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光と闇と新たな管理者

 サフィーナ嬢がやり過ぎたせいか、敵陣の追加はかなり遅い。ものすごい数の生命体の動きは感じられるから、何らかの動きはあるんだろうけれど。

 どうも、かなり影の薄いアルフレッドです。妻たちが派手だからね。僕はいつも日陰でごそごそしてますよ。はい。最近じゃ、その妻2人が新たに身ごもったからなおさら不安。ハイエルフ系は女性出生率が非常に高いから、おそらく次は両方とも女の子なんじゃないかな? ハイエルフって女性だと皆何かしらぶっ飛んでるからさ。心配なんだよ。……って感じなんだよね。

 僕のことはいいや。つまらんだろうし。何よりも今は目の前の女の子たちの監視に注力しなくちゃだし。

 さっきも言ったけど、僕らの大将、オーガ家の番長ことアリストクレアさんの娘さんの1人が大金星……。サフィーナ嬢が人間の軍隊程度を相手に、龍の息吹なんてとんでもないものを掃射したからさ。ほんとに綺麗さっぱり人間は跡形もない。そりゃそうだよね……。だって龍が龍と争う時の技だし。……だから地形もとんでもないことになってる。あちこちボコボコで街道の痕跡すらない。ちゃんとあったんだよ? 結構しっかりした石を使ったやつが。ホントにとんでもないことするよね、あの子たち……。


「うーん。及び腰って感じの動きじゃないね」

「だね。どっちかというと、とっておきを引っ張り出してる感じ?」

「それって……。もう自爆フラグビンビンじゃないですかー。もー、面倒ごとは嫌なのに……」

「仕方ないですよ。ルビちゃん。問題というものは基本的に、私達の考える範疇には起きえないので問題なんですのよ?」

「そりゃー、そうですけども……」


 そうだよねー。僕達からすると、君達の全員がトラブルの種なんですよねー。解ってるのかなー? 解ってないよね〜っ!

 サフィーナ嬢のやったことはね。まぁしかたないよ。この場の誰がやっても、あの程度の被害は覚悟の上だし。それにこの子達の姉妹で一番上になるパール嬢が暴れれば、間違いなくこんな程度じゃすまないと思うし……。心底僕がお目付け役じゃなくて助かったと思うもの。

 過程のことをどうのこうのと話しても仕方ないね。今は100人くらいでのんびりお茶をしている状態なんだけど、人間の食事は龍族の皆さんに大好評。ホントに美味しい。特に水棲の龍族達はあまり口に入らない野菜炒めやステーキは凄くお気に召した様子。喜んでいるというのは陸棲の龍族だとしても同じ。高級な竜肉のステーキを感涙に噎び泣きながら切り分けてかみしめている。まぁ、龍族とはいえ、野生生活だから。獲物がなければ食事にさえありつけないからね。泣いてるのに若い個体が多い。彼らは縄張り争いで負けることが多いことから、満足な食事すら久しぶりな個体すらいるんだろう。あと、感情的な龍族の長老の数人は、孫からの手料理みたいな感覚で嬉し泣きしているんだよね。まさに感涙って感じ。

 数人の中堅所の龍族が苦笑いする中、追加の龍肉と山菜の肉野菜炒めを、木製のテーブルに豪快に載せるサフィーナ嬢。うん。サフィーナ嬢とローリエ姫の料理はおいしいね。……問題は大口開けながら、大量の肉野菜炒めを口に押し込み、モムっ…モムっ…モムっ……と、噛み砕き飲み込む嵐月嬢。君はもう少しお姉さんを見習おうよ。朧月嬢は確かに大食いなんだけども、それも血族的な理由があるし、食べ方にも遠慮が見えるようになった。イタズラ娘な頃の彼女を知る僕達としては、凄く感慨深い。時兎の娘は波を造り出すトラブルメーカーその物。悪戯娘の代名詞だった朧月嬢がここまで大人しくなるとは思わなかった。……その妹の嵐月嬢はあの感じだから変わる気配はなかろうが。


「おっ? 動いた?」

「動きましたねー」

「でも、持ち出した物は大したことないね。前までの偽天使みたいな物だし。多少強化されていたとしても、あの程度ならアタシらの相手にはならないから」

「次は僕の番でしょ? どれくらいやっていいの? 朧姉」

「次の波を全部潰しても構わないわ。貴方もたまには色月を使って体を慣らしておかなくちゃ」

「む~……。あれ、疲れるから嫌なんだけどなー」


 うん。次も相対する敵さんのほうが可哀そうととれる展開を踏むことになるな。

 先ほど出たキーワード、『色月』は時兎の戦闘形態であり、彼女ら時兎の力を抑制し、暴発を防ぐためのストッパーである聖獣との同化を解除することである。その状態を一時的に解くという意味で解放とも取れるが、その大きな変化として彼女らが個々に持つ魂の色が現れる。その色が強ければ強い程、色月は強力になり暴発の確率も高い。以前、それを許可される儀式、刀授の儀を行う為の試練と言うけれど。アリストクレアさんが試験管となったあの試練に打ち勝っている。まぁ、勝負としては完全に負けていた。

 最後の一掴みを名残惜しそうに頬張り、モムっ…モムんっ…と肉野菜炒めを食べつくす。最後に根菜のスープを口に含み、ゴックンと飲み下した嵐月嬢はご馳走様でした。……と手を合わせた後、気だるげに椅子から立ち上がり、ユラユラと入口から出て行った。

 敵も距離的にはまだまだ時間がかかるみたいだけど、嵐月嬢の力は解放まで時間がかかるからなぁ。姉上である朧月嬢の力は放出に長けているが、妹の嵐月嬢はどちらかというと収束させる力である。暴発はせずとも解放すること自体が難しい。しかも制御という意味では朧月嬢と嵐月嬢は真逆とは言え、難度は同等。先ほどの疲れるというのはそれを意味する。


閤月(ゴウゲツ)? 起きてる?」

「おーきーてーるーよー」

「ごめんね? 寝てた?」

「んやー……。おーきーてーたー。ファー……。ちょっと嵐が楽しそうで、少し前に起きてた」

「楽しそう?」

「うん。戦巫女の本能? みたいな物だねー。嵐は断罪の巫女だから。あの子、カルナの力が強いんだよー」


 何かを考えるように首をコテン、コテンと返しながら、最後に掌をポンっ…と打った。ついでに耳もピンと伸びてる。

 あの様子だと何かを一人で考えて、一人で納得したらしい。まぁ、いいや。

 あの子の力は一度解放すると、周りへの被害がかなり激しい。僕がちょっと本気仕様での結界を張る。ついでに紅葉も似た感じの時空歪曲結界を張ってくれた。それくらいしないと危ないから。嵐月嬢の武器は逆手持ちの双刀。その刀に彼女の神通力を貯めに貯める。これが彼女の戦闘に時間がかかる直接的な理由なんだけどね。

