次なる歩み……招かれた人々2
掌の上のカーマイン
やっと俺まで回って来たか。俺の名はカーマイン。モブの1人だ。メインキャラではない。
さて、俺は元貴族。以前は姓を持っていたんだが、父親が失脚後に家族はバラバラ。俺は優しい1つ上の兄に助けられながら、なんとか生きながらえていた。他の兄弟達の事は知らない。音沙汰無いし。
ちょいと前までは兄の家に間借りさせてもらっていた。ま、冒険者だから家にはほとんど居ないがね。それも金銭的に自立した辺りで俺は一人暮らしをしている。今では有名冒険者と呼ばれる程度にはなったし、恩を感じていた兄にもいろいろ気を回せる様にもなったからな。その兄も今やエリート。この魔道具大国のフォーチュナリーにおける魔道具技師や、それ関連の技師は今や羨望の的。兄はアリストクレアさんが率いる鬼の私兵機材部隊で技術隊の小隊長になっている。金回りの問題だけではなく、兄は人柄もいい。ただ、少し優しすぎるからな……。騙されないか心配だったんだが、少し前にしっかり者の嫁さんと結婚したし、今のところは順調だ。
そんな中、俺に大きな選択が舞い込んでいた。
だからこそ、ずっと世話になっていた兄に俺のこの先についてを相談していた。……兄は迷わず俺を諭した。俺には俺の人生を歩んで欲しいと。気にかけてくれるのは嬉しいが、別に稼ぎも悪くない。これまでは2人で支え合って来たが、もう大丈夫だからと。
こんな27歳の兄貴。この優男の兄貴に可愛らしい嫁さんができた。まあ、なんだ。羨ましかったのも事実。だが、大部分の思いは違う。俺は父親が選ばざるを得なかった選択を……今の兄達に選ばせたくない。その一心だったんだが……。
そんな決意を全てぶっ飛ばす様な相手が座って居る。目の前には俺を知っていた女性どころか……少女が座っていた。
「お久しぶりです。カーマイン様」
「お、お久しぶりです。ミューラ様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」
「……カーマイン様、ずっと王都にいらしたとの事ですが」
この女性……いや、少女はクラリク・ミューラ・センチュラー。旧ルシェ領側に隣接する小国、セテネセト聖教国のセンチュラー公爵家出身。あちらの家内では末妹になる14歳の少女だ。
この少女。実は顔見知り。相手にも俺にも体裁があるからとりあえずポーカーフェイスで乗り切るけどな。
アレはまだ俺がシルバーだった頃。とある筋からの重要依頼を受けた。その際、俺達がテンプレ的な感じで助けたんだよ。その時に何故か懐かれたのだ。当時ミューラ様が……たぶん7歳、俺が19歳の時だったからな。それから何かと俺を指名し、依頼を投げ込んで来るもんだから……。すっかりストーカーと被害者の付き合いになっている。実は俺達が請け負った依頼と言うのが、政争に巻き込まれた形になるセンチュラー公爵の縁者を我が国へ逃がす事。これ、かなりの重要機密な。いまでも命を狙われてるっぽいから。
んで、問題の根幹。現在のセテネセト聖教国は、教皇による独裁政権と同じ状態。我が国にも神殿組織がある。だから、あまり悪く言いたくはないんだが……。あちらの神殿は腐敗が酷過ぎる。よくあそこまで腐りきって国が成り立つなと感心する程。
その中で最もまともかつ民衆からの支持を得ていたのが、内閣府の重鎮であったセンチュラー公爵。貴族と聖職者で権力闘争をする様な、碌でもない状態の国ってのは確実さ。あと、腐敗の深刻さ度合いは以前から取りざたされていた地域でもある。確定的な話じゃないんだが、どうもルシェ帝国解体以前から移民がかなり流入してたらしい。聖刻への移民増加はセテネセト聖教国の政変が強く関わっているみたいだな。孤児ギルドのレギウスもあっち方面から来たって言ってたし。根はかなり深い。
