9話目-〆
アナシスタイルを真ん中に見て真下に南下するとセグレット大陸に突き当たり、そのほぼ中心に位置するのがゼ・ブリタニア皇国である。騎士の聖地とも呼ばれるこの国は強力な魔獣に対抗するために騎士王と呼ばれたアーサー・ブリタニアが勇士たちに集いを発したことから始まり、現在に至る今やこの世界を牽引する唯一の超大国である。アーサーの思想と社会ダーウィニズムを基にして徹底した実力主義を信念としており門閥貴族や血統主義を廃止している(皇帝に挑む場合は擁立者である第一守護者を打倒すれば皇帝になれる)
この実力主義を謳っていることから分かる通り、この国は国民全体に尚武的精神が深く根付いている。又この国で生まれ育った者たちは大陸外の者たちより遥かに強く生まれ落ち、魔獣にも対抗できることからこれがいつか"騎士"と呼ばれる者たちの源流となった。
しかし魔獣の増加により騎士の数が絶対的に足りなくなる。ある時期から世界中に人員を募ることになり、それが今世界中に存在する数多の騎士たちである。彼らは例外なく皇国の所有する騎士養成所に入り厳しい訓練を経ることで騎士になっている。
だがそんな精鋭揃いの騎士を揃えても最上位魔獣には歯が立たず対応は困難を極めていた。
皇国はただ強いだけじゃ無い。もっと特別な資質を持つ存在を求めた。それが皇国の最高位守護者である(守護者になるにはとある規定をクリアする必要があるが後述記載とする)
騎士で有るともいえるしそうでないともいえる。彼ら守護者は出自も人格も規範も求められない皇帝直属の特別な騎士という形で任命されており、彼らを繋ぎ止める為に幾つかの特権を与えられている。
その特権の代表例が総督指揮権である。これは皇帝の名の下に自治権を有する凡ゆる国家の法を超越することが許されている超法規的措置である(因みに皇国の法律においては、凡ゆる国の主権存続については、唯一皇帝同意のある限り保証されると記されている)
つまり彼らの考え一つ在り方一つで世界が変わるのだ。
「賛成5 反対4 保留1で今回も例の案は決議見送りとする」
首都ケーフィアにて鎮座する皇城ペンドラゴン。その一室で魔獣対処について守護者全員が一堂に会しており話し合っていた。そしてその対応策について見直しが図られていたのだが、数年前に第一守護者より提案された策の可否について場は揉めに揉めていた。そしてそれは今回も同様であった。
皇国第二守護者ベアトリクス・ウォン・ラインハルトがいつものように締めくくろうとしたが……
「おいおいまじでいい加減にしろよ!何回目だ!?この流れはよぉ!!多数決で決まりでいいだろうが!!!」
普段からサングラスをかけても隠し切れない獣のような眼光を更に苛立たせ気味に光らせながら第六守護者カール・シュバルツががなる。
「同感だな。この問題を先送りにしてもいずれどこかで決断する日がくる。そしてその日はきっと今日より悪い状況だ」
それに同意を示したのは女性が思わず嫉妬する金の糸のように美しい金髪とどんな宝石にも勝るブルーサファイアの瞳が特徴的な美青年第八守護者コンスタンティンである。
「妾もこの案は賛成であるが全会一致でなければこの採択は認められないと皇帝様からのお達しだそうだ。だからその真意をどうか妾たちに懇切丁寧に教えてはくれまいか エリー・スコラティスカ第三守護者」
「……」
ベアトリクスのどこか心の内を見透かすような瞳がこの場において最もか弱く見える少女エリーを見据える。少女は瞳を閉じてただ静かに押し黙ったがそれに対してカールが責め立てる
「おいスコラァ! 姉御が声かけたんだろうが シカトこいてんじゃねえぞ!」
その瞬間、パチンッとカールのサングラスが帯電し弾け飛んだ
「お前こそエリーに対して口を慎め そもそも暴れるしか能の無いチンピラ如きが知った顔で大人の話し合いに口を出すな」
「イーダーー〜〜!!!」
エリーの隣に座るイーダ・フォルン・クルーゼ第七守護者の挑発によりカールが今にも飛びかかりかねないほど大きく身を乗り出す
「てめぇこそ最近はスコラの子守りばっかり呑気にしちまってるせいで平和ボケしちまったんじゃねえか!?
