勇者様の勉強会
男の子達が帰って来る前、アタシはブロッサム様から別の着物を着付けられていた。アルに何枚も作らせていたらしく、柄や素材に違いがある。気付けることがしたいと言うよりもアタシと話したいらしい。どうやらブロッサム様は何もせずにただ話すのが落ち着かない様子なのだ。
あの事件で胸の傷へ溶け込んだ魔装の影響から、ブロッサム様は歳を取らないという。こちらは最近気づいたらしく若返っているようで、表に出ず自らの役目を後継の育成と位置づけているようだ。彼女が表舞台から姿を消したのも不自然な程に若々しい事や、魔装の技術的利用を隠すという理由に繋がる。アルの意志を汲んでいたり、これからアルやリクアニミスさんが生きていく中で足枷を少しでも減らしたいとの事だ。ホントに孫思いの優しいお祖母様だよねぇ。
アルの研究に関わる話題になり、学術的な話題が深まるにつれ、アタシでは理解が追いつかなくなって来ていた。アタシにはあまり知識がないと気づいたらしく、何冊か分厚い本をアタシへ手渡してくれる。その学術書には印として付箋が付けてあり、そのページを開くと今、最も知りたい内容が記述されていた。
魔装とは……何なのか? 解りやすいタイトルです事……。科学や工学の系統ではなく、どちらかと言うとざっくりした構造理論を記された書物らしい。へぇ……。これで基礎知識なんだ。まず、魔装は生命体ではない。しかし、魔装は神通力という生命体が体内に保有し、外部には無いエネルギーを必要とした。そこで鍵になるのが…アタシも体験した縛心の呪いである。
本来、縛心の呪いは人を生き長らえさせる為、生命エネルギーの移動、転換、定着を行う大規模な儀式を必要とする術式だ。しかし、縛心の呪いが移動、転換、定着できたのは生命エネルギーだけでは無かった。その時期にそれらを利用して行くため、魔法と呪いが区別され始めたらしい。使用する場が変化した頃、学問分野として2つとも学識を記す研究者が既にいたと言われている。
「この記載されている魔法学者の血筋は現存している。アタシも知り合いだから、直接書物を見せてもらえたんだ」
「すっ、凄い……。未だにいらっしゃるんですね」
縛心の呪いは生命エネルギーを吸い出され、死したと思われた遺体にも作用し続けていると記されている。つまり、縛心の呪いとは、生命エネルギーを抜き出すだけでは未完の呪いなのだ。
その後、研究者が発見し着目したのは魂と言う存在。縛心の呪いで生命エネルギーを抜き出した遺体を調べに調べ、辿り着いたのは根拠のない神学や伝承だった。遺体に残っていた物とは? 呪いを解除する様に処理されず、朽ちてしまった遺体。その墓標近くに縛心の呪いが未だ作用し続けている。それが証拠として示された痕跡らしい。
時が経ち、魂が何かは未だ解明されぬまま。それでもその術は使用され続けた。応用として行われる様になったのは、体から生命エネルギーを抜き出し、同時に魂を抜き出す事。その行き場の無かった魂と定義付けた物を高性能な武器へ添加する。これこそが魔装の誕生理由なのだ。魔装は確かに自律している様に見える。しかし、魔装は後に災厄を招いた。……魂は現在の学術研究においても解明されていない。ただ、無形の素体と言われている。比喩的に表せば「記憶」であったり、「心情」と呼ぶ学者もいるらしい。
……アルはそれらの記述の中で気づいたようだ。魂が生命エネルギーと等価の素体であるならば、お爺様がブロッサム様を生き長らえさせる為、自らの魂を糧に魔装と融合してブロッサム様を延命させた。魔装とは……擬似生命体。魂を器に宿し、生命エネルギーを与える事で復活を願う。場合によればせつなる願いだったのだろうけど。蓋を開ければ、大変な事をしていた事になる。後にこの世界のほとんどが戦火に沈む事になったんだから……。
「アルが言うには魂は時間、記憶、心情などのエネルギーや物質的な概念以外に存在する、無形の物の集合体らしい。アタシは魂は年齢と共に減るもんだと思っていたが……。どうやら違う様だね」
「アタシも同じ様に考えていました」
「ふむ、アタシらみたいな一般人には想像もつかん世界さね」
魔装は初期は神器や兵器として用いられた。それは魔装が独りでに動き、動き出せば外見上は生物の様に振る舞うからだ。ただ、魔装には人や生き物の様には持たないものがある。魔装に無いのは複雑な感情や気持ち、いわゆる心と呼ばれる物だ。
よって縛心の呪いは魂を完全には抜き出しきれていない。もしくは最初から魂を抜き出していた訳ではなく、当時の学者も現在の学者でさえ、先入観により魂という概念そのものを取り違えているのか……。
「あの子も躍起になっていたからね。魔装の構造が理解できれば、あの人や弦月を蘇らせる事ができると考えていたらしい」
「それだけお爺様が大切な方だったんですね」
ブロッサム様が比較的薄い学術書を手渡してくれた。生き物に内在し、死と共に失われる魂と生命エネルギーは同一視されたり混同されやすい。だが、定義としては全く異なる。生き物が死を迎えるのは魂がすり減り、力尽きるのではないという事だ。
体内を循環する2種の生命エネルギーにより生物は生き、壊れてゆく。1つは体を維持する為の有機物や無機物などの物質型エネルギー。食物を多量に必要としない生き物はこの条件から外れ、寿命がかなり長い。例を上げるならば女神族、雑鬼族、ハイエルフ族が好例。2つ目は魔力や神通力などの無形で存在が不可視なエネルギー。これらは弱ければ弱いだけ寿命に影響しない。膨大な神通力や魔力量を保有すると寿命を縮める。ただ、神通力はあまり動かさなければ寿命に影響を及ぼさない為、強度が強ければ強いだけ長命となるのだ。これは種族などよりも個人の素質に左右される。
この2つの欠乏、循環する構造が摩耗する事で人は死を迎えるのだ。比喩表現された古文書の抜粋となるが、魂は氷柱の様な物だ。幾年の生を心により形作り、記憶として留め、また欠落して新たな形を作る。この様に人は様々な要素が絡み合って作られる。人生とは決して簡単なものでは無い。単純なエネルギー体と強い感情がだけでは人は成り立たず、不完全な物となる。よって、人を再び作り上げる事は、現段階では不可能なのだ。
魔装は1つの因子により突き動かされている。術を施された生贄の最期……。未練だろう。魂は感情だけではない。不完全な素体には必ず不備を生む。人とて何かを糧に動く構造体だ。それが心を失えば……魔装と同じ。ただの兵器だ。
