7話目-⑲
時を少しだけ遡ること数分前、いや数年前?
我はこの異空間ラビリンスに閉じ込められてしまっていた。そしてこのラビリンスなる空間は非常に面倒くさいことこの上ないのだが、どうやら空間が完全に閉じてしまっているらしいのだ。
どういうことかと言うと上と下が繋がり、左は右と繋がっている。更に分かりやすく言うなら、一定の距離を進むとループするだけで、およそ出口と呼べるものが存在せず堂々巡りしてしまうのだ。無限ループって怖くね?
オマケに此処は時間の流れも違う感じがする。1分も経っていないような、100年が既に過ぎたような気もするし、時間感覚が曖昧ミーマインでこまっちんぐって感じだ。
外の世界に出て浦島太郎状態じゃない事を祈ろう。
「《考えろ考えろ考えろ。どうすればプリズンをブレイク出来るのか。くそっ!脱出経路を記したタトゥーでも掘っとくべきだったか》」
「必要なものは最初から揃っているし、望めば叶うのよ。おバカ者ね」
「《……お前はなんだ》」
「昔は"コトアマツヌシ"と呼ばれていた。今はその残骸、成れの果て、と云ったところなのよ。
過去の私様のことはどうでも良い。おバカ者。親切な私様が教えてあげる。此処はヴァイナハテンを擬似的に模した空間なのよ。しかし凄かった私様に言わせれば、余りに稚拙で杜撰。子供の工作にも劣る程度のレベルね。だから‥‥‥」
「《誰だよ、お前。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねえぞ。消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな》」
「……面白い。畏れられた私様を目の前にしてそんな口の利き方をした者は記憶にないな。よいよい、寛大だからな私様は。一々口の聞き方がなっていない子を咎めはせぬ。慈悲の心を持つ私様は赦そう。」
ゾッとするような笑みをニコリと浮かべ、瞬間に我の視界が高速で反転した。それは人間の動きだった。ただゆっくりと歩いてきて殴り飛ばした。それだけだ。
回避出来ない攻撃ではなかった。だが避けられなかった。答えは明白だ。肉体が恐怖により一瞬だけ硬直して動けなかったのだ。
「で、あるならば、色々と懇切丁寧な私様が教えてやるのよ。少しずつ、ゆっくりと、痛みをもって」
「《お前がどこの誰でも良いよ……ただ覚悟は出来てるんだな。人の思い出に踏み込んできやがって》」
「悪魔憑きの子供と会ってからずっと怒っているな。カルシウムが足りてないのよ。
それに私様がこの形を保っている原因は、おバカ者のせいだぞ。この子に逢いたいと願っているからだ。未練がましい。だというのに責任転嫁の八つ当たりは流石の私様も感心しないな。」
「《……》」
「どうしたのよ。 かかってこないの?」
以前に姫が教えてくれた昔話。この世界アルタートゥームの創世記にいた三柱神の話。
開闢 コトアマツヌシ
審判 ディアスマトラ
終点 ニュクスラトテプ
そしてこの三柱神は全員がもれなく悪神であったそうな。具体的に言うとこの三柱神は定められた終わりであると。
"個の存在が世界の殻を破り限界を超えたら開闢が終わりを示す"
"全の数が世界の殻を破り飽和させたら審判が終わりを示す"
"死の意志が世界の殻を破り生の意志を上回ったら終点である"
仮にもコイツはその内の一柱を自称した。だがこの感じる圧は、余りにも不自然だ。強いのは間違い無いだろう。だが最上位ではない。少なくとも、力の総量だけで云えばバルドラで戦った毒魂アナムの方が上だが……
ー
ーー
ーーー
我とコイツの戦いは時間で換算して200時間ほど続いたと思う。そしてその戦いの結果は我の敗北で幕を閉じた。
この世界に来て初めて負けた。真っ向勝負をして。
力も速さも。アーカーシャの方が圧倒的に強さでは優っていた。なのに負けたのだ。完敗した。意味が分からなかった。
「戦いは必ずしも強い方が勝つわけではない。それは、か弱いお前たちがかつてもっともーっと凄かった私様に勝って証明してくれた。
まぁ‥‥‥ただ強いだけだと、何も成せないし、何も残せない。最後は負けて終わるわけだがな。なにせ私様がそうだったからな。」
自虐のような笑みを浮かべながらコイツは我の頭の上で踏ん反り返っていた。
「《ぐそっ……ゼーッ!ゼーッ!なんの、はなしだ。降りろ、よ》」
「この姿が癪に触ったのなら謝ろう。こちらとしても本意じゃないのよ。でもおバカ者」
「《我の名前は、おバカじゃないぞ》」
「アーカーシャでもないのよ……××
私様はそっちの名前の方が好きなのよ。」
「《なんで我の名前を。
前世の、俺が好きなあの子の姿をしているし、お前はなんなんだよ!敵じゃないってんなら説明しろ》」
「敵じゃない。それは私様に誓って……いや、違うな。もう神じゃないんだ。でも誓って悪意はない。
何から話すべきか。まずは、そうだな。驚くかも知れないけど私様は17年××とずっと共にいた。だからお前を害さない。」
「《17年!?》」
いきなりとんでもないカミングアウトだ。その言葉が真実であるなら、我が、俺がこの世界に来るより前から俺と共にいたってことなのか!?