それからこの話は俺ももう無関係じゃない。俺の兄貴、クルーゼルんとこに嫁いだのもセンチュラー公爵家のお嬢様。蓋を開けたらって感は否めないが。
あと、これはあんま重要じゃないけど、何でかセンチュラー公爵様が俺をめっちゃ気に入ってくれたんだよな。公爵様は割と重要な仕事を回してくれるし、結果いかんでは気前のいい報酬増額もしてくれる。この前は晩餐会に招かれたし。気に入ってくれる事には悪い気はしない。だが、結婚もしてないのに娘との間の孫を期待してくんのはやめて欲しい。どう考えても狙ってる感が凄い。
「私がデートに誘っても……なんの反応も下さらないのに」
「あのですね? 冒険者を指名し、緊急依頼の提示までした内容がただの買い物の付き合いや食事の共となれば、当然ギルドが締め出しますよ」
「そ、そんな?! 民草の依頼を……」
「もっと困っている人々の依頼が優先です。ミューラ様。貴女様はまだ聖刻民ではないのでしょうが、貴族である以上は義務と権利を履き違えるのはいけません。自分も元は男爵家の者でした。分不相応ながら、進言いたします」
ミューラ様はまだ幼い。精神的にも人格的にも……。あと容姿も。
別に……巨乳のグラマー美人じゃなきゃ嫌だなんて言わない。だが、さすがに成人前の、しかもどう見ても実年齢より幼い少女と……。ヤバい。鳥肌たった。確かに美少女ではあるよ? エルフ特有のスっと細い輪郭や高い鼻筋、色白かつ肌は絹地の様な荒れの少なさ。うん。かなり顔立ちは整ってるし。未来は明るい。アルテーラ嬢やお母上を見てもな。将来は凄いわがままボディな美人さんになるだろうさ。
ただ、今現在そのなりでグイグイ来られるとちょっと引く。
もっと年相応の恋愛があると思うんだ。誰に何を吹き込まれたんだろうかな。めちゃくちゃグイグイ来る。すっごいグイグイ来る。俺達ハーフエルフは本家本元のエルフよりもかなり寿命は短い。通常エルフは500年は生きる。俺達ハーフエルフは200が限度。混ざる血にもよるけどな。とは言っても、平均年齢の倍以上は生きる。だから、婚期に焦りはないんだが。ミューラ様は見れば判る程に焦っているんだよな。ずっと思っているが、誰に何を唆されたのか。俺個人を慕ってくれるのはいいんだけども。もう少し成長してからでもいいと思うのですよ。何度も言うがミューラ様が嫌いな訳じゃない。仮にあと10年後くらいにグイグイ来られたら1発悩殺な気もするし。
……ま、まあ、俺も男だ。見た目はアレだが、ご本人が本心から俺を求めてるならばこんなにうだうだはしない。俺は踏ん切りつかないが、結婚してから愛を育むなんて選択もできる。しかし、俺は気になる点がある。
ミューラ様やそのお父上の焦り。彼らには時間がないのだろう。少しは政治や神殿なんかの組織図を知ってる俺からすれば、察することくらいはできる。アリストクレアさんがこのタイミングで俺にミューラ様をあてた理由。また、これから先、何が起きてくるのかだ。
「カーマイン様は全てを見通しておられる様ですね」
「ははは、内容にもよります。貴女様が何を焦っているかなどでしたら、多少は予想できています」
「…………私や祖国を救ってはくださいませんか?」
「その報酬が貴女様であると言うならば、残念ではありますがご期待には添えません。私は、この聖刻に根差す裏の大家、鬼の一派ですから」
実は現在、セテネセト聖教国の神殿と、我が国のいくつかの神殿間で不穏な空気が流れている。
んで、こっからが問題。
戦争なんてもんは荒廃を呼び込むだけで利には薄い。……が、漁夫の利を狙おうとする輩にはまたとない好機なのだ。セテネセト聖教国派の聖職者は今、セテネセト聖教国にはいない。ほとんどが8代目時兎様を頼り、こちらに亡命してきたと聞いている。彼らを追いやった連中のその後ろに隠れて何やらきな臭い事をしている腐れ外道。そいつらが傀儡を動かしている構図だ。以前までは行政府まで魔の手が伸びていなかった。いや、センチュラー公爵家が何とか抑えていたのだ。彼らは政治により民衆を支え、今まで腐れ外道からの侵害を排して来た。しかし、勢力図の急変により、それが限界に達したのだ。
