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5話目-③夜鷹がはぐれてもどれない

「報告に上がった第四層の東軍事施設で発見された賊は私と空狐様で対処しますが、陽動の可能性も否めません。折衷案として項遠と偉大なる龍王様アーカーシャ待機(ボディーガード)ということでお願いしますね」



「なんじゃい、儂もかい。じっとしてるのは性に合わんのだがなぁ〜」



「アーカーシャ殿。こんな奴でもわしらの大事な王じゃ。この阿呆を。本当に。どうか。よろしくお願いします」



玉藻ちゃんに手を握られ、粛々と頭を下げられる。不安なのだろう。最初の夕餉の食事の席でこっそりと打ち明けてくれた。自身より強い存在がいると神通力により先を見ることが出来なくなると。この場合はアーカーシャの事を指しているのだろう。だから良くも悪くも俺の手に未来が委ねられているといっていい



「《うん。頑張るよ》」



あと別に気にする事でもないが、ボディーガードと待機が同時に聞こえたんだけど、二重音声出来るとか姫はかなり器用だな。多分左右の肺を別々に動かすという荒業を使ったのだ。カラオケの時、一人デュエット出来るとは羨ましい限りである



「ヌハハ。よろしく頼むぞ、アーカーシャよ」



項遠王は高らかに笑いながらバンバンと俺の背中を叩くが、余り俺には期待しない方が良い。

そもそもが死にたくないなら他人をあてにしちゃダメなんだよ!自己防衛、隠遁、引きこもり、後は筋肉が大事よね。

生死が関わる場面で、大事なのは筋肉なのだ。

やはり筋肉……!筋肉は全てを解決する!!



「雪姫殿よ。外の魔物共は大丈夫かの?」



「心配なのですか?」



意外だと言いた気な姫とは対照的に玉藻ちゃんの方は気がかりなのか、魔物が来ているという北の方角をチラリと見ている。実際五千というのは脅威である。分かりやすく言うと五千というのは一の五千倍、つまり5,000にあたるからだ



「この国の兵士たちは練兵に練兵を重ねて優秀に仕上がってます。上からの指揮系統もしっかり取れていて、兵たちも命令に迅速かつ忠実。血の滲むような努力が数日しかいない私にもきちんと伝わりました。それを1番間近で見て知っているのは空狐様たちでしょう。

そんな頼もしい兵が四千人もいて何を心配することがあるのですか?」



「……うむ!然り、まさしく雪姫殿の言う通りなのじゃ!今のは些か心配が過ぎたのう。さあ、行くぞ!」



そう言って玉藻ちゃんも安堵したのか、姫と共に足早に四層へと続く門の外へ向かっていった。

姫の背中がどんどん遠ざかる。不安がないといえば嘘になる。今の俺はちんちくりんだし、だがまあ、他に敵がいないならここが1番良い役どころかもしれない。なんて思っていたら、どうやらフラグだったようだ。姫たちと入れ替わるタイミングで上空から何か強い気配が此方へ飛来してやって来るのが分かる



「《敵機直上!急降下!!》」



†††



雪姫と玉藻の2人は雪姫が氷の道を作ることで滑るように移動をしていた。そんな中、玉藻が突然ポツリと言葉を漏らす



「ありがとのう、雪姫殿も」



その言葉を計りかねて雪姫は小首を小さく傾げる



「言えるうちに言っておこうと思うての。昨夜が乗り越えられたのは主らのおかげじゃ。実のところ遠がどこにいても昨夜は死ぬ可能性があった。ラドバウト、そう名乗っておった魔人は恐るべきことに各所に謀略を張り巡らしておったからのう。

場所が変わることで変化するのは死亡する人数だけじゃった」



「200人以上も死なせてしまいました」



「そうじゃな。だがその甲斐あって裏で暗躍した者の尻尾を掴むことができた。彼らの犠牲は無駄ではなかった」



空狐の玉藻の持つ神通力を細分化するとその一つに未来視がある。未来視は視るより読むと云ったほうが近いだろう。そしてそれは果てしなく分厚い本を何十冊も読み解く膨大な作業でもある。

