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神童達の歩む道 

 泳鳶には最大限の賞賛の言葉を与え、俺らは用事を片付ける為に北方城塞都市グランノームに来ていた。これからの事はガキには早いんでね。やらせればできちまうから余計に避けた。泳鳶達は参加させず、やっておきたい事があったからだ。

 他のメンツはソファに座る俺の従者ポジションにいるが、本来ならパーティーリーダーのキースが話さなくちゃならんのだけどな。ただ、今回は事が事だけにキースの判断ではこちらの姿勢を構えられない。俺達はグランノームの代表共を前に事前通達に来たんだ。コレは相談じゃない。本来ならば、俺達は触らなかった案件だったんだが、クラバナの存亡に関わりそうな特大案件を無視はできねー。しかもそれを抑えたのは我らが新芽のパーティー。

 アリストクレアさんがよく言ってたが、大人は子供の行いを見て導く立場だ。全否定も全肯定もない。アイツらに問題があったならば、正す。アイツらに非があるなら、一緒に頭を下げてやる。アイツらがトラブルに巻き込まれてんなら、その場の程度を見て手を差し伸べる。

 あろうことかクラバナの馬鹿どもは、こちらに何らかの賠償や責任転嫁みたいな事をする腹積もりらしい。チビ共がやらかしたから主導がチビだと勘違いし、舐め腐ってやがる。バカにするのもたいがいにして欲しいもんだぜ。んな無責任がまかり通る訳がねーだろ。石頭共が。


「で? このグランノームを守ったヤツらの身柄を引き渡せと?」

「違う。スタンピードを引き起こした者達の身柄だ。多数の目撃者が居る。貴殿らはその少年らの関係者であろう? ならば、すみやかに……」

「いやいや、そもそもアイツらが引き起こしたっつー確たる証拠がねーし。そんでもって証拠付きの実行犯ならそこに転がしてあるだろ? 何を考えてるのかはだいたい察してる。内通者が居て、グランノームを抑える策は前からあったんだろ? 馬鹿だねー」

「言わせておけば……それこそ何を根拠に」

「あのなあ……。俺は基本、平和主義だ。だが、バカに情をかけるほど甘くもねー。あの大暴走の裏側もだいたい察しがついた。それが正しいなら、明日には……国が1つ地図から消えるだろうよ」


 あー、これだから三下は。ちょっと威圧しただけで腰抜かすは漏らすわ……。はなから話し合いなんてする気はねーからかまやしねーけどな。

 どうやらグランノームの自治代表の中に間者が複数人混じってたみたいだ。とは言ってみたが、もう今更関係ねーな。

 俺達が育てたからよく理解してるが、あのチビ達は目には目を歯には歯をってヤツらだ。これだけ大規模な脅しをかけ、結果的にとは言え巻き込んでくれたんだ。その分の礼は必ずするだろう。特にそう言う事にきっちりしている泳鳶は抜かりない。戦えたら何でも構わないバトルジャンキーは別だが、泳鳶と檜枝は必ずクラウゾナス帝国へ菓子折り付きのお礼参りに行く。絶対な。比較的穏当な手段を好むブランだが、この場は泳鳶の判断に任せるはず。1番不安な戦闘狂の双子は狂喜乱舞するだろう。

 この先どうするかはアイツらにお任せだが、俺とアラン、レギウスはグランノームに残ってある限りは事後処理だ。……アリストクレアさんにも言われているが、禍根は残さん。芽が残るようなら焼き払う。今回は泳鳶達へのお使いだけではない事は以前にも話したが、悪い方向へ急展開だからよ。やっとかなくちゃならんのだ。後腐れなくアイツらが前を歩いて行けるように、今は俺達が汚れ仕事をやる。成人したら否が応でも関わることになんだからよ。今くらいはただただ、前を向かせてやりたい。人だろうが獣だろうが命を奪うんだ。悩み俯かせ、迷走させるのはまだ早い。コレは親として、師としてのわがままではあるが今くらいはな。


「さて、んじゃ……世迷言をほざいた事の落とし前と行こうか? ガキを利用して身を躱すクズ共には、相応の罰を与えなくちゃなあ」

「…………」

「解ってんだろうが、俺らは慈善事業をしてる訳じゃねーんだ。今回はたまたま噛み合っただけ。結果的に無此の民は救われ、根の深い病巣が見つかった」

「くっ……」

「お前さん達にも通達があったろ? 死神がクラバナを脅したってよ」

「まさか!」

「お前ら語彙が破綻してんじゃね? まあ、そうだな。俺はその死神の一派だ。だから温情は有り得ねー。理解したか?」


 その後もいろいろとあったが、結果的には丸くまるーく収拾を付けた。本来なら自分から角を引っ込めて欲しかったが、期待薄だったからよ。無理矢理に角は削った。

 アランがフェアル族とハイエルフの血を引くせいか、便利な魔法を簡単に使ってくれるからな。審議や看破はおちゃのこさいさい。断罪と膿抜きが同時に済み、俺はグランノームをアランとレギウスに任せてキース達三兄弟と合流するべく飛んだ。……んだが、なんかしっちゃかめっちゃかだな。キース達は監察対象の彗星の標から距離を取り、ニニンシュアリから借りている機材で見ていたらしいんだ。そしたら何ともテンプレ的なイベントが起きてるじゃねーのよ。

 名付けて「颯爽と馬車救出イベント」ってか?

 あーヤダヤダ。あの大暴走の裏側はもっとギトギトしてそうだな。大暴走の最中、群はグランノームにまっしぐらなんだろうが、解析した魔道具を見た感じではその後が面倒だった。魔道具を解析し、適切に解体したとあるチビの話によれば……。アレは魔法生物のような特徴を持つ寄生型の魔道具。あちらの世界で造られているから、こちらに合わせて説明するなら巨大な生物の寄生虫を魔道具化した物。しかも、様々な魔物を誘引する為の細工がしてあり、本体は人間に寄生していた。…………らしい。


「助かりました。このご恩は……」

「え、あ、いや、あの……ですね? 近いです。事情をお聞きしたいのですけど、この距離では話ができないので」

「あらっ♡ 申し訳ございません。『随分と可愛らしい反応……コレなら懐柔も簡単かしら?』」


 大暴走を誘引した寄生虫型魔道具が無力化され、統制を失った魔獣、魔物、動物は互いに潰し合う。これも計算づくなんだろうさ。グランノームから逃げ延びても結果的には食い殺されるように仕向けたんだ。人間の機動力と魔物や魔獣とでは雲泥の差。逃げ遂せる事ができるとは考えにくい。

 そんな中に結界で身を守っていたとは言え、あんな豪奢な馬車が見逃されるはずは無いだろ。魔道具が生きていた時ならまだしも、魔道具が無力化されてからは特に。

 そこに白馬の王子様展開で5人が来たらしい。

 この周りの惨状を見るに、直接戦ったのは泳鳶と檜枝。役割は泳鳶が特攻し、馬車周りの保守。檜枝が外郭防衛からの殲滅と言った具合だ。面倒と言うなら、相手の馬車の主人が泳鳶に抱きつき離れない問題と、何やら魔法使い風の女が檜枝に興味津々だな。ま、しゃーないわ。泳鳶は素直にミュラーに似た爽やか系イケメンへと骨格が変わりつつある。そんな幼いイケメンが空から一刀の元、魔獣を切り伏せて助け出す。俺はおっさんだからよく分からんが、恋する乙女には覿面だったんじゃね? 実際、馬車の周囲の死体は刀傷が元の即死。アレは確実に泳鳶の仕業だ。あと、身分の高そうな嬢ちゃんの態度なんかはわかりやすいしな。


