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暁の一歩

「ねぇ、アルフレッド先生」

「なんだい? ルビリア嬢」

「えっとね……。なんで先生は堂々と私たちの旅についてきてるの? 泳兄に聞いたけど、レジアデス先生達は割と遠くから眺めてたらしいじゃん?」

「それはねえ~、私が答えるわっ!」


 ヤッホー! 最近はアルセタスの経理管理や、紅葉(つま)のお世話で忙しいからかなり影薄かったけど覚えてる? アルフレッド・ライブラリアですよ~? あ、やっぱり忘れられてたか……。まぁ、文官魔法使いなんてそんなもんだよね。自己紹介はこんな感じでいいよね。

 じゃ、本題と行こうか。

 僕と妻の紅葉は忙しくて参加が難しい同伴者候補の代わり。本当なら女の子5人が選ばれてたんだけど、彼女らは泳鳶君の領地発展に駆り出されてるからね。だからその代打として抜擢されたお目付け役。ただ、それは表向きで、紅葉や僕以外だと結構厳しいみたいなんだよね。この子達の誰かが暴走した時の抑え役として……ね。

 あのアリストクレアさんが言うからな。間違いない。アリストクレアさんは大将だから本陣に居るのが当たり前としても、僕たち以上のメンバーとなると、表に出すと面倒なことになるからさ。僕ら以外出せなかったのが本当の理由だと思う。ついでに言うと、ついてきてるのは僕ら2人じゃない。かなり後方に鬼灯(つま)が居る。あの子も志願するしないとか関係なく、ほぼほぼ無理やりお目付け役にされている。僕らも暇じゃないんだけどな。

 そして、能天気というか、30超えても子供の意識が抜けない我が妻の紅葉が、仮勇者パーティー『暁の抱擁』のブレイン役であるルビリア嬢に答えた。リーダーの朧月嬢は試案屋で急な決断はあまり得意ではない。そのため僕に話しかけられずにマゴマゴしてた。サブリーダーのサフィーナ嬢は脳筋志向が強く、僕らが居ても特に気にしてない。それはあかんでしょうよ。メンバーの一人、斥候の嵐月嬢はあまり話したことのないらしい、リナリア皇女のローリエ姫と出発からずっと見つめあっている。どうしようもないので、いつもならやる気のないルビリア嬢が仕方なく聞いてくれたのに……。うちの嫁はなんて言ったと思う?


「そりゃー、アタシが暇だったからよ!! アルフも私も今は聖刻の国がボロボロだから暇なの。だって、アルフなんてずっとアルセタスに居るし、アタシは夜桜勇者塾で魔法教えながら、海神国近辺での舞台興行だけ。これまでの秒単位スケジュールとは雲泥の差なのよ」

「紅葉、たぶんルビリア嬢が聞きたいこととはかけ離れてる。うん、まぁ、正直に言うなら、君たちのレベルでは僕らの魔法を防除できないし、逆に僕らは止められる。あとクラウゾナス帝国の例があるからね。いきなり神族に出てこられても……さ」

「あ、はい、わかりました。うん。アタシも頑張ってこのパーティーまとめます。あ~あぁ……、さぼれて楽できると思ってたのにいぃ……」


 本音が漏れてるよ、ルビリア嬢。

 まぁ、でも、このパーティーは性格面ではズタボロだけど、戦闘面や移動、野営の面など多様性という部分では結構強い。というか、鬼灯のことを含めて説明してないが、鬼灯は肉弾戦において最強クラスの龍娘を抑えるための戦力。ついでに言えば、反則級魔法が使える紅葉が神通力を主体に戦う、朧月嬢と嵐月嬢を抑えるメンバーだ。

 今にしたって、僕らがここに居るのは近くに居ないといけないからなんだけどね? 移動方法がかなり規格外だから。今はサフィーナ嬢が呼んだ龍族が、乗り物の代わりをしてくれている。龍は誇り高いから普通はない待遇だよ。

 うん。凄いよ。この龍はアンクィールと呼ばれるブルーサファイアの鱗をしている海龍。実はこの古龍は一頭で海神国の近海を治める海龍の長だ。空飛んでるけど……。大きさも全長4㎞クラスのデカくて長い龍だから、背中に魔道具のテントを張って快適に移動している。結果、だれからも緊張感は無い。仕方ないけど、ほんとに自由人多いなこのパーティー。

 あと、このパーティーの主任務が探査からは変更され、交渉や調停、できうる限り避けるべきではあるけど掃討となっている。

 以前のクラウゾナス帝国の件ではコビン、キース、ダズ、アラン、レギウスの継続的な調査により、面倒なことが浮き彫りになっていた。クラウゾナス帝国は頭が痛くなるほど……呆れるほどにガバガバだった。間者は入り放題。後継者闘争のせいで派閥間の隙間ができすぎ国政はズタズタ。…他国からの直接干渉を防除してきたのは、国家間にある巨大な山脈だけ。それをクリアされてしまうと、クラウゾナス帝国は一瞬で崩されてもおかしくない状況だった。あと、クラウゾナス帝国が静観の姿勢に見えていたのは、防衛軍が国政の腐りに合わせて腐敗だらけで動かないからで……。こと民間も国政に付け入り甘い汁を吸うか、完全に距離を置いている始末。それを知ったアリストクレアさんもこれまで全員を移送する予定だったクラウゾナス民を、リリアーナ嬢に責任もって選出させるようにした程である。


「でーもさぁ、アルフおじが居るとアタシらの出番なくね? どーせダイアン皇国も中から腐ってるって」

「こら、サフィ。国が腐っていても人民に一人でも善人が居るなら助けなければなりません」

「はー……朧月姉も現実見ようよ。クラウゾナスでの話、ひど過ぎたでしょ? それに、別にアタシもすぐさまボカンとはしないよ。でも、父上みたいに悠長にはしない。この土地、憎悪の匂いが強すぎて、アタシまで気が狂いそう」


 サフィーナ嬢が昼寝してたのはこのせいか。龍は土地に流れる脈の影響を顕著に受ける。それを差し引いてもサフィーナ嬢はぶっきらぼうな感じだが、本来彼女の内面はかなり思いやりに満ちているはず。そのあの子がここまで辛辣な口調でふて寝するんだ。何か影響があるんだろう。ばつが悪そうにさフィーナ嬢が朧月嬢に謝り、彼女はもう一度寝始める。それを心配そうに見ているのはルビリア嬢。この子も適当で興味の無いことにはとことん興味なしと言った感じなんだが。この子もあの人達の娘だ。表面と裏面の乖離が激しいことは言うまでもない。

 さっきまで見つめあっていた2人もピリついた空気に気づき、揃ってサフィーナ嬢を見つめたが……。今度は僕に質問を投げつけてくる。「何故ここに居るの?」ですか?」って……。さっき言ったよね? まぁいいや。二度手間だけど説明し、納得していた嵐月嬢とたぶん理解はしてないけど楽しそうなローリエ姫はこれで良し。

 本当ならこの子達の成長のためには、僕や紅葉は触るべきでないのかもしれないが。それももう状況が違う。それにアリストクレアさんに僕が宛がわれたのも、どうやらこの辺りを重点的に教え込むためもあるようだからな。朧月嬢をこちらに呼び、寝ているサフィーナ嬢は今は放置。あとから教える。このパーティーは戦闘力的な実力は確かに規格外なんだが、感情的に不安定なメンバーを選り集めてあるそうなんだ。


