9話目-⑰
数年前まで裏世界の金と人、凡ゆるものが巨大犯罪シンジゲートブレックファストによりほぼ管理されていた。だが、それもある日を境にピタリと機能しなくなった。
突然の機能不全に伴い、影響下にあって組織たちの結束は瓦解し各々が独立した。更にはブレックファストに代わって裏世界を牛耳ろうと乗り出した者たちまでいた。それが三頭竜を中心とした名のある幾つかの組織である。
今ではそれらを中心としてクライムコミュニティを形成しており、その勢いはかつてのブレックファストに匹敵する勢いである。
「あんたの二つ名"ルサンチマンの代行者"。あれどういう意味だ」
「お喋りする気はない」
「それについては、この私アナムが答えてやろう!
弱いやつが強いやつに向ける感情とは何か!羨望とかじゃない。それは嫉妬だよ。魂を司る私がいうんだ。間違いない。
そしてルサンチマンとは弱者が強者に向ける嫉妬のことを指すのだ。
貧乏人が金持ちを見たら悪いことをして稼いでるって思うし、自分より優れてる人間はとんでもない問題を抱えていると思う。そうしでもしないと自分の弱さを直視しちゃって堪えられないのだ」
「うーん?つまり?」
「つまりは自分の能力の低さを棚に上げて自己救済も出来ない主語がデカい奴らの憂さ晴らしを代わりにしているんだ。こいつは」
「なるほど…っていうか、お前なんだよ!?口に手があるとかキモい」
「キモくないし先ほども名乗った。アナムだ。始祖だ。これは言ってない」
「……あんたおかしなの身体に飼ってるんだな」
「飼ってない。勝手に寄生されてるんだ」
「共生してると言いたまえ!!」
「黙れアナム。お前が出しゃばるとややこしくなる」
「あの程度に苦戦してるのによくいう。一つアドバイスでもしてやろうか?」
とある事情で空蝉桐壺の体には始祖である毒魂アナムの魂が入り込んでいる。数年の時が経ち根深く魂を張り巡らせた今のアナムにとっても桐壺という器の死は決して好ましいものではなかった。故にこの提案は完全に善意である。しかし桐壺は鬱陶しそうに首を振る。
「必要ない。もう勝ってる。お前の旧神魔法……たしか外見回復処置っていったか。再生や回復魔法とは違うな。肉体の損傷を表面上治してるだけだ。いわば修復と言った形か」
「鬼族は再生回復能力が他種族より優れている。しかし吸血鬼族の場合、回復再生を繰り返すたびに魔力と血を失っていく。個体差もあるが、通常の吸血鬼の場合は損傷の度合いによるが10〜30回は致命傷を負わせる必要がある」
「だがどうやらその不死性と外見回復処置を合わせることで、損傷の度合いを限りなく最小にして回復再生させられるらしい。恐らく100回以上殺す必要がある。」
桐壺は強い。それでも自分達の勝利を疑わないキリムは不敵に笑う。
時に。三頭竜最高幹部三面八臂の幹部の選出方法は、3人のフィクサーがクライムコミュニティに属する組織の中から金や武力や影響力などを加味して8人の大幹部を選出するといったものだ。
三面八臂の1人キリムが率いる十字組は腕利きの荒くれたちが多く属しており、数は70しかいないが三頭竜きっての武闘派集団と恐れられている。
「噂通りの、いやそれ以上の腕前でした。ミックなんてキリム班長がいなければとっくに灰になってる」
「っせーな。ジエン。つーか、リッピーの野郎は俺より食らってるだろうが!」
「どっちにしろキリム班長以外はみんなそれぞれ10回以上殺されてる」
「私たち5人を相手にして互角以上に立ち回るなんてね。驚くわ」
「確かにな。この奮闘に免じて、命乞いをするなら楽に殺してやるがどうする?」
今ではあらゆる揉め事処理を片付ける暴力担当として特殊清掃部門を任されており、その中でも死なずのキリム班と呼ばれる彼らの戦闘能力は際立って高い。なぜなら半吸血鬼の回復力とキリムの"外見回復処置"を合わせればほぼ不死身であるのだから。何度倒されようとその度にコンテニューを繰り返す。相手から見たらほぼ悪夢のような戦法である
「いや、お前たちは既に詰んでる。首を落とされた時点でな。だがお前たちみたいなゲスと違って私は命乞いをする奴を殺さない。悪人だろうとな。どうする?」
