9話目-⑨
次回の更新は恐らく今日の夜……
空蝉 桐壺は四肢の機能を呪具切り断ちで代用している。
故に以前軍国バルドラでアーカーシャと対峙した際には、高出力の魔力による直接接触か放出するのどちらかで切断を行なっていた。だが今の彼女は更に自身の師匠である空蝉篝火の煙霧も併用し、また能力同士を掛け合わせることに成功していた。
火には風といったように本来なら能力同士の組み合わせにはシナジーが必要不可欠である。その点でいえば決してこの2つは相性が良いわけではない。
だが師を誰よりも身近で見てきた桐壺にとってそれを形にするのは難しいことではなかった。
煙霧展開による切り断ちの効果範囲の増大。それは今までできなかった形に囚われず指定した対象のみの広範囲攻撃を可能としていた
「拡がれ」
「ぎゃあああ!」
「畜生!よくも俺の仲間たちを……」
不定形の煙霧による拡散攻撃によりその身を切り刻まれるクライムコミュニティに属する男たち。更には煙霧が首に干渉した時点で切り立ちの首を落とす呪いが成立する。
彼女が戦闘を開始して10分が経過した。およそその時点でこの地区に居た者たちはほぼ戦闘不能といえる状態にまで陥っていた。
(増援が来るまでに暫くかかるか?アーカーシャたちの方は……)
口に咥えている煙管の煙が僅かに風で揺らいだ
「お前随分と腕に自信があるようだが、流石に騒ぎ過ぎだ」
襲撃者が上から現れると同時に反応した桐壺が寸然で迎撃する。男であった。
刺し貫こうとした男のナイフが桐壺の指に擦れるとあっさりとナイフの刃の方がチーズのように真っ二つに裂けた。その光景に思わず男は呆気に取られる。
息をつかさぬまま桐壺の腕が伸びる。男よりも敏捷性と加速力で桐壺が大きく優り、逃げ切ることは不可能であった。だが触れられるより先に男は魔力を全身に纏うことで発生した攻撃を辛うじて受け切ることに成功していた
「危なっ……お初に、俺の名前はキリム。お前が空蝉 桐壺か」
「私を知ってるのか?」
「この業界じゃ有名人だよ、お前。幾つも組を潰し回ってるしな」
三面八臂の1人特殊清掃部門リーダーキリム。半吸血鬼。吸血鬼と違い、夜で無くても力を行使できるのが特徴であると言える。バランスの良い均整の取れた体付きをしており、逆十字架が全身のいたる所に彫られている。という情報から、目の前の人物がそうだろうと桐壺は断定した。
彼の背後から直属の4人の部下が影のように現れる。
「おいおい、こんなのが空蝉ってのか。脆そうだぜ」
「ミック、君の悪い癖だ。侮りと油断は良くない、呪具持ちとはいえ人間がキリム班長と互角、あちらの龍と魔導師も厄介そうだし、ここは一つずつ片付けるのが最善だろう」
解体係の頬に大きな傷がある男ミックと害虫駆除係を務める神経質そうな男ジエンが目を細める
「連絡きてた。龍の方はブネの方がなんとかするってよ」
「ゲッペル、他所の部門のトップを呼び捨てはまずい」
2人を横目に毒づくのは証拠隠滅係の女性ランダカとそれを諌める男は消臭と消毒係のリッピーである
「先ほどの殺りとりを見ての通り腕が立つ相手だ。5人で確実に消すぞ」
5対1で脅威と言える人数差ではない。先ほど数百人を相手にして悠然と闊歩して蹂躙した桐壺にしてみれば最早その程度ハンデとすらならないからだ。だが今日初めてその足を止める。それなりに危険のある敵として認識したのだ
「……三頭竜の尻拭い部門か」
その発言に血管の切れる音がした。いの1番に挑発に乗ったミックは鉈と鋸を両手にそれぞれ振るう。連動して動いたジエンも反対側から毒性のあるスプレーをまく。悪くない、と桐壺は感じた。間違いなく対人戦に慣れたプロのそれであった。だがそれでもプロとしてのレベルが違う。瞬間、ミックの腕が飛ぶ。
「悪いが毒は効かない。誰かさんのおかげでな」
「ぐぎゃああ!」
「1人目」
「させませんよぉ!」
続け様に止めを刺そうとするがリッピーの持つモップがうねる触手のように桐壺の動きを絡めとり、そのままランダカのホースが酸を浴びせた。魔法具リキッド。ホースの見た目をしており、このリキッドを通して一度排出したものは記録されて何度でも排出する事が可能になる物である。つまり、今リキッドが吐き出したのは以前殺した死体の山を処理する為にランダカが使用した骨すら溶かす強酸であった
「はい、一丁あがり〜。なんだ、空蝉っていっても所詮はこんなもんか。早くミックの治療でもしてあげな」
無論、そんなものを浴びればタダで済むわけがない。
「一速」
だが今の桐壺の肉体強度は聖気を完全掌握した聖人のソレに追従する。更にそこから一段階上がったら……。
ランダカたちのあらゆる反応を置き去りにして攻撃を加える。それは傍目から見たら、一瞬で4人が吹き飛ばされ戦闘不能にされたように見えるだろう
「なめるなよ!」
キリムの有する旧神魔法が発動する。外見回復処置、あらゆるダメージの類を回復させたものだ。
確かに手応えがあり、確実に倒したにも関わらず傷を癒した4人が平然と立ち上がった
ーーー
我の疑問に、実物を見てもいない姫が思念伝達を通して答えてくれる。
(それは第二世代型の魔導戦闘車両じゃないかしら)
【魔導戦闘車両?】
(全地形対応魔導陸戦兵器。AMFと呼ばれてたりするわね。序列9位の紫雲が担当している分野ね。
ただAMFは稼働時間の短さや動力源の不安定さからまだきちんと実戦配備されたという話は聞いてなかったですが)
【なあ姫】
(はい)
【もしかしなくても、我と姫がバルディアにいた時より時間が大分経っているんじゃ……】
(確実にそうでしょうね。5年か6年、といった所ですか、ですがそれはこの件が片付いてからゆっくり考えましょう。今は葉月ちゃん救出以外は些事です)
【だな】
AMFの数は5台程度。だが龍である我にとっては大した脅威にはなり得ず、我の爪と尻尾があっさりと残骸に変えていく。
それを見て腰を抜かした奴らが一目散に逃げ出そうとするが、空気を叩いて全員の意識を奪い取った。