規格外達と戯れる
さあやって参りました。今日は上の子達の実戦訓練がメインらしい。
メンバーは渡波嬢、二十波嬢、パール嬢、泳鳶、エメラルダ嬢、海雨嬢、朧月、蓮華嬢、檜枝だ。最初はエメラルダ嬢と海雨嬢、蓮華嬢、檜枝は選出外になりそうだったらしいが、親からの強い希望で実現した。特に海雨と檜枝は高くなった鼻っ柱を折るため……らしい。あと、嵐月は辞退。戦うのも面白そうだけど、今回は面白おかしく観戦したいとの事。
子供達に対し、教導役側の対戦者は……。まさかの師匠。いきなり潰しにかかっていると思うが、これも子供達からの要望だ。特にパール嬢と泳鳶の食いつきが凄かった。形式としては子供達軍団が師匠を集団で……という訳ではない。目的として、個人の実力の判断と周囲の人間が理解する意味がある。対戦順は完全なランダム。1回試合が行われる度に年少の子供達がクジを引くという形だ。
で、いきなり絶望的な表情をしながら模擬戦用のフィールドに入ったのは檜枝。クジを引き当てたのは黒百合嬢。
ま、さもありなんって感じか。檜枝は完全な後衛職だ。一応の護身術や棒術は学んでいるみたいだが、運動音痴の紅葉とアルフレッドの息子。さて、どう戦う? 魔法力に卓越した檜枝だが、師匠も魔法工学の権威だ。勝てる訳は無いが、判定勝ちを掠め取れるまで粘れるか。見物だ。……母親の紅葉が凄く悪い顔をしてるぞ。見なかったことにしよう。
「……コレじゃあまりにもだな。おい、檜枝、100手まで先に出させてやる。それまでに俺を納得させたら合格をやろう」
「……そ、それなら、やれるか? いや、やるしかない!」
紅葉の顔がとたんに歪む。『甘やかし過ぎ』と言いたいらしい。表情からダダ漏れだがな。
魔法力に長けた檜枝は魔法の展開力とコントロール能力には目を見張る物がある。これは師匠も知っての事。その檜枝が最初に繰り出したのは初手にしては思い切った魔法。鉱石系派生魔法で必要魔力量や規模から推察するに上級魔導師からの適性魔法、『難級』相当の魔法だ。基となる魔法と材質から考えると、『金剛鉾』になるのか。子供の想像力にしてはかなりできあがった魔法だが……。初手にしては過剰じゃないか? 必要魔力もかなりの量だろうに。
予備も合わせてか三本造形していたが、師匠へ撃ち込んだのはその内の一本。……無傷。そら〜そうなるわな。師匠の嫌味なところが炸裂している。ホントに絶好調だな。確かに檜枝の魔法は歳の割に高威力だし、正確で効果的。通常の上級魔法となる『岩鉾』とは何を比較しても比べ物にならない。あの年齢を加味するなら余裕で天才と言える。しかし、師匠には物足りないらしいな。檜枝が放った金剛鉾は、もはや攻城兵器の威力だ。一般的な木材を金属で補強した城門程度ならば、アレの一撃で突貫できる。3本を効果的に打ち込めば、分厚い城郭さえも倒壊させられるだろう。それをもってしても貫けない師匠の防御魔法。『氣外套』で檜枝を試しているんだろうさ。
檜枝は確かに自信家でお調子者な側面はある。だが、冷静な時ならば慎重さも兼ね備え、物事を客観的な側面から見る事ができる素質を見せつつあるんだ。師匠は『経験』を積ませたいのだと思う。魔法使いには必須の経験。感覚だ。魔法使い系の者は魔力が物を言う。魔力に関する感覚的なミスは死を招くとも言えるからだ。魔力欠乏症になれば戦うのは難しいし、魔力切れはそれこそ死に直結する。数値で見えりゃ楽なんだが、そんな都合のいい事はない。師匠が100手と制限を加えたのは檜枝に感覚的な物を養わせ、尚且つ一歩引きつつ『退く』勇気を芽生えさせるためだ。少し厳し目ではあるが、命のやり取りではないだけ余裕があるとも言える。あとは檜枝次第だな。
「いやー、アルは相変わらず嫌味なやつだねー」
「リク叔父上、パパは何をしたいの?」
「うーん。ルビちゃんも自分で気づかなくちゃダメかなー。戦う魔法使いになるなら尚更だね。近接職でもそれを知っとけば対魔法使いにはかなり有利になるよ」
「んう……」
義父さんが言う通りだ。魔法を使い、生活の糧を得る人種。魔法使いは確かに事象改変能力という強力な手札を持っている。しかし、それは同時に弱点でもあると言うことを学ばせたいのだ。
俺も類に外れず『魔法使い』だからな。魔法にある『癖』は確りと認識している。
まず、どんなに魔法に体や生活感を慣らし込んだとしても、魔法は使い手に付属する備品に過ぎない。元から体に備わる手や脚程早くは動かないのだ。裏技はあるが、それを使えるのは極僅かな人種。また、使えたとして必ずしもそれが正解とは限らない。
今回、師匠は檜枝にその辺りは見詰めさせていないのだ。手数の制限を解いてそれをやり出したら、間違いなく檜枝は暴発して身の丈以上の魔法を使う。師匠自身は無事でも檜枝は無事では済まない。そんな馬鹿げた事はしないだろう。今回檜枝に出された課題は自分の限界ギリギリを見定める事。それ以外は触れない。
現に檜枝は思考を巡らせ、100の手数でどんな効率を測れば師匠を納得させられるかを考えている。檜枝は利口なヤツだ。確かに突飛な事はやるし、自信家だがバカではない。ビビりとも言うが、堅実故に手堅い。……ま、アレで実戦なんかしたら間違いなく殺されるがな。特に師匠みたいな『毒を以て毒を制す』タイプの魔導師有資格者の『刺客』には格好の的だ。
「残り84手」
「硬すぎだぜアレ。何なんだ? 見た事ない術式だ。でも、超級魔法は……ダメだダメだ。焦るな……。これはまだ訓練。実戦じゃない……。僕はまだその域じゃないんだ。なら、着実にやるんだ」
ヤケになりやすいのは母親譲りかな? たぶん、師匠が気にしてんのは紅葉が魔力切れをよく引き起こす事だろうなー。檜枝もカッとなりやすい。それに仲間思いなのはいいんだが、仲間を守るとなれば策を無視して魔力切れまで魔法を撃ち込むだろう。
……檜枝が長考の姿勢を見せた時、師匠がニヤリと笑った。……あー、意地悪をはじめたな。檜枝に当てるつもりは無いらしいが、考えに耽っていた檜枝は度肝を抜かれた様に飛び上がる。師匠はホルスターから小型の拳銃を引き抜き、檜枝の足元ギリギリへ衝撃波を撃ち込んだのだ。……確かに手は出さないとは言ってないか。嘘にはならんが、檜枝は騙し討ちのようなこの動きに何かを感じたようだ。魔法石を使って何か武器を取り出したが。小弓だな。しかもいきなり何かの魔法を使って分身を大量に作り出し、四方八方から矢を射掛け始めた。
これが大した威力じゃないなら見逃したんだが、放たれた矢の威力は最初からぶち込んでいた金剛鉾より上位だ。何の小細工だよ。しかも、その威力の矢は本体が放つ矢だけではない。かなり精密に造形された分身体が任意で放っている。攻城兵器級の魔法をボカスカ撃ち込んで大丈夫か? 手数もその分落ち込んでいくんだ。それに師匠の氣外套は硬い。なかなか攻撃は通らんぞ?