魂ってなんなんだろぅ。学者様の考える事はアタシにはわかりません……。最後の本、アルが著者であるらしい学術書をブロッサム様に見せてもらいながら、丁寧なブラッシングをしてもらっていた。その内にアルも起き出すだろうなどと言いながら、ブロッサム様は下地の化粧まで施してくれている。ブロッサム様、楽しそうだなぁ。さっきはお祖母様と呼べたけど、それからは呼べずに恥ずかしくてモジモジしている。アルが言うようにブロッサム様は優しくて懐の深い人みたいだ。とても綺麗で羨ましい。長身のスラッとした女性。血も繋がらないし、アタシはお孫さんの嫁という立場だから、こんなに可愛がってもらえるのは……なんか、気恥ずかしくて。
「アンタは10年近くあの子を探してくれていたみたいだね。まぁ、居場所が解らなくて当然さ。あの子はここ数年より前はずっとこもって魔装や機構の研究ばかりしていたからな」
「……やはり、まだ引きずってるんですよね?」
「だろうねぇ。でも、少なくともお前さんを弄ってるあの子は今までとは違うな。昔のあの人を見てる様で、アタシも複雑だったよ」
「そんなにお爺様にそっくりなんですね」
ブロッサム様からしたら息子さんにあたるアルのお父様。彼はブロッサム様曰く、隔世遺伝らしく彼女やお爺様にはあまり似なかったらしい。視線や物腰なんかはブロッサム様にそっくりな気もするけど……。今の工房へ腰を落ち着けるまではお父様は流れの鍛冶師であったらしく、リクアニミスさんもアルもブロッサム様とお爺様に育てられたらしい。そんな事もあり、リクアニミスさんはお爺様のドM成分を受け継いだようだ。お爺様は確かに無口であったらしいけど、優しい人柄でいつも笑顔であったらしい。そうなるとアルはブロッサム様のドS成分を…………。あ、アタシ、ヤバいかなぁ。
ブロッサム様とお爺様も異種族の婚姻。お父様もそうだったらしいのだ。リクアニミスさんのお母様は海の国に住んでいた方で、獣人型魚人種との事。おっとりとした優しい方だったらしい。リクアニミスさんの外観は魚人種寄り。だから割と肌が青白いんだ。対するアルのお母様は火の国の辺境出身で、種族がメタリアと呼ばれていたらしい。活発な性格ではあったが体が弱かったとの事。アルの肌の色はお母様譲りなんだ。そう考えたら勇者の家って色んな血が混ざってるんだなぁ。
アタシが考え込んでいると、何を思ったのかブロッサム様が急に前側に回り込んで来た。悪戯をする子供みたいな表情をしている。ニヤニヤしながら何も言わず、指をクルクル回しながら動かす。するとアタシの下腹部を2〜3度、人差し指でつついて、そのままアタシの唇を軽くなぞってから、意味深な言葉を投げかけてきた。……、考えなくは無いけど。生々し過ぎて反応に困る。とぃぅか、これ、セクハラですよ?
「気をつけなよぉ? あの子に見初められちまったんだ。呑み込まれたら……帰って来れないぞ? 異種族の婚姻はホントに大変なんだよ。食文化とか…もちろん、体の相性とかね」
「あはっ……、あははははははっ……」
「ま、体験したら嫌でも解るよ。下調べはした方が身のためだけどね? そういう専門書、貸そうか? はっはっはっ!」
ニヤリと笑いながらブロッサム様はアタシに先程の話を蒸し返してきた。何故、アタシのプロポーションを知ってるかの辺りだ。情報源は暁月さんらしい。下ネタと言うか、そう言う話好きだなぁ。ブロッサム様もはやく曾孫はみたいのだろう。……と受け取っておく。
アタシに限らず、国家防衛戦力級の勇者は半年毎に健康診断がある。それで測っていたのだ。せっかく綺麗に梳いてもらったのにブロッサム様がアタシの頭を捏ねくり回す。小さな子供を窘めるような表情。……アタシは150cmとちょっと。対するブロッサム様は175cm以上あるらしい。……女神族とは違うけど、ブロッサム様はアタシをマスコットみたいに見ている? 残念ながらそんなふうに見てもらえる程に若くはないけど。
髪を梳き直してもらい、今度は重ねの化粧をしてくれた。……ゴテゴテにはなってないけど、アタシはナチュラルメイクばかりであったから違和感が凄い。鏡を見ながら今までとの差に驚いている。そこにアルが起き出してきた。体に包帯が巻かれているし、いつもそうだけど寝起きでイライラしている。ブロッサム様を見る目は少し機嫌が悪そう。そんなアルへブロッサム様が背中を叩きながら言葉をかけて部屋を出ていく。数日間は無理な動きはしない方がいいとブロッサム様も言ってたし、そのことかな? アルはアタシを見ながら……えっ?! 何その反応っ! 顔! もっかい顔見せてっ! 今、ちょっと赤くなったよねっ!
「アールーっ! どう? 綺麗?」
「いや、そうだな。あまりに…綺麗だったから」
「っ!! う、嬉しい。ありがとう『や、ヤバぃ! キュンってなった!』」
「その着物、俺が作ったヤツだな。想像以上で……」
「オーガ君! シルヴィぃ〜? イチャイチャするのは良いけど、手紙の内容。アレは本気なの?」
「まったくだ、事情が変わったにしても、こんな時にワシや公孫樹を呼びつけるか」
えっ?! 公孫樹ちゃんに太刀海?! 何でここに居るの?
アルが軽く挨拶しながら、アタシとの結婚を報告してくれた。公孫樹ちゃんは呆れた様に手を反しているし、太刀海は豪快に笑っている。2人はアタシをリーダーにする英雄パーティーのメンバーとしてアルに呼ばれたらしい。2人共手ぶらで来ているため、武器も鎧もこちらで見繕うんだろう。それよりも前にタイミング良く、結婚の報告もできたし。
アタシがフラフラと気分よく酔いしれて居ると、真っ直ぐアタシへ詰め寄る人が。あ、や、アタシ、何かしたぁぁぁ?! ……公孫樹ちゃんに首根っこを掴まれて、アタシ用に用意してくれていた部屋に連れ込まれる。その後に足が痺れるくらい長い時間を酷く叱られた。ヤケ酒の後、アタシが何も言わず居なくなった辺りから、とても心配してくれていたみたい。アタシは彼女に何も話さずに急な結婚の報告。真面目で心配性な公孫樹ちゃんには、その辺りが許せなかったらしい。でも、一頻り叱りつけられたら次は……祝福が待っていた。メイクが崩れるとかの心配は全く無しに、公孫樹ちゃんはアタシを抱きしめてくれた。危うく窒息死するかと思ったよ。相変わらずのお胸で……。と言うか、さらにグレードアップ?
