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4話目-㉙欲望の揺籠

「《あーなんだろうな……》」



状況が少し呑み込まない。傍目から見て今にも仲間割れしかねないほどに桐壺の食ってかかりようは尋常ではない。

考えをまとめよう。依頼主。と、いうことはこの紫色の人間ラドバウトが項遠殺しを空蝉に頼んだ人物ということに他ならない。しかし何か因縁があるのだろうか?

そいつが桐壺みたいな義務教育すら終えてなさそうな子供にこんな仕事をさせる原因の一つという認識で合ってるのだろう。

俺の個人的な感情としても許せん!



世の中色んな人間がいる。当然その数だけの生き方があるし在り方があるだろう。病人や女子供も働かす場を与える。かっこ良い言葉を用いるならダイバーシティーだろうか?それは結構だ。

俺の狭い価値観だけで世界が回っているわけではないという事も分からなければならない。しかしまだ分別がつかない子供に平気で悪いことをさせるなど絶対に許さない。絶対にだ。

子供を非行に誘う行為。あえて言おう!カスであると!



「前に話しましたよね?私の家族が死んだ話を。

なのに依頼を引き受けたんですか……?」



「……」



「ダンマリですか 師匠!」



桐壺は感情を剥き出しに怒っていた。肉体に絡み付くように拘束していた煙が弾ける。

だがあくまでも師匠と呼ばれた彼は対照的に機械的に事務的に淡々と言葉を述べる。



我慢ならなくなったのか桐壺が飛び交かり勢いのまま殴りかかる。それを力ではなく技でいなされる。そのまま桐壺の後頭部に肘が入れられる。



「うぐっ!」



「桐。前から言ってる。俺たちは道具で手段なんだ。だから余計なことは考えるな。いい加減それ位は分かれ」



「随分と余裕そうですね。ダストスモーキー。

よそ見をしてお喋りなんて」



姫がその2人の諍いを大人しく静観している訳もなく、氷の魔法で鈍器を作り彼の背後から攻撃を仕掛ける。だが後ろに目がついてるみたいに寸前で躱していく。



「ほんと、あなたは!空気を読んでくださいよ」



掌底撃ちで鈍器のケツを撥ね上げられ姫の右手からすっぽ抜けて鈍器は明後日の方向に飛ぶ。だが全く意に介した様子も無く、姫は右蹴りに魔力を集中させる。ほぼ同じ速度で男も右蹴りを放つ。



「素晴らしい反応ね」



「このっ…!」



同じ蹴りでも姫の方が威力が高い。男の蹴りが押し返され、体勢が崩れ仰反る。即座に距離を詰めて次弾の蹴りを放つ。だが煙の糸が足首に巻きつき、姫の動きを奪おうと試みる



「2度も同じ手は食わないわよ」



冷気が煙の糸を凝結させ、ガラス細工のように脆く砕け散った。しかしコンマ何秒の対処により、姫の動きにズレが入る。巨木でも薙ぎ倒す右蹴りが男の左脇腹に命中するも、男は耐えきり足を掴みそのまま姫の軸足の左足を蹴飛ばした。空中で独楽のように姫の身体が回った。そのまま男は無防備となった姫に拳を振り下ろして決めにかかろうとする



「技の組み合わせがぬるい」



しかしそれよりも早くクルリと一回転した姫の身体が、そのまま次の瞬間には勢いを逆に活かして男の側頭部に踵が強烈に見舞っていた。男は壁まで吹き飛ばされるが、ぶつかる前に煙を今度は反発性の高いクッションのように変化させ、壁にぶつかった反動でしなった弓の如く、その体を矢にして姫という目標に再度放たれるが姫は辛うじて躱す





そんな中で納得出来ない桐壺は怒りを表出させる様に全身から魔力が迸り、壁の表面に大きな亀裂を入れながら立ち上がる。それが奇しくも桐壺の心を可視化しているみたいだった



「桐壺は……私は自分が納得出来ない殺しは絶対したくねえですし、する気もねえです。これは何を言われても譲れねえ!!」 

 


