9話目-⑪
やばいくらい投稿遅くなった(白目
この世界において凡ゆる種族には進化の余地が残されている。それは当然人間という存在も例外ではない。肉体的に進化を果たした人間は"聖人"という上位の存在にカテゴライズされる(多くのケースで該当者が聖気を習得している為と思われる)
そして勇者とは先天的或いは後天的を問わず肉体に聖痕が現れた聖人でその中で神装霊具を扱える者たちのことを指すと定義されている。
現在確認できているだけでも該当する勇者は17人おり、その誰もが個という最小の戦闘単位で敵の要衝を叩き潰すことが可能であることから、その戦力評価は戦術級、或いは戦略級にさえ相当すると各組織間に認識されている。そしてその認識は概ね正しい。
なぜなら聖人は素の状態で拳が弾丸よりも速く、蹴りが砲弾よりも強力であり、肉体強度に至っては通常兵器のほぼ全てに高い耐性を示している超人だからだ。
つまり何が言いたいのかというと、普通の人間がどれだけ武装してようと上位互換の存在に当たる彼らには決して敵わないということである。
「────初めから妙だった。俺の目にはずっとお前さんが殺し屋に映る」
マーベリック・スパスは鈴虫のか細い首を絞め上げながら、何かが小骨みたいに喉に引っかかりでもした様子で小首を傾げていた。対して鈴虫は宙吊りの状態で気道が圧迫され呼吸が出来ずに苦しそうに足をばたつかせてもがいている。
「……カハッ……」
「だがそんな輩がわざわざ利用価値があるとはいえ紀伊國牡丹を連れて行こうとするか?無くは無い。なら隣のあの子はどう説明する?金がある貴族の子には見えなかったが、それにあの様子、恐怖より安堵の割合が少し強く現れていた。なんだこの違和感は。何か誤解をしてしまっているのか?
……もしかしなくても、お前さんたちと俺の目的は合致するのかな。だとするなら」
スパスの有るか無いかの僅かな懸念による躊躇い、それだけが彼が手を抜き彼女が今の今まで生きていることができた最大の理由だ。状況判断を終えて勝手に納得したスパスはゆっくりと手を緩めると鈴虫は苦しそうに息を整えている
「ゼッー…!ゼッー…!」
「いきな、り……なん、の…つもり…なの!?」
「話は後にしろ。中には何人残ってる」
「…20……と、すこし」
「そうか、そっちも何とかしたいが後だな」
差し出されたスパスの手に掴まり鈴虫は困惑を隠せないながらも立ち上がる。
「……逃げた奴、俺の索敵魔法でも見つけられないな、完全に紛れてる。さっきの女とはどこで落ちあう予定なんだ?」
本来ならその問いかけに馬鹿正直に答える義理は鈴虫には無い。だが精霊に好かれやすい者たちの特徴として所謂第六感が他者よりも優れている。ここは素直に答えておいた方が自分達の利になると直感で判断した彼女は僅かにつぐみかけた口を動かし答える
「…島の……最西端の……むぐっ」
突然にスパスが口を手で押さえてきた。自分から聞いてきた癖に突然の行動に意図が図れずに流石に思うところがないわけではなかった鈴虫だがその答えはすぐに理解することになる
「思ったよりも早い到着だな。よりにもよってお前か。ジュウガやエヴァンス辺りならまだ楽だったんだがな」
「島の最西端の何処かまで聞けたら最低限の仕事をしたと胸を張って言えたのですがね。おっと今更余計な駆け引きはいりませんよ。
スパス君の探し物と我々の目的は一致していますからね」
『目標物発見。島の西側に向けて逃走中と思われる。また特別排除対象と接敵。これより戦闘に移行する』
「さて やりましょうか」
現れた声の主をスパスの背中越しに鈴虫が視線をやって確認する。自分と同じくらい痩せ型で細身の男と目が合う。額から右眼にかけて酷い火傷顔が伺え、左右で瞳の色が異なっている。鈴虫は僅かな所作と表出する力の一端だけでこの者が一目で只者ではないと看破するが何よりも手に持っている鞄が一際ヤバい。何が入ってるか分からないが危険だと鈴虫の頭の中で信号が鳴り響く。
だがあまりにも鞄に気を取られ過ぎていた。瞬きからの刹那……
(背後に殺気!)