解放されてから集まっている皆を見ていた。見回してみると平均身長が高くて嫌になる。男性であり、体格が良い種族のアルや太刀海は言わずもがなだけど。それにしたってアタシの周りには背が高くてスタイルの良い女性が多い。そこから除外される様なイレギュラーな人達も居るけどさ……。
「アタシ達だけ? 他のメンバーは考えてるの?」
「あと2人程考えてはいるんだがな。まだ、返答がない」
「んっ? 冒険者や勇者パーティーは5人であろう? 2人となると人数オーバーだが」
「大丈夫だ。明確な規定や規則はどこにもない。それに、俺は勇者パーティーには所属せず、専属鍛冶師として働くつもりだ」
アルの話を遮る様に、アタシ達の輪の中へブロッサム様が歩いてきた。途端に太刀海と公孫樹ちゃんも挨拶をしている。公孫樹ちゃんは仕事柄たまに会うらしいし、太刀海も国防会議にブロッサム様を招く為に丁寧な対応だ。そんな事は気にも留めないブロッサム様。堂々としていて小さな事に囚われない辺りが凄い貫禄。でも、アタシの知る中では勇者の綺麗所の代表格はブロッサム様だよ。60を過ぎたお婆さんには見えない美肌。今でも老若男女を問わず惹き付けるあのスタイル。豊満ではなくシュッとしたスレンダーなモデル体型で、独特なファッションセンスは今尚注目されてる。特におみ脚の美しいこと……。見せる見せないを抜きに聖獣のこともあり、大和のファッションが好ましいらしい。よっぽどの事が無い限りはいつも着物だ。
事情や深い部分を知らなかったら傍目には淑やかなご婦人なんだけど。……あれで手が早いとか、バイオレンスな発言が無ければ…ねぇ。
「なんだ、公孫樹に太刀海じゃないか。久しいな」
「ブロッサム様、ご無沙汰しております。紅葉もお世話になっている様で……」
あぁ、凄い光景。2人が話している輪にアタシも入れたらいいんだけど。残念ながらアタシでは低身長すぎて見切れちゃうんだけどね。くっ……。
コホンっ! クールで妖美なブロッサム様とは対照的に、ホンワカ美人系ならやっぱり公孫樹ちゃんかなぁ。アタシから見ても滅茶苦茶、可愛いもん。見た目はまだ20代中盤だけど、歳はあれで32歳。もう30歳回ってるけど、ハイエルフは長命だから気にならないのかな? 公孫樹ちゃんは気にしている素振りは全くない。ギルドの受付嬢としても根強いファンが多いのだとか。彼女目当てに他地方のギルドから転籍する冒険者が居る程。確かに料理上手で柔らかな雰囲気、優しくて癒される声。お嫁さんにしたい受付嬢ランキングNo.1は伊達じゃないなぁ。様々な国のギルド関係の功労者や著名人、功績を報じる雑誌があり、毎回公孫樹ちゃんは大小の記事になる。ちなみに、その月刊ギルドジャーナルの表紙も飾ったんだよっ! 色気が凄かった……。うん。
本人は凄く気にするけど、けして太っては居ない。程よくムチッとしていて…あの胸は圧巻。ピッタリくる服やギルドの夏制服なんてラインが出ちゃってねぇ……。夏は公孫樹ちゃんの横は歩きたくないもの。公孫樹ちゃんに集まる視線とアタシには集まらない視線が悲しくて……。本人はそれが悩みらしくてお尻周りもよく気にしてる。まぁ、理由があって公孫樹ちゃんにセクハラしようとする輩はいないんだけどね。……何でそんなに詳しく知ってるのかって? 友達だし、公孫樹ちゃんの悩みもたまに聞いてあげるからね。あと、ヤケ酒って別にアタシが無理やり呼びつけるばかりじゃないんだよ? 公孫樹ちゃんだってアタシを無理やり呼びつける事もあったし。真面目な公孫樹ちゃんだから、お酒は飲まずにスイーツのバカ食いだったけど。
働き出してからはあまり会えて無かった公孫樹ちゃん。公孫樹ちゃんは紅葉のかなり上の姉で大家族の長女。妹達の世話をする事が多く、女子力よりもおかん力が高い人だ。身長も高めで170cm弱くらい。あれでヒールの高いブーツとかを履いちゃうから余計に背が高く見えるのよね。これだけ高スペックだと求婚者も数しれずだけど、今まで誰も受け入れず、今でも独り身らしい。因みに、ギルドが運営している幼児院や小児院などの初等教育機関の先生でもある。保護者のお母様にも旦那さん達にも、もちろん子供達にも大人気の可愛らしい人なのだ。
「これはこれは、戦鬼様。ご挨拶が遅れて申し訳ありませぬ」
「はぁ、太刀海はそろそろ身を固めたらどうだい? アンタは防人だろ? いつ逝くとも限らん。お前さんなは世継、跡取りは要るだろうに」
「ははは、アリストクレア殿の様に見合いをする気にはなれませんでな。いずれ自らの手で見つけたいと思います」
ブロッサム様、孫の親友まで気にしてるんだ……。てか、太刀海って結婚してなかったんだね。既婚かと思ってた。
この場には居ないけど最近人気になってるからなぁ。綺麗所とホンワカ系の中間点と言うなら、太刀海の妹である潮音かなぁ。若い勇者を特集するページで見たのよね。……アルと一緒に写ってるハニカンだ汐音を。
身長も170cmくらいあり、顔立ちは甘めなのに立ち振る舞いが落ち着いて居るせいか、クールなイメージの子なのよね。スレンダーな美人で、ちょっと前に見た時はさらに綺麗になってた。家庭的な雰囲気のある子で、お茶を淹れるのが上手なんだとか。ブロッサム様が大絶賛してたし。雰囲気はブロッサム様を奥手にした感じかな? こんな事を考えてると知れたらアタシが木っ端微塵にされちゃうけど……。
あの子、潮音は最近急激に力をつけたのよね。ブロッサム様に教わっていたと言うのなら納得だけど。まさかアタシの強度強化を容易く超えて来るとはね。そこまでとは思わなかったから焦ったわよ。それにあの子はアルの事が好きだろうから、顔を合わせにくいのよねぇ。太刀海も内心は複雑だろうし。
「あらあら、皆さんお集まりで。何か楽しい事でも?」
「暁月……。相変わらずの神出鬼没はいいが、もう少しまともな現れ方はできんのかい?」
「先生に教わりましたから。場を掴むには勢いが大事…と」
なんか色々間違ってる気もするけど……。タイミング良くイレギュラーな部類の人が現れた。この人も毎月、ギルドジャーナルに大小のコラムを載せる。プライベートの時は軽っーくて、うっすーいし、ロリババアの暁月さんだ。この人の無遠慮で大胆な所は見習いたいような…見習いたくないような。
