4話目-㉖幼魚と逆罰
呪霊を食べると吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしている様な味。と、例えたどこぞの呪術師がいました。
ウッキー!ところでこれに限らず、口に合わない食べ物を口にしたときに卑下する喩えとして、クソみたいな味と言ったりする人もいるわけだが、一つ気付いたことがある。クソ食った経験あるんか?ごめん。めちゃくちゃ下品なので、デトックソと表現させてもらう。デトックスじゃない、デトックソ。
ともかくデトックソを恐らく人類で主食としてる奴らはそうはいない、と思ったが、溜まったデトックソって大地に還して作物を育ててるんじゃないか?だとするなら、我々ってデトックスを間接的に口にしてることにならないか?つまり味の感想にデトックソを用いるのは何らおかしくはないのだよ!な、なんだってー!
うん?こ!れはなんの話をしているのかって?
いや、要するに夢乃さんの料理って用いられた食材が死んでねって話なのだ。料理って食材を活かすんだよな。完膚なきまでに死んでるんだが?食材だって生きてるんだぞ。こんなん事件で立件されちまうよ!何罪ですか?食罪です。夢乃さん、お前もう(料理という海原を駆ける意味で)船降りろ。
「UGGooo!」
口に流し込むデザートが舌の上で化学反応でも起こしているのか、灼熱でグツグツと煮え沸っている。ずっしりとした劇物の様な味わい。
デザートを全て喉に落とすまでにかかったのは、時間にしてそれは数秒足らずのことだろう。
だが胃袋に収まってなお、凄まじい存在感。それは俺にとっては永遠とも思えるほど長く果てしない時間に思えた。まるで本当に時が止まっているみたいだ。ああ、これを忘れていた。全ての食材に感謝を込めて。
「《ご馳走様でした》」
食前と食後に胸元で合掌する。感謝と敬意とマナーを現した所作なのだが、個人的に俺はこの一連の動作が好きだ。食べ方は自由であるにも関わらず、わざわざ食べる所作を重んじ美しく魅せる。日本人は謙虚でマナーが良いというイメージの大部分は、ここから来ているのではないだろうかとさえ思う。
「《ん?》」
んで、空蝉桐壺と桐乃さんのどちらも人形の様に硬直して反応しない。
なんでふ。いきなりの無視ですか?いやいやそういうの俺は良くないと思うけどね。無視は
‥‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥
え、怖い。無視というか、この人たち急に動かなくなったんですけど!!何なの?俺の人生で不思議体験Best10に見事ランクインですよ。
まるで時間が止まったかのように‥‥ピコーン!そうか!分かったぞ!
俺の考えが正しいかどうか確かめるために、スプーンを宙へと無造作に放り投げる。放られたスプーンは案の定一定の距離を動いた後にピタリと静止した
「《最高にハイってやつだ!》」
時間が止まっている訳ではない。スプーンを触った時に感触があったし、呼吸も問題なく出来ている。1秒の間隔を延々と延ばし続けている。俺、というかアーカーシャが凄いな。でもどうしていきなり使えるようになったんだ?
ON.OFFが任意で出来ないなら持て余してしまうのが本音だ。
暫く考えあぐねていると、スプーンが不意に落ちて床で跳ねた。ごちゃごちゃ考えるのもあれだし、まあいいか。
夢乃さんは嬉しそうに空になった土鍋を持って奥に引っ込んでいったし、終わり良ければ全て良し。さて、何かを忘れている気がするが姫の元へ帰ろう。
俺が外へ出ようとすると、空蝉桐壺が尻尾をがしりと掴み引き寄せる
「……ありがとうです。私のために」
空蝉桐壺がまじまじ俺の顔を凝視しながら不意にそんな事を言ってきたので驚いた。随分と素直な感謝だ。子供ってのはこうでなくちゃな。
「《か、勘違いしないでよね!ここに来てから何も食べて無いから、食べただけなんだから!全然アンタの為じゃ無いんだからね!》」
俺の返事に桐壺は気持ち悪そうに俯いて言葉を漏らした。
「気持ち悪い」
シンプルに傷つく反応だった。にしてもこの子もイルイと同じように俺の言葉が理解出来てた。
疑問なのだが俺は何故この子と会話が出来るのだろう。イルイの時もそうだけど、未だ姫とは出来ないし。何か条件でも有るのだろうか。
「まじで気持ち悪い」
なんで2回言った。泣くぞ。ええんか?