「ねえ、あの魔法…教えて。貴方、歳は? 出身は? 得意属性は? 良ければ貴方のお師匠様も紹介して欲しい」

「いやいやいや、そんな急にまくし立てんなって! つーか、僕ら初対面! 顔近いから!」

「むう……。分かった。貴方の名前は?」

「僕は檜枝・ライブラリア。君は?」

「私はカトリア。カトリア・コートランド。一応、宮廷魔術師の末席で15歳」

「僕は夜桜勇者塾の10期生で9歳だよ」

「っ?!」


 あのグイグイ行く嬢ちゃんが魔導師ってんなら気持ちは良くわかる。なんせ檜枝はマジモンの天才だからな。バカだけど。

 魔法を使うにしてもいきなり大容量の魔力を、ましてや浸透しにくい媒体に利用するというのは難しい。その点、檜枝の母親の紅葉嬢とアイツは真逆の感性の魔法を使いこなしている。カトリアと名乗った嬢ちゃんが目にした魔法は、無

系統の単純魔力操作による物。形が指定された系統魔法は使うには簡単だが、自由度が低く、融通が効かないんだ。檜枝はまだまだ新魔法開発には至っていないまでも、魔力により自由自在な造形を得意としている。何かのきっかけさえあればもう直に魔導師への扉を開くだろう。

 泳鳶が直近の脅威を払った後に、馬車を囲むように土塀を構築。その土塀はそのままに範囲だけを拡張する様に再展開か。いくら自由度が高い土や鉱物の魔法とは言えど、あんな高い効率を出すのは並の術者じゃ無理だ。まず、魔力切れになる。魔力切れの壁を超えたとして、展開、構築、再展開をタイムリーに行使できる術者は数える程しか知らねーよ。カトリア嬢ちゃんは檜枝の年齢だけではなく、魔法の行程的な話を聞くに従い顔を青くする。それが正しい反応だわな。


「そ、それじゃ、ひ、檜枝は…固定の魔法じゃなくて、魔力の直接操作で、あ、あの規模の事象改変を行使したの?」

「初めて見る方には衝撃でしょうね。檜枝は型式のある魔法よりは自由な創造を好む傾向がありますから」

「ん、檜兄(ひーにい)の魔法は凄い。けど、当てずっぽう」

「だね。檜兄は凄い。けど、もう少し後先考えた方がいいね。同じ魔法が二度と使えないのも問題」

「コラコラ、マブル、コークス。僕を貶してるのか褒めてるのか君達はどちらなんだい?」

「「褒め貶してる! アハハ!」」


 カトリア嬢ちゃんがビビり散らかすのも、頷けるってもんだわな。だってよ、本来なら魔法使いは魔術師より未熟と扱われる。何故なら、固定化した魔法術式、詰まるところの魔術が使えねーわけだから。

 だがしかし! 檜枝の場合はかなーり、かな〜〜りイレギュラーだ。檜枝はあえて区分した上での魔術を使わず、魔法を好んで使うんだからな。本来なら形が定まって居ない魔法は術式に必要な魔力量すら定まっていない。だから使うための魔力を感覚で注ぎ、想像で形を整形し、範囲を定めて常世に顕現させる。俺から言わせてもらえば、ある一定の才能さえあれば教科書通りの魔術のが簡単なくらいだ。ただ、魔術は組み合わせればある程度までの汎用性を取れても、1つの魔術では限界がある。檜枝はそれをリスクを全て処理する力を持つが故に、新たな境地へと昇華させたんだよ。

 隠したところで意味がないからだろうが、檜枝も隠さずに丁寧に教えてやがる。檜枝にしたら魔法も魔術も変わらねーんだよ。行使する行程の1つに過ぎず、必要な魔力量も大差ない。それこそ超上級の厄災を振りまく『超級魔法』や、絶望を振りまく人の限界値『絶級魔法』くらいからアイツでも難しいとか、キツいと感じる程度なのさ。


「あ、あの……それで泳鳶様方は何故こちらへ?」

「……その前に互いの立場を揃える必要がありますね。そうせねば互いに話せない事もありましょう。僕は潮騒 泳鳶。これよりはるか南東の国、聖刻が将軍の嫡男であり、今回の事前調査部隊をまとめる立場にあります。お見知り置きを」

「これはご丁寧に……。わたくしはアレッサンドロ・フィア・リリアーナ。元、帝国第4皇女ですわ」

「私はカトリア・コートランド。元宮廷魔術師第15席」

(それがし)はハミュ・ミックマン。元はリリアーナ殿下の護衛騎士だった。今でも護衛なのは変わらぬがな」

「我はラウシュ・ミックマン。双子の姉と同じだ」


 フルフェイスの兜だから判断つかなかったが、騎士っぽい護衛もまだ10代っぽい女の子か。クラウゾナスは今どうなってやがんだ? 第4位の皇女とは言えど少ないお供に最低限の装備。どう考えても平和な話はでねーよな。

 そこからは檜枝、ブラン、マブルとコークスと挨拶。前から感じてはいたが、挨拶が既にガキらしくない。肩書きとか家格の説明とか。まあ、家格の説明がややこしいマブルとコークスは、各々の名前しか話してないけどな。んで、最年長が11歳である事や、泳鳶、檜枝、ブランの各人が高官や名高い術師の子である事に相手方は目を剥いて驚嘆。普通はそうだわ。特に驚かれたのはリリアーナ姫さんが根掘り葉掘り聞いた泳鳶の素性でお供の元騎士姉妹は茫然自失。

 泳鳶は現在の潮騒臨時辺境統括官にある1部の自治区で代官を任ぜられていること。貴族の子弟にありがちな政治や剣だけではなく、魔法に文才、芸術、経済、各種産業への理解等々。17歳のリリアーナ姫さんは口を閉じる事もできずに絶句の様相だ。多少の違いはあれど残りのメンツも同じ。……実は俺もかなーりビックリしてる。夜桜先生が『泳鳶には中の人が居る』って言ってたからな。中々言い得て妙だ。

 んで、追い討ちがブランの存在。騎士の娘っ子達には8歳の騎士は衝撃以外の何物でもなく、獲物が大鎌であることもその衝撃に拍車をかけたらしい。そりゃ爵位が生きてる国家体質と、軍人から枝分かれした役職名でしかない我が国とでは感覚も違うわな。しかも騎士と言えば剣だが、ブランは鎌騎士。追い討ちになるのが騎士の娘っ子2人でようやく持ち上がる大鎌。それをブランはジャグリングするからな。また、5人の人種的な面だ。最初は4人娘は気にしていなかったみたいだが、鎌を見た時に気付いたんだよ。ブランの背中にはウスバカゲロウの様な羽がある。目立った角がある双子や背中に小さな翼のある泳鳶、ウスバカゲロウのような羽のあるブラン……。檜枝にしても一見すれば人だが、明らかに常人離れした魔法を既に見せている。うん。そうだな。誰一人として普通の人ではない訳だ。


