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勇者様との一仕事

 アルとの結婚が正式に決まり、アタシに最初のミッションが舞い込んだ。アルのお父様に挨拶に行かねばならない。それよりも怖いのは……。アタシのお母さんに話に行かなくちゃいけない事かな?

 時兎の館を出て森の中を2人で連れ立って歩くだけで恥ずかしい。デートとか、親密な関係を持つ男性と2人切りっていうシチュエーションがこれまで無かったからだ。あぁ、いや、傍から見たら無かった事は無いのかな? 学舎にいた頃にだけどアルと何度も……。講堂や学舎の敷地でいつもみたいに口論になり、痴話喧嘩と友達にからかわれた。呆れ混じりに公孫樹ちゃんからだったけどね。

 アルのお父様への挨拶。アルは別に行かなくてもいいとは言うけど、アタシの気持ちや礼儀もある。それにアルのお兄様で、暁月さんの旦那さんでもあるオーガ・リクアニミスさんの所へ挨拶に行ったのに、お父様にご挨拶に伺わないのは……。リクアニミスさんはアルと話してたら暁月さんが連れてきてくれた。兄弟でこれ程違うのか! と言うくらい温厚で物腰柔らかな人だ。暁月さんに勧められ、着替えていないからちょうど晴れ着だし、お父様も王都在住との事で今はそちらに向かって歩いている。アルはずっと疎遠だった事から、顔を合わせづらいらしくあまり乗り気ではないらしい。

 アタシからは手を繋ぐとかはしないけど、歩き難くてアルの腕を抱くようにしている。恥ずかしくてなかなかできないよ。

 アルの腕を抱いている原因は靴だ。暁月さんが注文していた品の中に様々な小物もあり、それを受け取っていた。髪飾りや化粧箱などは家に送ってくれると言っていたが、外履きはそうもいかない。和服に銀のロングブーツを履く訳にもいかず、暁月さんと同じデザインの分厚い下駄の様な履物を履いているのだけど……。アタシはあの人みたいに規格外なバランス感覚はしていない。普通より運動神経は良くてもその程度だ。そんなアタシを見かねてアルが手を差し出してくれている。助かってはいるんだけど、恥ずかしくて素直にありがとうと言えないアタシ……。あぁ、はやく直さなくちゃ。


「別に気を使って親父には会わなくてもいいんだぞ?」

「こう言うのは礼儀だよっ! 今日は顔見せるだけだし」

「解ったよ」


 王都の専門店街にその工房はあった。同じ列に並ぶ他の工房は煌びやかなエントランスで豪華な内装をしている。この辺はあまり来ないから知らなかったけど、かなり派手な店舗が多い。何処も彼処もキラキラする中でアルのお父様の工房は木造に加えて昔ながらの造りをしている。けして地味と言う訳ではないんだけど、他とは違う風合いの入口と内装だ。まず、他とは文化が違う。……確かに彼らは名をこちらの文化に合わせて居るだけで、大和の血筋だとアルから聞いていた。確かにそうだね。彼は王都には少ない黒髪の人種だからだ。ブロッサム様も黒髪だし、リクアニミスさんも黒髪。大和…古代の大国かぁ。

 アルに続いて暖簾をくぐりお店の中に入る。他の店先はかなり華美で広いけど、今居る店の入口は狭くて飾らない感じだ。さらに奥へ入ると……。かなり広い店舗には『帯刀』や『小刀』などの刀の系統が所狭しと並んでいる。刃はもちろん、鞘の飾りや鍔……精巧な細工がどの作品も美しい。武器としてよりも美術品として見ていたい物だ。不思議なのはどの作品にも売値が付けられていない。どういうことなんだろう。売り物なんだよね?

 そして、アタシ達に気づいたらしく、奥から人が現れた。確かにブロッサム様も大柄な人だとは思っていたけど……。アルが言うように雑鬼族の魔鬼血統は大柄な人が多い。いつも不思議だったが、アルは自分を小柄と言う。お兄様のリクアニミスさんもお話しした時にそれ程大きくないと言っていた。出てきた方は……2m50cmくらいはあるのだ。それより大きいかも……3mは無いと思うけど。でも、アルやリクアニミスさんと似た面影が確かにある。表情? ちょっと違うかなぁ。顔立ちと言うか、観察の仕方がボーっとした感じなのに、こちらを見透かす視線。遺伝的な意味でも骨格や立ち姿なんかがとてもアルに似てる。この人が……。お父様?


「なんだ、アルか。久しいのぉ……」

「久しぶりだな。親父、結婚が決まったから一応、報告と……。シルヴィアが挨拶に来た」

「ふむ、嬢ちゃんがどんなかは気になったが……。銀の鎧か。いい目をした娘だな。お前、殺すなよ?」

「『?!』」

「解ってる」


 アタシ、この方に力を見せた事はないはずなのに……何で解るの? それよりも驚いたのはお父様から出た言葉と、アルがそれを軽く流した辺りだ。不穏な言葉が飛び出したけど、お父様はアタシにかなり友好的だった。それにアルを避けてる訳じゃなくて、気恥しいだけみたいだったし。アル曰く、大和気質で昔からのしきたりを頑なに守る事から、周囲の工房や鍛治職人の作る連盟からはあまり良く思われていないらしい。あと、めちゃくちゃ頑固な人らしく、魔法や新技術を頑なに拒む生粋の刀匠らしいのだ。作る物は現代の魔法回路が施された武器などよりも切れ味が良く、壊れにくい。何よりアルのお父様が直々に定期メンテナンスの為に所有者の所へ赴くとの事だ。

 アルのお父様への挨拶を終えて再び王都の中心街へ向けて歩み始めた。その中でアルから説明を受ける。これから一緒に生活をしていたらまた会う機会もあるだろうからと、いろいろ教えてくれたのだ。

 彼らの先祖が根ざした大和とは昔の呼び名。現在の姿はまた異なりる。大まかに三国に別れており、私達の住むフォーチュナリー共和国の友好国である隣国の海の国。さらにそれを攻めている火の国。それともう1つの全中立でどの土地とも交流のない森の国。これらが1つの国であった時の呼び名だ。アルは土地での出身を言うならば火の国の出身、お兄様のリクアニミスさんは海の国らしい。そして、先程の不穏な言葉の意味を問うと、少し悩んだ様に見えたけどアルは教えてくれた。


「あまり深く考え込まずに聞いてくれ。兄貴も俺も……自分の母親の顔を見た事がないんだ」

「そうなんだ。でも、なんで? 離婚とかじゃないでしょ?」

「あぁ。まず、俺と兄貴は母親が違う。異母兄弟だが特に確執はないから安心してくれ。兄貴は前妻の子、俺は後妻の子。親父は俺の母親が死んでから…伴侶を持つ気はないらしい」

「何で……亡くなったの?」

「兄貴の母親は流行病、俺のお袋は元から病弱でな。親父の運が悪いのか、お袋達の運が悪かったのか……」

「そうだったんだ」


 アルは何事も無いような表情をしているけど、アタシはさすがにそうは行かなかった。アルはそんなアタシを気にしてくれている。

 所々に残る丘や林、小川などのある場所を抜けていく。確かに整備された街道はあるが、太い街道は往来が多い為にアルが嫌う様だ。アタシも人混みは避けるから、アルとゆっくり歩くのを楽しんでいた。桜の森を抜けると王都の街道に繋がる道に出る。ここからは街を歩かなくてはならないため、そこで少し休憩をしてから王都の中心街を経由した。