その手の人種からは人気な女神族。女神族は種族として身体が小柄だ。しかも他種族と婚姻を結ぶ事しかできず、生まれてくる子供は必ず女子。暁月さんはその中でもまだ大柄なのだとか……。でも、身長は大きめに見ても140cmくらい。顔立ちや一部を除き、成人しているのかさえ不安になる程に幼い外観だ。顔立ちや肩、手足は幼く柔らかで小さい。なのに胸やお尻などは主張している。あれで40代であり、成人している子供がいるお母さんなのだ。信じたくないし、受け入れたくないけどアタシより胸囲もある。健康診断の時に毎度自慢されるから……。ふっ……。現実ってこんな物よね。
顔立ちや骨格は心紅も暁月さんにそっくり。ただし、まだ育ってはないのだろうね。いつかはあの子もあんな風になるんだろうなぁ。う、羨ましくなんか! 羨ましくなんかぁっ! 悔しくなんかァァァ!! ゔゔんっ! アルとの事もあって心紅にもあんまり会いたくないのよね。ただの喧嘩で負ける気はしないけど、あの子は隙あらばアタシを狙ってくるし。うさ耳付きの狼みたいな子だからさ。見た目は可愛い癖に滅茶苦茶好戦的だし。
「2人に結婚の話と式への招待をしただけですよ。暁月さん」
「えーっ!? 私には招待状なんか来てな…」
「貴女は呼んでなくとも来るでしょう? 冗談はさておき、もちろんご招待します。お見合いの件もありますし」
「さっすがー! オグ君解ってるぅ! だからオグ君の事だぁい好きだよ!『ふふふ! シルヴィアちゃんったら可愛い!』」
「ぎょ、暁月さん! アルはもぅ、アタシの夫なんですからね!」
暁月さんがアルの右腕を抱き込んでいるから、反射でアタシも左腕を抱き込んでいた。見ての通り暁月さんは酷い小悪魔だ。外見が可愛らしいのは否定しないけど、性格が意地悪でアタシはよく標的にされている。アタシを弄る事の何が面白いのかは今をもって不明だけど、あまりにも酷くて泣きたい時もよくあった。職場や公務、正式な場では無いけど、プライベートでは全く遠慮などなく攻め立ててくる。
あまりにもくどかったのだろう。アルが右腕を暁月さんの谷間から引き抜き、暁月さんを払い除ける。アタシの反応以前にアルの反応を見たかったのだろう。思っていた表情が見れなかったのか、暁月さんはつまらなそうに口を尖らせた。そんな暁月さんをブロッサム様が連れていき、太刀海はアルと話す事がある様で工房へ。そうなると公孫樹ちゃんがアタシの話し相手をしてくれている。ふと、公孫樹ちゃんの視線が気になり追って見ると、アタシの指輪をじっと見ていた。
以前、公孫樹ちゃんも学舎に居た頃は誰かと付き合っていたらしい。全寮制である王立学舎に入学した当初からアタシ達はルームメイトだった。でも、公孫樹ちゃんの交際相手をアタシは知らない。公孫樹ちゃんは頭がいいし、成績も良くて気だてもいいから男女問わず皆に人気だった。アタシが周囲から浮いてもずっと親友で居てくれるくらい優しいし。そんな公孫樹ちゃんをふってしまう輩が居るなんて、当時のアタシには理解ができなかった。今なら大人になったし、いろいろと経験したから事情があったのだと解らなくもないけどさ。
「気になる?」
「いやぁ、まさかヤケ酒の直後にこれだからさ」
「あの時はゴメンねぇ……。埋め合わせはちゃんとするから!」
「シルヴィとオーガ君って何だかんだで似てるのよね。ワガママみたいに見せてるけど、そういう時はだいたい誰かの為に必死な時なんだもの。お似合いよねぇ。羨ましい」
公孫樹ちゃんから漏れ出た話は、意外と難しい話だった。アタシとアルはお互いの裏側や事情を深く共有はしていなかった。当時のできごとがアタシ達には重たすぎて、上手く手を回せていなかったからね。お互いのすれ違いや事情を長い年月をかけて整理して、彼が結びつける答えを導き出してくれたんだ。だからこそ、今を大事にしている。弱くて力の無かったアタシ達も立場のある大人になった。いろいろな制約や壁、限界もあるけど、それを乗り越える為の力をつけて……。形を結び、次を目指している。
公孫樹ちゃんは未だにその彼を想っているらしい。学舎に居た頃から立場のある人だったとの事。彼は家や仕事があり、気軽に恋愛できる立場でも無かったのだと言う。彼からの交際条件は本当ならば、諦めさせる理由の様な物だった。学舎に居る間ならば望みを叶えられるが、学舎を出た後は難しい。つまり、学舎を出たら別れなくてはならない、と言う事だったのだ。でも、当時の公孫樹ちゃんはそれでもよかったのだと。長命なハイエルフは他種族と婚姻を結ぶのは難しい。桁違いな寿命の為、いずれは生き別れになるのが見えているからだ。近い寿命を持つ種族は居ても、恋愛事は気持ちの上に成り立つ。都合のいい事例は稀だ。外界に出たハイエルフは特にそうなのだと。……聞いた話に頷いて納得してるけど、よく思い返したらアタシだって他人事じゃない。アタシは普通の人。アルは300年は平気で生きる種族なのだから。
「私は初代勇者の血縁。アマテラスと呼ばれた魔法使いが遠い祖先の血筋よ。でも、だからと言って本家ではないし、力も弱い。彼の助けには……」
「うーん。アタシも似たような物だけど……。ねぇその人ってさ、もしかして高ランクの軍関係者とか政治家?」
「そうね。そんな感じ」
「ふむふむ、うら若き乙女達の恋の華……か。アタシがあと40歳若けりゃぁのぅ」
「先生は見た目が20代だからいけますよ! 次行きましょっ! つーぎっ!」
突然にブロッサム様と暁月さんが話に入ってきた為、アタシはもちろん公孫樹ちゃんも度肝を抜かれている。暁月さんは面白がってるし……。ブロッサム様も似た感じだけど、ブロッサム様はまだ助言を用意してくれていた。茶化しすぎた暁月さんはブロッサム様から顔を捏ねくり回され、顔が大変な事になっているけどさ……。
お互いに立場があるからとかないからとか、そうでなくとも難しい事だ。どうせ難しいなら、機会は自分で作るものだし、ある機会は必ず掴まねばならない。……との事。公孫樹ちゃんの悩みを聞いていたらお使いを終えた男の子達が帰って来ていた。外で太刀海による剣術の指導を受けているらしい。レジアデスとミュラーの2人の掛け声が聞こえる。工房の方からもアルとニニンシュアリ、アルフレッドとカルフィアーテの声も聞こえていた。公孫樹ちゃんの話では明日の朝には女の子パーティーも帰って来るし、イベントばかりで困ってしまう。アタシとしては、その女の子達への対応をどうしたらいいか困っているのよね。
「太刀海殿はやはり水研家の次期当主の……」
「いかにも、ワシが水研 太刀海。美潮の里、魚人種の代表補佐だ」
「……あの、太刀海さんは先生とは長いのですか?」