俺をあまり怒らせない方がいい。人目も憚らず本気で泣き喚くぞ。
「‥‥まじで体調崩したのです。お腹痛い。出そう」
なにが出るの!!?ちょっと止めて!異性のそんな話、俺聞きたくない!あたふたした俺は取り敢えず、桐壺の背中をさすったが余り効果は無いようだった。
「《ゆ、夢乃さんっ!ヘルプミー!!》
そうこうしている内に、俺の体が赤く輝き始める。なんぞこれ。数秒後映画の場面転換のように唐突に視界が切り替わった
魔法の世界でお馴染みのワープ。今風で云うなら転移というやつだ。感慨深いものがあると思ったが体験すると別段そうでもなかったな。所で毎度余談で申し訳ないんだが転移って犯罪とかで絶対使われると思うんだけど、そこんとこの危機管理どうなってるんだ?
なに?状況を考えろだって?余談しちゃダメなほどの予断を許さない状況なんて中々ないもんよ
ごめん。現実逃避していた。不発弾処理にでも失敗したのだろうか。数時間前の俺の記憶では館の玄関付近はここまで風通しが良くなかったはずだが。床や壁は爆ぜて焼けて焦げているし。周囲には炭化した人型のなにかが転がっており、口元が脂肪でやけにベタつく。
「《いやなかんじ》」
内外の夥しい血の臭いと気配で分かるが、これ数百人規模で死人でてるな‥‥
一夜にしてこれだけの惨劇が簡単に引き起こされる世界か。
夢と希望溢れる異世界というには余りにも優しくないな。今の状況を見て嬉々としてモリタートでも口ずさめる奴がいるなら、きっとそいつは1クラス全員を殺し尽くしたあのイカれたサイコパス教師と同類だろう。
「ゲロロロ~」
触っていた影響だろうか。俺と一緒に飛ばされた桐壺は、俺の足元でマーライオンの如く吐瀉物を撒き散らしている絵面が広がっていたが、とりあえず‥‥‥そっとしておこう
「ソレが貴女の"切り札"
まさかの龍か。だが小さいな」
「見くびらない方がいい。謝るなら今のうちですよ」
状況はなんとなく理解できた。
キセルを口にした目つきの悪い女性、いや肩幅と尻の形で分かるが綺麗な男だな。こんなに綺麗な人が女の子なわけがないんだよなー
そいつが手を勢いよく後ろへ引くと、連動するように桐壺の体も床にぶつけられながら、男の足元へ引きずられる。見え辛いが煙の紐を作り出し桐壺の身体に瞬時に巻きつける芸当。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね
「師匠もうちょっと弟子に優しくしてもバチは当たらねえと思うの‥‥ゲロロロ~」
「全く。何をやっていたかとおもえば。まあいいこれで2対2だ」
何勘違いしてやがる。なぜか床で這いつくばっている清正さんも含めてこっちは3人。そっちは体調不良でダウンしかけてる桐壺を除けば実質1人。つまり3対1という状況が成立しているわけですよ
「いけるか、桐壺」
「‥‥‥です」
意味有りげに俺に目線をくれる桐壺。一触即発な空気を破ったのは、俺たちのいる場所より更に奥の部屋の壁を何かがブチ破った音だった
俺と桐壺たちの丁度間に落ちたそれは巨大な青い肉塊であった
国のデータ
【軍事国家 バルドラ】
首都:フリューゲル
通称:軍国
政治体制:専制君主制
王族:項・ブリュンヒルデル家
概要:国是として国民皆兵制度を掲げている。西側諸国の民族浄化を発端として、各地で多種族の武装蜂起が起きたり多くの国で内戦が勃発し経済基盤が破壊尽くされ、ほどなく生じた経済恐慌が原因として軍閥の抗争が活発化した際に、項星后が中央から東側にかけて近隣を併呑したことで大陸最大の国家となった。西側諸国より民族融和が進んでいるので多種族国家。
ちなみに軍事国家と云われるだけあり、常備軍である正規兵の数だけでも100万を超え、皆兵制度により集められる予備兵や義勇兵を合わせたらぶっちぎりの総兵力世界1位。総合国力は世界4位。




