4話目-Try to know everything about Her
ーー玉藻sideーー
『余り他人の家でキョロキョロしてくれるな 見苦しい。
して、なんじゃ、この見るからに田舎者は セイ』
『お、俺の名前は……!』
『お前には聞いておらぬぞ』
『フーハッハッハ!こやつは食い逃げ犯で余が捕まえてやったのだ。名前は、たしか、近だったか?』
『遠だっつてんだろ!ぜんぜん違えわ!』
『……捕まえたなら近くの自警団か騎士に引き渡すべきだろう。なんでわしのとこに連れてきておる』
『おーそれはだな』
『聞けよ!つーか!食い逃げじゃねえ!ちゃんと食った分の金は、そのうち倍にして返すつもりだった!立派な戦士として武勲を立てて!』
『どんな理由があるにせよ、食い逃げは立派な犯罪。この国では食い逃げ一回につき棒叩き百回の刑だぞ。
そしてこの一月の間に食い逃げが頻発しておったそうだ。背格好も歳も聞いた通りで一致しているわけだが、お前さんのことを疑うわけじゃ無いが、もしもそうであったのなら軽く見積もっても、棒叩きは千を超えるだろう。大の大人でも失神じゃすまない。その罰でお前さんなんかきっと死んじまうんだろうなー』
『ぼ、棒叩き……千回』
『食い逃げはダメだ。だから飯代を余が立て替えてやる。なんならこれからの衣食住の全てを保証しよう。その代わりお前さんは余たちの仲間となってもらう』
『うぉい!?たちってなんじゃ?勝手にわしを加えるな!』
『俺なんか仲間にして何をしようってんだ、あんたたち』
『今でこそ無数に別れた国家。中原一帯を統一し、かつての大帝国を再興する。その手伝いをさせてやる』
僅かに懐かしき過去を視てしまっていた。いよいよ力の制御がおぼつかない位には弱り始めている。
思えばここまで弱体化したのは初めての経験だ。人の力を侮っていたし驕りがなかったと言えば嘘になる。で、あるなら、人は、いつかそう遠くない未来、あの始祖すら殺すことが可能に────ズキリッ。痛みがノイズのように駆け巡り思考が止まる。
「おさまれ……おさまれ……」
魔女のかけた死印により、日が経つにつれて頭の痛みはどんどん酷くなり、今にも内側の方から割れてしまいそうだ。
呼吸をどれだけ深くしてもずっと息苦しく、身体全体も自分のものとは思えないくらい鉛のように重い倦怠感が渦巻いて指先一つ動かす事すら辛く感じさせる。
呪い。或いは呪術と呼ばれる、その多くは肉体に作用するものが殆どだろう。
有名な例を挙げるなら、"鉄輪"あれは強力である。なにせ呪いを掛けた相手の心臓を直接握り潰す呪いだからだ。しかし強力が故に避けられぬ代償が発生する。心臓を潰す痛みを術者が引き受けるのだ。大抵はその余りの痛みで術者自身がショック死するという諸刃の剣。しかし心臓を握り潰された位では死なないし死ねないような奴らも中にはいる。
特に始祖やその眷属たちは、その身体を大規模魔力を基にして擬似的な神性エーテル(世界の根源を構成する元素、物質)を再現して肉体を構築している。肉体的な損壊なぞ、それこそ1,2回程度、頭や心臓を破壊されようと支障すらない。
だからこそ、魔力そのものに対して大きく作用する魔法や呪術は天敵といえる。
そもそも魔力とは何か?アレは魂という自己を守る為に覆う心が発生させる運動エネルギーに近い。
筋肉の大きい者がより大きな力を発生させるように、魔力に大小の差が生まれているのは、各々が持つ魂の大きさが如実に関係している。
何が言いたいのかというと、詰まるところ、魂が大きければ大きいほど、それを覆う心も大きくなり、大きい分だけ発生させる魔力が多くなる。
わしらの魔力は言わずもがな強大だ。その生み出す魔力だけで心身の生体機能を全て賄えてしまう位には。本来なら食事も睡眠も呼吸すら必要としない。
