4話目-②ふれあいのétude
何かの気配を感じて空を見上げると、開けた天井からフワフワと何かが部屋に入ってきた。初めはたんぽぽの綿毛かと思ったが違った。どうやら小さなクラゲが飛んでいるようだった。こ、これがファンタジーモンスター!?こんなに弱そうなのに倒したらお金とかアイテムが貰えたりするんだろうか?試してみるべきか
「偉大なる龍王様。そんなに警戒する必要はないですよ。これはメダルジェリーフィッシュという人工の魔法生物です。」
「こうすると」
近づいてくるクラゲに対して、姫は徐に一枚の硬貨を懐から取り出す。するとクラゲの触手が硬貨に伸びて、その透明な身体に呑み込んだ。
ピカーン!と眩い光で一瞬だけクラゲが発光したかと思うとテーブルに向けて光を照射し始める。そして光の中からは新聞が現れた。
「こうなります」
「《……そうきたかー》」
この世界にも新聞ってあったんだね。なんかちょっと肩透かしというか、いや今のは期待しすぎたな。うんうん。大事よね、情報を仕入れるのは
「これらは『黄』を冠した魔導師が作り上げたモノです。銅貨1枚で世界中にこの刊行物ニースを届けてくれて読むと面白いですよ」
ニース……ニュースとニーズをかけてるのかな?兎も角、俺も前の世界では新聞とかネットの掲示板とかで手軽に時間を潰していたから気持ちはわかる。
「彼らの名称は長いので私は愛称を込めてジェリーちゃんと呼んでます」
そのまま又何処かへ飛んでいくジェリーちゃんに手を振りながら、姫はそのまま届けてくれたニースを眼鏡をかけてスラスラ目を通し始める。
「《なっ!》」
思わず絶句した!
な、な、なんということだ!
眼鏡をかけて髪をかきあげる女性の仕草って、こうもグッ!とくるものだったのか。だが俺には心に決めた人がいるから、他の女に目を奪われる訳にはいかない。まあ、命は奪われたんだけどね。
ふっ。転生者ジョークである。
「どれどれ……トップ記事は……昨夜未明にティムール大陸ウバイド地方にて小規模ギルド"豚の残飯亭"が無名のシュウという男を中心にクノアノスの森に封印されていた"不滅の餓鬼 鈴鹿"を討伐したことが判明した。ですか。相変わらず耳が早いですね」
「でも鈴鹿討伐なんて誤報?いや情報が流れているなら消滅は確実……だけど鈴鹿はあの"鬼姫"の唯一の眷属として名高い"羅刹"直系の1人ですが、冒険者ギルドというのも侮れませんね……」
姫は心底驚いたのか、目を見張って記事を読んでいるが、どんな最強の英雄だって初めは無名なんだし、きっとこの討伐がそのシュウという人の伝説の始まりなのだろう。そういえば、俺がボコった3人組のイケメンもシュウだったな。全くえらい違いである。
さて俺も龍なので、悪事を働いて怪物として討伐される可能性が0ではない以上、そんなやばい英雄とは是非関わり合いにならないように、この世界で戦いとは無縁のスローライフを送るしかねえ!
「でも……これを……いやだとしても……確認……ブツブツ」
姫はトントントンと小気味良く指で円卓を叩きながら、考えをまとめようと独りごちているようだった
「《ふむ》」
姫が考えに耽っている間に試しに遠目からニースの背面に目を通してみるがやはり見たこともない文字なので読むことが出来ない。
「《不便だ》」
こうなると龍になってかえって良かったのかもしれない。だって勉強しなくても良いもの。異世界に来てまで勉強なんかしたくない。脳が震えるほどに、俺、怠惰ですね……
カサリと途端に文字が蠢き始めた。何が起こっているのか理解出来ずに戸惑っていると、読めないはずの文字たちが次第に日本語へと形を変えていき、気付けば、、、
「《読めるようになったんだが……えーなになに。王立魔導学院オーウェンにて欠員補充のための2次募集が行われる予定。現在の時点で募集枠3名に対して志願者1万人が集まり、更に今後増える見通し……ってことは倍率は現時点で3000倍か……やべえ》」
姫の名乗ってる魔導師って職はどうやらかなりの狭き門らしい。
俺の知ってる限り、3000倍なんて科挙と某エロゲ(全年齢版)でしか使ってるの見たことなかったが、まさか異世界でも目にすることになるとはな。
それと俺の脳内では文字がどうにか読めるよう処理されているのか。それとも本当に文字そのものが日本語に変わっているのか?
