4話目-③合縁奇縁(片方はドラゴンです)
野郎ぶっ殺してやる!とか。
殺されてぇのかお前!とか。
そういう脅し文句は誰しもが一度は口にしたことがあるだろう。
しかし玉藻ちゃんの口にした『殺される』という言葉には確かな重みがあった。
生きていられるよりも死んでもらった方が都合が良いから。そんなファンタジーのファもない実利的な理由で。どっちかっていうとこれじゃあゴッドファーザーのファである。まあイタリアもメキシコも日本生まれ日本育ちの俺からしたら異世界みたいなもんだが……こんな異世界生活は嫌だよ!
どうせ争うにしても、せめて純血がどうとかマグルがどうとかファンタジーならではの理由にしてくれ。これじゃあ純血ではなく、むしろ流血である。
へぇ、俺なら456億ウォン貰えるって言われても絶対殺しなんてしないけどなー。
ともあれかくもあれ、暫くの間沈黙していた姫が俺の方を一瞬だけ盗み見て、仕方ないという感じで嘆息して玉藻ちゃんに尋ね始めた。
「なぜ死ぬと?まるで知っているかのようですね」
その問いかけはきっと俺のためにしてくれたのだろう。玉藻ちゃんは目を丸くして意外そうな反応を示した。
「わざわざ雪姫殿がそれを聞くのか。わしは我が主様より神通力……或いは千離眼とも呼ばれておるこの力により、先を見通す事が可能なんじゃ」
「見通しているのに何の手も打っていないのですか?それとも……」
確かに。至極当然な疑問である。危険が迫っているのが分かっているなら、それに応じた対応をすれば防げそうなものだが、玉藻ちゃんの苦々しい反応を見るに、その神通力という力も決して万能ではないのだろう。仮に明日隕石が落ちて世界が滅亡する事が分かったところで未来は変えられない。そういうことだ。
「それを言われるとわしの無能さをひけらかす事になるので恥ずかしい限りであるがのう……始まりは一月も前にこれを刻まれてからじゃ」
玉藻ちゃんは巫女服をあられもなくはだけさせて、その胸元を見せつけてきた。やん!玉藻ちゃんの(お面が)エッジ!なんて軽口を叩ければ良かった。
ソレを俺たちに見せる必要があったからだろう。胸元には嫌な感じがするタトゥーが彫られていた。少なくともオシャレのためではなさそうだ。それを見た姫も隠す様子もなく忌々しそうに顔を歪めて答えを述べた。
「"魔女の死印"ですか。魔導師全ての怨敵である"毒魂アナム"が編み出した呪いの一つで、かけられた者の魂を徐々に蝕んで最終的に死に至らせる。多様で素晴らしい魔法と違って、人を不幸にするしか使い道のない呪術と呼ばれる類のものです」
「《姫は呪術嫌いなのか》」
人気少年誌の次世代看板漫画の題材をdisるな。魔法には魔法の。呪術には呪術の強みがあると俺は思うよ。どちらも学びたい所存なので、とりあえずニワトコの杖とニンバス2000の用意。それと呪術高専の入学手続きをしてもらっていいですか?
「よく知っておるな。そう、この呪いによりわしは時期に死ぬじゃろう。まあ千年近く生きておるから今更命など惜しくもないがな」
カラカラと玉藻ちゃんは乾いた笑い声を零すのに対して、姫はこめかみに指を当てて申し訳なさそうに口を開いた。
そんなことより今玉藻ちゃんが口にした千年という言葉、聞き流すには余りに容量がデカイ話だ。脳の処理に時間がかかる。(この間、0.75秒)
前提としてそんな長生きできる生物、俺の世界だと亀と鶴だけだ。それ以外の生物だとどんなに長く見積もっても130年かそこらだろう。
そこを踏まえてどうしても気になるのだが、この世界って年金制度どうなってんだ!?まさかだとは思うが、そもそも定年って概念無いの!?生涯現役。死ぬまで働かされるディストピア?
……だとしたらこの世界を滅ぼすぞ。そして龍王として。新たな世界を創る。プレミアムフライデーの導入。長時間労働の是正。年間有給消化率95%の確保。充実したセカンドライフの提供。etc...
俺がこの世界に来た意味がようやく分かった!
俺は。俺の責務を全うする!