「やっぱ硬い。なら……」
「残り6手」
分身体の数体がいきなり隊列を組み、3列に並ぶ。そして、先程の攻城兵器を1列5人というハイペースで撃ち込んでいく。
ほう……。師匠なら気づいてはいるんだろうが……見逃して華を持たせたんだろうか? 3列に並び、絶え間なく射掛ける隊列へ100手を超えた為に師匠が仕掛ける。その瞬間を狙い、檜枝渾身の一撃が閃いた。師匠もその瞬間に振り抜こうとしたククリ刀をピタリと止め、魔力欠乏症ギリギリだと思われる檜枝を引き起こした。師匠としてはイエローカードだろうが、今回は多めに見たらしい。
檜枝は隊列を組ませた分身体を目隠しにし、師匠が前進するタイミングで自身の魔力欠乏症が起きるギリギリまで魔力を込めた矢を突き立てたのだ。師匠が使っていた氣外套という自己防衛結界魔法は、範囲が狭い代わりに高威力の魔法にも耐えうる高度な術式。そう簡単には破れない。しかし、何事にも弱点はある。これは物理防御系の結界魔法全般に言える話なんだが、いくら硬かろうが一点に集中した加圧をされれば突貫される事もある。それがかなり効果の高い氣外套でもだ。今の檜枝では一か八か感は否めないが、彼の中で1番の奇策を用い、ギリギリで師匠を仕留めた判定を取ったのだからな。師匠側も危なかった。アレが中途半端なヤツだったら間違いなく檜枝の矢に貫かれて死人が出ただろう。俺でも問題はないが、俺ではあの硬さの氣外套は構築できない。……ま、総括すると『よくやった』ってところかな?
「ま、及第点だな。止めたからいいがククリ刀が振り抜かれたら、頭と胴体は泣き別れだぞ?」
「理解してますよ。というか酷くないですか? 魔法使いにいきなりぶっつけのタイマンなんて」
「んー? 何を言ってんだ。魔法使いはそのリスクを考え、好適な場運びをするもんだ。実力差を差し引いてもな。まだまだオツムの段階で精進だ」
「は〜……。娘も娘なら親も親ですね。手厳しいったら」
檜枝が観覧席に戻るや、新たにクジを引き直す。
今のを見ていてそれなりに安心したのか? 次のヤツは嫌にやる気満々だ。潮音嬢とミュラーの長女、海雨嬢だ。見た所武器の類を持たない様に見せている。……いやいや、相手は鍛冶師だぞ? バレバレに決まってんだろ。師匠がその辺を譲歩してくれていたとして、どこまで有効打を持ち込めるかが見物だな。
そういう意味で言えば檜枝のが堅実だったと言える。
戦闘開始の合図と共に海雨嬢は、パール嬢に負けずとも劣らない神通力を惜しげも無く用いたフィールド作りを始めた。師匠なら封殺もできるが、これも譲歩のつもりか? 海水に包まれても魔法で擬似的な呼吸をして海雨嬢の出方を見ている。まー、師匠からしたら娘の友達だからな。かなり手加減を加え、かなり手数を制限している。本来、水中ではいくら子供とは言え、人魚相手に油断はできないのだ。逆に体が小さく小柄な子供の人魚は狭い岩場や水辺では大人の人魚よりアドバンテージがある程。しかし、師匠は何もしない。
業を煮やした海雨嬢が猛スピードで師匠へ羽衣を打ち付ける。アレは人魚に多いファッション性と利便性を兼ね備えた武器『セイレーン』だ。元は魔装大戦期に存在したという『竜宮帝国』の女性近衛兵が使った物らしいが。
「ちょ! いきなり発砲とか!」
「ははは、敵は待ってくれないぞ?」
散々地固めしておいてあの言い草もどうかとは思うが、海水でフィールドを満たさずにあの衝撃波魔法は海雨嬢には酷だ。海雨嬢はどちらかと言うと中衛の味方を支援する立ち位置。後衛職の檜枝と比べても決め手に欠けているし、近接戦闘を長時間続けられる程の体力は無い。潮音嬢の様に前衛と中衛をバランスよくこなせというのは、あの年齢の子には難しい。しかし、これだけ譲歩してくれている師匠へ攻めの一手すら遠い。セイレーンと言う攻防牽の全てを円滑にこなせる武器を持ってしてもだ。
母親の潮音嬢すらため息混じりに目頭へ手をやる。
2番手にして大問題が発生した。戦闘経験があまりない事は織り込み済みながら、海雨嬢が前線に加わるには大きな課題が出たのだ。檜枝は年齢にしてはそれなりの判断力を有していた。まー、アレしかやりようがなかったのも一因だろうが。しかし、海雨嬢のこれは非常にまずい。戦闘経験が無さすぎるのに、それなりに強い戦闘技術だけを持っている。アレが癇癪を起こして暴発したらたまったもんじゃない。
海雨嬢は潮音嬢の娘だ。そうなると当然受け継いだ不安要素がある。『血奮』だ。感情の昂りや捕食本能による揺さぶりにより、理性による抑制が著しく弱まる状態。これは先祖返りや近人からは少々離れた野性的な血族に出る特異な症状でもある。言わずもがなだが、危険度は個体により大きく変化する上、外部要因ではないために短期間での克服は難しい。
「まったく……。頭でっかちに育ちやがって。暴走混みで本気で来てみろ!! お前程度なら暴発なんてたかが知れてる」
「なっ?! …………わかった。どうなっても知らないから!」
怒りという感情は戦闘を経験する上で誰もが通る道だ。戦いを生業にする物であるならば、その個人に適した感情の推移が自然に馴染む。1番の例は噛み殺して冷静さを取り戻すタイプ。1番理想的とも思えるが、このタイプは凡庸なヤツが大半で伸びるヤツはひと握りだ。ミュラーやカルフィアーテが該当するだろう。……で、次からが問題を踏み倒した連中になる。一様に狂戦士とか殺戮者と言われる部類だ。細かい抑制を諦め、血の海を作り出す殺戮兵器として暴れ回る。マジモンのバーサーカーだ。一見は冷静な口調だが、キレた潮音嬢はこの中に属す。細かい判断なんか二の次。敵を薙ぎ払う事のみを目標にするならな。……最後。師匠は1番めんどくさい。潮音嬢は敵の無力化や打倒が目的だが、師匠は違う。狂戦士の中の狂戦士。戦う事事態に楽しみを見出し、体に染み付いた感覚的な物は殺戮による快楽だ。今までは抑えていたからそれ程でもなかったんだろう。しかし、例の巨人との戦いに発露があったらしい。それでもチビを叩き潰すみたいな事はしないだろうな。
師匠の中にある部分で理解できるのは、明らかな弱者は虐げない事だ。加虐的な快楽思考があったらあの人はこれ以上ない魔王だと思う。
海雨嬢は果敢にも師匠へ接近戦を挑んだ。彼女は5歳頃に尾鰭を脚にできる魔法を習得しているから、陸でもそれなりに動き回れる。だが、それでも水中での機動戦闘の方が断然手数が多い。陸上の生物では考えすらしないだろう軌道を描き、縦横無尽な打撃、斬撃、刺突を繰り返す。……が、当たり前だが技が未熟だ。母親を見たり、舞踊を嗜む為に体はそれなりに動く訳だが、本来ならば水中では動きが制限される師匠にはかすりもしない。徐々に苛立ち、鰭や目、髪の端々に赤味が出てきている。『血奮』の弊害で技は更に精細を欠いている始末だ。
「は〜……」
「どうしたの? 潮音ちゃん」
「あ、いいえ。昔の自分を見るようで恥ずかしくて」
「確かにね〜。潮姉っておっとりした外観だったけど、どこか短気なところあったし」
「……」
「ほらほら、昔なんだよね? し・お・ね〜?」
「……」
…………。いつも部屋の片付けや衣服の脱ぎ散らかしから、責められる側だったアホの紅葉嬢がここぞとばかりに弄り始めたな。確かに否定しにくいだろう。潮音嬢は誰がどう見ても短気だ。小さな事で怒る……が、溜め込むから爆発まではしないだけ。紅葉嬢よ、あまり弄りすぎると後が怖いぞ? お前はお前で調子に乗って自滅するのは早く改めような? マジで。
海雨嬢も最初は『煽られた程度でキレてなるものか!』……って感じで冷静さを演出していたが、今では髪の毛から瞳、鰭まで真っ赤っ赤だ。師匠も師匠で嘲笑う様な、焚きつける様な奇怪な動きをするもんだから……。檜枝の時のマジメな感じは打って代わり、既にお遊戯の様相。海雨嬢は割と真面目に師匠を追っかけてるんだが、冷静で元から狡賢い師匠相手では哀れみの念しか沸かない。
潮音嬢もあまりの展開に自分の過去を恥じるより、娘をどう慰めるかを考えている始末だ。
試合開始から10分くらいか? 技の精度もズタボロ、煽られて顔面から何からかにから真っ赤な海雨嬢は急停止し、フィールドから飛び出した。……突然の奇行に流石の師匠も唖然だったが、飛び出した海雨嬢は急に泣き叫びながら走り出し、金星館の中へ。……周囲からはあまりに大人げなかった師匠へ冷ややかな視線が集まるが、娘と同じくらい真っ赤な潮音嬢が頭を下げながら金星館へ娘を追って入っていく。周知6、怒り3、心配1と言った具合だろうか?