「泳鳶様は古代魚人(セイレーン)猛禽人(ハイホークマン)のハーフ……」

「檜枝はハイエルフと森人? のハーフ?」

「ブラン殿は妖精人(フェアル)族と魔鬼(オーガ)族のハーフですか?」

「……お二人は小鬼族ですか?」

「「違う。僕らは神鬼族のアシュライ血統。あんなヤツらと同類なのは心外」」

「も、申し訳ない」

「「ん」」


 そんで波乱に満ちた自己紹介の後は、食事会。泳鳶が空を見てきづいたのだろう。太陽は既に真上。昼食にしようと宣言する。

 普通なら食事くらいは和やかになるもんだが……。はい、更に追い討ち。

 檜枝が展開した魔導絨毯から出てきたオープンテラスに絶句。その奥には一流料理店に備え付けられた厨房設備に引けを取らない設備。整った調理器具や美しい食器類を見つけて2度見。また、いつの間にか姿が見えなかった双子が小型の地竜を引き摺って来て腰を抜かす。最後に簡単な物ですが……なんて言って泳鳶が作った料理。この料理を口にした4人娘はその出来栄えの良さから意識を手放したようだ。

 テーブルマナーなど忘れ去り、ガツガツかきこみお代わりを求め……と淑女に有るまじき行動に我に返って、意識が覚醒した4人娘。いつの間にか用意されていたティーセットや茶菓子を見て遠い目。そんな4人が落ち込んで話が始まらないので、泳鳶が軽く咳払いをして事の顛末の説明を求めた。

 最初に騎士だった2人の話だ。

 どうも4人娘は亡命する為、夜中に逃げ出したらしい。だから荷物は最低限、他国の中では1番近いクラバナ方面に向かっていた訳か。その亡命の理由と言うのが皇位争奪戦による政争との事。どうもリリアーナ姫さんは他の皇族とは違い、穏健派でそれを疎ましく思う者は多いらしいな。事が急転したため、リリアーナ姫さんの親友であるカトリア嬢ちゃんが機転をきかせ、何とかハミュ嬢ちゃんとラウシュ嬢ちゃんをお共にして謀略と包囲網を突破……と。


「我々は姫の剣。我が命運尽きるは姫の為と決めておりました故に」

「曾祖母の代より皇家に仕え、主を守ってまいりました。我らは剣。いつまでも姫と共にあります」

「忠義の塊って感じだ。お二人は凄い」


 確かに2人は剣の腕とするなら一流だろうな。佇まいからそれらを理解できるブランが尊敬の眼差しを向けている。……が、純新無垢な視線を受ける2人は苦笑いだ。実際、2人は貴族の出で、コネや家格の優位から女性騎士となった名誉騎士爵だろう。それに対してブランは既に個の力としても2人に勝り、家格としても神殿のトップの次世代と目されている。現段階で護衛騎士とは隔絶された各技能も備わってるしな。元の素材が違うと言っちまえばそれまでだが、ブランはまだ8歳くらいだ。ハミュ嬢ちゃん、ラウシュ嬢ちゃんの両騎士はだいたい20歳くらい。年の差12があってもブランには一太刀も浴びせられまいよ。

 そこからは更に政治的になる。当時最も若く注目されていた宮廷魔術師、そのカトリア嬢ちゃんが引き継いだ。

 どうもこちらの国の宮廷魔術師と言うのは、あまり権威が高くない様だな。聖刻には既にその役職はないが、大図書館務めの高位魔導師と言えば魔法を使う上での最上位職だ。話を聞く限りではあちらの国が重要視するのは錬金術師で、発現者や有力者の少ない魔術師はパッとしない感じか。戦略的に使うにしても戦の最初期にドカンと1発当てたら退避……。マジモンの一発屋やんけ。魔法の使い方にもかなりの差があるみたいだな。カトリア嬢ちゃんのビビり方も頷けるってもんだぜ。

 昨今の帝国では錬金術師が幅を効かせたせいか魔法使いは居場所がなく、カトリア嬢ちゃん程の魔力量のある魔術師でも評価されないと……。それに魔法使いの学派、魔術院は侵攻反対派。現状は国力が著しく減退した中で、新たな火種を作るのは更なるダメージに繋がる。……と、主張し続けるも主流派の錬金術院に聞き入れられる訳もなく。こちらも権力の割合が強い学派対立で負け色が濃く、旗印のリリアーナ姫さんの命が危ないとみてカトリアが独断で動いたか。


「この大暴走だっていくつもの要因が積み重なってる。檜枝様や泳鳶様が居なかったらどうなってたことか」

「あ、いや、僕は大した事はしてないのですよ? 守りの要はブランと檜枝だし、暗躍して本丸を潰したのはコークスです。……では、率直に。リリアーナ姫はこの後はどの様に身を振るご予定ですか?」


 泳鳶よぉ、お前の闘氣に当てられたら一般人はもたんぜ?

 一瞬だけ怯えを見せたリリアーナ姫さんだったが、真剣な表情で泳鳶に告げる。彼女が話したのは大きく分けて2つだ。

 早急に聖刻から援軍を出してもらい、クラウゾナス体制を叩き潰すか。また、配備に時間がかかるならば1度、聖刻に逃げ延びて期を見た上での……総力戦か。

 ただ、泳鳶はそれに苦笑で返した。

 予想がピタリと一致したからだろう。その上で泳鳶は新しく紅茶を用意し、リリアーナ姫さんに残酷な現実を叩きつけた。

 まず、大前提として今回の事案で聖刻からの軍が参戦はありえない。泳鳶は聖刻の将軍、潮騒家の嫡子。その発言はいくら成人前と言えど大きい。そんな泳鳶は丁寧に説明をしていく。

 国家として得が無く損しかないから。現在の聖刻は目下財政難で火の車もいい所だ。10数年前の状態から怪異が続き、不毛の地に成り果てたルシェを引き取るに当たり、かなりの支出がある。また、それを維持する為の人民が定着仕切っていない。管理者が育ちきっておらず、各地からの移民の集まりをマニュアル的に管理しているにすぎないんだ。以上から聖刻に国土拡大のメリットが一切ないのだよ。


「それから、仮に聖刻軍を動かす算段が付くとしてです。対価はどうなされるおつもりで? 軍費は高額ですよ?」

「うっ…………」

「檜枝を見てお気づきでしょうが、魔法技術は圧倒的にこちらが上位です。また、錬金術師が行う融合実験に関しても、こちらでは過去の遺物。使い勝手が悪い駄作と称された悪手を今更使う程度の国家技術に…益は見いだせません」

「…………わ、わたくしが…………わたくしが奴隷堕ちならば……後続の子女であればそれなりの額になるのでは?」

「残念ながらその方法は非現実的です。まず、貴女お1人では職業軍人で構成される聖刻軍の軍費を賄う事はできません。また、法的に不可能なのが最大の壁となります。我が国では犯罪奴隷、犯罪に関わる借金奴隷に限り有効です。つまり、それで手詰まりならば、リリアーナ姫が提示できる対価はありません」


 相手方が完全に撃沈した状態から、ずっと武器の整備をしていたマブルとコークスが口を開いた。それも不満そうな感じで。

 そもそもの話をするとって場面だな。

 泳鳶は立場上、臨時で開拓区域を取り仕切る潮騒公の嫡男。その立場もあり今回の事案を解決する交渉をしなければならなかったが、マブルとコークスは違う。一応はパーティーで動きはするが、あの5人にはそれなりの自由が保証されている。一人一人で独立した意見が言える。言っちまえば、マブルやコークスが個人で、その場で戦争を起こす事も視野に入ってんだよな。

 まあ、今回はかなりイレギュラーだがな。泳鳶はグランノームの件しかり、リリアーナ姫さんの件しかり。クラウゾナスに良い感情はない。また、何故かずっと悪感情をクラウゾナスには向けている事から、泳鳶の腹の底では既に全面交戦の流れが濃厚だ。しかも大聖獣や精霊まで使っての総力戦にするつもりのな。