 メインストリートと言うのかな? いろいろな施設があり、大きな商会や地盤のある政治家の事務所、博物館、銀行や裁判所なんかがある。そこを歩くだけなんだけど、着物のせいでかなり目を引く。落ち着かないなぁ……。それだけじゃなくてお母さんから聞かされてはいたけど、アルは今じゃかなり人気のある人なのだとか。たぶん、彼が集めてる視線も関係してるなぁ。……アタシのだから。

 急に腕を強く締め付けたからアルがこちらに様子を見るような視線を向けてきた。やっぱり、身長差が……。アルは小柄と言えども170cmはあるみたいだし、リクアニミスさんも180cm後半だと思う。対するアタシは160cmくらい。となりにアルがいると少し見上げないといけないかなぁ。ちなみに、厚底下駄を履いて160cmくらいだからね? 考えない事は無かった。このシチュエーションに憧れを抱かない日はなかったのだ。まぁ、学舎の卒業当初はもっと子供っぽいデートを妄想してたけど……。下町に降りて服を見たり、甘いものを買い食いしたり、専門店街で装飾品を見るなんてね。

 もう少しでお母さんの運営する孤児院と修道院に着く。……今日も門扉の前で待ってそうなんだよなぁ。お母さんはお見合いの結果をかなり気にしてたし。実際、お見合いに行って捕まえたのが、まさかのアルなんてね。あはは……。どんな顔して会えばいいんだか。確実に捕まるよ……。


「あらっ! おかえり、シルヴィア。どうだった?」

「た、ただいま。お母さん、紹介したい人が、居るの」

「ご無沙汰しております。アシアド様」

「えっ?! アリストクレア君かぃっ?! ちょっとシルヴィア、来なさい!」

「ひぃっ!『やっぱりぃぃぃ!!』」

「?」


 お母さんに根掘り葉掘り聞かれている間にたくさんの人が集まっていた。お母さんが触れ回ったせいでシスター達に捏ねくり回され、アタシの同年代のシスター達からは1人1人から祝福された。アルは遠巻きから「何事?」と眺めてるし、恥ずかしすぎる! そこから、アタシの学生時代の話へ発展。お母さんが事情を皆の前で暴露しちゃうし、アタシが10年近くも届かぬ恋をしてたのだとバレた。黒歴史が掘り起こされなかったのが救いかな?

 アルと揃って今後の話をお母さんに聞いた。アタシ、もしくはアルがどちらに着くのかと言う話だ。お母さんは予想通りで家の事は気にするなと言う見解。アタシがオーガの家に嫁に行くのが筋だろうと当たり前の様に言われた。既に王家は家としては絶えているが、血が絶える訳じゃない。アタシがアルと結婚した事で血筋は残る。それよりもアタシが幸せになる事の方が大事だとね。いろいろしてもらったお母さんにそうやって言われちゃうとなんか、涙が。素直に泣きそうになりながら居るとお母さんは……。


「こんな大雑把でアホな娘だけどよろしくねぇ? 学舎でもずっと気にかけてくれていたみたいだし」

「安心してください。大事にします」

「うん! これで1つ心配事がなくなったかなっ! あとは強いて言うならぁ……。孫かなぁ」

「ちょっ! お母さん!」

「ははは……」


 その発言により一瞬で涙が吹き飛んだ。流石のアルも先走りすぎるお母さんの発言に苦笑いを見せ、冷や汗混じりに軽く流している。やっと結婚が決まったと思ったら、今度は自分が見たい孫の話だ。別にお母さんもそこまで歳って訳じゃないのにねぇ。でも、これからの事には違いないから、その辺も話し合わなくちゃいけない話だし。アタシも気にはしなくちゃいけないんだよね。もぅ、27だし……。

 アルが歩きながら孤児院と修道院を見回している。それが気になったらしい母がアルへ気を回してくれていた。案内でもしてくれるのかな?

 その間にアタシは若いシスター達からいろいろ聞かれている。彼女ら若いシスターは、皆が孤児院出身。孤児院を出なくちゃいけない年齢になった時に、母を手伝うと決めて残った子達だ。だから、街の人や孤児院の皆から「シスター」呼ばれはするけど修道女の見習い。この中の数人は本当にシスターになっていくけれど、ほとんどは街の男性と結婚して家庭を持つのだろう。前例が何人もいるし、その子達はお母さんのお手伝いで働いている。ついでに孤児院を保育所のようにもしてるから都合もいいらしいし。

 孤児院という制度は共和国になってからも実質的な資金的補助母は受けられていない。それに先駆けて、私財と寄付を求めて今の孤児院は成り立っている。お母さんも苦労はしているのだ。今の運営はそんなお母さんが資金的、実務的な管理をする様になる前からあった孤児院も似た運営体制。だが、孤児院としてではなくて修道院が孤児を保護していたため規模が小さく、修道院のシスター達だけでは回しきれていなかった。その仕事を区分けし、お母さんが孤児院を設立、管理して上手く回せる様に整理したらしい。今じゃ孤児院を出た子は何人も職員にもなっている。孤児院に在籍して年長になった子達は自立心も強い子ばかりで率先して働き出す。皆、いい子ばかりなんだよねぇ。やんちゃなのもいるけどさ……。

 アタシの仕事は経理や書面の作成等で、お母さんの手伝いだけしかできない。アタシ、家事下手なの……。でも、この子達の中には働きながら手伝っている子も何人も居る。若いシスター達は皆年下で街にある修道院が持つ寮に住む。シスターではないから修道院には住まわないのだ。ついでに言うなら母が提案した事で閉鎖的な環境から、街へ彼女らが馴染んでいく足掛かりになる様にとの事。いろいろな種族がいるけど……。やっぱり人は居ないなぁ。ひ弱で力に欠けるし、そりゃそうか。もうすぐ絶滅らしいし……。


「シルヴィって一途なんだねぇ! かっわいい!!」

「い、いや…えっと」

「可愛い! 照れてるぅ!」

「シルヴィは人の血が濃いから、小さくて柔らかくていい匂いだしねぇ」

「ちょっ! 匂いって! やめっ! くすぐったいから!! ちょっと! 嗅がないで!」

「これで27歳なんて信じられない可愛さよねぇ。アリストクレアさんが長い間待ってるのも解るわぁ」

「や、やめてよ! 怒るわよ!」

「やーん! 院長先生! シルヴィが怒ったぁ! あははははっ!」


 アタシを囲んでいるのはほとんどが獣人系の特徴を持つ子達だ。暁月さんの様に聖獣が体に影響を及ぼしている訳ではなく、生来の特徴。猫や犬、蛇に鳥に……エレもフクロウだしね。とはいえ、あの子達も魔力を強く解放したりしないと濃い変化はあまり見られないけど。最初から目立つのは耳とか尻尾くらいかな?

