自由を愛する管理者様
ブランの訴えは檜枝が掘り抜いた岩盤の更に下に、明確な解答があった。なんか、割れた卵みたいな物があったんだよね。もしかしなくても、アレがコア?
ブランに助言を頼まれ、俺達も関係者として随伴。勿論、この土地の人間の大半も先生の指示の元集められている。その夜桜先生はと言うと……、目標地点で足を止めて黙ってしまった。先程まで曾孫達をどう叱るべきか……。などと悩んでいた時とは打って変わり、怒りから我を忘れないだけマシ……。といった危険な表情へ変化していた。久々に見た気がする。アリストクレアさんも大概だけど、夜桜先生の場合はやっぱり女性って所がキーポイントなのかもね。なんと言うか、アリストクレアさんは骨格から男性的……って言うか、男性だから厳ついんだよ。対して夜桜先生は面影は似てても、やっぱり外見が柔らかな分だけ対比がついて余計怖い。
かなり深い所で俺達が何を見たかと言うと、うん。一言には実験の産物。そこはブラン曰く、『コアらしき物』を見つけた場所だった。俺もう吐きそう。
腐敗臭が凄いんだもん。そんな女々しい事言うんじゃねーっ! って、言われそうだけどさ。さすがに目の前、視界いっぱいに死体、死体、死体! 死体!! 全部普通の死体じゃない。どう見てもキメラ研究に使われた被検体の腐乱死体だ。あちこち切除されてたり、接合されてたり、溶けてたり……。亡くなられた方やご遺族には言っちゃ悪いけど、コレをやらかしたヤツらにしたら、生ゴミの集積所みたいなもんだからね。そんな場所にコア? と俺も疑問に思ったんだけど、ブランが答えをくれた。うん。確かに先生に報告するわな。コレは不可思議。
「僕も見つけたのは最後の最後です。よくわからないのですけど、僕がこの場に到着した時にはコアは自壊していたようです。それを理解できたのも、取り込まれていた人型の1つが、急に動き出し僕を導いたからなんです」
「道案内されたと?」
「ま、まあ、それに近いかと。地面に穴を空けるようにジェスチャーで指示されましたから」
「その被検体は?」
「こちらです」
その被検体は壁にもたれ掛かり事切れ、既に物言わぬ塊になっていた。だが、何となく事態が読めてきた。夜桜先生もアナライズ系統の異能で被検体の情報を読み取ったのか、1分程黙祷していた。その後、鬼の関係者だけではなく、一般人にも見える様に姿を顕にする。
上位神族が顕現するとこうなるのか……。
物凄く強いプレッシャーだよ。俺達が秘技の様に使う神通力だけど、それを子供のおもちゃの様に思わせる氣の塊だ。恐れ多いとかそんな事を感じる感性が自分にあった事にも驚いてるけど、それ以前にその大元が知人であることの方がね。……と、思いきや夜桜先生の塊よりもさらに濃密な塊が先生の両脇に降り立つ。
あの夜桜先生が冷や汗を流すだけで一切動けないなんて……。ただ、その2つの塊は夜桜先生の昂りを抑えたのみで、その刃を納めた。え? 心月様? と?
はっ? 審判の管理者? しょ、しょしょしょしょ初代時兎様っ?! この場に居て事情を知る者達の全員が息を飲んだ。それもそうだよ。俺がこっちに来てからアリストクレアさんから学んだ、セルガーデン神学で『最も危険な神』と位置づけられる女神が目の前に居るんだから。
因みに巷での評価は異なる。この世界で最もマッドな神様それは……。邪神と言われ、主に破滅を軸に闘争、戦、荒廃、破壊の神として名高い。初代オーガだ。対して、初代時兎は裁判事を公正に行う中立神として、正義を重んじると認識されているが……。
「夜桜さん、一時の激情は後に万の後悔を生みますよ?」
「ふふふふ…………。アタシとしちゃー、特化型の武神とは是非手合わせ願いたいけどねぇ。ふひひ……」
「ハア……。何故、貴女様方がこちらに?」
「あ゛~。それなんだけど〜。くっそ詰まらん要件で三界分立を犯した馬鹿中級神が出ただろ~? そいつに罰則を伝えんのと、アタシの……飛沫の加護と」
「私の露雫の加護を血族の者に授ける時が来たので、旅行がてら顕現致しました」
夜桜先生、すっごーい嫌そうな表情だな。珍しい。
あー、やっぱり気になるよな。泳鳶達はまだ習ってないのか。ならざっくり教えよう。向こうは向こうで大事な話をしてるみたいだから。
目の前に居る2人は元は1人の人格だった女性が、神格化する際に分離した存在。裏表を擦り合わせる審判の神なのだという。片方の見た目はまんま心月の巫女様。童顔で小柄で撫で肩だもんな。それともう片方はルシェ戦で満身創痍だった時の8代目様に近いな。あちらは闇堕ちしたみたいに見えるけど違うん……うわっ?!