「どうされました? アルフレッド先生」

「うん。まぁ、本当なら全部君たちにやらせてあげなくちゃいけないんだけどね。でも、僕はそうは思わない。泳鳶君のようにある程度成熟しているならいいけど。君たちはまだまだ頼りない。だから、ここぞという時の判断は僕や紅葉が行うよ。特に、さっきのような非情な選択はね」

「は、はい」

「ははは。君は優しいんだね。……でもね? この機会に君も学ばねばならないんだ。時には……残酷な選択肢が相手にとって救いになる場合もあるんだよ。サフィーナ嬢の状態が悪いのもあるけど、君ももっと大きな視野を持とう」


 朧月嬢は考え込むような仕草をしたが、首を横に振る。……ふむ。やはりこの子は裁きの血を引くんだね。彼女は0か1なんだ。先ほどまでの迷いはない。この点はサフィーナ嬢の誘導勝ちかな。

 サフィーナ嬢はどちらかというとお母上に似ている。顔立ちはお父上譲りのキリっとしたイケメンなのだけどね。女の子というよりは中性的な美男子ってほうがしっくりくる子だ。

 態度からしてこの子のぶっきらぼうさはわかるけども、寝ているふりをしているサフィーナ嬢の尻尾がユラユラ揺れている。うん。この子ももう少し社交場対策の教育が必要だね。態度をもう少し隠さないと……。

 このパーティーは灰汁が強い。リーダーからして凄く我が強く、バカみたいに実直だ。それを調整するはずのブレインはどちらかというと日和見で、戦端管理や作戦考案をするだけの存在。だから、サフィーナ嬢は嫌われ役や汚れ役を自分からやっている。それだけこの子は姉御肌なのだ。今でさえ、あの子は数千の龍を従える天井の存在。人を導く御旗としては彼女は少し荒っぽいが、龍のような力による統制が必至な種族だからこその一打なんだね。……そう、だから朧月嬢にこの本当は有能すぎるサブリーダーの本心を見抜くだけの観察眼や、視野を持たせるのが最優先事項だ。

 ……僕がそうやって感慨に耽っていたら、嵐月嬢が僕のローブの袖を引っ張る。

 この子も独特だ。彼女は娘達の世代の不思議ちゃんグループではリーダーみたいなもので、特に何を考えているかが読みにくい。趣味も読書とドミノというよくわからないものだし、服装からも不思議ちゃん感が匂い立つ。姉の白いウサミミとは違い、黒いウサミミはぴんっと伸びて主張しているが、その耳にはギラギラした鋲のピアスが各所についている。また、戦巫女の法衣も本来なら黒地に金糸の壮麗な衣装のはずが、彼女が気だるげでルーズな着崩しをするもんだからね。比喩にするのが難しいんだけど。花魁さんの服を黒くして、丈をかなり切り詰めた上、厚めのピッタリ張り付く革ズボンに、アリストクレアさん御用達のミリタリーブーツの小さいやつを履いている。確かに似合っているんだが、濃淡のない表情と被さってギラついたファッションがどうにも印象となじまない。夜桜先生なら似合うかも。


「アルフ先生、僕、先に行っていい?」

「ダメ」

「ちぇっ……。でも、この龍さんの速度で山を越えたら、たぶん凄い数の軍隊が居るよ?」

「何で? どうしてわかるのよ」

「あれ? 紅葉先生にも言ってなかったっけ? 僕の目のこと」


 女神族は小さい。ちょこんと立っている80㎝くらいの嵐月嬢は、自身の左右で色の違う左目を指さす。なんか、時計みたいな針が回っている目だ。引き込まれそうな深紅の目は、不気味な針の動きで何かを意味している。おそらく、時兎の力から考えて、時間関係か透視。

 詳しく聞いたところ、嵐月嬢の目はどっちもできた。要は空から時間を超えて任意の場所を覗き見られる。その目で見たところによると、クラウゾナスで泳鳶君が大暴れした件でかなり警戒しているらしい。それを鑑みると、僕らが飛んでいけば間違いなく攻撃される。地面を歩いて行っても結果的に同じ道をたどるだろうし、下手に出るのは今後の問題になるだろう。なら、僕としては無血であるなら、ば強烈な威嚇がいいに決まっていると思う。

 そこで、寝ているふりをしているサフィーナ嬢を朧月嬢が起こした。

 コショコショと何かを言っている。そこでサフィーナ嬢はニヤリと笑い、楽し気に1人テントから出て行った。彼女もファッションとしては奇抜だな。年齢的にはまだ幼いのに、身長だけならもう140cmあるから大人びた服が似合うんだけどね。青っぽいタンクトップにジーンズ生地のジャケット、同じくジーンズ生地のショートパンツだ。発育も姉妹で一番早いから、最近では彼女が長女とよく間違えられる。

 しばらくすると、いきなり凄まじい恐鳴が空を劈く。さらに、アンクィールまでもが共鳴するように咆哮を上げた。展開の速さについていけない。なんか来たね。僕の探知魔法の外側から、僕らの方へ向けて一直線に集まってくる。それもこの気配は全部……古龍だ。脅しにしてもやばいな。でも、これくらいやれば……ダイアン皇国も裸足で逃げ出すぞ。全力で。


「サフィ姉……うるさい」

「あぁ、ごめんごめん。ルビ」

「あのぉ、私にはお話しが見えないんですけど」

「ああ、大丈夫だよ。朧月嬢やサフィーナ嬢に任せておけば」

「そうなんですの?」

「うん。泥船でないことは保証するよ。たぶん……、超弩級戦艦だよ」

「ちょーどきゅーせんかん? ですか?」


 これだけやられるともうね。龍化しておらずともあの咆哮。神通力を乗せた特殊な声で、空気を貫き、同族に届ける魔法に近似した使い方。サフィーナ嬢の力の強さがよくわかる。彼女より高位になる龍王と龍王子、龍妃以外なら一声で集められるっていう一鳴きだからな。ここからは僕たちに一人一頭という、VIP待遇でダイアン皇国まで飛んでいく。しかも、世界一速い古龍の一族、光矢龍(レイドラゴン)が一人一頭。体が吹っ飛ぶかもしれない慣性がかかるが、それも龍が張る結界魔法で抑えられ、アンクィールでも一日かかる道程を一時間で到着。

 見えてきましたよ。しかも、連中はアホみたいなものを構えていますね〜。広域破壊用かな? 多人数使用が前提の大魔法だ。でも、すごく精度が悪い。紅葉がすでに術式介入したせいで……あのまま行くと面白いことになる。かなりの後方で100人くらいが僕らが使う、超級魔法の劣化程度の威力しか出ない程度の魔法を構築している。だから、生徒たちも誰も驚いていない。ちょっとこの先が不安だけど、光矢龍達に頼み、降下して降りる。

 僕らが龍から降りただけで目の前の軍団はざわついているな。あちらでも龍が恐怖の象徴なことはリリアーナ嬢の態度でよく知ってたから、利用したけど……覿面すぎるよ。しかも光矢龍の速度が速いだけで、他の龍が遅いわけじゃない。空に暗雲を作る様に龍の群れが飛んでくる。おそらくダイアン皇国の軍隊なんだけど……もうダメだ。そりゃーな。龍は天災。(トカゲ)ならいいかもだが、龍では僕らだってあの数はヤバいんだから。しかも、宛にしていた大魔法は、いきなり垂直方向へ跳ね上がり、花火の様に綺麗に爆ぜた。子供達はきれいな花火に少し興味が移って緊張感が消えてるし。