「うーむ。やり過ぎたか?」
「はい。流石に大人げなかったかと。正直見てられなかったですよ」
「とは言ってもなー。潮音にはアレ以上の煽りを日常的にばーちゃんがやってたんだが?」
「…………」
その場に居た全員から潮騒母娘へ、深い哀れみの念が飛んだ事は言うまでもない。だから潮音嬢はあんなに恥ずかしがっていたんだな。
ま、まあ、模擬戦では海雨嬢はリタイア。……という結果になった。実際に言わせてもらえば、戦闘中に煽られて技の精細を欠くのは目を逸らせない弱点だからな。可哀想ではあるが、しばらくストレスになる事を度外視であの訓練が続くだろう。
空気が少々微妙なため、一度休憩を挟んで仕切り直し。
次は……。エメラルダ嬢だ。かなり複雑な表情を見せてから金星館を見やり、再び父親である師匠へ視線を向けた。……が、エメラルダ嬢はその威圧が強い眼差しに身を震わせている。師匠は百面相かと思える様な表情を持ち合わせるからな。海雨嬢がまだまだ未成熟であり、戦い以前である事も理解したからあの手法だった訳だ。しかし、エメラルダ嬢は違う。自身の娘であり、それなりに教えているエメラルダ嬢には相応の試練を課すつもりだったのだろう。
俺の判断は正しかった。
初手はエメラルダ嬢に譲った形だが、エメラルダ嬢は開始から3分で猛然と攻め込まれた形だ。エメラルダ嬢は速度と隠密性を高い水準で維持し、技の精度が高い事で速攻が売り。そのエメラルダ嬢の決定的な弱点は……近い技を使う使い手に対する経験と、格上との戦闘経験。
「そういえば、エメラルダ嬢は誰を師にしたんだ? アリストクレア様ではない様だが」
「ん? 聞いてなかったのか? まさかのまさか、暁月様だよ」
「マジで? 暁月様の事だから孫達を教えるかと思っていたが」
「ま、その辺りは兎のみぞ知るってか? 真意は解らんが、暁月様はかなり乗り気らしいぞ」
アランとレギウスの会話でも出たが、エメラルダ嬢は義母さんから技や実地、卓上の知識教導を既に施されつつある。俺も嫁から聞かなかったら知らなかったが、実は義母さんの得意技は闇討ちや暗躍。大勇者としての建前があるから大味な戦いをしていただけで、暗躍は彼女の十八番。
その義母さんはニコニコしてはいるが、厳しい評価を下す師匠へは何かしら物申すつもりだな。一緒に生活しだしてあの人の耳の動きで内心がかなり分かるようになったが……。あー、怒ってる怒ってる。
ウチの嵐月が冷や汗を流す様な冷たい空間だ。
一手でも間違えばその瞬間に勝負が決する。そんな張り詰めた緊張感が肌身に張り付いているんだからよ。嵐月は義母さんから見ても天才と評される存在だ。ただ、まだ7歳。そんなチビに幾多の蹂躙激を繰り広げてきた師匠の殺気は重すぎる。そっち方面に特化する故、嵐月には師匠が死神にしか見えないはずだ。10年以上前に俺が師匠から受けた印象その物。カースミストや影隠形を無表情のままに流され、決め手を打つ直前に打破された。
残念ながら裏方勇者は前線を華々しく飾る大勇者よりも厳しい評価を受ける。エメラルダ嬢は大規模破壊をもたらす異能が無い事もあり、前線で輝かしい戦果を挙げる事はないだろう。指揮官としての能力は非常に高いし、中途半端な勇者なら正面から手数で削り切れる。……が、エメラルダ嬢には運命とでも言うべきか、自身に肉迫する……もしくは格上で敵対してくる敵が居ない。俺が敵役だと不十分。俺だとまたタイプ合わせが上手くいかない。俺、ナイフ戦闘できないから。暗器の類も使わないし。
「流石はアリストクレア様だねー。参考になる」
「うん。ナイフの使い方1つ、魔法の使い方1つ……。どれをとっても勉強になるね」
「できればアリストクレア様が先生だといいんだけどね。僕はあの方とはタイプが違うから」
「僕は二度と御免だよ。あんな嫌味なやり口で毎日とかノイローゼまっしぐらだよ」
「ははは、父上はそういう方ですからね。でも、アレくらいやらねば身にはなりませんよ? 檜枝さん?」
「ちょ! 告げ口とかやめてくれよ?! パール姉!」
エメラルダ嬢の『異能』。複数あり、俺の異能では完全には把握できない。俺はあくまで魔力に関した物事は解析、場合によれば介入できる。しかし、エメラルダ嬢は魔力を介した異能は少なく、ほとんどが体の中にある神通力を回すものだ。体へのダメージもお母上であるシルヴィアさんからの遺伝があるから生きていられるに過ぎない。体を魔物の様に変化させてノーリスクである訳が無いんだ。
そのエメラルダ嬢が使う数多の異能の中でめ彼女が常用する『変身』。『変化の術』の様に魔術的に体へ作用をもたらすものでは無い。変身は多大なダメージを負う代わりに強大な力を得る一回コッキリの『異能』のはずなんだがな。その『1回』にしても大抵の術者が肉体の変容に耐えきれず死すか、気が狂う。それを自身の体に根付く『呪い』で上手く躱しているらしい。ちなみに『変身』は俺達の様な魔法生物も比較的気軽に使用可能だぞ。まー、痛い事に変わりはないから、積極的に使うかと言えば使わないけどな。
……で、問題とする所なんだが。正直、実戦経験から言っても檜枝や海雨嬢とは比べ物にならん。師匠が本気を出さないのは当たり前だが、その師匠が定めるハードルが高すぎるのがな。
正直な話なんだがよ。今のエメラルダ嬢を勇者の認定試験に出したら普通に受かるぞ。しかも査定の経験からしてA級の様な中堅どころが胡座をかく位置なんか飛び越してS級からスタートだ。それ程の技の撃ち合いが目の前で行われている。だから、義母さんも少々苛立ちが激しい。娘に求めるのは構わないが、今ではエメラルダ嬢は義母さんが面倒を見ている部分もある。模擬戦形式の訓練ではなければ直ぐに止めに入っただろうし。
「エメ様のあのお姿は初めて見ますね〜」
「うおっ……アンタは三大族長の」
「はい〜、蠍の母とも呼ばれております。紅仙とお呼び下されば幸いですね〜」
「なあ、紅仙さんよ。エメラルダ嬢は大丈夫なのか? 変身の異能ってのは諸刃の剣なんじゃねーのか?」
「あらあら、レギウスさんもアランさんもお詳しいですね〜。…………大丈夫…とは言いきれません。強いて言うなら、アリストクレア様が卓越した技術者とだけ申し上げられます〜」
「エメラルダ嬢ではなく?」
「はい〜。さすがは我が君のお父上様。気遣いやエメ様のお気持ちまで丁寧な扱いですよー」