だからそんな危機感を欠いた決断が出来るんだろうなぁ!」
「現場を離れるとこんなにも人は能天気になっちまうんだなぁ!マジで残念だぜ!かの"厄熱万雷"と言われたアンタがなあ!!」
「私も残念だ こんな大変な状況で守護者が1人消える 今から 此処でな」
イーダーとカールの一触即発の空気が張り裂けるより先にこれまで一切の言葉を発さなかったヴィルヘルム・ヴァン・ヘルシング第四守護者が口を挟む
「君たちに暴れられると首都消えるからやめなさいって」
「あとちゃんエリーも考えがあんのかもしれないけど、言ってくれなきゃ伝わんないこともある。実際今の現状はやばいわけだし」
「そうだな 分かってる だがその前にヴィル一つ言わせてくれ。アンタはどうして今スケルトンみたいな見た目になってるの」
「まあ別に大した話じゃ無いんだけど、少し前にちゃん僕とタルタロス戦ってさ、あいつの必殺技ってブラックホールみたいに中に引き摺り込んでくるから脱出するのに数十年くらいかかったんだよね。ちなみにこっちの7秒が向こうの1日よ」
「俺もやられたわ それ。引き摺り込まれる前に壊してやったけど」
「そんな最上位魔獣あるあるみたいに言われても」
この中で1番の新参者であるキルヒは守護者という立場でエクリフィスに行ったことがない。故にヴィルヘルムに質問する
「ヘルシーさん」
「健康的な名前!!」
「向こうの大陸では最上位魔獣と交戦した際に討滅まではしないのですか」
「基本あいつら不滅だから討滅する意味ないし、倒すと被害拡大するからある程度戦って追っ払う感じだね」
「っていうか身体元に戻りたいけどどうすりゃいいのこれ。誰か戻り方知ってる人いる?」
そうヴィルが口にした瞬間、彼の身体が正中線に沿って綺麗に割れた。ベアトリクスが突如として背中に背負う剣を振るって切ったのだ。だがさっきまで話してた相手が切り捨てられたというのに誰1人として眉すら動かさない。
そのことに体を真っ二つに割られたヴィルが肉体を復活させながら少しだけ不満そうに口を尖らせる
「誰も心配もしてくれないなんて っていうかいきなりなにするんですか ちゃんベア!一回死にましたよ」
「一回手っ取り早く死んで肉体の再構成に取りかかった方が早いのよ。意識的に戻すことも出来るけどお前妾ほど器用じゃないからな」
「なるほど でもだからって僅かの躊躇いなく真っ二つにしますかね。許可とってくださいよ 一回殺していいですかって」
「次があるならそうするとしよう」
そんな弛緩した空気を引き締めるように軍服を身に纏った厳格な騎士フランチェスコ・フリードリヒ・フランチェスカ第五守護者が重い口を開く、その目はどこか非難がましい
「もう茶番はいいだろう。談笑しお茶を啜りに来たわけではないのだ。違うか ベアトリクス守護者統括」
「そうだな 何も違わない。ではこの中で最も若いであろうネーリ第九守護者よ。状況整理のできていない年寄りの為にも現状の説明を改めてしてくれ」
促されてネーリがコクリと頷いた。どういう原理を用いてか、ネーリの姿形はまるでガラス越しに相手を見ている感じでボヤけて認知されてしまう。またヘリウムガスでも吸ったかのような声で男か女かも分からない。辛うじて人の形をしているというのが分かるネーリが小さな土塊を世界地図のように広げた
「先ず現在約一万の聖騎士がいますが、天装を扱える中級聖騎士以上は三千人。そのほぼ全てがこのエクリフィスに配置され、大陸にいる数千万近い魔獣をギリギリ抑え込んでいる状況です。故にこれまでエクリフィス外に発生した魔獣に対しては下級聖騎士を中心として他の騎士や魔導教会で対応してきました。
