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4話目-㉒フラップフラップ2/2

東屋が攻勢に移る。受けに回る形で白の小太刀"白牙"と東屋の掌底打ちが触れ合う。極限に研磨された鋼と歪曲の力が反発し合う。利き腕でない左手だけでは反撃に転じる隙がない。



「おらおらぁ!どうした どうした 清正よぉ!守ってばっかじゃ勝てねえぞ!!」



「ぐっ…なんで俺の名前を!?」



「ちったァ頭を働かせてみろよ。

なんで俺がてめえの名前を知っている?そもそも俺が初見で今の技に合わせてきた事に疑問を感じなかったか?」



「俺は初めっからお前の手の内全部知ってたんだよ!」



普段から項遠王や他の親衛隊、他の上級兵士と手合わせしてきた弊害か。あいつらは毎回初見の技を平気で破ってくるものだから、勝手にその類かと判断していた。

だがこちらはこちらで大問題だ。



「それだけじゃねえ。屋敷の人員配置も見取り図も、武王がここに来ることも初めから知っていた。つまり……」



「ほら。てめえら以外に此処にはどんな奴らがいる?」



「……ッ!一連の流れは貴族共が仕組んだのか」



肯定は無かったが、東屋のその邪悪な笑みが全てを物語っていた。

だが我が主である項遠王がこの国の王位に即位して既に40年余りになるのに、なぜ貴族共は今更そんな事をする。



「くそっ…!」



動揺を誘うつもりもあるかもしれない。だから全てを鵜呑みにすべきではない。そもそも今の言葉が真実かどうかを俺に見極める術はないのだ。

玉巫女様が"魔女の死印"という強力な呪いをかけられた折に天狐様が仰っていた。始祖の眷属が死に至るレベルの呪いをかけるには、最上位の魔女でも命の天秤が釣り合うだけの命を積まなければならない。



百や千の話ではない。そしてそんなものを早々準備できる訳がない。だが貴族ならば話は変わってくる。

彼ら貴族は国に奴隷の所持を黙認されており、必要な分だけ手元に置ける。とはいえ万の奴隷が不自然に消えれば流石に王都が気付く。その目をどうやって盗んで大規模な術を。

幾つかの属領で万の奴隷の反乱があったと報告を受けていた!反乱に加担した10万超えの者たちを鎮圧したのは貴族の面々である。ならば……。

貴族にとって彼ら奴隷は幾らでも替えが効く消耗品だ。必要なら奴隷など幾らでも使い潰していくだろう。



それに加えて数万規模の闇ギルドや傭兵団の雇用。それだけの人材と装備を揃えるのにどれだけ莫大なお金がかかるか。貴族が主犯は得心がいく。

無論一介の貴族で賄えるわけがない。複数の貴族による共謀は確実。いや、最悪の場合は、三大貴族すら一枚噛んでる可能性があるのだ。



これは……ヘタを打つと国が割れるな。



「顔色が悪いぞ!」



話は終わりだと言わんばかりに東屋は攻撃を再度仕掛けてくる。



「ぐっ!大したホラだと感心してるんだよ」



こいつを1秒でも早く排除して項遠王に報告しなければならないが、苦しい状況と言わざるをえない。利き腕である右手は殆ど機能せず、左手の小太刀のみで東屋と名乗った褐色の男の攻撃を捌くだけで文字通り手一杯。家付き妖精の手を借りたいという状況に苦笑しか出来ず、攻撃に転じる暇がなく防戦一方になってしまっている。



焦るな。東屋は難敵だ。今は余計な事を考えず目の前のこいつに全神経を集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。そして組み立てろ。戦術を。こいつの持つ歪曲魔法は対象に触ることで作用する接触型のタイプ。効果の程は見ての通りだ。人体は勿論、硬い壁や鉄の鎧だろうと触るだけで捻ってしまう。手以外にも効果は及ぶのかは不明。

逆説的に捉えるなら触る必要があるのだ。魔眼のように対象を見るだけで発動する視認型や白雪姫の使った自身を中心として一定の範囲に効果を及ぼす範囲型と比べれば対処は比較的容易であるだろう。