だからこそ、わしが今回受けたこの魔女の死印とは最悪の相性だといえた。死印によりわしの魂の大部分は削られてしまい、その分だけ魔力が縮小し、肉体を魔力だけで維持することが困難になってしまっていたのだ。
無論足りていない分は食事や睡眠を多く取って補っていたが、それでも魂は日々削られ、限界が訪れていた。
このままでは、そう遠くない未来、呪殺されるより先に自壊を迎えてしまうだろう。
「2人とも戻ってこないのう……」
雪姫殿と清正が出てから随分と経つ。出る直前に魏良伯爵と話こんでいた……仮にも王族特務親衛隊の一角を担う清正を、貴族が自身の小間使いの様にするのは看過できない。やはり後で一言申しておくか。
「ヌハハ!呑め!呑め!」
「で、我らが王は完全に‥‥‥出来上がっておるようじゃのう」
優れた戦士は優れた指導者になり得ないというとがわしの持論だ。小さく嘆息する。あやつが優れた戦士というのは疑いようが無い。己が力のみで幾千幾万の敵を屠って屠って屠り続けた。それは常に死が在中する戦場を駆け抜け活路を見出してきた事に他ならない。だが亡き女王の番いとなり王となってからはそうもいかなくなった。
戦いと無縁の安寧な毎日。内政はわしら任せで、軍事に関しても軍略が基本で戦場を直に目にすることは今や殆どない。本人にとっては退屈極まりないことこの上ないだろう。
だからだろうか。いつからか我が身を危険に晒して意図的に刺激を呼び込もうとする悪癖がうまれてしまった。本人にその自覚はないだろうが、それはこれまでも度々あって、今回は特に酷い。まるで夜道を裸で歩いて飢えた男を誘う娼婦の如きだ。相手が自分の喉笛に食らいつくまでわざと隙をずっと見せている。
どれだけあやつが自身の首を絞めようと、残りの親衛隊が戻ってくるばそれまでだ。残りは2日。
そうなれば護りは万全になり、あやつがどれだけ隙を晒そうと刺客は迂闊に手を出せなくなる。が、故に手薄である千載一遇のこの状況を見逃してくれる筈もない。
一瞬たりとも気を抜けないこの状況で、当の本人は貴族共と飲み比べして泥酔している。あそこまでくると、もう自殺志願者と殆ど変わらない。わしがしっかりしないといけない。
「早くみんな帰ってきてくれんかのう」
再び深い溜息をつくと、バシッ!と強く背中を叩かれたので思わず振り返る。
「何を辛気臭い顔をしておるんじゃ 玉巫女!貴様も呑め呑め!ヌハハハ」
呑気な元凶がいつの間にかやって来ていた。
さっきまでこやつが居た辺りが死屍累々となっている。正直かなりイラッときたがあえて何も言うまい
「酒臭いんじゃ!ちゅうか顔を近づけるでない!こんの酔っ払い!!」
「ヌハハハ連れないことを言うな!儂と主の仲だろうが」
抱き寄せてわしの顔元に態とらしく息を吹きかけてくる。魔力で身体強化もしてない酔っ払いのくせに無駄に力が強い!ぐぬぬ、引き剥がせん!
酔うとスキンシップが過剰になるのはどうにかしてくれんものかと思わず顔をしかめる。女王が存命ならば‥‥っ!なぜわしを置いて先に逝った。恨むぞ、セイ
「巫女様。気を揉む事案を抱えておいでかもしれませんが、こういった場では余り難しい事を考えても仕方がないですよ。さあ飲んで食べて騒ぎましょうぞ」
そう言って近寄って来たのは宴を開いた魏良伯爵であった。彼は笑顔でわしに皿を握らせ、その上に料理を勝手に盛り付けていく。
「……偏りすぎておらんか?」
食べ物が肉一色であった。余りにも色彩に欠ける。何というか見ただけで胃がもたれそうだった。食事はばらんすが大事なのに、そこが分かってないヤツが多すぎる。好き放題食って良いのは油揚げだけじゃぞ。
「ああ、そういえば魏良伯爵。清正に何か命じたな?