何故そこまでするのかと言うなら、センチュラー公爵家の切り札が関わってくる。政治と宗教が背を預けあう格好の聖教国には、宗教的御旗が必須。その御旗になりうる存在がセンチュラー公爵家には居るのだ。
腐れ外道の目的は目の前のミューラ様。公爵様が力を長い間維持できたのは他でもない、彼女が強く関わっている。ミューラ様は神託を受けられる女性。『聖女』の位置にあるのだ。ただ、彼女は貴族令嬢であって、修行を受けた聖職者ではない。だからこそ守れてけれたが、対外的に強い影響力を持つ女性を、権力欲の塊が黙っている訳もない。そこでセンチュラー公爵が頼ったのがシルヴィア大統領。当時、貴族院での外交窓口であったシルヴィア大統領。また、そのお母上であるアシアド様と公爵閣下が親しかった。現在は大統領となり、同盟国内ではとても強い発言権を維持している。彼女は同盟国内の過度な国家間政争には否定的だし、民意を汲まない簒奪や略取にはなお一層の忌避がある。……で、いろいろあって、プラチナパーティーの斥候役のマドックさんが潜り込み、その手足として俺達が随行。センチュラー公爵家の関係者全員を我が国へ逃がし、首都の安全な場所に抱え込んだんだ。
これで国同士のいざこざはこっちが有利。実際に被害にあった上、確たる証拠を握っている証人を取り込んだからな。我が国に国家間政争をふっかけるバカはそれ程いない。……居ないわけじゃないんだがな。しかし、さすがに腐れ外道。まさか宗教戦争までやりやがるとはね。宗教戦争……国家間ではなく、宗教関連の利害関係から起きるいざこざ全般を言う内容だな。ごく稀に武力行使を行う阿呆が出る。そのごく稀なケースになってたんだよ。
「まー、問題はありませんよ。あちらが先手を打ったつもりみたいですけどね。我々が暗躍していた際に見つけられない程度の阿呆が……時兎の本気をどうこうできる訳が無い」
「……」
「貴女が身を差し出す様な必要はないのです」
ミューラ様の表情は変わらない。……あー、俺も焼きが回ったか? 今の今まで何で気づけなかったよ。
この人のあの態度は擬態か。この人はほんとに年齢に不相応なんだろうよ。いろいろと。アルテーラ嬢も見た目に反してかなりアクティブだが。14歳の年齢に対して10歳にも見えない発育。ただ、頭の中身は俺よりも数段高性能みたいだな。ギルドに依頼をふっかけてたのも目先を自分に向けさせ、本命の親父さんとの繋がりから肝を握るため。この人と頭脳戦はやり合いたくないなあ。チェスは絶対に勝てんだろうよ。見た目は子供だが、策士も真っ青な頭脳。ヤバすぎだろ。
……俺がこの場に居て、彼女に核心的な話したのも既に行き先が決まった様相だからだ。情報元も1つしかない。俺は完全に掌の上だ。
できるだけ力の行使を避けたがるシルヴィア大統領としては不本意だったんだろうが、あっち方面は今現在、かなり不安定だ。何が起きてもおかしくは無い。
今は大丈夫だが、本当にこの先に何が起きてもおかしくない。この事実に大変にお怒りだった人物が数名。まず、この方が前に出れば、その瞬間に世界中が大騒ぎになる。しかし、彼女らは隠遁と言うか、平穏を望む。だからだろか? 黒幕は彼女らが出張って来ない。ましてや儀式や職務を止めてまで国を空ける様な事はない……と高を括ってたんだ。馬鹿だよなー。まず、当代の巫女様、心月様は歴代巫女様の中で最も沸点が低い巫女様らしい。神殿としてではなく、彼女が勇者会議の第一位として単騎出陣する可能性を否定しきれない。個人的な感情で事を起こされたら個人の問題。それこそ怒りに任せて国を滅ぼせる人なんだよな。その心月様だけならば、シルヴィア大統領が抑えて長期的な政争を仕掛けるに留まったはず。……が、そこに何人も横槍を入れに来た。それが8代目様、先代の巫女様である暁月様だ。この方もかなり沸点は低い。それを助長させたのが、まだ幼い朧月様と嵐月様。