「人とはなんと軟弱なのか……」

「アンクィールさん。それは間違いだよ。試しに僕と殺り合ってみるかい?」

「はっ……それは面白い。だが、風覇の弓士か。相性が悪い、退くべきか」

「龍は理性があるから助かる。目の前の猿とは違うしね」

「アレとだけは一緒にされたくないな」


 暖海の龍アンクィールは、元々穏やかな性格の龍なのだとサフィーナ嬢が言う。そのアンクィールがここまでピリピリしているとなると、この先はもっと荒れてくる。確実に。

 うん。それは分かるよ。いつの間にやら、朧月嬢や嵐月嬢、ルビリア嬢も各々の武器にいつでも手をかけられるようにしている。もっと驚いたのはローリエ姫だけども。ローリエ姫はもっと穏やかなのかと思っていたけど、違うらしい。ローリエ姫は深緑色の液体が入った試験管を懐から出している。それも指に挟んで三本の試験管を。まあ、そうだよね。ダイアン皇国の軍隊は散り散りになりながら逃げているんだけど。何やら空から嫌な気配がするんだよ。

 この感じは黒魔術だね。しまったなぁ……。その手の専門家のニニンシュアリは今手が離せない儀式中だし。僕や紅葉、一応は隠れている鬼灯も浅い知識しかない。ただ、僕らが居ればどうとでもなりそうな物だからね。それ程危機感はない。問題は主犯を割り出す為の機会を得られなくなっちゃうからな。僕らがやると手加減が効かずに、地形ごと消し飛ばしちゃうだろう。


「アルフレッド先生。今回は私にやらせていただけませんか?」

「んー。聞く相手が違うよ。ほら」

「ふふ、そうでしたわね。朧月様。今回は私めが先陣を賜りたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ。互いの実力を知る事は必要です。よろしくお願いします」

「はいっ♡」


 空から雲を割って降りて来たのは、天使? 純白の翼を生やした人型の異形。確かに外見上は白く神々しいが、術や内部事情が判る僕らには、アレの異様さがよく分かる。アレは死霊術の1種だね。細かい所までは分からないけど、アレの根幹は人間だ。しかも1人の肉体に何らかの術式で複数の魂を引っ掛けたんだろう。綻びが酷い。

 倫理的に魔法を使えない団体があることまでは確認できた。僕ならもう攻撃して選別するくらいはしてもいいとは思うけど……。はてさて、この子達はどう出るかな? その前に、ローリエ姫の実力も見てみたいね。この子は模擬戦の教習には一切出てないから、戦闘力は未知数もいいとこ。本当に何をするんだろうか。……といいますか、お父上のヴォーレル帝は召喚術師(サモナー)だし、お母上は魔法剣士。直接攻撃は苦手そうだけど、あのお母上だからなー……。それに試験管を握るとなると、薬剤系。術系はお父上の方だろうけども。あの試験管は嫌な予感しかしないんだよなー。レジアが龍魔法を使った時に、一瞬だけ感じられる氣に似てるから尚更。龍氣は僕や紅葉じゃ全く解らない物だからね。

 はてさて、何がどうなるやら。

 ……。うん。またまた新ジャンルになるのかな? 僕や檜枝が使う文字魔法とも毛色が違う。あの深緑色の液体が地面に零れた瞬間に、地面から植物が生えだした。液体が植物と言うなら解るが、見る限りそうでは無い。確かあの液体が植物の核になるんだろう。でも、構築魔法系統、ましてや召喚魔法でもない。……うん。暴発されても困るから、後でしっかり聞いておこう。


緑庭(グリーンテラス)目的(タイプ)防衛(ディフェンス)! 砲種花(キャノン・フラワー)


 お、おうふ……。これは一方的。

 結構相手も高位な存在だったとは思う。けど、ローリエ姫の布陣はかなり高火力だからな。花から撃ち出される種は、硬い鱗を持つ龍でも痛いだろう硬さだろうし、肉眼で見えないから速度もなかなか。空から舞い降りてきた天使みたいなヤツは、撃ち貫かれては回復を繰り返す。だが、撃ち出される種が発芽し、砲台が倍倍ゲームで増え続ける。アレは厄介だ。最初に10本くらいしかなかった砲種花だけど、今では100本は超えている。撃ち出された種から、また別の砲種花がひっきりなしに増える。あれじゃ対処できる一撃必殺の火力がなければ反撃する前に蜂の巣確定だよ。

 しかも、最後の最後でなにやら呟いたと思えば、いきなり砲種花の1本から銛の様な物が飛び出した。発射。……偽天使の胸辺りを串刺し、銛から蔦が地面に伸びて一気に引きずり落とす。エグい。エグすぎる! しかも、本人はのたうち回って逃げ出そうとする偽天使を見てクネクネしてる。……なんか恍惚としてないか? ヤバいかもしれないぞ? この子。檜枝……がんばれよ。

 いきなりピタリと止まり、くるりと振り向いたローリエ姫は満面の笑み。何事もなかったかのように、袖に手を通し一礼。ドン引きしている朧月嬢に任務完了を告げた。

 まあ、ローリエ姫の本性が割れた事はさて置き、嬉々として走り出すルビリア嬢を紅葉が追う。……紅葉、4歳のルビリア嬢に引き離されてるけど。

 先に到着したルビリア嬢は懐から何かを取り出し、いきなり天使らしきものを拘束、切り刻み始めた。この子もいろいろヤバいかも。アレは手術魔道具だ。医者としても彼女は優秀だからね。ルビリア嬢は魔法学者の中でも、生命魔法工学というどう考えてもマッドな感じの分野を提唱しているのだ。


「ふーん。やっぱベースは死体か。人の死体に死霊術でより高位な魂を捩じ込んだ不定形型キメラかな? でも、ベースが脆すぎて、力に耐えきれてない。勇者召喚かと思ってたけど、こっちだったかな? いや、陣をコレにも……」

「ルビちゃん? 1人で完結せずに皆に説明。必要な事よ?」

「紅葉、君がそれを言うとは……僕は感慨深いよ! ううっ!」

「ええっ?! 泣く程っ?!」


 紅葉は何故自分が『アホ紅葉』と呼ばれるのか、未だに理解してないからね。言われ始めてから10年も経つのに……。

 ま、それはそれとして。ルビリア嬢曰く、ルビリア嬢が感じた嫌な感覚は直接的な勇者召喚ではなく、こちらの死霊術の方だったのだろうと言う。それもそのはず。ルビリア嬢のリッチ部隊からの情報では、ダイアン皇国とルージュ王国の交戦理由がね。……古代技術の有無や権威に関わるズブズブギトギトした政治的泥沼だとの事。

 偶像崇拝における根幹で、器物や御神体は重要不可欠だからね。どうもダイアン皇国とルージュ王国は元は一つの王国で、古き時代に喧嘩別れした王家筋が二つに分裂した物だと言う事だ。それだけにあの2国はかなりの長きに渡り、血みどろの戦いを繰り広げているんだと。

 向こうの人族のことは所詮他人事だからね。全ては理解しかねる。だからこそ、こちらからすると迷惑千万。移入してきた国々だけならまだ無視で済むけど、元からこの世界にある国にまで手を伸ばそうという意思があるのはどうやっても見逃せない。こうなると、僕らももう止まれないな。ああ、胃が痛い。今回の報告書を書くの僕なんだけど……。