説明中にめっちゃ唐突な出現。分身を創り、またそれなりの速さで動き回った初代時兎様方は、その場に居る全員の瞳を覗き込み、何を思ったか耳をピコピコさせながら腕を組んで考えこんでいる。……そういえば、初代オーガ『様』ってつけた方がいいかな? 今更感があるけど。ま、いいか。……んで、ご夫婦なんだよなあ。初代オーガ様とこの方。
そして、考えこんでいた初代時兎様が顔を上げ、この空間の処理から断罪までを手伝ってくれると言い出した。その理由が割と笑えない。実は夜桜先生とお2人が話して居るのが聞こえてしまったんだよな。それによると、朧月嬢にマブルを。嵐月嬢にコークスを。この組み合わせで縁組をする様に、外堀埋めて行きたいらしい。基本的に神様方々は下界には干渉できない。基本的にはね。何かしら理由さえあれば干渉できるらしいけど。どうもその理由が、この後の変革にあるらしい。しかも鬼の血に連なりながらマブルとコークスには、少なからず裁神の加護を乗せられる素質があるらしいから、ちょうどいいとも言ってたし。
「あのですね。さすがに本人たちの意思が最重要ですから」
「それは解っております。しかし、時兎は二度と揺らいではならないのです。その点彼らは良い」
「だなー。アタシの加護を出せるレベルは珍しいよー。この機は逃せないでしょ」
「はあ……。我らは鬼の血なのですが? 旦那様にお話を通すべきかと愚考します」
「そうですね。この場の処理が終わってから、あの人にも来て貰って判断しましょう」
「だな。……アイツに拗ねられると面倒だし」
神どうしの会話が身内の結婚話ってのも、些か残念ではあるんだけどな。とは言え、神様が言うんだから信憑性は高いな。我らがホープ達は世界をぶっ壊せる才能がある訳だから、神様が事を考える事案なのかもね。
話が一区切りした後、審判の管理者としての仕事を始める。
ずっと檜枝の後ろでビクビクしていた三大概念神の娘、ティタノアリザに罰が言い渡された。本来ならば当該担当の上位神族に申請しなくてはならない件を、手順から何からすっ飛ばしいきなり檜枝の願いに応じて顕現した事。しかも、その上で下界保守管理担当の許可もなく、セルガーデン内での神力使用を要した大規模事象改編。取り返しのつかない罪は無い為、今回の罰は無いに等しい。詰まるところ『責任を取れ』との事だ。唾をつけた者を責任もって見守り、力を貸せと言うこと。
あからさまにティタノアリザはホッとした表情をしたが、実はまだ罰は続きがあった。ティタノアリザは豊穣神としての一面もある。現在のルシェ開墾に協力せよ……と。自由が信条の秋の気質を持つ女神には、拘束と言う物が最も嫌がる罰になるのだ。それを知っていてやってるな。凄く怖い。審判の管理者……。
「さて、言っちまえばティタの件はそれ程問題じゃないんだよ。たまにルールをすっ飛ばして、強制的な神威召喚をかますヤツは出るからな。特に鬼の血に」
「今回問題だったのはティタが興味のままに、檜枝さんへ手を貸してしまったこと。概念神は下位から中位の神族とは言え、超越種です。これからは自覚を持ってくださいね? ティタさん?」
身震いしながら激しく頷く概念神。マジで怖いな。審判の管理者。そして、その審判の管理者が泳鳶を見た。さっきから尊大な態度だった審判の管理者の片割れは、ギョッとした様に2度見。その後に一瞬躊躇った様ではあったが、何やら耳打ちしたな。泳鳶の顔色は変わらなかったし、とりあえずは大丈夫そうか。
神族間での罰則の言い渡しが終わり、次はこのクラウゾナス帝国で起きた悲劇を裁く為の儀式が始まる。
純白の初代時兎様が、どこからか天秤の様な物を取り出した。その天秤を頭上に掲げ、何やらブツブツと唱え出す。それを追うように、もう片方の初代時兎様も何やら唱え始める。朗々と紡がれる言葉だろう物は、言語が違うらしく意味は解らない。だがこの場で起きた事を、時間を遡りまとめているのだろう。時兎の能力を考えれば自明。時間経過に伴い、傷だらけの初代時兎様が唱える速さはどんどん加速する。同時に最初は手のひらサイズだった天秤も、今では高さが5mくらいまで大きくなっている。
開始から20分くらい過ぎただろうか? マブルとコークスが立ち寝をかますくらいには時間が経過した。巨大化し続けていた天秤がだいたい20mくらいまでに成長する間ずっと、その儀式は続き傷だらけの初代時兎様が言葉を切る。そして、今度は俺達にも解る言葉で左右に別れた純白の初代時兎様と、傷だらけの初代時兎様が交互に話し出した。神による直接の審判に、その場に集められた誰もが息を飲みながらお2人を見つめる。
「我らは時の裁神」
「我らはこの時をもって、此度の罪人を裁く」
「この儀により裁かれる基準は命の重み」
「己が行いは逝き還る。罪から逃げるは愚か、罰から逃げるは……」
「「存在が軽き証明」」
今度は交互にお2人が何やらかを唱え出す。先程とは違い、数段重く低い声音だ。言語が再び違う物になったから内容こそ解らないが、これが神罰に繋がる罪状の読み上げの様なものなのだろう。
儀式が始まり少し経つと、そこかしこから呻き声や悲鳴が上がる。1度は避難できて命拾いしていた者達の中にも悔いる気持ちや、自責の念が見られない者が居たのだろう。
……俺の想像だから正しいかは解らないぞ?
審判の管理者による断罪は、時間を読み取り、事実を集積し、その者の心を覗き込む。先程、俺達の目を覗き込んでいたのが読み取りに必要な事柄だったんだろう。目は口ほどに物を言う。視線は時に言の葉とは異なる事を表す。虚実と反省の度合いから、彼女らは行いを裏返す。因果応報と言う言葉があるが、やってきた事が巡り巡って還るだけの事。それを初代時兎様方は時間や行程を圧縮したに過ぎない。大勢の研究者のような者達や、避難シェルター内に居たらしい高官、錬金術師の体に見るも恐ろしい変化が続く。
体が切り刻まれ、本来なら繋がらない場所同士が繋がり、皮膚が変色したり……。代表に現れる変化ならばまだいい。他にも挙げればキリがない程に、エグい断罪がそこかしこで起きている。そして、最終的に断罪が終わったであろう時には、避難民のざっと半数くらいが罰を受けた事がみて取れた。しかもかなりの重罪者は以前の様な人の形は留めていない。見る限りでは軽い罰もそれなりに多かったが、施術の様子を脳内に投影されたのか? うわ言を呟き、口の隅に泡を溜めながら現実逃避するような人物も散見する。
「それでは、重罪と判断された皆さんには、これより時が許す限りこの場所の守護を命じます。自身の深奥と向き合いなさい」
「勘違いしてはならん。今、裁かれたる罪は軽かれど、その罪は時と共に育つ物。罪を軽んじれば、詰まる所は……」
