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その頃のイルイちゃん②

「ってこんなことしてる場合じゃないですよ 筆頭

場所、此処から結構離れてるみたいですし、何より急がないと」



暫く後にわいわいと黒水様と戯れている青風様が思い出したようにそんな事を言った



「ん?スキンシップは大事だよ? それにそんなに急がなくても、夜になったからってこの森には別に強力な魔獣は発生しないし、討伐(レート)指定のある魔物も寄り付かないから大丈夫だと思うけど」



のんびりとした様子で黒水様はそう言う。確かに、ここオラフ大森林は、血の石により擬似的な聖域に近い状態らしいし、そういった類に対して絶大な効果を発揮する……とされている。アーカーシャも龍なのでカテゴリー的には魔物に類する筈だが、平気な顔で村に入ってたので、無いよりはマシ程度なのかもしれないが



青風様がボソリと耳打ちでもするかのように呟く



「いやそうじゃなくて、気付きませんか?

さっきから待たされてる騎士団の方たちがもの凄い心の中で舌打ちしながら待機してますよ」



妖猫族は他者の感情を感じ取るのに長けた種族と言われているので、そういうのに敏感なのだろう。騎士団の方を盗み見ると確かにこちらを見ていた。というか地面に思いっきり唾とか吐いてるから妖猫族じゃなくても丸わかりでしたね……



「……行こっか」



「話せてよかった イルイ 何かあったらいつでも頼ってよ。力になるからさ」



流石に黒水様もバツが悪そうに騎士団の方へ謝りながらいそいそと踵を返していた

もう少しだけ一緒に居たいと思ったが言葉が吐き出せず、背中が遠くなっていく



「うう……」



「筆頭待って。イルイが伝えたいことあるみたいですよ」



ね!と突然目くばせする青風様。どうやら私の心情を汲み取って助け舟を出してくれたみたいだった。年下の意を汲んで、尚且つめちゃくちゃ気遣いが出来る大人のお姉さんだった



「ん? なに」



そんなことは露知らず、黒水様は可愛らしく小首を傾げるばかりだ。エルフは歴史の生き字引とさえいわれているほど長い時を生きる種族だ。少女の姿をしていても、その実は何千年もの悠久の時を過ごしてきている筈であり、だというのに、無邪気な笑みがそれとは程遠い見た目相応の子供を思わせてしまうのはどうしてなのだろう



「あの、私も」



「ついていっても、いいですか」



ゆっくりと言葉をなぞるように吐き出した。断られるのは覚悟の上だが、物は試しであった。しかし黒水様は眉尻を上げて言葉をあっけらかんと返す



「良いよ」



僅かな迷いもなく間髪も入れずに黒水様はそう返事をした。私としてはありがたい話だ。余りにも簡単過ぎて、青風様も「即答なんだ……」となんとも複雑そうな顔をしていた。私にしか見えないように親指をグッと出して行動自体は内心褒めているようではあったが



「……はぁ〜。まあ筆頭がそう言うなら、私から言うことはないですけど」



「ありがとうございます。お礼は今度しますね」



小さく隣に立ってる青風様にしか聞こえない声量で感謝を伝えると彼女は肩をすくめて小さく笑った



「にはは じゃあ噂に名高い魔導学院オーウェンの日替わりスイーツってやつを食べてみたいから、それで良いよ」



「…?……?

あの それってどういう」



何を思ったのかそんなことを言われた。出来る事なら直ぐにでもそうしてあげたいし、なんならお代わりをさせるのもやぶさかではないのだが、私は別に学院の生徒じゃないので、その日替わりスイーツとやらを直ぐに食べさせてあげることは出来ない。来年でいいだろうか?



