8話目-㉚
ここに一冊の創作の書がある。超高校級の発明家である白痴が現代の者たちに対して自身の作った物を情報として保管している商品目録だ。特に言葉は刻まれてはいなかったが、白痴の遺産を使って悪しき者を倒していけと我は判断した。
眼前に広がる数百の魔女。見たところ手こずりそうなのはいなさそうだ。まあ相手は魔女とはいえ人間だ。あの数相手に乱暴に止めに入ると、何かの弾みで殺してしまうだろう。甘いかもしれないが出来るだけ平和的な解決を試みるのが良いだろう。創作の書を開き、現状打破の一手を模索する。
「《数が多いし、うーん。こういう時は、あれでも無い。これでもない。いいもんみっけ。テッテレー!ウルトラとりもち〜》」
作品No.121『ウルトラとりもち』
作品説明:投げつけて当たった相手を拘束する超粘着性のある物質。投擲速度に合わせたホーミング機能もあるので、空の上からクソを垂れ流す鳥類共もお手軽捕獲。さあ、今夜は親子丼だ!
鳥に鳥黐って確か鳥獣保護法違反だったよな?まあ魔女に使うからセーフってことで一つよろしくどうぞ。胃袋の中に入れている金貨の山から創作の書に投入していき、ウルトラとりもちを取得する。よし、使ってみるか。魔力で敵を捕捉。目標をセンターに入れてスイッチ。
「ヒャッハー!遠慮なく壊しちまえー」
「いや無理だろ。魔導師どもめ!妙な防壁魔法を張りやがって。ウチらの攻撃全部防がれてるぞ、これ」
「いつかは壊れるさ。だが油断するな。そろそろ魔導師のお守りをしている三大騎士どもが出張ってくるぞ。だいぶ仲間も散らばってるし、一旦集まって……」
「は、ハムラ様!ウオウの所が全滅したみたいです」
「……なに!?」
「エイのとこもだ!右の方に行ったやつはこれで壊滅だ」
「ハムラ様!?あれ……なんか上の方から降ってきて、うぎゃあ!」
「今のはなんだ!くそっ回避しろ!」
今ので8割は片付いたかな。パーフェクトゲームまであと僅か。とりもち便利すぎだろ。アーカーシャの膂力で投擲すればほぼ回避を許さないし、当たれば敵の動きを封じて、尚且つ我より弱い奴なら魔力ごと抑え込める。残りもちゃちゃっと片付けちゃいますかね。
ーーー
格闘技とケンカは違う。距離の取り方、攻撃や防御の技一つ取っても、格闘技は理論と実践に裏付けされたものだ。対してケンカは個人に蓄積された経験則と生まれついてのセンスの比重が大部分を占めるだろう。理合などあるわけもない。
「己、随分と不合理な戦いをするな?
