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8話目-⑧

もう随分と昔の話だ。マビルと云われる姿形が兎に近い獣人たちがこの大陸の彼方此方で暮らしていたのは。

"灰"を冠する魔導師を筆頭に今でこそ多種多様に存在する"魔法薬"だが、その前身を形として最初に創り出して人間に知識として最初に伝えたのは他種族と比べてもかなり友好的だった彼らであり"森の薬師"と呼ばれ人々にも親しまれていた。


そんなマビルの一族はある頃を境に表舞台からぱったりと姿を消してしまった。

一説では、マビルの心臓が人間に対してのみ万病を癒す効果をもたらすという根も葉もない噂が流布したことに起因する。

そんなバカなと一笑に付す者たちもいたが、やはり信じてしまう者たちもそれなりにいた。そして突如として人間たちによるマビル狩りが行われた結果、その数は大きく激減した。生き延びた少数も今では散り散りになり、このアナシスタイル大陸ではおよそ最後のマビル族であろうマギルゥ・マビルは詰まる所、人間という種族が大が付くほど嫌いであった。



「おぉ〜! 蕾が膨らみ始めてる。今度は満開で咲くかな?」



行く当てのなかったマギルゥがこの地に来てはや1ヶ月が経つ。新参者ながら魔導師にも引けを取らない森の知識は重宝され、魔草の栽培と調剤を専任するという大役を龍王の代役を務めるアヤメから直々に与えられたのは暁光という他ない。



「んがーダフ この辺りには青の魔石の粉末撒いといて。あっちは黄色な。頼む」



「ワカッタ。」



一体の昆蟲族が地面から音もなくマギルゥの元へ這い出てくる。



「うおっ!ババンももう帰ってきたんだ。流石に早いね。もうこの山脈一帯の果実の種集めてきたんだ」



マギルゥは大地の魔力がどれほど影響を与えているかババンに調査を依頼していたのだ。

少しだけ得意げに彼はコクリと頷く。ババンから種を受け取り、取ってきた地区毎に分けてそれを順番に一つずつ齧っていく



「んがー。3区の種が1番魔力の含有量と質が高いな。

じゃあババン。今度はそっから腐葉土いっぱい集めてきてくれるか?」



指で丸を作って了承したババンが勢いよく地面に潜水して姿を消した。



「力仕事してくれる労働力があるとラクチンだなー。

さてウチは調薬でもしとくか、んがー?アヤメ様から念話だ」



念話とは高度な魔法技術を用いてる思念伝達とは異なり、魔力を通しやすい昆蟲族の魔力糸を至る所に張り巡らすことで、糸を通して疎通を可能にするというバルディア独自の通信手段を確立したのである。残念ながらこの地が異空間へと変貌し、魔力濃度が他よりも濃いから行えているのも一因なので、条件的にも他で一般化するのは大分先の話となる。



「どうしました アヤメ様?

……分かりました。直ぐに王城へと向かいます。

でもウチの足だとそっちまで結構かかりますよ?え、近くに設置してる転移魔法陣の場所を教える?

分かりました。ではそれを使って直ぐに。」



魔迷宮屍たちの墳墓には階層毎に転移魔法陣が設置されていた。それをアヤメはこの地一帯に極秘裏に再配置していた。

マギルゥが見つけて使用すると王城の転移魔法陣を管理する地下道の一室に出現する。当然悪用された場合を想定して、腕利きたちも配置されていた。



この部屋を守護するのはガイアセクターであるバギラとパンゲラを含めた昆蟲族と猪頭族の精鋭10数名で徹底管理されている。おずおずとその脇をすり抜ける。



「すっげぇ便利だな、これ実用化されたら運動不足になりそう」



マギルゥはくつくつと笑いながら、部屋を出てアヤメの元へと向かうために長い階段を駆け上がっていく。

王の間に辿り着いた時にこの場に似つかわしくない存在と目が合って一目で状況を理解してしまう。



「あれもしかして」「嘘。もう滅びたって話だったけど」

「マビル族の生き残り……」「僕驚きっぱなしでもう何が来ても驚かない自信があるわ」



口々に人間たちがマギルゥを見て何かを口にしているが、露骨に彼らの存在を無視して少しだけ睨みつけるようにアヤメに視線を向けて端的に問いかける。



「ウチに人間を助けろと?」



「そうよ」



異空間を創り上げた黒の妖精アヤメは土地と融合の進行度合いに合わせて肉体が成長していた。かつては手の平サイズだったが今はマギルゥよりも少しだけではあるが大きいくらいであった。



