8話目-①
この世界において最も多くの富が集まるのは何処だろうか。どこかの強い王の元にか?否。かつてはそんな時代もあった。ではどこかの大国にか?否。かつてはそんな時代もあった。
でも今やこの世界は渡航者や魔導師たちにより、常に変革の波に飲まれている。そして現在の前提として、忘れられし大陸エクリフィスを除く5大陸(アナシスタイル、ティムール、エルガルム、ミューヒンラフィーネ、セグレット)全ての通貨が統一されている。そして大陸間の移住が自由であるという点だ。
人が行き交うということは、経済が発展するということに他ならない。人が集まり、物が集まり、富が集まり易くなる。物流を支配する商業・職人ギルドに多くの富が流れることになるのは自明の理であった。
物を作れる人より、その物を高く売りつけられる人の元に更に金が集まりやすかったのは何とも皮肉な話であるが。
つまるところ、最も富を保有しているのは、今や商業ギルド連合。つまり『商会』なのだ。
商業ギルド『モーガン・モルガン』会長兼『商会』理事の1人。その名は玉頼。
小国を容易く傾けるほどの富を持つ人間であり、現に彼女の怒りを買った小国は経済が完全に破綻し結果的に国が解体された事がある。その悪名高く轟く二つ名『傾国』を持つ彼女には、知られざる二つの裏の顔があった。
一つは世界最大の犯罪組織ブレックファストのNo.3インカラという顔。そしてもう一つが謎の仮面の集団にてショジョウという顔であった。
玉頼は今回、管理局を通さずに有力な冒険者ギルドや冒険者に対してのみ秘密裏なコンタクトをとっていた。
故にこの場に集まるはそれに応じた名だたる冒険者たちということになる。
「……くくく。商会の理事の掛け声ひとつでこれだけ集まるとは、全くどいつもこいつも冒険者ってのは本当に金が大好きだな、ええっ!?
表面上はクリーンにやって俺のギルドを金の亡者とかバカにしてた癖によぉ、ダセェなぁ〜」
その光景を眺めて耐え切れなくなったのか突然下卑た笑いを零したのは、"略奪者たちの王"ギルドマスターアレクセイであった。
その言葉が癇に障った者もいたはずだが、彼の実力の高さを知る者も多く敢えて誰も反論はしなかった。
それにどこの冒険者ギルドだろうと、討伐依頼に関しての死亡率は決して低くない為、優れた人材確保は常に急務であり、その為に他所よりも待遇に差をつけたり特別に色を付ける冒険者ギルドが増えているのが正直な話だ。故に人件費によりギルドの財政は慢性的に逼迫しており、多少怪しい話だろうと金になる話には食い付かざるを得ない。
「マスターが変わってお忙しい黄昏の血が来ないのは分かるが、殺し回る狩人。あんたらの所は無償で討伐依頼を受ける奴も多いと聞く。どういう風の吹き回しだ」
「お前に教える必要ある?」
「つれないな。三大ギルドと呼ばれる者同士仲良くしようぜ?」
「しない。お前のことは嫌いだ。だからもう私に話しかけるな」
明確な拒絶であった。殺し回る狩人のギルドマスターミリアス・アンクタスは心底軽蔑する眼差しと共に吐き捨てたが当然、その行為は気が短いアレクセイの導火線に火をつけていた
「あぁん!?悪りぃ、もう一回言ってくれや。ちゃんと聞こえなかったみてぇでよぉ〜〜〜」
「……うるさいな、お前」
「「……」」
一拍を置いてアレクセイとミリアスが互いの武器に手をかけてほぼ同時に打ち振るう。
「やめろ。ガキじゃないんだから」
その攻撃を間に入り止めた男がいた。
三大ギルドの傘下に入ってはいない。怪物たちの檻という弱小ギルドにいながら純粋な実力で高位冒険者として名を連ねるトーチカ・フロルが魔力強化した肉体で受け止めていたのだ。
「どけよ。今の攻撃緩めなかったらテメェごとぶった斬ってたとこだぞ」
「意外と気が遣えるんだな。ならもう少し周りにも配慮してくれ。略奪者の王様。あんたもだ狩人の女王様」
「ケッ、萎えたわ」
「……ごめん。」
トーチカが仲裁が終わると同時にタイミング良く扉が開けられた
「今日はお忙しい中、よくぞ皆様集まってくれた。
