9話目-㉖
次の話も半分は書いてあるので今日か明日には更新できる予定
「よくぞ!よくぞ愛する孫娘を!ありがとう!どうもありがとう」
牡丹ちゃんの安否を確認、というより全身で堪能した紀伊國崑峯さんは感激した様子で勢いよく姫の手を握りぶんぶんと振る。
「そうだそうだ。先程馴染みの店から"シャトー・ラチェット"をもらってな!良ければ飲まぬか!」
「この一本で大きな家が立つといわれる王のワインですか!これを飲まないのは失礼ですね。ですが……」
姫が我の方を見たかと思うと何やら誰かとアイコンタクトをしている。相手は誰だ。そして桐壺が突然背後から我に覆いかぶさり動きを封じる。ま、まさか……!
【おいっ!】
「白雪に飲ませてやれ。アーカーシャ」
【止めるな!桐壺ぉぉ!】
「いつもより更に力が強い」
未成年飲酒を許さない我を傍目に差し出されたワインを口にした姫は珍しく感情を表に出した。
「濃厚な色に味わい。酸味と渋味が調和している……これが王侯貴族たちの好む権力の味ですか。悪くないですね」
「おおっ!良き呑みっぷりだ!良き良き」
「器量も良いしどうかの。初見の嫁にならんか?あいつは良い歳をしてもまだ結婚しないのだ。だがワシに似て顔は女受けする面構えだろう。どうかね」
「……貰うなら嫁より婿の方がいいのでは」
「んんっ!?なんて?」
「あっーー!お爺様!思い出しました。そういえばウーリー島に行った時に素晴らしい茶葉を手に入れたのです!更にこの國のフィアンス焼きをガリアの職人が取り入れて新たにロココシリーズの陶磁器を作ったのはご存知でしたか!?これを使って飲むのが絶品だそうです!ほら直ぐに!直ぐにお湯を沸かして飲みましょう!」
酒で口が緩んだのか姫らしからぬ失言である。そんな姫の言葉をかき消すように初見さんが慌てて取り繕う。隣で牡丹ちゃんがボソリと「その件はお爺様には隠してますの」と一言。だよなとしか思えなかった
「な、なんじゃ突然に。ではみんなで」
「生憎希少な茶葉でしてお爺様の分しかありません。それに明日は大王との謁見があるのでしょう?さあさ、早く飲んで明日に備えて寝てください。ハリー!ハリーー!」
「そう急かすな!ま、まあ、牡丹の顔も見られたし、早めに休むとするかの。ところで明日は大王の謁見に雪姫さんとアーカーシャさんも一緒に付き合ってくれないかのう」
【嫌だ】
「明日は朝から魔法符術を幾つか見る予定があります。午後からは原書が……」
「そう言わずに。な?我が紀伊國秘蔵の魔法具を一つ何でも差し上げるから」
「行きましょう」
【嫌だ】
この國は朝から騒がしい。日の出が上がる前には馬車の蹄の音が聞こえる。6時になるとパン屋とミルク売りの少女の声が大通りに響いていた。
そこから程なくして、歯車という名の労働者の通勤で道は溢れていた。仕事熱心なことである。
「では行こうか。お二人方」
【嫌だって言ったよね。話聞いてた?】
「偉大なる龍王様、もう魔法具を貰ってしまったのですからワガママを言ってはダメですよ」
【いやなんで我がゴネてるみたいな感じになってるの!?っていうか貰ったあの魔法具いらなくない?なに肌トラブルを絶対解決する手鏡って】
「この魔法具を使えばどうやら老化も防ぐことが出来るみたいなんです。術式を解読して魔導具に出来たら素敵じゃないですか」
【……】
「素敵だと思いませんか?思うはずですよね?