「ほら、ワンタッチだ」



相手に触れさせずに倒す。口で言うほど簡単なことではない。

俺の防御の隙間を縫って、胸部に東屋の指先が触れる。



「がふっ‥‥‥!」



それだけで耐え難い激痛が俺を襲った。身体の内側で臓器が飛び跳ねてるんじゃないかと思いたくなるぐらいにグルグルとこねくり回されて、心臓が破裂したんじゃないかと思えるほどに血流が不規則に速くなり痛い。

即死しなかったのは無意識に東屋から半歩距離を取るようにしていたお陰で心臓腑の深刻なダメージは避けられたからだろう。



(‥‥‥肋骨イってるな‥‥‥これは)



堪らず大きく距離をとるが、当然東屋が追撃しようとしてくるので、苦し紛れに小太刀を振るい牽制する。しかし東屋は小太刀を握る俺の手首を難なく掴み取る。



直後にボギリッ!!!



「うがぁ‥‥!」



枯れ枝でも纏めて踏み潰すような音が左手首から鳴ると左手の全ての神経が激しい感覚で統一される。耐え難い苦痛を声に変換して絶叫がエントランスに響き渡った。



「弱っ」



呻く俺をそんな蔑みの声と共に東屋は大きく蹴り飛ばした。

ば、馬鹿か!俺は!?実力が上の相手にあんな児戯に等しい反撃で余計に状況を悪くして、隙まで晒して。



「げほっ‥‥ゲボッ!」



呼吸が苦しい。肩を大きく上下させながら息を吸うと腹の底から熱が込み上げ白い床一面に吐き散らされる。出てきたものは血だ。この身体のどこにこれだけの量があったのか不思議に思えるほどの血が床を赤黒く染め上げていた。



(折、れた骨が色々、傷つけたかな‥‥‥)



乱れた呼吸を一度整えたい所ではあるが、そんな暇など敵が与えてくれるはずもない。



「おいおい休んでんじゃねえよ 清正ぁ!」



東屋は宙に跳び上がっていて、高度が最高潮に達すると真上から踏みつけようとしてくる。



「ぐそっ」



ギリギリの所で跳んで避けると、ズンっと低い振動が駆け巡る。地面が脈打つように俺がさっきまで居た平面の場所は荒波のように起伏激しく変貌していた。



「避けてどうする?両手を失った。もう勝機はねえぞ。見苦しい。負けを認めて潔くさっさと死ねよ。高潔な戦士らしく前のめりにさぁ」



東屋が嘲る様に笑う。この男の言う通りだ。両腕は既に使い物にならない。 指の感覚が定まらない右手は黒の小太刀を取りこぼし、左手に白い小太刀はあるが、こちらも握っているというよりは指に引っかかっているという方が正しいのだろう。



「 まだ負げで……ねぇよ!」



この技に一分の望みをかける。上手くいけば首をとれるだろう‥‥失敗したら、順当に殺されてしまうが‥‥‥俺が死ねば王に危害が及ぶ。絶対に勝つ。差し違えてでも。

俺はまた一直線に駆ける。



「学習能力がないのか?もういいよ、おまえ」 



東屋は呆れたような表情を浮かべて床を踏みつけると床がベリベリと剥がれていく。剥がれた床は無数の触手の様に枝分かれして俺を撃退しようと殺到する。



「白影猛虎!」



剣とは腕の力だけで振るうものではない。腕の力が無くても全身の力を独楽みたいに回して遠心力を活かして大きく薙ぐ。

叫びを力に変える。一瞬空気が震えて、斬撃が大きな白い虎の牙と成り飛来する。それはかつてこの地の争いを鎮めた事で崇め奉られる四聖霊の一体双虎の力の片鱗であった。

双虎の牙は瞬く間に大理石の触手を食い破り、その大きな顎を更に大きく広げて東屋に噛み付く。



「うぜぇ!こんなもんで俺が殺れるかよぉ!」



俺の持つ二刀一対の国宝 白刀 白牙 黒刀 黒爪 双虎の体毛により創られている。それ故に四精霊の力を発現させることが可能だ。だがこの状態で放った半端な1撃で東屋に致命傷を与えることは到底敵わない。