大貴族として主の立場を軽んじる訳ではないが、王直属の配下である親衛隊を動かせるのは王族と巫女のみじゃ。例外はない」
「なんじゃ堅い事は言いっこ無しだぞ。玉巫……」
プチリッっと頭の血管が切れた音がした。
「このっ!王が国法を簡単に蔑ろにするでないわ!」
わしが本気で叱りつけると、こやつは子供のように分かりやすくシュンと項垂れ、そして何を思ったのか他所へ退散した。
残されたのはわしと魏良伯爵のみ。
厳しい口調にばつが悪そうに魏良伯爵は小さく口を開いた
「命じたなどと人聞きの悪い。警護の方々と連絡がつかず、清正様にはその確認をお願いしただけで‥‥」
「驚いたのう。いつから、貴族は王直轄の部隊に指図出来る様になった?」
興奮が収まらず、わしの鋭い視線で大柄な魏良伯爵はまるで小鼠のように戦々恐々と小さく身を竦める。
「‥…大変失礼しました。王の身を案じ分を弁えなかったこと、深く反省し、今後はこの様な事がないように致します故、ここは何卒ご容赦下さい」
張り詰めた空気の中、丁寧な口調で紡ぎながら魏良伯爵は深々と頭を下げる。
「いや此方も少々言い過ぎた。次から気をつけてくれればそれで良い」
わしは魏良伯爵の皿から物をつまみ、口に放り込む。意外と美味しい。次々と放り込んでゆく。
ピンと張った緊張の糸が少しずつ緩んでくる。それ故に魏良伯爵が思わぬ言葉を吐き出した。
「この屋敷にいる間は王の御守りは万全にしたかったのです。かの空蝉一族といえど我が屋敷では好き勝手をさせるわけにはいきませんので」
思わず指で摘んでいた物を落として動きが止まる。
「どうしました?巫女様」
「‥‥‥お主」
「おかしな事を言うのじゃな。魏良伯爵。その口ぶりじゃとまるで‥‥‥」
「王の命を狙っている刺客が空蝉一族だと知っているかのようじゃ」
今度は完全に魏良伯爵の動きが止まった。そしてそれ以上に表情が凍りついていた。
王が刺客に狙われているという件自体、そもそも極少数しか知り得ない情報だ。貴族の誰にも明かしていない情報。なぜ更に刺客が空蝉などと断定したように言う。答えは既に口にするまでもない。わしの反応から相手も自身の失言に気付いたのじゃろう。しどろもどろと口を動かそうとする。
「これは、そのですね」
口がパクパクと動くが、言葉は紡がれない
「弁明させてください‥‥」
そして魏良伯爵はまるで表情を変えず、殺気無く腹部に巻いている帯を鞭のようにどこかへ振るっていた。
布の帯かと思ったが、魔力により一瞬でしなる金属の刃へと変質し、狙った先には我らが王の首があった。
だが首を落とすよりも速く、わしの手刀が刃を叩き折る。
「やってくれたの」
わしが殺気を向けて魏良を見据えると彼は異様な雰囲気だった。普段の笑みは既に無く、背筋が寒くなるほどに、表情からは感情が消えていた。
遅れてくつくつと態とらしくソイツは笑う。
「失言失言。まさかこんな小さなことで全て台無しになるとはな」
「いや、これもまた一興か」
口ぶりこそ楽し気だが表情に変化は以前見られない。能面のようだ。そんな彼の体からは、人とは違うドス黒い魔力が噴き出し肉体が変異し始める。
途端に魏良の皮膚は青黒く変色していき、血管に良く似た赤い線が体表を無数に迸っていく。開いたドス黒い目の中には血よりも赤い瞳が浮かんでいた。
その異形の姿を目の当たりにして周囲では途端に混乱が巻き起こる。
それは人であって人ならざる者。
「魔人よ。ならば本物の魏良伯爵はどこじゃ?」
「会わせてやるさ。直ぐにな」
そして魔人は室内全体を満たすほどの毒を口から吐き出した
吐いた毒が部屋を満たすまで数分もかからなかったが、その間にこの場所から出られた者はいなかった。いや出られなかったと言うべきか。なぜなら部屋はいつの間にか魔法により出口のない壁となり固く閉ざされてしまっていたからだ。