 色とりどりの女の子達に囲まれている状態から目視でアルを探す。見学を終えたのかな? アルが何故か、お母さんと院長先生の2人と話している。よく解らないけど、アタシも歩いて近づいて行く。途端にアルが院長先生に案内され中に歩いていった。お母さんがアタシの所へ早足に歩いて来る。アルが何をしようとしているのかは解らないけど、お母さんはとても嬉しそうだ。何? あぁ、そういうこと。アルが簡単な測量をしている。お母さんに申し出て修道院と孤児院の修繕や改築、増築をしてくれるらしい。

 その代わりと言う訳じゃないけど、院長先生からの申し出で……アタシ達の結婚式をここでやって欲しいとのことらしい。お母さんや若いシスター達の喜んだ事と言ったら。院長先生がアタシにお礼を言ってくれた。職人を呼んだらお金が高くつくしね。アルもそれを狙ったんだろう。こういう所が抜け目ないのよねぇ。ついでに高い天井の煤や埃を魔法で掃除して……。え? 修道院に泊まるの?


「宿の算段はしてなかったしな」

「そんな無計画な……」

「お前が嫌という選択肢は残さないつもりだったからな。嫌でも丸め込んで連れ帰るつもりでいたし」

「もぅ! 何でいつもそんなに……」

「そのうち慣れてもらわないとな。俺の妻になるんだから」


 いつもの様に小さな喧嘩になり、いつもの様にアルに負けてしまった。恥ずかしい事言うのは反則だよ……。そんな訳で用意してもらった部屋の隅っこで蹲ってしまった。アルはいじめ癖がある。実は以前にも何度もそれで酷い目にあっていた。アタシも学習してない訳じゃ無いんだよ? でも、彼の方が何枚も上手で……ぁぁ、思い出す…黒歴史。

 コホンっ! アルは意図的にしていると言うよりは、これが彼の姿と言って過言でない。その割に弱い者虐めを嫌うのよねぇ。昔もそうやって助けてくれてた訳なんだけど……。お礼をしに行くとこんな感じで弄られる。ただ、昔みたいに無表情ではないのよね。お見合いが終わってから不思議と彼には暖かい雰囲気がある。

 夕食も修道院で食べて、お母さんの家でお風呂を借りてから部屋に戻る。部屋に入った時アルは窓辺で外を見ていた。アタシの気配には既に気づいているらしい。こちらには向かないし、話しかけて来る気配も無いようだ。そのアルの横に立つ。寝間着で来てるからちょっと恥ずかしいけど……。アルの横で一緒に月を眺め始めた。


「月、大きいね」

「そうだな。こういう日は何故か無性に人恋しくなる」

「ふーん『ちょ、ちょっと待って……この展開って』」

「俺だって不安になる時くらいあるんだぞ?」


 急に抱きしめて来るアル。驚いたと言うよりも恥ずかしさ? 違うなぁ……。確かに胸は熱い。いつもなら何もできなかったけど嬉しくて。後ろから抱きしめてくれてるアルの手を握っている。学舎に居た頃から夢見たこの関係。ちょっと予定より……? いや、かなり予定より遅れちゃったけど、今、幸せだからいいかな?

 アルの腕が緩み、急にアタシを抱き上げてきた。今度はホントに驚いた。急に持ち上げられたのもだけど、まじまじとは見る機会の少ない彼を間近に見れたから。

 雑鬼族の魔鬼血統は体色が青白かったりする。瞳や眼球色は魔力や他のエネルギー含量で違うらしいけど。額には目立つ角、犬歯もかなり鋭利だし……、アタシとは外観は全く違う。全体的に肌が硬く、筋肉質な雑鬼族。アルも例に外れずに筋肉質だ。軍に所属してる雑鬼族と比べると彼はかなり細身だけど。そのアルに運ばれて、部屋に1つしか用意されていないベッドに寝かされる。絶対にお母さんの仕業だっ!! 修道院だけあり簡素な部屋だから、他に家具も少ない。どこに行くつもりなのか、アルが反対を向こうとするのを全体重を使って引っ張りこんだ。アルめ……。わざと抵抗しなかったなぁっ!


「ははは、今日は大胆だな。シルヴィア」

「むぅ……」

「拗ねるなよ。今日は疲れたろ? もう寝よう」

「う、うん。おやすみなさい」

「おやすみ」


 翌朝……。やはりよく寝付けなかった。理由はたくさんあるけど、1つはアルに抱き枕にされてたから。何でか解らないけどアタシは色んな場所で抱き枕にされてきた。お母さん、公孫樹ちゃん、学舎のルームメイト、アタシの事務所の女性デザイナー……。これまでは皆、女性だったけどね。朝早く起きすぎてしまい、無理やりアルの呪縛から抜け出て、シスターの手伝いをはじめた。朝の薪割りだ。シスター達だけじゃ時間がかかってしまうけど、アタシが居れば格段に早いからね。お母さんの家に置いてある護身用のエストックを極度硬化し、薪割りを始める。

 体訛ってるなぁ。最近、剣を振らなかったから鈍ってるなぁ。鍛錬しなおさなくちゃ。一日使う分の薪を切り終えた辺りでアルも起き出して来た。そのアルから出た衝撃の言葉に薪割りの時に居たシスターが、……母の所に行ったな、あれは。絶対面倒な事になるよぉ。はぁ〜。


「お前、寝相悪過ぎ……。お陰で抑えるの大変だったんだぞ?」

「へっ?! ア、アンタだってめちゃくちゃキツく抱きしめてた癖にっ!」

「それだけ暴れてたからな」

「『こ、これは報告せねばっ!』」


 ……と、言うわけで例に漏れず朝食の時に酷く弄られ、アタシは疲れ切っていた。アタシはいろいろな人から攻められ続けるのにアルはそれがないから羨ましい。……ん? 朝食を食べ終えたアルが1人でどこかへ行ってしまった。……アタシの態度が露骨だったのか修道院の皆には更に弄られ、孤児院の小さな子供達には慰められる。だって、彼は1人にすると本当にどこに行っちゃうか解らないから。何度もそれで置いてけぼりをくらってる。もう、離さないっ!

 急いでご飯を掻き込んでアルを追いかけると、魔法をフル活用して既に孤児院の改修を始めていた。他の職人さんは呼ばないんだ。広い孤児院の内装はそのままに掃除や行き届かない手入れをし、子供達の人数が増えて手狭な施設に手を施しているらしい。え? 何で笑ってるの? ……キャッ?! 目の前にアルが着地した。彼は意地悪だ。こういう時もアタシの反応を見て楽しんでいるし。これでも一応、気を使って……構ってくれてるんだけどね。ホントにひねくれてる。


「どうしたんだ? お前はゆっくりしていればいいんだぞ?」

「……15年分は貴方に付き纏うわっ!」

「はははっ! そりゃありがたい。弄りがいがありそうだ」


 だんだん彼の掌の上と言うのにも慣れてきた気がする。嫌じゃ、ないし。えっ? アタシって実はM? そんなはずは無い……と思うけど。

 そこからアルの指示を聴きながら、簡単な組み立てや切断の作業を手伝う。まぁ、アタシの仕事は主に掃除なんだけどね。途中からは子供達やシスター、孤児院を出た若い男性陣も加わり、孤児院の改修や増築は案外早く終わった。時間に余裕もあったため、余った健在や材木で遊具やおもちゃ、机や椅子なんかを作って居たらしく、子供達は大はしゃぎだ。アルってああいう所があるから子供受けはいいのよね。根は優しいし。