一字一句覚えるのは生半可なことではないし解釈の余地も含まれる。万能と思われがちだが、実際には他者が思ってるより決して便利な力ではない



そもそもが未来というのは不安定で不確定な可能性の連続である。仮に玉藻がその日1日のありとあらゆる全ての可能性を見てしまったのなら、得られる情報の取捨選択をしているだけでその日1日が終わってしまうほど膨大だ



故に玉藻は未来の大筋の流れしか把握していない。だから"項遠"が"空蝉"に殺害される事を知った時点で、時間の許す限り、膨大な未来を辿った。だがどれだけ分岐させ続けても変わらず項遠の死に収束する



時間も足りない事に加えて、呪いをかけられてからの数えきれないトライアンドエラーの連続は、次第に玉藻の心を病のように絶望が蝕んでいってしまった



心がすり減っていく。磨耗していく



未来の中には時折初めから決められているとしか思えない絶対の確定事項がある。だが絶対を絶対足らしめているのには理由がある。

今回の場合、絶対に項遠殺害を実行するという人物の強い意志が介在している。項遠を殺すという明確に人為的で作為的な謀略と悪意と力(絶対)は玉藻の神通力による処理を上回ってしまっている



それでも玉藻は諦められなかった。もしかしたらという有るかもしれない希望に縋り付かずにはいられなかった



そしてそれは本来なら今回の件に関して関わり合うことがない、白雪姫、そしてアーカーシャと巡り合うことになる



玉藻にとって幸か不幸か、出会った時点で未来はアーカーシャの気まぐれ一つという不確定に塗り潰されてしまった。あの瞬間のあの気持ちは千の言葉を尽くそうと万分の一の表現も到底叶わないだろう。

不確定だからこそ安心するというのも皮肉な話であるが



「この辺りなんじゃがな」



雪姫と玉藻は情報のあった第四層東軍事施設に到着して直ぐ様に周囲を見渡す。辺りには白いモヤが所々立ち込めている



「誰も見当たらぬのう」



「そうですね。交戦中との事ですが、どこにいるのでしょうか」



「もう少し奥の方かも知れぬの」



敵どころか兵たちすら1人も見当たらない。物音も人の気配も全くしない。まるで無人のように静寂が場を支配している



その異常さは2人が慎重を期すには十分な理由で有り、ゆっくりと足を進める。周囲を散策して既に数十分が経ち、第4区画と記されている立て看板に差し掛かった辺りで雪姫は異変に気付く



「さっきから似たような場所を歩かされている感じがしますね……ああ、なるほど。そういうことか。」



何かに気付いた雪姫はタンッと強く脚を地面で叩く。魔力を使って突風を発生させ周囲の白いモヤを一瞬で吹き消した。魔法に魔法をぶつけることで効果を一時的に相殺したのだ。そして自分たちの周囲に膨大な数の魔法文字が隠されていた事に気がつく。



「これは結界魔法の術式!?雪姫殿!」



「これはかの"霧の怪人"ダンテが創った魔道具有幻の霧笛(ネルガル)ですよね。ダストスモーキー」



「正解。普通ならこの空間に疑問にすら感じない幻惑付与もあるんだが、こうも短時間で見破られるとは、貴女は本当にやり辛い」



「結界で私たちを隔離するつもりだったのね。確かにこれが成功したら後は項遠だけだものね。」



白いモヤが晴れて、何もない空間から煙のように空蝉篝火が姿を表す。それに伴い、奥の方には無数に倒れている兵たちの姿も現れた



「目論見通りにいかなくて残念でしたね。それでどうしますか?まさかとは思いますが、1人で私と空狐様2人を相手取るとでも」



「そのまさかさ。こうなった以上はあんたらを倒して、武王を殺すしかないんだからな」



「そうか。ならば自分が殺されても文句はあるまいて」



低く冷たい声と共に玉藻が殺気を放つ。篝火の身体は話してる途中でグチャリと潰れて地面のシミになる。篝火の身体を玉藻が自身の尻尾で虫の如く叩き潰したからだ。だが手応えの違いに戸惑った。



「なんじゃこれは」



だが篝火は全く別の場所から煙のようにまたしても現れる。それも複数になって、どんどん数を増やしてくる。玉藻は構わず尾を振るって消していくが、消した端から増えていくのでキリがない────いや霧があるとアーカーシャなら軽口を叩いていたことだろう