 双子としては既に想定していた楽しみが中止になるのは嫌らしく、マブルとコークスはリリアーナ姫さんの肩を持ったのだ。聖刻としてではなく、仮勇者パーティー『彗星の標』として……。単独パーティーによる蹂躙戦を最初から視野に入れていやがる。


「泳兄? まさかここまで来て帰るだけなの?」

「……まさか。僕らの手を煩わせた分とか、話し合いすらさせない……大使に対しての暴挙にお返しをしなくちゃ」

「ははは、2人とも少し落ち着きなさい。僕はあくまでも聖刻としては動かないって

話をしただけだよ? レジアデス様やキー兄達のパーティーからの助力も無し。僕らで…………クラウゾナス帝国に終焉をあげるんだ」


 あー……。泳鳶のスイッチが入ったぞ。ヤバいなこりゃ。優しい奴程、キレると手がつけらんねーんだよな。

 泳鳶はガタガタと震える4人娘に向き直り、1度咳払い。泳鳶は再び優しげな笑顔をリリアーナ姫さんに向け、クラウゾナスの詳しい内情を聴き始めた。

 クラウゾナス帝国は皇帝と元老院と言う最高大臣の議会による国家運営で、現在はかなり軍事色が強いという。リリアーナ姫さんが生まれる以前は、食料確保のための生物工学が盛んに研究され、その為に錬金術師が重用された。元は穀物や野菜の適応研究や、家畜の可食部肥大などが、お題目だったはずが、いつの間にやらそれが軍事転用。現在は秘匿されているため解らないが、キメラは盛んに生産されているとのこと。例の寄生虫に似せた誘導装置もその産物か。あと、明らかに混ぜこまれた異質な輩はキメラだったわけだな。

 あー、今でも青かった髪が真紅に染まると、背筋が凍るぜ。まったくよー……。母親が母親なだけあり、堪え性でクソ真面目。根っこが優しいからなおさら抱え込もうとしやがるから更に手に負えん。逃げ道を探すのも人生なんだけどな。アイツには回避の方法を教えなならん訳だわ。


「うおーい。泳鳶。あんまりはしゃぐなや」

「レジアデス先生。どうかされました?」

「なーにが、どうかされました? だよっ! お前の本気を出すなら俺が見届けなくちゃならん。アリストクレアさんからの条件だ」


 あー、やっちまった。不用意に龍体で近づいちまったから、4人娘が粗相の上で泡を吹いて失神しちまったよ。やらかしたー…………。

 やっちまった事はしゃーねー。

 だから、改めて人の姿で挨拶。失神こそされなかったが、何とも言えない圧力?的なもんがあるらしい。4人娘はガタガタ震えるだけで、会話にならん。脅すのは嫌だからな。最低限の面通しは終わったから、俺は三兄弟の待機している場所に帰った。俺が飛んでった後ろからは、4人娘の絶叫とも悲鳴ともつかない文句が飛び交ったようだ。すまんな、泳鳶よ。

 やっちまった事はな、しゃーねーんだが。どの道俺も泳鳶に話しておかねばならなかった。泳鳶は訓練時にアリストクレアさんが付きっきりだったらしい。アリストクレアさんも生まれて数年は泳鳶をそれ程の脅威であると見ていなかったんだ。それがどうだ。5歳を過ぎた辺りから、アリストクレアさんは以前までとは真逆の視点に移している。泳鳶はあくまでその筆頭格と言うだけだ。そうさ、泳鳶だけじゃねーんだよ。生まれてきたボウズ達の全員が、初代達の位に到達するんじゃないか? ……と、までアリストクレアさんが危惧を向けてるんだよ。


「コホン……。それでですね? 先程の龍族様…レジアデス様でしたか? あの方のお力を借りるのですか?」

「あはは、そんな訳ないですよ。というか、5人で戦えばお釣りが来るくらいには余裕です。ね、泳兄」

「そうだね。現状から変わらず油断しなければ、僕ら5人だけでもすり潰せるかな? でも、この場合の問題はちょっと違うんだよ」

「まさか泳兄は人体実験の被験者は助けるつもりなの?」

「できる限りは、……ね。その個人に対してどういう対処が救いになるかは、その場当たりでしか判断できないから」

「ん……。なら、僕は侵入して必要ない愚物を処理すべき?」

「僕は機材の完全停止と、二度と使えない様に処理する?」


 再び絶句する4人娘。

 決意のこもった表情を崩さない泳鳶だったから、間違いなく5割以上の神通力回転を使ってくるだろう。泳鳶はシルヴィアさんとは違い、神通力を外部放出する技術は持たない。つか、体質からして体外への氣放出があまり得意じゃねーんだよな。魔法にしたって、アレは全て努力の産物であって、才能の成したもんじゃねー。他にもアイツはあらゆる手札を切って自身を鍛え続けている。アリストクレアさんがセーブ役を買って出なけりゃ、どっかで致命的な故障をやらかしたかもしれねーからな。

 それに今回は合わせ技として檜枝が居る。泳鳶は魔法を使ったとしても『造形』か『強化』しか使えない。魔力を可視化できてねーみてーだし、体質から過度な放出と操作が苦手だからな。だが、檜枝は違う。檜枝は運動神経の悪さから、あまり肉体強化付与を行わない。確かに肉体を硬化したりはするが、弓を引く以外には筋力増強とかも見ねーんだよな。それには膨大すぎる魔力と、それを自由自在に操れてしまう生来の才能が関係している。泳鳶の様に苦労して操作を学びさえすれば、極小範囲を緻密な操作で構築しやすくなる。だが、檜枝の場合はその極小範囲に捩じ込む事すら必要ない。むしろできねーからやってねーな。アイツの本領は暴走も厭わなければ、巨大国家を一撃で壊滅できる力技にあるんだからよ。


「んー、なら僕はあまり出ない方がいい? 僕が居ると微細な措置はできないよ?」

「檜枝にはクラウゾナスを囲う様に土壁を構築してもらうし、いざとなったら垂星(ストライク・メテオ)でクラウゾナスごと消してもわなくちゃならないから」

「そ、そこまで徹底するんだ。もしかして、かなりえぐい実験とかしてる感じ?」

「あくまで予想だけどね。さっきの大暴走の時に居たキメラの1部がちょっと面倒でね。仔細はあとで話すけど、アレが主戦力として作られているんなら、そういう処置も視野に入るかな?」


 あー、やっぱり気づいてたか。

 あのキメラは普通じゃなかった。キメラってもんが普通じゃ起こりえないんだが、それにしたってアレは拙い。俺達が元来この世界と呼ぶ空間、セルガーデンではキメラも自然発生する。

 大戦があったり、負の想念が渦巻き滞留した場所が発生地帯だ。負の連鎖に寄り集まる魔獣が食い合う事で発生するらしいな。だが、人為的に発生する場合もある。死霊術師(ネクロマンサー)と区分される黒魔術師達が主な元凶だ。不死を求めた実験の末に作り出した産物と言われ、古代遺跡などに未だ現存しているらしいが真偽の程は知れん。

 んで、あのキメラな。アレは黒魔術などの魔術的な形態ではなく、医学的な接合施術により礎を作り上げられた物だ。厄介なのがその後。ここから魔術的な要素を組み込まれていて、食らった物の意思を残しながら融合し、怨嗟を膨らませ災禍を広げる。それの副産物が例の寄生虫。呼び込みに使われただけじゃねーんだ。正確にはキメラを作る為の核としてアレは使われていたらしい。一対になる様に寄生虫同士が共鳴し、狙われる信号を放つ寄生虫を狙って完成する様に仕向けられてたんだよ。