 その後、アルは院長先生に話し、修道院の修繕は彼や孤児院を出た若い男性陣だけでは無理らしい。一度応援を呼びに彼の家に帰ると言っていた。挨拶回りと引越しも兼ねるので、アタシも連れて行ってくれるらしい。

 孤児院の改修工事中に朝からお母さんの姿が見えないと思ったらアタシの家から荷物を既に運び出し、出立の準備すらしていたのだ。ブロッサム様までそれを手伝っていたらしく、酷いダメ出しの嵐を…夫になるアルの前で受ける事になった。


「はぁ……。相変わらずアンタは片付けが下手ねぇ」

「い、いいじゃない! 今から改めればっ!」

「シルヴィアよ。それはいいが女子にしては衣服も小物も少な過ぎやしないかい? アンタ、いったいどんな生活してたんだぃ」

「せ、節約して…」

「はぁ……ホントにこの子はアホなのに貧乏性で! 恥ずかしいったら」

「お母さん、娘に対してだとしても酷いよ……」


 アルもダメ出しの嵐に苦笑いをしていた。ブロッサム様は着飾らない辺りと部屋の片付けには念を押して来たけど、それ以外は特に何も言わなかったし。ブロッサム様もアルの結婚は気にしていたらしく、驚いていた。まさかアタシと本当に結婚するとは思わなかったらしいわね。

 そんなブロッサム様がアタシとアルのために馬車を用意してくれていた。ブロッサム様は元軍幹部のご令嬢。お家の財力は凄いし、着飾り方や身の振り方も豪快。お母さんと気が合う訳だ……。でも、決定的に違うのはブロッサム様はかなり考えて緻密な計画の上で物事を進めている。だから、アルにいろいろ話を吹き込んでいた。たぶん、あの子達の話だろうなぁ……。紅葉は公孫樹ちゃんから聞いていて、アルを追っかけてたのを知ってたし、汐音や心紅は態度で丸わかり。オニキスは師弟関係が結べれば良かったらしいけど……。エレも良き兄くらいだ。……あの子は父上って呼んでるけどさ。

 ご本人は畏まられるのを嫌がるブロッサム様。そんなブロッサム様をお祖母様とは呼べず、今はお名前を呼ぶのがやっとだ。黒髪が綺麗でホントに…なんで高位女性勇者って皆こんなにキャラが濃いの? ブロッサム様は今でも20代中盤くらいに見える。かく言うアタシも実年齢通りに27歳に見られる事は確かに少ない。未だに居酒屋とかバーに行くと年齢確認されるし……。心紅のようにまだ10歳未満に見られる事は無いけどさ。


「さて、荷物は積めたかい? シルヴィアはしっかり覚悟をしときなよ? 異種族間の婚姻はいろいろと大変だからね」

「は、はい! 肝に銘じます」

「うん、いい返事だ。でも……、アンタが控えめなのは…ちょっと気味悪いね」


 えぇ〜……。ブロッサム様まで……。酷いです。

 馬車であの山の中腹までは行けるらしい。そこからは人を呼んでいるからと言われた。これからの事は確かに考えなくちゃならない。アタシは一応はまだ勇者だ。しばらくはデザイナー業をしながらアルの資金面をサポートし、研究のアシストをするつもり。あとはアルがどんな事をするかで決まって来る。馬車に揺られながら他愛もない話をしていた。確かに、これからいろいろ変わってゆく。アルが巻き込みたくなくて遠巻きにされていた理由。それをアタシがどう変えてゆくか。力を持つが故の苦悩、人として生まれた為に持ち合わせてしまった感情との折り合い。

 馬車の中で彼も実務的な事を考えていたらしい。アタシに向けての提案をしてきた。彼も嫌味を込めて、アタシがこれ以上の暴走行為をするのを避ける為、手近で状態の管理をしてくれるとの事。その中で彼が今、手元に置いている子達を最大限に動かすと言う。特に、育っている男子パーティーは彼が武器を渡せば直ぐに動かせるだろうとの事だ。……そんな中でアタシ達は。


「あまり能率は良くないが俺とお前、条件が揃い次第で仲間を加えながら勇者パーティーを組む」

「アタシもなの?」

「お前は政務官事務所に務めてたからな、書士や経理の資格はあるんだろ?」

「う、うん。資格はたくさんあるわ『とってて良かったぁ……』」

「だから、お前には俺と共に時が来次第、……『英雄』を目指してもらう」

「それ……本気なの?」


 アルが工学者であり、技術者であるのは周知の事実だ。修道院の若いシスターの中にイケメン好きという子が居て、アルの事も知っていた。アルってイケメン? その辺はノーコメントで……。辺境に住まう凄腕の職人。『霊峰の鍛冶師』とね。

 でも、彼が民俗学や古代の文献にも詳しい事はあまり知られていない。特に考古学においては技巧や魔装の解明の為、文献を読み漁っているらしくかなり詳しいようだ。その彼が言い放った英雄とは……。過去に1度だけ、数人の少年少女だけが到達したという伝承が残るのみ。アタシのご先祖様や数名の勇者だ。初代勇者達を英雄と呼び、彼らの英雄譚は様々な形で伝わっている。

 この世界ができあがる原因となった人と神との闘い。神人大戦の勇者とも語り継がれている。……何故、アルがその英雄を目指そうと言うのか。それがとても気になる。神人対戦時の初代勇者達はとても強かった。しかし、神により破壊された文明から大地を踏破し、新たな局面を突き進むには幼すぎたらしい。神人の勇者達は1人を除いて一度この世界を去り、彼らが神により切り取られる前の世界へと帰還している。そこから……とある勇者の孤独で熾烈を極める闘いが始まったのだ。それが……。


「ばーちゃん寄りの血筋。オーガの家だよ」

「……」

「スルトがどうやって魔装を手に入れたのか、そこが俺の中で引っかかっているんだ。魔装は手に入れようと思えば確かに手には入るだろう。だが、戦闘力を底上げできるだけの力を未だに残した魔装が多数あるとは思えない。なのに、何故?」

「運が良かったとか?」

「結果がそれならそれで構わないんだ。……無性に強い胸騒ぎがすんだよ。だから、お前を俺の手元から離したくないんだ。神人対戦の勇者は強力な魔装と出会う率が高くなる。俺もそうだが……呼び合うんだよ。共鳴するとでも言おうか?」


 アルの事故。あれも意図的に引き起こされたとアル自身は分析したらしい。事故が起きる様なヘマを彼がするとは考えにくいしね。たまたま彼がとても疲れていたり、新しい試みなどが重なった……と考える事はできる。当時の研究者達はそれもあり、彼を第一線から外したのだろう。でも、アルをよく知ってるアタシなら解る。アルが万全の状態でない時にそんな危険な物を弄る訳が無いのだ。アルが危惧するそれを打開し、国や人々を守る為に……彼も友人を集めているらしい。数人はアタシも知っていると言うし。

 そこに都合よく…いや、新しい波に誘われる様に集まって来た金の卵達。伝承や彼自身の近くで起きる変化に対して過敏になりすぎている。でも、それを予見させるかのようなこの出来事。長い間攻撃を見せなかった火の国からの侵攻、急な魔装の出現など。彼が過敏にならざるを得ない出来事が次々に起きて居るのだ。