「結界魔法 囲海が今完成した。」



空蝉篝火。彼は紛う事なく殺しのプロだ。だが相対するは白雪姫と空狐の玉藻。篝火の実力をもってしても正面切っての戦いはあまりに劣勢といえる。勝機は無いに等しい。しかしだからこそ万に一つを千に一つに。細い糸を辿るように彼は勝ち目を探る。





遥か上空から見下ろしていた空蝉桐壺は真下にいる目標に向かって砲弾のように着弾した。音を置き去りする速度で降り立ち、地面が爆ぜ、そこから空蝉桐壺は現れた。現したその異様としか言いようも無い姿を見た時、アーカーシャは顔を歪めて言葉を失った



両の黒目と白目が反転しており、桐壺の全身には刺青みたいな文字が刻まれていた。その文字は虫のように身体中を這いずり回っている。そして手足は黒いゴツゴツとした義手と義足だったはずだが、その繋ぎ目はなく、今はまるで本当の肉体の延長のように真っ黒な手足が生えているのだ。



「何か言いた気ですね」



「呪胎転変か。術者は巨大な力を手に入れる。しかし死んだ後にどうなるのか分かっておるのか」



「どうなるんですか?」



呪胎転変。毒魂アナムと呼ばれる始祖が生み出した"呪法"であり、魔法とも呪術とも全く異なる理で発現している。曰く、使用者の命と魂をかの者に捧げる代わりにアナムの力の一部を引き出せるとされる特別指定禁術だ。



「魂が喰われるのだぞ、バカ者め」



それを知っていた項遠は哀れな者でも見るようだった



「はは。なんだそんなことか。もうそんな事どうでも良いのです。終わってから…ううん。終わらせてから考えるとするよ。今は何も考えたくない」



昨日とは打って変わって、生気が抜けたどこか退廃的な様子で桐壺はアーカーシャの方へその顔を向ける



「アーカーシャ。てめえは魔物だ。本来なら殺すところだが、同じ釜の飯を食べた仲です。今からする事を見られたくはないし、出来れば殺したくはない。だからお願いです。何処へなりとも消えてくれると助かります」



「《なんて嬉しい申し出をしてくれんだい、この子は。俺が1番聞きたかった言葉だ。

だけどみすみす年下の子が非行に走るのを分かってるのに見過ごすわけには行かないんだな、これがな。ついでに今は笑えそうもないので今日の俺はちょっとマジだぜ》」



「……殺さないって言ってるのに」



「ああ、分かっちゃいたさ。でもやっぱりてめえ」



空蝉は呆れたように何か言いた気だったが、言うだけ馬鹿らしいとでも思ったのか、最後まで口にはしない



「《なんだよ。最後まで言えよ》」



良いやつ(バカ)なんだな」



消え入りそうな声はアーカーシャに届くことはなかった



「《いま、なんて……》」



「一速」



アーカーシャは唯の一度も桐壺から目を離していない。だが今のアーカーシャの反応を大きく上回る速度で桐壺は速く動くことが出来た。だからそのまま、体を掴まれ、遠投されるその瞬間まで知覚する事が彼には出来なかった



「《ぐ お お お!!》」



アーカーシャの身体が空に投げ出されていた。昨日受けた何十何百倍の威力を誇る津波の様な出力。だが必死に歯を食いしばって堪えてようとしてる中でダメ押しの追撃が放たれた



「二速」



先ほど以上の力を持って、桐壺は今度こそアーカーシャを空に大きく蹴り飛ばした。ダメージ自体はなくとも力の奔流には逆らえず、アーカーシャの身体は為す術なくそのまま数千メートルもの空の彼方に押し流されてしまった



「次はてめえの番です。ただ今みたいに優しくはしねえ。だから精々楽に死ねるよう祈るといいのです」



「ヌハハ、抜かしよるわ!!」



項遠の矛と桐壺の黒腕が炸裂した瞬間、その余波は王都を囲う堅牢な城壁に大きな亀裂が無数に入るほどであった

ちょっとした補足

呪法は呪術と異なり、魔法と呪術を混ぜ合わせた毒魂アナムが新たに生み出したもの

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