 30分程経過したかな? 敵は例の偽天使を前面に出し、守備重視の包囲陣形で軍勢をゆっくりと前進させてくる。

 そりゃ警戒はするだろうけども……。皆して大盾を構えて、全面防御の陣形を横一列は無いでしょうよ。一応あの盾は魔法を弾く細工がされてるけど、嵐月嬢のは魔力は一切関係ない。たぶんあれはそれはそれは酷い目にあうぞ……。朧月嬢は先程も言ったが放出に長けている。神通力の形が雷に似ていて、それの専攻をしている学者のアリストクレアさんが『(レツ)』の型と言っていた。対して、妹の嵐月嬢は『(ゼツ)』の型。空間に存在する物を制限なく切り裂く力。切り裂く意味ではどちらも同じなんだけど。力の方向性が全然違うんだよね。

 結界の中にいるギャラリーでも老練の者や、神通力の感受性に長けたメンバーから冷や汗が垂れている。

 たぶん、嵐月嬢があの力をあまり使ってこなかったのは、あくまで模擬戦程度にあの力を使うべきでないから。嵐月嬢の技は神通力で戦う者しか対処できない。しかも、彼女の素早い剣技は並みの剣士では対処すらできないからね。そうなると模擬戦や訓練相手は自然に、お母上である心月の巫女様やアリストクレアさん、シルヴィアさん…神族の皆さんくらいに限られてしまう。


「じゃ、今回は…本気で行くよ?」

「うーん。おっけー」

闇月典穴(ヤミヅキテンケツ)……断罪」


 ゆっくりと振りかざした逆手持ちの刀を止めた瞬間、最前線に構えていた6体の偽天使がいきなり消えた。まるで、その亀裂に吸い込まれたようにね。拙い……。僕の張った結界が吸引力に圧されてギシギシと歪んでる。嵐月嬢のいつもの技がいかに調整されていたかがよくわかる。

 そう、嵐月嬢の神通力用法は時空に亀裂を入れて、彼女の思うままに操作すること。今、標的になった偽天使は時空の狭間に吸い込まれ、文字通りダストシュートされたわけだ。それこそ転移魔法の失敗と同じ結果をもたらした。それだけには留まらず、真下で盾を構えていた連中まで吸い込まれている。最近アリストクレアさんとニニンシュアリが開発していた『掃除機』なる物みたいに、まるで人がゴミのように吸われていく。うーん。あの子、この機会に自分の全力がどれくらいなのかを計ってる感じがする。あの子のあの神通力用法は連打する必要がない。注ぎ込むだけで問題ないから、今はその見極めをしているんだろう。

 ただ、失敗したら周りの全てを一瞬で、チュルンっ……とかやられかねないんだけども。

 それを理解できる古龍の皆さんも、もう表情から何から絶望している。彼らだって腐っても古龍だ。古龍は一応は神通力が使える。古きから長きを生きてきた分、魂の重みが増すから多少なりとも使えるんだよ。けど、彼女ら時兎の用法レベルとなると、ただ長く生きるだけでは身につかない。素質云々が重要になる。彼女らはその点でも縛られているから、自由を愛する嵐月嬢はあの力を使いたがらない。


「もう少し?」

「それ以上はやめときなー。それ以上強めると、チュルンっ…てなるよ」

「チュルンっ…かぁ。プリン……」

「……うん。チュルンっ」

「ならやめとく。最後は接近技、試す」

「んー、じゃあ、後は頑張ってー」


 あらかた吸い終えると、彼女は急に神通力を流す方向を変える。今まで双刀に凝縮するように抑え込まれていた神通力が、刃から薄く放出するように流される。

 軋んでいた僕の結界も何とか持ち直し、僕らへのプレッシャーもかなり和らいだんだけど。次は彼女の本来の姿を見ることになる。彼女の動きは手練の剣士だとしても捉えるのは難しいだろう。体を傾け、刀を振るう。生き残って絶望に打ちひしがれているだろう敵兵を、気づくことさえさせずに亡き者にしていく。

 彼女は既に二つ名持ちだ。『無音の嵐』と呼ばれている。

 何故かというと。まずはあの子が暴れ回った後は嵐が来たみたいに荒れるから。あの子の双刀は切れ味ももちろん良い。その上で彼女の時空断裂で、敵や周りにある器物を損壊させていくのだ。それこそ、巨大なスプーンで根こそぎ抉り取られているような状況。そして、あの子は暗殺の技術を祖母の暁月様、基礎的な体術をリクアニミスさんから教えてもらって居るため、ほぼほぼ無音でステップを踏んで無音で刀を振りぬき、悲鳴すら上げさせず葬り去る。完全なサイレント。サイレントキラーなのだ。

 加えて、嵐月嬢の剣技は彼女のオリジナル。神通力で彼女の体を強化し、体を覆って音を断つ。隠密性が高い上、攻撃力もアホみたいに高い。なんでもかんでも彼女は切り離したり、遮断できてしまう。……こっちがいつもの使い方。シルヴィアさんの本気仕様の結界を、撫でるように切り裂くんだ。無音のままに接近し、切れないものは無い洗練された振りぬきは恐怖そのもの。

 ただし、これも万能と言うわけではない。

 いくら時兎の力が飛び抜けていても、使う技がそれに則してハイリスクならば、それだけ苦しくなる。少しでも調整をしくじれば、自身すら飲みこみかねないからね。チュルンっ…て。


「やっぱり嵐の技は難しそうだね」

「ええ、あの技は飛び抜けて危険だもの。だからこそ、アル大叔父様がお相手してくださる時以外は、あの子は気が抜けない。あまり使わないのはそれが理由だから」

「やっぱ、重い力は使いにくいよね」

「ですねー。強い力は確かに有用ですが……。我々も最初からそれに伴う実力を、必ずしも持ち合わせているとは言えません」

「だよねー」


 その通りですよ。皆さん。その意識がしっかりしているから、このパーティーは一応認められたんだから。

 確かに灰汁が強いパーティーであるから、直接の教導をしていないメンバーからは不安視されていた。それも今僕達が問題ない事を確認し、技の程を目の前にしている。このお嬢さん達はこの後に各派のリーダー足り得る存在。お嬢様育ちの数人はまぁ……、この先に誰かしらに鍛えられるんだろうけどね。

 さて、気だるげな嵐月嬢が動きを止め、戦場を見回している。額に手をかざし、つま先立ちをしてクルリクルリと体を回転させていた。ホントにあの子は……緊張感があるのかないのかわからん。その嵐月嬢は一瞬でこちらに走ってきて、外に出て妹の出撃を見守っていた姉に飛びついている。ここだけ見ると微笑ましいんだけど、内情を知る僕らにはゾッとする絡み合いだ。嵐月嬢に限らず、兎のお嬢さん達はどちらも鬼の血を受けている。つまり、馬鹿力。僕や他の人間ではどうあっても受け止められない。一蹴りするだけで地面にクレーターができるのは問題だ。

 楽しそうにくるくる回る姉妹だけど、ちゃんと報告はしなくちゃね? ……と鬼灯が釘を刺し、ビクッとした嵐月嬢がチョコンと立ち、姉に報告。その文言はちょっと気になるけど、だれもあの子に注意する気はないみたいだから。