 ここまで明確に情報を引き出せてしまうと、ルビリア嬢にはほとんどの重要な情報が集まりつつあるはずだ。そんなルビリア嬢はゾッとする様な笑顔を見せている。まあ、そうだよね。ルビリア嬢はサバサバしていて厨二病風の物言いを混ぜ込んでるけど、実は仲間思いで家族思いな優しい子なのだ。ルビリア嬢が醜聞を気にもせず、死霊術に近いとも言える生命魔法工学を研究しているのも、お母上であるシルヴィアさんのためだし。シルヴィアさんは人族だ。長くとも100年程度しか生きない儚い生き物。対する父は神鬼族で、300年は生きる。せめて、父母が円満に互いに幸せな老後を穏やかに過ごせるだけは、シルヴィアさんに長生きして欲しい。……と言う願いがあるんだろう。家族の幸せを願う彼女の優しさゆえなんだ。


「こういう命の価値観をねじ曲げる術は……許せない」

「ですわね。お仕置が必要です」

「……」

「朧姉。どう?」

「……敵の首魁は特定できそう?」

「できる。いや、絶対してみせる」

「なら、僕もルビに協力する。ルビの気持ち、理解できるから」


 ルビリア嬢の決意は凄い。お母上のためという目的を抜きにしても、ルビリア嬢としては自身の分野の沽券に関わるからか、かなり熱のこもった声音だ。

 珍しい。基本的に彼女はクールキャラで落ち着いている。厨二病フェーズの時は除外するけど。そのルビリア嬢は生きながら死んでいる種族の首長。特に、生前の意識を残し異形と化した者達を統べる夜の女王。ルビリア嬢の背中にある、コウモリを可愛くしたみたいな小さなリュックから髑髏を象ったベルを取り出した。アレはメイドさんを呼ぶ為のベルだね。それを鳴らし、少し待っている。……彼女の影から沢山の吸血鬼とリッチ、スケルトンなどの人型アンデッドが現れた。ゾンビ系もいるけど、かなり後方にいて近寄っては来ない。あー、ゾンビの皆さん達は自分たちの状態を気にしてるんだね。配慮が行き届いてるよ。

 最後に、地面を引き裂いて巨大なアンデッドが現れる。

 巨大な、あのアンクィールや下手をすれば食い蛇よりも大きなアンデッドのドラゴン。種族的にはエンシェン・トボーンドラゴンだ。古龍の中でも、更に古き時代を生きた巨大な古龍の骸骨。流石のサフィーナ嬢も驚いた。サフィーナ嬢が龍を統べる姫であろうとも、それは生ある龍である事が条件。あの巨大な骨古龍は彼女には余る存在なんだ。……けど、その骨古龍はカラカラ肋骨を震わせながら笑う。かなり低姿勢な態度でサフィーナ嬢へも、畏敬と忠誠心の姿勢を表す。ルビリア嬢からその骨古龍は指示を受け、朧月嬢やサフィーナ嬢の補佐をするようだ。また、嵐月嬢とルビリア嬢自身は朧月嬢から時間を貰い、本気で暗躍して短時間の内に黒幕まで迫るつもりらしい。


「ビックリしましたね。サフィ」

「ははは……。さすがのアタシでもビックリした」

「すまぬの〜。我らが主はまだ幼い。汝らも幼くはあるが、我らが主は心配症であるからゆえ」

「そーだね。ルビはアタシ達の姉妹でも特に慎重な性格だから。だから、アタシはパー姉やエメ姉みたいにルビを面倒見たいんだ」

「へー」

「あっ……。 あによ〜……」

「い〜え〜? サフィもお姉ちゃんなんだな〜ってぇ」

「ふ、ふんっ……」


 実はサフィーナ嬢は意外な程にシスコン。特に下の妹にはベタ甘。そんな彼女はルビリア嬢が生まれるまでは、それはそれは手の付けられない暴れん坊だった。あちこち壊すし、食い散らかすし……。あのシルヴィアさんがお手上げ状態になるくらいの暴れ馬…いや、暴れ龍だったんだ。しかし、サフィーナ嬢はルビリア嬢がお腹に居ると彼女が理解した日から、とても大人しくなったのだよ。それでも人基準では暴れん坊で自由人という評価なのは、変わらなかったと言えば変わらなかったけども。

 サフィーナ嬢は自分が庇護するべき存在が生まれた事で、彼女なりに自身の立場を弁えたのだと思う。わがまま放題だったのは2人のできた姉が居た事で、彼女には特にプレッシャーがなかったから。それも自分を見て育つだろう妹を、彼女はとても可愛がったのだ。騒ぎ回るくらい嫌がっていた爪切りすら、自分で丁寧にする様になるくらいには。

 それはリーダーの朧月嬢も同じ。だから、朧月嬢もそれ以上はサフィーナ嬢をからかわない。2人はタイプは違うが、似ている。

 可愛い妹に対し、頼れる姉になり優しく接した。その結果。2人ともが多少変人気質ではあるが、思いやりのある優しくて健気な子になったんだろう。実に美しい姉妹愛だが、やはりこの子達はどこかぶっ飛んでいる。あの親にしてあの姉妹と言えるし。あの姉にしてあの妹とも言えるのかな?


「ところでアルフおじ。アタシらは動かねーの?」

「うん。たぶん、嵐月嬢とルビリア嬢の事だから、無理なく確証を得てくるよ。だって、ルージュ王国と全面交戦中なのに、ここでも戦端を開いた訳でしょ? 本都は手薄。義憤で彼女らがぶっ潰さない限りは大丈夫」

「いや、アタシはそっちを警戒してんだけどさ……。ルビは確かに慎重だけど、厨二病キメたら止まらないし」

「あー、それは嵐もですね。あの子は楽しければ何でも構わないって子ですから、ルビちゃんとのセットだと何が起きてもおかしくないかと」


 ……。

 まあ、紅葉も動いてないし、大丈夫でしょ。どうやら鬼灯が向かってくれてるし、最悪の事態だけは避けてくれるでしょう。

 かなり感覚が鋭敏な朧月嬢は、既に鬼灯の存在には気づいてる。サフィーナ嬢も、僕達以外に誰か居る事くらいは気づいてるみたいだ。このパーティーはこういうパーティーなんだろう。

 僕達『独星の導き』は基本は協調性の高いパーティーだった。だから、僕の常識で話していたが、このパーティーは自由人同士が自由に振る舞い合うから、5つの歯車が噛み合い、回っている集団なんだ。

 おそらくパール嬢を除けば戦闘力だけならば、1番目に着ける朧月嬢。その朧月嬢は思案屋で、少し気にしいの度が過ぎる。だが、そんな彼女に対しても素で接するメンバーは、彼女へ良い影響を出している。その中心のサフィーナ嬢は少々粗野で気性が荒く、凄まじく手が早い。そこを戦闘力だけならば彼女を上回る朧月嬢が抑え、今日判明したドSお姫様の不気味さも、サフィーナ嬢を抑える強い要素になった。あと、超自由人の嵐月嬢は基本的には聞き分けがよい。……ノリで生きてるから、たまに流されて大変な事をするけど。ルビリア嬢もその点は似ているが、彼女はどちらかと言うと、叛意を無為にぶつけることは無い。むしろ、面倒事を嫌い、1人で引き篭もっていたい子らしいから…ね。その辺りは折衝が得意な朧月嬢や仲の良いサフィーナ嬢がなんとかしてるし。