しかし近年の大陸外の急激な瘴気の拡大により、魔獣の増加がこちらの処理能力を明らかに超えています。皇国黎明期と比べて世界中で起きてる魔獣戦闘率と被害規模なんて今や当時の250倍です。その為、エクリフィスに出兵してた聖騎士たちを何人も呼び戻したりまだ未熟な若手騎士まで主戦力にして駆り出してるほどですが効果のほどは正味薄いです」
「この際、下の奴らにも天装渡してみたらいいんじゃねーの?ちったぁマシになるだろ」
天装とは超魔力伝導物質マナジウムを用いた人型自在戦闘装甲騎である。搭乗者の魔力や聖気を動力源として扱う史上最強の汎用兵器であり、その戦闘能力の高さは一騎で上位魔獣に対抗することが可能になるほどである。
ちなみに守護者は嚮導兵器の兼ね合いも兼ねたガンエデンシステムという星のエネルギー龍脈を流れるエーテルを扱っている。またガンエデンシステムは事象制御と大衆の信仰心をエネルギー変換可能としているので、通常膨大なエネルギーを許容できずに対象者は爆散するのでガンエデンシステムに適応して新化融合できたものが守護者となる。
「だからお前は阿呆なのだ。チンピラめ
ママンに口にする前に頭で考えることを覚えなさいと言われなかったのか?」
「喧嘩してぇんだな!?いいぜ オモテでろ」
「イーダよ一々煽るな。それにカールの疑問も尤もだ。出来るならそうしたいところであるが、あれは扱うのがそもそも難しい。それにいかんせん金と時間と労力が足りてない。打出の小槌のような便利な物があれば話も変わるだろうが」
「無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。封印作戦の維持で手一杯。外の方に関してはいい加減見切りをつけるべきだ。俺たち皇国は世界全部を守ってあげられるほど強くない」
コンスタンティンがスコラを責める。だがそれでも彼女はグッと堪えるように言葉を絞り出した
「だからといってあんな蛮行を容認するなんて私には到底出来ない!」
「ならどうする!具体的に解決する手立てはあるのか!」
「それは……」
「そもそもエクリフィス大陸にいる何千万という魔獣と最上位魔獣12体を封じ込め続ける。それも果たしていつまで可能なのかっていうのもありますよね」
「……でも今はその半分の戦力で出来ている。ならまだ余力は」
「今日が大丈夫だから明日が大丈夫という保証が何処にあるというのか!!我々という防波堤はいずれそう遠くない未来に絶対に砕かれるぞ!!!」
「ちゃんコンスタそう熱くならない。こっちが内輪揉めしても何も解決しないよ」
「そもそも余力なんてどこにある!あんな地獄で!!
俺が来てからこれまでに部下を27人も失ったんだぞ!俺は後何人の部下を失えばいい!!?」
「平和ボケすんのもいい加減にしろよ スコラ
内はともかく外の魔獣増加問題に関しては対処できる方法があるんだ。座れる席の数は決まってるかもしれねえがそれでもみんな死ぬよりはいいだろ 違うか?」
「分かってる! だから、時間を、お願いだからもう少しだけ、時間をくれ」
「貴様この後に及んで!!」
「お願いします。ちゃんと自分で決断するから」
スコラは小さく肩を震わせて懇願するように頭を下げた。
第一守護者の提案。それはエクリフィス大陸外における急激な魔獣増加を未然に防ぐために、瘴没により魔獣化する恐れがある人族以外の全ての種族の生存数を徹底的に間引くという前代未聞の虐殺計画であった。世界が魔獣に喰い尽くされず存続するために尊い犠牲の数は最低でも数億と想定されている。
作戦賛成者
ベアトリクス、ヴィルヘルム、フランチェスコ、カール、コンスタンティン
作戦反対者
エリー、イーダ、ネーリ、キルヒ
保留
第一守護者