 王都の息がかかる大都市圏を抜けて平原を馬車が走る。ちなみに今、馬車を引いているのは……巨大な蜥蜴。ブロッサム様のペットで大和地方に棲息する生き物らしい。疲れ知らずで食性も草食。絵に書いた様な生き物だが、ブロッサム様やアルなどの雑鬼族でなければ世話は愚か近づくのも危ない。力が非常に強く、爪や角は鋼の装甲すら容易く切り裂き、突き抜くらしい。アタシが近づこうとしてブロッサム様にキツく叱られたし。


「それに、お前も戦わせれない訳じゃない」

「えっ?! どうやって? 難しいんじゃないの?」

「そりゃ、闘わないに超したことはないさ。それに、お前が好むかは微妙な所だぞ? お前の弱点は……」


 アタシの弱点は本来ならば命を削り、神通力で鎧を構築して戦う事が最も効率的にいいと言う点。体の中の神通力を急激に稼働したり、体外と認識される場所へ放出した場合に体が摩耗してゆく事である。アルは突破口に近い物を見つけてはいてくれたのだ。ただし、この技術は様々なトップシークレットがいくつも使われる上、直ぐには使えないらしい。機構の理解や鍛錬が必須になるのだとか……。

 考え方の大元は簡単。アタシが魔力でしていた構築をせず、製作済みの防具へ転換する事。さらに無用な負荷を与えないため、巨大な機構を展開しない事だ。神通力は体の中で循環するだけならば、アタシにある課題の1つの放出の間口と言う問題は解決する。体に密着したり、魔力を介して接するアタシの得意物質ならば神通力を体内循環と似た状態で維持できるからだ。2つ目の含有量が多すぎて眠っている部分をゆっくり溶かしてやる事。アタシは放出の間口は小さくても、体内の循環量の最大値はかなり高い。それを利用しない手はないからね。武器を展開する練習やアルが用意してくれる防具の使い方を訓練する必要があるんだ。


「でも、何で暁月さんにそれを言わなかったの?」

「俺の使ってる機構は最新鋭の物が多い。いくら暁月さんでもそれらが外に出ちまったら揉み消すのは不可能だろう。だから、会議や広げる理由になる勇者としての活動自体を制限しなくてはならなかったんだ」

「へ、へぇ……『アルってそんなにヤバい物を触ってるんだ』」

「お前を表に出すのは俺が好ましくない。それにお前も無用に目立ちたくないだろ?」

「今更な事だしアタシはいいわよ? でも、アルが嫌なら……控える」


 馬車の中でになる為全てはやれないけれど、アルがアタシの防具に小さな加工を加えてくれた。この状態は急備えの為に完全ではないし、デザインを変えると言いながら説明をくれる。篭手を付け、アタシの魔力を流すと反応し、篭手に派手な外装が現れた。これがコンセプトの1番の基盤と言う。アルが使っている魔法石だ。アタシの魔気に反応するらしい。凄い偶然でもない限りはアタシにしか使えないとの事。

 持続的に魔力を流さなくても篭手は出現し続け、魔法で格納命令を行使しない限りは格納されない。アルが開発した最新の外部魔力吸引機構と魔力循環補正機構が施され、魔法が苦手なアタシにも安心な設計。しかも、神通力の過循環を抑制する機構と過循環を知らせるアラーム付き。至れり尽くせりだ。しかも、気づく限りの近接、遠距離武装を可能な限り積んでくれると言うし……。ここまでされると気持ち悪いわね。


「でも……何でここまで?『嬉しいけどさ』」

「最初は俺が使おうと設計したんだ。だが、俺にはシルヴィアの様にノーリスクでの強度強化能力がない。それに、俺の構築能力じゃ素材の相性が悪くてな」

「ふーん。あっ! あれね! 汐音を殺しかけた時に止めてくれたヤツ」

「そうだ。あん時はお前が不安定だったから何とか止まった様な物だぜ? 次は無いからな?」

「は、はい。以後気をつけます」

「本当に何も無いようにな!」

「うぅ……。はぃ」


 魔法石もまだ完成形ではなく、アタシの体に適合した物にする為、まだまだ改良するとの事。

 こんな短時間でこれだけの物を……。前までは焦りすぎでアルの本当の思いに気づけなかった。それを申し訳なく思いつつ、普通の娘なら重すぎてドン引きしてるだろうなぁ。……と思う瞬間。アルをこれだけ引き気味にしてしまったのはアタシなんだけど。

 彼の山へ行くのが夜であった事が多く、これ程たくさんの村や町があるのだと始めて知った。アルの難しい説明を聞いた後で、興味が向いた外の世界を楽しんでいる。アルも笑いながらそんなアタシを眺めているようだ。恥ずかしいけど、こんなに幸せで良いのだろうか。草原ばかりの外だけど、爽やかな風に開けた風景。のんびりするには持ってこいだろうなぁ。こうやってるとアルに子供っぽいと呆れられるんだけどね。アタシはアルみたいに無表情を貫く無理! どうせ他の人は居ないし楽しまなくちゃ! アルもアタシに慣れてもらうと言ってたし、アルにもアタシに慣れてもらうもんねぇだ!


「『気持ちぃぃ! 王都じゃこんな事はないし、リフレッシュにはいいなぁ!』」

「『あんだけ気持ちよさそうにしてるし、機嫌は良さそうだな。俺は少し仮眠しよう』」


 いつの間にやらアルが寝息を立てていた。彼はいろいろな方法で短時間に手際よく作業を終わらせていく。たまに回りくどくて融通が利かないけど、それも彼なんだろうなぁ。自分の事より周囲の問題を優先している。アタシなんかに構わなければもっと時間を研究に裂く事ができるし、あの子達が彼を頼りさえしなかったら彼は平穏な日々を過ごせたろう。彼は…自分よりも周囲に出す影響を特に気にする。関わってきた人が居なくなる事、死について異常な程敏感だ。

 彼が言う『両手』がどれだけかは解らない。広げすぎれば精度が落ちる。それでは皆を守れない。アタシ達を頼ってくれたらいいのにね。

 対面になるように座ってたけど、アルの方に座り直して彼の体を横倒しにする。膝枕をしながら彼の黒い髪梳き、頭を撫でながら寝顔を見ていた。かわいいっ♡ アルは雑鬼族魔鬼血統にしてはかなり小柄なようだし、ブロッサム様と同様で年齢が止まってしまってるらしい。背は確かに高いけど、その割に可愛らしい顔立ちだから、アルも29歳には見られないみたいだ。でも、アルは普通に成人って判断されるんだよなぁ。アタシなんてまだ未成年と間違えられる事だってある。靴や服のチョイスをちょっと派手目にするのはその辺がかかわってるのよ。だって、ヒールの高い靴や厚底の靴を履かないと、アタシは155cmも無い。お母さんは170cmより少し小さいくらいだから、羨ましい。何でアタシもお母さんに似なかったんだろう。

 手に入らなかった物が手近にある現れなのかな? アタシの欲がおさまりそうにない。キス…したい。でも、寝かしておいてあげたいのもある。そうとう疲れてたんだなぁ。アタシに触られてるのに安心しきって寝ちゃってる。……アルってピアスしてたんだ。髪が長めだから気づかなかった。アルが知らない間にスキンシップを取っている。時間も有るし、アタシだけで考えておいて、意見を聞ける様に案を纏めておこうかな。