「ふふふ。やはり旅行はいいですわね」

「なあ、ロー。アンタのあの術。龍魔法だろ? どこであんなの覚えたんだよ」

「うふふ。気になりますか? そうですねえ……。未来の龍の王妃と関係を持っておくのもいいですわね。分かりました。お教えしましょう。私の出生にも関わるので、紅葉義母様とアルフレッド義父様にもご拝聴いただきたいですわ」

「わかったわ」

「うん。わかった」


 ローリエ姫。ヴェルデル・リー・ローリエ。皇帝の長女で、継承権第1位の姫でもある。今は父上が在位中である為、姫の扱いであるし、檜枝と結婚の後はリナリアの一地方を治める王女となる。その後、ヴォーレル帝が退位する際に、彼女が女帝となる第1候補なのだ。

 もう何度も紹介はされているけど、彼女の父はドリアド族の王家筋で、ヴォーレル薬師。母はドワーフ族の有力氏族の娘、ブローンズ・クラヴィディア嬢。父方は帝家である以外はそこまで複雑なことはない。問題は母方の血だ。僕もあまり詳しくは知らなかったのだけど、クラヴィディア妃は父親がドワーフで母親が源龍族らしい。そして、彼女はその方々の娘。リー王家、現在はリー帝家だが、その血筋は古代に英雄として名をはせた人物の血と、精霊族が混ざった血筋。つまり古代人。僕もそうだけど、古代人は基本的に外部の血を受けて強くなっていく。これは例外なくどの古代種族にも見られる条件だ。そうなるとローリエ姫は古代人のドリアド族、現存のドワーフ族、源龍族の能力を十全とはいかずとも使うことができることになる。


「龍氣は本来なら龍しか使えないから、龍氣なんだ。他種族が使えるってなると、問題が無いわけが無いんだよ」


 サフィーナ嬢が零した発言を聴きながら、紅葉が沈痛な表情を浮かべ、ローリエ姫を見つめた。ローリエ姫はそれをよくわからないと言った風に見つめ返す。この目はヴォーレル帝の目だね。物事を諦め、すべてを受け入れて濁り切った目だ。けれど、ローリエ姫はサフィーナ嬢に向け、改めて能力の秘密を明かすことにシフト。紅葉はなおも悲しげな眼を向けているが。

 ローリエ姫の術は彼女がお父上から学んだ薬学と、樹魔法を龍魔法と神通力で複雑に組み換えた、新たな形式の術だという。近いと言うならば、神鬼の創造(クリエイト)だけど、あれ程の万能性は無いらしい。

 この術を呼称するならば『薬学魔導術(マギ・メディナ)』。理屈は理解できるが、それを聞いたサフィーナ嬢は抑えの効かない怒りをギリギリ抑えているように見える。それをよく理解できない様子のローリエ姫は、本気で訳が分からないらしくちょっと困っている。


「体は大丈夫なの? ロー」

「えぇ、今は特に安定してますね。毎日自分で調合した薬を飲んでいますから」

「あー、ちょっと待って。もしかしてなんだけど、龍氣ってかなり体を摩耗させるんじゃないのかい? そうなんだろう、サフィーナ嬢」

「うん、その通り。ローは何でレジおじの講義を受けなかったんだ? 龍氣が使えるなら自分の体の異常くらいわかってたんじゃないのか?」


 ここからはいろいろと自主規制ワードがローリエ姫から飛び出た。怒りから声が震えていたサフィーナ嬢も、序盤は気圧されてただけだった。だけど、時期に怒りが冷める程度にはいろいろ大変だったよ。大人顔負けのその手のワードは僕でも聞いてて怖気がはしる場面もあった。それでも要約するならば、ローリエ姫は加虐欲がとても強い子らしいんだけど、それと同じくらい被虐欲も強い子だったんだ。つまり、虐めるのも好きだけど、それと同じくらい虐められるのも好きな子ということ。それをいろいろと開けっ広げに言うもんだから、サフィーナ嬢も心が折れてしまっている。最終局面では死んだ魚みたいな目で相槌を打っている始末。あ、たまに同意を求められている紅葉もだね。

 うん。檜枝が苦労することは確定事項だ。その点に関しても結構開けっ広げに自身を抱きしめながら、恍惚とした表情で一人でエキサイトしている。

 檜枝は幼少からの体験が響いてしまい、基本的に女の子が苦手だ。気の強い女性に限らず、周りのクセの強い女性が悪影響を出したのは言うまでもない。特に母親や異母兄妹。昔から紅葉に叱られ続け、蓮華にもいつもやり込められている。そんな体験は檜枝に女性への苦手意識を植え付けるには十分だった。……が、ローリエ姫はその檜枝の下手に出る癖がある中で、……そんな彼に虐められたいと言っているのだ。うん。ちょっと抑えよう。周りで聞いてた龍族や朧月嬢もドン引きしてる。このままだとドリアド族やリー帝家の沽券に関わるから。一応、檜枝は婿入りで、女帝候補のローリエ姫の旦那だ。息子の未来にも強く関係するし。


「ローリエ姫……少し周りを見よう。君は君で温室育ちだから、周りとの齟齬をしっかり埋めようね? じゃないと、檜枝から嫌われ……」

「なっ……。そ、そそそそそそそれは困りますわっ! 私、こんな歪んだ性癖ですけど、他にも檜枝様を愛している理由はあります! お義父様! お義母様! お考え直しを!!」

「あ、うん、いえ……。結婚に反対はもうしないよ? そうじゃなくて、ゆっくり周りが見れるようになろうね?」

「ま、周り? はっ!! わ、私はなんてことをっ!!! は、恥ずかしいですぅぅぅ……。でも、そんな視線も……あぁっ♡ か・い・か・んッ♡」


 この子ほんとに変な子だな。急にあわあわし出した。それは紅葉やサフィーナ嬢、朧月嬢が抑えてくれたし、今は軽いお茶をしている。ローリエ姫は性格と性癖を除けばかなりの優良物件だ。年齢はサフィーナ嬢と同い年なのに、家事能力としては雲泥の差。彼女が唯一勝てるか同等なのは料理くらいかな? サフィーナ嬢は意外と料理は上手い。それ以外は壊滅的だけど。

 それを外から見るのは……、完全にお嬢様育ちで儀式教育を優先されたことで家事能力の一切ない朧月嬢。彼女も9歳になり、思い人の一人も居る年頃だからな。漏れている言葉はより直接的な問題なんだろう。大丈夫だよ、朧月嬢。僕の隣には30歳を過ぎても料理や家事の一切が苦手で嫌いな妻が居るから。女性のステータスは別に家庭的なことだけじゃない。結婚や恋愛はその当人同士が認めあえるかどうかなんだから。

 そうやって励ましていると、ばつが悪そうな紅葉。大丈夫だってば。僕は君の歌唱力に惚れたんだし。もちろん衰えない美貌は言うまでもなく……ね。えっ? 鬼灯は家事全般が得意だからジェラシー? いやいや、鬼灯は芸術系が壊滅的だろ? あの何を描いたかわからない抽象画みたいなスケッチの話は聞いてないのかい? ねっ? わかったかい? 神は人に二物は与えるけど、全ては与えないんだよ。だから落ち着きなさい。子供達も困ってるから。