「ふむ、学舎の頃よりだな。しかし、先生か! 弟子は取らんと聞いていたが。まぁ良い。それにしてもよくヤツをその気にさせたなぁ! アイツは難解だろう? あやつ自身が組み上がった機械のようなヤツだからな」
4人で外に出た時に公孫樹ちゃんの視線と太刀海の視線が交差した。あ……、そういう事。公孫樹ちゃんと太刀海だったんだ。そう考えたら確かにそうかも。アタシと公孫樹ちゃんがいつも一緒だったように、アルと太刀海はいつも一緒だった。アタシがアルに突っかかっていた時、2人はいつも一緒に居たはず。太刀海は公孫樹ちゃんをかなり気遣っている様だが、公孫樹ちゃんは視線を合わせようとしない。うーん……。これ、どうしよぅ。
露骨だったし、ブロッサム様や暁月さんも気づいたろうなぁ。太刀海が頭をかき、気まずそうにしているし。アル……、この事を知ってるのかなぁ。とりあえず、公孫樹ちゃんとブロッサム様の2人がキッチンに立ち、アタシと暁月さんはシャットアウトされた。そうだよね……。アタシ、料理苦手だし。暁月さんは得意料理がお刺身とサラダ。……他は作れないらしい。そんな訳で男の子達の手応えや感想を聞き、繋いで模擬戦の講評が始まるような状況。それにしても凄い絵面よねぇ。この場には最高位のXランク相当の勇者が3人居て、ブロッサム様、暁月さん、アタシ。SSSランクの太刀海。前回の功績によりランクを上げ、SSランクのアル。公孫樹ちゃんは有資格者だけど実戦経験は無いからCランク。だけど、……二つ名のあるかなりヤバぃ勇者なのよ。
「国喰らいの大蛇…8代目時兎…鉄壁城姫…魔解の鬼…海断ち斬り…や、ヤバすぎる」
「そうそうたる名前ばかりでビックリよねぇ」
「何を言うか公孫樹。お主とて隠れておるだけで二つ名持ちの強戦力ではないか」
「ブロッサム様……。私はただの受付嬢です」
「公孫樹ちゃんが勇者を本業にしなかったのは私も不満だったんだよねぇ。オグ君が所在地を知ってたから復帰も要請したのにぃ。ねぇ? 煉獄陽姫ちゃん?」
公孫樹ちゃんは学舎の卒業当初、大事件を巻き起こした若手勇者だった。アタシもこの目にしてるからよく知ってるし、アタシが銀の結界を張れなかったら味方も壊滅した様な状態だったのよね。
国や都市、住民に被害を出すのは何も戦争だけではない。小型、大型のモンスターもその類。アタシや数十名の討伐隊が編成され、討伐に向かった。しかし、そのモンスターはアタシ達には討伐されていない。実はあの時、問題が発生していた。先遣隊として測位情報を提供していた当時の魔導師部隊が消息を絶っていたのだ。状況から見て戦闘を余儀なくされた公孫樹ちゃんの魔法により、モンスターは蒸発。そのモンスターは近隣の街へかなりの被害を出し、知能や隠密性も高かった。その為、中堅勇者が何年も動向を追いかけていたと聞いている。かなり手を焼いていたモンスターだったらしい。そりゃ名前も売れるわよ。でも、公孫樹ちゃんはその事件を境に勇者を事実上辞めてしまい、受付嬢を始めていた。
アルやブロッサム様が若手の5人に説明を始める。若手勇者に多いのが過負荷深度と呼ばれる一種の暴走状態。公孫樹ちゃんは体内のポテンシャルは平凡でも、魔法を膨れ上がらせる力を理解していた。魔法の待機数や展開速度、効率的な発動タイミングや威力調整。あらゆる物を頭脳や他の素質で補ってきたのだ。しかし、公孫樹ちゃんには弱点があった。公孫樹ちゃんは武器とシンクロし、魔法の力を底上げする技を得意とていたのだ。いつもの落ち着いていた公孫樹ちゃんならばよかったけれど、恐怖や焦りに精神が負けた時、公孫樹ちゃんは呑み込まれてしまったのだ。公孫樹ちゃんはメンタル面が脆く、緊張に負けやすかった。それで暴発したのだろう。
「今ならそんな事はもう起きないだろうが、若手にはつきものなのさ。カルフィアーテは経験した事があるんだろ?」
「は、はい」
「公孫樹は確かにポテンシャルは平凡だが、技術は神がかってる。それは妹の紅葉も同じだ。姉妹揃って同じような能力系統、運動音痴な所もな」
「ブロッサム様、それは関係なくありませんか?」
暴走状態に支配され、呑み込まれた公孫樹ちゃんの放った魔法は通常の数千倍に威力が膨れ上がり、モンスターは蒸発。同時に放たれた熱波で、山火事が起き近隣の村には広域避難命令が発令された。驚かされたのはそこじゃないんだけどね。魔力切れになり気を失っていた公孫樹ちゃん。モンスターに襲撃されて重症になっていた数名の魔導師や護衛官は誰も死なず、火傷すら無かった。それもあり彼らは無事に救出できたんだよ。
配膳のためこちらに来ていた公孫樹ちゃんが昔を思い出し俯く中、キッチンの方からブロッサム様の声が飛んでくる。公孫樹ちゃんの抜けを補う為、手先が器用なカルフィアーテとニニンシュアリがキッチンのサポートに回りながら話は進む。
感想までは明るい表情であった5人は、今ではお通夜に来たみたいな顔をして黙っている。原因はブロッサム様からの容赦ないダメ出しや公孫樹ちゃんやアタシ達を引き合いに出した能力面の講評。ニニンシュアリとカルフィアーテ、アルフレッドは酷い滅多叩きにあっている。その後もアルの家に備え付けられた防衛設備で録画されていたレジアデス、ミュラーへの壮絶な酷評が続く。容赦ないダメ出しや酷評の嵐に公孫樹ちゃんが切り替える様に言葉を投げかけ始める。ここが公孫樹ちゃんの強みだ。切り替えの早さと包容力。アタシやブロッサム様、暁月さんにはない才能よね。
「大丈夫よ。皆、今ダメだしされてるのはまだ未熟だから。貴方達には伸びる幅が大幅に残されてるって事なの。ここには素晴らしい先生が沢山いるから存分に頼りなさい!」
少し救われた様な5人だけど、まだ地獄は終わっていない。勇者って言うのはそれだけ命懸けだし、普通の冒険者とは比にならない責任を負うのだ。
暁月さんがにまーっと笑いながらレジアデスを見ている。レジアデスがその視線に気づき、座っていた椅子から転げ落ちていた。暁月さんはレジアデスを引き起こしてから、要点を抑えつつ講評を始めている。筋力、判断能力は及第点と締めくくられたレジアデス。ただ、絶対的に彼に足りないのは技の汎用や技芸の知識。その専門家である暁月さんが教導につく気満々らしい。女の子達が帰って来たら娘と共にどつき回したいと妙に意気込んでいる。ご愁傷さま……。レジアデス。
暁月さんからの講評はこうだ。