エメラルダ嬢が使う攻撃は基本的には目立たない。そもそも白昼堂々と使う様な戦い方ではないのだ。応用力を加味した上で、師匠は訓練の成果を見たいらしい。
今の紅仙が話す内容に義母さんからは、かなりの苛立ちが漏れ出ていた。アレは自分の教導力に不満を持っている……。などと取られて当たり前の行為だ。義母さんが改めて怒りを見せるのは至極当たり前。見た目からは想像つかないが、義母さんだってそろそろ50近い。平均寿命の上では折り返し地点はとっくに過ぎて、孫を愛でる若いおばあちゃん……って年代だ。師匠とは20近い年齢差。経験や技の類で師匠にバカにされるのはイラつくはず。
それでも義母さんが師匠へ切かからないのは、師匠の腕をそれなりに認めている事とエメラルダ嬢が師匠の娘だから。
師匠は多弾式の空気弾魔法を放ち、エメラルダ嬢は透明な針の様な物を各指先から放ち続けている。……材質は妖蜘蛛のようなもの。それをエメラルダ嬢の神通力を利用した能力で前方に弾き、師匠が使う強烈な空気弾を相殺する……か。技は鋭いし、かなりできは良いが、師匠が見たいのはエメラルダ嬢の戦闘力や技術などのものじゃない。多分この辺の事じゃないんだろう。もっと基本的な話だ。未だに師匠がエメラルダ嬢を過保護に見守る……もっと初歩的な事。
師匠がエメラルダ嬢を過保護に見守るのは自分の娘だからだ。それに尽きる。……つか、基礎が違うんだ。師匠が過保護という訳じゃない。エメラルダ嬢は確実に自らイバラの道を歩み始めている。この場にいるほとんどが世界の中でも極少数の存在だから比較対象がいないしよ。だから、俺が軽く話す事にした。いや、アランやレギウスは、レミ嬢、フォンドンは解ってるっぽいな。
「まー、つーか、おチビさん達には解らんことだな」
「ん? パパ、どうした?」
「嵐月もそっちの気があるから聞いときな。本来、『暗殺者』や『刺客』ってのはなりたくてなる役割ではないんだ。特に、お前さん達の年齢からそうやって育てられる子供の未来は……かなり悲惨だ」
よの中には綺麗事をいう輩はいくらでもいる。生きていればどうとでもなるとか、人生はやり直せるとかな。俺自身が神殿関係者だからこういう物言いはどうかとも思うが……。
『世の中、そんな都合のいいことは無い』
と……、俺は理解している。これもどうかとも思うが、ウチの嫁さんは『救いの巫女』なんて呼ばれ方をするが、絶対に全ては救わない。見捨てるべく見捨てるぞ。特に、努力もなく救いを求める物は簡単にな。……極めつけだ。我が妻、心月が『救いの巫女』である理由を教えよう。
『救いようの無い者を、救う。死を持って……』
はい、脱線終了。
普通、暗殺者や刺客だったりに仕込まれた子供は、改めて新たな道を歩むことはできない。師匠は成人するまでに知識はつけたが、実戦はそれ程経験していないと言っていた。だからあの程度のどっちつかず、仮面の様な乖離をするらしい。しかし、エメラルダ嬢や嵐月の様な年齢からそちらの知識や経験を積ませる事を、師匠はまだ承服しきれないでいるのだろう。
確かにエメラルダ嬢が戦わざるを得ないならば、足りない裏方に来て欲しい。彼女は誰が見ても優秀だ。それでも父親としての師匠はエメラルダ嬢をまだ野に放ちたくない。まだ、彼の目の届く場所に置いておきたい。……と、俺は理解した。俺も嵐月には似たような感情を持ってるしな。あの人は残忍そうに見えてかなり優しい。元新興宗教国家連合の土地に居た国民のほとんどが旧ルシェ領にて受け入れられたのは、ほとんどが彼の功績だ。ウチの嫁なんかはアレでかなりヤバい性格してるからな。思い切りはいいぞ? 下手すりゃマジで国民ごと国を潰すかもしれないんだからよ。
「ですです〜。ニニンシュアリ様も〜お優し〜ですね〜」
「バカ言うなよ。俺はやさしかーねーよ。残忍じゃないだけだ。気の狂った輩はどこにでもいるからな。そういう意味じゃアンタらのが余程やさしいぜ? 食い食われの為以外には戦わねーし、殺生にしても舐り殺しはしないんだろ?」
「はいー。意味の無い殺生はーこちらへの害意を増長させるだけなのでー」
「だろ? 俺はやろうと思えばやる。子供らが居るから言いはしないが」
おっと、いつの間にやら模擬戦は佳境だな。十中八九、師匠は最後にエメラルダ嬢がどう出るかだけを見定めるつもりなんだ。師匠なら解るだろうしな。エメラルダ嬢の特殊な異能を理解し、それを技術として伸ばすのは自分にはできないと。
その動きがついに来た。
エメラルダ嬢の様な神通力を主に戦う人材の根本的弱点は、スタミナ……いや、集中力と気力を著しく消費せねばならない点だ。その点は師匠も似ているが、師匠はアレでかなら地味で堅実。怒らなければ普通にウザい戦い方だ。エメラルダ嬢もかなり堅実かつ組み上がった美しい技の数々。実に几帳面だ。……が、それ故に彼女は弱い。こればかりは年の功だろう。あと、個人差でいえば、師匠はかなり豪胆な否定できない。そんな父に対して萎縮したエメラルダ嬢は、最後になけなしの余力を駆使して打って出た。
あー、悪手を選んだか。
エメラルダ嬢は動いたが、直後に凍りついた様に動きを止めた。当たり前だ。義母さんが首筋ギリギリに刀を翳して抑えたんだから。師匠だから生身に当てはしなかったとは思うが、だとしてもエメラルダ嬢の変身体の各所に甚大なダメージが出たかもしれない。逆にそのレベルの攻撃をわざと出さねばエメラルダ嬢が退かないと師匠は判断したのだ。……流石の義母さんもこれには堪らず飛び出した。あの義母さんでもエメラルダ嬢を止めるのがギリギリになったのは、それだけ師匠が堅い手札をきっていた事。何よりエメラルダ嬢に残る最悪の勘違いを、今すぐにでも取り除かねばならないと気が急いだのだ。
「暁月さん? あまり無茶はしないでください。さすがに衝突したら貴女でも軽い怪我では済まないんです」
「あらあら、貴方はそれを自身の娘に向けたのよ? 恥ずかしくないのかしら?」
「よく見てくださいよ」
「はい? …………ああ、要らぬお節介だった訳ね」
「そういうことになりますが。エメへの印象づけとしては助かりました。ありがとうございます」
「この期に及んで嫌味を……。はあ〜……。まあいいわ。さあ、評価をしてあげないと」
