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9話目-㉝

転移して到着した場所はただただ薄暗く風の流れも感じず閉じ切っている。松明などの光源もないが、目を凝らすと墓標を思わせる十字架が所狭しと刺さっているのが分かる。どこか大聖堂のように厳かな空気と張り詰めた気配を感じていると飄々とした人物の声が頭上から響いた。見上げると一体の精霊が浮遊していた。丸眼鏡をかけており見るからに軽薄で胡散臭そうな風貌をした精霊である



「アロッハ〜。ボクの名前はディオウロ。長いからウロとでも呼んでよ。っと、自己紹介をみんなにもさせたいところだけど君たちに尺を割く時間があまりなくてね。君たちにはこれより試練を」



【待て。その前に最初に来てた人たちはどこへ行った】



「始祖か。それに3体も(ボソッ)」



【おい質問に答えろ】



「……死んでないよ、まだね。仮死状態で時空間を隔離して保管してある。だからあの祭壇は間違っても壊さないでおくれよ」



ウロが指を指した先に巨大な祭壇があった。だがその手前に2人の男女が立っていた。相手は名前を名乗らない。



(あれが狂王の遺物か。この感覚随分と強そうだな)



相手の力量を測っているとポタリとアーカーシャが突然一筋の涙を流した



【!?……目から勝手に涙が】



「偉大なる龍王様。彼らを知っているのですね?」



だがその姿を見た瞬間にアーカーシャはその人物たちが誰なのかを理解していたようで口にした。



【多分、いや間違いない。男は初代剣聖トバルカイン。そして女の方は初代聖女アンジュだ】



(初めて見る。あれが聖国最強の剣士として最初に認められた剣聖と聖国の象徴となった聖女か)



「ああ アーカーシャ。君がそうか。そして正解だ。まあ君は知っているか。当然だよな、友達だったんだから」



【狂王が死体を弄って兵器にしたのか】



「その通り。もう何千年もあのままだ」



初代剣聖トバルカイン。初代聖女アンジュ

遥かなる昔に龍の国アルカサルと最初に友好を結んだ国が聖国アイトルードであり、延いてはこの2人のお陰であるといえるだろう。世界のために尽力した者たちの末路がこれか



【……試練はこいつら2人を倒せばいいのか?】



「倒すんじゃない。壊すんだ。彼らは人殺しの兵器なんだから」



「どの程度か見てやる"一速"」



私の放った斬撃は1番弱い一速では鉄の鎧を両断する程度だが何より速い。首を切断する正に直前で切り払われた。



「護る。殺す」


先程までとは装いすら変えていた。トバルカインがいつのまにか二の腕が膨れた上衣に胸甲、襷掛けした剣帯に吊った長剣を引き抜いて動き始める。それと合図にアンジュが顔を俯げながら祈りを捧げ唄い始めた。それと同時にトバルカインの全ての力が増した



「気を付けろ。聖女の歌は味方を強くし敵を弱くする」



【!?】



トバルカインが私をすり抜けアーカーシャに剣を振るっていた。彼が素手で受けた瞬間に剣が僅かにめり込む。あろうことか何の変哲もない唯の鉄剣で。力ではない。どちらかというと技か。細胞と細胞の間に剣を入れるような繊細で済ませていいのか分からない人離れした武器の操術であった



【硬さで受けるだけじゃだめだな。捌く、捌いて防ぐ】



僅かに驚いたように目を見張りながらアーカーシャが腕と合わせて尻尾を鞭のように振るう。その全ての速度にトバルカインはついてくる。一瞬だ。力も速さもアーカーシャに及ぶべくもない。だが攻撃が来る刹那とも呼べる僅かな時間に聖気を勢いよく噴出している。その緩急の差でアーカーシャの膂力に追従している。身体能力の高さもそうだが何より技が優れている。



【凄いな。その身のこなし。この距離で当たらない】



【それだけじゃない。幾つか攻撃が勝手に外れる。あっちが原因か】



「生前の彼らはもっとすごかったぞ」



誇らし気にウロが言う。さて多対一は好みじゃないがそうも言ってられないな。アーカーシャが負けるわけないが、それでも顔馴染みな分やりづらそうだ。そもそも彼は気質的に殺し合いに向いていない。ならばこそ、私がやる必要がある