今のもそうだ。避けれたはずだ。なのに攻撃を受けた。俺を舐めているのか?」
「戦い?バカを言っちゃいけねーよ。こいつはケンカだ。ケンカってのはド突き合いするもんだろうが」
「ふん。とことん救えぬバカだな」
最高位冒険者No.75 ハドラー・アルカン。"喧嘩屋"の異名を持ち、前職は裏世界の取り立て人。
彼は生まれつき、常人より筋肉密度が常人の数十倍もある。身長が190に対して、体重が199kg。努力で行き着く数字ではない。もうこれだけで彼の身体がどれだけ特別なのかが分かるだろう。
魔力や魔法、或いはスキル。そういった特殊な力に依らずとも純粋な腕力の強さだけで人間より遥かに強靭な肉体を持つ他種族をねじ伏せられる数少ない特例。
「おらよぉ!」
「ふんっ!こんなものが、効くかぁ!」
同格の最高位冒険者と言えど、彼と純粋な殴り合いが成立する存在は両の指で足りるだろう。だがハドラーの眼前に立ち塞がる寅の面の男ロロカールも頑強の一言で済ませられぬほどの特別であった。
ロロカールは仮面の集団マスカレイドの中で異形の怪物アンタレスと唯一殴り合いが成立する豪傑である。
「「ッシャアァァ!!!」」
一進一退。激しくロロカールとハドラーの拳が打ち付け合う。殴り殴られ、正しく拮抗している。
「へへっ、いいね。やっぱ良いよなぁ ケンカはよ」
「ふんっ!小蝿が!喚くな」
ロロカールのラリアットを受けて、ハドラーの身体が風車みたいに何度か回転する。直ぐに重心を落として、体勢を立て直────。すのを許さずに、その巨大から繰り出せる速度とは思えない目を疑うほどの瞬発力で、ハドラーの腰に抱きついて、ロロカールはそのまま相手を抱えたまま壁に突撃し自分ごと叩きつけたのだ。
まるで数トンはある大型の魔導車両が生み出したような破壊力。更に倒れたハドラーの顔面を叩き潰すように更に拳を何度も叩き込む。どちらも即死しても何らおかしくない。
数撃の合間に、今度はロロカールの顔面に蹴りがめり込む。
首がもげるほどの破壊力。思わずたじろいだ所を見逃さずに追撃をかける。ロロカールが常人の頭蓋骨がひしゃげるほどの張り手を見舞い、ハドラーを吹き飛ばす。
「な、めるなよぉ」
筋肉と筋肉のぶつかり合い。筋力はほぼ互角に近い。
しかし、僅かにロロカールの方が優勢と言えた。体格で勝る打たれ強さのせい、ではない。原因はたった一つ。ハドラーは黄穂との戦いで消耗していたのだ。
「ふぅ、効いたぜ 今のはよ」
「下らん。己はバカのようだからハッキリ言ってやろう。俺の力は痛みを糧に。肉体や精神に負荷をかけるほど強くなる。分かりやすく言えば、己が俺に攻撃すればするほど俺は強くなる。更にこうすれば、己は絶対に勝てない」
「その構え、お前修道士か」
修道士。聖職者の一つであり、肉体の秘めた聖気の修行を修めて己自身を研鑽する求道者。聖騎士や聖兵と異なるのは、戒律により『刃物を決して扱わない』という戒律があるためだ。武器としていいのは己の手足のみ。
ロロカールの身体からまるで湯気のように白い聖気が立ち上る。間違いなく、先ほどよりも格段に強くなってるだろう。
「その上で一度だけ言う。隠している力を使え。挑発ではなくこのままなら俺が勝つぞ。100%な」
「あれは、なんつーか、俺の趣味じゃねえんだわ。」
「愚かな考えだ。虎は死して皮を残す。人は死して名を残すという教えが我が宗派にある。だが人が名を残すには何か偉業を成すしかない。
しかし大抵の人間は何もなせない、残せない。だから無意味なんだよ。今のお前の無駄な意地と同じだ。生き方にこだわり、戦い方にこだわる。ボロボロになってまでそこに何の価値がある。何の意義が。」
「四聖霊 双虎を崇める宗教か?変な悟りを開いてこじらせやがって。無意味がどうとか無価値がどうとかよ。
渡航者の1人、"悟りし者"はこういったぞ。
生のみが我等にあらず。死もまた我等なりってな」
「どう言う意味だ?」
「知らねーよ。