「ほ、報告……えっと、殲滅…できた。完了?」

(ラン)? さすがにそれは報告とは言えないわ。まぁ、いいけど。やってきたのは見てたし」

「んっ……」


 うん。さすがに報告が疑問形で、首をコテンと倒しながらは問題だ。けど、まぁ、あの姉妹だし。姉の白兎も妹の黒兎も耳をピコピコさせながら手を繋いで帰ってきた。そこにエプロンを付けたローリエ姫が現れ、嵐月嬢の目の前にカボチャプリンを出す。いつもなら起伏の無い表情の彼女の表情が、一気に輝きに満ちた。疲れた後の糖分は彼女にとってとても重要らしく、嵐月嬢は手と耳をパタパタさせてローリエ姫からプリンを受け取ろうとする。しかし、ローリエ姫は背中にプリンを隠し、言葉を紡ぐ。クスクス笑いながら、いつもなら無口で感情が表に出ない嵐月嬢を、ここぞとばかりに弄り回すローリエ姫。……しかし、ちゃんとローリエ姫からヒントが出た。

 ははは。そういうことか。相手の良心にはちゃんと誠意で答えるべきだね。

 それを理解したのか。へんにゃりし軽くぐずっていた嵐月嬢はペコリと頭を下げ、ローリエ姫に疑問符つきのお礼を言う。「ありが…とう?」……とね。ローリエ姫もクスクスと笑いながらカボチャプリンを手渡し、満足げにゆっくりと味わう嵐月嬢を横目に見ながら運転席へ。座席に座った彼女は再び『エルダートレントハウス』を稼働させた。

 これは少し前にルビリア嬢と話し合い作られた。それもそのはず。ローリエ姫はそれほど工学系の知識を持っている様には見えない。実際に持ち合わせなかった。それを快適に設計しなおしたのがルビリア嬢である。夜桜勇者塾でも主に父からの薫陶を受けているルビリア嬢は、魔法工学はもちろんのこと工学や化学も修めている。それを構造的にローリエ姫に伝えた。より快適な移動という魅力的なワードに依頼者側が興味を示したこともあり、彼女が手を入れたらしい。その際にあの家族の悪い癖、『悪ふざけ』と『魔改造』が火を噴くことになったのは言うまでもない。

 まさかこの拠点の命名もルビリア嬢だとはね。『エルダートレントハウス』……。その根っこの下にキャタピラとなんかよくわからない機構がついて、先ほどよりも揺れが落ち着き、速度も上がっていた。


「それにしてもほんとに一方的でしたわね。さすがは嵐ちゃんですわ」

「んっ……それほどでもあるっ」

「確かにねー。あの技はアタシでも怖いは。絶対やり合いたくない」

「あ、サフィ姉とかは僕じゃ吸えない」

「え? なんで?」


 ここで嵐月嬢から驚愕の事実が飛び出した。完全無欠と思える彼女の時空断裂にも、根本的弱点が存在したのだ。あの時空を切り裂いて吸収する能力は、嵐月嬢よりも器が小さい必要があるらしい。つまり、神通力の最大量が自身よりも多い存在は吸えないということ。彼女曰く、「詰まる」らしい。一応、嵐月嬢の知る中では何名も居るという。指折り指折りしながら数えただけでも意外と居たな。

 安心なのが僕や紅葉も吸えないらしい。その場合ならば最後に見せた格闘戦術で、切り伏せればいいらしいから安心とは言いきれないのだけれど。それで完全無欠かと言えば異なり、格闘戦術の方にも限界があるという。僕や紅葉みたいな存在ならば、異能形態が非対応な為、ほとんど抵抗なく切り伏せることができると言う。けれど、常時体を神通力の膜で覆っているような存在にはあの刃は通用しないらしい。一番顕著な例が初代オーガに連なる一族だ。夜桜先生は言わずもがな、クルシュワル様、リクアニミスさん、アリストクレアさんに始まり、その子らも全員その気配がある。だからあまり相手にしたくないという。中でもパール嬢とエメラルダ嬢とは絶対に戦いたくないとも。

 あと彼女が使いたがらない理由は、最後まで引っ張った理由が本命。あの技は総じて燃費が超悪く、全力で使って戦えるのは数分だけ。できるだけ温存しても一時間が限度。そんな技を乱発はできない。

 嵐月嬢の弱点は圧倒的な攻撃能力ながら、それだけの弱点が明確にある点。こっちは稀な例だけど、無効化してくる相手にはとことん弱いこと。僕から言わせてもらえば、その辺の敵に使うにはオーバーキルになると思うし、そんな技を使うならアリストクレアさんの拵えた刀で不通に戦ったほうが楽だと思う。そうやって言うと、「それも……そう」。……と、プリンを食べながら言っている。それにしても美味そうに食うなー……。

 その後に姉の朧月嬢からも追加の説明が入る。

 嵐月嬢に限らず、時兎の血族はとにかく燃費が悪い。『色月』は神通力放出を抑制している聖獣というストッパーを引き抜いて、常時神通力を駄々洩れ状態にしてしまうと同義。元から燃費の悪い存在がそんなことをすれば、戦闘継続時間が著しく短くなるのは言うまでもない。これは神通力や強力な氣を使う存在に付きまとうのだけど。体に内包すれど強すぎる氣は流動を加速させ過ぎれば、体内機能の幾つかを摩耗させる。いくら寿命が無いような種族でも、乱用すれば死に近づくのは避けられない。できることならそんなことはしない方がいいのだろうけどね。体を慣らさねば、いざと言う時に急回転を引き起こし、致命的なダメージを受ける可能性がある。戦巫女である嵐月嬢はその点も考えねばならないのか。


「ほへー。私、帰ったら龍王様からしっかり教えを受けたいと思います」

「それがいいよ。龍氣は神通力よりも直接的に体へダメージを出す。アタシら龍に近しい存在なら微々たるダメージだけど、ローはドリアド族だから。ヴォーレル帝にも話は通したほうがいいだろうし」

「ですわねー。あれ? でも、そしたらルビちゃんもまずいのではなくて?」

「えっ?」

「ルビちゃんはお母上にものすごく近いのですよね? だとしたら、神通力腺の放出量が今は極端に少ないはずでは?」

「だよ~……だから。私は魔法を主に、そっちはちょろっとだけ使うの。一気に使うとだるくなるから」


 さっきから会話そっちのけで、ごそごそと書き物をしていたルビリア嬢。そんな彼女もちらりと顔を上げて話してくれた。そのルビリア嬢だが、彼女は4歳という異例の年齢で学位を取得した偉才なんだけど……。彼女は外見では姉妹の中で一番年相応。外見と年齢が噛み合っていて、まんま美幼女。上の姉3人ほどに、外観から飛びぬけてはいない。まぁ、お母上譲りで大変見目麗しいのは姉妹揃ってそうだけど。