エメラルダ嬢の実力が抜きん出ているのは誰が見ても明白。また、エメラルダ嬢は影に隠れてはいても、以前の騒乱ではかなりの武勲と成果を上げた。やり過ぎた感があり、謹慎と言う話も上がりはしたが、功績と侍従達の激しい説得で1日の甘味減量に留めたらしいが。……いや、エメラルダ嬢としてはそちらの方がキツかったらしい。まーいいや。
そのエメラルダ嬢が見られていたのは、実力云々ではなく『暗殺者』の意識を捨て『裏方勇者』へのシフトができているかだったのだ。
最後の最後、玉砕覚悟の特攻は余程の事がない限り成功は無い。しかも、今回わざわざ師匠がエメラルダ嬢を追い込んだのは言わずもがな。同格、もしくは格上からの急な攻撃に対処し、どんな反応をすべきかを明確にすべきだからだ。今でも勇者を使い捨ての大量殺戮兵器と断ずるヤツもかなり居るが、結局のところそれでは熟練者は育たない。特に『裏方勇者』に限っては教えられるレベルに大成した者はこの場にしか居ないと言ってもいいだろう。師匠は娘であるエメラルダ嬢に死んで欲しくない割合が過多だとしても、腹の中のいくらかは『裏方勇者』の次世代戦力として育って欲しい。……と言う目論見もあるのだ。
特にエメラルダ嬢は『女帝』と言う異能があり、蟲魔族の主と化している。それだけではなく、エメラルダ嬢のカリスマ性はパール嬢に次いで高い。人を導き、教えるのは才能だけではどうにもならない場合もあるからな。1対1の師弟継承とは違うんだよ。エメラルダ嬢が『女帝』として立てば、一対多数と言う凄まじい効率を見いだせる。それはエメラルダ嬢自身を守り、エメラルダ嬢の大成に繋がると言う道筋も……あの人の思惑の内なのだろうな。
「と、言うことだ。使い捨てのために育てられた暗殺者は必ず最期は自決する。中には狂った輩も居るからな、ただただ戦いに溺れて死を厭わず歯向かう場合もある。しかし、お前は違うんだ。お前は既に1つの団体を率いる長。その命は、絶対に散らしてはならない」
「耳が痛いわねー。でも、そういう事よ。エメちゃん? 模擬戦だからと力比べだけが目的じゃないの。貴女は軍師としても頭角を見せつつある。今回は酷いミスだわ。仮に貴女が死んで少数でも生き残りがいた場合……どうなるかしら?」
俯いていたエメラルダ嬢を紅仙がじっと見つめていた。子を残せるレベルの個体で……なおかつ族長ともなると人化は完全に進んでいる。魔族は幼い間は基本的にモデルを指す原種の姿であるが、成長と共に限りなく人に近づく。……が、最終的に人と変わらない外観となれるのは今では族長レベルだけ。昔はそれなりにいたらしいがな。
エメラルダ嬢が泣くのは珍しい。
紅仙にひしっとくっついて離れないな。師匠は娘に激甘の様だが、実際は違う。割としっかり飴と鞭を使い分ける。また、義母さんも孫や姪に対しての態度としては甘やかしきりだが、弟子としての態度は苛烈ささえある。そんな2人でもこの場は何も言わない。言いようがない。義母さんが誘導したんだからな。
さて、エメラルダ嬢の実力は測れた。勝負というか、クリアするクリアしないではない感じだから釈然とはしないも、その後のエメラルダ嬢はスッキリとした表情をし……。何故か、俺の胡座の中に居た嵐月を抱き上げ、俺の胡座の中に納まる。何故だ?
はい。次行こう。なんかやりたそうだったから嵐月がクジ引き。
次は……渡波嬢だ。先程のやり取りを見せられた後だけあり、若干嫌そうだが、肩に担いでいた袋から幅広の……団扇? を取り出してブンブン振り回す。甲虎嬢の話ではアレを教えたのは華箕と自分だと言うことだ。あれが教えたとなるとかなりの型破り感がする。絶対に。
「よろしくお願いいたします!」
「おう。悪いが、渡波は情報が無さすぎる。俺も軽く動くからな?」
「そっちの方がアタシもやりやすいからそれでお願いします。できれば、銃がいいですね」
「ほう? つーことは訓練の意味合いが強いと考えても?」
「できれば実弾のがいいです。まだ、魔法弾では百発百中とは行かなくて」
「……最初でヤバそうなら正直に言うことな。それが条件。お前さんの親父にキレられたくはない」
「了解しました!」
渡波嬢と二十波嬢はずっと海神に居るからか、あまり歳下の連中とは面識がないみたいだな。普通に面識があるのは朧月までで、親戚付き合いのある檜枝と蓮華でもたまに会う程度。師匠の話し方も正しい。それに太刀海先生がガチギレするのは面倒だから、師匠も先に釘を刺したか。
最初に変な表情をしたのはパール嬢。あの子も扇で手に握り振り回す武器だけありシンパシーでもあるのだろうか? ……いや、違うな。キャラ被りが深刻化しないかが心配らしい。
おバカな話はさておき、渡波嬢が要望した訓練がスタートした。師匠もあまりに手数が見通せないため、若干控え気味。師匠が最初にチョイスしたのはサイズも反動も弾も小さな拳銃。師匠がレヴォナンテ女史が率いる女性隠密部隊のために作った持ち運びと握りやすさをコンセプトにした物だ。正直、軽量化のために使った特殊硬化樹脂のせいで命中精度はボロボロだが、牽制には使える。そもそも予備の武器だからな。それを使って開始と共にテンポよく渡波嬢へ発砲。体には向けない。あくまで最初は反応を見るためだ。
そして、渡波嬢は弾丸を打ち返してきやがった。その技能についてはパール嬢からも一言漏れたている。『器用ですねー』とな。
たぶん、パール嬢にもできなくはないんだろうが、渡波嬢とパール嬢ではかなり条件が異なる。渡波嬢はタイミングを合わせて上手く跳ね返しているが、あまりに高威力な弾丸では跳ね返せないだろう。特に師匠が使う徹甲弾の改良型なんかだと、更に難しい。あくまでも弾丸が鉛の塊だから打ち返せるが、師匠が使う弾丸の様に触れた瞬間に破裂する魔術式や魔法回路が組み込まれると打つ手がな。そもそもの前提が模擬戦ではなく、公開訓練の様相である。しかし、渡波嬢の視線はしきりにパール嬢へ向いている気もするが。
「ふむ。もう1段上げられそうだな」
「え?」
「次はこのサイズな」
「え? えっ?」
あーらら、師匠は気づいてるな。パール嬢はもちろんの事だが。しっかりと条件を開示しているから文句も言いにくいし、甲虎嬢も呆れて手を反していた。渡波嬢がパール嬢をライバル視していたのは初耳だがな。まあ、無くはないのか?