「あのキメラ、根幹に人間が使われてたね」

「ねー。エグいよね。痛みに悶えて悶えて、それから開放されたいが為に、グランノームにあるたった一つの救いに群がる。本質的には誰も助からないのにね」

「泳兄が怒るのも解ったよ。でも助けられないの? マブル、コークス」

「うーん……。寄生虫の侵食が浅いなら……助かる…かも? でも、僕なら直ぐに殺してあげた方が、苦しまないと思う」

「コークスが難しいって言うなら難しいんだろうね。僕は見てないから解らないけどさ」


 4人娘を交えずに5人は会話を続ける。その間も4人娘は沈鬱な表情のままだ。

 仕方ねーけどな。

 ただ、リリアーナ姫さんやカトリア嬢ちゃん達がどんなに悲しんだところで、この事態が好転することは無い。泳鳶達、特に泳鳶はその残酷さを双方の立場から理解している。泳鳶は旧ルシェの一部を母の代わりに管理する上で、人心の闇をしっかりと実体験し認識した。ブランは騎士団のトップが両親だ。取り締まる側ではあるが、必要悪と言う存在もあの歳で理解している。マブルとコークスは母が元は大統領で、父親は国の裏側を生きる鬼の実力者。例え2人が幼くとも父の背を見てきたアイツらが知らないはずがない。

 泳鳶は悲壮感に包まれている対面席側にキツい声色で問いただす。20歳くらいの女性達を10歳そこそこのボウズが叱咤するってのも、かなり歪な情景ではあるがな。泳鳶は今まさに俺が考えていた事を言いやがった。リリアーナ姫さんは皇族だ。人が集団を作る以上は人の上に人が立つことは避けられない。むしろ、それを受け入れ、利用するくらいの力がなくては、この先に人族は滅びてしまう。


「貴女は人の上に立つ血筋の人だ。だからこそ立ち止まってはいけない。貴女が立ち止まる事で人が救われるなら、それでもいいでしょう。しかし、その様な都合の良い事はないでしょうね。貴女1人で負うしかありませんが、ハッキリ申し上げます。貴女が歩み出そうが、立ち止まろうが……引き返そうとも、クラウゾナス帝国は滅びる」

「それはくつがえらないのですね?」

「はい。僕は今回の調査任務において、いくつかの権限行使を許されています。その中に国家殲滅級勇者の投入もありますから」

「国家殲滅…………。貴方様が……その当人である訳ですね?」

「いえ、僕達5人です。年齢が満15歳ではありませんから仮ではありますが」


 リリアーナ姫さんの表情が変わる。若く力に満ち、意志に溢れた為政者の表情だな。そのリリアーナ姫からは先程とは打って変わった様に、威厳に満ちた張りのある声色での願いが朗々と流れ出す。

 泳鳶も泳鳶だが、リリアーナ姫さんもリリアーナ姫さんだな。皇族とは言ってもあちらの政治体制では男尊女卑が顕著でもおかしくない。その中であれだけの決断力と、合理性を取れるだけの判断力。20歳以下の若さなら十分だ。それを上回る泳鳶はさらにヤバいけどな。

 満足気に頷き右手を差し出す泳鳶。リリアーナ姫さんがその右手を両手でしっかりと包み込んだ。……ん? 泳鳶の様子が若干おかしくないか? まぁ、いいや。周りのチビ達は苦笑いしてるし、大した事じゃねーだろうさ。

 そのまま泳鳶からざっくりした作戦が提起される。壮大も壮大。さっきの会話からチラッとではしたが、檜枝の超大規模魔法により、クラウゾナス帝国首都である帝都ラセランカスを中心に全ての都市を集約する。また、その際に配備されていた軍や人造生命は排除の意向。檜枝なら魔力量と異能の観点から余裕でやりきる。ま、魔力切れになる可能性はあるが、アイツの回復量は馬鹿げているからな。問題も小さいんだろう。


「クラウゾナスを1つに集める? ですか?」

「はい。檜枝ならやれます。その間の我々はもう少し内情と現状戦力を互いに把握し合いましょうか」

「え、ええ。でも、私達も地上に居ては危ないのではありませんか?」

「ああ、ご心配なく。直ぐに解決しますから」


 檜枝の魔導絨毯が展開され、展望ブリッジ付きの飛行船を模した形になる。リリアーナ姫さんとカトリア嬢ちゃん、ハミュ嬢ちゃん、ラウシュ嬢ちゃんは楽しそうにはしゃぐマブルとコークスに押し込まれて乗り込む。4人娘は多少の金と武具類しか持ち出していないため、手荷物も少なくあっさりしたもんだな。馬車ごと乗っけやがった。アイツら……。

 その飛行船型の動力室に泳鳶が入り、大聖獣の朱雀を喚び出し、朱雀の放出する熱を特殊な蓄熱機関に貯める。熱気球かよ……。まあ、別に航空戦をする訳じゃねーから機動力は二の次でいいんからか? だったら最初から気球の形で良かった気もするが。…………。あー、広さの問題ね。あと、万が一の航空戦に備えての一策と。

 蓄熱している途中から既に離陸も始まっていたが、それなりの高度を維持した段階で、檜枝だけが自分の聖獣である紫覇鋼王蟲(オリハ・キングビートル)に乗っかってさらに上空へ。檜枝の事だ。やり過ぎて斜め上の結果は出すかもだが、失敗は……ないだろう。あと密かにコークスの聖獣が飛行船側から警護目的で目を光らせてるから、檜枝が狙われても問題なかろうな。果てさて今回はどんな馬鹿げた事をするかなー。ここまで来ると逆に楽しみではある。報告書に書かなならん事を考えるのは憂鬱だが、アリストクレアさんに弄られ続けた成果は確実に実ってるはずだ。見せてくれ、天空の賢者の息子よ。


「さーて、基準はどうしたもんか……。泳鳶兄の事を思えばアリの子1匹逃がしたくないけど、限界はある。仕方ないか。まずは軍事色の強そうな場所から優先的に行こう」


 動いた。思い切りがいいのは良いとも取れるが、あまりに早くないか? 上空10000mエリアからの眺めだが、なかなか鳥肌が立つ光景だ。檜枝の得意な魔法形態は土や鉱石などと、文章的な概念。今回の場合は檜枝に備わる膨大とも莫大とも取れる気狂いレベルの魔力により、単体で天変地異を引き起こしたんだよ。いつぞやかの巨人戦で現リナリア皇妃のクラヴィディア妃が撃ち込んだやり方を、さらに大規模にした感じだな。

 行程としては主に二段階。必要なら3段階だ。

 まず、アイツの大好きなダイアモンドで地中ごと街や基地を球状に隔離し、神通力で強化コーティング。さらにその下からビリヤードよろしく、大地鋲(グランド・ピアス)で突き上げる。器用に狙った場所に落ちればいいが、落ちなかったら地面を魔力で無理やり操作して微調整してやがるし。中のヤツの事は一切考えてないな。ま、軍事色の強い場所への処置っぽいから目をつぶろう。どんな基準で選んでるのか知らんが、キースが使う人間の心を指標化して把握できる探知魔法で見ても問題ね無いらしいからな。まあ、…………止めるのを諦めたともいう。


