4話目-⓬bloody spot
どんなに鮮烈で強烈な光が差そうとも、光の強さに応じて影はより暗く深くなる。光と影は表裏一体。決して無くならない。例に漏れずここもそうだ。バルドラ王都の街フリューゲルは夜だというのに常に華々しい光に照らされ、人々の往来に満ち満ちている。だが少し道を外れる光の当たらない場所ではこうして闇と静寂と暴力が氾濫している。
誰も彼もが暗闇を見ないふりをする。そこに潜む悪に気づかないふりをする。危険に巻き込まれたくないから。それがきっと賢い生き方だ。こんなことしてもきっと世界は良くならない。
そんな理屈を並べて自分を納得させるのは簡単だ。
例え偽善と嘲られようともあの人の在り方こそが私には正しく見えた。だから私も悪を正す。あの人のように。私は正しくありたい。
不義を許さず悪を滅ぼす正義の味方で在りたい。
「あーなるほど!助けて下さってどうもどうもありがとうございます」
ようやく私の事を悪い人から自分を助けてくれた相手と認識したらしい可愛らしい少女は慌てて頭を下げてくる。
「いいですって。でもあんたみたいに可愛い子がこういう所をうろつくのがそもそも駄目なのですよ。あんな奴らの格好の餌食になります。私が通りかかったから良いものの、気を付けねえといけませんよ」
「ですねー。兄にもよくお前はぼやぼやしてるからと注意されてるのですが、道に迷って気付けばこんなところに‥‥‥」
そう言いながらはにかむ美少女に同性の私も思わずドキリとさせられてしまった。これはまた兄としては目の離せない妹さんだろうなと思った。
「それならあっちの明るい所に行けば大通りに出られるですよ。左に曲がれば直ぐ自警団の詰所があるはずです」
「これはこれは!道までご丁寧に。重ね重ねどうもどうもありがとうございます」
私が指を指した方を緩慢に一瞥すると「なるほどなるほど」と小さく呟きながら、綺麗な藤色の髪をふわりと靡かせてまた此方に一礼すると危なげな足取りで美少女は去って行く。本当に大丈夫だろうかとハラハラしてしまう。
「よくやった 桐」
少し離れてやり取りを眺めていた師匠の賛辞に私は小首を傾げる
「弱い"人"を助けるのは正義の味方の役目なのです。別に褒められることではねぇのですよ、師匠」
「違う。褒めてるのは、こいつらを殺さなかったことだ」
「師匠の教えのせいかもしれませんね」
「言ってくれるね」
足元に転がりノビている悪漢3人の方を師匠は瞳に一瞬写して、嬉しそうに私の髪を揉みくちゃにする。
「う~やめやがれです。髪が乱れるじゃねえですか!!」
拒絶の意を込めて私が仔犬みたいに乱暴に頭を振ると師匠は意地悪く笑いながら誠意が全く篭ってない謝罪をした。
「もう先に宿に戻って休んでもいいぞ。お前には明日いっぱい働いてもらうから」
「そういう師匠は帰らねぇのですか?」
「まだ準備があるんだよ」
そう言った師匠は煙管に火をつける。
師匠は仕事に関して手を抜かない。だから前もって備える事が多いが、今回はいつも以上に念入りに備えている。故に質問してしまった。
「そこまでする相手なのです?武王 項遠ってのは。
人間なんでしょう?」
「ん?あーそこまでする相手だよ」
説明を求める問いかけに師匠は煙管を口に咥えたまま面倒くさそうにしながらも口を開く
「資料に目を通したか?項遠はかつてはただの一兵卒だった。そこから何の後ろ盾もなく王にまで現場からの叩き上げで這い上がってる。ただの人間がだ。十分異常だろう。
普通なら死んでしまう場面で打ち立てた武勇も一つや二つじゃない。誇張が含まれるだろうが一筋縄じゃいかないだろう。それに加えて手駒も優秀ときてる」
「始祖である天狐を筆頭に、飛将や空狐や王族親衛隊。更に手を結んでいる冒険者ギルドメルジーネには最高位冒険者の"龍殺し"に"黒骨"に'喧嘩屋"。挙げていけば他にもキリが無い」
そこで私はすかさず横槍を入れた
「けど。受け取った情報ではそいつらほぼ不在じゃねえですか。邪魔が入らないなら私一人でも殺せると思いますけどね」
「侮るなよ。お前は強いが戦いに絶対はない。不測の事態に陥った時にああしてれば良かったなんて思いたくはないだろう」
「伝説と謳われる空蝉一族とは思えない随分とまどろっこしいやり方じゃねえか」
