8話目-㊶
投稿1週間頑張ったので、今回みたいな毎日投稿は一旦お休みです。
膨大な時の流れにより、今は失われて久しいが霊薬を創る技術をかつては錬丹術として確立した者がいた。名を水銀という。彼は数多くいる渡航者の中でも一際多くの命を救ったと云われている。
かつて獣亡之戦を引き起こした最上位魔獣の一体アスクデミックの権能『万病息災』によって当時失われた大陸に住んでいた3人に1人が蔓延した疫病により死亡した。あらゆる生物の生存領域を大いに削った厄災を終息させた救世主の1人である。
今では文献も殆ど残っていないが彼の偉業を称え忘れないように、アナシスタイルのガリア連邦のとある地域では、今も彼の名を冠するモノが多く存在する。
シチーの水銀の踊り子は地面を抉りて破壊線を描いた。アレクセイが迎撃の為に撃ち放った多種の魔法のその全てを踊り子が貫通する。
その勢いのまま、アレクセイの身体を僅かに掠る。
「厄介だな、それ」
「この子は私たちスペンサー家の秘宝よ、お前ごときに壊せるものか」
「一筋縄じゃいかねーか。だがよぉ、勝つのは俺だ。」
「bad.口だけじゃないというのなら見せてみなさい」
踊り子の形態高速変化は攻防共に隙が無い。
鋭利な刃に変化して高速駆動する。物理防御しようにもダイヤモンドですら切断することが可能なこの攻撃を物理的に止められる手段をアレクセイは持ち得ない。しかし必ずしも防御イコール攻撃を受けるとは限らない
「ほらよ」
攻撃こそ最大の防御である。シチーの四方からアレクセイの土属性の魔法が遠隔で発動する。質量攻撃に特化した攻撃。しかし攻撃に回っていた筈の踊り子が球体状に変化して、彼女を守った。恐るべきは敵の攻撃より先んじた展開速度だろう。
「この程度の策なんて興醒めね」
「早とちりしてがっかりしてんじゃねえよ。それは自動で受けに回っている。じゃあ同時にこれも防げるか?火焔貫通中級魔法」
ギルド長アレクセイは用心深い男である。万が一にも最高位冒険者と戦うケースを仮定して様々な算段を常に立てている。
シチーの踊り子の防御能力を突破するのは極めて困難だ。アレクセイは上級魔法以上の火力を有してはいないのだから。
だがこの踊り子の弱点として一度この膜状の防御形態へ広がった際、その形態では防げない攻撃、つまり威力差若しくは複合攻撃への即応が出来ない事を看破していたのだ。
高速形態変化の要は圧力だ。こうも広がった状態から展開時と同じ速度での変形は不可能。
つまり、面ではなく点による攻撃の貫通魔法は踊り子の防御能力を瞬間的に上回ったのだ。
「……」
「ちっ、今ので頭なら終わってたんだがな」
シチーの右肩に開いた艶やかな穿穴を見て、下卑た笑みを浮かべるアレクセイ。対してダメージを歯牙にも掛けずシチーも嘆息する。
「そっちこそ一発当てたくらいで勝った気になるのは気が早すぎるわよ」
「強がりだな。テメェは負けるよ」
先程と同じく四方八方からの土属性の質量攻撃。躱し続けるのは難しく、シチーは大きく上に飛んだ。
「バカが。みすみす上に飛ぶなんて殺してくれって言ってるようなもんだぞ」
「そうね、だからちゃんと考えてるわよ」
宙に浮いて僅かに滞空するのを狙いすますが、それに追従した踊り子を大きく蹴ることで、シチーは軌道をアレクセイの元へと変更する。繰り出すは落雷の如き飛び膝蹴りである。
「マジかよ!」
高い身体能力に裏付けされるだけの自信を持つアレクセイをもってしても、この攻撃は受け切れない。咄嗟にそう判断して身を捩る。
完全に回避したにもかかわらず頬を風圧がカマイタチのように鋭く切り裂いていた。
「接近戦もできるなんてこれまでの情報にはなかったな」
「魔法頼みなんてあるわけないでしょう。冒険者なら武の心得くらいあって当然。」
踊り子がシチーの体表を覆っていく。攻防一体の最終形態。的が大きく広がらない以上、どれほどの策を弄しても最早アレクセイの攻撃能力がメルクリウスを突破することはない。
「近接戦闘が本領ってか。じゃあこっちも見せてやるぜ。遊びは終わりだ」
