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9話目-⑬

始祖から龍に代わり、そして人が君臨してはや数千年。少なくとも人類の長い歴史の中では原書ヴァンダーリの眷属という存在はこれまで確認されたことはない。特級魔導師(千年戦争に勝つために招聘しただけであり厳密に言えば彼らは魔導師ではない)で最も有名な魔導王も所持こそすれど眷属ではなかったからだ。



つまり紀伊國牡丹が本当に原書の眷属であるならば、その力を観測するのは人類史で初めてのこととなる。

牡丹が創り出した魔法生命体ツクヨミ。その存在に勇者エヴァンスは訝しむように目を細めた。

大きな笠と長い髪に負けないくらい顔の周りには肩まで垂れる長い札が付属している。札が揺れるたびに僅かに艶やかな口元だけが垣間見える。月に照らされた不確かな陰のようなシルエット。葉月が基になっているからかどことなく女性を想わせた。また空中に散在する魔素が急激に取り込まれ燃焼されたせいか肉体が夜空に浮かぶ月の如く発光している



「ツクヨミ、憑く黄泉ね。まあいいさ……。お手並み拝見だ。

アクスビック!こいつを蹴散らせ」



エヴァンスの背後に控えていた鳥型の魔物アクスビックたちはその号令で一斉に飛びかかった。その数は50。個としては弱くても数として見れば十分な脅威といえる。

だが動き出しと同時にアクスビックたちの頭部と胴体は永遠に泣き別れする事となる。



「……!?いつの間に武器を。

舐めるなよ、魔物なんていくらでも召喚できるんだよ!」



「   」



それをおこなった正体は単純明快。ツクヨミの手には三日月を連想させる巨大な鎌がいつのまにか握られていたからだ。対してエヴァンスは大量の魔物を数百体出現させた。



その最中に傷付いていた花宴の元にいつの間にか牡丹が近くに寄って、怪我を癒すための回復魔法を展開した。



「無茶をしましたのね貴女。わたくしたちがあと少し遅かったら確実に死んでましたよ」



「へっ。血は止まったがやっぱ腕は元には戻らねえか」



「そうね。今のわたくしはまだ弱い回復魔法しか扱えない」



歯痒そうに牡丹は顔を歪めていたが花宴は別段そんなことなど気にする様子もなくツクヨミとエヴァンスの戦いに目を移した。



「すげえな。あの武器。明らかに届いてない敵もぶった斬ってる」



「月魄 大鎌よ。今は斬撃の射程を強化して効果範囲を延長しているのよ。威力強化したら最大で龍の鱗だって斬り裂くんだから」



「へぇ、そいつはすげえや。ツクヨミってのもな」



「違うわ。勘違いしないで。葉月が凄いのよ。私はその後押しをしてるだけなんだから」



「……悪いな、あたしのミスでカタギのガキに色々と背負わせて」



「ふん。子供だからって侮らないで。

それに何もできないで後悔するのは嫌よ。わたくしもあの子もね。」



「見てなさい。悪い奴はみんな倒して悪いことなんて何も起こらないことを証明するわ」





ものの数分で召喚された全ての魔物を鏖殺したツクヨミに対してエヴァンスは少しだけ苛立ちを隠せない子供のように地団駄を踏んだ。



「雑魚を倒したくらいで粋がるなよ。コントン

こいつに身の程を教えてやれ」



ガジリッ。姿の見えない巨獣の牙がツクヨミの肉体に突き刺さった



「     」



「わたくしの力も相まってツクヨミの肉体は今や夜の海に浮かぶ月の大地に等しい。その程度では傷もつかないわ」



言うや否やツクヨミは自身の体に覆いかぶさった巨獣を軽々と吹き飛ばす。その際に何らかの力で姿を消していたが破られたようだった。空間が歪み姿を現す



「はっ。絶滅危惧種のマンティコアかよ」



その正体を看破したのは花宴だ。マンティコア。ライオンのような胴に赤い体表と皮膜の翼。猛毒を持つ蠍の尾。3列の鋭利な歯。特殊スキル"捕食"を保有している個体が多くおり、強い魔力を持つ生き物を複数回捕食している場合には段階的に強くなっていく。強くなる度に首の方に輪っかのような痣が浮かぶのが特徴であり、過去討伐された事例によれば3つ以上の痣が確認された個体はA級高位冒険者が30名以上で討伐する必要があるとされていた。

