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4話目-⑲問題は山積み


「《ん?》」


なんとなく胸騒ぎを覚える。姫の霊圧が消えた……わけではなくて、何か大きな危険が迫ってるような……時計を不意に見ると、針が丁度7時を指した所だった。襲撃から既に1時間が経っている。姫たちは大丈夫なのかと気を揉んでしまう所だが、此方はこちらで手が離せない。なぜなら。



俺と殺し屋の彼女────空蝉 桐壺と名乗った少女は互いに緊迫した面持ちで今現在、散らかしてしまった部屋の片づけに慎重に勤しんでいたからだ。



「きちんとちりとり抑えてもらっていいです?破片がどうにも綺麗にいれられねえもんで。」



「《あぃ》」



桐壺は不慣れな手付きながらも一生懸命に箒を動かして、細かな破片をちりとりに入れようと悪戦苦闘している。義手だから不器用なのだろう。変わろうと申し出たら唾を吐かれて丁重に断られた。



「《俺お前に何かした?》」



「魔物が気安く話しかけるな。悪が感染る。ぺっ!」



「あらあらまあまあ。すっかりすっかり仲良しさんね」



おいおい2回も唾吐かれたんすけどおおおぉぉ!!!

どんな価値観持って生きてきたらこのアプローチを好意的に解釈することができんのぉぉぉ!!?

いや!だが100歩譲って異世界だしな。まじで仲良しには唾を吐くとかそういう文化あるのかもしれんな。



「《カッ〜……ペッ!》」



ベチョリと顔いっぱいに鳥黐のようにデカい痰が桐壺の顔を襲う。うわぁ〜ばっちぃ!えんがちょ!



「……ぐっ!この!」



ポカっ!と殴られる



「《ちょわーー!!》」



やられたらやり返す!やられてなくてもやり返す!クロスチョップで倍返しだ!!



「もう怒ったのです!!!」



「《そりゃこっちの台詞じゃい!!》」



ポカポカと殴り合いの喧嘩に発展してしまった。

そんな俺たちの様子を楽しそうに見守りながら人が良さそうな笑みを浮かべ、この家での食事を提案をしてきたのは、藤の花と同じ髪の色の彼女、藤咲夢乃さんである。

この大陸より東の果ての国『扶桑』から来たらしいが、扶桑ってなんだか凄い違法建築してそうな国名だな。俺の住んでたかつての国は地震大国だったから、住処が欠陥住宅だった日には、割と洒落にならない目に遭んだぞっと。