逃げ道などどこにもなく、喧騒は時間と共に少しずつ収まっていく。
「誰も死んではいないようじゃな」
「彼らには興味が無いからね。眠ってもらった」
そう嘯く魔人はどこか妙じゃった。魔力量は決して大きくない。魔力の総量だけなら今のわしよりも確実に下。だが主人様やアーカーシャ殿に近い感覚がある。
脳裏を一瞬過ぎったのは魔王。魔族の中で始祖の力を継いでるのは天魔の眷属であった彼奴とその血を引く末裔どものみ。で、あるからして、当代の魔王より別の誰かに代替わりしたという話は聞き及んではいない。
「そんなに睨まないでよ‥‥怖いな」
「怖くて怖くて」
魔人の姿が消え、一瞬で背後に回り込まれる。わしの反応速度を僅かに上回り、応じた時には既に懐まで入り込み殺気を込めた魔手を繰り出している。
「直ぐに殺したくなる」
突き出された手から嫌な感じがする。生身で受けるのはマズそうじゃがこれは躱しきれない。ドパンっと空気が弾かれる音がして炸裂する。そして魔人の方が大きく体を仰け反らせていた
「確実に当てたと思ったのですが、それは尾ですか?」
「一尾 流陽火」
驚く魔人を他所にわしは自身の力を高密度に圧縮した力を1本の尾として展開していた。
謂わば、この尾は始祖 妲己に限りなく近い力であり、その尾に触れたら並の相手なら手足など簡単に消し飛ぶ筈だが、直に触れたにも関わらずこの魔人は掌の皮膚のみが裂傷した程度だったのには、少し驚嘆させられた。
魔人は損傷した掌など気にも止めず向かってくる。
無数の連打を繰り出してくる魔人に対してわしの尾が何度も激しくぶつかり合う。
「こんな事をして戦争になるぞ。何を考えておる」
率直な疑問をぶつけると魔人は初めて感情を少しだけ見せて嗤う
「第一次人魔大戦は初代魔王ルーテンの自殺から始まり、第二次は二代目魔王オルガの暗殺から始まった」
「きっかけはいつだって人間共だ。ならば第三次は我らが起こしてやろうというだけさ」
「この国に天狐が付いておるのじゃぞ。勝てるとでも」
「思い上がるな 離眼の巫女!我らは……」
突然横から魔人の顔に無骨な剛拳が突き刺さり、そのまま魔人は壁の向こう側まで吹き飛ばされる。
「横槍を入れてしまったな。すまんすまん」
拳の主は我らが王 項遠であった。死にはしないだろうが恐らく、頑強な亜人ですら昏倒する毒に満たされた部屋の真っ只中だというのに、平然といつも通りの高笑いをあげている。
「遠。この中で平気なのか?」
「何がだ?玉巫女よ、ヌハハハ!!」
久しぶりに戦うチャンスが来たからだろう。余りにも子供のように無邪気に目を輝かせて嬉しそうにするものだから、わしも笑うしかなかった。
全く、馬鹿な子ほど可愛いものだ。
キャラクター紹介
【空狐の玉藻 全力ver】
天狐の眷属/妖狐
【ステータス】
パワー S
魔力 S+
スピード S
能力 測定不能
【仙術/神通力(千離眼)】
千離眼:本来なら全知に限りなく近い、離れた距離のものを知覚する力。この場合の"離れた"が意味するものは、物理的な距離だけでなく時間や空間にも作用する。
【説明欄】
妖狐族は四つの氏族(黒狐、白狐、金狐、銀狐)に別れ、そのどれもが長寿の種族。また基本的には100年毎に尾が1本増える。高位であればあるほど尾が多く強い(一尾〜九尾)
玉藻は天狐の眷属になって1000年程度であるが、その前から生きてるので実は優に2000年以上生きている。カテゴライズ的には九尾に該当し、事実『白面金毛九尾』と恐れられていた時期がある。現在は特殊な狐の面を被ることでほぼ全ての能力を制限している。※年齢は最早無意識のうちにサバを読んでる。