「空狐様、呪いの事は残念ですが専門外です。強力な魔女の呪いは術者以外では更に高位の魔女にしか解けないという事しか知りません。天狐もその程度は知っているはずですよ。力になれなくて申し訳ないのですが、用件は別のことで良いんですよね?」
「然り。これは我が主様が何とかすると言うておった。話をしたいのは次じゃ」
玉藻ちゃんは態とらしく一旦間を置くためにか、可愛らしくコホンと咳払いをした。
「今回の輩は相当に我が王の首を取りたいらしい。金に糸目をつけず手当たり次第に闇ギルドや傭兵団に声をかけて人を集めていたようじゃ。5万ほどじゃったかなあ。」
「当然わしらもただ受け身な訳ではない。わしの千離眼でつい先日、そやつら刺客が集まっている場所を掴んだので、そこに大規模軍を編成させて討伐に向かわせた次第じゃ」
「我が軍と正規ギルド合わせて五十万の大軍を率いるは、我が国最強の飛将。当然刺客共を散々に打ちのめして、組織的な反抗もなく今は掃討戦に移行していると聞いておる。」
気付けば意気揚々と話していた玉藻ちゃんは一旦言葉を区切った。
「ここまで。ここまでは良かったんじゃがのう〜」
そして何か取り返しの付かないミスをしていたらしい。一転してガクリと大きくその肩を落とした
「刺客の何人かを捉えて尋問した際に、自分たちは囮だと言っておったそうじゃ」
「陽動、ということですね。本命を聞いたのですか?」
玉藻ちゃんは小さく頷く。その視線を何度か俺と姫とを落ち着きなく不安そうに揺れ動かせて、先程よりは落ち着いた様子で、だが僅かに震わせながら、声を絞り出した。
「話が本当であるなら、今回我が王を殺しにくる者たちは、かの二代目魔王すら殺したとされる伝説の暗殺者一族 空蝉雑技集団じゃ」
「────空蝉。」
それを聞いたときに、僅かに姫の綺麗に整えられた眉が少しだけ上ずる。
なんですか、その聞くからなヤバげな奴らは!!脳のリミッターを外す秘伝を持っていたり、はたまた顔写真だけで1億ジェニーの値がついたりする。そんな奴らが来るんですか?手に負えそうもないので揉め事処理屋に急いで連絡してもらって良い?
「その反応……雪姫殿は奴らを知っておるのか?」
「数年前までその一族の1人が私と同じ魔導師でしたからね。だから色々と知っています。揉めて何人かとやり合いもしました。しかし、そうですか、だったら」
「お、おお!しかし知っておるなら対処の仕様もあるというもの!主様はこれを見越してたのじゃな!」
それを聞いて、玉藻ちゃんは声色を明るくするが、対する姫の眉間がピクリと上に反りついたまま凍りついていた。
「お断りしないといけませんね」
あ、あれ……?今のは完全にやる流れだったから俺も戸惑っているが、それ以上に玉藻ちゃんは戸惑っている。姫に冷たく突き放されて、面食らったのか、動きが一瞬固まる
彼女の場合は面を食らったというより、玉藻ちゃんの場合は面を着けているのだけれど。
「な‥‥なぜじゃ‥‥‥?」
「そ、そうか。報酬の話がまだじゃったな。無論ただ働きとは言わぬ。安心せい、大金を約束……」
「金の問題ではありません」
「意地悪をしないで欲しい……アーカーシャ殿からもどうか」
姫は取りつく島もない様子であり、玉藻ちゃんは次第にくぐもった嗚咽をもらし始めた。
どこぞのつぎはぎの名医みたいにキチンと報酬を頂くスタンスもプロとして立派だとは思うけど、やっぱり人間時には損得なしで助けてあげるのも大事じゃないかな……?
「お願いじゃよ。わしに出来る事なら何でもする……」
「……いま、なんでもって言いました?」
「《oh...…》」
「何でもじゃ。お願いします。我が王をお助けください」
苦しそうに。縋りついてきた玉藻ちゃんを前にして、姫は目の色を変えたかと思うと、一口珈琲を啜り、落ち着いた様子でカップを傾けて僅かに妖しく口角を吊り上げていた。何かと何かを天秤にでもかけるように。
何だろう。この光景はデジャブかな?
そもそも、玉藻ちゃんの主人の妲己に貸しがあるなら、ここで力を借すのは至極当然だと思うのだが、姫はなんという薄情者。いや白情者!
昨日の今日で失念していた。姫は見ためは聖女のように清らかで美しく完璧であるが、その実、中身は名前負けも甚だしいほどに真っ黒であった事を。白ではなく黒が相応しいので黒雪姫に改名してほしい。先ずはバーストリンクしてアクセルでワールドしてきた方がいいんじゃないだろうか?
姫は重い口を開くまでに態とらしくたっぷり1分ほどかけはしたものの、優しく甘美な悪魔のような囁きで切り出した。
「空狐様が約束を違えないのなら、私、いえ、私たちは十全を尽くすことを約束しますよ」
玉藻ちゃんは嬉しそうに面が割れんばかりに机に思い切り額を打ち付け、頭を深々と垂れた。
しかし、鬼の次は殺人鬼。呼び名的には確実にステップアップしてるな。何だか鬱々します。そんな俺とは対照的に姫はとてもとても楽しそうであった
「ふふふ。なんでも良いって素晴らしい言葉ね。素敵。まるで魔法のようだわ」
姫はその言葉をゆっくりと咀嚼する様に、何回か言葉に出して噛み締めているようだった
「お、お手柔らかに頼むぞい」
哀れな被害者二号が生み出された瞬間であった。
なぜ不幸の連鎖は止まらないのか?と俺は空を見上げて想いを馳せた。そしてすぐに天より答えが返ってきた
この世界は残酷だからだ。
ちょっとした補足
玉藻は呪いにより殆ど死にかけている




