8話目-⑯
略奪者たちの王とバルディアの魔物たちの前哨戦とも呼べる最初の戦況報告を各支部長たちから聞いて、流石のギルドマスターアレクセイも怒りより先に困惑という感情が先に来た。
一般的な下級冒険者でもスケルトンに勝つことはそう難しいことではない。戦闘に長けた中級冒険者なら負けるほうが難しいくらいだ。そう言われてしまっても仕方ないくらい下級スケルトンという存在はか弱い。
油断したという理由だけでは到底説明が付かない誤算と損失。
「下級の骸骨相手に先遣隊一万が壊滅状態?おい ディートリー。いったいどこからが冗談なんだ。笑う所が見つからねえから教えてほしいんだが」
No.13ディートリー。"鍔鳴り"の二つ名を持つ最高位冒険者にして、ヴァイキングの副ギルドマスターを務める彼女はアレクセイの圧に当てられて萎縮する周りの支部長たちとは違い、顔色一つ変えずに述べる。
「どうやら冗談じゃないようです。アレクセイ様。しかしシチー様、ベイビー様両名の活躍によりスケルトン一万の殲滅に成功したから問題ないのでは?」
「結果的にスケルトン如きでこっちの限りある手札が2枚も見られた。敵の戦力はまだ未知数にも関わらずな。
魔物の情報が出揃うまであいつらは極力温存し投入させないように厳命した筈だがあいつら揃いも揃ってなにをやってんだ?」
一言間違った言葉を発したら確実に死ぬと思わせる。いや、確実にそうなると確信が出来るほどに、今のアレクセイからは強く怒気が溢れていた。
押し黙る支部長たちに代わり再度ディートリーが諌める
「言葉に拘束力はありません。無視されてしまえばそれまでです。ブルーノート様に私から頼んでおきましょう。彼は真面目ですからね。きちんとみんなをまとめてくれる筈です」
「しかし今後もあのような戦局に陥った時に更に犠牲が増す可能性がありますが、その辺りの展望はどうお考えですか?」
「必要な犠牲だと割り切る。組織を預かる者として能力がある方をより重宝する。それで多少犠牲が増えることになっても、替えが効かない最高位を万が一にでも失うことはできない。何か間違ったことを言っているか?」
「心に反発を招く恐れがあるかと」
「そうだな。だがこの発言に関して妥当な理由以外で撤回はしない。感情論は無しだ。敵は組織的に備えている。ある程度後手に回るのもしょうがない。で、あるなら話を先に進めるぞ。
この地一帯の有力な魔物の数が全て纏まっていたとしてどの程度の戦力と考えられる。」
「多く見積もっても、7,8万程度かと」
バイデが答えると、アレクセイは広げられた地図を指差し、全員の視線が集まる。
「情報を整理して、確認出来た敵の本拠地と見られる城はこの辺り。今俺たちはバネテス平野に布陣している。このまま進路的に直進するとラガシュ森林にぶち当たる。魔物たちがあれだけ備えてたんだ。此処も防衛線が敷かれてるだろう。」
「だが今回の調査とこれまでの依頼での情報を照らし合わせると、魔物たちが集まり小細工を弄する時間はそう多くなかったはずだ。なら戦力を各8万の三軍に分け戦線を広げさせ突破を目指す。
編成は各支部長たちに任せる。以上だ。」
「部隊編成に数日要するかと思いますが」
「時間をかけるのは得策じゃない。今日1日で全部やれ」
「それは幾ら何でも無茶では。」
「無茶でもお前なら期待に応えてくれるよな、バイデ?」
「‥‥‥当然です」
こうして略奪者たちの王は三つの大部隊となり、バネテス平野を入り口としてバルディア各地へ侵攻することになる。
当然アヤメはその変化を一早く察知し、命令を下す為に策を練る。
『この動き、多方面から戦端を拓くつもりなのね。二つ、いや三つか。1箇所なら守りを固めるだけで済んだのに、これだとどれが主攻が読めないわね』