「××が生を受けた時に、我の存在が時空を超えて混じってしまったのよ。常に一心同体だった。病めるときも健やかなるときもな」
待て。それはダメだろ。だってそれだと
「《あああぁぁぁあああ!プライバシーの侵害!ふざけんな!どこまで見てやがった!?まさか俺がムフフな秘蔵コレクションを楽しんでいる時も!?》」
「ん?何を恥ずかしがっている。別に夜な夜な自分を慰めるのもおっぱいが大きな子が好きなのも特別疚しいことではないのよ。お前がこの子を好きな理由も8割方、このおっぱE……」
「《害しまくってんじゃねえかよおおおお!! 喋るな!頼むから!もう喋らないでくれよおおお!!!
穢された!もうお婿にいけない》」
「安心しろ。誰にもやるつもりはないから、死ぬまで私様が見守ってやるのよ。なに。感謝はいらない。私様は持ち物を大切にするタイプだからな」
「《こんの邪神がぁぁぁぁ!!!
そういうのは、大切にしてるって言わねえぞ!執着してるっていうんだよ!》」
コトアマツヌシ。長いので彼女をコトアと略するが、どうやら彼女は大昔に人でありながら唯一神へと至ったとある人物に敗れて肉体を失ったらしい。そして紆余曲折あり、コトアの魂は俺の魂と混ざってしまったとのことだ
しかしこの特殊空間を発生させる特級魔法具ラビリンスそのものの力を利用し、更には俺の記憶を媒介にして、一時的に顕現したようだ。
『折角だから、アーカーシャの技を幾つか教えてあげるのよ。今よりは少しマシになる』
そう提案したコトアとの修行パートが突然始まり、時間の概念が朧げなラビリンスにおいて特訓という名の虐待により死ぬほどボコボコにされたのは言うまでもないし、言いたくもない。なんなら思い出したくもない。
突然空間にヒビが入った時に、出られると思って飛び込んだ。そして外の世界に出られたのであった。
『頑張るのよ ××』
ーーー○×△◇ーーー
「アーカーシャ?母サマ傷つけヨウトしタ……殺サナいと」
悪魔。我の前世の世界では、科学的に存在が立証されていない存在だ。だというのに世界中で見たことは無くてもその存在を強く信じている人が多いという不思議な存在。
化け物と言われて、イメージするのは千差万別だ。だが地獄に関連するものとして挙げるなら恐らく真っ先に挙げられるだろう。人を誑かし破滅させる。悪い存在。
「駄目!友達、傷つけルノハ。
アーカーシャも刃さんも。お前はもう誰も傷付けるな!」
「五月蝿イ!人間風情ガ!俺様ハ大悪魔ネクロフィリアス。人間ノ指図ナド受ケヌ!」
我に帰ったシャーロット君と悪魔が互いに肉体の所有権を争っているようだ。争いは思いの外、拮抗しているようだ。だが肉体の方がついていけてなかった。自壊を始めている
「身体ヲ渡セ!コノママデハ互イニ死ヌゾ」
「それは良い。お前の好きにさせるくらいなら、僕は喜んで死ぬ!」
「コノ、イカレガッ!!」
その目は本気だ。シャーロット君覚悟決まり過ぎだろ。だが我の目が黒いうちは子供をみすみす死なせるわけにはいかない。アーカーシャの目は黒くないんだけどね
「《シャーロット。何も言わずに我に任せてくれ》」
「いいの?」
「……お願い、ネ。アーカーシャ」
我の思いが伝わったのか、シャーロット君はゆっくりと頷いた。肉体を核にして、聖書にでも記されたそうな完全な悪魔の姿としてネクロファリアスが顕現した。禍々しい魔力と邪悪さを発していた
「さっきより更に力が上がって!?どごまでも化け物め」 「U...ooo」