「んがー……確認させてもらいますが、ふざけてないとしたらこれは命令ですか?」



「知っての通り私はお前たちに対して冗談は言わない。

そしてこれはお願いだ。命令ではない。

この方はトーチカ・フロル。我らが王アーカーシャの半身玻璃様の所属する冒険者ギルドの者です。そしてその彼の仲間たちとなれば我らが客人も同然。」


 

「ウチがここに流れ着いた理由は知っていますよね。そんなお願いきけるわけない。マビルってだけでどれだけの同胞が人間に殺されたと思いますか。なんでウチがこんな奴らを……」



「そうだな。でもその上で言う。この者たちを助けてあげて。」



「お前たちを苦しめた事に多くの人間が関わっていたのかもしれない。でも全ての人間じゃない。この人たちはお前にまだ何もしてない。」



「なんだよその言い方……ずるいだろ。」



「強制じゃないから別に罰しない。無理なら他の手を考えるわ」



それはどこか投げやり的でひどく寂し気な物言いだった。だが仕方ない事なのだろう。ある日突然訳もわからず迫害されて、家族を。友達を。仲間を。みんな殺されて独りぼっちになった。


受けた痛みを相手に返したいと思うのは至極真っ当な感情だ。綺麗事だ。受けた痛みを全て水に流してその相手を助けろ、というのは。そんなバカな話は到底容認できるものではない。やられた方が我慢して助けてやれ?不公平ではないか。やるせなくて思わず握り締めた拳から血が出ていた。




「お願いします。こいつらは僕の部下なんです。

助けて下さい。僕に出来ることなら何でもします。」



ウタが縋るように足元で頭を擦り付けていた。

マギルゥはチラリと倒れている人たちに目を寄越す。既に刺された箇所から蜘蛛の巣のように黒いヒビ割れと血管が浮き出ている。傷の位置が心臓に近いほど危ういのもあるが、毒が既にどれだけ全身を回っているか。一刻も早く処置を施さなければ手遅れになる。



「これ断ったらウチが完全に悪者の流れじゃんか……」



『ルゥー お前は優しい子だよ』



「あぁぁああああ!」



マギルゥは地団駄を踏んだ。誰を憎めば良いのかも分からない。行き場のない感情がその行動の全てに込められていた。



「1番この城で清潔な部屋はどこだ……やってやる。ウチがこいつら助けてやる。

お前らも来い。手伝ってもらうぞ」



「あ、ああ!」



マギルゥは胸をギュッと掴みながら、少しだけ苦しそうだった。不安を和らげるように、恐怖を受け止めるように、そんな言葉を吐き出した



詰まるところ、確かに人間嫌いではあるが基本的にマギルゥという獣人はお人好しだった。困っている者を見過ごせない。それが例え自分たち一族を我欲で滅ぼした憎い人間であろうとも。

マギルゥは目の前の命を救う為に直ぐに行動に移し、冒険者たちを引き連れて王の間を出た。



「トーチカ。貴方は残って

今の状況で聞きたいことがあるのでしょう?

此方も貴方に確認したい事がある。」



「そうだな えっと‥‥‥」



「アヤメだ。こうして面と向かって話すのは初めてだな。アーカーシャ様の代わりにこの地を管理する役目を与えられている。ところで‥‥‥なぜお前も残っている」



アヤメの問いかけにどこ吹く風と魔狼は笑った



「仲間外れは傷付くな。僕も混ぜてよ。」



「ふぅ、構わない?」



「問題はない」

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