「『アルの商売は常連客が着けば儲かるけど、今は勇者関係は彼に親しい人しか受け入れてないし……。アタシもデザイナー以外はあの位置じゃできないしなぁ』」


 魔法って凄いよねぇ。普通の馬車だと道の状態や起伏、馬車の速度で結構揺れる。だけど、魔法をシステム化できるアルや魔法工学者の研究成果は凄い。魔法を回路化して記録さえしておけば、魔法回路が壊れない限りはずっと働くしね。

 だんだん日が落ち始めた。ランプが勝手について暖かな光が漂う。馬車に着いている遮光カーテンを閉め、明かりの漏れを防いだ。あまり出くわさないけど夜盗や盗賊の類はこういった事を目印にしているからね。……まぁ、アタシ達の馬車よりも先に走っているブロッサム様が先に気づいてしまうからアタシ達の出番は無いかもだけど。アル、全然起きない。つまんないけど、やっぱり寝かせておいてあげようかな。たまにはちゃんと休まないとね。

 先立つ物、お金の事は大丈夫。浪費さえしなければ貯金はしてきたから。アタシも人のことは言えないけど、アルの為に貯金してた様なものだし。……当面の生活や家、財産、仕事が大丈夫となるとアタシが考えられるのは…子供? いやいや、まだまだ早いよね? 年齢的には若干遅いけど……。それにこの話はアルの計画を阻害してしまうかもしれない。アタシとしてはお母さんやお父様に早く孫は見せたいなぁ……、なんて思いも有るけど。彼の負担になっちゃいけないんだ。やっとアルの真横に来れたんだから、アタシはアタシのできる事をしなくちゃ。


「『アルはどうなんだろ。やっぱり後継者としての子供は欲しいのかなぁ』」


 いつの間にやら再び日が登っていた。アルが途中で起きていたみたいでアタシも一緒に毛布にくるまっている。昨日よく寝てたからアルは寝起きがいい様で、アタシが動いたのに合わせて動き出す。馬車から降りると、そこはもう麓の街を過ぎて中腹の集落だった。ここからは馬車は無理らしい。道らしい道も確かに無かったし、起伏も凄かったしね。

 ブロッサム様が人を呼んでいると言う事が今解る。空から聞き覚えのある鳴き声。あの子なら咆哮って言うのが正しいかな? アークだ。王家に長い年月を連れ添ってくれている神獣で、人によってはアタシのペットみたいな言い方をする。アークは別にアタシだけの為には飛ばないし、アタシと幼い時から一緒に居てくれた友達だ。そのアークの背中から先日の任務で知り合った若い勇者達が降りる。どうやらアークが気に入ったらしいね。

 彼らはパーティーを組んでいて、リーダーをオーガ・ニニンシュアリ。雑鬼族性鬼血統の……小柄で美形なオトコの娘。イ、インキュバス……。今年で20歳になるらしい。頭が働き、人を弄ぶ悪魔の血筋。インキュバスやサキュバスはその割に数は少なく、辺境に隠れるようにして住まうのだとか。ニニンシュアリの学歴はアルに似た存在で、地方都市の学舎工房を卒業した技術者兼勇者志望らしい。今のライセンスはBランクで次はAランクを目指すとも。アルを見る瞳はキラキラしていて、彼もアルを師匠にしたいみたいね。そして、アルに挨拶をした後にアタシに向き直り。


「お久しぶりです。奥様。夜桜(ブロッサム)先生からおはなしは伺っています。以後、よろしくお願いいたします」

「こら、アシュ、失礼だぞ。申し訳ございません。奥様。比例は私よりお詫び申し上げます。……気を取り直しまして、私はアルフレッドと申します」


 悪意を感じる満面の笑みで、アタシの手を握り握手をしてくる。かなり小柄なニニンシュアリが下がると、次は長い弓を背負った長髪で長身の男の子がアタシに一礼した。こっちの子は真面目で落ち着いた雰囲気の子だなぁ。ちょっと性格は堅そうだけど、ニニンシュアリが嫌味たっぷりな表情で挨拶をしたのとは違い、少々仰々しい。あの時はアークの背中から弓を放っていた子だよね。

 自己紹介も固いなぁ。名前はアルフレッド・ライブラリア。海の国とは反対にあるフォーチュナリー共和国の隣国アルセタスの出身らしい。種族はハイエルフ族でアルセタスの地方貴族の子息だったのだとか。家の方針に合わずに家を出て、今ではAランク勇者のライセンス取得に励んでいるらしい。立ち位置は弓士、学術的な経歴は魔法学者の卵。そんなアルフレッドは礼をしたままアタシへ顔を上げずに自己紹介を終え、そのまま下がり体勢を元に戻す。仰々しいを超えて機械みたいな子よね。すると次は……。


「その説はお世話に成りやした! あっしはレジアデス・ガーバンゼヴ。火の国の奥。土の国から来やした!」


 めちゃくちゃ大きな声での挨拶にアタシが気圧されていると、アルが隣に並んでくれた。そのアルを見て似たような挨拶をアルにもするレジアデス。レジアデスの出身である土の国は火の国の隣国で、戦を嫌うドワーフの国としても有名だ。ただ、レジアデスはドワーフではなく、ドラグアと呼ばれる少数民族の出身。いろいろな事情から土地を離れて暮らすうち、アルフレッドとニニンシュアリに誘われて勇者になったと言う。彼はかなり巨大な大剣を持ち、ランクはBランク。運だけではなくて、皆実力もあるんだね。

 それよりもレジアデスがアタシを姉さん、アルを若旦那と呼ぶからなんか変な気分。どうやらアークと会話ができるらしく、アークが友好的だったのはこの子の影響らしい。ブロッサム様の巨大な蜥蜴とも仲良くなっており、何やら楽しげだ。それにしても……自由な子よねぇ。アルに軽く叩かれてから、蜥蜴達に馬の鞍の様な物を取り付けるのを手伝っている。


「あの時はありがとうございます。俺はカルフィアーテと申します。特に奥様には命まで救って頂いて」


 彼はカルフィアーテ・ワールテアルロ。驚いた事に彼の出身はヴォクランと呼ばれる精霊国家だ。理由があるのか詳しい話は聞けなかったけど、外部から人が入る事を嫌う国家である為情勢が解らないと言う。彼はそのヴォクラン国の有力人種であるフェアル族らしい。精霊魔法などの自身の魔力を媒体にして様々な形で存在する精霊と契約して力を借りる魔術師だ。それだけではなく様々な古代魔法の文化や文書、言い伝えの残る古い体質の人間。よく外の世界で衰弱しないなぁ。

 ヴォクランが鎖国を行うのには理由がある。精霊は自然と共に生きる存在である為、自然を開拓しすぎたり調和できねば消えていってしまうのだ。それを躊躇なく行う外界の人間を嫌い、彼らの生活を脅かす敵としてアタシ達外界の人間はたいそう嫌われている。……らしい。真偽はわからないけどね。背中に妖精の羽があるカルフィアーテは本当に女の子みたいで可愛い。可愛いし、しっかりした子なんだよねぇ。