「派手にやったなあ……。檜兄」

「たーまやー」

「かーにやー」

「あ、あんな事が……」

「そんな馬鹿な……」

「私は、私の目はどうにかなってしまったのか?」

「大丈夫です。正常ですよ。こちらというか、檜枝の周りでは割とよくあることですから」

「「「「はいっ?!!」」」」


 辟易する様な泳鳶の言葉が全てだ。

 檜枝が何故に要注意人物なのか。何故にヤツがバカとかアホと言われんのかって事だよ。コイツは魔法で遊ぶような真似をしやがるから。何度となく夜桜勇者塾付近の山肌を滑落させたり、吹き飛ばしてんだよ。その度に事務員のお姉様方にボコボコにされ、母親に突き出されてるはずだ。なのに懲りねーんだよな。特に魔法に詳しいリーナ嬢と紅葉(カーチャン)からのお小言は毎度すげーんだ。

 まあ、とは言え……だ。人口が万単位になる大きな市街地を、コロで滑らす様に滑らかに移動させるなんて技もやりやがる。檜枝はバカだが、理由なく行動は起こさない。空の彼方に放り投げたヤツらと、丁重に動かしてるヤツらには何かしらの差があんだろうよ。そうさ、やり方がかなり派手で、突飛で、前代未聞が服を着た様な男。それが檜枝。檜枝・ライブラリア。完全無欠の天才児、潮騒の麒麟児である潮騒 泳鳶ですら匙を投げ、破天荒を貫きもはやその存在こそが災害とすら思う。実際に泳鳶も最近は檜枝を叱らない。さすがにやり過ぎれば嗜めはするが、それでも初期程の熱心さはなく、大抵はアリストクレアさんを盾にする。檜枝を抑制したければアリストクレアさんか母親が効果覿面だからよ。……逆にいやー、それらしか効果が薄いってことなんだけどな。俺なんかは甘やかしてくれる歳の離れた兄ちゃんみたいな感じで接されてるし。


「あの魔法も不定形魔法なの? マブル、コークス」

「そだよ。カトリア姉ちゃん。檜兄は基本的に固定の魔法、魔術は使わないかなぁ。術式展開時に必要な魔力ロスも勿体ないとかいう変態だからね」

「だね。それにしたって1回術式設計を確定しちゃえば楽なのにね。でも、魔力の直接操作の方が汎用性は高いし。檜兄なら絶対に直接操作を選ぶよね。変態だし」

「へー、檜兄って変態なんだね」

「ブラン。言っておくけど魔法学限定だからね? はあ……。在らぬところで檜枝の微妙な風評被害が起きてる。ま、否定できない所がなんとも。『実際、何度叱られても懲りない檜枝はドMだと思うし』」


 想像力がものを言う魔法用法だ。魔法を式に修め、形態化したのが魔術。その魔術をある程度習熟した者を魔術師と言うが、檜枝は魔術を嫌う故に魔法使いである。まあ……使わない訳じゃねーんだけどな。

 これを暴露するのはどうかとも思っていたが、止め役になるキースには伝えておかなくちゃならんから伝えておく。

 檜枝の母親、紅葉の家系には様々な固有異能がある。ハイエルフには珍しい男性の檜枝に継承されていたのかは判断できなかったが、サフィーナ嬢ちゃんに聞いたら直ぐに解ったよ。檜枝には超記憶異能、無限図書館(インデックス)。アルセタスの古代人である森人に伝わる文字魔法(マギ・スペル)。そして、神鬼に伝わっている創造(クリエイト)。最後に紅葉が発現させたぶっ壊れ異能、覇則破者(ルール・ブレイカー)だ。

 特に無限図書館の仕様に関しては詳しくキース二話す。無限図書館は直接的にはそれ程の脅威ではないが、使い方によっては神級魔法以上の脅威であると見ている。俺はあの家系とそれ程親密ではないから聞けないが、無限図書館は見た物や体験した事を瞬時に記憶し、寸分違わずに再現できる。


「檜兄の魔法は強すぎるってのが弱点だもんね。ちょっと言い方はあれだけど、大味って感じ?」

「うむうむ。そだね〜。一定以上の魔術ならいいけど、それ以下の魔術だと、大概失敗するよね。規模が大きくなり過ぎるから」

「あ、確かに。この前なんだけどね、暖炉の掃除を頼んだらさ。派手に煙突から噴水してた。アレは面白かったよ」

「…………なあ、某は檜枝殿の魔法力に突っ込むべきなのか? それとも水を吹き上げる程の水圧に耐えられる暖炉と煙突に突っ込むべきなのか? なあ、ラウシュよ」

「姉者、我は何も聞いていない。だから、突っ込みようがない」

「「ぶふっ!」」


 ハミュ嬢ちゃんとラウシュ嬢ちゃんのコントでマブルとコークスが吹いてやがる。別に面白い所はどこにもなかったはずなんだけどな。

 さて、檜枝がいつも使う大魔法だが、間違いなく無限図書館で感覚的記憶を流用してる。じゃなきゃあんな速い展開は不可能だし、多重展開(マルチキャスト)はもっと無理だ。アリストクレアさんみたいな例外が無くは無いが、アレだって創造と魔眼の合わせ技みたいなもんだしな。んで、今回の問題は母親から授かった物だ。

 覇則破者。この異能は神通力を用いた改編型極大異能に類する。檜枝の場合は覇則破者を十分に使いこなせているかは激しく疑問だが、使っていなければそれこそ神クラスの魔力が居る事象改変なんだよ。おそらく無意識だ。無意識にそれを行使しているから、本人の認識外の発動をするんだよ。アイツの暴発はそういう所からも起きる。

 さっきの煙突噴水なんて面白エピソードならまだ可愛いもんだぜ。ちょこちょこやらかすんだよな。アイツ。ちょっと土間の補修を頼んだら全面御影石にされてたり、浴槽が全面ダイヤモンド張り、農具の金属部分が紫覇鋼……。挙げればキリがないが、檜枝の魔法でやっちゃった…事故はもう日常の1部である事は言うまでもない。これにまだ2つもとんでも異能があんだよな。やらかす事に可愛げはないが、まだ面白エピソードで済んでる内はいい。この先がこえーよ。マジで。


「手早いねー。もうかなり集まったんじゃない? 街ごとビリヤードとか面白すぎる」

「ねー。これだから檜兄の近くは楽しいんだよねー。意外性満載」

「報告書を書かなくちゃいけない僕は頭が痛いよ」

「あ、なら僕も手伝うから、泳兄、元気だして」

「ブラン、君だけが頼りだ。あっち側には絶対にいかないでね? 頼むから」

「あー、今度から爛華(インフェロザーナ)家の皆から守ってくれるなら考え…」

「ごめん。無理だ。僕の力では無力だ」

「速っ! 諦めるの速いって! せめて1分は考えよっ?!」


 要塞や街ごとビリヤードでお仕置きされた市街地や、穏便に地面に並んだコロで運ばれたり、地面が波打つ様にして運ばれた市街地。もはや何でもありだが、檜枝は張り切りすぎたのか、若干顔が青い。魔力欠乏症の手前だな。とは言っても、檜枝の魔力回復量から考えたら問題は少ない。これが単一戦闘なら大問題だが、次に出るのはオーガ家の双子だ。年齢は4とか5歳。普通なら武器を握るなんてありえない年齢。

 だが、魔鬼は生まれたその瞬間から闘争に生きる生物。それに擬態している神鬼のアシュライ血統も言わずもがな。生まれたその時より、闘いに必要な力は有しているんだ。喋るより先に血肉を食らう生き物なんだよ。魔鬼はな。