 そもそも女神の姉妹は皆が特異な種族だ。彼女も純粋な人ではなく、新種のアンデッドである。ウェーブのかかった深紅の髪を長く伸ばしていて、目にかかる程度の前髪で後ろ髪は腰まで伸ばしている。ヴァンパイアらしく肌は不自然に青白く、瞳は深紅で瞳孔が開ききっている。あと、どうでもいいことだけど。実はルビリア嬢は5歳くらいで身長120㎝、サフィーナ嬢は7歳で身長140㎝、エメラルダ嬢は8歳で130㎝、パール嬢が10歳で120㎝……。一番下と一番上で身長一緒なんだよね。

 四姉妹はどの子も色合いがすごく強い。

 漆黒に染まり艶やかで重厚な美髪。また凛とした覇気と涼やかな声音は、一言発するだけで人々を飲みこむ。今や戦姫として同盟国中で有名なパール嬢。

 ウェーブの強い翠髪と冷淡ささえ見える横顔。無機質ながら整った容貌は美の女神や化身ともいわれるエメラルダ嬢。

 自由闊達な気風に合わせ、豪放磊落な龍の姫。短く切りそろえた蒼髪は海を思わせ、魚民や武を重んじる人々から支持の厚いサフィーナ嬢。

 長く緩やかな深紅の髪を持つその魔性の美。怪しげな占術師でありながら、学者としても各派から注目されているルビリア嬢。

 四姉妹では一番下で、次女のエメラルダ嬢以上に日陰を好む傾向が顕著。ただ、目の前に居るルビリア嬢は自己主張こそしないが、野心が無いことはない。上の姉妹が各所で勢力を伸ばす中、彼女は着実に誰も勢力を持たない地下世界で勢力を伸ばしている。それをここに居る全員が注目していることは言うまでもなく、特に気にしているのはサフィーナ嬢。特別に目をかけている妹だもんね。かわいいのだろう。


「ルビはどうなの? 最近は父上と勉強ばっかりしているみたいだけど」

「私は元から戦や勢力争いには興味はないからね。できれば、父上みたいに好き勝手に研究できる地盤が欲しいってくらい」

「ルビちゃんは研究者さんなのですね。私も薬学は楽しいのでゆっくりできる研究施設は欲しいですわ」

「うん。突き詰めるのは楽しい。……けど、私はまだ年齢やいろいろな足場が足りない。姉上達のように派手に手を広げる気はないけど、身の丈に合った環境が欲しいんだよね」


 まさにルビリア嬢らしい発言に皆が笑顔になる。それに赤面するルビリア嬢。ヴァンパイアだから紅潮するとくっきりとわかる。この子はどちらかと言うとクールな表情だ。その子が恥じらうのはなおかわいらしい。ルビリア嬢は顔立ちこそ最も母上に似ていて、その表情が崩れるのはなおのこと。

 紅葉と鬼灯も本質がハイエルフだから、かわいい物が好き。2人してルビリア嬢をなで繰り回している。

 それを無表情に見る嵐月嬢は……まだプリンを食べてるな。ものっ凄くゆっくり食べてる。その嵐月嬢の横には微笑ましいものを見るような朧月嬢が居住まい正しく座っていた。サフィーナ嬢も机に頬杖つきながら似た感じの視線。それをローリエ姫が発言することで現実に引き戻す。ローリエ姫曰く、かなりダイアン皇国の外縁都市に近づいているという。そうなると、敵の本拠地に近づいているんだから、敵の反撃も当然激しくなる。徐々にローリエ姫の探査で敵の規模もわかってきた。うーん。これならクラウゾナス帝国の時のほうが、大惨事って感じになってきてるんだよね。なんか地味で退屈……。ダメだダメだ。他人の不幸を願っちゃいけない。

 軍団はほとんどがえらく古めかしい兵器に人間が並んだ軍隊。右翼、左翼の主戦力は騎馬隊で、中心は重装槍兵。ファランクスを組むための陣形だ。その後方には大型のバリスタや投石器、移動できる弓櫓なんかがある。うん。凄く古典的。ちなみに僕らでいう魔法使いもたくさんいるけど、あれで精鋭って言うんなら凄くしょぼい。練度も魔法の精度もボロボロ。僕一人でも一撃殲滅が可能だ。その程度の集団をローリエ姫に相手をさせるのか。ちょっとこの先が不安。うん、絶対やり過ぎる。


「では、朧月様。第三陣は私が迎え撃ちますわ。どの程度お仕置きすればよろしいですの?」

「深追いしない程度でしたら殲滅も視野に入れてください。おそらく、外縁とは言え、主要都市なので増援はひっきりなしに来るでしょう。持久戦は必至。あまり無理はなさらないように」

「心得てますわ」


 ローリエ姫の戦い方はさっき見た。ただ、サフィーナ嬢から言われたことで、龍氣での運用を改め、少しハイコストになるけれど魔力での代替術式を組んだ様だ。先程からルビリア嬢が書き物をしていたのは、ローリエ姫からの依頼だった様だ。

 僕が扱うのとは丸っきり異なる魔法術式の書式だね。

 魔法って一言に言っても、やり方は様々だ。で、アレはその内の術式魔法。通常魔術や召喚術、構築術は彼女らのように魔術式を組むと、かなり行程をすっ飛ばせる。特にルビリア嬢のお父上であるアリストクレアさんの学派が用いる数式を基礎にした行程書式。これは1度学べば癖が少なく扱いやすい。対して僕らが扱う文式は個人差が出やすく、同じ式を組んでも使用者の練度や素質でムラが出やすい。どちらを使うかは個人の趣味だけど、個人的には数式の方は堅苦しくて美しくない。だから僕は文術式を使う。ローリエ姫もリナリアの魔法形態から、これまでは文式で構成していた。その術式を見直し、新たに組まれた数式の術行程式を使うみたいだ。

 この子も非凡な才を持つのは言うまでもない。あのお母上であるからして、才を受け継いだならば奇人変人の類にすら該当する。普通なら一目見たい程度で数式術行程式をいきなり流用はできないんだよ。いくらルビリア嬢がかなり丁寧でわかり易い式を書いたとして、素人が読み解くには基礎知識の面で足りなさすぎるはず。それを容易く読み解き、果ては自分なりの改良すらする鬼才だ。未来のリナリア帝国女帝は天才の域を超えた存在なんだろう。


「さすが、本職のお方が組む術式は扱い易い。……ですが、私が開発した新魔法形態ですわ。私の方が慣れの面で上みたいですわね。ふふふっ、死姫との友好も捨て難い。私はなんて恵まれているのでしょう!」


 なんか、また1人でエキサイトしだしたぞ?

