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4話目⑪五里霧中

「先刻はすまなかったな。気が動転していたんだ。

謝って済むことではないのかもしれないが」



姫と少なからず因縁があるらしい清正さん。だが意外にも会話の出だしは謝罪やら何やらだった。

彼にも事情があったのだろう。だからといって刃傷沙汰はごめんで到底許されることではないのだが。俺なら裁判で舌舐めずりしながら尻毛まで毟り取る次第である。まあ当事者の姫が問題にしていないなら外野の俺がこの件でとやかくいう必要はないだろう。



むしろ問題にするなら気が付けば決闘をやる流れになっていた事についてだろう。まるで意味が分からんが、彼なりの戦士としてのケジメを付けたいのだろうと俺は勝手に納得した。

ふーん!何方がデュエリストとして上か分からせるには良い機会だ。格の違いを見せつけるためにその決闘、受けて立つぜ!俺のターン!サレンダー!ゲームエンド!



なんてそんな風にいくわけもなく、なんだこんなのパンナコッタ。パンを買ったらナンであった。肩がこってる揉んでやった。そんな訳で清正さんに連れられて姫と俺は昼間の巨大な演習場のど真ん中に突っ立って向かい合っていた。



「魔導教会はあの事件について情報統制を敷いています。だからこんな勝負をして仮に貴方が勝っても私からは何も教えることはできませんよ」



「それでも事件解決の糸口があるなら俺は諦めるわけにはいかない」



「個人的には、そういう形振り構わない姿勢は嫌いじゃないんですけどね」



やれやれと言った感じで姫が吐き捨てて、体表を覆っていた薄い魔力の膜が大きく広がっていく。

俺も姫の戦いを直接目にしたことはないのだが、見た目で判断するならあまり強くはなさそうだ。まあ、こんな魔法やらなんやらがある世界で見た目と強さが必ずしも一致するわけではないってのは分かっているが。



清正さんは黒い小太刀と白い小太刀を静かに引き抜いて構える。合図はなかったが一拍して清正さんが姿勢を低くして、姫に向かって飛びかかった。



偉大なる龍王様(アーカーシャ)は手を出さないで下さいね」



直ぐに迎撃する為に、姫の近くの足元から氷柱が数本出現して清正さんに向けて撃ち放つ。

優に数百キロの質量と密度を兼ね備えた氷の塊が人の身体にぶつけられたらどうなるかなど考えるまでもないだろう。まず間違いなくトラックに轢かれて死んだ俺と同じミンチになるだろう。



「ふんっ!」



どれほどの身体能力があれば可能なのかは分からないが、清正さんはさしたる問題も無さそうに白黒のニ刃を十時を描くように振るい、大木の様な分厚い氷柱を容易く斬り裂いた。



「流石にこの程度は余裕で凌ぎますか。」



初めの氷柱の後に続いた残りの氷柱を斬り裂きながら、どんどんと一歩ずつであるが姫との距離が次第に縮んでいく。

本当に俺は手を出さないでいいのか?というかこんなミニサイズで戦えるのか疑問が残るが



「捉えたぞ。これで」



遂には小太刀が届き得る程の至近距離までとうとう踏み込まれる。何方にとって優位な距離かは一目瞭然だろう。だがどこか余裕を崩さない姫に向けて躊躇わず振るわれた清正さんの刃が喉元へ迫った。

流石に俺も姫の言いつけを無視して動こうとしたが静かに姫は呟いた。



「ええ、私の勝ちね」



眼前に迫った白刃を見つめながら姫は軽やかに微笑んだ。刃が届くより生まれた僅かな刹那、姫が右手の指をパチンと鳴らした。ガチリ、ガチリと。冷気によって時間の歯車が無理やり静止する音が聞こえた気がする。

