3話目-⑨上 龍が来たりて笛を吹く
ーーー緑鬼sideーーー
姿形、果ては会得出来る魔法や技能(魔法とは別の能力)まで大きく異なる鬼族であるが、その実情は幾つかの氏族により構成されているからというのは余り知られていない。
鬼族で最も代表的な氏族ノスフェラトゥ等では“血"に類する技能の発現が多い。
対して我はレヴナント。他氏族と比べて特別に力が強い訳ではなく魔力が優れている訳でも無い。
ただ状態異常に対してのみ強い耐性を誇る。その一点においてはどの氏族の追随も許さないほど圧倒的である。それは"死"という異常ですら例外足り得ない
「カハッ────。」
宙でバラバラになって即死した状態から一旦復活した事で飢餓による意識障害を脱して正常に思考能力が回復する。
なぜ我は今死んだのか冷静に行動を整理していく。
少女に飛びかかった次の瞬間、自分の身体が後ろに向かって引っ張られたことまでは理解している。
「《そんな状態から元に戻るなんて首を斬らないと駄目だったりするのか?》」
「なっ!?」
未だに我の身体は高速で宙を舞っているにも関わらず、コイツはそこに難なく追い付いていた。まずい追撃される
「ぐべらっ!」
身構えるより早く、隕石がぶつかって来たのかと錯覚するほどの攻撃が繰り出されて真下に叩き落とされた。気付けば二度目の死亡による復活が起きていた。
殆ど視ることすら叶わなかったが、今のは殴られたのか?……殴殺された。そこに考え着くまでにすら数秒の時間を要してしまう。
反応することすら困難な程の閃光のような一撃。加えて冗談みたいな破壊力だ。受けた攻撃で態勢が整えられずに地面にぶつかっただけでは勢いが殺しきれずに数百メートル先まで身体が地面に擦り下ろされ続ける
「ぐ、そがぁ…!」
ぶちぶちと身体の皮膚が地面の摩擦で引き裂かれていく
「がぁぁぁぁぁ!!!」
咄嗟に右と左の其々の手で両端の木々を掴みとる。しかし無駄だった。掴んだ木は勢いを止める所か簡単に引き抜かれ周囲の木々を巻き込み更に被害を大きくしていくばかりであった
目眩が治ると肉体が再度の復活を始めていた。勢いが収まった時には、最早あの村からどれだけ離れているのかすら検討も付かない。瞬間、復活したばかりの肉体がまた崩壊し始めた
「なにが……!?これは……龍の魔力が身体の構築を妨害している。まずい……分解しないと!」
肉体の壊死は痛みに耐性があって尚、耐え難い地獄であった。打ち込まれた龍の魔力を分解するまでに何回も死んだ。
攻撃のカラクリは分かる。打撃に魔力を乗せていた、それだけだ。だがあの龍の魔力は異質だ。同一個体から出しているにしては余りに乖離し過ぎている。まるで龍とは別の存在の二つの魔力が混ぜ合わさって溶け合っている。
「ハァハァ……」
魔力による耐性妨害。言うほど簡単な事ではない。だがあの赤龍は一目で我の力を看破したのだろう。そしてそれがどの程度のなのか推し量った。つまるところ、この恐ろしく高度な技が赤龍にとっては様子見程度の小技だと理解した時に、我は計り知れない恐怖を感じた。
強い弱いなら兎も角、一目で他者の能力の看破など、どれだけの戦闘経験を重ねたら可能なのか。武を極めた達人は立ち振る舞いや僅かな仕草で正確に相手の力量を予測出来ると聞くが、この赤龍もどれほどの高みに立っているのか。
少なくとも封印から解かれ、全快には程遠い今の自身の状態での勝機がどれほどあるかなど考えるまでもない
最強種族として君臨する龍は戦闘力は極めて高いが、この個体は不自然なまでに高すぎる。この我をここまで圧倒出来る存在────。一瞬伝説の龍王アーカーシャの存在が頭をよぎるが、まさかそんな訳はないと頭をふる
彼の龍の始祖は既に数千年前に我ら鬼の始祖である夜叉姫と共に果てている。しかし唯の龍と言うには強すぎる。ならば何者か?龍王の眷属たちの力を継いでいると考える方がよほど合点がゆく。
そんな存在と真っ向から事を構えるなど、それこそ命が幾つあっても足りないと自嘲した
「《 鬼に逢うては鬼を斬り、神に逢うては神を斬る》」
戦うか逃げるか。僅かな考える時間すら相手は与えるのを許さないようだった