「お前の、言いたいことは分かる。だが今は……」



「今はそんなことを言ってる場合なのかしら?」



「ぐう…本当に貴女って人は!」



「《姫は戦隊モノの変身の時に空気読まずに攻撃する悪役タイプだな》」




殺し屋が殺し屋たる為に譲れない何かがあるのだろう。その瞳には歪ながらも確固たる決意が見られ、桐壺の師匠の男は頭痛でも堪る様相で頭を押さえていた。



「ふむ。なら依頼を果たす気がない反故という形で処理して良いのかな?篝火君」



ラドバウトが悪意のある声を桐壺の師匠である篝火に向けて漏らした。しかし姫との戦いで余裕がない篝火。つまり先に言葉に反応を示したのは桐壺だった



「ったり前です。てめえの思い通りになんか動いてやらねえです!」



「じゃあ依頼を……」



「待ってくれ!!コイツはきちんとまだ依頼を理解してないんだ!」



篝火が初めて焦りを見せながら声を大にして叫ぶ。なにをそんなに焦るのか分からず首を捻る。



「……ならペナルティ、という形でいいか」



何かをした。途端に桐壺の身体がガタガタと震え始める。まるで体の芯を内側から揺さぶられているみたいに。

遅れてプチプチと桐壺の体中で何かが切れていく音がした



「……ゴボッッ!!」



ベチャベチャと桐壺の口から吐き出された夥しい血が床を赤くコーティングしていく。



「《姫!?これって》」



「結界に閉じ込められた事を覚えていますか」



「私が偉大なる龍王様(アーカーシャ)を一時的にとはいえ、結界に閉じ込めることが出来たのは、時間と場所を指定して、対象を設定し、効果を限定することで魔法の能力を底上げしたからです。魔法の制限(リミット)限定(レギュレーション)



「空蝉雑技集団、彼らも同じように己の能力を引き上げる為により強い縛りを課している。その一つに恐らく依頼主に対して不利益を働けないようにしている」



「この人が言った通りだ!失敗と違って反故と認定された場合には相応の罰を負う。このままだとお前死ぬぞ」



篝火は緑色の煙を吐き出しながら、桐壺の全身を包み込む。その煙には治癒の効果があるみたいだった。僅かに安堵と安らぎの表情が見られる。



「あの……ゲホッ…人みたいに…ゲホッ……なれないなら、それで良い!」



「立派立派。じゃあ契約を反……」



ラドバウトは嘲るように拍手をしながら、言葉を口にしようとした。それを告げられたなら桐壺はきっと死ぬという確信がある。



「待て!依頼は俺が1人で達成する」



ラドバウトは言葉を止めて興味深そうに篝火を見据える



「面白いことを言う。今この状況で君の勝算は万に一つもない様に思えるがな」



「今この瞬間ではな。だが明日だ。明日必ず武王項遠を殺す。それで良いだろう!」



声色でわかる。本気で言っているのだろう

ラドバウトは自身の腕に刻まれた魔女の死印を一瞥する。



「なるほど。依頼を達成するというなら、それで良い。じゃあ今日はここまでということか」



「ではでは皆様。勝手ながら今宵の劇はこれにて終演。この不肖ラドバウトめが最後に締めさせてもらいましょう」



「それは何の冗談じゃ。笑えぬぞ。ここまで好き勝手にやっておいて!」



玉藻ちゃんが床を蹴って猛スピードで此方に近づいてくるが突如としてラドバウトの全身からガスが噴き出し直ぐに俺たちの視界から隠れる。

数秒の間を置かずに、玉藻ちゃんの尾が振るわれて突風が巻き起こり、黒いガスはたちまち掻き消された



「逃したか」



口惜しそうに玉藻ちゃんの言葉だけが空気を揺らした。目の前にいたはずの敵は影も形もなく、煙と共に姿を消していた。どさくさ紛れに空蝉の彼女たちも一緒に。



「《俺はどうするべきかな》」



夜が明けても待っているのは今日と同じような日って事を考えるだけで憂鬱になっちゃうな

この憂鬱な気分を晴れ晴れユカイに解消するには宇宙人や未来人や異世界人や超能力者と一緒に部活するしかないですわ‥‥…なんてお茶目な現実逃避をするのはいつもの事なので許してほしいかなって思ってしまうのでした。

ちょっとした補足

目が見えない代わりに他の五感が発達するといったように、何かが出来ない引き換えに何かの能力を引き上げる。純粋なパワーアップではないので、総合値でみるとほぼ同じ。

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