双虎の顎が東屋の両手と激突すると眩い光を一瞬放ち、双虎の顎は捻られて呆気なく霧散する。狙い通りに。

東屋の視界から外れた俺は側面から首元を狙い全体重を乗せて渾身の突きを放った。

少し遅れて人に突き刺さる確かな手応え。見ると東屋の皮膚を刃の腹まで埋めた切っ先が突き破っていた。



「くっ……!」



それは首を捉えてはいなかった。白き刃は惜しくも東屋の右手の掌から手の甲を貫通して深々と刺さって止められていた。

いや。諦めるな。死ぬ気で力を出し切れ!今しか勝機はない。

ズブズブと東屋の首に刃がめり込んでいく。



「う お お ぉ ぉ ! ! !」



「雑魚が舐めてんじゃねえぞーーー!」



あいつの左手が俺の頬を打つと顔の骨が砕ける。

痛みに耐えられず悶えて蹲ってしまう。その隙をつかれて小太刀を引き抜き、東屋は憤怒の形相で俺の髪の毛を掴み床に何度も叩きつけてくる。



「勝てると!思ったのか!てめえみたいな!雑魚がさぁ!」



頭上から声が降り注ぎ、最後に俺の顔面を東屋のつま先が蹴り上げる。トドメと言わんばかりの物凄い衝撃は首の内部で何かを捩じ切る音がした。



「決めた。まだ殺さねえ。良いこと思いついたわ。

今から俺が武王の首を取ってきて、それからてめえを殺してやる。自分の弱さを呪いながら惨めに死ねや」 



「あっはっはっは!!」



腕が上がらない。足も動かない。身体から力が抜けていく。視界が霞む。それでも、どうにかしないと。



「んでこれが宝刀白牙と転がってるのが黒爪か。金になりそうだな。貰ってくぜ。治療費代わりにな。」



動けない俺を横目に東屋がゲラゲラと白い小太刀 白牙を手に取る。



「触、るな‥‥‥。汚い手で‥‥‥お前なんかが、触るんじゃねぇよ」



蚊の鳴くような声でだが、必死に言葉を紡ぎ、東屋を睨みつけると、東屋は可笑しそうに鼻で笑う



「おー。こわいこわい。ほらほら。そんなに大事なら取り返してみろよ。」



刃先を指で摘みながら、ぶらぶらと目の前で揺らす。悔しい、悔しい、悔しい。何で俺はこんなにも無力で弱い。




「ぁぁぁぁ!!!」



慟哭のような声にナニか大きな存在が目覚める音がした。

甘い匂いが鼻腔を擽ると共にいつの間にか俺の顔元には一輪の白い蕾が芽吹いていた。いやホール一帯にだ。

そして蕾たちは急速に成長していき、艶やかな花弁を次々と咲かせていくが東屋が其れに反応を示す様子は無い。そもそもこの景色を認識出来ていないようだった。



空気が変わる。大きな獣の息遣いを感じた。姿は見えないがなぜか俺にはその大きな気配が花々の上を踏み歩いて徐々に近づいて来ているのが分かった。



そいつは俺の眼前で止まった。



【***】



どこか苛立ちを思わせる声。目を凝らすと徐々に薄っすらとだが、虎のような輪郭がぼんやり見え始める。真っ白な毛並みが膨らみ、体をより大きく、丸く、雄々しく見せる。

その独特な形の黒い模様は枝別れて体を覆い、それがより神秘性を高めている。

 


「も、しかして、双虎なのか?」



事態を飲み込むまでに時間がかかったが、血がからりと乾いた声でか細く問いかけた。

双虎の返答はその大きな手で頭を軽く踏んづけてくることだった。



「……何のつもりだ、おまえ、やめろ!」



そう言ってるにも関わらず双虎は踏むのを止める様子はない。そして漸くして口を開く。



【ぎゃーぎゃー!喚くな!おみゃーさんが弱いから、オレサマの方から直々に力を貸しに来てやったんだろうがーー!感謝しろ!敬え!首を垂れて這いつくばれ!

と言いたいが赦してやる。今は一刻も早くオレサマをああやって存外に扱ってるクソやろーをぶっ飛ばせ。】



尊大に吠えるように告げられた。



【力を貸すといってもタダより怖いものはないというし、だから安心しろ。しっかり対価は貰う……そうだな 両眼、とかどうだ?】



「それでいい。早く力を貸せ」



今の俺に選り好みしてる余裕はない。あいつに勝って項遠王を守れるならこの身など喜んで差し出そう。



【え?おみゃーさん冗談通じないタイプ?うっわー。引くわ。

両眼平気で差し出すとかオレサマドン引きなんですけど……】



「……」



なんだこの精霊。自分から提案しておいて、応じたら凄い嫌そうな顔をされた。解せない。精霊と人とでは根本的に考え方が異なるから仕方ないかもしれないが。やりにくいな



【まーいいや、時間もないし】



双虎は何とも言えない複雑な表情を浮かべたように思う。直ぐに頭を垂れて、短く呪文を口にした。それを契機に俺の体から絶え間なく信じられないほどの力が巡り噴き出し始め、傷も治癒されていく。



