9話目-㉟
思ったより桐壺視点が長く続いていますがこの島の間はずっと彼女視点でお送り致します
陽に照らされながら所かしこに積み重なった何百もの死体は無造作に身体に溜め込んだ赤い命の通貨をぶちまけて辺り一面を真っ赤な血の海へと染め上げている。殺しに慣れ親しんだ私たちですら思わずむせかえるほどのツンと鼻腔を突く鉄と火薬の臭い。チラリと隣に立つ彼らが気になって表情を盗み見る。
「この兵装、皇国の"天装"に見た目だけですがどことなく似てますね」
【テンソウってなんだ?】
私の予想を裏切った反応がそこにはあった。
聞き覚えの無さそうな言葉にいつも通り臆面もなく分からないものを分からないと言い切り学ぶ姿勢をチラつかせるアーカーシャが首をヒネる。今しがた起きた一連の死を目のあたりしても彼が以前よりも動じないのに一抹の寂しさを感じてしまう。
成長したといえばそれまでだが彼には命の生き死にには慣れないで欲しいと感じるのは私のエゴなのだろうか。
(お願いだからお前は私と同じこっち側にだけは来るなよ)
(異な事を言う。自分はその手段を平然と行使しながらアイツにはそれをして欲しくないと曰うのか)
(自家撞着に陥ってるのは分かってる……けどあいつは私みたいになって欲しくない。友達だから)
(……人間らしい答えだな)
心に語りかけるアナムが口を閉じた。
ゆらりと白雪が殺した骸の前に立つ。これといって動じることもなくむしろ慣れた手つきで物色し始めた。状況判断に努めるピム魔導師もそれに続く。だが他の魔導師たちは唖然とした様子で動けず硬直してる所を見ると、千年戦争を経験しているかどうかというのが一つのフィルターになっているようだ。
「世界最強の国家であるブリタニア皇国は守護者が最も有名な戦力で間違いは無いですが、その下には一騎で千の兵力に勝る聖騎士が一万騎控えています。そして一騎当千の彼らを更に最強たらしめる武器。それが天装です。とはいっても私も実際に目にしたのは僅かなのであまり話せないのですが、なんでもパワードスーツと呼ばれる類のものだそうです」
【SFかよ。にしたって一騎当千は随分と大袈裟な誇張だな。実質総戦力一億って誇張にしても言いすぎじゃあねえのかい】
「誇張かは兎も角、聖気を極めた凡人が百人力と云われていますよ。そして少なくとも天装を使用した中位聖騎士以上であれば単騎で街一つを難無く制圧出来るくらいには強い。上位であれば尚更です。渡航者であっても死ぬ可能性がでてきますから」
【そんな凄い奴らは普段何してんの】
「半分以上は忘れられし大陸エクリフィスの内側の結界のために配備され魔獣の封じ込めに参加しています。彼らがいなければとっくに結界は破られて最上位魔獣たちの手で世界は滅んでいるでしょうね」
「銃‥‥ゴツ、い‥ね‥‥‥重っ……300、は…ある…!!」
白雪同様に近くに寄った鈴虫もプルプルと震える細い腕で銃を抱えあげようとするが、その重量に諦めたように手を離した。非力とはいえ魔力操作に長けているはずの鈴虫が身体強化を施して持ち上げる事すら難しいこの人殺しの武器を軽く扱える奴らが弾丸一発で死んだのは妙だ。聖気を収めている相手がそもそも銃で死ぬのはあり得ない。となると、タネがあるのは身につけている兵装の方か。
「白雪こいつは30mm対物重機関銃ってやつだ。噂には聞いていたが実用化されてたとは、まあこんなのでバカスカ撃たれたら人がいくら魔力強化してようが防ぎきるのは難しいだろうな」
「細かい原理は分からないけど魔力痕を感じる。上級魔法から中級魔法相当の瞬間的エネルギーで撃ち出して殺傷能力を高めたのね」
「火薬が生み出すエネルギーより魔力や聖気が生み出すエネルギーの方が大きい。だからこの世界では流行しなかった。なら銃の機能はそのままに魔力と聖気を転用する術を見つけたのね。初めから人を殺す目的のためだけにこんなのを造り出すなんて、本当に品がなくて嫌いだわ」
特にこの数年で銃器の発展は目まぐるしいものがある。魔物や魔獣に対してこそ効果は薄いが特に人を殺すという点だけみたら呪いや魔道具を優に凌いでる。そう遠くない内に剣や弓を差し置いて対人兵器の主流となるのだろう
それを感じるからこそ心底不快そうに彼女は顔を顰めた。
「は、玻璃さん!まだ生きてる人が何人かいます!早く来てください!」
ピム魔導師が大きく呼びかけた。彼は生存者の安否の確認を急いで行っていたのだろう。生きてる人間がいる。そこに思い至ったアーカーシャが魔力を手の様に変化させ物理的に生存者を瞬時に一箇所に集め始める