アレクセイは魔法ではなくスキルを持っている。エナジードレイン。触れた相手の魔力を奪うといった恐ろしい力を効果である。
ミリアス・アンクタスとディートリーたち3人の激闘は城の一部を粉々に粉砕していた。いや、寧ろこの程度で済んで暁光なのかもしれない。この4人の戦いに巻き込まれてたら死傷者の数は増大していただろう。
大きく入ってくるその隙間風にミリアスは僅かに身震いをする。
「流石にヴァイキングの幹部3人だ。幾ら私でも分が悪かった」
「ご、謙遜を……。私たち相手に、ここまでしておいて」
「実際強かったよ、お前たち3人は。ここまでデキる奴らを相手したのは久しぶりだ。5分も足止めを食らったからな。私以外のキリングバイツの最高位冒険者たちとならもう少し良い勝負をしていた可能性もある」
「かない、ませんね、まったく」
戦斧の柄にその身を突き上げられながら、ディートリーは血を吐いて笑うしかなかった。戦いは一方的であった。仮にも同じ最高位冒険者が戦ってここまで手も足も出ないものなのだろうかとさえ思う。
「あの話、やっぱり受けるって、だめですか」
「……どうしようかな。」
意外な事にミリアスの高い能力値の中では最も感知能力に特に秀でている。個人の魔力の細かな流れはもとより、自分を中心としてバルディアを広範囲に魔力感知さえ行える。この規模は
あらゆる条件を整えたアヤメに次ぐレベルだ。
「魔物たちも奮戦しているね。思いの外、冒険者たちが苦戦している」
「だとしても、魔物たちが勝つことはない。そうでしょ」
「たしかにお前の言う通りだ。全滅が早いか遅いかの違いでしかない。」
恐らく今日中にバルディアの魔物の大部分は討伐される。主力が消滅したら後は掃討戦に移行する流れだ。
そしてヴァイキングの戦力も大きく失われたが、それでもまだ半分以上は健在なのだ。仮にアーカーシャなるこの地を支配する王が今更現れたとしてなんになる。それも数十万の屈強な冒険者を相手に。完全に機を逸している。
今にして思えばそもそも本当にそんな奴がいるのだろうかと疑問にさえ感じてしまう。
予感である。この提案を受けたら後悔するという妙な胸騒ぎが時間を経る事に強くなっていく。ミリアス自身何かとてつもない見落としをしているのではないかと魂が理解しているのだ。そしてそれは正しい。
「あ」
「怖いのが近づいてきてる」
上を見上げた。そして予感は確信に変わる
「悪いがその提案を受けない。」
「まだ足りないと、強欲が過ぎますよ」
「いや、もう幾ら積まれてもダメだ。この瞬間から私たちキリングバイツはこのバルディアと如何なる理由があっても敵対しない。」
まだそいつは来ていない。ミリアスの並外れた感知能力の未だ外にいるのだろう。だが落下する巨大な隕石の存在を知覚できるように。ハッキリとミリアスはその存在を捉えていた。
「あなた何を言って」
「本当に同情するよ、お前たち。あんなのと敵対するなんて、正気とは思えないな」
ズンッと空気が重くなり冷え込んだ。何かが来たのだ。途轍もない計り知れない何かが今このバルディアの上にいる。
それを理解した全ての生き物がその瞬間に上を向いた。戦いの熱気は瞬時に冷え込んだ。魔物も冒険者も誰も彼もが等しく彼を見上げた。天空の1匹の神々しい龍を。
その姿にある者の目には光が宿った。ある者は咽び泣いた。ある者は絶望した。ある者は膝を折り祈った。ある者は。ある者は。ある者は。
「GIAAAAaaa!!!」
雪のように白く美しい龍は、その静寂を破るように酷く怒り狂った叫び声を上げた。冒険者たちは瞬時に理解した。あれこそが魔物たちが口々にしていた王だと。だとするなら自分たちが今とんでもない過ちを冒してしまったのだと気付き恐怖に震えて動けない。
アーカーシャは彼の民と土地を傷付けた者を決して赦さないだろう。知らなかったでは済まされない。もう取り返しはつかない。逆鱗に触れてしまったのは誰の目にも明らかだ。
ここから先に戦場はない。戦いになる者がいないのだから。待っているのは粛々とアーカーシャの独壇場のみである。
少しでも面白いと思ったら応援してくださると幸いです!