「二速」



背後からトバルカインを攻撃した。完全な死角からの一撃。アーカーシャの攻撃に拘ってる分、私の攻撃に対処する余裕はないだろう



「父よ 悪しき者から御守りください 母よ 恩寵を授けて下さい 世界よ 彼を愛してください」



その祈りで斬撃が一人でに割れた



「夕霧!白雪!初見!そっち頼む」



「う…ん…」



「俺の魔法とああいうタイプは相性が悪いんだよな」



夕霧と白雪と初見がタイミングを合わせて攻撃を仕掛けるもアンジュには傷一つつく様子すら無い。攻撃が明らかに阻まれている



「初…なに、も…して……ない…?」



「してますよ!俺の旧神魔法は放出不可視。つまり放った魔法とかの攻撃を見えなくするんだが今回は意味なさそうだな」



「流石は初代聖女。祈るだけであらゆる現象を防ぐなんて凄いわね。何を原動力にしているか気になる所だわ。是非教えてものね。でも分かった事もある。彼女、私たちが攻撃している間は唄えないわよ」



「つまり飽和攻撃を仕掛けてればいいと」



「そういうことね」



3人はアンジュに対して絶えず消耗前提の飽和攻勢を仕掛けていくしか手が無い様子であった



「でも、こっちも、長くは…もた…ない……」



「あっちだって完璧じゃない。自身を守っている間は他者に対しては祈りの効果が及ばないみたいだ。アーカーシャの攻撃が当たり始めてるぞ。向こうが片づけばどうとでもなる」



「なら私たちは私たちの仕事をしながら片手間に祈りましょう」



「白雪はそんなことも出来るのか?!」



「何を言ってるんですか。誰でもできます。祈ることは

誰も彼もが思い違いをしています。特別なことなんかじゃありません。そもそも特別な人なんていません。この世界には」



「だから偉大なる龍王様教えてあげて下さい。死者は眠りにつくものだと」



【……そうだな。桐壺】



「ああ、サポート頼む」



戦況は互角であるが仕掛ける気のないアーカーシャが漸く覚悟を決めたのかやる気を出したようだ。

アーカーシャの及ぶ力の範囲はとてつもなく広い。技の入り込む余地を0にでもしたのだろう。それと同様に合わせて三速の斬撃を放った。逃げ場など無い大出力。

つまりトバルカインに残された道は鉄剣の純粋な硬度のみで攻撃を受けるしかない。だが今の私にとって鉄など飴細工に等しく脆く柔らかい。絶えかねた剣は左肩と一緒にバッサリと切断される



【終わりだ!】



損壊に動きが鈍るトバルカイン。アーカーシャが爪に魔力を溜めて龍の爪(メテオストライク)を放つ。



「カイン!!」



†††



我の止めの攻撃を放ちそれを見ていた聖女が先程までの血の通っていない声と打って変わって、初めて顔を上げて感情が篭った人の言葉を発した。

攻撃は間違いなく直撃していた。観測した未来においても今ので終わっていた筈だ。だが結果が食い違っている。アンジュの祈りが事象に干渉したのか。ズレが生じている。トバルカインは生きていた。それでもズタボロではあるのだが



「偉大なる神よ────」



「漸く隙を見せましたね。原点聖骸布の貸し出しを要求するわ。ヴァンダーリ!」



「承りました。原点聖骸布を貸し出します。また貸し出しによる対価は一度の使用につき一月分の命となります」



「構わないわ」



「っ!?」



聖骸布はどうやら聖気に対して効果を及ぼす物らしい。隙をつかれたアンジュを覆うように布の手枷と足枷が巻き付いた。その瞬間から彼女は祈りはおろか、指の一本すら動かせなくなった



