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4話目-〆皇旗はためくもとで

ーー†††ーー


空蝉雑技集団は東の海洋大陸エルガルムを拠点として活動している暗殺一族であり、例え大国の王であろうと迂闊には手出しできないほどの戦力を保有している。

そんな裏の世界でも指折りの彼らを使い、ティムール大陸で最大の軍事力を誇る大国バルドラの現王項遠の首を取るという凶行を画策した魔人ラドバウトは自身の暗躍が予定外に露見したにも関わらずどこか上機嫌であった。



「それなりに楽しめたな。まさか僕の正体がバレるとはね。しかし、火種は蒔かれた、次の余興に移るとするか」



そもそもラドバウトにとって、これは暇つぶしの座興の一つだ。実際のところ暗殺そのものが成功しても失敗してもどちらでも構わなかったのだ。戦火が拡がりさえすればどちらでも。



背中から生える大きな翼をはためたせて大海洋を突っ切るために更に加速する。向かっている目的地は何処だろうか。未だ大海原が広がっており、近くに陸地は見当たらない。

分かっているのは、ラドバウトの飛翔速度は尋常では無いということだけだ。夜空に輝く星がゆっくりと動いてみえるほどに。

このアルタートゥームで空を飛べる存在は数多くいるが、速力だけを見るなら、この魔人より速く飛べるものはそう多くはいないだろう。

ものの数時間で先ほどまでいたバルドラから遥か先にある国の城壁に降り立っていた。



ラドバウトが魔族であるならば属する国は、現魔王エデルガルド・ブルグを頂点とする魔国リーブル以外に他はないがそうではなかった



「ただいま、我らが国」



出迎えた城の最も高い場所ではためくのは白い十字と三体の獣。複合色の紋様で絢爛豪華に色取られた世界最強と名高い皇国ゼ・ブリタニアの御旗であった



「さて、この姿ともお別れだ」



魔人ラドバウトの腹部から縦にパキパキと切れ目が入り、其処から人が抜け殻でも脱ぎ去るかのように出てきた



中から出てきた人物は赤い燕尾服を基調とし、顔はノーフェイスの仮面で覆われている

名をキルヒ・I・ラスバブ・クラウン。皇国を最強たらしめている十人の守護者。その一角を担っている人物だ



「……ふむ?」



キルヒは魔女の死印を刻まれた腕の箇所に違和感を感じてか、何度か手を開いたり閉じたりして確認をする



「あの赤龍。小さいながら凄まじいポテンシャルだったな。高位の魔人の魔力を全く通さない外皮に高出力の呪具を上回る膂力か。もう少し成長したら、或いは、くくく」



「おい」



そんなキルヒを背中から強く殺気を込めて呼ぶ声がした。彼が振り返るとサングラスをかけ銀髪の長い髪と共に黒のロングコートが靡かせた若い男がいた。サングラスをしても隠し切れない猛獣の如くギラついた鋭い眼とギザギザとした歯が特徴的で、男は音もなく城壁に腰掛けていた。



「……これはこれはシュバルツさんじゃないですか。いつからそこに?」



ただならぬ威圧感を放つ男の名はカール・シュバルツ。彼もまたキルヒと同じ守護者である。だがキルヒに対して取る態度は決して他の仲間に対して接するソレとは明らかに異なっていた



「んなこたぁどうでもいい。てめえ ここん所姿が見えなかったが、俺たちに隠れて裏でコソコソとなにをやってやがんだ?」



「守護者になって日が浅いとはいえ、仲間に行動を疑われるなんて心外だな。僕の行動は全ては皇国の為にですよ?決まってるじゃないですか」



戯けた言い方にシュバルツのサングラスの奥にある視線がいつもよりも更に鋭くなった



「だったらよぉ、なんでてめぇさっき魔人の姿に化けてたんだ?あぁ!?全部ゲロれ、今すぐに。でねえとぶっ殺す」



「やれやれどうしたものか」



キルヒは困ったように頬をボリボリとかき、益々閉口するばかりだ。だがそれは遂に沸点の低いシュバルツの怒りを買うことになる。



「てめえ、舐めてやがるな?」



その態度にイラついたシュバルツが攻撃を仕掛けたのだ。瞬きよりも早く魔力を限界まで圧縮させ、砲弾のように数発打ち出してキルヒの身体を紙屑みたいに吹き飛ばしていた。見てから反応してからでは余りに遅すぎる絶対の速度であった。