「ヴォクランをご存知なんですか。なら、我が祖国もご存知かな? 俺はミュラー・シーシジトン。ヴォクランから遥か東方に位置する山岳地帯に住まう民です」


 エレも有翼人の血を引いてるけど、羽毛の色が違う。エレは灰色と白だけどミュラーは赤茶色と黒だ。それもそのはず、住んでる場所が全然違うからね。ミュラーの出身は最果ての地と呼ばれる土地で、荒野と山しか無いが独特の生態系が成り立っている。原住民族以外が入植しなかった土地。もとより海岸や上がれそうな岸があまりない場所である為、平地と比べて渡りにくい。また、過酷な中で生きている為、野生生物の防衛本能も極端に強いのだとか。そこの原住民族が彼のような鷲人(ホークマン)だ。白髪なのは原種の血がかなり濃いためらしい。ミュラーは嫁探しに外の世界に出たようだ。だが、生活するだけで今は手一杯らしく、仲間と共に勇者をしているらしかった。

 性格は軽い様に見せておいて義理堅く、一途なヤツらしい。エレが1番嫌いそうなタイプだなぁ。あの子は落ち着いててちょっと頼りないくらいの男の子が好きみたいだからね。義理の姉としては少し複雑な気持ちだけど、あの子の趣味だから否定はしない。とりあえず、男子組の自己紹介が終わり、アタシとアルの荷物を乗せ、先程の蜥蜴に持っていってもらうようだ。


「ですが、師匠。何で僕らは放ったらかしだったのに、上に住んでる女子パーティーは面倒見てたんですか!」

「もう何とでも呼べよ……。それはウチの嫁さんに聞いてくれ。この姉さんが問題を起こさなかったらお前らの武器ももうちょいはやく弄れたんだからな」

「な、何よ!! 人のせいにしないでよね!『よ、嫁さん! 嫁さんだって! ヒャァァァ!』」

「お前らは武器がまず問題だ。金は出世払いで構わねえから武器を見繕うぞ。しばらくは俺がテメーらの専属だからな。お前らが早く稼げる様になる事を期待してるよ」


 とりあえず、蜥蜴達の背中から降りてアルの工房へ連れていかれた。女子組は今日から冒険者パーティーの任務があるとかで数日は帰らないそうだ。ブロッサム様……図ったんだろうなぁ。

 アタシを含めて6人が工房の隅に寄せられて椅子に座らされている。……アルが地下室の様な場所から出てくると、1番最初にニニンシュアリへ抱える程の大きさの箱を投げた。彼が開くと中には所狭しと彼が使っている魔法石に類似した物が入っている。ニニンシュアリは嬉しそうに触ろうとしたが、アルが注意し、今回は手渡すだけに留まった。

 説明によればこれだけあれば大概の戦闘で困る事は無いと言う。中に入っているのは彼が長年しまい続けていた銃の試作型。彼用の武器は完成した形になっているが、ニニンシュアリはアルとはまた違う。ニニンシュアリに合わせてチューンしていく為、あえて未完成の物を与えたらしい。その話をニニンシュアリが険しい顔つきで聞き終え、アルが再び地下室へ潜るのを目で追っていた。


「あの奥様の武装は?」

「え? あぁ、あの鎧の事かな?」

「はい」

「あれはアタシの異能で構築してただけだから、その都度作るのよ」

「あ、あの巨大な鎧を?!」

「おーぃ、静かにしてくれ」


 話を遮るようにアルが現れ、息を呑む男の子達に向けて名を呼んだ。次はレジアデスのようだね。レジアデスに渡されたのは大振りな一対の武器だった。双剣? 違うかな? トンファー? アルが用法を話し始める。

 風魔法を流用する刃付きのブーメランらしい。レジアデスとしては大味な武器をチョイスして欲しかったらしいが、アルが窘めている。

 実はアタシも似たような文句をアルに言った事があるのだ。アタシも昔に注意された事があったから理由もよく解る。アルはアタシにエストックを作ってくれたが、アタシは学舎から支給されたブロードソードを使い続けていた。誰が用意したか解らない様な物を素直に使える訳が無い。今もチビだけどあの頃のアタシはもっとチビだった。ブロードソードの重さに振られるし、腰を痛めそうになるなどしていた時、アルに酷く叱られた。


「ニニンシュアリは武器の性能が悪かったから実力の伸びが悪いだけだが、レジアデス、お前は怪我をしてないのが奇跡なんだ。あの大剣はお前にはデカすぎる。それが原因で死にかけたのを忘れたのか?」

「解りやした。ですが、なんであっしみたいなバカにこんな小難しい武器を?」


 レジアデスは詠唱が必要な魔法を苦手とする。それは古代言語や魔法言語を理解できていないからだ。でも、彼は魔力を解放しさえすれば発動できる簡易魔法、初級魔法ならばとても速く展開できる。アルはそこに着目したらしい。偶然も偶然でレジアデスの使う魔法は風を扱う。厳密には空気を移動する魔法に秀でているのだ。それが彼のドラグアたる証であり、誇りなのだとか。簡易魔法でも空気を押したり、物体を移動する事なら出来るはずだ。だからこその武器だとアルも言う。

 魔法言語を学習さえすれば、魔法の種類や詠唱速度は上がる。しかし、どんなに訓練を続けても、ある一定の段階を迎えると伸びなくなる要素があった。それは体内の魔力循環効率だ。種族や体質で違いがある点以外に、才能や素質と呼ばれる壁がある。魔力循環効率は魔法の発動速度や魔力圧の幅に強く関係し、アタシはその才能には恵まれなかった。アル曰く、レジアデスは紅葉と同等レベルの物があるとね。でも、レジアデスはどうやら勉強が嫌い、もしくは苦手らしく読み書きも苦手らしい。だから、紅葉みたいに複数の魔法を多量に控えたり、ストックはできないのだ。あくまで、単一の魔法を連続して放ち続けるのに秀でている事になる。


「な? やる気になれただろ? お前の才能を見極め、武器にする。俺達職人は単に武器を作るだけが仕事じゃねぇ。使う人間が求める武器を作るんだ。よーく覚えとけよ」


 ニニンシュアリが深く、何度も頷いている。レジアデスも足元に武器を置き、再び着席した。次はアルフレッドだ。ただ、アルフレッドは自分の使う弓を変えたくないと言う。アルはやれやれとばかりに掌を反しながら首を振る。前例でもあるのかな? 