突然に師匠の言葉を遮った声の主は褐色で若い白髪の男であった。その少し後ろに茶髪で眼帯の女も街の光に背を向けるように立っている。両名共荒々しい歩調なのに不自然に音もなく人の感覚の死角に入り込むように近づいて来る────気付いた時には既に目と鼻の先。反射的に身構えるが師匠が手で制止する。
「やめろ 桐。こいつらは同業者だ」
男は品性のカケラもないような笑みを浮かべている
「久しぶりじゃねえか カガリよぉ?!相変わらず女装なんかしてやがんのか。笑える姿だ。で……誰だよ、この睨んでる生意気なクソガキは。しかし名前が桐って死んだあいつから襲名でもしたのか……?」
「クソはお前だろうが!うんこ色の肌しやがって。」
「ギャハハ。東の、言われてるよ〜」
私の言葉が図星だったのか、ブチリと大きく血管の切れる音がした。そのまま褐色の男は殺意に満ちた様相で大きく腕を振り上げる
「どうやら目上に対する口の利き方がなってないみてえだ。とりあえず一片死んどけや」
男の拳を受けようとしたが突然ピタリと止まる。師匠の吐いた煙の魔法が植物のツタのように変化して男に絡みついていたからだ
「こっちは大仕事の前でお前らに構ってる余裕がない。だからお前らの邪魔で支障を来たすようなら、不戦の掟に抵触する事なくお前たちを殺せる大義名分を得られるわけだが。どうする」
珍しく不機嫌な師匠の問いに東と呼ばれる男の代わりに背後に控えていた眼帯の女が答える
「怖。こんなん戯れじゃん。それにこっちも同じ依頼で来てんのよ。項遠暗殺のね。ブッキングじゃないよ?依頼主が許してくれたの。難しい依頼だけどあんたたちいるから相乗りしようとおもって。ほら依頼料も成功報酬も破格だし箔も付くし〜つぅーか今回の依頼主はどこぞの大貴族かもね〜。ってあれ?こいつら生きてる。なんでっかな〜?」
眼帯の女は倒れている悪漢たちに目をやって、何を思ったのか懐から手品のように手斧を取り出していきなり振り下ろして来た。
「あっれ〜。なにしてんの、あんた、意味不なんですけど〜」
「それはこっちの台詞です。仕事でもねえってのに一々人を殺す必要ねえでしょうが!」
私が手斧を受け止めて、その行動を阻んでいるということが理解出来ないといった風に眼帯女は驚いている。
「必要あるとかないとか空蝉は難しいこと考えるね。宿木はほら意味なく殺すをモットーにしてるんで、だからさ?
そろそろどいてよ。殺さないなら私が貰っていいでしょ」
「殺したいなら私を力付くで退かせてみろ」
「おい、カガリィ……仕事以外で殺さないっていうお前個人のくだらないポリシーを弟子にまで吹き込んで、俺らの殺しの邪魔させるんじゃねえよ!」
「だったら、そのくだらないポリシーとやらに感謝しといた方がいい。そうでないならお前ら2人はとっくに殺している所だ」
いつ殺し合いになってもおかしくない張り詰めた空気に包まれたまま、互いに睨み合っていると周囲を何かが高速で動き回って、あっという間に倒れている男たちの額を高速で貫いていく。
驚くまもなく東と呼ばれた男たちとは反対側の通路から長身で異様に痩せながらも、私と歳はそう変わらない妙齢な女性がマスケット銃をマントに忍ばせながら、どこか重い足取りで此方に近づいて来る。
「……喧嘩……良くない……」
「恥ずかしいところを見られたな、君は確か夕霧蜻蛉の娘さん、だよな」
師匠にどこか親しみを込めて呼ばれた女性は肯定するようにコクンと小さく頷いた。
「今回……蜻蛉父様……来られないから……代理」
1人の対象に複数の殺し屋が集まる。こういったケースは稀だ。だが0ではない。今までだって少なからずあった。対象を殺すに当たって、複数の暗殺者たちがいた場合はどうなるのか。競合相手なので仲良く協力してお仕事とはいかないが、先走って足並みを乱すことも家同士の今後に関わるのだ。本来なら弱い立場の方が身を引く。だが今回はそうではない
「ハッ、面白え。空蝉、夕霧、宿木、東屋。俺ら全員で大物取りってわけだ」
ちょっとした補足
何気に出た冒険者のランクはSからEの6段階。細かい部分は後々本編に出す予定です。
この世界にも銃があり軍隊などには普及しているが余り使われてない。そこら辺の理由はいつか解説する予定