「じゃあ折角だから、私とイルイは先に行こっか あとから風は騎士団の人と一緒にゆっくり来なよ」



「え」



言葉途中に割り込んだ黒水様は嬉しそうに私の腰に手を回し、そのまま傘を開いた。

風はなかったが、重力など無視したかの様に上に引っ張られて花弁みたいに身体が舞い上がったかと思うと、次の瞬間には村が遥か真下にある



「お え!? うわぁぁぁ !と、飛んでる……!?」



「こ、ここく黒水様 絶対離さないで下さいね。絶対ですよ」



思わず指先に力が入るが、気にした様子もなく黒水様はふふんと鼻を鳴らして、鳥のように軽快にステップでも踏むかのように目的地まで向かい始めた



「その慌てっぷりだと、空は初めて?」



「に、2回目です」



「なんだ 残念」



何が残念かは知らないが確かに2回目だ。1回目の時はアーカーシャの大きな手に抱えられていたので、怖くもなんとも無かったが、自分とそう変わらない小さな少女に抱き抱えられての遊覧飛行は目眩を感じさせてしまう程にかくも恐ろしいものであった



有難いことに私のことを気の毒にでも思ったのか、気でも紛らわせようと話を振ってきてくれていたのは、黒水様なりの気遣いらしかった



ーーー



流石に時が経つと少しずつこの高さにも多少なりとも慣れてきたように思う。顔は強張るし、足に上手く力は入らないけど



「現在人が空を飛べる魔法を魔法術式として解明したの幾つあるか知ってる?」



「ふ、2つでしたっけ。人や物に飛行能力を付与する飛行魔法(フライ)。風の魔法を応用して飛ぶ浮遊魔法(フロート)



「そうだね 合ってる」



魔導師になるような人間は知識を溜め込む輩が多く集まり、またその知識を他者にひけらかしたり、或いは教えたがったりする性分であるらしかった。

例に漏れず黒水様もそうであり、それを私に対して教えようとしていた



「魔法術式以外での方法だと何があるか分かる?

そうだね、例えば剣術の三大流派を学んでいる"聖騎士"と"竜騎士"と"天馬騎士"とかもそれぞれ空を飛ぶ手段を有してるんだけど」



高所の恐怖に頭が回らずににうーうー!と唸っていると、見かねて直ぐに答えを教えてくれた



「竜騎士と天馬騎士は飛竜(ワイバーン)天馬(ペガサス)と心を通わせる"伝達(リンク)"という流派相伝の魔法を使って、空を飛んでるね。これが出来たら彼らは一人前と認められるんだ。

聖騎士は超魔力伝導物質 マナジウムっていう皇国が独占している貴重な鉱物を加工した"天装"って道具を使用してるんだよね。あの国殆ど情報開示とかしてくれないから詳細は分かんないけど、空も飛べるし、深海も潜れるし、瘴気の影響も受けないってことは分かるから、私の見解としては、持ち主が念じるだけで環境に適応する魔法でも発現してるんじゃないかな」



遅れて、憶測だから、参考程度にしてね。と忘れずに付け加えていた



「後は、極小数だけど空気中の微細な魔素を足場として固めてそのまま動かす魔力操作の絶技が一つ"龍走歩"もあるよ。まあこれを使えるのって、魔力操作云々の前に基盤となる身体能力が高くないといけないって壁があるんだよねー。自慢じゃないけど私は出来るんだけどね えっへん」



自慢じゃないと言う割には鼻高々に黒水様はそう言った後に、ここからが本題だと言わんばかりに、分かりやすく言葉を弾ませた



「はいここで質問です」



「じゃあ今私たちはどの魔法で飛んでると思う?」



その質問に対して、私は黒水様をしげしげと観察する。風の魔法を使っている様子はない。そして足元に魔素を集めている様子もない。消去法にはなるが



「飛行魔法……」



「イルイは何を判断材料にそう思ったの?」



反応を見るに違ったようだった。じゃあそもそも、答えはどれでもないということになるが



「……全く別の魔法。例えば重力、とか?」



重力を操る魔物や魔獣がいたはずだ。それらの魔法を新たに解明したのなら、或いは────と思ったのだ



「考えうる可能性を挙げるのは大事だよ。イルイ 君はやっぱり魔導師に向いてるね」



「私のこれは"力動制御魔法"っていうんだ。技術的にはあくまでも体内の魔力制御の延長だね。一定の範囲内に存在する魔素を制御下において、術者の望む効果を発現する魔法。今は分かりやすく、この範囲内で空を自在に飛び回るという効果を得ている。

だから、本当は手を離しても落ちないんだよね」



「……」



「イルイ 顔怖い。絶対手は離さないから、そんな顔やめよ ね?」



悪戯っぽく舌を出して黒水様は言うが、凄いとしか言えなかった。身体の中で発生させられる魔力は有限であるが、外にある魔素は正しく無尽蔵だ。有限であれど、無尽蔵な魔素は個人で幾ら使ってもおよそ使い切れるものではない。それを制御するなど、無限の魔力を有する魔王に匹敵するのではないだろうか