魔力とは肉体という受容器を通して感覚器としての役割を担う。つまり基本的には魔力が物理的に影響を及ぼす事は殆どなく、魔法や呪術などの手段を講じる必要がある。

だがシュバルツの魔力密度は常人とは比較にならない。魔法ですらない束ねられた魔力の塊が鋼鉄すら穿つ威力だ。無造作に無作為にただ対象にぶつけるだけの粗雑で稚拙な攻撃。そもそも、彼がこれを攻撃として認識しているかも怪しい所だ。

だが、彼にどういう思惑があろうと、その1発1発は確かに人を粉微塵にする殺傷力があり、それだけでシュバルツの隔絶した高い実力の片鱗が窺い知れる。



「服に穴が……」



しかしキルヒもまたそんな彼と同格の守護者なのだ。例え生身に撃ち込まれようと、ダメージ等まるで無いと言わんばかりに平然と立ち上がった。



「次は本気で攻撃をする」



「穏やかじゃないな、こいつは」



シュバルツとキルヒの殺気を込めた睨み合いに空間が耐えかねて悲鳴を上げるようにギシリと重く軋む。

言葉なく2人の姿が一瞬消えて、現れるのと同時に拳が交わる。置き去りにされた音が遅れて空気を刺激して、その衝撃に驚いて城の周囲にいた全ての動物たちが慌ただしく逃げ去ってゆく。



音速を超えて互いに何度もぶつかり合う。並の人間では、否。例え腕に覚えのある実力者だろうと、この戦いでは呆然と立ち尽くすばかりだろう。それほどまでに両者の実力は圧倒的であった。



シュバルツが大きく飛び上がり腕を振り上げると、周囲を取り囲んでいる大気が全て集まり始める。

彼の力は風である。属性魔法は最もオーソドックスな魔法の一つと言え、基本の一つだ。しかし何もかもが違う。力も規模も。そこから更にギアが一つ上がる。シュバルツの魔力が更に馬鹿げた程に跳ね上がる。

有象無象と異なり彼の操る風は災害規模だ。何者にも決して抗えない歩く災害と称され、いつからか『災越嵐壊』その彼の二つ名を知らぬ者はいなくなっていた



「大気の魔素を自身の魔力量に還元して際限のない自己強化か!」



「風車 オロシ」



彼が大きく指をクルクルと回しながら振り下ろす。それに合わせて遥か天の頂きから極大な風の一撃がキルヒに対して凄まじい質量と速度を持って降ってきた。まさに神仏が罪人に与える天罰の様に、不可避の一撃



視認した次の瞬間には、キルヒの身体は風に呑み込まれた。その破壊力は皇国独自の強力な魔力隔絶防壁魔法が施された城壁ごと消し飛ばし、真下直径数キロに渡って巨大なクレーターになってしまう程であった。



だが本当に目を向けるべきは怪物地味た魔力量ではなく、シュバルツの出鱈目な魔力放出だろう。

魔力量は個人によって大小様々だ。魔力を水に見立てるなら、コップ一杯を満たすことも出来ない者から、果ては湖を満たす者まで大きく差がある。

それに比べると一度に繰り出せる魔力放出は比較的誤差の範囲と言えてしまう程度には差が小さいのだ。



多くの魔導師たちが一度は脳裏を過った事がある仮定。魔力が無限であるが魔力放出が並の者と魔力は並であるが魔力放出が大きく勝る者が同じ魔法をぶつけたらどちらが勝つか?