これに関しての詳しい事は知らない。が、シルヴィア大統領や我が主、アリストクレアさんが何とか抑えた。時兎の神殿が同盟国内での一大勢力であるのにはいろいろな理由もある。心月様が神罰を願った翌月、黒幕の国に大飢饉を引き起こすレベルの作物に罹る疫病が大流行。同時に農地は痩せ、井戸が枯れた。それを大々的に神殿は発表したのだ。神罰を黒幕の国主へ向けたと。神罰で済んだのはひとえに民の命から。心月様のお力ならば、一薙で国が丸ハゲだからよ。民は続々と旧ルシェ領を目指して越境を始めたらしい。もさや行先は決まった様相だな。
「ですから、焦らずともよろしいかと。時間をかけ、貴女の想い人を探されるのが……」
「貴方様も大概鈍いのではありませんか?」
「は?『やっぱ逃がす気ねーんだな。この小娘……』」
「私が家や国の為だけに犠牲になるような愚かな女だと未だにお思いで?」
「いや、ですが、私はねんれ……」
「私はエルフです。多少混ざり物はありましょうが、長く生きます。貴方様がハーフエルフである事は調べがついているのですよ。10年の年の差程度、誤差。……どうです? カーマイン様?『に・が・さ・ん!』」
公爵令嬢の真意
はじめまして。わたくしはミューラ。クラリク・ミューラ・センチュラー。セテネセト聖教国出身で聖痕を身に宿して生まれた女です。
突然ですが、わたくしには今恋焦がれるお方が居ます。その方とはカーマイン様。わたくしや家族が亡命中に襲われ、護衛が死傷し、危機が迫る中に猛然と刺客を攻め立て、我々を助けてくださいました。彼は以前までは各地を放浪しながら、遺跡を調査し報告。様々な冒険者ギルドの依頼を受け、各地を回る事を主路線に稼いでいらした様です。その依頼の中でわたくしや家族は救われ、この聖刻の地に穏やかな居場所を見つけられました。カーマイン様は他御二方と異なり、隠さずに気品ある所作を見せています。見る人が見れば分かってしまいます。それに……何よりわたくしの一目惚れでした。
……ただ、恋に現は抜かせません。わたくしにはそれよりも悩ましい問題があるのですから。
わたくしの生まれ故郷、セテネセト聖教国は今や混乱の真っ只中。わたくし達家族やその使用人一族を、国外へ逃がすためだけに自ら死んでいった方々までいる。狂っています。何故、彼らは死ななければならなかったのでしょうか? 聖痕はわたくしの魂に干渉し、聖女としての責務を押し付けます。ですが、わたくしは聖職者ではなく、一令嬢。できることには限りがあります。2つのせめぎ合う矛盾。そんな気持ちに整理がつかない中、寝耳に水の事態が起こりました。長らく家を空けていたわたくしの姉、アルテーラにお見合いの話を持ち込んだ御仁が現れたというのです。
「お初にお目にかかる。私はオーガ・アリストクレア。鬼の家が名代として参った」
「う、うむ。き、貴殿が聖刻の牙なのか? 随分とお若い様だが?」
「ああ、よく言われます。……あまり時間もかけていられないので単刀直入に。数年前からこちらに留学していらした公爵様の四女、アルテーラ嬢についてお話しがございます」
「あ、アルテーラに何が?!」
アルテーラお姉様は自由奔放と言うか……。縛られるのを好まない性格でした。また、それなりに実行力もある方だったので、10歳前後で反対する父上を振り切り、母上の手を借り聖刻へ留学。興味の赴くままに研究者として、各地にある古代遺跡を探究して回っていたらしいのです。しかし、今でさえ17の姉上です。父上も何が起きたのか、最悪の想像をしたようで青ざめています。