このケンカが例え無意味で無価値でも、有意義だってことじゃねーのか?」
「聞いて損をした。しからば死ね。」
「死なねえよ。誰もな……
ケンカにも限度があっからよ」
激突までの数瞬、互いに思考する。そしてハドラーの初手は前蹴りであった。腹部に炸裂し、強化されたロロカールが悶絶するほどの威力であった。
「捕まえたぞ」
ロロカールは腹部の筋肉の圧を高めて、捩じ込まれた足を引き抜かれないように締め上げる。態勢を崩されたハドラーの足を掴み取り、布切れを壁に叩きつける要領でハドラーを持ち上げて何度も叩きつける。
「ああ、狙い通りだ」
左足でロロカールの顎を揺らす。掴む手が緩み、足を抜け出すが、宙に浮かぶハドラーの身体を丸太より太い両腕が挟み込む。凄まじい圧の鯖折りである。それは鋼の筋肉に覆われたハドラーの身体をもってしても、骨がギシギシと軋むほどであった。
数秒後グギリっと鈍い音がした。
鯖折りに対しての肘からの打ち下ろしが首の根元に決まっていた。それで決着だった。
「楽しかったぜ」
「この、俺が、こんな奴に……」
ロロカールは吐血と共に膝から崩れ落ちて、視界が地に沈んでいく。それで決着であった。
色付き魔導師である赤空花と曜日の魔女の1人玉兎の戦いは蓋を開けば一方的であった。1人は地に伏していて、もう一方は立っていた。
戦闘に長ける魔女とそうでない魔導師。どちらがどっち側かなどと言うまでもない事であろう。
「そんなもんか、魔導師。粋がってた割にはこんなもんか。こんなもんだよな、お前らなんて」
「自分に、なにが」
「教えるかよ、ば〜か」
皮膚に発疹や痙攣発作。目と胸に痛み。ライカンである自分が立つだけでもやっとなほどであり、呼吸も満足にできない。気付かぬ間に毒を盛られたのかと彼女は推察する。
《耐性が極端に下げられたことで酸素中毒に近しい反応が起こっている事を確認しました。自動で鎧を展開。酸素の圧を適時調整します》
自立型汎用魔導具玉手箱により事なきを得る。しかし未だに苦しい状況であるのは明白だ。
曜日の魔女である玉兎の有する呪いは"対象の有する耐性の低下"である。この呪いが発動した時点で回避する方法は無い。
敵の身体に直接効果が現れるからだ。
今のは酸素を取り込む耐性が下げられたものだ。潜水などの高圧環境で、酸素分圧が高くなれば酸素中毒を起こすのに近い環境が地上で再現されている。
「ありがとう、たま」
「便利なもんだな、魔導具ってのは。
動けるのか、それで」
「自分の作った最高傑作です。当然です」
朦朧とする頭で思考する。指先を一つ動かせるのもやっとだ。呪術を克服する術はない。如何に玉手箱を使って凌いだとて、僅かに時間が延びただけだ。結果は覆らない。
ライカンの本能が伝えてくる。勝てない勝負はせずに逃げろと。
(0番を使うか、いやここでは被害が大きすぎる。なら、どつやって、どうすれば)
「調子に乗んなよ。ならこれは防げるかよ!
ブラックリリィ!お前の血の耐性を低下させろ。」
「雪先輩、アカシャ様。自分に勇気を下さい」
言葉に反応するように、首に付けていたチョーカーに埋め込まれた宝石が輝いて突然発動した。
No.200『オルロフのチョーカー』
作品説明:あらゆる魔法や呪いに対して効果を発揮する。その効果は贈ってきた相手の強さに準じるといったものだ。
「……呪いが弾かれた?バカな。どうやって。私の呪いは無敵のはず」
「魔女、いや玉兎。お前は強いよ。
でも、言ったはずだ。魔女なんてアカシャ様がいたら余裕ってな。アカシャ様たちがいる以上負けない」
「自分の勝ちだ」
忘れられがちであるが、赤空花の肉体は火になることが可能である。纏っている鎧の右手が赤くなる。属性魔法の一つ火を極めし魔導師赤空花の火力は魔導師屈指である。5本の指に圧縮された炎の小型竜巻が集まる。
「耐性を」
「不知火」
爆炎の拳が魔女を灼いた。
ちょっとした設定
渡航者白痴は不幸を呼ぶ宝石ブラックダイヤモンドのオルロフを基にオルロフのチョーカーを作っている。