答えを10人の魔導師に求めたら、きっと10人共が後者が勝つと述べることだろう。魔力が他人の100倍あろうと1/2だろうと、捻り出せる蛇口が同じなら同程度の威力しか引き出せない自明の理。魔法の威力に関してそれだけ魔力放出が大切な要点なのだ。



それを踏まえて、大海の如く底無しの魔力を豪雨の如く魔力放出する事が出来てしまうカール・シュバルツという男がどれだけ規格外であるかを理解できてしまうことだろう



「僕じゃなかったら今ので死んでますよ、それ」



だがそれと相対するキルヒもまた常識で推し測れぬ人外。先ほどと同様、傷一つなく攻撃を受け切って、地下深くの穴蔵から飛び上がって出てくる。



「姿形を変え、いや、変えなくても、凡ゆる存在の力を行使できる"千変万化"ってやつか」



この世界には魔素の流れを操り渦を創る魔物がいる。キルヒはシュバルツの攻撃を防いだのではなく、大気の流れを操り力の全てを受け流したのだ。宛ら、台風で舞う木の葉のように。



「だが、それがなんだってんだ?

だったら今度は受けきれない攻撃をするだけだ」



「天津風 シフウ」



「放出の余波だけで渦が断ち切られたか」



先程まで巨大な力をコントロールせずに大雑把にぶつけていた。しかし、それでは受け流され続けるとシュバルツは判断した。だから風の力をより研ぎ澄ませてカマイタチのように撃ち放つ。その一太刀の威力は計り知れないだろう



「骨が折れるな、全く」



この攻撃は先ほどの変化だけでは受け切れないと感じたキルヒは更に背中から岩蜘蛛の硬い脚や石岩ゴーレムの巨腕。天虫の強靭な糸が無数に飛び出て来るが、天津風はあまねく全てを刎ね落とし、キルヒの身体と遥か遠方まで続く長い城壁にまで深い爪跡を残していた



傷口は肩から足にかけて縦にパックリと裂けていた。どう見ても両断されているが血は出ていない。彼ら守護者にしてみれば即死さえしなければこの程度の損壊は重傷ですらない。彼らを構成している肉体は最早、人ではなく始祖に寄っているからだ、

その肉体の超回復は最早再生魔法といっても過言ではない。キルヒの傷口は瞬き程度の間に完治する。



「それがてめえの限界だ。程度の知れた出し物が幾つか出来る程度で守護者面とは笑わせる」



先程同様に天津風を再び繰り出す。受け以外の対処をするしかない。キルヒは今度は背中から蝶の羽を出した。羽には大きな目に似た模様が幾つもあり、見つめられた風の刃の軌道が僅かにねじ曲がり逸れる。



「魔獣曲蝶の眼です。どうですか この手数の強みは。シュバルツさん」



「ハッ…!いいぜ、だったら次はもっと面白ぇモンを見せてやっからよぉ!」



最早死闘になるのも時間の問題であったが、そうならなかったのは、直後にまるで空から星が落ちてきたかと2人が錯覚してしまう程の並外れた威圧感と力を持った存在がこの場に飛来して来たからだ。



「守護者同士の私闘は禁じられているが、よもや2人とも知らないわけじゃないだろうな」



そう言って強制的に舞台に幕を下ろした人物が巻き起こった粉塵からゆったりとした美しい歩調で現れる。

背は一般的な女性と比べても低い部類で、顔付きもどこか幼さを残しているが、長い前髪から垣間見えるのは数多ある魔眼の中でも究極に位置する"星の魔眼"を宿していた。その身に纏いたつ魔力もキルヒやシュバルツたちと比較しても超然たるものだ。足元にすら及ばない



皇国ブリタニアの国紋を彩った黒い羽織りを丁寧に着込み、軍帽を浅く被っている。その背中には自身の背より高い抜くことすら難しそうな美しい長刀を背負っていた。



「混ぜろ」



「と言いたい所だが、この喧嘩妾が預かる。文句はあるか?」



(理解が及ばないが、手が届かない筈の)刀に彼女が指をかける。殺気など微塵も込められていないその所作だけでキルヒとシュバルツの両名は自身の死を強制的に想起させられた。いや。実際、彼女がその気にさえなれば、数秒後にはそれが確実に実現されてしまうだろう。