 アルフレッドの弓は一族に伝わって来た物らしい。かなりの年代物で何度も修理した跡がある。アルはその弓を手に取り、修繕の1部を剥離してニニンシュアリに見せた。ニニンシュアリの専門分野は解らない。だけど、ニニンシュアリはそれを見た瞬間に立ち上がり、今すぐにその弓を使うことをやめるように叫び出した。その理由は……。


「魔装? それは何なんですか?」

「あぁ、危険な構造体の一種だよ。レベルが低い物だったから死には至らなかっただけだ。それが強力な物だったらお前はあのスルトと似た運命を辿ったよ」

「そ、そんなっ!」

「よく有るんだ。家に伝わるような古い武器や防具にはな。それにな、使ってるお前なら解るんだろうが、もう限界だぜ? その弓」

「……」

「お前みたいなヤツは何人も見て来た。ちょっと前にも上の嬢ちゃんの1人が癇癪起こして大変だったよ。お前はそんなに聞き分け悪かーないよな?」


 人間ドラマと言うか……。アルってこんなに篤く語るんだ。先程の弓は預かり、適切に解体処理すると言う。そして、足元から長いケースの様な物を掴みあげてアルフレッドに手渡す。中から出てきたのはこれまた特殊な形をした弓だ。ただし、普通の弓ではない。アルは魔法研究と武器設計のスペシャリスト。アルフレッドは魔法学者の卵らしく、魔法に関する知識はとても深く広いらしい。これを活かさないはずはない。ただし、アルフレッドはレジアデスの様に速い魔法展開はできないと言う。それを解消するための物が備わっているとアルが説明しだした。彼が安定した足場を作れる設計と言う訳ね。

 あれは魔導器(マギア)と呼ばれる全く新しい考え方の機構体だ。アタシが何で知ってるのかって? それは開発者が……オーガ・アリストクレアだからよ。アルが在学中に原型(プロトモデル)を完成させたが、他の学者が今を持って首を傾げる物らしい。学生が新技術を組み上げること自体前代未聞だったし、魔導器は口が裂けても汎用的などとは言えない。職人や技師が何人も携わり造られるような手の込んだ物だったからだ。生産性やコストを優先させたら確かに使えない。

 アルの説明曰く、魔導器は簡単に言えば魔装のコアの構造を応用した魔法回路の集合体。アルフレッドに手渡された物は簡単な魔装コアの数十倍の処理能力を持つらしい。消費するエネルギー体は魔気、魔力。これだけ聞けば低リスクで強そうに聞こえるが、これだけでは単に魔法回路を組み立てて弓の形にしたに過ぎないと言う。使用者に魔法の数や行程を理解できるだけの魔法学がなければ意味をなさない。それこそ大賢者が使うような物らしいね。


「この様な物を頂いてよろしいのですか?」

「あぁ、出世払いだ。それに今の段階じゃお前の力だけではそいつを使いこなせんよ。仲間と共に修練に励みな」

「はっ! 御意のままに!」


 なんか、仰々しいなぁ。……アルも最後の方は呆れてたし。アルフレッドが着席し、アルがもう一度地下室へ潜る。だが、次はそこまで時間はかからなかった。次はカルフィアーテらしい。

 カルフィアーテもニニンシュアリとアルフレッドに誘われて勇者になったと言う。冒険者ギルドの登録の際に困っていた2人がいたそうだ。2人とはカルフィアーテとミュラー。そのカルフィアーテとミュラーはたまたま同じ方向に移動中に出会い仲間になった仲らしい。いろいろあったらしいが今ではパーティーを組んでいる。この中では気の弱い方らしいカルフィアーテ。かなりビクついて居るようだ。アルもそれに呆れ始めている。カルフィアーテにもニニンシュアリに似た箱が渡される。しかし、カルフィアーテはその重量に顔を顰めた。カルフィアーテは確かに見た目からして非力そうだ。あの闘いの時にもアタシが助けなければ間違いなくやられていた。

 アルも適性を見て武器を渡すが今回のは解らない。重い武器の使えない子に重い武器? カルフィアーテに開けるように指示が飛ぶ。ニニンシュアリが楽しそうに開けたから、カルフィアーテも直ぐに開くと思ったのだろう。しかし、カルフィアーテがあまりにもビクついて居るためか、アルも見かねたらしい。中にはこれまた特殊な形状の装具が入っている。あれは……。


「それはまだ試作段階ではあるが安全は保証する。お前の様な魔力馬鹿にしか使えない代物でな。お前、最低限死にたくないだけで闘うのを恐れているだろ? なら、お前にはそれが似合いだ」

「えっと…魔力で動くと言う事ですよね?」

「あぁ、まだセットアップが終わんねぇから動かせないがな。明日、夜明け前から全員の初動調整。休憩を挟み、訓練を行う。その時にチューニングしてやる」

「解りました。よろしくお願いします」


 カルフィアーテがケースを閉じると隣のミュラーに視線を向けた。まだかまだかと待ち焦がれていたミュラー。ミュラーに渡されたのは……。刀? かなり短い刀だなぁ。でも、短刀では無いみたいだし。

 ミュラーはやはり不思議そうに眺め始めた。しかし、それ以前に得意な武器が解らないとも言う。アルはミュラーの見た目を見ながら彼の出生を正し始めた。ミュラーはその途中で両手を挙げる。自分の素性を隠さねばならず、なおかつ何故故郷を旅立たねばならなかったのか。

 ミュラーは神人の勇者の傍系にあたる血筋らしい。どこからどんな分岐をし、そこに至るかすら彼にも解らないと言う。アルは文献からある程度、神人の勇者達がどの範囲で子孫を残したのかを絞っていたようだ。そうか……、魔装が現れるのは適した存在がいる場所。神人の勇者は魔装を引きつける。彼がそうであったように何か起きるならそうなるかもしれない。隣のカルフィアーテも驚いている。


「やはり、ご存知でしたか。私の祖先を」

「俺もそうだし、シルヴィアもそうだからな。それにお前以外もだ。カルフィアーテ、アルフレッド可能性が高いんだ。ニニンシュアリは俺にかなり似た力だから、遠い親戚なのかもな。レジアデスも古い血筋で龍と会話ができる。条件に該当するんだよ」

「皆、となると作為的に感じられますね。……そんな事よりも、この剣は? 柄のみで刃が……」

「それは刀と言う。お前も訓練しなきゃ使えねーよ。まだロックしてあんだ。こんな所で暴発されても困るんでな」

「確かに、理にかなってますね。有難くちょうだいします」


 アルが後ろ手に左手を挙げ、アタシ以外を払った。 ? アタシはまだなの? 全員の気配が無くなり、少しした所でアルが近づいてくる。男の子達に説明や武器を渡していたらもう夕方だ。太陽は山の反対側に沈み始めていた。椅子に座ったままアタシの目の前でアルが跪き、黒い箱? その箱をアタシの前で開く。中には……銀製の指輪が入っている。1組の指輪で大きな煌びやかな輝石も際立つ。

 思わず口をおおった両手。アルはアタシの左手を取り、薬指へその指輪を通してくれる。通した瞬間は若干サイズが大きかったけれど、アルが人差し指で撫でるとピッタリのサイズに絞まる。言葉が出ずに彼の目を見ていると、彼も自分の左手にもう片方の指輪を通した。


「お前が素直ならもっと早く渡せたんだがなぁ。ははは」

「むぅ……。こんな時までぇ」

「冗談だよ。意地っ張りで強情で、石頭で頑固なお前に惚れたんだ。素直なお前には惚れてないさ」

「だから! やめてよ! ムードも何もなっ……『バカ……』」


 アタシもこんなヤツだなんて知らなかったなぁ。意地悪でむっつりで、人の事言えないくらい頑固なアンタが好き。

 慣れ…ではないんだけど、アタシも耐性がついてきた。唇の柔らかさ、彼の体温。これまで知らなかった彼を少しづつ知ってゆく。彼の背中に手を回して、身長差を補う。背伸びしても届かないから彼に屈んでもらわないとなぁ。そして、アタシは抱き上げられて運ばれてゆく。始まったばかりだから、アタシも不安ばかりだ。でも、彼となら歩いて行ける。

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