『どうしますか?スケルトンはまだ10万ほど残っていますが正直最高位冒険者たちの対抗策はまだ』
『わかってる。だけど何もしないわけには行かない。"屍たちの墳墓"の全軍を先ずは三つに分けて対応を‥‥‥』
『待ってください。この地は我らの地です。オレたちの命も使ってください』
『確カニナ。ナゼラーズ達ダケヲ使ウ。我々ノ力ハソコマデ信用サレテナイノカ?』
『‥‥‥何のためにこの戦いをしていると思う』
『?無論この地を侵犯した冒険者に勝つためです』
『ならどこまでやれば勝利と言える?冒険者を一度撃退しても次がある。敵対者を皆殺しにするまでか?』
『勘違いしちゃダメよ。魔物に必要なのは勝利じゃない。権利なの。それにこの冒険者ギルドはかなり大きな組織よ。そんな所にヘタに勝ったりなんかしたら、それこそ此処に住む私たちの勢力は危険過ぎると判断され、全冒険者ギルドの的にされて排除されかねない』
『言ってる意味が分からない。なら勝利を目指さない戦いでもするというの?』
『敵を打ち負かすだけが勝利じゃないって事を言いたいの。
初戦で力を示したのは此方と武力で事を構えるのは得策ではない相手だと分からせるための一つの事実として欲しかった。
ベターはどちらもそれなりの犠牲を出しつつ痛み分けという形で機を見計らって双方が交渉のテーブルに着く。そして互いに納得できる着地点を見つけることね。
トーチカたちの話を聞く限り、このマナジウムが狙いのようだし、話し合う余地は十分にあると思うのよ。』
『なるほど。そこで交渉して国として認めてもらうと?』
『それは性急すぎるしギルドに訴える意味がない。主張ってのはただすればいいものじゃないの。順序良く着実に一つずつ権利を認めさせていかないと反発を招くとアーカーシャ様が教えてくれました。
最終目標は当然この地を私たちの国として生存圏域を構築して認めてもらう。でも手始めにやるべきは冒険者ギルドや外部からのバルディア一帯への干渉緩和からね。』
『ただ先程も言ったけど、交渉は対等でなければ成り立たない。相手は自分達が有利だと思ってる間は絶対に話し合いに耳を貸さない。だからこれからの戦いは相手が不毛だと思えるほどの消耗戦をすることとなる。』
『その点我々アンデットに死という概念はございません。時間はかかりますが浄化されない限りは復活しますからな。失うものが事実上無いということになります』
『アーカーシャ様の名代を務める者としてお前たちの命を守る義務が私にはある。わかってくれるな』
『‥‥‥それはアヤメ様たちだけで出来ることなの?』
『できるできないじゃない。やるのよ。絶対に』
『アヤメ様の考え方は分かった。だがオレたちはこの地に生きる者として戦う責務があると考える』
『そうだな。アヤメ様が何と言おうと俺たち全員も戦う。』
『なっ‥‥‥!』
『当然ダ。』
『‥‥‥言葉の意味わかってる?大勢死ぬことになる。本当の本当に、分かっているの?』
『それ以上の気遣いは彼らに対する冒涜だと僕は思うよ』
『‥‥‥』
翌日。
ラガシュ森林防衛塁。八万を迎え撃つは昆蟲族を中心とした1万2千とスケルトン軍団5万。
ヒッタイト草原。八万と向かい合うは猪頭族を中心とした4万強とスケルトン軍団5万。
山岳一帯を天然の城として用いた。八万と相対するのは多数の部族達による2万5千と魔狼が一頭。
「思ってたよりマトモな戦いになりそうだぞ。ショジョウ」
「大父様に喜んで貰えてるようで、私も大金をはたいた甲斐がありました。」
その戦いを遠くから見つめるは、赤い燕尾服を基調としたノーフェイスの仮面の男。キルヒ・I・ラスバブ・クラウンであった。