「ううっ…」
「っ!おいっ、大丈夫か!?くそ、傷が深い。このままじゃ」
「最高級の回復薬を幾つか船に積んできています。ただこの人数分は流石に」
初見に言われ、とりあえず船から魔法薬を幾つかかき集めて持ってくる。魔法薬は『灰』を冠する魔導師が創り上げた物である。普通の回復薬でも飲めば肉体の新陳代謝を高める機能を持つのでかすり傷や風邪程度であれば瞬きほどで治ってしまう。
しかし誰も彼もが身体の至る所に風穴を開けられていて一刻を争うほどの重傷に瀕している。最高級回復薬は三本ほどしかなかった。
「ふ、普通の回復薬なら幾らでもあるのですが」
「ヴァンダーリ、この人数を救う原点はあるかしら」
「凡ゆる外傷を瞬時に完治させる"大天使の揺籠"が該当しますが一度の使用につき10人まで。また一度の使用につき一年の命を頂きます」
「なら10年といったところですね」
「私、たちの……命で、代用……できな…い…?」
「ヴァンダーリがお知らせします。この対価は彼女であるならです。他の誰かが代わりに行うのであれば更に重い対価が必要となります」
アーカーシャが突然ドンと胸を叩いてニ冊の本を吐き出した。
【ここに創作の書の上下巻が揃ってる。もしかしたら何か良いのがあるかもしれ……あったわ!】
【下巻の書No.222 磨けハンカチくん!
下巻はお金かかんないのか!なんかこいつは使用者の魔力に応じて磨いたものを……とりあえずありったけの魔法薬を持ってこい!】
アーカーシャの元へ魔法薬を置いていく。それを彼が手に取りハンカチくんで磨くとみるみる上質なハイポーションへと変化する。
【我がこいつで磨けば魔法薬を高品質な魔法薬へすることができるからそれを順次飲ませていって!】
すぐさま完治とは流石にいかないが、1人また1人と窮地を脱していく。そんな中で森が変に騒がしく鳥が山々から驚いて飛び立った。まさか生き残り達がまだ追われて……
私の考えと同じタイミングで魔導師たちが何人かが息を切らしながら戻ってくる
「やっぱりです。ピムさんに言われた通り何度探してもナターシャ班長たちの姿が此処にはありませんでした!」
「ううっ……」
そのタイミングで助けられた1人が意識を取り戻して目を開ける。そいつは奈良茂の隊長を務めていたセキレイの隣に立っていた副官のようであった。
「なにがあったの?」
「分からない。魔迷宮の攻略の失敗で外に放り出された俺たちは突然30人くらいの妙な集団に襲われた。戦ったがとても敵わなくて散り散りに……お願いだ!」
「お願いします!隊長たちまだ生きてます!魔導師の方たちも!きっと!アンタ方に頼むのは筋違いだってのは分かってる。でも…」
【大丈夫。桐壺が最初に言ってる。アンタらは助けてやるってな。だから安心して休め】
「ありがとうございます。ありがとうございます」
アーカーシャの言葉に副官は涙をこぼしながら頭を擦り付ける。お前ならそう言うよな。
直ぐにアーカーシャが白雪に目配せする
「とは言っても、まだ回復薬は全員に行き渡っていません。それに危険からこの人たちを守るためにも一定の戦力は残す必要がある。少数精鋭で助けに行くことになりますが相手の強さは侮れない。土地勘も無いしどうしたものか」
「私が行く。言ってなかったが、この島は私の故郷だからな。土地勘もある」
「でも1人は危険よ」
「っていっても対人戦闘に慣れていて迅速に動けるやつじゃないとな」
「ならぼくが」
「申し出は嬉しいが最高位冒険者のあんたも人殺しは慣れてないだろ」
「わた、し…は?」
「お前はそもそも機動力に欠ける。山の中は入り組んでるしついてこれないだろ」
「むっ…!」
【迅速に動けて対人戦闘に長けてる奴に心当たりあるからちょっと呼んでみるわ】
アーカーシャは大きく息を吸って、それから水平の彼方に向かって遠吠えのように大きな叫び声を飛ばした。
「GIYAONN!!」
アーカーシャが海の彼方に吼えると数十秒もしないうちに黒い影が彼方より現れた。龍だ。それも真っ黒で最上位の応龍。
そいつは一定の距離に近づくと人化して目つきの悪い眼鏡の男になって私たちの目の前に降り立った
「いきなり呼びつけるな」
【クリカラ、お願いだから助けて】
「……ふんっいいだろう。事情は今ので大体わかった」
「……。女、お互い団体行動は向いてない。だからお前は西回り。オレは東回りでいくぞ」
「勝手に決めんな、私が左回りでお前が右回りで島を回ってくぞ」
「言い回し変えただけでそれやること一緒だぞ」
私と黒い龍は高速でその場を後にした