8話目-⑦
この魔物は某日アケメネス高原に出現。当時その地を含め広大に支配していた一つ目鬼族を一夜にして滅ぼし、高原に君臨する。高い戦闘能力を有していることからその時点での討伐指定度はAと認定された。
後日、本対象とは無関係の依頼でこの地に踏み行っていた複数の冒険者たちを襲撃及び殺害。依頼遂行不可により多大な損害を受けたことにより、管理局は複数の冒険者ギルドに対して特別対策チーム構成を指示。
300名を超える大規模パーティで対象の駆除を試みるも反撃に遭い壊滅的な被害を被った。
これにより対象をS級に認定。また、片目が強力な魔眼である事を確認する。対象をフェンリルと呼称する。
以後3度に渡って作戦を行い、その全てが失敗に終わる。これにより管理局は本件を断念。バルディア一帯を特別指定危険区域として設定する。
これがトーチカを含む冒険者たちが知っているおおよそのあらましである
「俺たちはどこに連れて行かれているんだ?」
「うん?あー僕たちの王様の城。まあ王様は今外出てるから不在だけどね」
王様とはアーカーシャのことを指すのだろう。仮にそうだとしてなぜこれほど強力な魔物を従える必要がある。だとしたら何の狙いがある。玻璃は何をしているのか、トーチカの中で幾つかの疑問が深まる。是が非でも話をしなくてはならない。
更に草をかき分けて奥に入っていく。
しかしトーチカ以外はこのままノコノコと魔物について行っていいのか、戦わないにしても逃げるべきではないのかと冒険者たちは顔を見合わせていた。何人かは既に可哀想なほどに血の気が失せてしまっている。
冒険者は魔物を殺す。だが逆はないのか?
考えがよぎる。生きたまま腑を食われた冒険者がいた事を。陵辱され拷問され嬲られ続けた冒険者がいた事を。
酷い話だとは思う。だが今にして思えば自分たちがそうはならないとどこか他人事のように思っていたのではないだろうか。
実際にその可能性が出てきて、そうなる覚悟をして来た者たちが一体今この場でどれだけいるのだろう。
「そうそう。あんまり僕から離れないでね。まだ死にたくはないでしょ?」
つまり、これから向かうであろう地獄でどういう目に遭うのか、想像もしたくない恐怖に駆られ、一部の冒険者たちは正常な思考が既にままならなくなっていた。故にフェンリルのその脅しは的面に効いた。
恐怖が起爆剤のように炸裂した。
「嫌だぁぁ!死にたくないいいぃぃ!!!」
誰の声かは分からない。だがその絶叫で既に臨界点に達していたブラウン班の班員3名とウタ班の班員2名が突き動かされるように闇雲に逃げ出してしまった。
「なっ……」
それを見てフェンリルが慌てて動き出そうとする。だがそれを同時に阻んだ男がいた。
「待ってくれ!あいつらを見逃してくれ。」
声を絞り出したのはトーチカだ。しかしフェンリルの方がどこか焦りを見せていた
「馬鹿!止めるのは僕の方じゃない!
ここは魔死雀蜂の巣があるエリアなんだ!」
魔死雀蜂。魔死蠍と並ぶほどの強力な毒針を持つ蟲型の魔物だ。どれくらい強力かというと個体能力値はそこらの虫と変わらない癖に刺されると飛竜ですら昏倒してしまうほど不釣り合いな毒を持っている。脆弱な人が刺されたらどうなるかなど口にするまでもない。
それでも正常な判断能力を有している高位冒険者なら難なく退けられる程度の脅威であるのだが。
果たして正常な判断能力を有していない錯乱状態で、魔死雀蜂の巣に突っ込んで無事で済む者などいるだろうか。
「ぐぎゃあああ!!!」
「助けてぇ!」
案の定5人は大群に襲われてしまう。その数は膨大としか言いようがない。ハイネと班員のニーメル。ウタ。ブラウンの4名が殆ど同時に動き出して魔法術式を展開する。
ハイネは剣技の手数を四重に増やす魔法。
ニーメルは石礫を弾丸にする魔法でそれぞれ雀蜂の数を効率よく減らしていく。
ウタは炎をまるで自分の手足のように自在に操り焼き払っていく。
ブラウンは咆哮に物理破壊を付与して蟲の群れを吹き飛ばしていく。
その腕前は確かなもので連携しながら数千数万の魔死雀蜂を速やかに駆除していく。見事なものだ。しかし、それでも5人を4人で守り続けるには1人足りない。当たり前である。圧倒的な数の暴力を前にするなら尚のこと。
「ウタの奴らのとこがフリー!カバー!」
「そうはいっても!ハイネ班長!これ私たちもわりかしいっぱいいっぱいですって!」
「これはちょっと疲れるなぁ」
「このっ!僕がっ!」
突然地面から黒い砂が舞い上がった。
トーチカの発動した魔法によるものである。"強力な魔力磁場を生成して操作する"という力を有しており、磁力と異なり、物質の磁性を問わずに全ての金属と非金属を操る事が出来る。幅広い影響を及ぼすこの力で、トーチカは黒い竜巻を形成して魔死雀蜂のみを消し飛ばして行った。
「強いね、流石は王の朋友」
凄まじい魔法の制御力だとフェンリルは感心したように目を見張る。
殲滅し終わった後に班員たちの回収を試みて近付く。全員に毒による症状が見られた、
「うっ……うぅ」
「全員何箇所か刺されてる!やばいぞ!解毒剤は!」
「もうやったけど手持ちの毒消しじゃ効かないみたいだよ これ!」
毎年何人もの冒険者が毒により命を落としている。故に毒の危険は冒険者なら全員が知っている。そしてだからこそ対策として抜かりなく毒消し草やポーションを持っているが、これが対処として意味をなさないのなら更に高位の癒しが使えるエキスパートの僧侶や修道女に頼る必要がある。だが1番近くの町ですら、30キロ以上先である。当然今から向かっても毒が回る方が早いので間に合う筈もない。
「実に業腹だけど、全員僕につかまれ。全力で城まで飛ばせば可能性があるよ。アヤメ様!客人が刺された!解毒に知識がある奴らを用意して!」
『把握した。こちらで何とかしよう。二分で来れるか?』
「一分で着く!」
迷っている時間はなかった。冒険者たちはすぐさま魔狼の背に乗る。フェンリルが地面が爆ぜるほどの速度で一っ飛びで山々を越えて魔物たちの根城へと向かい始めた。
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