ウチの朧月はライバルと言うよりは追いつくべき目標的な見方をしているらしい。それだけパール嬢は輝いて見えるらしいし。当の本人は地味目を志しているから……あまり嬉しそうではないがな。
次に師匠が使いだしたのは、マッシュやハワードも絶賛する軍御用達の拳銃だ。遊び心満載でグリップの部分の換装はもちろん、トリガー周りや内部のバレルなんかも取り替えられる。また、外部接続も簡単だしフレームが特殊硬化樹脂であるため、軽く取り回しは良い。ただし、銃本体の命中精度はズタボロ。フルメタルとかだとそれなりになるが、俺なんかだと重くて扱いにくくなる。師匠なんかはこのサイズは使わないしな。
師匠が試す様に体から外した位置を狙ったが、材質が良くて助かったな。右手に持っていた団扇が弾きあげられた。団扇は無事だが、渡波嬢は手を庇ってわざと手放したのだろう。そうでなければ反応が遅れた事もあり、肘、もしくは肩を痛めた可能性が高かった。人魚の筋力を持てども子供では難しいか。それに彼女のホームグラウンドは水中。陸上で訓練を今している訳だからな。当たり前だ。
「やっぱ陸上と水中じゃかってが違いすぎる」
「だろうな。水圧を加味したカウンターの訓練のつもりだろうが、この先は水中でやらなければ意味が無い。だったら、用意するだけだ」
先程海雨嬢が繰り出した水のフィールドを作り出す術に似ているが……。嫌味だなあ。かなり効率化されている。……いや、違うか。水魔法の上位生活魔法『水槽』だな。規模がデカいだけで。
師匠が本来得意とするのは魔法のゴリ押しや、的確な1発魔法を撃ち込むことじゃない。目的に応じた『複数並行使』こそ彼の真髄だ。俺もさすがにアレには勝てない。一応、同属性の多種魔法って条件なら100の並列発動まではできる。しかし、その先は無理。師匠は本来反発して同時に相容れない魔法を混合行使してしまう。また、俺はそれだけの手数を用意できたとしてもまともに効果を発揮させるには遠い。生活魔法程度ならできるかもだが、攻撃魔法となると精度も威力もふにゃふにゃで……。悔しいぜ。師匠のあの技術は並々ならない研鑽による物だ。才能がある者がその力に溺れずに技を突き詰めた形といえる。
師匠が用意した海水の塊の中で、渡波嬢が再び団扇を一対握る。また、脚を尾鰭に変えてきた。機動戦が得意だったんだな。しかも、自分で動き回りお手球をする。師匠を狙う尖った水玉も弾を弾いていた時よりキレがいい。……が、かすりもしない。渡波嬢のスピードと子供にしては高い筋力。目を見張るのは魔法の制御能力。あの歳で魔法を変形させる事ができるなら、十分に魔導師の仲間入りだ。
「はァ…はァ…、あ、アリストクレア様? さ、さすがに意地悪いです」
「体力面はやっぱり課題か。だが、魔法はかなり上達している。お母上の教えが確りと身についているのだろうな」
「ええ、……はァ……。あのスパルタを考えればアリストクレア様はお優しいのかな?」
「かもな。まー、頑張れ。基礎体力は必要だ。確り鍛えとくんだな」
「はーい」
あの年齢にしてはできあがっているな。しかも実力を過信しない上、まだまだ手数を隠している。あれだけの魔法力だ。超級も不安定ながら使えるはず。……不安定だからな、使われたらたまったもんじゃないが。
あと、師匠は渡波嬢が『槍』や『投げナイフ』などを駆使することを知っていた。彼女のそれに言及せずに流していたんだよな。渡波嬢は……なんつーか? 海神の巫女様の娘子だけあり、かなり性格が悪い。見た目は既に成人したてぐらいで色気すら漂い始めているが……。実はあの団扇は魔法武器。海神の人魚兵や神社の守護巫女が武器にするセイレーンの上位互換だ。セイレーンは言わば羽衣。それを硬質化させたり変形させるには並々ならない訓練の必要がある。人魚や魚人は体外への魔力放出や操作が極端に苦手な種族。イレギュラーはどこにでもいて、太刀海先生や潮音嬢は例外と言えるがな。その2人にしても陸の戦略戦術魔導術師と比べると見劣りすらする。
それを覆す存在こそが『凍海の巫女』と既に号を受ける天才児、渡波嬢。
ハイエルフと魚人のハーフ。しかも、魚人側は中でも特別な血統だ。……驚くべき事にあの小娘は師匠を試したんだよ。ただし、技の完成度や戦略が拙いため、逆に手玉に取られた形だが。実は渡波嬢の団扇は師匠はの弾丸を跳ね返すタイミングに合わせて、視認が難しい程速く細やかな氷の針を飛ばしていたんだ。『パール嬢が器用ですねー』と呑気な感想を漏らしたのはその辺りになる。
「あーあ、やってらんないわよ」
「うん。アレは相当厄介。『母上に馬鹿な真似はしないでくださいね?』……と釘を刺された意味がようやくわかりました」
「魔法を遮断する領域異能かな……。いくら私がおちょくったからってアレはないわよ。しかも、周りに気づかせないための偽装まで」
「……渡波。いつか母上に怒られても知らないよ?」
「いいのよ。父上の親友……、母上とも旧知。これからも良好な国交をするためには必要なんだから。鬼が荒ぶらないとも限らないからね」
最後の隠しているようだが隠しきれてない双子の会話。師匠は華麗にスルー。耳が動いたが、ウチの兎達も師匠に習ったらしい。ま、気にしてもシャーないし、何より渡波の言葉は正しいのもある。抑止力になれるなら必要な考え方なんだよな。……ただ、それでパール嬢をライバル視するのは違うんじゃないかな?
気を取り直して再びくじ引き。
クジを引きたがるチビが居ないのが難点だな……。暇そうな嵐月が手を伸ばしたのが幸いか。そして、次は嵐月の歓声が誰かを如実に表す。と言うか、アレを歓声と言って良い物か? 高々と掲げたクジに書かれていた名を言う前に『ネネ様っ!』と嵐月が叫んだからな。嵐月を抱いていたエメラルダ嬢は『ふふふ』と笑ってるし。そのネネ様が武器を携えて意気込み、レギウスに一瞬視線を向けた。あー、まーそうだわな。実は朧月はレギウスがお気に入りだ。同じようなバトルスタンスで、朧月の戦い方に理解がある。また、双剣術や投擲などよりも剣技を突き詰めた戦いをする朧月は、義母さんや心月では教えきれないのもある。
ただし、間違えちゃいけないのはレギウスはあくまで『同類』であって、師ではない。朧月やレギウスが剣を習っているのは主に2人。型や基礎鍛錬をクルシュワル様、実地とイレギュラーへの対処法を教えているのは……師匠だ。グッと拳を握りこんだレギウスからは『頑張れっ!』と言った感じが伝わる。まー、気持ちは理解できるぞ。師匠の実戦訓練はまさに地獄だ。魔導師の俺でも生き残るためには近接戦ができねばならない。……たから習ったんだが。マジで何度も死に目を見た。俺が魔法生物だからってあの人は普通に腕を斬り飛ばしたり、脇腹から臍くらいまで刃を通すなんて『実践的』な訓練をメニューに入れたんだぞ? だから、レギウスの表情は……哀れみ? 悲哀? 諦め…だろう。
「ふむ、いつも通りに気合い入れてきたな」
「当たり前です。パ…ゔゔん。父上と母上の体験談は確り聞いてましたから。……私も死にたがりではないのです」
「酷い言い様だな。別に俺は弟子を殺す気は無いぞ」
「……」
「なんだよ」
「知ってますよ。死なないギリギリまで追い込む訓練……。それは殺すつもりがなくても、似たような状況には変わりないです。レギウス兄からも聞いてますからね?」
「……」
まー、いろいろあったが、とりあえず模擬戦スタート。
朧月は確かに兎の娘だ。普通に考えたら強者である事は揺るがない。揺るがないんだが……。実は朧月は既に内在神通力や魔力などの全体増加量が頭打ちになっている。勇者として考えても10歳前後でSSS級認定を受けているから優秀は優秀だ。しかし、……しかしだな。朧月はここから何らかの革新を突かねばもう成長はない。義母さんが言うのだから間違いはないだろう。
