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8話目-⑳

バルディア大山脈の南西部のイピロス山岳地に集められたのは、有象無象の魔物たち2万数千。対してそこを攻める冒険者は8万。防衛有利が通説とはいえ数だけでも4倍近い差だ。そしてなによりも致命的なのは、寄せ集めに近い魔物たちは寡兵であり決して士気も高くないことだ。猛者揃いの冒険者たちと比べたら練度と強さも言うに及ばず、他の戦闘地域よりも実質的な戦力差は殊更大きく広がっている。勝負は始まる前から決していると言っても大袈裟ではないだろう。



そんな中、冒険者たちは山岳地帯を迂回はせずに踏破して一気に魔物たちの本拠地に迫る狙いであった。

それを見透かすように、一つ目の山の頂上部分には急拵えの小さな砦が設置され行路を阻んでいた。



「何だ。あいつら。あんなボロっちい砦でこの数を迎え撃つ気とは、やっぱゴブリンだな。あんなんで守れるつもりかね」



「油断するな ドビー。先日スケルトン如きと侮った結果、あの租水たちが不覚を取った。罠があると考えるのが自然だ。油断は足元を掬われるぞ。」



「いや だってよぉ、ワカバ。

あれは同規模の軍勢と策が嵌まったからとも考えられる。だがあいつらを見ろ。ゴブリンとコボルトが主力でどう見ても数合わせの数百程度だぞ。命令に忠実に従うスケルトンたちとは根本的に違う。」



「山頂部分にあんなお粗末な拠点を築いて、それで少しでも防げると勘違いしてるなら、侮るなって方が無理だ。寧ろこうなるとスケルトンたちの戦いも何かの間違いでああなっちまったって疑いたいところだぞ。」



「……始めるぞ!勇み足を起こすなよ」



先日の戦闘からの得体の知れない不安感が拭えないワカバは、慎重に部隊を展開するように指示を下した。





子供程度の腕力しかない小鬼(ゴブリン)より弱い冒険者はまず存在しない。そしてその認識は間違っていない。

当然最弱のゴブリンの狡賢い習性を知らずに駆け出し冒険者が不幸にも返り討ちにされるケースも少なくない。だが確率にして0.1%未満。それも管理局が制度改正前の話だ。現在討伐任務はCランク以上でしか受けられないシステムであり、更には冒険者の教育や保護が課されるようになった。

職業柄冒険者が今もなお死亡率が高い環境であるのは間違いないが、少なくとも改正以後はゴブリン討伐失敗による死亡事故は唯の1件もあがってない。



「ワカバ 俺の言った通りだったろ?あいつらヘボイ矢を少し撃っただけで、結局俺たちにビビって作った砦も捨てて逃げやがった。魔物なんて所詮あんなもんだって」



「そうだな。負傷者数名は出たが、死亡者無し、被害は極々軽微だ。しかし油断を誘ったケースも考えられ……」



「だから用心深過ぎだって!」



「……」



山頂部分に作り上げられていた砦とも言えぬゴブリン共の簡易拠点は拍子抜けするほどにあっさりと冒険者たちに奪取された。

抵抗らしい抵抗も殆ど見られず、やった事といえば包囲されるよりも早く蜘蛛の子を散らすように我先にと無様に逃げた事だろう。



「この程度の防衛力なら、案外今日で一気にこの山岳を突破できるかも知れねえんだ。ガンガンいこうぜ」



そしてワカバ団長が指揮官を務める8万の冒険者は意気揚々とこの険しい山越えに挑む事になる。人は勝って成果を上げている時には疑わない。これが魔物たちが綿密に張り巡らした罠であり仕組まれた勝利であると気付くのはもう少し先である。


ーー

ーーー

「メルレイ団長が二つ目の砦もとったぞ!またしても被害は0だ!」



ーー

ーーー

「今度はオスロー団長が3つ目の拠点を取りました!所詮はゴブリン。我らを止められませぬな!」

ーー

ーーー

嬉々としてワカバの耳に届いていた勝利の報告は日が落ち始める頃には、流石に煩わしさを感じる様になっていた。奪取した拠点の数は既に20を超えていたからだ。結果で言えば連戦連勝である。だがそもそも敵はマトモに戦っていない。ゴブリンたちは少し防衛を行い、少しでも守りが揺らげば撤退を繰り返すのでまともな戦果を挙げているわけではない。半日が経った時点で流石に魔物の意図に多くの冒険者たちも気付き始める。