姫を中心に絶対零度を思わせる青白い空間が数メートル展開され近距離にいた清正さんはなす術なく包まれていた。

そしてそれで終わりだった。



「な、ん、だ。身体が‥‥」



氷像みたいに固まって清正さんの動きが止まった。いや俺もか。全力で動けば動けないことはないが、これは随分と‥‥‥。

どうやらこの青サークルは姫以外の動きを強制的に止める魔法らしい。性格に違わず、姫は随分と卑劣な魔法をお持ちの様だ。

清正さんは錆びついた機械の様に無理やり動こうとするも姫が小太刀を一本奪い去り首元にピタリと当てる。



「私の勝ちね」



清正さんの瞳に悔しさの色が滲み出るが、ぐっと口元を締めて、ゆっくりと言葉を吐き出す。



「‥‥‥悔しいなぁ。くそっ!くそっ!くそっ!」



「教えることは出来ないけど約束するわ。仮面の魔導師は私が必ず殺すから」



ーー

ーーー

部屋に戻る間際に姫が独り言のように呟いたのはコルマールという町で起きた事件の詳細であった。

曰く。ある一定の年齢以下の子供だけが目覚めない事例が多発した。調査の結果何らかの魔法により"夢を喰われた"ことで昏睡状態に陥ると(恐らく清正さんの家族はこの事件の被害者の1人)

曰く。その時の調査に派遣された魔導師が姫。先代の"赤"を冠する魔導師。そして仮面の魔導師であった。

曰く。事件の原因となっていたのが魔獣バクウであったと。確保に成功するも突如仮面の魔導師が裏切りバクウを奪い去り行方をくらます。その際に先代の赤を殺害した────というものであった。



「《……姫はそいつのこと殺すつもりなのか。仲間を殺された復讐かなあ》」




部屋に戻ると一も二もなく姫がベッドに背中から勢い良く倒れこんだ。



「《おいおい、大丈夫k‥‥うわっ!》」



駆け寄った俺を姫の無彩色の瞳が捉えると、腕を伸ばして俺の身体をがっちりホールドして、抗う間も無く抱き寄せてきた。気分は、子供が寝る時に抱くぬいぐるみである



それはそうと姫の容姿はどうみても美少女に分類されるべきものだろう。そんな少女に抱き枕扱いだと。この嬉し恥ずかしシチュエーションは役得であるが、ちと思春期真っ盛りの俺には刺激が強すぎるのではないだろうか。

と冷静に分析出来る俺。かっこ‥‥‥よくはないな。円周率でも数えて少し落ち着こう。‥‥‥円周率ってそもそもなんだっけ?胸に関係した気がするが。



偉大なる龍王様(アーカーシャ)あの魔法はフリーズと言いましてね。効果は円陣に包含された生物の活動を止める、というものです……私が創りました」



聞かれてもないのに、魔法について誰かに語るのは先生気質に依るものだろうか。そんなに教える事が好きなら魔導師なんかじゃなく教員免許取って先生に成ればいいのに。



「《そりゃまたどうしてそんなえげつない魔法を創ったんだ》



谷間というには少しだけ拙い、姫の僅かに起伏した胸の内側から来る鼓動を身体で感じながら、俺が聞き返すと、姫は言葉を弾ませながら楽しそうに口々に話し始めた。




「必要だから────まず魔法と大まかに一括りにされていても、その力は多様で────」



「────ですから多くの戦闘魔法のコンセプトが、遠くから攻撃して、安全に相手を倒す。という部分に起因しています。それ故に魔導師は中距離か遠距離かでの戦いが得意です」



「逆に言ってしまえば、敵に近距離戦に持ち込まれた時点で極めて弱いです。ケースバイケースですが物理攻撃を行うならその時点で魔法より素手や武器を魔力で強化して用いた方がまだ懸命と言えるんじゃない……でしょう…か」



姫の意識が少しずつまどろんできたのか、綺麗な瞳が上半分隠れて半月になり始める



「……ですから相手を近付け……倒す。でも…そうはいかない……場合も…」



「《話は今度聞くから、今日は疲れたしもう寝よう、姫》」



「……うん」



そう言うと、姫の肩から氷の手が生える。生えた手が伸びた先の壁にはスイッチがあり、パチッと小気味好く押される音が響くと、部屋の光が途端に全て落ちる。



「おやす…なさ……アーカー…zzz」



途端に艶めいた静けさが部屋を支配する。窓から仄かに射し込む淡い青色の光に照らされながら、疲れていたのか、瞼を閉じた姫は直ぐに寝息を立て始める。



「《おやすみ、姫》」



瞼を閉じる直前に、強い気配を複数感じた。恐らく空蝉なのかもしれない。姫が俺を抱き締めたまま眠りに着かなければ、せめて確認しに行けたのだが‥‥‥

ちょっとした設定

30話目にして初めてアーカーシャ以外の戦闘。

アーカーシャが格闘メインなので雪姫は魔法戦闘メインになった。

清正の小太刀は魔導具ではない。また魔力出力を上げると切れ味が格段に上がり、ついでに身体強化の役割もある。

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