何やらお取り込み中だった様だが、早速依頼の話をして構わぬかな?」
深い緑を基調とした衣装に大袖は金糸で刺繍されている。結われた髪の毛に刺された笄に身につけている首飾りや耳飾りや玉飾り、その身につけているどれもが豪華絢爛。一つ一つが国宝級と言って差し支えないだろう。
どれだけ潤沢な富を持っているのかおおよその見当もつかない。
全員が席に着くと、最高級の茶葉が出される。彼女は香りを楽しみながら口を開いた。
「実はこの大陸の北部にあるバルディア大山脈の地下にはマナジウムの鉱床が広がっている可能性があるという情報が入った」
「マナジウム?」
「くっくっく、これだから情報に疎い田舎者は」
ミリアスが小首を傾げると、アレクセイが小馬鹿にした様に笑う。少しだけ殺気が張り詰めるが先ほどの二の舞になるのは避けたいトーチカがすぐに答える
「マナジウムってのは超魔力伝導物質だ。世界で皇国のみが独占している資源で、使途は不明だが聖騎士たちが身につけている"天装"の動力源マナドライブの触媒として使われている……っていう説が有力だな」
「ただでさえ一騎当千の聖騎士が天装を使うと、その強さは最早無敵に近いって話だ」
「然り。噂に尾ひれは付きものだが、だが私の知り得る限りその戦力を保有する皇国という国はおよそ全ての戦争で負けた経験がないのもまた事実。ならばその不敗の秘密を少しでも商会は解き明かしたいのだよ」
「……ようするに採取や採掘の話か。じゃあ私は抜けるよ。てっきり討伐の話を無償で頼みたいから管理局通してないと思った」
「ミリアス殿。そう話を急くな。
この場に集まった者たちには調査を頼みたいのは確かにその通りだ。だがこれは何処にも知られてはならないのだ。まず知っての通り、あの場所は管理局が指定している危険区域。強力な魔物たちが犇めいている。
だからといって大規模戦力で行くと管理局を通して、皇国にマナジウムがあることを気付かれてしまう。そうなってしまうともう手出しできない」
「皇国以外のマナジウムの意図的な取得は禁止されているから当然だな」
トーチカが補足するように言うと、玉頼が頷く
「その通り。皇国と揉めるなど論の外。
だからこその少数精鋭よ。」
「ふむ。土地の調査と鉱石の採掘。前提条件として強力な魔物にも対処できる実力が求められるってことかな」
「然り。この調査の依頼に関しての報奨金は一人当たり大金貨500枚。そして採掘の依頼はマナジウムを持ち帰ってきた者には追加でキロあたり大金貨5000枚で応じる」
「まじかよ。とんでもねえな。欲しいものに関して金に糸目をつけないって聞いてたが、それほどかよ。俺は受けるぜ」
アレクセイを皮切りに全員が話に乗っていく。一人を除いて
「……やっぱり私は興味ないかな」
「待て待て待てミリアス殿。そちに抜けられると困る。そうだ。協力してくれるなら特別に管理局や魔導教会に集まる上位魔獣たちの秘匿された情報を根回しして出来うる限り其方のギルドに全て伝える事を約束しよう。金も当然払う」
「そんな事できるの?」
「私の会社は世界一だからな」
玉頼。否。ショウジョウの暗躍により、こうして密かに複数の冒険者ギルドとバルディア大山脈の激突は避けられない事になっていくのであった
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初めての瘴気の現場にショックを受けたアーカーシャはあれ以降少しだけ軽口が減って表情が固くなっていた。
流石に見かねた雪姫が声をかける。
「偉大なる龍王様。貴方もうあれから何日も寝てないし何も食べてないわね。倒れるわよ」
【……】
「食事も睡眠も。本来始祖にはどれも必要のない行為なのだけれど、貴方は別よ。始祖として完璧に顕現出来ているわけではない。
……私の術者としての問題で心苦しい話ですが。なんにせよ貴方には代替として必要な行為な筈です。」
彼はポツリと答えた。罪に苛まれた罪人が教会で懺悔でもするかのように
【目を 閉じるとさ あの兄妹の 小さく寄り添った姿が瞼に浮かぶんだよ。】