良い悪いは抜きに朧月は儀式特化なのだからな。
それでも朧月は戦巫女を代々務める我が家の巫女として、毎日欠かさず鍛練を行う。儀式方面だけならば既に母親に迫りつつあるし、最悪は嵐月に戦巫女の号を名乗らせれば済む。実際はそれがベストだ。
時兎の慣例や慣習はほとんど外部に流出しない。……いや、流出したところでどうという事は無いんだがな? それでもやはり巫女は強くあらねばならない。個人が集団を圧倒できるこの世界において、高い地位に在る者は相応の力を求められるのだ。朧月はイタズラ娘として有名だったが、それはストレスの裏返し。2歳前後だとしても規格外な知能を有する時兎の娘は、自身の価値をヒシヒシと感じ取っていたのだと思う。自由にできるのは……5歳まで。その後は厳しい巫女の修行や勇者としての生き方に縛られる。心月は義母さんがそれを是としない事もあり、未だに未熟な部分も目立っているが、それでも優秀だ。そんな母親と言う壁と、背後に迫る自身より戦闘力に秀でた妹。明確に意識していたかどうかは知らない。しかし、無意識にでも精神的な過負荷は蝕む物だ。……心情が如実に現れる神通力を暴発させず、そのストレスを発散させられたのだ。だからフォン嬢や心月が無理に押さえつけなかったのだけども。
「ネネ様は凄い」
「だよなー。なのにまだ満足しねーんだよな。朧月お嬢様」
「ん。ネネ様は気にしいだから。僕が何か言うと酷く気にする。だから言わないけど。ネネ様は十分強い」
「そうそう。つか、嵐月お嬢様は今の姉上には勝てそうかい?」
「んむう……。場が整えば」
「対面からは?」
「絶対無理。そもそも、僕は持久戦に合わせて絶え間と隙を与えない連射が売り。純然たる力技でネネ様と面と向かえば、焼き切られちゃう」
その通り。朧月は緻密な神通力操作が得意な事もあり、技の精度が非常に高い。あと、最大量が頭打ちとは言うが、朧月が使えているのは彼女が内在し、使用可能な神通力や魔力の10000分の1以下。というよりそれが正常。時兎の血が如何に規格外とは言えど、鍛えねばそれまで。朧月はそれでも母親の心月よりも放出量や制御力は高く推移しているだろう。
それが証拠に師匠が最初から武器を構え、応戦の構えを見せているからな。神通力は稀な例だから魔力で説明しようか。魔法に使える便利なエネルギーである魔力ではあるんだが、その力を100%引き出せている魔法使いは理論上存在しない。魔力ってのは体内にあり、全てを引き出せない物なんだよ。
まず、魔力を使うには体からひねり出す蛇口が必要なんだ。その辺までは才能云々が大きく関わる。ただし、この先はどんなに才能があろうとも訓練をせねば拡充はしない。新たに給水パイプを拡張したり、ひねり出すための蛇口をデカく、または数を増やしたりとかな。魔力は基本的に穏やかだ。物質界に密接な関係があるから。むしろ物質に密接に関わらない『氣』は非常に危険なんだよ。
やっと神通力だな。神通力を例えるなら……そうだな。水よりもねっとりしてるくせして凄まじい膨圧を持つ……有害な爆発物。とにかく扱いが難しいんだ。暴発すればそれこそ死に繋がる。だから、師匠は殺すギリギリまで追い込んで、体に死との境界線を教え込むんだ。生命体の体は許容範囲ならば学習する。神通力を暴発させるなどの『自爆』を抑える荒療治だと考えてもらえたらいい。
「剣筋もかなり鋭いな。あんなの相手にすんのはゴメンだぜ」
「フォンドンさんもそう思います? つーか、またあのお嬢様は戦い方を様変わりさせたんすね。両手に盾、両手にバスターソードっすか?」
「でも、ダメだね。本人が納得していない。同じ双剣使いとしては言いたくないけど、私が朧月お嬢様と対峙したとして持って数秒かしら」
「……レミちゃん。それは私だとしても同じよ? 見た目が私達と同じ兎だから勘違いされているかもだけど、朧も嵐も、ニニンシュアリ君と心月の娘。力と制御力のハイブリッドなんだから。……ただし、朧はちょっと迷走気味ね。理解できなくもない悩みではあるけど」
「だね。暁が言う通りかな? 技は大成しつつあるけど、踏ん切りがつかないんだろうね。それよりも怖いのかな? 『色月』は諸刃の剣だから」
鍛練を重ね続けた朧月の技は鋭い。技の練度が悪い海雨嬢や、魔法オンリーの檜枝とは比べ物にならない実力差だ。実戦投入された場合もエメラルダ嬢程に臨機応変には動けずとも、前線での兵力としては国軍並。中途半端な勇者を投入するよりも余程、殲滅力はあるだろうな。また、分別もある。指揮下に置けば焦って滑るような事も少ないだろうしな。
ただ、懸念が無いわけじゃない。
師匠やクルシュワル様も気にする兎の第1覚醒。『狂の兎』と呼ばれる状態への移行がそろそろのはずだ。不安定だった母親の心月とは違い、朧月は放出力に長けたタイプであるだけ一撃の被害が大きい。それが余計に神経質な性格の朧月を圧迫しているのだろう。慢心はいけないが、1度解放して慣れればさして酷い暴発は起こさないとも予想できる。むしろ、師匠は早めに暴発させて覚え込ませたいのだ。親としてはそんなやり方をして欲しくはないが、義母さんが言うにはそれ以外道は無いと言うのだからどうしようも無い。実際、強そう……と言うか、フルパワーで戦えば大国を1人で薙ぐウチの嫁は、まだまだ未熟。
国家安寧のためにと言われるが、その実畏怖と破壊の象徴である号。戦略戦術魔法術師や大魔導師位を凌ぐ戦力が未熟とはおかしな言い方かも知れないがな。実際、心月は自身のフルパワーを個人で制御して戦う事はできない。俺か紅葉、エレノアが補助をすることでようやく5割をリスクなく扱える。
朧月はまだ1枚目の殻に到達したに過ぎない。
「剣術だけならばな。あの娘に刃物を握らせれば大概はなんとかできよう。しかしながら、朧月にはまだまだ分厚い殻がある。アルは暴発を誘発させ、かつ無理をさせないように抑えるつもりなんだ。殻を破るのに必要な爆発が必要と考えるのだろよ」
「神通力を御するには感情をある程度抑える必要がありますからね」
「ああ、フォンドン君達やソーラ君、レギウス君やアラン君も最近到達したみたいだからアレの厄介さは理解しだろ? あの子は抑えるのに精一杯みたいだからね」
「キツい。カーマインはどうだ。お前なら同じことできるか?」
「彼女が今抑えているくらいならな。その先は次元が違う。体が壊れちまうぞ」
「だーよなー。ザダやカーマインで難しいか。想像を絶する世界だな」
疲労に伴い朧月は制御に集中力を割けなくなっている。それもそのはず。身長100cm弱の朧月が身の丈の倍近いバスターソードと、カイトシールドを組み合わせて振り回しているんだ。言わなくても理解できてるだろ? 神通力で構築した腕で振り抜かないと使えないサイズ。腕力的には使えるんだろうけども。
それに師匠もそれなりの力を込めてククリ刀を振り抜いている。力の程はそこそだが朧月だからこそ耐え抜けるだけ。クルシュワル様すら嫌がる重い連撃はガードする朧月の集中力をゴリゴリ削る。単に重い攻撃なら朧月は軽々避ける。重く、速く、奇っ怪な太刀筋。師匠が1から構築した我流の剣術だからこそ、型を重視する騎士が嫌がる。……騎士じゃなくても嫌がるけどな。
レギウスが身震いしていた。………………あー。うん。やめて欲しいな。あの人に『鎧』は意味をなさない。余程重厚かつ腕の良い職人の作品でもないと意味が無いんだ。レギウスは……騎士団で支給されたプレートメイルを一撃でぶち抜かれたからな。ククリ刀の背でプレートメイルを砕いたんだ。いいか? ひしゃげたんじゃない。砕けたんだ。粘りを重視した金属鎧が……だぞ? 師匠が何を使おうと今更な話だが、師匠は神通力が使える若手を『半殺し教法』で鍛えている。つまり、何が言いたいかと言うとだ。神通力を霧散させるか、構築した神通力の鎧を構築破棄しちまう。ワザと神通力殺しをしているんだ。鍛える為に……。