レジアデスは武器や体術の利用範囲が狭い。確かに若いしランクも低めだから経験不足による部分が大きい。けど、彼はその割に難しい立ち位置をかって出ていたのだ。前衛のヘイトキーパーは常に死と隣り合わせ。より派手に闘うなら特に技を確立し、汎用性と独自性を持たせなければ……命がないと。
特にレジアデスは防御の術が弱い。無いことは無いが、彼の魔法力やポテンシャルでは暁月さんやブロッサム様の様な一線を超えた勇者には無力。一撃で伸されてしまう。それにアルの様なタイプも天敵だ。今回はわざと真っ向からアルが受けてくれただけ。本来ならスナイパーのアルにレジアデスは成す術が無い。だから、今は技や自分の立ち位置をより強く確立し、多方面の能力拡張はその後にした方が良いと言う見解なのだ。暁月さんも近いバトルスタンスだけあり、ヘラヘラしている割に言葉は凄い重みを帯びている。ホントに腹の底が知れないわよね。このロリババア。
「よっ、よろしくおねげーいたしやすっ!!」
「よしよしっ! お姉さんは素直な子は好きだぞぉ……。覚悟、しってっねっ♡」
冷や汗ダラダラのレジアデスの好評の後、ブロッサム様からアルフレッドへの講評が始まった。アルフレッドの物は中でも酷い評価だと思う。ブロッサム様は首を横に振りながら、闘い方や自身の性質についてアルフレッドへ事細かな質問を交えていた。確かに作戦の立案はニニンシュアリ。自分のペースも掴めていないことは譲歩すると言っている。しかし、アルフレッドの場合にはそれを度外視して考えても、様々な点で対応が遅すぎたのだ。
ブロッサム様からの講評はというと。
技術や知識以前に堅い性格が足を引っ張り、力がほとんど活かせていないとの事。アルフレッドの攻撃は今回の模擬戦においてはたったの1回。アルが意図的に潰していたにしても、何回かは可能だったと具体的な秒数やタイミングまで示している。確かにアルフレッドは魔法学者程の知識を持ち合わせ、魔法の展開速度も遅くない。速くもないが汚点となる程ではないし、魔法の待機数も公孫樹ちゃんや紅葉姉妹程ではないにしろ平均より多い。そうなると彼に足りていない、もしくは汚点と成りうるのは……経験や訓練量、自信と言うメンタル面に向いてくるのだ。アルフレッドはそこまで言われると小さく言葉を放った。仲間が近くにいる状況での魔法射撃の難しさ、それに伴う恐怖、何よりもアルの展開判断能力に巻かれてしまったと。
その言葉を論破する様に、魔導師や魔法に学識を持つ者の意義や存在理由を述べた。あの公孫樹ちゃんが感動するんだから凄い事言ってるんだなぁ……。隣の人は呑気に餡蜜食べてるけどさ……。ブロッサム様はキツく言った直後に表情を和らげ、こうも語った。味方を思いやれるのは素晴らしい素質だし、几帳面なのは魔法の精度上昇には良い傾向。今はまだまだでも活かせる所を伸ばしつつ、自信をつけろという事だ。訓練は手を尽くすべき場所で、その為にブロッサム様のようなエキスパートが居る。ちょっとくらいなら無理しても止めてやれるからやってみろ。恐れるな……。だそうだ。ブロッサム様には怒られたくないけどね。
「ありがとうございます! 夜桜先生!」
「ふむ、今後はもっと緻密な訓練をしてやる。覚悟しな」
次はミュラーだ。太刀海がミュラーに声をかけ、両手を挙げさせた。本人も何の意味があるか理解できて居ないらしい。しかし、太刀海が手を伸ばし、左手首を軽く握った瞬間に絶叫が上がる。4人は驚愕、暁月さんはニタリと笑い、ブロッサム様は静かにお味噌汁を飲んでいる。アルもあまり驚いていないが、公孫樹ちゃんとアタシは唖然としていた。
太刀海はあまり叱りつける様なタイプでは無いが、今回は少々言葉に力が篭っている。前回の火の国との闘いでの助力を感謝するという言葉の後に、ミュラーに起きている最悪の状態を語った。今、ミュラーの左手首は骨折寸前。これ以上の負荷をかけ続ければ数日とせず、左手首にヒビが入ったと語る。ミュラーやレジアデスのような体が頑強な人物は、当人が気づき難いだけでなく、傍からも怪我や疲労の蓄積が解りにくい。その武器や種族の肉体へ精通した医学者なら解るかも知れないが……。
しかし、今回のミュラーはかなりわかり易かったと言う。アルとの打ち合いで武器の衝突は3度のみ。その最後に強打を打つ為、片手で握っていた刀を何故両手で握ったのかと言う部分だ。普通ならば片手で持つよりも両手の方がパワーが出るからと考える。だが、ミュラーはパワーを補うだけではなく、彼の片腕に蓄積したダメージを無意識に庇う動きだったらしい。ミュラーの利き手は左手。最初は鍔に近い部分を左手で握っていた。その後、何故か右手を鍔側へ、左手は添え合わせる。鍔寄りで力が入ると感じたならば、左手を鍔寄り、右手を添えるだろう。太刀海はそこから違和感を感じ、今握ったらしい。それまではミュラーを右利きと思っていたらしいし。
「お主は素人にしちゃぁ体が動きすぎる。それだから我流で我武者羅になるようだ。我流も構わんだろう。だが、最低限の型を作らねば体を壊す。そうなると伸び代はその分縮まり、時間も無駄にする。お前さんにはこれから基本を嫌という程教えこんでやるからな。逃げるでないぞ?」
「了解しました!」
次はカルフィアーテ。カルフィアーテには得意な武器がない。それは先程の闘いでよく解った。精霊魔法と簡単な武芸でしのぐ戦法を選んで来てたのだろう。でも、それは普通の冒険者なら許される範囲だ。勇者では通用しない。だからこそアルはあの強化外装を用意してくれていた。カルフィアーテは魔力以外に強力な異能や強みを持たない為、それをどうにかしてカバーせねばならない。そうなれば一番最初に躓く。
彼に今最も足りないのは一般常識だ。最低限生き残るためだけだとしても、現状維持は良くない。それに彼の外装の動かし方にはどうも無駄が多い。有り余る魔力を潤沢に使うのは構わないし、アルが使う最先端の機材を使っているからあれだけ闘えた。たぶん、機材が平凡だといくらフェアル族でもすぐに魔力切れを起こすはず。そう言う考察力や外界の常識もつけ直さなくちゃならない。
予想通り、話を聞いてみてもあまり良い状態では無い。アタシと比較しても彼は魔法と精霊に関する知識以外が欠如してる。と、言いますか……。得意なはずの魔法の話にしたって古代魔法や古式の術ばかりで今の世に合わないのよね。仲間も専門家が居るくらいだし、せっかく様々な分野に応用が効かせられる魔力量や魔力圧をしてる。だからそれをフルに使わない手はない。公孫樹ちゃんやブロッサム様も頷いている。そして、問題の外装の話。カルフィアーテは体に纏う以外は考えつかなかったと言う。正直なのは良いけど、流石にそれは勿体なさすぎる。強化外装の扱いに関してはアタシがこの中では一番の知識量だ。アタシが先生の立場になるなんて思わなかったけどさ……。アルがアタシへ微笑みながら頷いている。わ、解った。やってみる。