反応して振り返ると鈴虫にとって非常に見覚えのある人物が殺意を灯して大きく振りかぶっていた。その者の名は夕霧蜻蛉。何を隠そう、鈴虫の父親である。
なぜ ここに?疑問による思考だけが先行しすぎて防御も回避も反応が間に合わない。攻撃が当たる前に咄嗟に身構えた鈴虫であるが、隣にいたスパスが更にそれすらも上回る
「え?」
「ぼけっとするな」
スパスの蹴りが鈴虫の胸元を狙った蜻蛉の貫手毎弾き飛ばしていたのだ。だが鈴虫の胸に微かに触れたのか服は穿たれ、はだけた胸から滲んだ痕がまざまざと残っており、そこから一雫の血が零れ落ちる。
「…と、父様…なの……!?」
「違う。あれはお前さんの知ってる誰かじゃないぞ。ハウゼン・テイラー、奴の魔眼ウォッチャーは他人の心を観測してドッペルとして具現化する」
「とはいっても所詮は記憶の泡沫、時間経過で消えるし普通ならそこまで強くないんだが、お前さんにはよほど目の前のアレの怖さが深く刻みこまれているな。」
スパスに蹴られて蜻蛉のドッペルの右肩から先が爆ぜて千切れていたが、落ちた右手が熱に浮かされた氷のようにドロリと溶けて蜻蛉の身体に混ざると欠損した右手を再び取り戻していた。その様子にハウゼンはひたすら満足そうに頷く
「これは上質だ。だがスパス君には届かない。まだね」
「僕の一部とコレを捧げるから力を貸して下さい。先生」
ハウゼンは鞄を丁重に置く。直後に見えない何かに引っぱられるように鞄の中に蜻蛉のドッペルが勢い良く引き摺り込まれ、次にハウゼンの右手の爪が剥がれる。そして鞄はガタガタと大きく揺れて、ガチャリと独りでに鞄が開いた。吐き出されるように転がり出てきたのは、七三分けならぬ八二分けの髪型。派手なスーツをスタイリッシュに着こなしたキザな男性であった。
「‥‥‥ハウ坊よー。オレ言ったよな?死んだ後は働かせるなって」
「すみません。先生 ですが、スパス君より強い人を僕はアナタしか知らないもので」
五勇聖の1人ハウゼン。そして神装霊具の名は"彼岸渡り"
彼岸渡りは使用者と縁のある故人を呼び出すことが出来る神具である。本来代償行為は必要ないが、ハウゼンは自身を含めた供物を捧げることで呼び出したものを相応に強化することを可能としている。
当の呼ばれた本人は、不満気というより面倒臭そうな雰囲気でため息を吐き出して胸元からタバコを取り出し口に咥える。男の名前はカラスマ。とある戦いで死亡した先代五勇聖筆頭である。その実力は聖国に所属していた数いる勇者たちの中でも3本指に入ると評されている
「カラスマ先生、お久しぶりです。若い時、イケメンだったのてマジだったんですね」
「おい、こら。信じてなかったのかよ」
スパスが僅かに緊迫した面持ちで構える。目の前のカラスマの肉体年齢はスパスたちとそう変わらない。神具は無い。だがスパスたち今の五勇聖に戦いの基礎を仕込んでくれた師の最盛期である。油断などできるわけもない
「ふん。身体が勝手に動きやがる。まあいいや、マー坊。久しぶりの腕試しだな。」
「お手柔らかに」
かつての聖国最強と今の聖国最強は互いに示し合わせたかのように鏡合わせの同一の動きをもって眼前の相手を叩き潰すために動き出した。
五勇聖の1人ジュウガ。人よりも二回りは上背の大男、加えて子供の頃から熊と見間違えるほどに筋骨隆々であり長い髭を蓄えたその様は正に野生児と称するのが正しいだろう。ジュウガは体格以上の怪力を発揮する。
一般的に人間という種はどれだけ鍛えようと医学的な観点から見れば持ち上げられるのは精々が600キロ程度が限界である。だが冒険者や騎士のような者たちが魔力や聖気を用いれば身体能力や肉体強度はその限りではない。大岩を軽々と持ち上げたり、数百メートル先まで跳び移ることが容易に出来る。超人的である。だが言ってしまえば、それだけの数がいるありふれた力の範疇なのである。
その中で怪力とよばれるにはどれだけの力が必要なのか。
ジュウガのように、いやそれ以上に。かつて山を持ち上げ、谷を作りあげた渡航者がいた。その伝説を形にした英雄の鎧。その英雄の鎧を身に纏ったジュウガの肉体はもはやどんな攻撃も跳ね返し、どんな防御も貫く攻防一体を兼ね備えた生体兵器となる。
「ウーハッハッハー!どいつもこいつも歯ごたえないのう!」
ジュウガによって数百数千の人間が文字通り引き千切られている。戦いにすらならない有様に恐れ慄き誰もが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。これだけの暴に人間が立ち向かえる訳がない。
彼は退屈であった。自分と心置きなく殴り合える存在を求めていた。故にその存在を認識した時、思わず笑みがこぼれた
「いるではないか、面白そうな奴が」
ジュウガは跳んだ。距離にして優に数キロに及ぶが一息であった。自分と対等に戦うことができるそいつの目の前に。
「こいつはいい!龍だ!龍がいるぞ!!」
【なんだ?てめぇ】
知ってか知らずか、恐らくこの世界で最強の存在の元へ。
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