「おいワカバ 俺たちどこまで進めてる?」



「予定の半分も進んでいない。戦うたびに俺たち全員の足が止まっているからだ、この異常な拠点の数。間違いなく魔物たちは時間稼ぎが目的だ。」



「遅滞戦術か。で、どうする。お前の深読みは結果的に敵の思惑通りってことになるが、強行突破か迂回か」



「俺の失態なのは分かってる。少し考える時間をくれ」



バルディア大山脈南西部のイピロス山岳は1000m級の山々が延々と連なっており、魔石灰岩で主に出来ている。山岳地帯は存在そのものが天然の砦だ。ゴブリンとコボルトたちはそこの山頂に陣取り拠点を作ったのだ。山々の数だけ拠点があるとするならば、突っ切る為には無数の拠点を突破しなければならない。

そして先に進めば進むほど、構築された防衛拠点は厳しい断層に囲まれた険しい傾斜で守られる物が増えてきている。

最初の拠点ほど容易に攻略はもう出来なくなっていたことをワカバは理解していたし、強行突破を行い無駄な損耗は避けたいとも考えた。

だがここで一つの懸念が浮かび上がった。先の見えない無数の攻城戦をし続けるのは練度が決して低くない屈強な冒険者たちをしても戦いを繰り返す度に焦りと見えない疲労からくる苛立ちを蓄積させており、これ以上の遅れは内側の方から瓦解すると。

で、あれば、多少時間はかかっても山越えは諦め迂回路を進む。



「これからは魔物たちのやり方には付き合わない。情報では敵は寡兵。敵が山脈一帯に防衛線を敷いているなら、山沿いに大きく迂回して足を進めるぞ。」



そしてワカバたちは、最短距離である山越えを断念し大きく迂回する形で山路を征くことになる。これまでの遅れを取り返そうと目論んでいた。そしてその動きを把握したアヤメは漸く口角を上げた。



『なんだ、思ったより堪え性が無いな』



ワカバの読み通り、山々は短期間で徹底的に改造されており、奥に進めば進むほど掩体壕や要塞化により攻略は困難になる様に設計されていた。だが仮に冒険者たちが数と力頼みで強行突破を試みた場合にはそれなりに手痛い被害を被ることになっただろうが、突破することが出来たのだ。

なぜなら無数に思えた防衛の要も実際残すは20もなかった。しかしアヤメは必ず冒険者側が徒労ともいえる消耗戦を嫌がり迂回すると察していた。



『フェンリル。始めなさい』



山越えほどでは無いにせよ、整備されていない山道はそれだけで険路である。人の身では歩くだけでも消耗するし、個人の体力の差により、隊が少しずつ間延びしていく。仕方のないことだ。その機を見計らったかのように、一斉に山々が遠隔で爆破された。その結果どうなるか。雪崩の様に大規模な地滑りが起きたのだ。

土流に飲み込まれ、八万の集団は一斉に中隊と小隊に強制的に孤立したのだ。目敏い者は瞬時に緩斜地を見つけそこに避難しようとしたが、無情にも予め仕込まれた罠の餌食となっていた。



「なにが起きたんだ。誰か状況確認を」



冒険者毎イピロス山岳一帯を吹き飛ばすという余りに常識外れの一手に現場は大混乱の様相を極める。状況が飲み込めぬまま態勢を整えようとワカバは奔走しようとするが。

直後に突如一つの影が冒険者たちが構えた陣形の真ん中に落ちた。水底を爆破した時に上がる水飛沫のように冒険者たちが宙を舞っている。


爆発の中心から煙が少しずつ晴れた瞬間に誰も彼もが理解した。震える言葉で誰かがその正体を口にした"悪食"のフェンリルと絶叫しながら。



「殺し過ぎるなと仰せつかっている。だからそれなりに手を抜いて適当に間引いていくから、勝手に生き残ってね」



フェンリルの臀部には長い尻尾が生えており、振った尻尾が枝分かれし始めるとそこから無数の口が開き始めた。

尻尾が高速に蠢くと瞬く間に周囲の冒険者たちを食い散らかしていく。AもBもCもそんな肩書きはフェンリルにとっては等しい存在だ。

フェンリルがそのまま移動しながら捕食を開始すると、数秒でその場所から何十何百の人の姿が瞬きの間にみるみると失せていく。



「に、逃げろ!フェンリルだ!」



「ひぃ」



「誰か」



「助けギャ!」



「恐がらないでいい。死ぬ順番が来ただけたから」



フェンリルの強さはこの大陸の冒険者たちなら誰もが知っている。絶対に手を出してはいけない魔物として余りに有名だからだ。そして災害地に包囲され逃げ場を無くした冒険者たちは、フェンリルと遭遇した端から壊滅的被害を被る事になる。