「意外ですね。貴方はもっと強いと思ってました」
【そういう姫は流石に慣れてるな。人が死んでも何とも思いませんってか】
「……」
【ごめん。口が過ぎた】
【我は……俺は偶然力を手に入れただけのどうしよもないクソガキだ。今までだってそうだ。考えが足りないから、成り行きで力任せ。
そんなんだから目の前の子供1人助けてあげられない。バカみたいに突っ立って見てるだけ。俺以外がアーカーシャだったら良かったのに】
「……」
正直言葉の意味が分からなかった。ただそれを聞くタイミングでもないし、何より他に言いたい事があるが、雪姫はグッと言葉を呑み込んだ。このままだと感情が胸を突いて全部出してしまいそうだから。だからいつもみたいに冷静に努めて吐き出した。
「気持ちを整理する時間が必要ね。サキ、彼についてあげて」
「なんで私がそんなことを」
「お願いね」
有無を言わさず雪姫は部屋を出ていく。その後は無言の空気が漂い、息苦しくなった牛の人形サキは困ったようにアーカーシャの隣で似つかわしくない慰めの言葉を吐き続ける羽目になった。
研究棟同士が繋がる連絡路で報告書の提出に向かう雪姫は花と丁度鉢合わせる。顔を合わせるのは数日ぶりとなる。
「雪先輩酷い顔してますよ。今回は何日寝てないんですか」
「……報告書の作成今回は多くてね。ほら住民との衝突で魔導師の子たちも何人か亡くなったから……
大丈夫。まだたったの5日よ。私人よりも無理できる体質だから」
「そうやって隊の報告書また全部自分でやって!いつか本当に死にますよ!?雪先輩知ってますか。魔導師の死亡の割合の1割弱は過労死ですよ!お願いしますから、仕事は部下に分担してください。そんなに自分たち頼りになりませんか!?」
「頼りになるから死んで欲しくないのよ」
この2人にしては珍しく妙な間があった。
「……また人が死んだわね」
「そういう仕事です。割り切らないと」
「割り切れないわよ。
私の力不足で今回殉職した尊い魔導師は3名。
下級魔導師 ロベルト・スとランド・リー
それと見習い魔導師のノノ・メモリア」
「知ってた?ロベルトの子供は最近王立の騎士学院に入ったのよ。騎士として立派になった子供の姿をきっと見たかったはず」
「先輩」
「ランドは最近結婚したの。彼の奥さんのお腹には子供がいる。彼女はこれから1人で子供を育てなくちゃいけない」
「……」
「ノノは7年前亡くなったナナ・メモリア中級魔導師の妹で、将来の夢は姉の夢だったシャオ一族初の色付き魔導師になることだった」
「随分と詳しいですね。
前から思ってましたが雪先輩って意外と親身に人と付き合っていますよね。でもそれってしんどくならないですか。」
花の言葉は正しい。魔導師は他人に対してある程度ドライな距離感であるべきだ。そうでなくても鈍感になるべきだ。例え問題解決に失敗して人が死のうと、それこそ次に活かして失敗せずに人を生かすよう繋げるべきなのだ。そうしなければならない。そうでなければならない。
一々死んだ人がどこの誰で、どういう人だったのかなんて考え始めたらキリが無いし何よりもまた同じ失敗をすることになるからだ。
「そうね。ごめんなさい。こんな話はするべきじゃなかったわね。」
「いえ、こちらこそ出過ぎた真似をしてしまいました」
「花。私疲れてるみたい。貴女の言う通り、少し"冬眠"するわ。だからお願いがあるの。
その間彼のこと任せていいかしら」
「アカシャ様のことを、自分が。」
雪姫にとってアーカーシャという存在は必要不可欠だ。失うわけにはいかないという打算もある。
いや、これは彼女のワガママだ。ただ彼にはいつもみたいに隣でそそっかしく笑っていて欲しいのだ。だが雪姫は彼を励ましたり慰めたりすることがどうにも自分には出来ないと思ってしまった。
だからこそ、最も信頼する後輩の赤空花にアーカーシャの事を任せることにした。
「お任せあれ」
そんな敬愛する先輩の頼みを彼女が断るわけもなかったのであった
ちょっとした用語の補足
冬眠:雪姫は不眠不休で何日も働けるが、その後72時間寝続ける