「返事が聞こえないぞ?2人とも。

どうしても暴れ足りないというのなら、実に業腹だが守護者統括としてここからは妾が買い取ってやらないこともない」



彼女の名はベアトリクス・ウォン・ラインハルト。皇国第二守護者にして、守護者統括。

人の身で在りながら、練磨と研鑽の果てにその技は既に神域に到達していると云われており、実力は最早始祖の中でも最上位の戦闘力を誇る龍王、鬼姫、鳳仙の『三君』以上とも評されている。この世界の過去・現在・未来に至るまで含めてもまず間違いなく3本の指に入る程の絶対的強者。



「だがよ、姉御。こいつ何か企んでやがるぜ。」



「‥‥‥だから?」



ベアトリクスのそれは質問ではない。故に次の言葉は必要無く、シュバルツを唯見つめるだけだ。自分に二度も同じことを言わせる気かと、そう訴えている。



「ちっ‥‥わぁったよ 」



納得はしていないようだが魔力放出をピタリと止め降参と言わんばかりに渋々とシュバルツは手を挙げる。流石の彼も彼女の言葉には食ってかからず従うだけの理性があるのだとキルヒは内心感心した。



「ふぅ。ベアトリクス様危うい所を助けていただきありがとうございます。どうにも悪巧みをしていると誤解されてしまったようで」



「誤解、本当にそうか?」



臨戦態勢を解いて今度は態とらしく胸を撫で下ろす演技をするキルヒの顔をベアトリクスは下から覗き込む。どんな宝石よりも美しい瞳が恐ろしいほど、自分を観察している



(僕を……いや何を視ている。何が視えている!?)



その瞳に或いは心の内側が見透かされる気がして、キルヒは心を深く沈ませて隠したが果たして効果が如何程あったかは疑問を挟む所である。

数秒ほど見つめられただろうか。不意にベアトリクスが手を取り、触る。そこは奇しくもアーカーシャに魔女の死印を押しつけられ影響を受けた部位であった



「ベアトリクス様ほどの綺麗な女性にこうやって触られると流石に照れますね」



「‥‥‥随分とオイタをしたようだな」



まるで本当に見てきたかのような口振りにキルヒも内心動揺を隠せない。キルヒも「まさか、本当に、見えているのか?」と思ったほどだ。

ベアトリクスが不意に触ってた部位から何かを引き上げる様に上に引っ張ると、キルヒの左手に魔女の死印の残滓が浮かび上がる



「まあよい。そなたが何処で何をしていようと皇国に属している限り妾は関知しない」



再度ベアトリクスが魔女の死印をグッと指で押すと、まるで呪いが抵抗でもするかの様にバチバチと閃光が迸る。数秒で直ぐに閃光は収まり、そこから呪いは綺麗さっぱりと消滅して消えていた



「妾も相まみえたいものだな。戦うと楽しそうだ」



「ベアトリクス様の期待に応えられるほど、大層なものじゃありませんよ、あれは」



「ふっ」



「お爺さま……第一守護者総括より全守護者を皇都ケーフィアに集結させろと仰せつかっている」



「とはいっても、守護者なぞどいつもこいつも召集令など無視する奴ばかりだろうからな。どうせ暇だ。妾が力付くで連れて来ようと思った所よ」



「ベアトリクス様相手に無視なんてどこの命知らずですか。

それにしても召集令とは珍しいですね。何処かの国と戦争でもするのですか?」



「戦争程度で守護者全員は集めぬだろう。現状どこの国とやるにしても守護者1人と聖騎士の1000人も連れていけばお釣りがくるのだぞ?

いや、しかし、全員なら、案外世界征服の算段でも建てるのかもしれんな」



「冗談に聞こえないから恐ろしい」



キルヒは自身の企てとそしてこれから引き起こされる大騒動を考えて仮面の下から邪悪な笑みを溢しながらこの場を後にした


ちょっとした補足

守護者は現代版始祖。それが10人もいるので現状の戦力的に皇国>それ以外の全て

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