所で藤と桐がどう違うのか具体的に説明できる人はいるのかしら。時期も色合いも似通ってるからどうにも俺の知識が混同してるのよね。

加えて藤紋や桐紋も同じ五大紋だったりするし、ますます違いが分かり辛い。日本の紋章だったり皇室の副紋として扱われてる分、格式高そうなのは桐紋よねー。



そして此方としてはご飯に付き合うのも吝かではない。桐壺を力づくで止めるのは、今の俺では些か以上に荷が重い。

大きくなれば話は変わるがな。



「せっかくのご好意はありがたいんですが、長居する気ないんで‥‥」



「《まあ、そうなるよな》」



だが、夢乃さんは見た目よりもけっこう頑固な人らしかった。空蝉桐壺の背を押し無理やり席に座らせる



「昨日のお礼も兼ねてるので、どうぞどうぞ遠慮しないでくださいな」



「いや、本当に急いでるんで‥‥!って話聞いてます!?」



桐壺は困ったような表情を浮かべるものの、どうやら無駄な足掻きと悟ったらしく、がくりと項垂れる。夢乃さんは足早にキッチンに向かい、直ぐに大きな土鍋を運んできた



「駄目にしたのは兄の作り置きの料理だったんですが、此方は私が先ほど作ったやつです」



「そーいやフジサキって名前聞いたことありますね。夢乃のお兄さんってもしかしてイブキっていいませんか……?」



「あーですです!知ってるんですね!」



「そりゃあんだけ有名な冒険者ならね」



「《貴族たちが住んでるような所に居を構えてるから、冒険者って儲かるんだね》」



「能天気め。フジサキイブキっていったら、この大陸最強とも云われる冒険者"龍殺し"ですよ。精々会わないことを祈るんですね」



そんな俺にメタってる奴いんの?ま、まあ?俺って姫の使い魔?みたいなもんだし。そんな飼い龍に何かするわけないよね。



「トカゲさんも此方にいらっしゃいな」



「《ぽーい》」



折角なので、ご相伴にあずかろうかな。俺が近付くと、夢乃さんは自慢気に土鍋の蓋を開けた。

その瞬間、俺には確かに聞こえたね。地獄の釜戸が開く音ってやつを。

蒸気というか、瘴気がね。ぶわっと噴き出したんですよ、そしてね、なんと驚き、料理の色がね。紫色だったんですよね。



「《これはあかん》」



おかしい。何がおかしいって、まず色合いがヤバい。胃袋どころかがっつりタマを殺りにきている感じがするよね。見れば見るほど、異物混入どころの話じゃないんですけど!もはやポイズンクッキングなんですけどぉぉぉ!!



「な、中々に尖った料理センスですね」



桐壺は下の歯をガタガタ震わせて両目の焦点が合っていない状態で、そう言うが尖り過ぎてて食べた人を刺し殺す勢いだった。


こういうのを言うのかな。闇鍋って。うん。闇つうか、暗黒だよね。ダークネスって感じだよね。トラブル発生だよね

こんなTo Loveる嫌だぁぁぁ!もっとムフフなやつが良いのおおお!淡雪ちゃーーーん!!!



「どうかどうか遠慮せずに食べてくださいな。」



笑顔で言う夢乃さん。この時、俺に電流走るっ‥‥‥!



「《あ!テレパシーで姫からお呼びがかかった。残念、いかなければ!》」



圧倒的‥‥‥!圧倒的閃き‥‥‥!然しっ‥‥それは苦渋の決断‥‥‥!美少女のフラグと引き換えっ‥‥‥!だが、命はフラグより重いっ!



「《フッ。夢乃さんのご飯食べたかったぜ。しかし残念だ。許せ、また今度だ‥‥》」



「っておいい!!お前なにを逃げようとしてやがるんですかぁぁぁ!!」



優雅に立ち去ろうとする俺の尻尾を空蝉 桐壺に掴まれたことで阻まれる。



突然の事態に困惑‥‥‥!とんでもない誤算っ‥‥‥!このままでは道連れ‥‥‥俺まで地獄行き‥‥‥!



「《俺龍だからね。基本人間の食べ物はNGなんだ、飼い龍にはきちんとペットショップで買った物を与えないとダメなんだぞ!ドラゴンフードとか!》」



「ごちゃごちゃうるせえんですよ!お前は!」



だが、空蝉 桐壺は目を血走らせながら、有無を言わさず俺の顔を掴み鍋に突っ込む。



「グェア!!!」



とんでもない凶行を強行してきやがった!!ジュウジュウ変な音してるって!鱗が爛れる気がするううう!!



「ほーらほら、たんとお食べになると良いのです」



そっちがその気なら、こっちも容赦はせんぞ。



「《そっちがその気なら上等だぁ!ごらぁぁぁ!!》」



払いのけた尻尾を空蝉の首に巻きつけて、俺の顔と入れ替わりになるように鍋の中に叩きつけてみせる。



「おんぎゃぁぁ!!目があああ!!!この糞龍やりやがったなぁです!!」



「《先にやったのお前だろうが!ばーか!お前バーカ!》」


ーー

ーーー


「う、うぇぷ。や、やりやがるですね、お前」



「《お、オマエモナー……》」



「名前、聞いてもいいですか?」



「《アーカーシャだよ。桐壺ちゃん》」



「ちゃん付けやめろです……アーカーシャ」



両者とも虫の息であったが、料理の方が誠に遺憾ながら無くなってしまい、なし崩し的に勝負は引き分けであった。

そんな俺たちに夢乃さんはとびっきりの笑顔を向けて、どんと新たな土鍋を目の前に置いた。



「あらあら、まあまあ。そんなに慌てないでも、ほらほら、作り置きならまたまだいっぱいありますよー」



「《決着をつけるぞ。桐壺》」



「の、望むところ」



ルール無用の残虐ファイトの鐘が新たに鳴り響き、俺と桐壺との間で更に死闘が繰り広げられることになったのは言うまでもないことであった


ちょっとした補足

あの場にいる誰も気付いてないが、藤咲夢乃は料理系のスキル"穀王"(魔法とは異なる力)を所持している。食べれば食べる分だけ潜在能力を解放するといったもので色と味が変わってしまっている。見た目はともかく潜在能力に比例して味の感じ方が変わるのでマズイわけではない。

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