【言っておくがオレサマはな。可愛いメス以外からは物を受け取らない主義なの!そもそも何が悲しくて男の目ん玉なんて貰わないといけないの……んじゃ!】



ぐちぐちと喋り続ける双虎の気配が音もなく消え去り、後には俺と東屋しかいなかった。

初めから俺と東屋しか居なかったのではないのかと思ったが、手の甲に熱を持って猫の肉球に近しい紋様が浮かび上がっていた。俺はゆっくりと立ち上がって敵を見据える。

口から吐き出される息はまるで虎の息吹にも似た熱をもって排気されていた



「おい」



立ち上がった俺の呼びかけに振り返った東屋は丁度黒牙を拾ったところだった。東屋はまるで悍ましい何かを見たかのようにギョッとして眼を見張らせた。



「‥‥‥!?んで立ち上がれる。いやそれよりも傷が治って」



さしものこいつも驚愕に包まれる。それ故に臨戦態勢に入るのが遅れていた。瞬きほどの合間に距離を詰めた俺がほんの軽く意趣返しに東屋を蹴り飛ばした。



「がは……っ!」



防御する暇もなかったとはいえ骨を砕く確かな感触。手応えは十分だった。



「なんだか凄くいい気分だ」



もちろん白牙と黒爪。二本の宝刀を奪い返したのは言うまでもなく、その何方も今は俺の手に握られている。



「ちっ!なんで死にかけが強くなってんだよ!」



忌々しそうに顔を歪めながらも東屋は歪曲魔法を発動させ反撃してくる。両側面の床がどういうわけか競り上がり、壁となり俺を押し潰したのだ。いや押し潰そうとしたのか。この程度じゃ今の俺は止められない。


俺は挟まれた壁の隙間から東屋を見ると明確な焦りが感じられた。得体の知れない今の状況に対し、追い打ちはせずに東屋が少しずつ間合いを取っていくのは賢明な判断なのだろう。



「くくく。ははははは!」



何が琴線に触れたかは分からないが途端に表現し難い笑いが腹の底から込み上げてくる。口元の筋肉が不自然にひくつき終いには我慢出来ずに、高らかに哄笑してしまった。

挑発のつもりはなかったが、聞こえてきた俺の声に東屋の顔は不愉快さを露わにしている。



「負ける気がしないな」



壁を粉微塵に切り刻み、二本の小太刀にあるだけの魔力を注ぎ込み握りしめる。



「意味がわかんねえ。何が起こってんだ!?あーくそ、本気出さないと、いけなくなっちまったじゃねえか!」



全力で迎え撃たねば殺されると理解した東屋の言葉はどこか淡々と述べるように落ち着いていたがその表情には深いシワが刻まれていた。直後に東屋の魔力が増大していく



「捻じ切れろ」



俺のいる大気一帯がギリギリと音を立てて歪んでいく。或いは空間に干渉する事が可能な程の強力な歪曲魔法。これほどの使い手はそうそういるものではない。だが。全てが遅いのだ



「お前が虎の尾を踏んだ瞬間にな」



「虎剣・五の太刀 双虎ノ交ワリ」



俺が小太刀を二度振るうと風船が割れるような鋭い音を立て、そして小太刀を納めると同時に合わせてズルリと滑るように東屋の半身がずり落ちた。






キャラクター紹介

【東屋 松風】

人間/殺し屋



【ステータス】

パワー  C

魔力   B

殺傷力  A+

技術   B


【魔法 歪曲】

歪曲:人や物。触った全てを捻じ曲げてしまう魔法。物体を通して対象を攻撃も出来るので攻撃性能だけで見たらトップクラス。歪曲は魔法術式として解明されたが取り扱いが難しく会得が禁止されている禁術指定でもある。


【説明欄】

東屋という殺しの名家の分家筋に当たる人。自分本位で共感性に欠けるサイコパス気質。実は今回の襲撃組の中では唯一空蝉にも引けを取らない位には強かった。


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