 檜枝が飛行船に帰って来ると同時に、カトリア嬢ちゃんが詰め寄る。なんか態度が変わったな。両手で手を掴んで、もう離しません! ってかんじ。檜枝は少し疲れた様に適当な流しだが、アレは絶対にロックオンされたな。

 さて、それとは別に泳鳶の前に今すぐにでも飛び出しそうな双子が並んでいる。一応、リーダーの指示は待つだけの理解力と理性は維持してるんだな。ただ、GO!! の指示待ちをする犬みたいだぜ。ブンブン振り回されてる尻尾の幻覚が見えやがる。


「マブル、コークス。くれぐれも言っておくけど、バラバラ殺人とか無差別爆殺、広域焼却の類はやむを得ない場合だけだからね?」

「「さーっ! いえっさーっ!!」」

「それから、あくまでも今から君らがするのは、前線調査と撹乱。敵の首魁が目の前に居たとしても、君達だけで判断はしないように。いいね?」

「「さーっ!! いえっさーっ!!!!」」

「よし、行ってきなさい。無事に帰って来るように!」

「さーっ!!!! いえっさーっ!!!!!! いーやっふーっ!!!!!!!!」


 …………。なんか最後の方は興奮しすぎで訳分からん状態だったな。

 んで、先に潜入したコビンからの通信によると、あの双子はいきなり泳鳶の言いつけを破って敵の先陣の一部を爆破しやがった。確かに撹乱の一手には違いないんだが、やり過ぎだ。爆発に巻き込まれて一個師団が丸焼けになるのは、もはや撹乱や陽動じゃねーからな。普通に破壊活動だぞ?

 はいはい、もうおなかいっぱいだっての。

 アイツらアリストクレアさんからパクッたんだろ。体の各所に魔法石から展開する形の魔力外装を展開しやがった。しかもコークスはまた黒い靄に包まれたかと思いきや消え、マブルは体が歪む様に消えた。コークスは判らんが、マブルは光学系魔法だな。いろいろな属性の魔法を併用して光を完全に屈折させ、姿を消す魔法だ。アイツらマジで4歳児か? バカじゃねーだろうか。空気の上を走りやがるとか。水面ならまだ解る。いや、水面だったとしてもバカげてはいるんだが、空中を滑るじゃなく走りやがって。マジモンのバカだろ。ハミュ嬢ちゃんとラウシュ嬢ちゃんは見えないから単に消えた事に驚いてるし、魔力で感知できたらしいカトリア嬢ちゃんは青ざめている。……リリアーナ姫さんは飛行船からダイブしたことに対して驚き、気絶したな。いや、まー、そんなもんか?


「はー……。あのバカ双子は」

「ねー、泳兄。下で2箇所、派手な爆炎が上がったんだけど」

「うん。頭痛は酷いけど、その辺は諦めてるんだ。大丈夫ではないけど、想定内だよ。あの二人の場合は2人で国ごと消さないかの方が恐ろしいくらいだし」

「あー、だな。それはやりそうかも」


 あちこちで散発的な爆発が起き、アイツらが何をしたいのかが見えてきた。アイツらは檜枝がやらかしたビリヤードで配備された軍隊を、集結させないように道や建物を破壊しながら進行している。

 そうするとどうなるかと言うと、バラバラにされ分断された軍隊がより重要度の高い部隊か、施設に集まろうとする。部隊の場合は無視。施設の場合ならば破壊工作を施していく。あの双子は間違いなくアリストクレアさんの息子。作戦は派手だがやり方は淡々としてんだよな。なんつーか、機械的に同じ動作を繰り返すんだよ。そんでもって…………最後に見せつけるんだ。絶望を。あの親子に良心ってもんがなかったら、ガチの悪役だな。

 マブルとコークスは檜枝が集めた外縁都市には目もくれず、首都の外壁側から中心部へ向けて渦を描く様に動いている。その過程で何らかの動きを見せたり、鉢合わせした敵の部隊は即壊滅。マブルもコークスも手加減と言う物を知らない。自分達の聖獣を騎獣代わりにし、硬い外壁はぶち抜くし、兵団は魔導装備で一掃。国崩しを楽しそうに、それはそれは楽しげにやりやがるんだよ。アイツらは。


「んー。やっぱり、国の中枢に何かあるね」

「あ、泳兄も解った? マブルとコークスが虱潰しに動いてるから、かなり判り易かったって言えばそうだけど」

「うん。明らかに2人の進行速度が遅くなってるし。じゃ、僕とブランも行くよ。檜枝は要人警護と全体の状況を定期的に報告して」

「うーい。僕もボチボチやらせてもらうよ」


 檜枝が手を振る中をブランは……天使の聖獣って。16枚羽のアレは見たことない形態だな。んで、泳鳶も最初からフルスロットルだ。泳鳶が契約している三体の大聖獣、朱雀、蒼燕(ソウエン)翆鶯(スイオウ)が現れて飛んでいく。泳鳶は1番大柄な翆鶯の上だ。

 次の瞬間、泳鳶が何か指示を出したのだろう。天使に羽交い締めにされる感じで飛んでいたブランが、急に投げ出され空へ鎌を大薙ぎに振り抜く。……比喩まで含めれば壮麗で美しい白亜の城が、半ばから斜めに滑り落ちながら倒壊していく。何のためにアレをしたのかは解らないが、1度蒼燕の上に着地したブランが柔らかい顔立ちに似合わず舌打ちした。泳鳶の表情も渋い。また、市街地でも動きが変化している。マブルとコークスは各個人で銃器や手持ちの機材、異能までフルで活用し何かの集団を守りつつ退避し始めてるな。うん? なーるほど。……ミイラ取りがミイラになったか。

 馬鹿め。自分らの実力を過信したか、単に想定外がそのまま悲劇に転じたか。自分たちが創り出した非人道的な産物に、自分たちが食われるとは想像できなかったんだろうな。


『檜枝! 聞こえてるっ?!』

「ああっ! 言いたいことは解るけど! アレは何なのっ!?」

『簡単に言えば吸収型キメラの暴走肥大状態。多分、通常ならコントロールできるようにある程度の限界を設定してたんだと思う。けど、アレにはそれがない。手当り次第に生きてる物を食い漁ってる』

「ざまぁっ! って言いたいとこだけどアレはマズイねっ。ブランの真空波動光斬(ブラッシュ・ザッパー)も大して効いてないでしょっ」

『と言うか檜枝はどしたの? なんでそんな必死に……っつ! 蒼燕! 旗艦の待避に手を貸してやってくれ!』

『あいわかった!』


 うわっ……。キモっ! 触手なんてのは創作物でしか需要なんかねーわ。リアルはキモすぎるから。マジで。

 城の内部から湧き出した肉塊の職種が、どんな構造をしてんのか知らねーけど檜枝が防衛している魔導絨毯の飛行船に取り付こうとしてやがる。つーか、何に反応してやがんのかは知らねーけど、かなり執拗だな。しゃーねー。グランノームも二の次だ。龍魔法でレギウスとアランを俺の背の上に転送し、三兄弟も呼び戻して指示を出す。

 レギウス、アランの2人にはブランに付かせる。ブランはあの5人の中で1番キモが座り、安定性があるんだ。生き残りや一般人の避難誘導につかせる。

 三兄弟の内、ダズとコビンには各々、マブルとコークスに付かせる。今の内は何故か空に気が向いているからいいが、飛行船を避難させたらばどうなるかなんて目に見えてんだよ。それに4とか5歳のガキにはそろそろ体力的に限界も近い。