 ルビリア嬢が組んだ術式回路を反復接続し、1部を改変切り貼り。龍氣回路から魔力回路への代替により増した燃費を、地脈から神通力を引っ張りこんで抑制した。さらに、構築された器物への指令も同時に並行処理。物凄い才能だ。よく脳がパンクしないな。

 まあ、彼女は近人とは言え、中身の過半数以上が精霊だ。精霊は概念生物。思考の多重化や並行処理程度なら普通にやるか。

 そのローリエ姫は植物で軍団を構築していた。しかも植え付けではなく、キャタピラや車輪で動く。ユリの花をモデルにしたであろう先程使われた砲種花はもちろん。ヒマワリをモデルにした光線攻撃を行う物なんかはわかり易い。後は花の種類は判らないけれど、ガトリング砲や榴弾砲、多分焼夷弾だと思う種を装填した花など……。もう怖い。この時点で惨劇が目の当たりにできる事が確定してるから。


「では、私達は高みの見物と行きましょう。先程はありがとうございました。ルビちゃん」

「んっ。回路の簡略化と兵装の知識だけだから。お易い御用」

「ふふふ。次からはちゃんとお題を支払いますわ。私はリナリアの姫。まだ、皇女ではありませんが、帝の位を継ぐ娘ですので」

「んー……。硬っ苦しいからいい。……とは言えないか。立場があると大変だなんだね。ロー姉」

「そうですの。大変なのですわ。ですから、リビドーは発散せねばなりませんの。ついでに…………痴れ者も、一掃いたしましょうねっ♡」


 敵さんのバリスタや投石器、弓兵からの一斉掃射がかかる。しかし、それを上回る手数で無情な種の雨が猛威を振るう。

 最初に放たれたのは筒状の長細い花弁が回転し続け、長細い種を吹き出すガトリング砲を模した花。敵が放つ大岩や大きな矢、通常の矢は到達前に種に巻かれて叩き落とされていく。また、その後ろで斜め上方に向いた巨大な花から、これまた巨大な種が勢いよく飛び出した。その種は遥か上空で分裂し、油を撒き散らしながら発火。文字通りの火の雨が敵陣へ降り注ぐ。弱り目に祟り目とは言うが、それを意図的にやっているからえぐい。ローリエ姫は楽しそうに、切れ目なく種の雨を降らせる。

 これだけやってもまだローリエ姫の手数はまだほとんど温存状態で残っている。収束に時間がかかることが原因だろうけど、準備に時間がかかっているヒマワリの光線砲もそう。ほかにも僕では判別できない兵器を模した草花があちこちにある。しかも、彼女のドSっぷりがさく裂している。ガトリング砲を模した花から射出された種は地面に根付くと、回転刃のようなギザギザした双葉が開き、人を狩っていくのだ。草を刈る機械の草刈り機ではなく、草が人を狩っているのだ。人狩り草とでもいえばいいのかな? あと、最初に言ったんだけど、ローリエ姫の植物兵器は自分で根っこを引っこ抜いて歩き出す。つまり、人狩り草は人を追いかけまわしているわけだ。

 もうこの現状で敵陣は阿鼻叫喚。あと通常の戦なら、いきなり敵陣の真ん中に兵力を投入することは難しい。魔法があっても、普通なら容易ではないんだけどね。それを疑似的な生命体でやるもんだからもう酷い。敵の最終兵器っぽい偽天使も出動と同時に迫撃砲みたいな花により撃ち落され、地面に落下。落下したところで回復不能になるまで人狩り草に切り刻まれる。もうパニックムービーのほうがかわいく見える光景だよ。


「えげつねー……」

「ですね。アレは敵のほうが可哀そうです」

「でも、あれくらいやるのが戦としては妥当かもよ? 敵の敗残兵や逃亡兵を残しておくと敵味方関係なく、略奪被害が出るし」

「あー、まー、そうなんだけどさ。とはいえ、あそこまでやるとはな」

「……許可を出したのは私ですけど。アレは恐ろしいです」

「えっ? あの歩く草かわいくない? 僕一本欲しい」

「やめなさい、嵐。さすがに母上がお怒りになりますよ」

「そだね……。ママは怒ると怖い」


 あの人狩り草をかわいいと言える嵐月嬢の感性にも一言付けたいが、それよりもあの草花ってどうなるんだろうか。彼女の魔力と地脈から多少引っ張り込んで動かしてるけ……あー、そういうことか。地面から根っこを引き抜くと、供給が立たれて5分くらいすると自然に動きが緩慢になる。果ては萎びて枯れてしまうようだ。よくよく考えればアレは魔法で造り出している疑似生命。本当に重厚な術式を組んで召喚したり、何かをもとに錬成しない限りは長命な疑似生命は生まれない。ゴーレムなんかだって相応の素材を用意しているからあれだけの行動ができるだけで、遠隔で種から育ったのみの植物型の疑似生命が、長く動き続けることはない。

 自壊していく人狩り草だけど、それ以上の速さで種が射出されているからね。金属の鎧すらひとたまりもなく一刀両断。回転するあの葉に対して敵兵は逃げ惑うことしかできない。いや、逃げるのも難しい。葉のリーチは直径2m。つまり片葉が1mサイズで、人間の体格の植物が走ってくるのだ。しかも、種は次々に打ち出され、戦友を貫き跳ね上がった種が大地に根付く度に増えていく。殺人植物の脅威は終息する様子はない。

 ……それから30分程経過した頃に、ローリエ姫が筒袖に手を通し、深々と頭を下げる礼を取る。

 そのまま朧月嬢の目の前に歩み寄り、敵兵の殲滅完了と領域の主張を行った旨を報告していた。ちょっと頬の引きつりは残っているも、礼を解いたローリエ姫へ右手を差し出し握手をする。労いの言葉を述べたのちに、直ぐで申し訳ないが……と『エルダートレントハウス』改め、『エルダートレントタンク』を動かしてもらうように願う。ローリエ姫は笑顔のまま全員の収容を確認すると、『エルダートレントタンク』を発車させる。


「それにしても意外と虫けらの掃討に時間がかかってしまいましたね」

「む、虫けら……」

「しゃーないんじゃない? 朧姉の言ってたように都市から増援来てたし」

「虫けらは訂正しないのね。サフィ姉……。そうだね。いくら手数があってもリポップされると面倒だよね~」

「うむうむ。ロー。プリンお代わり」

「はいはい~。カボチャプリンですよ~」


 ローリエ姫が一人いると旅行は飯も宿も考えなくていいね。だからと言って便利使いはいけないよ? 嵐月嬢。

 朧月嬢が少したしなめるが、嵐月嬢の心と意識は絶品カボチャプリンに向いていて聞いていた様子はない。この子はこういう子だ姉上もほとんど諦めているから、一応注意したに過ぎないし。その姉上、朧月嬢はローリエ姫からいろいろ聞いている。エルダートレントタンクの機能で索敵しているらしいけど、宗教勢力はもう攻撃できる余力もない様子だ。以前の新興宗教国家戦線と似た感じ。最終局面で教祖や教皇、枢機卿とか言われる人々が逃げ出そうと画策しているのだけど、……遅い。以前の方がまだ狡賢かった気がする。