審判の管理者であるお2人が最後に語ったお言葉に、その場に居た者達の皆が恐怖の色を濃くする。
それでも生への執着がすてきれないのか、最後の抵抗をし逃げようとした者もいた。だが、その願いは叶わず。傷だらけの初代時兎様が指を振るうだけで、被検体の死体が積み重ねられた山の中に投げ込まれている。その光景は脅しとしてこれ以上の物はない。ほとんどの者が諦めた様に、純白の初代時兎様が示す領域に入って行く。そして、純白の初代時兎様は〆とばかりに、ブランが空けた大穴を閉じ、今回は無罪の者、罪の軽かった者を引き連れ地上に帰って来た。その穴の方向からは獣の様な絶叫が微かに聞こえている。……恐らく、お2人はあの地下施設内で、延々に食い合わせる様に術で仕掛けをしたんだ。エグすぎる。……まぁ、してきた事がしてきたことだもんな。それくらい、有り得るか。
「わたくし、リリアーナはこの場をもって宣言致します。まずは現状から。皇帝以下10数名の皇族が死亡。わたくし以外の消息は不明です。よって現在の継承権第1位はわたくしであります。その権限をもって皇家を解体し、クラウゾナス帝国の滅亡及び消滅をここに宣言します。また、最後の皇籍としての責任を負い、わたくし自身の永久追放及び難民団への賠償金支払いを誓います」
滞在から丸一日と数時間。息付く暇もなく残っていた資料を調べ回った結果、旧ルシェの時よりはマシだが、クラウゾナスの内情も大概酷かった。総合的に判断すると……クラウゾナス帝国は自滅したんだ。俺達が来て色々と変化はしたんだろうけど、帝国の中央が倒れ、元から食料不足で政治と民意はバラバラだった帝国。全てが無に帰す様な結果を免れた。……と言うなんとか最悪の結末だけは免れただけなんだ。
それを生き残った民衆に宣言したのは、皇族で唯一の生き残りになってしまったリリアーナ殿下だ。本人としては既に亡命と言う手段を選んでいたため、出奔し離籍と言う扱いなのだが……。血筋や知識、立場の上で、公的な場において有効な宣言できる者が他に居なくなっていたからな。それに彼女の宣言を頭から否定する者は居なかった。本心は知れないが、皆わかっていたのだろう。帝国が機能しなくなっていた事に。
リリアーナ殿下の判断として皇家を解体し、政治的な活動を一切しない事を宣言。また、今回多くの人が亡くなってしまった。それは為政者、本来ならば率先して民の命や生活を守るべき皇家が取らねばならぬ責任。その責任を亡き皇帝や兄弟姉妹に代わり受け止めた。その覚悟として処刑と言う話も出はしたのだが、審判の管理者様が直々に見守ると言うので、リリアーナ殿下自身をこの地から永久追放することとなった。また、それだけでは証が立たない為、現在残る資産や換金可能な所有物の全て、今後に労働で得た賃金から4割程を差し引き賠償金とする。……と、難民団や俺達、ご自身を含めた話し合いで決まった結果を自身の言葉で締めくくった。
「最後のお勤め、ご立派でした。殿下」
「これからどうするの? リリ」
「……ですな。我々はリリアーナ様に付き従いますが、宣言は履行せねばなりませぬ。しかしながら我らのような世間知らずな者に渡る世間は……。頼るとなればあの方々しかありませぬが」
「それしかありませんよ。そもそも私の命が助かったのも審判の管理者様預かりになったからです。待遇は…貴女達の立場は何としてでも守って見せます『良くて下女。いえ、それ以下かしら? 下手をしたら、よ、夜伽係であっても……え、泳鳶様ならば……。いえ、どこに送られようとも、どんな扱いも受け入れねばなりませんね』」
宣言の際はあんなに凛々しく気高い雰囲気だったのに、リリアーナ殿下は完全に小さく弱々しくなっていた。まあ、通常ならあんな話し合いに登った自身の待遇が言い訳がないからね。お供の3人も似た感じだ。騎士の2人はリリアーナ殿下を守るべく気を張りつめているが、夜桜先生を見つけたせいか瞬時に威勢は消え入る。小柄なローブ姿の子は……、よく分からんな。元から表情に乏しい様だ。
こちらに神妙な表情で歩み寄って来る4人。そんな彼女らに対応したのは我が子、泳鳶。……というか、俺が怖がられてる理由は解らないけど、夜桜先生は前科有り、レジアデスも今は人の姿だけど本性は龍だしね。黒鋼の連中も交渉事よりは、前線配備で才能を発揮するタイプだし。そうなると泳鳶しか居ないんだよなあ。
「はい。ですのでわたくしはどうなっても構いません。なんでしたらその……夜の……」
「あのですね? さっきからちょいちょいでますけど、殿下は僕をどうしても鬼畜や畜生にしたいのですか? 皆さんの待遇は僕の一存では何とも。父母を交えて話し合ってからです」
話し合いは意外と長かった。泳鳶としては、クラウゾナス帝国が解体された今、国が新たに形作られ、安定するまではこちらに居るべき……。それが本来あるべき責任の取り方だろうと言う。実直で真面目な泳鳶は居残りを強く推したが、リリアーナ殿下はそれを頑なに否定。
リリアーナ殿下は皇女としては不似合いな程、姿勢に馴染んだ施策を推していたんだな。炊き出しやボランティアなどで、彼女自身で煮炊きをし貧民を助ける姿から民衆からは高評価を得ていた。勢力が弱く、数少ない発言でさえ、農業改革などの貧困層を救わんとしたものだった。そのリリアーナ殿下の政策も、施設や資料、道具などを損失してしまった現状では実現など絶望的。実際問題だが、彼女が残る意味はないに等しい。檜枝がやった都市集約と、先程の裁きにより……結果論ではあるも独裁者の一掃がされた。政治思想が穏健な者は左遷されていたか、その場に居たのが極小数でほとんど生き残っている。キメラと戦っていた軍も壊滅したのは中央に集まっていたクズばかり。何よりリリアーナ殿下は長らく日陰に居すぎた為、政治的御旗には弱く、旗持ちにはなり得ないんだ。だから俺やレジアデスもリリアーナ殿下が残る意味はあまりないと言っている。
それでも泳鳶は……俺やレジアデス、夜桜先生などに一応の意見を求めて来た。レジアデスは新生クラウゾナスと、聖刻間での問題がないなら……。と、言っている。俺もそれに関しては同意。それともう1つ。万が一にもリリアーナ殿下を担ぎあげようなどとする造反勢力が立ち上がった際の処理だ。リリアーナ殿下には書面として皇家の解体と、リリアーナ殿下ご自身の身分を履行完了と共に剥奪した。……との書面を御自身と我々、双方に残して欲しいんだよな。
「で、ですが、今回の件では聖刻の1国家としては関わりはないのですよね? わたくしは……その……言ってはなんですが一応元は皇族。ご迷惑には……」
「確かに有り得なくはないが、俺達の御旗には国との繋がりはないな」