「はぁ……はぁ……。クッ……。リタイアは認められませんか?」
「ははは。父親に似て狡賢く育ったな。……それでも構わんが、俺に背を向けた時はどうなるか覚えているだろう?」
「…………。わかりました。なら、大叔父上、胸をお借りします! 白月! 行きますよ」
「うーん? やーっと出番かーい? わーか……ちょ、ちょいまち。アレはダメ! 朧月?! 頭打った?!」
「これは模擬戦。あの方なら私が貴女を御しきれない時でも抱き留めてくれる。……こんな機会はない」
師匠が常時用意しているフィールドを囲う結界が激しく膨らむ。半球系の結界が一瞬だけ風船が急激に膨らむように大きく広がった。ここまでとはな。朧月が自身の中に感じていた強固なストッパーを引き抜いた瞬間だ。我が娘ながら恐ろしい。大器晩成も初期の成長がない分辛いが、早熟過ぎるのも辛いだろう。急激な速度で成長する自身を制御しきれないならば、待つのは死だけだ。そう考えれば十分に朧月は規格外と言える。
実際、制御の鬼とでも言おうか? 朧月は何千何万の斬撃を寸分違わず撃ち放てる。それにはキツい鍛練はもちろん、剣術の技量も求められるからな。それだけだと朧月は強い剣士止まり。……だが、そこに神通力の波脈を乗せることで刃は姿を変える。薄らと光る剣だが……ダメだ。耐えられん。朧月が抑えに抑えた神通力密度でさえ、普通の武器じゃもたない。
夜桜先生がオーダーメイドしか使えないのと同じ。いくらクルシュワル様が気前よく鍛造の一品物をガンガン作ってくれるとは言えどだな。今の朧月は武器が定まっていない。あの人だって無料で造れる訳じゃないからな。朧月程の神通力密度に耐えつつ補助できる業物は……それこそ国家予算並の金がかかる。
……あ、いや。反則じゃね? 魔力なら理解できる。だがな? 補助的な物質も無く、神通力で刃を型どり師匠のククリ刀をはじき返す。そんな馬鹿な事ができるとは。
「ほう、お前は完全な白兎か。目が痛てぇよ」
「……」
「あー、かなり厳しそうだな。制御力なら俺よりも……ばーちゃん並のお前でもそうなんのかよ。よしっ! 暴発させろ。絶対抑えてやる」
途端に歪に膨れ上がり、元に戻る結界が弾けた。師匠が使う結界が弾けるのは何度目だろう。片手の指で足りるぞ? 破る事が可能な人物も限られる。
神通力は生命体が生きている事で生まれる『現象体』。生命が強い程輝き、生きる意志が強い程に膨張する。あの子の母親、我が妻、心月ですら剣から放射状に放つのが限界だった。……が、朧月は凄まじい。体から真っ白い雷がヤバい威力で這い回る。シルヴィアさんが銀の多重層結界が完全に弾いているからこちらは大丈夫だが……。朧月の体がもつか? 神通力が表すのはその者の気質。雷は空気や風に続き拡散し易い属だ。空気や風は雷の様な熱量が通常ならば加味されないのだが、雷は最初から熱量がある分だけ扱いが難しく、術者や使用者にダメージを出しやすい。
特に神通力は魔法とは違い、被害や範囲が桁違いだ。
その雷が師匠が常用しているククリ刀を斬り裂いた。弾くではなく、斬り裂いた。しかも師匠のククリ刀にできた切断面は焼け爛れている。あの雷の熱量は今や鬼灯を超えているだろう。戦略戦術魔法術師であり、近隣国では有数の大勇者。X級勇者認定を受けている『迅雷の天女』様をな。
嵐月が震えている段階で異常は度を超えてきている。兎は危機察知能力に長けている。中にはそれでも無茶をする人もいるが、基本的に兎は実力差に過敏。心月も夜桜先生には絶対に逆らわないしな。
「……もう一声」
「はぁ……はぁ……。あのですね? 私は戦巫女の位を受ける気はないのですよ」
「だとしても自身を守れる力はつけておけ。弾ける事が簡単な事は俺にも解る。だから……お前が殻を破るために『本当』の魔解の鬼を見せてやる。お前はお前の母さんから『光』を受け継いた。ならば、光の『強さ』を変えられる様になれ……我、業の名の許に解き放つ……」
「あー、ヤバいよ。皆、気張って」
「ちょっ、アル! 準備する側の事は考えてよ!」
「悪いな。心紅の娘だ。アイツの様には苦しませたくない。……封せし名よ、解かれ給え、封ぜし心よ猛り食らえ。創造、我が名は封鬼」
一瞬、夜桜先生が巨人戦の時に『冥女帝』を顕現させた時に匹敵する寒気が周囲を包む。シルヴィアさんの多重層結界が数枚溶けた……。え? ま、まあ、夜桜先生は召喚のために闇魔力を集約させて使ったはずだ。それにしたってまずいだろう。師匠の体を包む全身鎧か……。ゴツすぎるだろ?
宙に浮かせている朧月の白い雷で造形されたバスターソードに対し、師匠は空間を歪め、無骨でデカいククリ刀と大剣を両手に握る。
師匠が朧月を煽る様に大剣でクイクイと呼ぶ。さすがの朧月も闇魔力の影響でかなり表情が渋い。師匠の使う物は……魔装を改造した剣。先程は熱量や速度で押していた朧月だが、師匠が振るう大剣の重さが苦しいらしい。表情がさらに歪む。あの姿を見るとまだまだ力を殻に押し込め、弱いままのたうち回っていた心月に似ている。まー、親子だからな。少なからず似てるのだろう。
それにやはり『経験』の差は簡単には破れない。師匠は態度や口調などが最悪だからな。身内以外からの好感があまりないし、師匠も来る者拒み、去る者を突き放すからな。どうしようもねーな。そういやー前に言ってたか。男のツンデレはキモすぎるから、勘違いなどない様にしてるんだとさ。
「俺の勝ち」
「当たり前じゃないですか。10歳そこそこの子供に負けたらプライドズタボロになりますよ?」
「残念ながら俺の本職は鍛冶師だ。……できれば研究1本で生活したいんだがな。それから……、お前にプレゼントがある」
「はい?」
「お前の母さんにも『刀授』の儀式にオーダーメイドした。お前には、コレだ」
正式に渡すのは朧月の刀授の儀だけどな。師匠があまりギャーギャー喚かないから認識しずらいが、あの人はそれなりに悪態をつくと少しデレる。朧月に剣をプレゼントしようと最初に動いたのも師匠。朧月はソード&シールドを主体にする。それに時兎の娘達は皆が小柄だからな。その後に続く形になった俺達にブツクサ言ってた男のツンデレ発言を元に朧月の剣は打たれた。
まず、武器のサイズにダメ出し。『小さい体にデカい武器はある意味ロマンだが、無理やりアレを使わせるくらいなら俺は創る』
デザイン面について相談。『新たな、斬新で、機能的な刃を。……と、思ったが、やはり刃を打つのは親父には敵わない。あと、美的感覚は兄貴のが断然いい』
朧月の神通力と魔力効率などと性能を鑑みて問うと。『……コイツは癪だが、最近のニニンシュアリの回路設計には目を見張る物もある。んで、こんなお祭り騒ぎをオニキスに伏せたら後がうるせー。……鉱石の精製はオニキスが飛び抜けて高精度だから欠かせないんだよな』
こんなことを言いながら力作を作り出した師匠。家の創造鍛冶師が総出で創り上げた巫女の名を体現する『神器』。『心滅刃雷斬』だ。
ただ、まだ未完成。あの剣は朧月が握る事で力を得る。見た目は剣の芯に白い特殊な鉱石の珠がはめ込まれた短剣。しかし、そのコンセプトは変幻自在の刃。朧月が持つ膨大な密度の神通力の制御を助けると共に、リミッターの役割も果たす。
「期待されていると取るべきでしょうか?」
「それ以外に何がある?」
「今ので現状のフルパワーである私と、2割も使っていない大叔父上。この対比についてはどうお考えで? どうどんな見方をしても嫌味でしょうに……」
「……ま、それは今後のお前次第だ。たっく、……親父に似て細かいとこを気にする嫌味なヤツになったもんだぜ」
師匠、貴方にだけは言われたくないです。俺がそうなったのは絶対に師匠のせいですから。




