5話目-⑫I don't want you to get lost(あなたに迷ってほしくないから)
今回もあんまり手は加えてません
サンプル
光を遮断した真っ暗な世界で俺は黙々と怪物の肉体を解体し続けていた。アーカーシャという圧倒的な暴力装置を前に怪物は怪物らしからぬ懇願をし続けていた。
ふと、なんでこんな事をしていたのかと、そんなことが頭を過ぎるが手は止めない。
……ああ。思い出した。目の前の相手がこの美しい世界でドブのような息をのうのうと吐き散らして自由に生きているからだ。だから殺さなければならない。
生きるということはそもそもが特別なことなのだ。更に望むがままに生きるとなればそれは強者にしか赦されない特権である。だから戦わなければならない。
だが時折ひたすらに虐げられ踏みつけられるだけの存在であるはずの弱者は勘違いをする。自分も特別で強者と対等に自由に生きていいのだと。命をぶつけ合うこともできない臆病者が。恥ずかしげもなく主張する。否。そんなものを生きているとは言わない。ただ弱者が強者の模倣をしているに過ぎない────『おっと。かつての私様の感情が逆流しているのね。もうその戦争は終わったのよ』
あれ?急に意識が鮮明になってきた。厨二病が発症するなんて疲れていたのだろうか。しっかりしろ、俺。何物騒なこと考えてるんだ、並列思考なんてスキルを獲得した覚えはないぞ。俺が持ってるスキルなんて失恋耐性Lv.25くらいなものだ。なお耐性があっても耐えられるわけではないもよう
そんな死にスキルはいらない?恋愛敗北者……だと?ハァ…ハァ…取り消せよ、今の言葉!このスキルは俺の勲章だ。バカにすんじゃねえ!!
まあ冗談は兎も角、贅沢は言いたくないがもっと相手をざまぁ!してやれるスキルが欲しい。いやぶっちゃけ貰える便利なスキルならこの際なんでも良い。個人的には人に好かれるスキルが望ましい。くっくっく、龍王アーカーシャが命じる。お前らは俺の下僕になれ!……何だろう、途中からすごい虚しくなりそう。やはり、王の力は俺を孤独にするのか。
「《なんか疲れたな》」
アナムの破壊光線を喰らった反動だろうか?気分が最高に悪いし、心がささくれ立っている感じがする。思春期特有の触れるもの皆傷つけるジャックナイフ現象だろうか?あー、暴れてぇ。ナイフペロペロしてぇ。
先程まで俺の霞がかっていた鈍い意識が覚醒すると、猛烈な吐き気を催す赤が目の前には広がっていると認識できた。手は深紅に染まっていて当分は気持ちの悪い感触を思い出させてくれそうだ
暗闇の中で苦悶に満ちた声をじんわりと縋るようにアナムが命乞いの言葉を漏らしていた
「もうやめで……ごろざないで」
心が僅かに痛むが、こいつはさっきまでこの国全員を殺し尽くそうとしていた。命乞いされようと許すわけにはいかない。
俺が空間を元に戻すと太陽の優しい光が闇を晴らしていく。既に桐壺を覆っていた巨大な肉塊な大部分は解体され尽くしていた。今や当初の右手部分しかアナムの部位は残ってはいない。もしもあれ以上見境なくやっていたら、俺は桐壺ごと殺していただろう。人をもう少しで……
「《お前を殺す》」
俺の宣言に辛うじて存在だけは出来ているアナムは狼狽を隠しきれなくなっていた
「わ、わだじを殺せば、こ、ごの娘も死ぬぞ!?それで良いのか!!?」
惨めな足掻きだった。同情してしまうほどに
それは子供のみっともない悲鳴のような懇願に似ていた。それがどうしよもなく心の奥底の方で不快に感じる
「《……脅しのつもりか?》」
「ち、ちが。そうだ!取り引ぎどいごう。ご、この子を元に戻す。だ、だから、代わりに……代わりに!!「《いいよ。桐壺を何の問題もなく元に戻せ。けど万全にだ。少しでも問題があったら殺す》」
「ほ、本当だな?」
返事はせず、俺はそれに笑みをもって応える
「信じていいんだな!?」
「《いいから早くやれ》」
戸惑いながら応じたアナムによって一瞬だけ桐壺の体が鈍く光り、遅れて全身の刺青がアナムの元へ引いていく。意識は戻っていないが昨日最初に会った時と比べて顔色も良くなって変わった様子はない。風化していた手足も元に戻っており、もう大丈夫だと確信できた
「さ、さあ。これで元に戻したぞ。こ、これでいいだろう」
「《……》」
「《例え、その昔、お前が捨てられて凍えている子犬を助けたことがあったとしよう……》」
「?……何を言っで」
「《でも死ね》」
「待っで」
「《とある賢狼は言いました。嘘を付く時に大事なのは内容ではなく、なぜ嘘をつくのかというその状況だと》」
「や、約束は……?」
「《問題があったら殺すと言った。お前を生かすと問題になる。だから殺す。それにお前はこの国全員を殺そうとしたんだ。何十万、或いは何百万。それを1人助けたくらいで、無かったことにすると?そんな話があると本気で思ったのか?》」
────ごめん。と心の中で小さく謝りながら、心を押し殺して只々粛々とそう告げた。アナムはみっともなく命乞いするばかりであった。苛立ちばかりが募る。やめてくれ、俺だって殺したくはない。