私の言ってる事分かるよね 偉大なる龍王様」
【はいはい素敵ステーキ弱火でじっくり】
ーーー
独裁体制であった先代大王が突然に早逝し今の大王になって早2年。今では國を実質的に支配しているのは今代の大王と同等の権力を有する8人の国司だそうだ。
そんな宮中は今3つの派閥に別れていた。
真人・宿禰・忌寸を中心とした派閥。これからは三大列強を他の国よりも様々な優遇減免措置などを講じて関係を強固にしていくべきと考える外交革命派。
朝臣・道師・臣を中心とした派閥。魔人や亜人主導の国家との関係は断交。表舞台から排斥しようと考える人間至上主義派。
最後に大王・連・稲置のこれまで通りどこの国にも属さない中立と体制維持の保守派。
「魔獣被害が沈静化しており、船舶貿易が前月と比べて210%増大です」「半年前からのティムール西方で大規模な反乱が起きた件ですが、反乱軍が新政権を樹立。我が国の在外公館と鋳造場を差し押さえました。投資した資本の回収は不可能、故に────」
「失礼します。聖国アイトルードより使者がお見えになっております」
今の彼らは一枚岩ではない。だが國の心臓たる国司たちはそれとは無関係にこの金壷殿で尽きることのない執務をこなしていく。そんな中で天蓋が覆いかぶさった奥の高御座にて大王は寄りかかるように玉座にかけていた
「返事は変わらん。追い返せ」
「お、大王様!それはあまりにも!」
大王は冷たく言い放った。忌寸が慌てて諌めようとしているが、彼らの分かりきった言い分など大王は耳にしたくなかったからだ。
「もう入ってる」
「え、あ、え!?」
男がいた。顔に斜めの大傷がある。聖国の軍服と腕章。一兵卒ではない。腰には名刀柳生をぶら下げていた。
だが此の國では王宮敷地内では許可された者以外が武器若しくはそれに準ずる物を帯刀していた場合には法に則って斬首であると定められている。
「……二級王兵よ。この不作法者を斬って捨てろ」
「直ぐに!」
だからといって、仮にも大国の賓客として訪れている相手を眉一つ動かすことなく殺せと命じる胆力は流石である。
宮殿を守護する二級王兵の1人が武器を抜いて斬りかかる。
だが男を斬り裂くよりも早く王兵の顎が跳ね上がる。そして糸の切れた人形のように崩れ落ちた。男が素手であっさりと対処したのだ。
「聖国アイトルード辺境守備隊副隊長スゴウと申します。先日のラザロ総司教枢機卿からの返事をお聞かせ願いたい」
「あ、あやつが千人斬りのスゴウ!」
「選りすぐりの高位冒険者だぞ。あの二級王兵は!それをあれほど容易く捻るか」
男の名と実力に宮中がどよめく中、大王は極めて冷静であった。
「前も言った。この國は特定の国だけに肩入れはしない。全て公平だ。人も魔族も亜人も分け隔てなく接する。世界中の彼らにそう信頼されたからここまでの栄華を手に入れた。だからお前たちを特別扱いもしないし三王同盟と貿易をしないという選択もしない」
「だからこれまで通りに傍観し続ける、と?バカが!三王同盟がこの数年でどれだけ勢力を伸ばしていると思っている。皇国は魔獣問題にかまけて見誤っているが我らはそうではない。
三王同盟こそが世界を乱している。力によって領土を広げる軍国。唯一神様が人の為に創り上げた世界を穢す思い上がった下等な魔族共。
奴らを征伐する為には、今の聖国は疲弊し切っている。だからこそ────」
「話にならない。この国が三王同盟との戦いをした際に失う物は計り知れない。それに要するにお前たちは気に入らない所と戦争をするためにお金を無条件で出せ。従わなければ痛い目に遭わせるぞ。言ってるのはそういうことだ」
「ッッ!朝臣殿!こいつは変化を恐れ旧世界秩序を維持したいだけの唯の時代遅れの遺物だ。愚鈍な王が道を違えた時に殉じるのが忠臣にあらず!正すことこそ真の忠臣の務めだぞ!」
「ハーハッハッハ!これは堪らんな、本当に…新世界のスゴウ君。
この國が旧態以前の形態とバカにしたな。外のお前たちはいつもそうだ。自分たちは原始時代から理由を付けて殺し合いの戦争をしやがる癖にだ。今までこの國の培ってきた価値観と文化と歴史を容易く無視する。時代遅れだとバカにする。
これまでお前たちの正しさを何度も押し付けられてきた。その度に国が崩壊した。領土を失った。無駄な血を流した。
だから宣言しよう。お前たちが何を言おうと、私が大王である限り此の國の在り方は変えない。分かったら帰ってラザロ総司教枢機卿に無駄と伝えてこい」
苛烈に立ち上がり天蓋から顔を出したのは女である。星の無い夜空のような長髪。背筋を寒くする冠位の魔眼を宿していた。豪華絢爛な服以上に凡人であれば萎縮させ膝をつけさせるほどの威光を纏っていた。
第27代大王弥栄大和。彼女は苛烈で尊大であった
「失礼します。紀伊國様がお越しになられました」
「通せ。例の魔迷宮の件についてだろう」
「待て。まだ話は終わっていないぞ!」
「終わったよ。一級王兵伽羅。彼をつまみ出せ。丁重にな」
大和に名を呼ばれるや否や、一陣の風が通り抜けスゴウの目の前にはいつの間にか男が立っていた。眼鏡をかけていた男の目は漆黒より暗く宵闇より深い黒である。瞳は黄金の月の如く燦々と輝いていた。
睨まれただけで死を覚悟するほどの圧迫感。剣を抜く気は無いはずのスゴウが無意識に柄に指をかけていた。
(覚えがある。この殺気は、もっとずっと遠い昔、それは子供の頃に)
「まさかお前は……!?」
「────。お前はオレの主人を侮辱した。言うに事欠いて愚鈍だとも。だからもう口を開くな。殺してしまいたくなる」
伽羅と呼ばれた男の正体に思い至ったスゴウはその瞬間、刀を躊躇いなく抜いていた。一切の無駄無い抜刀と同時の居合い。1秒を12分割するほどの速度は風切り音と共に放たれていた。
だがその速度すら伽羅にとっては緩やかに時間が流れていると感じていた。刀が空を切る。伽羅の拳がスゴウの顔面に突き刺さり、衝撃を激しく伝えて扉まで吹っ飛ばしていた。
それと同時にガチャリと扉が開かれ、その先へと体が吸い込まれていく
【うおっ、なんか飛んできた。】