7話目-⑰
「ホワイトアクト」
眼前の敵の僅かな所作から高い戦闘力を有していると判断した雪姫が発動した魔法は氷像が無数の獣として襲いかかる魔法であった。数は百。シンプルに量による圧殺を試みたのだ。だが結果は牛柄の女サキの振るった広範囲に放出された光の剣撃で一つ残らず粉々に一掃されてしまうだけであった
「手数を大技一つで潰しますか。やりますね。だったらこれでどうですか。ライノ」
距離を詰めようとしたサキの目の前に先程より遥かに分厚い氷で覆われた獣が現れる。今度は量ではなく質による攻撃に変えたのだ。渡航者たちの世界にいるサイに良く酷似しており鼻先が鋭利な角のように尖っている。サキの振るった剣を角が容易く弾き返していた
「硬い。もっと踏み込みを深くしてみるか」
光の剣が先程より薄く鋭く研ぎ澄まされる。そして次の瞬間、ライノが両断されていた。
(射程距離を短くして圧縮。その攻撃で魔法の強度を最大に引き上げていたライノの装甲を容易く切り裂いてきた。詰められるとマズイ。だったら)
「フリーズ」
近づいて来た敵に対して、雪姫の周囲に展開された範囲魔法フリーズが発動される。点ではなく面で行う攻撃。故に回避は不可能。無論サキにとっては初見の攻撃である。だが彼女の先読みとも言える並外れた直感力が正しい対処に導いた。本能的に1秒だけ全身から蒸気のように魔力を放出するという荒技で一時的にフリーズの効果を相殺したのだ
「これは予想外……」
蚩尤の剣の刀身が迫り、雪姫が氷の籠手で受け止めた。だがバキバキと氷が砕かれ体が浮く。そしてそのまま軽石のように吹き飛ばされる。剣であるにも関わらず、それは斬撃ではなく打撃であった
「魔法に長けてる奴らは幾つか肉体を回復させる手段を有しているよな。だけど共通して中身だけを砕くとあら不思議。治りが遅い。」
言葉途中にサキの足元から無数の鉄柱状の氷が現れる。コンマ数秒であるが、攻撃が届くより先に反応がそれを凌駕していた。剣で迎撃する
「なっ……」
しかし剣の軌道が不自然に空振りした。お陰で氷は直撃し、サキの身体は壁を突き抜けるほどの威力で屋外に放り出される。即死しても何らおかしくない質量による攻撃であった。しかし、それでも尚雪姫の顔は険しい
「いてて……外部からの魔力同調で相手の行動阻害を行えるやつを初めて見た。魔導師ってのも案外やるもんだね」
「こっちもダメージ無しは流石に驚いた。貴女は聖騎士ですか。それも高位だ。技量の高さから伺える強さは3席から5席の間といった所でしょうか」
雪姫の推察に感心したのか態とらしくサキは口笛を吹いた
「正解。元がつくがな。
第四守護者ヴィルヘルム・ヴァン・ヘルシング配下の聖騎士で元3席サキ・ハザマ……自己紹介しちまったな。で、ついでにどうして聖騎士と分かったか聞いても?」
「戦い方や細かな部分でそれらしいのを感じていたけど、1番はそうね。貴女がさっきの攻撃で一瞬だけ聖気を身に纏って防いだから、かしら」
「長年の癖って中々抜けないもんだな……こればっかりはな」
この世界で最強の騎士たちと称される聖騎士に成るにあたり、聖気の資質の有無は絶対条件である。
極々近年まで聖気という力は未知の力であった。
だが解明されてきて分かって来たこともある。
魔力が優れた魂を元に発生するエネルギーとするならば、聖気とは優れた肉体を元に発生するエネルギーということだ。
聖気は肉体にしか作用しない。だが、その作用する力は、魔力による身体強化の比ではなかった。
性別や種族による力の差は大きい。そして魔力がある者とない者で力の差は更に大きく広がる。では聖気を扱える者とそうでない者との力の差は最早言うまでもないだろう。
「……勘違いされやすいけど魔導師は戦闘職じゃない。純粋な武力で真っ向から上位の聖騎士に勝てるのは、筆頭か後は魔導戦隊の隊長と副隊長くらいなものでしょうね。」
「なんだ。泣き言か?なら死ぬ前にスフィアの場所を吐け。そうすれば楽に殺してやるが」
「勘違いさせてごめんなさい。魔導師は上位の魔獣や魔力災害など圧倒的な"力"を対処する事が多いもの。
だから魔導師らしく貴女に対処するわ」
取り出したのは一枚の写真。
雪姫が自身の手で創りあげた試作魔導具の数は実に777つである。その内の一つ"焼き付け"(雪姫命名)は写真機と同じ機構を備えている魔導具だ。唯、撮った現象を稀に取り込むことが出来る。
手に持つ写真は、処理が成功している1枚である。