しかしどうにも浮かない顔で言葉が続く



「ただ扱いが凄く難しいんだよね。魔力の運用に長けてる筈の魔導師ですら、応用の修行を終えてる人が私以外にいないし、サンプルが足りなさ過ぎて研究も満足に出来ないんだよ」



「あ そうだ。イルイが魔力操作きちんと出来てるか見てあげるよ 右手にだけ魔力集めてみて」



淡々と言葉を紡がれる



「まあ いいですけど」



人間の体は常に魔力を微弱ながら通わせている。操る為には意識しなければならない。身体の奥底から発生させてから、指先の末端まで通わせた



「イルイが魔力を右手に隅々まで行き渡らせるのにかかる時間は5秒か」



「遅いですか?」



「まあまあ早いかな。独学な分どうしても技能的に洗練されてるとは言い難いけど、師事してないのにこれなら優秀だ。良い師から教えを受ければ間違いなく大成すると断言しておこう」



私をヨイショしても何もないのに、この過大評価は何なのでしょう、黒水様の目には私が一体どう写っているのか。一度見てみたいものですね



「筋が良いから、普通に魔力操作を極めていっても、100年……200年もあれば技術は今の私に並ぶね、その才能に嫉妬しちゃうよ この天才め」



これ褒められてるのかな?200年かかってますよ?

途方もない年月ですね。私たちの世界の人族の平均年齢って男女共に60くらいだから、人生3回繰り返しても追いつかないんだよ……人とエルフの価値観の差がありありと伝わってきちゃう



いや、でも普通に極めればだから!少なくとも4倍頑張れば追い抜けるんだ……頑張ろう!という決意を胸に気を引き締めた



「所で魔力拡張は出来る?」



「魔力、拡張?」



聞きなれない言葉だった。そんな技があるのだろうか。少なくとも、家に置いてある魔導書にはそんなものは書かれていなかった筈だけど



「自分の体に魔力を纏って、更にそれを出来るだけ遠くに放出、可能な限り維持し続けるんだ。これが完璧に出来たら魔素を徐々に知覚できるようになるよ。知覚までが基礎だからね」



「お ここが現場だね 地面が数キロは断裂してるし、此処なんて森の一部がひっくり返ってる。封印が解けた直後の餓鬼にこれが行える力は無い筈だから、龍の方がこれをやったと考えるのが自然だけど。とんでもないね」



どうやらアーカーシャと餓鬼が戦った場所に着いたらしい。戦いの痕跡がまざまざ残っており、ここで苛烈な戦いが行われたのは、容易に想像がついた



「降りよっか」



フワリと地面に降り立つ



「私現場の検証しておくから、拡張の練習してみなよ。最初は30秒出来たら十分だよ。はい集中」



本当はアーカーシャがどれくらい頑張ったのか見たかったのだが、こう強く言われてはやるしかない。

目を閉じて魔力を全身からゆっくりと緩やかに放出する……うん。問題なく出来そうだ。放出範囲を出来るだけ遠くに広げてみる。

広げてみて分かったが、どうやら範囲内の土地や生物の存在を朧気に感知できるが更に正確に把握する場合は索敵魔法(サーチ)観測魔法(アミュレット)といった魔法術式を用いる必要があるのだろう事が分かった


 

とりあえず、10キロ程度の範囲が限界みたいだ。そして、魔力が人よりあるから正直余裕だと思っていたけど、お、思ったより維持はキツイかもしれない。これを1分は維持出来るよう頑張りたいけど、消耗スピードが異常だった。枯渇する……!



ぴこーん!

良いことを思いつく。魔力は基本的に時間経過による自然回復が主だ。しかし、空気中にある魔素を取り込めば微量であるが魔力回復促進に繋がるとされている。つまり、魔力を消費し続けながら、それに合わせて大量の魔素を取り込み続ければ長時間の維持が可能なのではないだろうか?



早速実践してみることにした

間章なので、主人公以外の話を長々やるの良くないって分かってるんですけど、アーカーシャより他の人の視点の方が色々と情報出しやすい感じするんですよね……

いやこれ完全に技量不足です。次の話で上手く終わる予定です

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