「《我が名はアーカーシャ……龍王アーカーシャ也!》」
亡者を或いはこの世の万物全てを灰にする地獄の業火をその身で体現させた赤龍は左右対称の大きな翼を広げて天に向かい雄々しく吠え上がった。
空気が物理的な圧でギシギシと軋むのを初めて見た。赤龍は眼光を光らせながら、こちらの出方を伺っているようだった。
ならば、と。我は正面からではなく側面の森の方へと飛び込んだ
「《おいおい、悪いが逃げるのは……無しだ》」
地形を活かして逃げようとした。木々に紛れ、森で気配を殺せば、或いは────
だが、高速で森に入り込んだにも関わらず龍の視線は我の事を瞬き一つせずに捉えて離していなかった
我と龍の視線が交差した。腕を無造作に振るう。
それだけで我がいる一帯の森がまとめて消し飛んだ。拳一つで地形が変わるとは、いよいよもって笑うしかない
「ゲヒヒッ……精々その馬鹿力を誇るがいい!」
だが地を潰されたのは悪い事ばかりではない。立ち込める砂煙は完全に我の姿を龍から隠してくれるからだ。
砂煙に乗じて不意を突ける。逃げの一手と思い込んでいるなら尚更だ。我は龍がいる場所から死角になる所へ煙を突き抜けた
「な!?」
一瞬言葉を失った。煙から出た我を待ち構えていたのは巨大な拳だった。まるで此処から出てくる事を知っていたと言わんばかりに
「なんで、貴様ぁ…まさか未来が読め……!」
ありえない。だが、そうでもなければこの行動に説明がつかなかった。しかし赤龍の瞳はそれを無機質に否定した
「《違う。煙越しにずっと見えていたんだよ》」
音速を容易に置き去りにしているであろう拳が二度目の衝撃を我の身体に打ち込んだ時、駆け巡った衝撃は身体中の臓器を破裂され全ての骨を粉々に砕いた
「あ……が………!?」
身体が内側より爆散する。比喩などではなく本当に身体の内側より爆発が起こったかの様に膨らんで風船のように割れた。
勇者の持つ神話的概念武装や魔王の持つ無限魔力のような副次的な強さとは違う
種もしかけもない純粋に生物としての能力値がかけ離れ過ぎていて勝負にならない。無慈悲なほどに話にならない
「《……どこの不死身の用心棒だっての。スプラッタ映画さながらの光景を間近で見せられる奴の身にもなってくれよ。ゲボ吐きそうだ》」
四方に霧散した肉片が集まり構築されていく我の姿を見て龍はげんなりした様子で顔を歪めた
「ゲヒ……ゲヒヒッ……認めよう。貴様の方が強い。だがそれでも我は殺せない」
その表情に微かな生きる可能性が見えてきた。
死なない。たったこれだけのアドバンテージでやはり相手はなす術が無くなってしまうのを実感する。
今までにも我を殺せる英雄豪傑たちなら幾らでもいた。だが我を死に沈め続ける事はついぞ誰も叶わなかった。
「そうだ!貴様は絶対に我には勝てないのだ!
好きなだけ殺すがいい。そして己の無力を知れ!」
今の言葉に龍の表情が明らかに曇ったのを見逃さなかった。愕然とした龍は瞳を大きく見開きながら俯いた
「《………》」
「ゲハャヒャヒャ!貴様が殺した分だけ、他の奴に償って貰うさ。精々気が済むまでやってみろよ!」
「ゲヒャヒy…」
鼻を突く死の臭いが一際強くなった。
ブォォン!空気を切り裂く音が聞こえ次に視界が反転した。我の上半身だけが引き裂かれ宙を舞っている。
視界の端に龍の長い尻尾が写った、尻尾が我の身体を両断していた
「貴、様ぁ……無駄というのが」
呪い殺すように睨みつける我の身体をそのまま尻尾が鞭のように振われバラバラに切り刻んでいき、残った首だけをボール遊びでもする様に尻尾の上に器用に乗せた龍は酷く不快そうな声を漏らした
「《五月蝿いのよ、お前》」
「《全く。力任せに戦うからこんな奴に嘗められる。見てられないから代わってあげるわ。》」
「《……どうしたの?待ってるんだから早いとこ再生しなさい。力の差を教えてあげるわ》」
首から下が復活していくのを漫然と龍は眺めていた。肉体が万全になるまで待つ気なのか?
先ほどまでと明らかに纏っている空気が異なる。まるで中身が他の誰かと入れ変わった別人の様だ
さり気なくスキルとか出してます。後々説明できたらなって感じです