「確かにそれはありえますね。ですが、今お話しされた我が子の泳鳶は、臨時開拓区での代官です。その実質的トップは妻ですから。本土ではなく、潮騒公の管理区ならば貴女を置いておく程度ならば問題はありません」
「は、はい。では、よろしくお願い致します。あ、条件やわたくし達の待遇など、潮騒公にお尋ねする為の書面を用意させます。ご助言感謝申し上げると共に、お手数をお掛けして申し訳ありません」
「いえいえ、この程度は構いませんよ」
「あ、重ねて感謝致します……『え? この方…泳鳶様のお、お父様? わ、若い。年の離れた兄弟と言われた方が…と、言うか私、失礼とかなかったかしら?! 未来の、未来のお、お義父様?!』」
あー、この子、泳鳶に気があるのか? だとしたらエウロペに帰ったらば一悶着あるぞ〜……。
実は泳鳶が旅立ってからまだ3日と経たない訳なんだが、旅立って1日目からパール嬢の寂しがり方が尋常じゃなかった。あの子は泳鳶が受けている授業と被る時は、絶対に隣を陣取るし、食事や休憩時間、個人鍛錬の時間など事ある毎に一緒に居たがる。当人同士の宣言がない為、周囲も波風を立てないようにしているが、見ているだけならもはや恋人。しかも、それなりに長く付き合っている恋人にしか見えないんだよな。
そんなパール嬢の所に爆だ…もとい、恋敵が投下されるからな。できれば刃傷沙汰は勘弁して欲しいし、泳鳶もそれは望まないはず。……と、言うか泳鳶がリリアーナ殿下の気持ちに気づいてないな。我が子ながら……。コレは確実に俺からの繋がりだな。鈍感なんだよ。我が家は。
そんでもって、さっきから檜枝の腕を抱いている小柄な子。
挨拶は受けたけど、あの子も十分爆弾になりそうだな……。ん? あ、いや、あの家なら問題ないか? 多分大丈夫だな。ローリエ姫は懐が海のように広く深い。ポやっとしていて、大概の事は気にしないし、無理せず受け止めるとも言う。……というか、お母上が重婚や複婚の推進派だからな。ローリエ姫もその気風はあるみたいだし、カトリア嬢が優秀なら大した問題にはならんだろう。問題は檜枝の方か。ハイエルフは基本的には、一夫一妻を好む傾向にあるからね。檜枝はよく分からないが、誰とも交際情報はないからこれからが大変そうだ。
「ひーのーえー。あの魔法、手取り足取り、魔法教えてよ」
「いや、だからさ、向こうに着いてからじゃダメなの? それにまだリリアーナさんの周囲も落ち着かないし」
「リリの都合はリリの都合。私の都合は私の都合。モウマンタイ!」
「あ、そうなのね……」
あー、檜枝の方はカトリア嬢の下心に気づいてるな。そんでもって檜枝は女性にあまり逆らわない。まあ、あの家庭環境だからな。家族のほとんどが女性で、双子みたいに育っている蓮華嬢にもいつもやり込められている。母親はあの紅葉だし。可哀想だが、仕方の無いことなのかもな。あ、ティタノアリザが慰めている。うん。こういう時の優しいお姉さんはポイント高いな。まさか……、ティタノアリザまで? まさかな……。
……とまあ、俺達は帰ろうと思えばいつでも帰れるのだが、最後にできるだけ触れたくはなかったもう1つの難題が舞い込んだ。それは宮廷魔術師の長であると言う男性からもたらされた。彼の名はヤーヤック・イェーガー。カトリア嬢の養父にあたり、宮廷魔術師第一位、並びに魔法省大臣だった人だね。
一言に言うなら移住願いだ。
確かに土地はある。旧ルシェには再開拓が可能な廃都や未開拓の土地は余ってるけど、管理する人間がまったく足りていない。今じゃ近隣国から人を借りて手伝ってもらってやっとの状況だ。しかし、元クラウゾナス帝国の状態も、無視できる程の状態じゃないのも事実。あ、先に言っとくけどコレは檜枝のせいではない。クラウゾナス帝国があるこの土地は、ルージュ王国とダイアン皇国との境界線である巨大な山の中腹から山裾辺りを中心にある。大地や盆地の様な1部だけ平たい土地が点在し、鉱産資源が豊富ながら、平地が少なく岩場が多い。元からクラバナ小国連合から買い付けた食料に依存度が高かったらしいのだ。
それら諸問題にも一応の対策の形跡はあり、資源の再利用率向上や、痩せた土地でも豊富に生産できる作物の開発などなど。夢の様な研究はされていた。しかし、夢は夢でしかなかったと印象づけるだけに終わったのだと言う。
「我々に支払える物があるならば、何でも支払おう。我々老い先短い者はほとんど残るつもりの様だが、若者はまだ先がある。どうにかならんだろうか?」
「どうにかったってなー……。さすがに今すぐとかは無茶だぜ?」
「こちらに何かしら設備を移すにしても、その場合になると聖刻との兼ね合いもあります。……ふむ」
「対価の問題はまあ、この際横に置くとして……だ。問題は移送方法や移住前後の支援なんだよ」
そんでもって何故か審判の管理者こと初代時兎様……そのお2人がぶっちゃけた。純白ホンワカ美少女?の方がルカナ様。ギラついた凶暴そうなワイルド美少女?がカルナ様。確かに神様だからね。俺達を一方的に見られていても何ら不思議はない。ただ、何の躊躇も兆しもなく、身内のデリケートな内容にまで踏み込まないで欲しいんですよ。神にはプライバシー保護とかの考え方はないのだろうか。
特に若干天然が入ってるっぽいルカナ様の方がね。それを煽っちゃうからカルナ様も大概だけど。
お2人が改めて言うように正直、足りないのは特殊な人材なのだ。資金は潤沢。聖刻と言う国を介さずとも、独立支援ができてしまうくらいには、我らが首長は蓄えている。むしろ、使う場面を探しているくらいには、溜め込んでしまっているんだよね。……そのアリストクレアさん派閥に足りないのは、生き字引。豊富な知識と、経験を後続に繋ぐ老練の士。何よりも心から忠誠を誓っている古参株の様な人材なのだ。
ルカナ様、カルナ様が続け様に言う。今の鬼派閥は全体的に若い。長命種の女神族、エルフ、ハイエルフ、森人、龍、フェアル族や1部の魔族を加えても、現在の最高齢は時兎の神殿に勤務する女神族の方。名前は確か…あー、睦月さんだ。その睦月さんですら、いまだに300歳を超えないらしいからね。歌雨の時は急な出産になり、睦月さんに助けてもらったんだよね。感謝してます。
「本当ならば我々が介入できれば1番いいのですが……。私や夫は上位神族の中でも世界のバランスに関わる神ですから。今回の様に他界の神の不始末などでもなければ、気軽には顕現できないのです」
「んっとにつまんね〜よなー! いくら規則だからって世間話くらいはいーじゃねーかっ……て思うが。そんなに簡単じゃねーんだよな」
「…………。でしたら、この老骨から案が1つございますぞ」
「……? どんな案ですか?」
「ええ、今回我々は皆様に助けていただかなければ、リリアーナ様とカトリア、ミックマン男爵家のお嬢様以外は到底助かりませんでしたからな。ならば、我々が対価として支払うのは、我々のこの後の人生ではどうでしょうか?」