後者の場合なら、逆説的に日本語をさっきの文字に変えることも可能なのか、物は試しかやってみる
俺は左手を動かして、試しに爪で石壁に『火』と掘ってみる。字を書き上げた瞬間、文字が先ほどとは全く異なった文字に姿を変えた。そして更に思い違いだったのは、石壁に掘った字がそのまま燃え始めた
「《ちょっ!!》」
「偉大なる龍王様!」
姫がボヤ騒ぎに気付いたのか、一瞬で壁を凍らせて凄い顔でこちらに近づいてくる。ひええ、わざとじゃないんです!怒らないで〜!
「今のどうやって魔法を!?見逃してました。もう一度同じ事をしてください!」
常に無表情を貫き通していた姫が初めて俺に対してワクワクした子供のように無邪気に目を輝かせていた
これは。
これは期待に応えるしかない!!
そんなわけで張り切って、今度は『炎』とデカデカ書いてみて、先程以上の火力で壁を丸焦げにしてみた。
焼杉ならぬ焼壁である。表面を焼き焦がし炭素層を形成させたら長持ちするって話があるし、この壁もきっと大層長持ちするのだろう。ちょっと炭化してる気がするけど
ー
ーー
ーーー
1時間が経過した辺りで、ようやく一つ姫のことでわかったことがある。
それは彼女が魔法に対しての知的好奇心が非常に貪欲で並々ならぬ探究心があるということだ。俺は省エネ主義なので、そういう謎解明大好きなどこぞの古典部所属のノリは他所でやってもらいたい所である。
「整理しましょう。先ず初めに分かったことは、貴方の使ったこれらの文字は魔力を通すと魔法文字になるということです。」
「貴方に説明など不要だと思いますが、魔法文字は魔力を込められる文字です。ですが普通の文字と異なるのはそれだけです。従来の魔法文字はそもそも単体では意味を為しません、本来なら複数個の魔法文字を繋ぎ合わせる事で、魔法術式として成立し、成立した術式に魔力を込めて初めて魔法を発現させる事が出来ます。
そして見てください。火炎魔法には最低でも3つの魔法文字を用いる必要があります。」
「なのに貴方が書いたこの一文字に魔力を通すと魔法文字に変化しましたが、文字は1つしかないです。
更に魔力を通すと術式の条件を満たしていないのに炎を発現させています。全ての魔法文字は発見されたと云われていますが、貴方のこれは裏技ですね。
裏魔法文字、といったところですか。
と、なると────こうなるのは当然でして────すると、やっぱりそうだ。」
俺なりに理解に努めると、酢豚という既に完成された物に隠し味としてパイナップルを入れて味を引き立ててるって事?
待ってくれ。つまり不可逆的に酢豚にパイナップルを入れる必要は無いってことだよな?俺だってそもそも入れない方がいい派だ。ポテトサラダにりんごも、ドライカレーにレーズンも。あんなの入れるなんて、そんなの絶対おかしいよ!