「な、なんで。だってコイツにはテリトリーのアケメネス高原に干渉しなければ大丈夫だって」



「言ってる場合か!こうなれば戦うしかない!皆、力を貸してくれ!」



「応っ!!!」



ワカバは即座に数百の冒険者をまとめ上げて、態勢を整えていた。そしてそのまま有する全ての火力を味方を巻き込んででもフェンリルに向けて放ったのだ。

それは点では無く面による攻撃。速さなど関係なく必ず当たる命の存在を許さない猛火の雨が降り注いだ。


限界を超えるほど魔力を振り絞り、数十分にも及んだワカバたちの持てる全ての攻撃を叩き込んだ事により、辺りは粉塵が舞い上がり煙の中心はクレーターが出来るほどの巨大な火柱が立ち上がっていた。

直ぐに姿は確認出来ないが、或いは、と思った。最強名高いフェンリルとはいえ一介の魔物なのだ。この攻撃で無事であるはずがないと。



突如として火柱が何かに飲み込まれる様に消えて遅れて煙が突如尾で吹き払われる。悠然と現れたフェンリルをみて全員が戦慄した。



「20点。あまり美味しくないな。返すよ」



理解出来た。フェンリルはあの滅びの火を全て食べたのだと。そしてその溜め込んだエネルギーを全て放出すると言わんばかりにワカバたちに対して地面を軽く踏みつけた。それだけである。津波の様な熱波がフェンリルを中心にして巻き起こり全てが焼き払われてしまう。



悲鳴の一つもあがらなかった。ただ、その圧倒的な強さに誰もが戦意を失意の底までへし折られた。こんな化物に勝てるわけがないと。フェンリルの今の動作で8万のうちの3割近くが焼失していた。辛うじて生き残った者たちも我先にと一目散に逃げ出し、最早集団として戦う機能は失われていた。



「ゲップの一つで全滅するなんてガッカリだ。もう少し骨のある相手はいないのか?」



壊走する冒険者たちを見てフェンリルは思わず本能的に狩りをしようと体が疼く。追撃に意味はないが殆ど無意識に尾を振るおうとして止めた。そんな隙を晒していい相手じゃないと本能で察知出来たからだ。



「シーラ?俺はさっきまでヴィンテージのワインを楽しもうとしてた筈だ。なのになんでいきなりグラスホッパー君に拉致られてこんな所に送られたのか説明くれ」



《トニー!Sランク冒険者は基本的に本軍で待機だけど、その目の前の強い狼さんが万が一暴れた時は、トニーが止めるって事が全会一致で決まったみたい。それでだよ》



「当事者抜きの全会一致ってなんだ?」



トニー・アダムスが冒険者たちを背に立っていた。隣には奇妙な鎧を来た人物もいた。そこでフェンリルは初めて戦闘態勢を取った。



「君たち強いだろ。名前は」



「……」



「俺はトニーでこっちはグラスホッパーだ ワン公。

此処で知り合ったのも何かの縁だし今日は仕切り直そう」



「……」



フェンリルは明後日の方を向き、撤退している残りの冒険者に視線を向けて、そこから先ほどよりも速く尾を無数に振るった。



「おい!」



トニーの右手にはいつの間にか黄金で装飾された銃のような武器が握られていた。その武器が火を吹くと、無数の尾を全て撃ち落とされる。



「あれが見えている?というよりは感じているといったほうが正しいか。僕を相手にした殆どの敵は今の攻撃を見ることすら敵わないんだけど。やるね おじさん」



「おっさんをあんまりなめんなよ。言いたかねぇが今が1番脂がノッテるんだからよ」



《トニー!それはただの中年太りってやつだよ!》



本気で言ってるのか冗談で言ってるのかもわからない程、トニーは自然とそんな言葉を吐き出した。

そこからトニーとフェンリルの影が同じ速度で動いて激突した。




地の文今回は多いせいか五千字ありますね。もう少し手軽な文字数を意識したい。

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