【さようなら】



幾つかの記憶を垣間見た。彼はアーカーシャにとって初めての人間の友であったようだ。それを死人とはいえ手をかけるのに僅かな躊躇いがある。だが意を決して尾が振るう。

だが身動きを封じたはずのアンジュが身を挺して我の前に躍り出た。尾が彼女を刺し貫いて深紅の血を流していた



「カイン、大丈夫?」



彼女は振り向きながらそう優しく問いかける。ああそうだ、いつだって彼女はそうだった。自分ではなく、誰かのために



「ア、あ、アアッ!」



擦り切れるような声と共にトバルカインが初めて声を絞り出した。



「なんであんたはいつもそうなんだ!!誰かのために自分ばっかり傷ついて」



「……誰かじゃないわ。ここまでするのは貴方にだけ。本当よ……?」



「ッッ……"死してこの身は(ナイトオブ)貴女の剣となる(ワン)"」



剣聖は聖女と聖典の力により相互関係にある。その二つの力を合わせて生まれるのが聖剣と呼ばれる絶技だ



「この聖剣の名はアロンダイト。我が武の真髄の全てを込める。恐れぬのなら受けてみよ」



【全力で受けて立つ】



アロンダイトの聖気と我のフレアが激突する。その戦いは音という概念すら消し飛ばすほど静かに決着した



「アンジュあの時の約束。果たすのが随分と遅くなってしまってごめん」



「ディオ……覚えててくれたんだね」



「……言ったろ。オレは昔から人間と違って嘘を吐かないんだ」



「そうね。アナタはいつだって正直だった」



アンジュは消し飛んだ大聖堂の天井を見上げてぽつりと呟く



「綺麗な空ね。こういう日はランチバスケットでも持って出かけたいってあの子なら言うのかな」



「そうだ。そこの白い貴女。ちょっとこっちに来なさい。聖典の読み方と祈り方が知りたいって言ってたしコツを教えてあげるわ。だからほら早く!時間無いわよ」



手招きをするアンジュに姫が近づくと、そっと彼女の額に優しく唇をあてた



「聖典の読み方はこういうことよ」



「えっと……?」



「愛よ」



「愛ですか。なら私は教えてもらっても聖女には成れませんね」



「いいのよ、そんなの。私が教えたかっただけなんだから。それに愛を知らないなんてあり得ないわ。ねえ最後に貴女の()()()お名前を教えてくれる?」



「   」



「そうなのね。私はアンジュ。アンジュ・クラーク。

ねえ、アナタ知ってる?紬が、友達が教えてくれたんだけど赤ちゃんが生まれた時にあげる声はね。嬉しいって喜んでる声なんだって。アナタだって産声をあげたでしょ。なら大丈夫よ。今は覚えてないだけ。

私はねこの世界が好きなの。どうしよもないほど。何でもいいから無性に感謝を伝えたかった。

でも世間知らずの田舎娘は何も知らなかった。何をすればいいのかも。そうしたら友達に教えて貰ったの。こうやってお祈りの仕方を。そしたらほら伝えられた」



「祈りはね。感謝だけじゃなく相手に色々と与えるの。そりゃその場しのぎの慰めなんて言う人もいるけれど、何よりもこの気持ちに寄り添うことこそが一番大事じゃないかな。だって寄り添えるからこそ紡いでいけるものがあるんだもの」



「何を紡ぐんですか?」



「希望」



膝に頭を乗せて物言わぬ骸と成り果てたトバルカインの頬を撫でながら、アンジュは残った彼の右手を強く握った



「それではみなさん良い明日を」



最後にそう言ってアンジュはゆっくりと項垂れるように事切れた。それを見計らったかのように天井から陽光が差し込み彼女たちを照らす。その姿はどこにでもいる仲睦まじい青年と少女のひと時の束の間のようであった



「あなたたちも良い夢を」



動かなくなった彼女を前にしてただみんなで立ち尽くしていた。

キャラクター紹介

【アンジュ クラーク 生前ver】

人間/聖女


【ステータス】

パワー  E

魔力   D

思い込み SSS

愛    測定不能


【アンジュの祈り 真名看破】

アンジュの祈り:彼女の規格外の祈りにより、凡ゆる物理魔力その他攻撃と分類されるものを全て防ぐ。本来なら祈っている間は自分と他者を同時に半永久的に守れる。本編では大分劣化している。

真名看破:アンジュの場合、他者の名前だけでなく情報まで全てお見通しとなる。例えばアーカーシャを通して××やコトアの情報まで視える。白雪の名前も聞く前から分かっていたがそこら辺は彼女が配慮した


【説明欄】

感受性が強く信仰心に厚い以外はどこにでもいる少女。アルタートゥームにおいて最初の渡航者である月見山紬に初めて出会った現地人でもある。最終的には紬と共に天魔サバトの弟子となり聖女と呼ばれた

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