詰まるところは『契約』により縛る方法を選ぼうと言う事だ。
審判の管理者であるお2人も、シンクロしながら掌を打つ。めっちゃ仕草が幼いから微笑ましいけど、油断しちゃダメだ。この人はマジでヤバいから。
……コホン。実は裁判での儀式が有名だから、あまり知られてはいないけど、初代時兎様は契約の神様でもあるんだよ。今、目の前で詳しく説明されてるけど、ルカナ様が契約と時間の神様。カルナ様が審判と境界の神様らしい。そして、2人合わせて鏡を御神体にする審判の管理者と言うことらしい。
その2人が言うには、提案されるまで完全に忘れていたけど、第三者を挟んだ共立契約魔法による縛りを加えれば、条件としても双方の納得の上で共存できるのでは? との事。
ただ、それをやるには必要な事がある。経験をある程度持ち、多少の慣らしで即時動員できる人員はありがたいけども。それを行う上で必要なのは、我らがトップにその方針を納得して貰わなくちゃならない。労働契約を遵守させて働かせることの有用性や問題点を含めた提案ができねばならない。
「あ、あの父上」
「ん? どうした?」
「でしたら、僕にそのお役目を任せて頂けませんか?」
「……大丈夫か?」
「かまーねーんじゃねーの? つーか、俺らよりも泳鳶の方が交渉事や人心掌握に関しちゃ器用だ。何より、コイツらの宿題も同時に済ます事ができるしな」
レジアデスの一押しがあり、泳鳶はホッと胸を撫で下ろす。ホントに泳鳶は生真面目だ。背負わなくてもいい事まで背負ってしまう。11歳にしては大柄な150cmくらいまで伸びた我が子の身長。ちょっと前までは柔らかな骨格だった肩や腕も、それなりにしっかりしてきている。幅広になってきた背中も男らしくなり始めた。早いとは思うんだけど、泳鳶はもう俺や潮音さんの腕の中からは飛び出てしまったのかもな。
……感慨に耽っていると、背中を指でつつかれた。
誰かと思いきや、ルカナ様が笑顔で俺に話しかけてくる。そのさらに後ろにはニヤニヤしているカルナ様も控えてるな。2人合わせて初代時兎様なのだが、初代時兎様と初代オーガ様の間にはお子様が1人いらっしゃるらしい。そのお嬢様もかなり早くに巣立ったタイプで、当時は自分も寂しがったものだ……。と、ルカナ様はしみじみ頷く。また、カルナ様はケラケラ笑いながら、10歳も過ぎれば自分の事を自分で考える様になり、周囲との摩擦も理解し始める。個人差はあれど、あまり過保護にはしない方がいい。……などとアドバイスをくれた。
「ふふふ。いつの時代も親と子は存在しているんですよ? それもどちらが先とはなく、連綿と受け継がれてきた無数の繋がりであり、無数の境界線の繰り返しです」
「アタシらは境界を司る神だ。聖も邪も、善であろうと悪であろうとも、その場を埋める概念でしかない。存在する物を否定した所で消えやしねーんだぜ? だったら、諦めて楽しんだ方がお得だろ? 親もハッピー、子もハッピー! そしたら世界丸ごとみーんなハッピー! なーんつって」
この女神は難しい事を平気で語るなー。
まあ、気は紛れたからいいか。泳鳶の周りには彗星の標のパーティーメンバーや、今回のお目付け役である黒鋼の鎧が集まり、そこにクラウゾナスで友好を築いた少女達も集まる。……アレ? そう言えば、リリアーナ殿下ってあのヤバい液体を飲まされてたよね? アレの有効時間ってどれくらいなんだろう。あ、リリアーナ殿下、まだ頬に赤みが…あー、アレはちょっと拙いなー。本当は便利使いはしたくないけど、恐怖の象徴を呼ぼう。まだ泳鳶には早い。と言うか、パール嬢が居るからね。リリアーナ殿下とパール嬢が顔合わせしてからなら、まだ問題は少ないけど……さすがに知らぬ場で間違いが起きたとなればパール嬢が黙ってない。しかも相手は歳上だからね。
リリアーナ殿下にしたってきっかけがドーピングブーストなのはちょっと世間的に拙いし。酒に頼った告白ならたまに聞く話ではあるけど、……紅葉嬢がそうだったからね。ゔゔん。さすがにあからさまにアダルティな飲み物で、性的な刺激が加算されてるとなると黙ってられん。と、言うことで夜桜先生召喚。せーんせー!
「おーい。やっと見つけた。クラウゾナスの元皇女よ。お前にはまだ用事があるぞ?」
「ひっ?! ま、まままま魔王様?! あ、アレだけはご勘弁をっ!!」
「ぶはっ?! くふふひふはははは! あはははははは!! 夜桜さん、貴女、魔王なんて呼ばれてるの?!」
「ぶはははははは!! ひはっ?! アヒャハハハハ!! あー、この100年くらいで1番笑ったわー! ひー!」
「あ゛ー……。あんだってぇ? アタシも耳が遠くなったからなあ。今、なんつった? あ゛あ゛んっ?!!」
本当のところ、夜桜先生にはリリアーナ殿下に用向きがちゃんとあった。リリアーナ殿下はかなり立場が弱くとも、この地を治める皇族だったのだ。この世界を揺らがしかねない物、勇者召喚の術式について土着の伝聞を取り入れておきたかったんだよ。
なーんか、リリアーナ殿下は凄くシルヴィアさんと馬が合いそう。
鬼気迫る勢いの夜桜先生から、這いずり回って逃げていたリリアーナ殿下だが、逃げ切れるはずもなく拿捕された。そして、今度は鼻を摘まれ、明らかに前回より多量のアレを口へ流し込まれた。瞬間白目をむき、口から淡いオレンジ色の液体を垂らしながら倒れた。その後は何とか衆目の前での痴態とはならなかったが、被害者が増える結果となる。リリアーナ殿下は先程の様にのたうち回る直前に、双子の女性騎士達が抱え口を塞ぎ、飛空挺の客室に放り込まれたのだ。その後、恐怖のあまり、カトリア嬢が漏らしてしまう……と言うアクシデントはあったものの。泳鳶は守れたし、俺は嘘はついてない。また、夜桜先生を怒らせたのはリリアーナ殿下ご自身だしね。うん。ちょっと罪悪感はあるけど、諦めた方が精神衛生上は良い。絶対。
「なあ、それ何? 飲み物か?」
「コレはハイパーデラックスコンフュージョン! 父上が選りすぐった素材から、念入りに抽出、精製した各種高品質栄養剤と滋養強壮成分、その他体によく沁みる成分を配合した僕らのオリジナルエナジードリンクだよ! カルナ様! ルカナ様! 飲む?」
「美味いの?」
「「……不味いです。まだ、試作品」」
「ふーん。まー、飲みゃー判るだろ。…………ん、うまっ」
「コレは美味しいですね。なんでしたっけ? はいぱーでみぐらすこんたみねーしょんですか?」
「「ハイパーデラックスコンフュージョン!」」
なんかヤバい女神からの受けがいいんですけど。俺は絶対に飲まないからな? あんな見た目にもヤバそうな物。レジアデスも全力で首を横に振ってるし。……あ、あー。カトリア嬢、ご愁傷様。