「も、紅葉先生もお料理苦手なんですか?」

「うん……。どうしてもああいうのはね。苦手なのよ。魔法みたいに自分で全部調整できるならいいけど、そうじゃないとなんか気持ち悪くって」

「人それぞれなんですね。私はてきぱきできなくて……」


 家事が苦手な嫁と朧月嬢が互いを慰め合っていると、2人の少女の首根っこを掴んだ家事が得意な嫁が合流した。ブラン…と襟を掴まれて吊り下がる少女2人。怒りの表情で青筋が立っている鬼灯が掴んでいるのだ。アレは相当の事をやらかしたな……。聞くのが凄く怖い。

 首根っこを掴まれた2人は、哀れな状態になっている。道中でかなりきつくお小言を食らったようで、あの嵐月嬢すら耳が垂れて涙目だった。ルビリア嬢はそれほど根性は座ってないからね。結構序盤に心が折れていたようで、もう煤けている。それを心配そうにヴァンパイアやリッチ、スケルトンなどの眷属がオロオロしながら見ている。……が、口から怒気が漏れている我が嫁の怒りには触れたくないらしく、それ以上はしない。うん。鬼灯は怒らせちゃいけないからね。夜桜先生レベルの長い説教は、本当にマインドブレイカーの異名を頂戴するに値する凶器だから。僕もたまに怒られるけど、アレだけは嫌だからね。

 ……けど、あまりにもかわいそうだから。僕がとりなして2人が何をやらかしたのかを聞き出した。

 うん。頭が痛い……。2人は証拠を回収し、何がこの国で起きているのかまでしっかりと掴んできた。しかし、問題はここから。2人は抜け駆けし、主犯らしい宗教組織の一部で暗殺をやらかしたそうだ。今頃あちらは大パニックだろう。どうも教皇とその一派が黒幕らしく、腐敗による侵食でダイアン皇国の皇家は傀儡状態らしい。その宗教組織の幹部に値する枢機卿の中でも、過激な言動が目立つ黒い人物を数名惨殺したんだと。大聖堂の十字架に血抜きする要領で、飾って来たと嵐月嬢が語る。……うん、怒られても仕方ないね。けど、そうか。宗教系の組織が腐っていたのか。


「……と、いうこと。朧姉、ぐすっ」

「うん。ちょっとあまりにも胸糞悪いから、2人くらい血祭にあげてきた…ひっ!!」


 想定はしてたけど。朧月嬢の目が怒りに染まってるな。彼女も宗教組織に属しているからね。彼女の考えを押しつけはしないが、あまりにも腐りきっている場合は、他宗派でも問答無用で粛清するらしい。実際にいくつか潰した実績あるし。

 今はまだ理性で抑えているみたいだけど、これ以上は少々拙い。それをサフィーナ嬢が止めている。ニニンシュアリはこの点が不安そうだったけど、やっぱり彼女らは優秀だ。

 サフィーナ嬢のおかげで場は収まり、朧月嬢が咳払いをして改めて話し合いが始まる。

 僕らはここからはよっぽどのことがない限りは、直接手を貸さない。男の子のパーティー、『彗星の標』とこの子達は違う。彗星の標を構成する男の子たちはなんだかんだ言って慎重で、いきなり叩き潰すようなことはしない。けど、この子達は違う。リーダーの朧月嬢が最大のストッパーであるだけで、そこを超えてしまえば武力に頼る解決に否を唱える者はいない。むしろ肯定派が3名で多数決すら最初から無意味。ローリエ姫は最初から多数側に寄る性格なので、物の数に入れるのすら間違いだ。

 朧月嬢が口を開く。彼女の目にも、この先が見えているらしい。結局、ダイアン皇国は入国から数時間で会敵、ほとんど間もなく全面的な交戦状態へと向かうことになるんだな。まぁ、どんなに頑張ろうとも相手に勝ち目はない。

 ここに鬼灯がいるということで理解できてもらえていると嬉しいけど、鬼灯は本来は斥候職ではないし戦士の中でも最前線を戦う重戦士だ。もちろん未熟とは言え本職のお嬢様2人はバレるわけはが無い。重戦士の鬼灯が難なく侵入し、その存在すら嗅ぎつけられない程度の警備能力の敵さんでは、まったく相手にならない。また、このパーティーは力押し一辺倒に見えるが、ルビリア嬢はかなり用意周到だし、ローリエ姫の能力と限界がわかった。後方からの支援や牽制、定点爆撃もこなせることが十分プラスに働く。


「では今回は……攻め来る敵を蹂躙しながら、できる限りゆっくり前進しましょう。どのみち、ダイアン帝国は我々を敵にするとなれば3方向を挟まれている形です。逃げるには巨大な塩湖を通る道を通らねばなりません」

「だねー。どっちを前と見るかは微妙だけど、こっちの反対にはルージュ王国との前線地、アタシらの向かって南側にはでっかい山。見た限り魔物も魔獣もこっちの一個人が対応できるレベルをはるかに超えてたしー?」

「うん。持久戦に持ち込めば、音を上げるのは敵。僕らにはどうやっても勝てない」

「ならばもう少し進んだ場所に前線基地でも構築して、お茶をしながら悠々と行きませんこと? 幸い、時間もお茶っ葉もお菓子も十分あります」

「ロー姉……かなり大きい魔道袋(マジックバッグ)だと思ってたけど、ティーセットまで持ってきてたの?」


 緊張感があるんだか無いんだか。

 そこからは壮絶なじゃんけん大会が始まった。それにより5人のローテーションの順番も決まっていく。先陣を一抜けガッツポーズのサフィーナ嬢。同時に集まった古龍の皆さんも一緒に喜んだ。

 2番目が嵐月嬢。喜んではいるんだろうが、この子はほんとに表情に起伏がないからわからん。しかし、ローリエ姫にねだってクッキーを食べている。

 3番目にそのローリエ姫。能力傾向的には一番持久戦向きなのがこのローリエ姫だ。隣でカリカリとクッキーを食べる嵐月嬢の頭をなでながら、ほんわかしている。この子からも緊張感のかけらすら感じない。

 4番目にルビリア嬢。4番目になってしまったこと自体が悔しいようではあるが、最後でなくて安心したようにローリエ姫からクッキーをもらって食べている。この子も甘党だから、甘未は嬉しいようだ。

 最後に朧月嬢。順番自体はどうでもいいようだが、不安が尽きないという表情。少し顔色が暗い。そんな彼女の宣言に合わせ、切り立った山肌を地龍型の古龍に乗ってダイアン皇国の方面へ移動を始める。途中、ダイアン皇国駐屯地を見つけたけど、朧月嬢はあえて無視を指示。攻撃してきたら一緒に潰せばいいだろう。……とね。おそらく、このまま山を越え、その先にある平野を目指している。敵が攻撃してこないギリギリに陣を置くためだろう。さぁ、お手並み拝見といこう。


「思ったより用心深いみたいですね。最初に逃げ帰った兵士が伝えていたとしても、すぐにこれだけ集めましたか」

「うんうん。ぶっ潰しがいがあるね。強いの居ないかなーっ!」

「サフィ姉は何でそんなに戦闘狂かなぁ……。そんなの雑魚であることに越したことないのに」

「まぁまぁ、お茶でもしながら相手の出方を見ましょ? どのみち川があるのでこちらの負けは無くなりましたし」

「サフィ姉と嵐姉辺りで終わっちゃうかもね。そのあとは本国に攻め込む?」


 最後のルビリア嬢の発言に、朧月嬢が首を振る。今回はすでにダイアン皇国からのコンタクトは無く、宗教勢力の腐敗と協調を望めない体質の判断が終わっているからね。ならば、目には目を歯には歯を。……と白銀の瞳をぎらつかせて朧月嬢が答える。この子も似てきたなー。お母上様に。