エヴァンスにコントンと名付けられたマンティコアの首には五つの首輪のような痣が浮かんでいた。



「コントン、今度は本気で噛み砕け」



「ぐるぁぁあああ!!!」



エヴァンスとコントンが魔力同調を行い、相互作用が起きた結果、先ほどとは比較にならない加減のない本気の一撃。

ツクヨミを上回る力で押し込み突き立てられた牙はツクヨミの月に等しいその肉体を深々と抉っていた



「     」



「やりますわね、流石は勇者。一筋縄じゃいかない。だけど」



牡丹の魔力がガクリと落ちる。そしてその分だけツクヨミの肉体の出力が跳ね上がった。失われた箇所が元通り、いやそれ以上となって復元される。

再び力関係は逆転する。鎌が振り下ろされコントンが爪で押さえるが、それごと無理矢理刃が肉体に埋まり始めると痛みに耐えきれず、負け犬のような鳴き声をあげ始めた



「キャイン!キャイン!」



「こ、コントン!?……くそっ!2人がかりなのに、なんで」



「ツクヨミ終わらせなさい」



「ええ、そうね。終わりです」



衝撃が牡丹の体を揺らした。ジワジワと腹部が熱くなり、何故か触ると手にはべっとりと赤黒く汚れていた。腹の底から何かが込み上げて、小さな口からワインのように液体がドロリと溢れた。

この戦いの遥か数キロ先、カサンドラが神装霊具"魔を穿ち祓う弓(アンネリーゼ)"によってツクヨミという魔法生物を操る術者紀伊國牡丹を狙撃したのだ。



「がふっ……な、なにが」



死んではいない。いや、殺す気であれば跡形もなく吹っ飛ばす事は可能であったが、そうではなく、カサンドラは牡丹を凡そ戦闘不能と呼べる状態にまでダメージを負わせる事に成功したのだ。



「青い炎の矢。カサンドラが……。

コントン!いまだやっちゃえ」



一瞬の揺らぎ。押し込んでいたツクヨミの力が急激に弱まる。それ幸いと見逃さず反撃に転じたコントンの牙がツクヨミの半身を粉々に砕いた。

ツクヨミは敗北し、この場所の勝負は決まった。






「大丈夫だった?エヴァ、あなた、もう少しで負けてたわよ」



「そ、そんなわけないし!勝ってたし!でもよくやったコントン!」



「キャウン!」



コントンを労わりながら、エヴァンスはカサンドラに問いかける。自分を痛めつけた彼の存在を睨みつけながら



「紀伊國牡丹の確保は終わったし、あの女の子も連れてく?」



「……。そうね、先程のを見るに利用価値がありそうだわ。連れ帰っても」



「■イヒッ■」



ふいにそいつは現れた。だがそれは龍王

────ではない。それは全ての生き物にとっての禍い。

黒いカビの胞子で造られた人型のナニカ。まるでそうとしか表現出来ないそいつは、現れるや否や即座に腕を振るった。

カサンドラの反応が辛うじて間に合い白い矢を放つ。

彼女たちが居た場所以外の数百メートルの周囲一帯を根こそぎそいつは吹っ飛ばしていた



最初に言葉を発したのはエヴァンスだ。愕然とした表情でその言葉には若干の湿り気があった。   



「カサンドラ!腕が焼けてる!」



「白の矢で相殺したからこれくらいで済んだ。下手をしたら今ので皆死んでたわ」



「じ、冗談だろ。なんでこんなやつが。ここに」



「まったく悪夢なら覚めてほしいところだわ

侵食率90%を超えた上位魔獣とカテゴライズされた一体。カビサシと遭遇するなんてね」



なぜ?どうして?そんなことを考えている余裕はどこにもない。絶望を運び、命を脅かす、忌むべき上位魔獣がこの地に突然舞い降りた。それだけを理解していれば十分なのだから。

魔獣を出すのはもっと後のつもりでした。勢いなのでオチはまだ見えない。

少しでも面白いと感じてくれたら応援お願いします。

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