だけど、俺が見逃した結果、今回と同じような事が起きて、アーカーシャが不在だった時に。俺はそのことに対する責任を取れないのだから、絶対に。何があっても。こいつを今ここで殺さないといけない。
「《だけどせめて優しく殺してあげるよ。それが俺なりの慈悲だ。なんなら祈る時間もくれてやる。神様の元へ呼んでもらえるように》」
「ああ……やめて、そんな、嫌。もう嫌だ。消えるのは。寂しくて怖くて苦しいんだ」
ふと思った。人は救いを求めるとき神に祈る。
ならば、化け物は何に祈れば良いのだろう。祈る対象さえ存在せず、求めることすら出来ずに、救済も償いも無く、死んだら何処に行き着くんだろう。化け物は
馬鹿みたいに手が震えている。殺すのは2度目だ。1度目は緑鬼。2度目は毒魂。もしかして3度目もあるのだろうか……
なあ、淡雪ちゃん。俺は何のために。誰のために。こんな転生をしたのかな?君はもう一度チャンスをくれただけなのかもしれない。でも少しだけへこたれそうだよ。
しかも人ではなく龍。最早どんなに望んでも人並みの人生を送る事すらできないのだ。
このまま姫の下にいて、待っているのはこれに似た戦いの毎日じゃないのか?何度か戦ってみて、俺はそもそも戦いが好きではないことが分かった。殺すのも殺されるのももうウンザリだ。これが終わったら姫との契約破棄をしてどこか人のいない場所に死ぬまで引き篭もろう。そうだ。そうしよう。それが良いと決意して、俺はアナムを殺す為に大きく翼を広げる
「ねえ、偉大なる龍王様」
考え事をしていたせいだろうか。いつの間にか背後に誰かが立っているのが分かった。振り返らなくとも息遣いと気配で声をかけるまえから背後に立っているのが誰か分かってはいた
「奇跡を起こした事ありますか?」
彼女は突然に何を言っているんだろう
俺は言葉を区切りながら口をゆっくりと動かす
「《……あるよ。起こした、というか、奇跡が起きたから此処にいるんだからな》」
「私の夢はとある奇跡を起こす事です。だけど私はとても弱い。だから時々奇跡の存在を信じられなくなるの」
「でも貴方の強さが弱い私に勇気をくれる」
「そんな貴方の強さに弱い私は励まされてるの」
「ううん。貴方の強さは、弱い私の……いつかきっと弱いみんなの希望になる」
彼女は自分の掌を眺めている。いや、そこを通して何処か別の何かを見ているようだった
「《なんだよ、それ。本当に勝手だな》」
「貴方が思っている以上に私ワガママなんですよ」
「だから、親愛なる龍王様。私の側にいてくれませんか?」
彼女から差し出された小さな手を見て、何故か笑みが溢れた
「《……ああ。そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとな》」
震えはもう止まっていた。心は静まっていて、目を閉じて感謝を告げる。
「了解、しましたね?」
「《ひょっ?》」
すると彼女の手の甲と俺の胸あたりの消えかかっていた文字が再度クッキリと濃くなって現れた
「はい。これで再度契約を結び直しました」
「ふう。危なかったわ。契約が殆ど無効になりかかってたから。はい、これで契約成立ね」
「《おまっ、まさか!謀ったな!俺の感動を返せ!》」
非難をぶつける俺を前に白い悪魔のような女は口を半月にして、邪悪な笑みを浮かべている
「ああ、それと契約にもう一つ条件を付け加えて良いですか?」
「《もう好きにしたら良いんじゃないすかね》」
「力を振るうなとは言いません、でも、力の振るい方を間違えないで下さい。なんでもありは何をしていい訳ではありません。貴方は偉大なる龍王様なんですから」
「《もっと分かりやすく伝えてくれ》」
「そんな化け物みたいに暴れて相手を殺さなくても解決する手段はありますよ。困った時には私に頼って下さい」
「《へいへい……》」
力の振るい方。今の俺は思いがけず得た大きな力に闇雲に振り回されてるだけなのだろうか。
大いなる力には大いなる責任が伴う。どこぞのスーパーヒーローも大切にしていた格言だ。俺も大切にしようと心に強く決めた
「《じゃあ早速とお手並み拝見させて貰っていいですかね。解決方法他にあるのか》」
見てなさいと言わんばかりに、胸を張ってアナムの元へと雪姫はゆっくりと立つ
「ねえ、そこの貴方。お名前、教えてくれる?」
その問いかけに虚な瞳でアナムは姫を見上げている
「ア……アナム」
「アナム。そう貴方は毒魂なのね。契約と魂を司る始祖。契約って言葉私好きよ。良い言葉よね。じゃあ、貴方に合わせて契約を結びましょうか?」
「そうすればもう誰も死なないで済むわ。それとも」
「……む、結びまず。だがら」
今のアナムにとっては、その容姿も相まって姫は救いの天使にでも見えるのだろうと、俺は思わずにはいられなかった
ちょっとした補足
アーカーシャが本当に引きこもった場合、様々な理由から世界が破滅する可能性がある