 次の順番的にルビリア嬢だ。

 ルビリア嬢の性格的にやるときは徹底的だ。しかも、お父上から直に薫陶を受けた魔法工学や、生命魔法工学の粋を結集した下準備をしている。さらにルビリア嬢はあの兄弟姉妹の中で一番慎重であるが故に、結果を出すまでに時間はかかるも最高の結果を出す。彼女の侍従でもあるアンデッド達は、彼女が作り上げた兵器を用いて暗躍。既にダイアン皇国とルージュ王国との前線ギリギリから、ダイアン皇国の陣地へと攻勢を仕掛けているのだ。

 通常のアンデッド……。いや、リビングデッドの弱点は聖魔法だったり、日光と言われているが……。彼らは死を超越した存在、アンデッド。死しながら生きる者。その死を超越した姫の眷属には人が用いる程度の技など関係ない。ローリエ姫の動かすエルダートレントタンクへ、念話通信がひっきりなしに飛び込んで来る。

 その報告をルビリア嬢の魔道具、『タブレット』という魔晶板で管理している。あの魔道具は背面に高精度な魔法工学の回路を仕込んだ物。各班の代表が同型機を使ってルビリア嬢へ報告しているんだよ。まぁ、使っている武器が武器だから、負けはあり得ない。ルビリア嬢の説明では、様々な武装がある中で屋内戦ではあの銃が強いらしい。サブマシンガンという銃らしいね。あれはアリストクレアさんのコレクションの中にあった。なんでも初代オーガ様がお気に入りの銃で、取り回しがいいシステマチックな物らしい。カスタムしやすく、軽いという。細かい性能や名前まではわかんない。確かMK? MP…5、7だっけ? 9だっけ? まぁいいや細かいことは。


「あ、やっと来た。ブレイブリッチのシャムル隊がダイアン皇国の主力を打ち破ったって。今敵さんは首都にみんなで引きこもってるみたい」

「……ということは、宗教系のお偉いさんも一緒に閉じ込めた感じ?」

「そうみたいだよ~。まぁ、仕方ないよね~。高位のアンデッドが凄い数で攻め立てればさ。あんな風になってもさ」

「では、ルビはこの辺でやめておくの?」

「ん~? 朧姉のバックアップに皆で動くつもり。だから、暁の抱擁で出ようよ」

「ふふふ、いいね~。さすが我が妹。わかってんじゃん!」


 僕らは苦笑いしつつ、直ぐに手を出せる位置に皆で配置についた。これもルビリア嬢の指示からだね。あ、僕と紅葉、鬼灯は少し違うけど。

 サフィーナ嬢の私兵である古龍族と、ルビリア嬢の眷属である高位アンデッド達は要所要所を陣取っている。ダイアン皇国のある程度良識のある者達は、比較的人に見えるリッチの変異種達が逃がしている。その進路に敵対意識のある者が現れると、様々な銃火器で制圧。とてつもなく強力のある武器で殲滅していく。近代の銃火器と、剣や弓ではどうしようもない。しかも、制圧班だけじゃなくて、あちこちの高所には狙撃できる銃を持ったヴァンパイアが張り付いている。いざとなれば重機関銃を引っ提げたタイタンゾンビ居るし……。

ヴァンパイアは闇魔法の使い手。陰纏いや影隠形などの高等魔術を苦も無く使う。

 これらの魔法や高位であるが故、生半可な聖魔法や結界など無意味とばかりに突破する。そして、銀や聖水、ニンニクと挙げられる苦手であろう物の全てが無意味。実際にやられたが、服を汚されてキレてた。これだけでも問題なんだけど、これに加えて魔術のエキスパートであるリッチの存在がある。リッチは生前の技能に左右されやすく、基本的に高位魔法使いの成れの果てであることが多い。しかし、ルビリア嬢の元に集うリッチは、基本的に一癖も二癖もある変人ぞろい。何せ、異世界出身のリッチまでいる始末。また、今回の戦線にはそれほど関与していないが、特攻戦力として最強を誇る死龍の群れ。何度砕かれようとも再構成し、不屈の精神で立ち上がるスケルトン系のアンデッド。夜間に限られるがゴースト系、あまり前には出たがらないが、ゾンビの系統などは精神的にも大ダメージだろう。


「ここまでしてしまえば、もうどうにもならないでしょうね」

「というか、聖魔法の効かないアンデッドって反則じゃね?」

「それがそうでもないんだな~。実はアンデッドって個々に弱点がちゃんとあるんだよね。まぁ、手の内は晒す気ないから言わないけど」

「ふーん。それならアンデッドも言っちゃえば普通に生きてるのと変わんないじゃん」

「それは違うかなー。私も含めて、死を超越している。普通なら死んでいるような物事でも、私達は死なない。そういう特異性のある存在ってだけ」

「言うねー。でも、ねーちゃんに喧嘩じゃかなわないよ?」


 街壁内には無数のアンデッドが入り込み、壁の周りにもその他の直接戦闘要員のアンデッドで占められている。さらにさらに、数こそ圧倒的に少ないが、生命として超越した存在、古龍の群れが構えている。内壁の人間達は知る由もないけど。もう首魁を差し出す以外に逃げ道は無いし、主要人物の閉じ込めと目的はこれから起こす神技にあるんだよね。

 身内での張り合いをしていた2人の背後から、唐突にアクロバットして嵐月嬢が飛び出してきた。さすがの2人でも完全気配遮断の異能を持つ嵐月嬢が相手では驚く。

 気の抜けた声で『スちゃっ……』とかいってる。目の前に両手を開いて着地した嵐月嬢を、2人はジト目で見つめる。……外壁部では手作りの丸に10と書かれた手持ち札を持つローリエ姫と、神技の下準備をしている朧月嬢がいた。嵐月嬢は朧月嬢の準備完了を待っているのだ。それまでの間におふざけをねじ込む理由にはならないんだけどね。嵐月嬢は楽しそうだけど。

 もうあの子の行動に何を言っても無意味なことを悟ったギャラリーは、コメントすらせずに当然のことのように流している。そして、唐突に街壁の周囲を囲うように結界陣が立ち上がり、朧月嬢から準備完了の声が届いた。


「嵐、準備いいよ」

「あ~い。じゃ、やる」

「はっ!! 神域召聖!!」

「我、黒天の裁師……。境界の二女神の加護の許、罪と罰を露と雫と大星の啓示を賜らん」


 ここは時兎の加護の無い土地だ。元から僕らが住んでいるセルガーデンには満ちている神の加護であるけれど、この土地は神の加護から切り離され取り残されている地。そこに時兎の加護を満たすために朧月嬢の神通力と儀式系異能で神域を構築したのだ。そこに空から巨大な天秤が降りてきて、僕にはわからない言語で嵐月嬢の呪文が流れる。

 最初の内は何の変化も起きなかった。しかし、十数分後のことだ。急に街壁内部の土地で主に二か所から絶叫と呻き声が響き渡る。外観からして神殿とスラム。あとは細々した何かしらの場所。冒険者ギルドとか役所とか? そんな感じの外観の建物かな。何にせよ、一番絶叫が大きいのは神殿。次がスラムだ。その二か所からは濛々とどす黒い氣が沸き上がり、巨大な天秤の片側に蓄積されていく。うん。凄い力だ。これが時兎の秘儀の1つ。断罪の儀。