 その言葉に黙っていた嵐月嬢が小さく頷いて答えた。

 この2人は紛うことなき次代巫女。実力は本物だ。

 ここ最近は聖刻が鬼の首長の逆鱗に触れてしまい、鬼の御旗に集う組織から離反されている。その組織の中にはリクアニミスさんが婿入りし、ニニンシュアリも婿入りしている時兎の神殿も含まれている。資本規模としてはけして大きくない時兎の神殿だが、時兎の神殿はこの世界で唯一の、未来予知を行える巫女を有した神殿だ。しかもほとんど外れることがなく、重要な事案においては外れはないという程の正確性。その神殿の新たな巫女候補の娘達には、二色に分かれた特色がある。今は心月の巫女様がお一人で予知と断罪を行っているが、成人したらば朧月嬢が予知を行い、嵐月嬢が裁判時の断罪を行う。

 その詳しい部分はよく知らないが、断罪の女神の力を借り、巫女の力よりも大きな力を持つ者以外ならば、その者の罪を裁くことができるという。また、その力に特化した嵐月嬢の力は強大で、お母上が嵐月嬢のおやつを盗み食いしたことすら看破したんだと。いやいや、……国家規模の物事すらゆらがす力を何に使ってんの。おやつの盗み食いくらいなら、その場の状況で推理しようよ。


「まぁ、うちの家内事情はいいですが、嵐月の断罪異能は国家を指定することもできます。見たところ真っ黒みたいですから、あまり負担もなく行えますよ」

「断罪の力は燃費悪い。規模が大きいだけ疲れやすい……。けど、内容が単純だと全然疲れない。ママが僕のプリンを盗み食いした時はもっの凄く疲れた。これでもかってくらい周到にかくしてから盗み食いした。……だから、すごく怒った」

「へー、そんな方法で罪の重さや複雑さなんかも調べられるんだ」

「やろうと思えばどんなことをしたかも見れる。断罪は過去の行いを見て、判断する。だから疲れる。仕事の後のプリンはそれを抑えるのに必要なのに……ママが食べた」

「めっちゃプリンの盗み食いを根に持ってるんだね。嵐姉……」


 まぁ、食べ物の恨みはね。いつの時代も業の深い罪だよね。盗み食いは良くない。

 とはいえ、それっていつのことよ。最近は君の仕事は無かったはずだから、もう半年以上も前の話じゃないかい? 君のお母上のことはある程度知ってるから、やりそうと言うのはよくわかるけど。盗み食いまでやるのか、あの巫女様は……。

 ……、プリンの話題で尾を引いたのか、浮遊機能付きの魔道袋を持っているローリエ姫が、中からカボチャプリンを取り出した。それを嵐月嬢の目の前で左右に動かすもんだから、嵐月嬢の無表情な顔と黒い耳がそれに合わせて振れる。一頻り楽しんだらしいローリエ姫が、匙とともにカボチャプリンを手渡し、無言で受け取ってゆっくり食べる嵐月嬢の表情を見ている。……そういえば嵐月嬢とサフィーナ嬢、ローリエ姫って同い年か? まぁいいけど、周りは苦笑いしているし。

 カボチャプリンに全てを持って行かれている嵐月嬢はほっといて、僕達はローリエ姫が作った仮設拠点から出て敵の状態を確認する。

 ローリエ姫が再び魔道袋から取り出した望遠鏡の様な物で確認し、アナウンスしてくれている。朧月嬢やサフィーナ嬢は生き物としての格が違うから、裸眼で見えているっぽいけど。ルビリア嬢や僕達はそれを聞いて判断している。それによれば、もう完全に宗教系の騎士。胸に仰々しい十字架と翼がレリーフされている。豪奢なフルプレートメイルの重装騎士だね。武器もポールアックスに金糸仕立ての小さな旗がついた、権威も見せつける意味があるこけ縅だね。


「ねえ、アレで全力なのかな……」

「なんじゃない? さっきの死体モドキも数体準備してあるし。だけど、前衛の騎士団の1人として魔力がないのはびっくりだね」

「ざーんねん。なら、龍化せずに息吹(ブレス)で集束射撃を続けるだけでいいかもね」

「それでも過剰じゃない? サフィ姉……」


 サフィーナ嬢が後ろを見ると、騎士装束の男女数名が前に出てきた。古龍は基本的な技能として人化の術が使える。ある程度の年層であろう姿をしてはいるが、尾や角が隠せてない点からまだ若いんだろう。サフィーナ嬢曰く、光矢龍達の中でも若い個体で、サフィーナ嬢の私兵として志願した個体との事。龍族と言えど全てが好戦的ではなく、中には穏健な個体も居る。その中にはもちろん血気盛んな個体が居るのも事実だ。

 サフィーナ嬢はその他の種族の志願者達が集まるまで待っていた彼女は、不敵に笑い高らかに宣言をする。サフィーナ嬢はここに集まった古龍族の若者を煽り、最後に「これくらいはやってね?」……と、締め括り彼女の人差し指から青い光線を放つ。

 アレはサフィーナ嬢の龍氣を凝縮し、彼女の息吹攻撃を擬似的に見せているのだ。しかも、今のサフィーナ嬢は龍王レジアデスから薫陶を受け、龍妃ベラドニアからも認められた龍王子の婚約者。その実力は数ヶ月前の奢りあがった彼女ではない。その細い肩には、理性あり協調を是とする龍族の長足り得る重みがかかっている。


蒼穿(ブルー・ピアッシング)


 うん。やっぱりやり過ぎじゃないかな? 敵陣中央に細い光線が放たれ、何かに衝突したのか地面を抉り飛ばしながら前線の半数以上が吹き飛んでいた。

 それでも人間の兵士は退かない。退け腰には違いないが、ちょっと狂った威力の技がまさか小技だとは思うまい。サフィーナ嬢は厳密には属性龍や古龍ではない。レジアデスのような神威龍よりも位階的には上位の存在だ。けれど、この子はまだまだ実力不足。強すぎる力に振り回されているのが、すぐに見てわかるくらいに未熟なんだよ。種族的にはかなり下になる源龍のベラドニア龍妃にすら、技術で翻弄されて負けてしまうからな。

 それでもこの子は腐らない。

 この子は凄く粗暴な言動が目立って、暴れん坊の代名詞みたいな風評が付きまとうが、僕らは知っている。睡眠時間を削ってまで、とことん努力を重ねる超努力家なのだ。それでも実らないのは彼女の力が強すぎて、制御するのに要する練度が高すぎるんだよ。僕らもどうにかしてあげたい気持ちはある。けれどそれでは彼女は育たない。お母上は昔の自身を見るようで、サフィーナ嬢へは特に目をかけているんだ。

 あの兄弟姉妹は全員がそういった苦悩を強いられている。それを一切の苦と見せない強さを持つ子供達なんだ。サフィーナ嬢もその中から外れず、外面はアレだけど見る人が見れば十分できあがっている。今が完成形とは口が裂けても言えないけれど、あの年齢とするならばもう十分なんだよ。