「せっかくある物なんだから、精一杯活かそうよ。アタシも一緒に頑張るから」
「は、はぃ! よろしくお願いします」
最後のニニンシュアリ。彼は様々な面で反省点を自身が上げていた。ただ、アルからはそれに気づいていながら修正できなかった事に、根本的なダメ出しを受けた。ニニンシュアリは最も旅をしていた時間や勇者としての時間が長く、技術者としての類まれなるセンスと指揮官の素質が見え隠れしている。アルは理解しているんだなぁ。自分が頑張りすぎな事。ニニンシュアリは頑張りすぎちゃうのよ。わかっていてもやらなくちゃいけない。自分が片付けなくちゃいけないのだとね。アルもその気配は強い。だから注意するんだろう。アルは1人で動く事を前提にしている。でも、ニニンシュアリは仲間を安全に低リスクで動かす事を前提にしている。まずはそこに触れだした。
ニニンシュアリは何においてもリスクを恐れ過ぎる。自分がカバーできるならと、無理に頑張りすぎてしまうのだ。アルとしてはミュラーを無力化された辺りで投降してくる事を想定したらしい。しかし、ニニンシュアリは無理な作戦展開を行い、アルと対峙した。アルはそれでも構わなかったのだろうが、その段階でニニンシュアリはまともに闘えていなかったのは明白。アタシにも解ったくらいだし。見かねたブロッサム様がアルを窘める様な形で助けてくれたのだ。……アルもここまでは言わなかったが、ニニンシュアリに出された課題は最も難しい。
「お前は俺のポジションによく似ている。先に言うが、お前は焦りや恐怖に囚われやすい。職人であり、指揮官となるお前はまず発想力を鍛え、次に観察眼を磨け。何においてもリスクだけが全てじゃない。頼ることや時に休む事も技の一つだ」
「はい、ありがとうございます」
「それから鍛冶については女子勢が帰って来た時だ。一緒に見たいヤツがいる。それまで待て」
「解りました」
ニニンシュアリが頷き、激しく叩きつけるような講評が幕を閉じた。和らいだ空気の中、暁月さんがアタシ達4人について話始め、次はアタシ達の学生時代の話となった。
首席で卒業した公孫樹ちゃん、次席の太刀海、一応10番内だったアタシ。続いたアルの一言に……5人や公孫樹ちゃん、暁月さんが驚いていた。ブロッサム様はもちろん知っていただろうし、太刀海はアルのルームメイトだからよく知っていたようだ。実は、アルは卒業生最下位。卒業に必要な得点ギリギリだった。アルに腹が立つ所は、これが意図的に行われていたという点だ。王立学舎は卒業に検定試験があり、その試験で各選択科目を7割以上、平均点も100点満点中で80点以上取らねば卒業できない。アルは各科目で80点丁度になる様に調整し、各教科中の難易度が最も高い問から優先して解いていたのだ。同期で学術院に務める友達からその話を聞いて驚いたのなんのって……。最初は何かの冗談かと思ったくらいだし。
捻くれ者で常識破りなのは変わらない。昔からそうだった。太刀海は次席だけど、アルから教わっていたらしいからこの事実はなんとなく察していたのだと。理由も彼と話した時に聞けた為、あまり深入りはしなかったらしい。自分は未来を勝ち取る為、高い成績を有する意味はなく、卒業さえできればいいのだ。だったら、より高い順位が必要なヤツが利用してくれた方がいいだろう? との事らしい。公孫樹ちゃんは呆れ返り溜息をつき、暁月さんは餡蜜をおかわりしながらアルらしいとカラカラ笑っている。5人はもちろん唖然とし、言葉も出ない。昔からこういう人なのよね、アルって。
「別に俺の事は何でも構わんだろ。高い官位が欲しい訳でもない。ましてや執政官になりたい訳じゃないんだからな。俺は一介の職人で十分なんだ」
「ワシも直接聞いた時は唖然としたもんだ。だが、理にかなってはおる」
「でも、勿体ないよっ! シルヴィだって今じゃ高位の勇者だし、政界でも注目されてる大新人だよ? そんな人となんだから立場を……」
公孫樹ちゃんの熱弁を他所にブロッサム様が暁月さんを軽く叱りつけていた。あの人デザートの餡蜜を1人で平らげちゃったよ……。ブロッサム様はため息混じりに立ち上がるとブロッサム様の荷物があるらしい客間へ向かった。すぐに帰って来たブロッサム様の手には懐かしい物がある。
アタシ達の学生時代の写真……。卒業アルバムをブロッサム様が持ち出して来て場はかなり盛り上がった。アルの物らしい。アルと太刀海は当時16歳、公孫樹ちゃんは19歳、アタシは14歳で意外と歳の差がある。アルとアタシでさえ2つ違いだし、公孫樹ちゃんからしたらアタシは妹みたいだったのかも。実際に公孫樹ちゃんには5つ下の妹が居て、その子は既に結婚して家を出たらしい。
何よ、何なのよっ! その反応! アタシを露骨に見比べやがってぇ! 確かにちんちくりんのチビで痩せっぽちで、ショートヘアで童顔のガキしか写ってないわよ! この国の成人が16歳とは言ってもアタシは未だに抜けきらない童顔であるため、身分証明書は手放せない。入学当初なんて初等教育の子供が迷い込んだのと勘違いされたレベルだった。……対する公孫樹ちゃんはこの時から美人でモテてたし。あの露骨な野郎共の視線と言ったらまぁ……。とはいえ、今ではそれも懐かしい思い出だ。太刀海もアルも今より線が細くて幼い感じが凄い可愛らしい。太刀海なんて卒業するまでに凄くごつくなっちゃったからなぁ。全然違うし。
「シルヴィは成長期遅かったものね」
「慰めはいいのよ……くすん」
「人それぞれある。ワシも昔とは大違いだ。母者にはよく言われるぞ? むさくるしいとな……」
「ふむ、確かにお前さんらのような種族はそうだろうなぁ。アタシや暁月、アルは年齢が止まっていくから変化は少ないが」
と、ブロッサム様が気づいた様に再び立ち上がる。今度は年代物でとても興味深く、面白い物を掘り出した。ブロッサム様の手記らしく、中には何枚もの写真が挟まっている。日記としても使われており、付け始めは初等教育の切れ目……。15歳かららしい。ブロッサム様は学舎ではなく、家庭教師を雇われていたらしいけど。幼い風合いのブロッサム様は凛としていて本当に美人。この頃から既に綺麗な感じだったんだ。