姫の言いたいことわかったから、取り敢えず相槌だけ打っておくか
「《あーそうゆうことね。完全に理解した(棒)》」
「次に気になるのは、発現する魔法は込められた魔力量や書かれた文字の大きさでどの程度変化するのか、という点ですね。さて、貴方にはもう少し付き合って貰う必要が……」
「《だが断る》」
疲れたよ。寝起き1時間以上勉強ってどんなスパルタ?俺が指をバッテンにして拒否をやんわりと示していると、姫が露骨に嫌そうな表情をして睨み合う形になる。程なくして横で布の擦れる音がした。視線を其処へ動かすと狐の面の少女が起きたらしい。面の少女は気持ち良さそうに小さな上体をめいっぱい伸ばして、鮮やかな狐色の髪の毛を揺らしながらキョロキョロと辺りを見渡す。
「此処は……どこじゃ」
姿に見合った。ある意味想像通りの声色を裏切る古めかしい言葉遣い。ギャップ萌えと言う奴ですか。分かりません。面の少女と俺の目が合う。
「《おはよう》」
「……そういうことか。主様よ」
面の少女は俯いてボソリと蚊の鳴くような声でそんな事を呟いていた。そして1人だけ何かを理解したらしい。ゆっくりと顔を上げて、俺を値踏みするかの様に上から下まで舐め回すように見定めている。どこ見てんのよ!このえっち!スケッチ!ワンタッチ!隣のあの子にπタッチ!いやそれただのハレンチだから。Highタッチって言いたかっただけだから。うーん。確実に姫との疲れが出てますね。
「おはようございます 空狐様。寝起きの所で悪いのですが、さっそく私たちに天狐の意図を説明をしてもらってもいいですか?」
「ああ、そうじゃな……」
姫が手を招いての促しに空狐と呼ばれた少女は寝ぼけ眼を何度か擦りながら姫の元へとゆっくり歩いて行く。いやはや、面の上から擦っても意味ないだろうに。
「雪姫殿には一度名乗っておるのじゃが、先ずは改めて名乗らせてもらおうかの!
わしは天狐 妲己が眷属 空狐の玉藻と申すものじゃ。現在は軍事大国バルドラにて王に助言をする巫女をやっておる。油揚げと主様が大好きなのじゃ。宜しく頼もう!」
思わず拍手を贈りたくなる堂々とした名乗りを上げた玉藻ちゃん。元気よく挨拶ができる人は好印象だぜ。うん。二重まるをあげよう!
で、空狐はあれか。俺の龍王と同じ二つ名みたいな感じなのかね。
二つ名が空狐って手抜きとかいうレベルじゃねぇぞ!黒の死神とか狂気のマッドサイエンティストとか水銀の王とかを見習って欲しいのじゃ……あ、やべ。口調がうつったのじゃ!
因みに俺の二つ名はこれから赤い彗星か赤き征裁な。龍王なんぞより最高にかっこいいだろ。著作権?何だそれ、そんなもん知らん。異世界でそんな権利主張されても困りますなぁ。使って欲しくないなら先ずは商標登録でもしてもらいましょうかねぇ、ぐっへへへ
「では私もそれに習いまして………
私は魔導教会トラオム所属。上級魔導師序列2位の白雪姫です。好きなものは……。嫌いなものなら数え切れないくらいあるんですけどね。宜しくお願いします」
俺の嫌いな真のイケメンが1000人に1人くらいの比率だとして、大体世界総人口で考えても30万くらいか。良かった数えられた。つまりは姫の嫌いなものは那由他ってことに違いない。
好き嫌いするから大きくならないんだぞ。特に胸とか……はっ!姫から殺気が!!
「で、こちらが偉大なる龍王様です。天狐から聞いてるかもしれないので、隠しませんが、彼は空狐様の主。つまり天狐と同じ"始祖"です」
え、真祖!?空想具現化でも使えるのと思ったがどうやら始祖らしい。紛らわしい。
物を伝える時は、ゆっくり!大きく!はっきりと!発言するんだよ。そうすれば、ハーレムを築く難聴主人公も惚ける事は出来ない……かもしんないんだよ。知らんけど
にしても始祖。言葉の意味を考えると始まり。つまりアーカーシャは全ての龍の始まり。その皮を被っている俺にとっても龍たちは子供ということになるのだろう。
とんだビックダディーである。おいおい養育費だけで国家予算規模で必要になるぞ。
「主様が以前から雪姫殿に力を貸しておったのは知っておるよ」
「ええ。ですから、天狐には対価としてあの城へ来るように言われていました」
「わしも主様より、頼りになる来訪者があの場所に来るから会うように言われた」
「それは何のために?」
「雪姫殿に助けを求めろと言うことじゃろう」
「話が見えませんね。どういう意味ですか?」
「……バルドラの王と巫女が殺される。そういう話じゃ」
ちょっとした補足
魔法術式と魔法文字の話は、計算とかに置き換えた方が分かりやすいです。
数式を解く時にみんな筆算しますが、得意な人は暗算で済ます。そんな感じです