 現在、このダイアン皇国首都の街壁内は限定的に境界の神と自称する二柱の女神の加護に満ちている。その加護は絶対無慈悲。しかし、それはその者の行いにより覆る。善行と悪行という混ざりあわない二つの要素を足し引きし、最終的にどちらの収支が多いかでその者の処遇が決まる。また、罪にも大きさがあり、大きな罪、小さな罪、大きな善行、小さな善行。その合算と足し引きが、無慈悲な二柱の女神の裁定で評価され、その者の未来へ反映されるんだ。


「そうですね。アルフレッド先生の解釈はとても近いところにあります」

「その言い方だと満点ではないんだね」

「えぇ、先生は無慈悲とおっしゃいましたが、あのお二方が無慈悲であるならば、罪の大小など鑑みずに見り捨てるでしょう。とても慈悲深い女神様方だと私は思います」

「ねぇ、聞いていいかしら」

「何でしょう、紅葉先生」

「罪の償わせ方って……それなりにあると思うけどさ」

「それは、その者の業に従うとしか……。私などでは天上の主がお考えになることには、思い至ることなどできません」


 そういうことね。解るけど。解らない方が精神衛生上は良いってことですか。解らなくもない含みだね。この世に神が居ようが居まいが、知らぬが仏、神のみぞ知る。……というよりも無知は至福なんだ。知らなければ、後悔しなくても済むことはこの世にごまんと存在している。誰だって、苦しい現実は見たくないだろう。僕もそうだ。

 最終的に天秤の片側に集まったどす黒い何かが急に爆ぜ、時兎の秘儀により造形されている結界に張り付くように広がった。そして、未だに呪文を唱えている嵐月嬢がひと際大きく声を張り上げた瞬間に街壁の外に数百人単位の人間が訳も分からずという表情で立っていた。また、その中には街の中にいた上位のヴァンパイアなどのアンデッドなども混じっている。何事かと驚いているな。それもそうだろう。だって、これこそが国に対しての断罪。国の指針を示す者が腐っている時。その腐った者に連なり腐敗を伝播させた者。その全てを己が罪の重みを背負い、これまで貶めてきた者の怨嗟をその身に受けるまで……。許されることはない。いや、永遠に許されることは無いのかもしれない。人の命で償いきることができるかわからないからね。死に逃げることもできず、解放されることもない。永遠に彼らは罪を償い続けるんだろう。


「あ、あの、コレは何が起きているのですか?」


 何やら代表舎であろう人が、集団の中から進み出てきた。朧月嬢が僕に視線を向けて来たけれど、僕は首を横に振り、彼女を促す。朧月嬢は頷き、歩み出てきた貴族だろう中年男性に話し出す。

 まずは自己紹介。彼女の素性と彼女らが見せた神にも等しい……、いや、実際に神の力を借りていたわけだけど。それはこの上ない証明となり、代表の男性は再び集団の中に入って行き、1人の少女を連れてきた。へー、この子だけこの集団で抜きん出て異質な雰囲気を感じる。この感じは、神の氣を取り払った上で言うならば、初代様達に似た雰囲気があるんだよ。朧月嬢もしっかり気づいてる。感心感心。

 話し始めた感じは、あの子は年齢と外観が合わないね。

 印象的には潮騒の天才児、泳鳶君に近いけど彼からはあの異質な氣は漏れていない。ここは完全に朧月嬢にお任せした方がいいね。中途半端に僕らが話すより、それらに関わる始祖がより近い存在の方が適任だ。僕は紅葉と鬼灯に目配せし、2人には残りの子達とダイアン皇国の生き残りを調べてもらう。時兎のあの儀式はあくまで断罪。何に対しての罪かどうかが問題で、僕らに対する害意を罪とは判別してないはずだ。

 だから、改めて嵐月嬢にお願いして、あの集団から僕らに対して悪意ある人間は叩き落とすつもりなんだ。

 その間、僕は嵐月嬢とは違う判別法で、目の前の少女についてを調べる。僕は古き血とは言えども、英雄達の血筋ではない。その英雄により創られた、直接の眷属の血筋だ。毒怪沈龍のさらに古き血脈を受けた観察者の1人。


「お初にお目にかかります。私はダイアン皇国、聖セリシウス神殿の聖女、マリア・クリスティナと申します」

「これはご丁寧に。私は時兎の神殿での次代聖殿の巫女である朧月でございます。お見知り置きを」

「……単刀直入に申し上げます。時兎の神殿の皆様はこの国を何故侵略なさったのですか?」

「侵略? はて、……我々が武力行使に至ったのは、ダイアン皇国正規兵からの一方的な攻撃を受けたからにほかなりません。我々は報復措置と、非人道的な魔法施術への断罪以外はしておりませんよ。ダイアン皇国側からの攻撃意思もしくは非人道的な行為がない限りは、我々は刃を取るつもりは今もございません」


 あー、ダメだ。朧月嬢の威圧が強すぎる。相手の子は完全にプレッシャーで押しつぶされちゃってるし。まあ、僕も彼女と面と向かって交渉はしたくないけど。

 まあでも……収穫がないわけでもないか。

 あのクリスティナと名乗った少女は、初代様達が言う所の転生者だ。しかも、実験的で不安定な副産物。どうやら、ルージュ王国に本命があるみたいだね。ただ、ルージュ王国が陣を抱えているけど、召喚に必要なノウハウが失伝してるのか? ダイアン皇国はレプリカを作り出し、様々な手を尽くして勇者召喚を試みた。しかし、成功例はこのクリスティナ嬢の『転生』だ。それに味をしめたのか、ダイアン皇国内の十二聖人神殿が非人道的な術行使を乱発。……できあがったのはあの偽天使だ。

 彼女も被害者の側だと思う、クリスティナ嬢は放置してはおけないね。不安定な術式での擬似的な転生により、彼女自身がかなり状態が良くない。体に無理やり魂を貼り付けた感じだから、肉体と魂の間で齟齬が生まれてあちこち剥離しはじめてる。彼女が死を望むなら、そのままで何ら問題ないけど。養父らしい先程の中年に恩を感じているらしいから、死を受け入れるかどうかは……。いや、無理だろうな。死を簡単に受け入れられると言う事は、諦めに近い。彼女の目はまだ死んでいない。彼女はまだ生きていたいはずだ。


「……私達の処遇に関しましては?」

「はい。現在、我々の中に居る真偽鑑定官が皆さんを鑑定しています。その上で、私達より上の立場の方々からの判断で、保護の段階を判別し決定致します」

「わ、解りました。こちらも全員の意思決定ができている訳ではないのです。少々、お待ちいただけますか?」

「それは言うまでもなく。我々がこちらに来たのは、本来は話し合いが目的だったので」


 嵐月嬢の鑑定が終わった様だ。ルビリア嬢のヴァンパイアとリッチが誘導し、グループを2つに分けていく。たぶん、すぐに移送しても大丈夫なグループと、クラウゾナス帝国の中で移住を許されなかった人と一緒にするグループに分けたんだろう。嵐月嬢は不思議ちゃんだけど、やる事は完璧。優秀な子なのには間違いないんだけどね? あの子は不思議ちゃんグループのリーダー。やることなすことに脈絡がない事が多くてさ。信頼のおけるこういう類の物事以外は頼みにくい。感性の問題だけど、彼女は可愛らしいが女の子らしくない……。そういう想定をして頼んでもズレた回答が帰ってくるから。