リリアーナ殿下の次の被害者はカトリア嬢だった。怒りの矛先がフレにフレ、着地点を探した先生は見つけちゃったんだよなあ。檜枝に抱きついたままで恐怖から腰を抜かしていたカトリア嬢を。うん。アレは完全に八つ当たりだけど、俺では彼女を守れない。中身のやばさを知ってるのは製作者の2人とブラン、双子の騎士姉妹、夜桜先生、レジアデス、俺だけ。俺とレジアデスは飲まされたとしたら、その後が責任云々で大変だからさすがに先生もやらんだろう。そこまで錯乱してたとしたら既に魔の手が伸びてるだろうし。
もうしっちゃかめっちゃかの中を、クラウゾナスの代表と泳鳶は我関せずとばかりに話し込んでる。ブランも見て見ぬふり。檜枝は間に挟まれてはいるが、訳が分からずオロオロするばかりだな。黒鋼の連中も既に逃げてる。賢いな、アイツら。
「さーくーらー?」
「うおっ?!! り、リーヴィ?」
「ちょ〜っとおいたが過ぎるんじゃないかなー?」
唐突に登場した技巧神。リーヴィヒ先生、もう少し早くに来てあげればいいのに……。リリアーナ殿下の時より量は少なかったがそこそこ飲ませたはずだ。既にカトリア嬢は他人にお見せできない状態になり、ビタンビタンとのたうち回っている。それを檜枝が簡易の土壁シェルターで隠し、何とか衆目に晒されない状態だけは作ったみたいだな。
それと、リーヴィヒ先生はリーヴィヒ先生で目標が夜桜先生1本。高速で詰め寄り、避けようとひらりひらり歩く夜桜先生を的確に捕らえ、飛空挺の船底まで夜桜先生を追い詰め壁ドン。顎をクイッと……。……難民団の方、少し遠くから黄色い声が聞こえる……。リーヴィヒ先生は確かにイケメンだからね。そのリーヴィヒ先生は例の飲み物を1口飲み、顔を顰めた後、もう一口含んで夜桜先生の口内へ無理やり流し込み、そのままふっか~くて、ねちっこーく。キスを続ける。さらに黄色い悲鳴が音量を上げたな……。まあ、分かるよ。遠くから見てる分には美男美女のちょっとオーバーな駆け引きだからね。どちらのお方も凄く顔立ちは整ってるよ。
でもね。内情を知ってる俺とレジアデスは、冷や汗とも脂汗ともつかない物で背中がじっとりだよ。
だってさ。面と向かっては口が裂けても言えないけれども。あのお2人って長命種でもない上で通算90歳から100歳くらいのはずなんだよ? その事実を知った上で互いに飲んだ物がアダルティーな飲み物だからさ。コメントも控えたいくらい複雑なんだよ。ホントに。幸い見た目は美男美女だから、なんとかポーカーフェイスは保ててるけどさ。
「じゃ、さくらはもらっていくね? ミュラー君もレジアデス君もボチボチ帰っておいでよ。皆、酒の肴を待ってるから。じゃーねー」
「じゃーねーっ♡」
うわぁーっ?!! 誰アレ?! リーヴィヒ先生にお姫様抱っこされた夜桜先生なんだけどさっ?! 二重人格なのかっ?! ってくらい別人だぞ? 語尾が尻上がりな上に、ぶりっ子が若干入った様な…猫被り感と言うか……。正直、ヤバい物を見たとしか言えん。アレ、確実に媚薬効果がしっかり出てたよな? やめよ。この先は考えない方が幸せだろう。
だから俺もこのカオスな場を治める手伝いをする。いつもなら冷静沈着な我が子や、柔らかな表情をしているブランまで凄い表情してたし。空いた口が塞がらないし、呆れて物も言えない様だ。檜枝も疲れきってるな。唯一元気なのは、嬉しそうに自分達の試作品を宣伝するマブルとコークスだけか? いや、もうお2人も楽しそうだな。外見だけなら近所の子供を相手するお姉さんって感じだ。
女性に対して年齢云々は禁忌の事項なんだが、神様になっても気にするものなんだろうか? その辺りはまさに『触らぬ神に祟りなし』だから俺はノータッチで。そろそろ双子の騎士姉妹にカトリア嬢の救出も頼まなくちゃなー。ホントに鬼の一家はむちゃくちゃするんだから。それが楽しくもあり、1番の厄介事でもある訳で。
俺達はその日から2日後にクラウゾナスの難民団体代表であるヤーヤック老と、元皇女リリアーナさん、カトリア嬢、ハミュ嬢、ラウシュ嬢を大使として伴い、帰還。……実際には下界旅行を満喫中の初代時兎様。檜枝と契約し謹慎処分中の女神ティタノアリザなども同行していて、賑やかさには事欠かないけど。
「……た、ただいま戻りました。アリストクレア先生」
「おう。おかえり。無事で何よりだ。もう我慢できそうもないヤツもいるからこの辺にしよ…」
「泳ー!!!! ざびじがったびょー!!!!!!」
「はあ……。もう好きにしなさい。檜枝、簡単な報こ……」
「檜枝様、お帰りなさいませ。私、ローリエは檜枝様の無事なお帰りを心より…」
「……明日でいいか」
飛空挺から降りた泳鳶達5人。目の前にはいつにもまして優しい表情をするアリストクレアさん。……そこまではよかった。
泳鳶は目にも止まらぬ速さで飛び込んできたパール嬢に、10mくらい押し込まれながら何とか抱きとめていたし。檜枝はどこからか現れたローリエ姫に手を握られ、帰還の祝辞を長々と並べたてられている。アリストクレアさんも呆れてしまい、成果報告を聞くのは諦めたようだ。アリストクレアさんもジト目を構え、動き出す。コソコソ逃げようとしていたマブルとコークスの襟首を掴みあげ、改めて2人へニッコリ笑いかけながら拠点『独星の導き』へ入っていった。あと、ブランは元気の有り余っている、幼いハイエルフ達に追い回されている。コレはしばらく落ち着きそうにないな。
……、と子供達の成果とは別に、俺とレジアデスはニニンシュアリへ報告を上げる。何故か、しれっと初代時兎様がジュース片手に混ざってるけどな。
俺達の煤け具合に何とも沈鬱な表情になるニニンシュアリは、膝の上に自身と巫女さんの間に生まれた第3子を乗せていた。女神の神秘ねー……。男子が生まれた事自体が前代未聞なんだが、その男子ですらも生まれてすぐから動ける訳か。もう、何でもありだな。マカロンを美味そうにモシャついてるよ。
「ほう。キメラの暴走…か」
「ああ、しかも次期皇帝候補共の浅はかさが原因て事みたいだ。現皇帝の食事に微量の毒を混ぜつつ弱体化を図り、自分の勢力を伸ばして早々に権勢を握る予定だったらしい」
「それのどこがどう繋がったらキメラが暴走するのか……。なかなか理解し難いね」
「その点は同意するぜ。だが、ちゃんと話は最後まで聞こうな。アルフレッドよ」
なんかアルフレッドがイライラしてるな。今気にしても仕方ないか。
キメラ暴走に至るまでには、意外と長い期間を遡らねばならない。調べた所によれば、あの国の皇帝は基本的に実力による権勢奪取により決まる。その次期皇帝候補の最有力と、第2位勢力との間にはでっかい軋轢があったそうな。その2番目の勢力がキメラ研究を主導する派閥のリーダーも兼ねていたらしい。第1位候補者を内政的な面から責められない以上、第2位候補者には国土拡大に最重要なキメラ研究での功績が鍵となる。……が、問題が起きた。
