えで苦しそうに、顔色も刻一刻と死に近づいている姫が、沈思の表情を浮かべあの人の尊厳を脅かす悍ましい"杖"を握りしめて、我のことを魔法を使って助けてくれたに決まっている
「《何してんだお前は!無理しないで休んどけ!我が。絶対なんとかしてやるから!》」
「なんて……顔をしてるんですか。前から思ってましたが、顔に出すぎなんですよ、貴方」
ビシリッ!音がする方に顔を向けると黒い玉がまるで卵の殻の様にヒビが入り始めていた
「黒い部屋でも、長くは閉じ込められませんか。
まあ、いいです……作戦タイム、といきましょう。使えば勝ちの魔法があります。その為には触る必要がある……ゲホッゲホッ」
「何か良いアイデア、ありますか?」
色濃く出た死相を一蹴するように姫は諦めずに我と一緒に勝つつもりの様だった。そうだ。何を弱気になっているんだ。1人では勝てなくても2人なら。
頭をフル回転させる。触れば勝ち?なら触れさせれば良いが言うほど簡単ではない。カムイに気付かれずに今の死に体の姫が触れる方法が……
「《……あるじゃん》」
黒い部屋からカムイが出てくる
「その様子だと話をする気はあるのかな?」
「《ああ。じゃあ聞くがなぜ我の事を知っている》」
「……そんなことか。君とは友達で仲間だったんだ」
いつそうなった。覚えがないぞ。捏造するな!と反論したかったが、我の反応を見て顔は見えないのにカムイは苦笑したようだった
「今よりずっと後の話だよ。あの子と私と君の3人はパーティだったんだ。あの時代の世界最強だよ
まあ、それでも"最後の審判"を乗り越える力がほんの少し足りなかったんだ。って言ってもあれはもう私たちだけじゃどうしようもなかったんだけどね」
ずっと後の話?カムイは未来から現在に遡ってきたのか?いかん。突然の情報に混乱してきた
何でそんなことをする必要がある。最後の審判ってなんだよ。
「……時間稼ぎはこれでいい?
今回はこんな所かな。そっちも準備が出来たみたいだしお手並み拝見させて貰おうかな。ね?私のお友達」
ギクリっとする。まるで見透かしたような言葉。だが最後までカムイは抵抗しなかった
「天命一刀」
カムイの空間が歪み、身体が縦に真っ二つに裂ける。背後で姿が消えていた姫が姿を現す。
文字通り本当に姫は姿を消していたのだ。
我の胃袋に保管してある創作の書は中にある情報を実際に取得する事が可能らしい。無料ではないが問題はなかった。この辺りに散らばる金銀財宝を使えば良いだけの話なのだから。そして透明になる薬を飲んで姿を消して不意をついたのだ
「貴方は、なんでも防ぐ無敵の結界を創っているわけじゃない。ただ何十もの空間を重ねてコートの様に使っているだけ」
「深淵の魔法を使うなんて、本当に無茶をするね。貴女は。もう気付いてるんだろう?この墳墓は、命を削って魔力を強化する特性がある。今この時点でどれだけの命を捧げるんだい。君に死なれると此方も困るのだけれど」
「そちらの思惑など知ったことではありませんね。私は私のやるべき事をするだけです」
「……そう。その目的のアビスを巡って皇国と戦う羽目になる君の末路がどうなるか教えてあげようか?少しは考えが変わるかもしれないよ」
「興味がありませんね」
「だとしても、せめてアーカーシャには知る権利があると思うんだけどね。時間だ」
カムイの存在が霧散する。どうやら消滅した様だった。それに合わせて頭に響く様なアナウンスが聞こえた
《魔迷宮 屍たちの墳墓 が攻略されました 以後の管理権限を迷宮攻略者に委譲します》
《攻略報酬として この魔迷宮 を自在に移動できるマスター鍵 黒の造魔 を進呈します》
黒い光が姫の掌に降ってきて、そこから小さな黒い妖精の女の子が現れた
「くろろろ黒の妖精ですすす。せせせ精一杯お役に立てる様頑張りますすすす!よろよろよろろろお願いします!」
緊張した様子で挨拶をした造魔を見て、フッと姫が笑った
「私とアーカーシャ初の迷宮攻略で手にしたお宝ね。お名前はなんていうのかしら?」
「え、えとえと、ありません」
「……ふぅん まあ名前は外に出てから決めましょうか」
《続いて 特級魔法具 "死の宝玉" を進呈します
続いて 上級魔法具 死者の呼び鈴 を進呈します》
我の掌に髑髏の水晶玉というセンスのカケラもないやつと何の変哲もない髑髏型の呼び鈴が現れる。うっわぁ……っていうか魔法具ってなんだ
魔導具とは違うんだろうな……
《最後に 迷宮内の財宝権利 を進呈します
これにて 案内 を終了します》
「これで終わりなのかしら?」
姫の問いかけにコクコクと妖精は何度も強く頷いた
「じゃあ外に出ましょうか」
「かかかしこまりました!」
「開閉せよ! 第6魔迷宮!」
黒い妖精は直ぐに呪文を唱えると、入る時と同じように光に包まれた
ーー補足ーー
雪姫を迷宮に勝手に引き込んだのはラーズの意思で、アーカーシャを迷宮に引き込んだのはカムイの意思。