「初めに言っておきます。ここからは必勝パターンですよ。後悔したくないならもう帰った方がいい。」
「……はったりだ」
「ON」
剣先から光を放ち、刺突しようとする。そして写真が燃え始めた。
雪姫の眼前で剣が突然止まる。それどころか魔力が霧散していく。
「!!」
「この場面は魔光鯨という魔物が持っていたスキルを発動した瞬間を写真に焼き付けたものです。」
「有するスキルは留場。魔力を"場に留める力"。だから、今の貴女みたいに魔力を放出する技とはとても相性がいいの」
「まどろっこしい。だったら直接ぶった斬ればいいだけの話だ」
「ええ、魔力を纏うだけなら問題ないわ。
だから次はこれを使うわね。ON」
サキは距離を潰す為に動いた。だが一向に差が縮まらない。2人の距離は精々数メートル。だがその数メートルが果てしなく遠い。あり得ないことだ。聖気を使用しているサキならば仮に数百メートルだろうが一息で踏破できるからだ。
して魔法とは現実をを容易く改変する。これは"一定の距離を保ち続ける魔法"であった。
「ちか、づけない、だと」
「面白いでしょう?この世界には私や貴女が見たこともない魔法が無限に溢れているのよ」
「だからどうした。場を留める力でお前の魔法だって此方には届かないだろう。こんな事してなんになる。時間稼ぎだ」
魔法の発現は永遠ではない。全ての魔法が時間経過により必ず消失する。だが、時間を稼ぐことこそ雪姫にとっては重要であった
「■■■■」
寒気が走った。雪姫の発した言葉は何の変哲もない魔法文字である。そのルーンを反転させ繋ぎ合わせていく。それは呪詛と言われる、魔女だけが使う呪術と呼ばれる対象を呪殺する際の詠唱になる。
常人であれば耳にするだけで即座に廃人になるだろう。だがサキの脳が聖気により危険に対する理解を拒んでいた
「■■■■」
「なんで、魔導師が呪術を。こけおどしだ」
「■■■■」
「私は知ってる!お前は!特級魔導師白雪姫は!あの日、賢者の石を得た至高天アリシアとの戦いで特級としての力をほぼ失っている。そう!お前にかつての力はどこにもない!今のお前は唯の残りカ……ス」
「■■■■」
この禍々しさ。圧迫感。死という根源的な恐怖。
そう感じ取った時には、既に全てが遅きに失していた。
「……クッ」
サキはその瞬間全力で逃げ出した。だがその行動に余り意味は無い。条件を達成し発動した時点で呪術にとって距離など大した問題ではないからだ
発動の瞬間に雪姫が両手を合わせる。それはまさしく祈りのようであった。
「脱殻 綿詰」
それはサキの理解の範疇を超えていた。いや理解する暇すら無かった。事が起きたと同時にサキの肉体はきれいさっぱりと消え去っていたからだ。煙みたいに。
ーーー
子の着ぐるみを被ったどこか飄々とした男の名はネズ。そして彼が身につける上級魔法具"火鼠の皮衣"はありと凡ゆる力を無効化するという破格の能力だ。こと使用者の身を守るという点において随一の魔法具である
だが当然、例外も存在する。
「ガフッ…!」
シャーロットがその身に宿した悪魔はその例外に当てはまっていた。
既にネズはその圧倒的な暴力の前になす術なくボロ雑巾にさせられた。顔は潰れ、全身の骨も砕かれ、これ以上攻撃されたら間違いなく死んでしまうだろう。
だが彼にとってそんなことはどうでも良かった。
「よくも 母さまを! 赦さない 赦さない 赦さない ぐちゃぐちゃに してやる。
オマエ kロしてやる」
天使や悪魔は、始祖と同じく御伽噺の中だけの存在だと信じている者が多い。
又、天使は神聖で悪魔は邪悪であると思っている者も多いだろう。しかし精霊も天使も悪魔も元を正せば一緒である。彼らはそうあれと願われ思われ託されることで存在している種族だ。その取り払い難い想念により悪魔は悪魔足らしめられている。
それ故に悪魔は『怒り』や『悲しみ』や『絶望』といった感情に特に強く呼応する。
悪魔が拳を握る。そしてその腕を、振り下ろす瞬間に何かが絡みつきシャーロットを取り押さえていた
「amwtpg!!」
『灰』を冠する上級魔導師序列6位灰土刃。その身体を覆う人型棺桶が軽快に構えを取った
武器説明
【蚩尤の剣】
剣の特性を持つ上級魔法具。持ち手により大幅に性能が変わる。
凡人が持つとよく切れる名刀程度。
達人が持つと、射程距離の大幅な増大、対象物以外の干渉を受けないなどの付加効果がある。
また多対一の場合は、数に応じて戦闘力を上げる