リリアーナさんが皇位争奪戦から脱落、亡命を図ろうとしたのだ。実はリリアーナさんは権力こそ弱かったものの、皇族の中では抜きん出て評価が高かったんだよ。元よりリリアーナさんは皇位にはそれ程執着しておらず、民衆からの人気だけがある非力な勢力だった。それを第1位勢力が傀儡に仕立て上げるつもりだったのか、秘密裏に捕らえ幽閉しようとした。……が、逃げられてしまう。そのリリアーナさんを第2位勢力が抑え、第1位勢力への牽制に利用しようとした時に事件が起きた訳だよ。
マブルとコークス、キース、ダズ、コビンの5人が改めてクラウゾナスのキメラ研究を再検証した結果。蠱毒型キメラと名付けたそのキメラを、遠隔操作を主目的に利用したのが間違いだった。本来、蠱毒とは密閉空間で互いに食い合わせ、その血肉を呪詛の力で吸い上げさせて強化する物。より強いキメラを造るという意味では間違いはない。……人道的には間違いだらけだけど。
「ふむ。目標を立て、指定したキメラのみを解き放ったつもりが、他のキメラまで誘導され、結果的に暴走したのか」
「そうみたいだよ。技術者メンバーの話を聞く限りはね」
「なんかまだ含みがあるね。ミュラーらしくもない」
「…………ああ、あまり大きな声では言えないんだよ」
クラバナ小国連合を襲った大暴走。計画のごく初期段階だったそのタイミングに、コークスが寄生虫型キメラを人間から摘出し、荒く検分した。再検分したそのキメラには意図的に人間を操れる能力が付加されていたと言う。
真偽のほどは隣でジュースを飲んでる方々に確かめたからな。第1位勢力がカマをかけ、焦った第2位勢力を作為的に暴走させる為に敷いた伏線。実際に大暴走の発生までは上手く行き、クラウゾナス帝国が抱える国家産業である生物工学の研究所が軒並みキメラ暴走に飲み込まれた。計画した第1位勢力の人間は大半が地下シェルターに逃げ延びていて、第2位勢力の者はほとんどが飲み込まれたようだった。ただ、第1位勢力の誤算は、その中にまだ吸収容量を決められていなかった製造途中のキメラが含まれてしまったこと。
この件でリリアーナさんが助かったのは幸いだが、決定的なこの事実はあまり聞かれたくない。
第1位勢力の本来の目的は自国を一旦放棄し、国内に居る敵対勢力とスパイを一掃。その上で既に8割程を乗っ取っていた北方城塞都市グランノームから、クラバナに根を下ろし侵略する事が最終的な着地点。まったく関係ない人間を巻き込み、どんな影響があるか解らない災害を引き起こした。クラウゾナスのキメラは、容量を決めずに造ると、食いあって肥大し続ける為、いずれはエネルギー不足になり倒れる。それを避ける様に設計されていたと推察できた。それが直接の原因。コビンが胸糞悪そうに言っていたが、生命の意義や価値観なんかを何とも思わないクズの所業だとな。まさにそうだ。
その場に居た7…いや8人は納得したように頷き、沈黙。……いや、馴染みすぎじゃありませんかね? ルカナ様、カルナ様……あと、ニニンシュアリの息子の蜜月君。可愛い顔してやっぱり凶悪な食欲してるね。君も……。そんなに美味い? そのマカロン。
「で、ミュラー、レジアデス。ずっと気になってたんだが、そちらのお嬢さん方は?」
「あー……。うん。お2人とも、紹介してよろしいですか?」
「おけおけ」
「構いませんよ」
「じゃ、遠慮なく。こちらの方々は初代時兎様。審判の管理者様だ」
俺とレジアデス、紹介されたご本人方、蜜月君以外の時間が止まったな。あ、マカロンをつまみ上げてたニニンシュアリの手から、蜜月君がマカロンを奪い去ったぞ。美味そうに食うなー。俺も1個もらお。あ、くれるの? ありがとう。……うまっ。
最初に動き出したのは流石と言おうか、ニニンシュアリだ。震える手でマカロンを1つ口に運びながら、膝の上の息子を撫でくりまわし、すわりきって濁った目でお2人を見て目を逸らした。……現実から逃げたな。カルフィアーテなんかまだ帰って来ないし、アルフレッドは諦めたように何事も無かったかのように紅茶を飲み下す。なるよねー。うん。それが普通だよね。
ご本人方が『え、何その反応……』みたいな表情してるのが解せぬ。
まず、無視したいが無視できないヤツが盛大に溜息を。高位の神族がそんなおいそれと出てきちゃダメでしょうが。……と、言いたげなニニンシュアリ。そのニニンシュアリから息子の蜜月君をひったくったカルナ様が、せがむ蜜月君にマカロンを与えつつ口を開いた。あ、ちゃんと用事があったんですね。いや、あまりにもちゃらんぽらんな所しか見ないもんで、ただ単に理由をつけて遊びに来ただけなのかな~と。
「は〜……。お前らが神をどんな風に見てるのかよ〜くわかったよ。ま、あっちの家ん中でイチャコラしてる武神と技巧神が前例じゃーな。そうもなるか」
「カルナぁ、イチャコラなんて表現古いわよ? それにあの子達はまだ若いんだしいいんじゃない? 多少ギシギシアンアンしてても。まー、昼間からする事では無いとは思うけど」
……盛大に吹いた。コーヒー党のニニンシュアリ、紅茶党のアルフレッド、昼間からビールとかいう贅沢なレジアデス、とりあえず無難に紅茶な俺。皆盛大に、互いに互いを気にして吹きかけなかったのが幸い。そして、激しく噎せた。なんつー言い方! もっと他にあるでしょうに言い方! やっぱり1番ヤバい神ってのは間違いじゃないんだろうな。いろんな意味で。
あ、やっとカルフィアーテの意識が帰って来たよ。何事も無かったかのようにコーヒーを啜って、コーヒーシュガーを足した。……あ、目は死んでる。
「と、まあ、前座はこの辺にしよーや」
「ですね。久しぶりの下界でちょっと舞い上がってました、すみません」
そして、唐突に真面目になる女神様ズ。彼女ら曰く、前座をクリアしてようやっと本題。審判の管理者様が直々に現れる様な大それた事が起きた訳だから、俺らもそれなりに身構える。ルカナ様は高山芝の上でイチャイチャする泳鳶とパール嬢を遠目に見ながら、重々しく打ち明ける。
今回はイレギュラーが多すぎるらしい。まず、お2人が俺達の存在に気づいた原因から。檜枝が明らかな実力不足にも関わらずティタノアリザを顕現させた件。これもその歪みから来る影響の1つと見ていい。……と、ルカナ様は仰る。また、1番最後にキメラが急激に膨張した時、アレもセルガーデンが以前までの法則であるならば、起きえない現象だと。その理由は恐らく、どこかしらで時空を歪めて何かを行使しようとしたかららしい。理屈や原理は解らないが、なかなか壮大になりつつある。
つまり、勇者召喚を行おうとしている?