「あんなのどうしようもない……」
フランソワールを守るように、死んだ目をした灰色の髪の色をしただんでーなイケメンと燃え盛る精霊イフリートが悲観したような顔を歪ませた。
「《これが大悪魔。上から何番目なのやら。
どちらにせよ思ったより大したこと無いんだな》」
「フハハ!完璧な顕現だ!感謝するぞ。愚かな龍よ!お礼に貴様には速やかな死を贈ってやろう」
「《AKUMAが調子に乗ってると退治しちゃうぞ。イノセンスは持ってないけどね》」
「魔法を喰ったな?だがこれはそうはいかぬぞ!悪魔の真なる魔法を喰らえ。悪の弾丸!」
ネクロファリアスは散弾銃を手元に出現させ弾丸を数発放った。我の目が攻撃の性質を看破する。
「《なるほどね。その攻撃は物理じゃ防げないし、当たれば心を砕くのか。だが》」
正直食らったところで大した問題は無いだろう。
掌に魔力を圧縮して、その中で弾丸をペチャンコに押し潰した。
「《こうすれば関係ないよね。この程度じゃ"砲撃"や翼どころ顎や爪すら出す必要は無さそうだ》」
「ハッ!運良く一つ凌いだくらいで良い気になるなよ
悪の大弾丸」
「《少し強くて、少し早くなった。でもその程度だとさっきのと大した違いはないな》」
我は何もない虚空に手を伸ばし、ギュッと握りつぶす様な所作を取る。それだけで悪の大弾丸は跡形もなく潰れて消える
「一体何をした」
「《言葉そのものを魔力強化しているのとやってる事は一緒だよ。ただ行動そのものを魔力で強化して事象の拡張を図った。それだけ》」
本来なら物体を知覚し、手で触れなければ物体を握ることは出来ない。だが行動そのものを強化する事で肉体に依存せず事象に影響を及ぼす事が可能になっていた。
つまり、知覚できる範囲に限り、我は今さきほどやったみたいに、物体を触れずに握り潰したり、殴ったりと干渉が可能になっていた。
「《捕まえた》」
「ぐっ!!カハッ……!」
傍目から見ると、ネクロフィリアスが何も無い宙で勝手にもがき苦しんでいる様に見えるだろう。
だが実際には、全身を鷲掴みにしているようなものだ。だがあちらもタダでやられる気はないようだった
「この程度で、勝ったつもりかぁぁ!
悪魔の晩餐」
発動した魔法は切り札だろう。大空に穴が空いた、地獄の蓋を開けるように覗かせたのは巨大な銃口だった。
攻撃の性質を看破する。効果範囲は術者中心に半径500m。恐らくミサイルにも匹敵する威力の大質量攻撃を複数回行える戦術級魔法らしい。
「《流石に大きいな。一息で消滅させるなら、砲撃かな。やっぱ》」
龍の最も有名な攻撃手段。それが砲撃だ。
腹の底に魔力を貯める。我の自前の魔力と姫から送られてくる魔力を融合させていく。
この準備にかかる時間はどんなに急いでも数秒かかるという弱点があるが、砲撃はそれを補って余りある攻撃力を誇る。
だがこのまま撃てば、余波で周囲の街一帯が消えて無くなる。だから効果範囲を絞る。口元に複数の魔法陣をまるで光のリングのように展開させていく。
準備が出来た。収斂圧縮した魔力を砲撃として解放して、射線上の対象に照射した。
「《フレア!!!》」
我の放った砲撃フレアとネクロフィリアスの悪魔の晩餐が激突する。
その威力は、少々強過ぎたらしい。大気圏を大きく切り裂きながら、星の外まで流星のように流れていった。
更新滞って申し訳ないです。バレンタインとか、大まかに決めたプロット通りにいかなくて悩んでました。