 その嵐月嬢が分けたグループ。完全に事務的に分けたな……。中には家族とかそういう括りを考えずに分けちゃってる。彼女にはこの辺を改めて慣れさせねばならない。

 人間味とでも言おうか? 人型の種族の中にあるけれど、彼女らは最初から超越種として育てられた。僕らの同期である心月の巫女……彼女らのお母上は良くも悪くも、世相からの視線に晒された事で、その辺を鑑みる事ができる。……が、嵐月嬢はそれができない。もしかしたら、理解はしているのかもしれないけれど、無視している可能性も捨てきれない。


「できた……けど。ここからはルビやローに頼む。僕には人の情は分からないから」

「了解しましたわ。ルビちゃん。個人情報を看破して、書類にまとめていただけますか?」

「うへー……。あんまりやりたくないんだけどな~。解った。人数居るから、30分くらい待って」


 嵐月嬢は神の加護と呼ばれる強力な力に縛られている。僕らの中には少なからず居るけどね。

 例としては魔法神の加護が強すぎる紅葉や檜枝。芸術神の加護が強すぎる僕。悪神の加護がそのまま顕現したようなパール嬢……とかね? 他にも何人も居るけどキリがないから。嵐月嬢は断罪異能の精度が高い代わりに、そういう情緒や感性に歪みがある。純粋な人種がほとんど居なくなってひさしいけれど、人の形で生まれた人に近い種族はそういう感性は失っていなかった。そういう意味では僕らや彼女らは概念に近いのかもしれないね。

 長きを生きた古龍や、アンデッド達は起伏もなく自身の欠落を口にした嵐月嬢に、各々で視線を向けている。

 若いと言うか、幼いメンバーはそんなもんか……。って感じでだけど。僕も含め、ある程度の年齢の大人は目の前の5人の少女へ、不安げな視線を向けている。本当ならば、先に人並みの情緒を育て、後から人の生き死にや、罪と罰…業の循環を学ばせたかった。しかし、それは叶わなかった。それが運命というならそうなんだろう。けれども僕はそれを受け入れたくない。ニニンシュアリやカルフィアーテは物事に順応的で、ことなかれ主義だ。……僕は違う。人には人としての枠がある。人として生まれたならば、人として生を謳歌して欲しい。それがわがままだったとしても……ね。


「よーう。お前さんが俺の子孫かー?」

「うわっ?! だ、誰だ!?」

「ははは、そうだよなー。ふつーなら、こんくらいは警戒するべきだよなー。おう、自己紹介スっから魔法はやめろ」

「……」

「そうそう、警戒は抜かなくていい。俺はこの世界じゃ異物なんだからな。俺は初代の英雄、剣宝(アレン)。名も無き英雄だ。初代オーガの盟友が1人だよ」


 ……その名は知っている。初代オーガ様が世界を創造する上で、その基盤たる物を創り上げていた造形師の1人だ。しかも、下地を創っていた初代オーガが背を預けた剣の達人。

 しかし、彼らは長きに渡り名を隠していた英雄だ。なぜ今更? というか、僕が彼らの子孫? そんな馬鹿な。だって、彼は剣の神。剣聖の加護を与える技の神なんだから。運動音痴の僕にはかけ離れた存在なんだけど?

 そんな僕の反応にカラカラと楽しそうに笑う英雄剣宝。

 ……なるほど、僕らは血筋のみって事ね。細かい事は、神界での規則により話せないらしいが、僕達森人が毒怪沈龍ながら人の形を得られた根本に、この人が関わるらしい。まったく、こうも頻繁に初代の英雄達に遭遇したくはないんだけどなー。なんというか、この世界のバランスを整えるために皆さんが動くのは、至極当然かもしれませんがね? 僕らの中では貴方がたが受肉現界するなんてのは、明らかな変事に違いない訳ですから。

 そう言うと。彼は「ちげーねー!」などと大笑いしながら僕の言葉を豪快に肯定した。しかし、直後に彼はとてつもなく厳しい声音に変わり、ダイアン皇国とルージュ王国の最前線があった方向へ鋭い視線を飛ばしている。


「まー、解らなくはねーよ。変化ってなー怖いよな。俺も、あの頃はお前さんと同じだった。……クソ喰らえな神共の戯れで、ダチを何人殺されたか解らねー。いつの間にか、俺がその位置に居るってのも、とんだ皮肉みてーなもんだがよ」

「……」

「俺は剣の神だ。よくシロウサのヤツを剣神と勘違いしてやがるみたいだが、剣は俺の領分。んでー、剣は断つ物だ。程度はあるが、剣は刺し、貫く物。お前にも解って欲しい。物事は柔軟だが、どっかに線引きがあるんだ」


 あー、もう嫌だ。今回も神族の大盤振る舞いですか? 今度は嵐月嬢を抱っこした、柔らかな表情の男性が現れた。この方も名を隠した英雄なのだろう。初代達の連なりには、何人も名を隠した英雄が居る。彼もその1人だと思う。

 先に名乗った剣宝様は、かなり小柄なのに巨大な大剣を背負った戦士の風貌。たぶん、回避こそ最大の防御って人だ。それで、後から来た方は体は細身だけど、絞りあげられ締まった体つきは解らない。格闘方面だろうけど、僕には解らない。

 そんな僕に答えてくれたのはご本人様。初代英雄達の調整役を自称する盾の英雄、金剛(コンゴウ)様だ。

 2人は幼馴染らしい。……あ、初代オーガ様含めて御三方は幼馴染なんですか? あ、はい。解りました。……この金剛様はドリアド族の人に近い部分の祖らしい。2人はあまりこの世界への強い干渉には好意的ではなく、あくまで初代オーガの負担にならない前提での手助けしかしないらしい。その2人がセットで受肉現界したのはやはり初代オーガにかなりの負担がかかっているのと、子孫達を改めて支える必要を感じたためだとか。


「まあね。君達からしたら僕も厄介事には変わらないんだろうけどさ。僕や剣宝は剣と盾なんだよ。もう、長い時間を経たからね。血筋云々なんてのはほとんど形だけだけど、僕らは世界を護るために存在してる。そこだけは信用して欲しい」

「ええ、まあ……それは、そうですが」

「ははは、まあ見ていたまえ。僕らも管理者だから。それなりの仕事をするよ」

「そういうこった! おめーも、もちっと気楽に生きろよなっ!!」


 いやいや、神族の皆さんが自由人なだけでは? 僕は普通だと思いますが……。

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