お2人は揃って両手を上げながら首を横に振る。まだ、ルカナ様や上位神族の皆様でさえも推測の段階らしい。そもそも今回時空の狭間からなだれ込んだ陸海は、まだセルガーデンの神族の管轄になり切っていない。以前の世界の神々とのリンクも切れている為、本当に何が起きてもおかしくないとも。
「アタシらでも内情が探れねーんだ。だから、仕方なく顕現して、直接探ってたんだよ。そしたら都合よく見つけちまった。だからアタシらと足並みが近いアンタらを手助けしたろーって寸法よ」
「あくまで私やカルナ、あの人やオオガミの様な、上位神族…管理者と呼ばれる存在は、力を貸す事もなかなかできません。直接的に未来を歪める様な神力行使など以ての外。世界を狂わせる重大な規約違反ですので」
「だからアタシらのダーリンはまだ降りて来られねーんだわ」
「あの人は私達より枷が重いですからね。次に来るなら、循環の管理者の琴乃ちゃんか、保守の管理者である花崗ちゃんかしら」
俺達の表情は強ばっていただろうさ。世界の理を歪める様な物事を、知らぬとはいえ人間が行使できるってんだからさ。しかし、ルカナ様は笑顔を見せながらそんな俺達を笑い飛ばす。
この世界で人が人の形をしている以上、この先も大陸が吹き飛んだり、天変地異が引き起こされる程度の変化しか起きないだろうと。……いやいや、それ十分に人類滅亡の一因になりますからね? イッツ ゴッデス ジョーク! みたいなボケが入ったなら、ネタで済む。だが、ルカナ様は大真面目だ。俺達の反応が予想とだいぶ違うから、逆に驚いてるんだよ。目の前の女神様は。
そして、こうも言った。この様な事変は以前にもあったと。
世界の存亡よろしい危機ってのは、あくまで『人類側の危機』ってだけ。それより高次元の生物群には、それ程大きな影響ではないんだろう。特に生命かすら怪しい次元に位置する存在、上位神族のこの方々の感覚はぶっ飛んでる。1つの種族、この場合なら広い意味で人種だが。それらの種族が絶滅しようが、繁栄しようが、世界はそれなりに回る。スケールがデカすぎてついていけない。……そんな中でもマカロンにむしゃぶりつく蜜月君。うん。君は将来ビッグになるよ。絶対に。君にとっては人類滅亡よりも、絶品マカロンのが大事な訳だから。
「大丈夫ですよ。それこそ『いっつ ごっです じょーく!』です。思い出してください。檜枝君は明らかに実力不足にも関わらず、概念神族ではかなり高位のティタを喚び出しました。つまり、変化するのは環境だけではありませんよ」
「てーかな? 世の理の全てが変わるんなら、アタシらが顕現してまで調べ事なんかしねーっての。一部分が不自然にかわってっから来てんだよ」
「私は最初から決着のついた試合は嫌いなんですけどね。貴方達は負けませんよ。ただ、ちょ〜っとやり過ぎちゃうかもしれない……困ったさん達が居るので不安はありますけど」
「お、コレうめーな!『ったく、その通りだぜ……。マジあの時は焦ったからな? 泳鳶だっけか? あの坊主、下手したらあの周辺を全部跡形もなく消し飛ばす様な攻撃しやがって』」
かなり重く、疲れを滲ませたカルナ様の視線の先では、旅先での話をパール嬢にせがまれて、ハニカミ笑いで言葉を紡ぐ泳鳶が居た。……もしかして、ウチの泳鳶がやり過ぎた? ちょっと冷や汗が止まんないかも。
そんな中、再び咳払いをして話題を戻したのがルカナ様。
まず間違いなくやらかすのは鬼の長子。パール嬢。あの子は下手したら新たに編入した陸塊ごと消し飛ばし、大規模な湖を作ってしまうかも……と。コレは女神の冗談ではないらしい。ジュースのストローを咥えながらの笑顔ではあるが、目はまったく笑ってないからね。これを下手にボケたら絞め殺されるルートまっしぐらだからさ。
ルカナ様はそのまま話を続ける。だからこそアリストクレアさんへ、初代オーガ様が神器を与えた。新たな陸海が切り取られ、時空の狭間からセルガーデンへ接続されると知った初代オーガ様なりの手段だった。お話から現界するにはかなり条件を揃えねばならない初代オーガ様。タイミングよく夜桜先生が巻き込まれた異変が片付いた為、チャンスを不意にしないよう初代オーガ様は綿密に予定を組んでいたらしい。
上位神族が住まう空間に居る者は彼の事を『無色の管理者』と言う。この世界は色によって傾向や姿形までもが彩られる。それはそういう世界だから。……と、しか言えないそうだ。しかし、彼は無色。透明ではない。彼はこの世界の創造神から世界の管理権を奪取した唯一無二の存在。仲間を生き残らせる為に、彼は自身の魂すら天秤にかけた。彼は、彼だけはこの世界の理から外れた存在。その血を引き、下界に生まれた無色の子孫。その子孫が何の役割も背負わない訳が無い。何かしらの業を背負うのだ。
「あの娘っ子だけには……アタシも勝てる気がしねーんだわ」
「あら、珍しいわね。最初から貴女が敗北宣言なんて」
「そりゃ今の内なら話になんねーよ? だが、あの娘っ子がアタシらと同じ段階に来てみろ。本気を出しても。たとえ、本来の、過去の名を。『小此木琉香奈』を取り戻したとしても……絶対に勝てないよ」
俺達は生唾を飲みながら審判の管理者の片割れ、断罪を司る女神の独白を聞いた。流石の蜜月君もマカロンを食べる手を止め、カタコトのようではあるが、明らかに指向性のある文言をカルナ様に向ける。懐かしい、初期の朧月嬢を思わせるね。
流石のカルナ様でも心の底から驚いたのだろう。
蜜月君は彼の小さな掌を頭上の両頬へ向け、ヒラヒラと振り伸ばす。……が、女神の血筋は小さい。平均的な新生児の3分の2程度だからな。手が届かず、カルナ様の太腿から机に這い上がり、カルナ様の両頬を軽く揉んでいる。怖いもの知らずというか、知らぬが仏といいますか……。その蜜月君を今度はルカナ様が抱き上げてあやす。……マカロンは食べたいのね。……遠い目をしていたニニンシュアリだが、招来でっかくなるだろう息子へ、諦めた様な、愛おしげな笑顔を向けた。
殺伐とした話は消え去り、そのまま今回近くに居なかった子供達の紹介へ移る。カルナ様、ルカナ様は楽しげに……徐々に、名も忘れかける程昔からの仲間の血筋達を、驚きを目に見せながら眺めていた。特に驚いているのはハイエルフの娘っ子達の数。あ、因みにハイエルフの男女比は大体5:95くらいらしい。5%って……。この場にはハーフも含め40人くらい居るけど、男子はたったの3人。檜枝も含めてね。
「多いな、ハイエルフ」
「増えましたねー。ハイエルフ」
ですね。ハイエルフ。