 んで、キースだ。キースには空中戦での相性が最悪な檜枝のバックアップに入らせる。キースは淫魔族(インキュバス)である為に、アイツ個人なら飛べるんだ。空中戦の感覚は飛べる飛べないがかなり影響するからな。ついでに俺がそれなりの高さまで飛行船を持ち上げ、仲間に維持をさせるまでの手数も稼ぎたいしな。


「おう! 檜枝よ! いつもの余裕はどうしたんだよ!」

「れ、レジアデス先生! た、助かった」

「おら! まだ気ぃ抜くんじゃねーよ! 今引っ張り上げてやっから、4人娘に空調魔法くらいかけろ。酸素が薄くなる上にかなり寒くなるぜ!」

「りょ、…さー! いえっさー!!」


 檜枝のやつ、意外とノリがいいな……。

 うーむ。何となく掴めてきたぞ。おそらくあの触手の1本1本に飲み込まれた輩の人格が残ってやがるんだ。誰かは知らねーが、上の4人娘の誰かに悪意ある輩なんだろう。そうなると自ずと判るが、リリアーナ姫さんだよな。……。つか、檜枝よく頑張ったぞ。あの数百ものゴン太触手群を1本も取り付かせないとか。

 今はキースが得意の氷魔法と炎魔法、風魔法、土魔法の合わせ技で触手の再生力を減退させている。今の所救いなのはあの触手が無機物に反応しないところだな。キメラの根幹部が接合施術だからなのか知らないが、錬金術の王道のゴーレムは関わってねーみてーだからな。

 にしても、大変な事態になった。

 今は泳鳶が1人で抑えているがこちら側以外は手が足りてない。正直、脅しのつもりだった言葉だが、マジでクラウゾナス帝国は滅びちまったぞ。この状況じゃ再建は不可能だ。檜枝が中核都市から小都市、市町村までもを移動させたから、管理は楽だが、もうダメだ。もう、クラウゾナスは再起不能だな。


「檜枝! 遠視の魔法でマブル、コークス、ブランが連れてる団体が見えてるか?」

「見えました! アレを助け出して、ラセランカスを大規模魔法で隔離すればいいんですよね!」

「おう! 100点だ。泳鳶のこたー気にすんな。今から俺がつく。お前は避難してきた連中を受け入れられる様に体制を整えてくれ!」

「さー! いえっさー!!」


 途端に檜枝の体色、瞳の色や髪色までもが変化した。あー、あの馬鹿……。檜枝の激しい操船に酔っていた4人娘にはトドメをさした形になる。檜枝から吹き出した神通力に揺さぶられたんだよ。

 特に肉体派ではないカトリア嬢ちゃんとリリアーナ姫さんは酷い。互いに抱き合う形のままに2人は嘔吐。ギリギリまで耐えてはいたが、主人とその親友が限界を迎えた数秒後に双子の姉妹もシンクロリバース。

 まあ、唯一の救いと言うなれば、吐いた瞬間を見ちまったのが俺だけだったことだな。

 その原因となった檜枝は自身の最強かつ最大の手札を行使する為の布陣を組む為、ちょいと無茶をしでかしたんだ。本人の中では場に酔っていたんだろうし、俺に頼られたのが嬉しくて舞い上がっちまったんだよ。檜枝の最強の手札はそれこそ母親を飛び抜け、鬼の一家に追随しうる最大級の事象改変。順序が大切だ。檜枝の血は両親ともに古代人。その二親に備わる膨大かつ高密度な神通力を礎に行使される。

 まず、爛華(インフェロザーナ)の秘術、無限図書館。無限図書館を用いれば、脳内での思考が加速し事象改変異能や魔法の行使が爆発的に加速する。その代償として体を痛めつける程に神通力の体内循環を早め、脳や心臓を酷使するんだ。次に創造(クリエイト)。……だが、檜枝が使える創造は不完全。あくまでも覇則破者(ルール・ブレイカー)を補助し、無限図書館を使う上での擬似的に好適な状況を創ってんだ。とはいえ、それも時間制限つきの物。

今の檜枝ではもって1分の大魔法を行使する下準備なんだよ。


「ガトダマ…ニリ…タエシイレイ…ヨ。ガ…マナノ…イヤク…ニタエ…ヨ。セイノ…ダイナルセイ…キュウウカンホウ……。ゲンセ…ヨ! 『プルート・ノアール・ティタノアリザ』」


 ちっくしょう! あの馬鹿っ! なんつーもんを!

 いくらなんでも限度があるだろうがっ! あの馬鹿野郎はまさかの概念神族の中でも指折りの上級神を呼び出しやがったんだ。この世界の三大主神、善神、裁神、悪神はもちろん、その下にも数多と管轄を持つ神が居る。その中で悪神派閥に属し、大地とその上に生きる全てを司る神を……だ。悪神の娘神、女神ティタノアリザ。その性格は酷く気分屋で飽き性かつ奔放な極み付きの自由人と伝わる。それをこの土壇場で呼び出しやがった訳だが! 檜枝、どうすんだ?!

 つーか、どこに呼び出した?

 ん? マジか……。檜枝が呼び出したティタノアリザがどこに居るかは分からんが、地面から巨大な岩石の腕が数本生え、ブラン隊、マブル隊、コークス隊をすくい上げてラセランカスの外郭へ。また、神通力の波により感覚を揺さぶられた肉塊が無軌道に暴れ、薙ぎ払われそうになり泳鳶がピンチだったのを助けたようだな。んで、俺の…と言うよりゃ檜枝に挨拶でもしに来たんだろう。ブリッジでヘタり込みそうな檜枝を抱き上げ、虚空に消えていきやがった。……伝承ってのは意外と当てにならんな。ティタノアリザは割とまともな感性してる神だったわ。少なくとも母親のペルセポネよりは。


「あ、ありがとう。ティタ様」

「まったく…我が幼き主様は世話を焼かせる。今回は出血大サービスじゃ。次は正式な手順で妾を喚んでおくれや? では、時間じゃて。また会おうぞ。妾の可愛い主様よ」


 ティタノアリザは去り際に指先を振り、帝都ラセランカスの外周を赤褐色の分厚い岩壁…いや、岩山の帯で覆っていった。出血大サービスねえ。ま、確かに今回の檜枝のやり方は、けして褒められたやり方じゃねーし、明らかに力不足だからな。

 ティタノアリザは地母神や豊穣神、農神として広く崇められている女神だ。また、天空と陸海の境界を境とした神族派閥で、陸海を守護するペルセポネが産んだ主神の次に偉大な女神。そんな神を簡単に喚べる訳がねーんだ。たまたま大地の加護が強いから喚び出せただけ。檜枝の総魔力量と、異能による事象改変を加えてなお足りなかった。その不足分を大地を護る為……と言う大義名分と今後に期待を込めたっつー希望を含めた大サービスな訳だわ。しかも、明らかに檜枝の魔力ではなく、ティタノアリザ自身の神力を使ってあの赤い岩山は創られた。……まーた馬鹿げたガキの誕生を見ちまったぜ。パール嬢ちゃんは前から諦めてたが、次は檜枝か。神を降ろす、規格外。もう、腹いっぱいですわ。


「レジア! 大丈夫かっ?!」

「んお? ミュラー、どうしたよ」

「いや、リーヴィヒ先生に行きなさいって言われたんだよ。あと、いきなり夜桜先生が舌打ちしてどこかに転移したから不安に……」

「確かに大事件は大事件だが、大丈夫だ。それよかいい所に来たな。見届けてやれ。お前の息子が一皮剥ける瞬間ってやつをよ」

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