「これくらいはできなくちゃね?」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」」」」


 人間の状態でも咆哮できるのは知っていたけど、物凄い振動だな。様々な特色を持つ古龍の組が隊列を組み、サフィーナ嬢のようにピストル型に指を突き出す。

 色とりどりの光線が地面を抉り、拓かれた土地を吹き飛ばし、人をまるで塵のように消し飛ばしていく。その視線は高揚と緊張が入り混じる複雑な物で、主たる少女の御前での功を得ようと皆が真剣そのもの。その隊列を組む古龍達が比較的若い集団であることもあるのだが。そのかなり後ろで、アンクィール含む老練の大古龍達も自身の血族から出している代表達を真剣に見ている。

 ダイアン皇国の平野の真ん中を遮るように流れる大河を挟み、名前も知らない宗教系の騎士団は見る影もなく消え去っていた。さもありなんというか、龍は古き血筋であらずとも生きた災害。群れで移動すれば村や町が滅び、無闇にちょっかいをかければ国が滅びてもおかしくはない。今ではアルセタスの守護龍として、その地を護る母として揺るぎない立場を持つ毒怪沈龍(イービル・グングニル)の竜胆。土の国やアグナス国を空から守護する龍王、風神龍(ゼピュロス)のレジアデス。鬼の戦姫に付き従う騎士の龍、銀鎧龍(シルバー・メイル)の長、グレツェル。場を問わず、人の立ち入らぬ猛火の山に住まう神威の龍である噴炎貫龍(ゲイボルグ)のニャネ・ンガバニ。現在の神威四龍王すら、サフィーナ嬢を認めている。


「今はまだ、幼すぎる故に姫は姫。されど、龍は数千の年月を生きる大自然の証明。我らが滅ぶなれば、森が、海が、平原が滅びるも同じ」

「貴方は何者なのですか? その体躯からして唯ならぬ地位に在られたはず」

「ははは……。ワシか? ワシはしがない神の尖兵だった者よ。自身の力に溺れ、小さき勇に敗れた奢りの象徴……。そなたらの中に我が血を継ぐ王が居る。ワシはその始祖。古の英雄に敗れた空の王だった者だ。今はただの骨骸(ホネムクロ)に過ぎぬがな。かははははは」

「……しょ、初代の次代を生きた神威の龍?!」

「あまり叫ぶな。ワシは隠居の身。力はなくはないが、今は深紅の姫と、蒼海の龍姫を見守る爺でしかない」

「あ、お茶菓子はもうお渡ししまして? まだ見たいですわね。では、どーぞー♡」


 好々爺然とした貫禄漂う巨大なボーンドラゴン。島すら飲み込みかねないその巨躯も、人化の術でスケルトン姿になっている。僕も考えさせられる言葉だ。

 ……ローリエ姫は本当に自由でまとまりがない。その老獪や後ろで若手の龍を見守る長老達にも、お茶と茶菓子を配り歩いている。普通の子女なら泣き叫ぶ光景なんだけどな。後ろの長老達はまだしも、目の前にいる最古の龍は死して長い骨龍。骸骨にすら物怖じせずに茶と茶菓子を手渡すしまつ。

 むしろ、老獪の雰囲気をしていた骨龍の方が、キョトンとした感じで「あれは何者?」と僕に聞いてくる始末。

 まあ、いいか。古龍の長老達に振り返り、ブイサインをしているサフィーナ嬢。彼女を孫の様に可愛がる老練の部族長達。目の前が、星降りでも起きたみたいに地面が捲りあがって、何もかもが消え去ってなければ微笑ましいのにね。誇らしげな若手龍族達も、そのホンワカする雰囲気を眺めしばしの休憩。……の後に、ローリエ姫が明るい声をかける。


「みーなーさーん! そろそろ出発しますわよー!」


 龍族達が龍体へと体を変えようとしたのだが、ローリエ姫は依然として手招きしている。僕も含めた全員が、ローリエ姫が示す様に彼女が作り上げた大樹をくり抜いた様なキャンプ施設に入っていく。

 聞く気も失せたが、ローリエ姫が自分から教えてくれた。父親から教えてもらったドリアドの秘術を自分なりに改造し、自分と生やした植物を一時的にリンクして動かせるらしい。また、それがどんな形状でも、ローリエ姫が望んだ形になるとの事。動力源は自身が地脈から取り込んだ神通力で、ある程度取り込んでおけば数週間なら吸収せずに動き回れるらしい。ただし、そのやり方がぶっ飛んでいることが、やはり彼女の不思議ちゃんレベルを上げる結果となる。

 この子はなんでもできてしまうし、なんでも平然と受け入れる恐ろしい娘だ。

 100人以上は居るはずなんだけど、それでも快適な大樹の形をした拠点は急に動き出した。本当ならこれは秘儀とかのレベルすらも逸脱しているし、ちょっとほっとくことはできないレベルなんだけどね。もう皆が呆れ果てて聞く気も起きない。……特に長きを生きた龍の面々は、自分たちの目の前がゆっくりと動いていることに驚いている。それも生きた大樹が自身の根を引っこ抜き、根で歩きながら大河の方向へ歩いているんだから。紅葉は楽しそうだけど、僕と鬼灯、一部の常識がしっかりとしている面々が呆れに満ちている。もう、驚くことさえできないという感じだ。


「ねぇローリエちゃん。この術って……」

「この術はドリアドに伝わる樹魔法を私が術式改変して用いていますわ。おそらく、檜枝様も使えますよ。大地の神から加護をお受けになられている檜枝様なら私よりも高い能率で」

「あー、後でアタシにも術式を教えて。あの子が暴発したらちょっと大変だから」

「それはもちろん。……そんなこと仰られずとも未来のお義母様ですから。無条件でお教えしますのに」

「そ、そうね。でも、気を付けてね? アリストクレアさんの前で使わないようにね?」


 心の底から「何故?」って感じの表情。この場に居る龍の長老たちは知っているけど、あの概念神族である食い蛇の阿修羅王すら一蹴する実力者、魔解の鬼アリストクレア。本来、生きる天才である龍は人型の生命体ではいかんともしがたい存在であるからして、龍は人型の生命体を見下している傾向にある。特に、この場に居ない古道派の龍族は、人型だけではなく一部の亜神や概念神すら見下すほど高慢な存在だ。しかし、アリストクレアさんはその古道派龍族から広く恐れられる猛武の将。敵対すれば確実に命はないという程の存在だからね。あの老獪のボーンドラゴン……お名前は? あ、ありがとうございます。ゴディアスさんすら恐怖から身震いする存在なんだ。

 あと、君のお父様、ヴォーレル帝からも聞けると思うけど。あの人はやることなすこと無茶苦茶だからね。あんまり気軽にその類の秘術を乱発してると、お叱りを受ける可能性は大だ。

 あの人、ほんとに手加減しないからね。あの人なりにしているなんて言うけど、それは彼の尺度でだ。僕らのような凡人に彼の力でのお仕置きはほんとに死ねるから。


「そ、そんなに恐ろしいお方だったんですの?」

「え? あ、うん。その娘さん達もね」

「はー……。でも、サフィーナ様はお可愛いではありませんか」

「ちょっ?! やめてよ! は、恥ずかしいじゃん!!」

「まぁ、怒らせなければ大丈夫だから」

「わかりました!」


 絶対この子は解ってないね。……この場の大人や理解できる全員が、腹中でため息をついたことだろう。

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