「はっ!殺れるもんなら殺ってみろよ!」
「……切り断ち執行」
その瞬間、5人全員の首が一斉に切断された。意識も肉体も呆気に取られ過ぎて、反応出来ていない。
遅れて首を落とされた状態でキリムが外見回復処置を行い、即座に全員を修復する。
「一回殺したくらいで」
そして、修復を終えた直後に首の内部から切断痕が浮かび始めて再度首が落ちた。外見回復処置を再度行うが先ほどと同じことが起きた。首の修復が問題なく終わる。ただ終わると同時に首が切断される。何度繰り返しても結果は変わらない。
「ま、まさか、こんな」
「無駄だよ。首に負った傷を媒介として首切りの呪いとして成立させている。お前らの首が落ち切るまでこの呪いは終わらない」
ギロチン型の呪具"切り断ち"は最も大衆に認知された処刑器具である。故に込められた想念は他の呪具を遥かに凌ぐほど強い。これを防ぐ方法はアーカーシャのように呪いの刃をもってしても首を物理的に切断するのが不可能な場合、若しくは一度首が落ち切って呪いが停止した後に呪いの対象とは別の首を生やすしかない。発動が成立したこの呪いを魔法やスキルで防いだり回避したりする手段は存在しない。
キリムは先の見えた延命措置を行っているだけだ。
呪いそのものを術者に解いて貰う必要がある。だが先ほどまで殺そうとしてきた相手を誰が助ける?それでも縋るしかなかった。
「わ、わかった。俺たちの負けだ。だからこの呪いを解いてくれ」
「バカめ。先程までの自分達の言動を思い出せ。死んで後悔しろ。ばーか!お前らばーか!」
「解呪してやれアナム」
「……え!?お前何言って、え??」
「早くしろ」
その命乞いを即座に承諾した桐壺にアナムは呆れながらも言われた通りに呪いを停止させる。
「甘いな。死んで当然の悪党だぞ。こんな奴ら」
「それは私もだろ」
「お前とこいつらは……!」
言葉途中で悍ましい何かが突如として近付いてきているとアナムが感じ取る
「おい、警戒しろ。何か飛んできてるぞ」
警告と同時に桐壺も肉眼で視認する。肉片が槍のように飛んできていた、直感的に人体に有害だと理解した桐壺だが飛来した物体を反射的にはたき落す。触れたことで肉片が腕に付着して蝕もうとしている
「これは魔獣の?」
「桐。私がいるから問題無いが、生身の箇所に触れると穢れるぞ。あいつらを見ろ」
「な、なんだ。なにが起きて……くそ、お前ら!まじかよ」
「桐壺。早いところアーカーシャたちと合流をした方がいい。」
倒れていたキリムの配下全員に肉片が突き刺さっている。半吸血鬼は人間より遥かに身体能力がずば抜けている。心臓の鼓動一回で循環する血液量は人間の比ではない。
人間より速く瘴気が駆け巡るということは、変異スピードも比べものにならない。つまりはカビサシの肉片により4体の魔獣が瞬く間に誕生したのだ。
魔導教会によれば魔獣は核である魔石が生成する魔力だけで生存が可能である。故に呼吸を必要としない。それどころか食べることも寝ることも本来なら必要ないということが分かっている。生殖器を持たず完全に個で完結している。だがどういうわけか魔獣は有機生命体だけを喰い殺す。まるで命とは魔獣にとってのバイオ燃料であり消費するものであると言わんばかりに。
ダリス島全域にて100体近い魔獣の出現。これに対処する場合には小国であれば兵を総動員しなければ事態の収拾が付かないレベルである。
「報告せよ!何が起こってる!?」「うぎゃあ」「ば、化物だ!ぎゃああ」「誰か助けて」「こちらF地区。正体不明の化物が暴れてる。みんな死ぬ。殺される!」
魔獣が身体を踏み潰す。牙が胴を引きちぎり。爪が腑を引き摺り出す。皆が悲鳴をあげながら逃げ惑っている。
一方的な殺戮により踏み締める大地は肉片で埋もれ、溺れてしまうほどの血の池が出来上がっている。歓喜は狂気となり祭りは地獄の宴に様相を変えていた。地獄の音頭は魔獣が務める。お代は命でありどちらかが死に絶えるまで終わらない。
次の話はグロ描写をどうすべきか迷いますね