時期を追うごとに成長していくブロッサム様。成人の義や家督継承の義。様々な式典に出席されているみたい。ほとんどが着物で、たまに軍服姿みたい。だんだん今のブロッサム様に近づいてきたなぁ。ブロッサム様の結婚式の写真や将軍職の任命式の写真……。この頃から今と全然変わらないや。ここまで変わらないと凄いなぁ。皆が冷や汗を流しながらそれを眺めて居る。すると1枚の写真に暁月さんが目を止めた。これはブロッサム様と…心紅? それにしては写真が古い。何よりもブロッサム様の旦那様がご存命だ。……、という事は。
「あぁっ! 懐かしいですねぇ。私が先生の弟子になった時に撮ってもらった写真じゃないですか?」
「そうだな。リクやあの人も写っている」
「む、胸が……、ない」
「そうよぉ。私の旦那さん。リクと結婚してココがお腹にいた頃から胸は急成長したの」
おもむろに自身の胸を鷲掴みにし、アタシへ嫌味な笑顔を向けてきた。アル、太刀海、5人は冷や汗を流している。そして全力で包み隠さない小悪魔のカミングアウトを流していた。あれ? そう言えば何でアルの事をあの二人だけオグと呼ぶのだろう。アタシが気づいた時に暁月さんは、唇に人差し指を当ててジェスチャーをしていた。ここでは言えないから秘密にしておいて…と言うことかな? 弾む会話の中でその答えは埋もれ、皆が気づかずに流れて行く。どうやらアタシも気にした事を忘れていた方がいいらしい。
そして、5人の家に招かれた太刀海はそちらに歩んで行く。ニニンシュアリはしきりに詰め寄り、リーダー…言わば指揮官の心構えや経験談を聞きたいらしい。レジアデスやミュラーは武器の扱い方を。カルフィアーテは体の鍛え方を。いや、カルフィアーテはあのままでいて欲しいけど……。アルフレッドも海の国について聞きたいと皆が太刀海を攻め立てている。根が優しく長男気質の太刀海は断れない様子で、順番に話すなどと言いながら遠ざかって行く。それを少し悲しげに見送る公孫樹ちゃん。アタシに何かしてあげられないのかなぁ。
「太刀海……なんだよね?」
「やっぱりバレバレだったかな」
「うん。すぐに解った」
「やっぱりシルヴィには隠し事できないなぁ。……彼と別れて、勇者も辞めちゃった。だからいよいよ接点も無くなっちゃって。仕事も軌道に乗ったから、忘れられると思ってたんだけど……無理だった」
リビングで公孫樹ちゃんと話している。ヤケ酒にはならなかったけど、公孫樹ちゃんはかなり思い詰めたような感じだった。再会してどんな心中なのかまでは吐露しなかったけど、公孫樹ちゃんは相当溜め込んでる。ポーカーフェイスと言う訳じゃないけど、公孫樹ちゃんは本心を隠してしまう。口を割らせるのも大変だし。疲れていたのか途中で寝てしまった公孫樹ちゃん。彼女をアルに頼んでアタシの部屋まで運んでもらい、ベッドに寝かせてからアタシはアルの部屋に向かう。
アルの部屋は所狭しと色々な物が置いてあった。基本は様々な加工に用いる道具類だ。部屋の奥には書斎に使う様なスペースまであり、様々に彼がこなしているのがよく解る。そんな彼の筆記机に目をやると……さらに懐かしい写真が飾られていた。
王立学舎にいた頃、公孫樹ちゃんがふざけて撮っていたアタシとアルのツーショット。ホントに女の子らしさなんて欠けらも無い。やんちゃ坊主と呼ばれても文句すら言えない見た目だった。アタシなりに努力して今のアタシがある。……そんな事を考えて居たら昼間のブロッサム様の悪戯を思い出してしまった。アルは何かの作業をしている。自身が使う銃を解体して手入れをしていたのだ。何かを塗っていたり、油刺しみたいな道具を使っていたりして面白い。そうやって考えたらアルの仕事を近くで見るのは初めてかも。
「楽しいか?」
「何で?」
「嬉しそうと言うか…、そう言う表情をしてたからだよ」
手入れが終わったのかアルは全ての銃を魔法石に戻した。そのまま奥の隔離されたスペースへ入り、酒瓶の様な物をとって来る。反対の手にはグラスも2つ用意されていた。
アルは魔法で拳サイズの氷を作り砕いて、アタシと彼のグラスに入れる。酒瓶からは無色透明の液体が注がれ、お互いにグラスを軽くぶつけてから小さく口に含む。……や、ヤバっ。これ、アルコールの度数高すぎ……。アルは何も言わずに既にグラスが空になっていた。だんだん頭がボーッとして来る。アルがアタシの様子がおかしい事に気づいたらしく、椅子に座らせてくれてから彼は口を開いた。
実は、アルは昼間のブロッサム様とアタシの会話をほとんど聞いていたらしい。ブロッサム様が「その内起き出すだろう。」と言っていたのは、寝たフリをしていた彼への嫌味だったのだという。……アルはアタシに魔装の話を始めた。お爺様の件だけではないと言う。アタシの父親があんな風に暴政を敷いた理由、アルベールさんの事件中に奇行を起こしたエレの母親……。その辺りでも蠢いていた者が居たと言う。彼はそれを見つけたがその主犯格は死んでいるらしい。彼からするとおかしな話なのだと言う。何が目的で効果の弱い魔装を取り付かせたのか……。そして、何故死んだのか。
とある情報筋からその情報や証拠を手に入れるに至り、彼は目星を付けていた知人の安否を確認したと言う。
ちょ、……あ、アル。何? ブロッサム様の言葉が脳裏をよぎる。だいたいの意味は察したけれど、細かい仔細までは理解できていない。特に「呑み込まれたら」の辺り。でも、そんな事はどうでもいいかな? アタシも理性が徐々に薄れてゆく感じを体感していた。本能というか、欲に従順になって行く自分。何だろう。椅子の背もたれ側から抱きしめてくれているアルの方へ、無意識に顔を向けていた。アルとキスしたくて……素直にアルを求められる喜びを噛み締めたくて。
「今日はやけに好戦的だな」
「散々、焦らされてるからさ」
「ん? はぁ……。そう言う事か。まぁ、仕方ないんだろうが。いずれは……欲しい物だし、早いも遅いもないか」
アルコールが体に回ってしまっている為、立ち上がる事もできない。ブロッサム様に着付けてもらった着物。いつもの服装と違って落ちつかなかったけれど嬉しかった。アタシにはお母さんとも団欒とかの暖かな記憶は少ない。だから、とっても嬉しくて、暖かくて、擽ったいけど……この上なく気持ちのいい感覚。これから、いつかは家族も増えて行くし、もっとアルと幸せに生きていきたいなぁ。