しかし、アリストクレア様はまず落ち着くように切り出します。手元にある鞄から書類を取り出し、お茶汲みに来ていた使用人へ手渡しました。この方はなかなか貴族社会に通じているご様子。手紙や贈り物など、余程親密かつ信頼がなければ直接の手渡しは有り得ません。父は亡命に近い現在の状況と姉の安否確認のため、何も考えず飛びつかんばかりに手を伸ばしていましたが。
受け取っていた使用人は苦笑い。しかし、父が爺と呼ぶ使用人の表情が一気に赤くなり、最後には大号泣。父上はたまらず、その書類をひったくり食い入る様に読み始め……大号泣。わたくしも読みました。あの姉上が自分から求婚し、それが受け入れられたとの事。あの姉上が? ちょっと信じられませんでした。
それで何故、救国の英雄である夜桜様の名代として、お孫様のアリストクレア様がいらしたのでしょうか? 我が家のあのお姉様のためにわざわざおいでになるような方ではありません。ふと我に返り、わたくしは不躾ながら訊ねてみました。アリストクレア様は……はい、意外とお優しいと言うか、フランクな方ですね。堅苦しいのを極度に嫌がるお方の様で、わたくしにはもっと気楽に話せと仰ります。父上には立場があるのでご随意に、と切り替えて前置きしていましたが。
アリストクレア様が仰る事を簡略化しますと。
今回、姉上が求婚したお相手なのですが、どうも以前に爵位を持っていた家柄の方らしいのです。聖刻の大革命で返上しているらしいです。我が家とのお付き合いなど、踏み入った事は調べられなかったので知らせる必要があったとの事。また、お相手様の親族方々は聖刻の革命で離散されており、挨拶などをする為の前触れすらままならない。家柄などの問題は捨てきれず、合間を取り持つ人が必要になる。そのため、両名の上司にあたるアリストクレア様が、調査報告との名目でおいでになった。という事らしいです。
「娘のため御足労いただきありがとうございます。しかしそれならば、何故鬼の名代としてなのでしょうか?」
「はい。お嬢様のお話しは私を信頼していただきたい事や、立場柄関わる自己紹介も兼ねさせていただきました。ここからが私が自ら参った本題になります」
父上や執事の爺など、アリストクレア様の表情を見ていた全員が表情を固くしました。それもそうです。アリストクレア様は様々な名前と共に偉業と畏怖を地に知らしめる大勇者。鬼の直系に連なり、かの大将軍自ら仰る英雄。みだりに力を向けないお方ではありますが、この方には慈悲はありません。一度敵と定めた者には容赦なく牙を向きます。
アリストクレア様が語り出したのはわたくしの今後。アルテーラお姉様の件を調べた上でわたくしと我が家、姉上に繋がりを見出し、未だにちょっかいをかけてくる黒幕を潰す算段を話に来たというのです。
父上は苦々しげな表情を……。アリストクレア様は頷き、わたくしにとある名前を口にした。忘れる訳が無い。我が家を救ってくれたお方。カーマイン様との縁組を考えるか? と問われたのだから。あれ? 父上が呆気に取られていた。何故? どうも父上はアリストクレア様に嫁がせるのだと思っていたらしい。しかし、アリストクレア様は苦笑いをし、わたくしを見ながら……。さすがに無いと仰ります。アリストクレア様、あの見た目で30歳を超えているらしいです。驚きました。……え? 大統領も30歳くらい? え、あの方は何らかの長命種ではないのですか? 違う? う、嘘でしょ? 嘘ですよね? 本当だった。……しかも、あのシムル家の方……。呆れて物も言えませんね。
そんな驚きなど吹き飛ばす更なるお言葉。
カーマイン様がアリストクレア様の弟子になられるらしいのです。アリストクレア様は魔法工学の権威。カーマイン様にもさいの……あ、違う? カーマイン様は勇者としてアリストクレア様に弟子入りし、後々にはオーガ家の私兵隠密部隊を率いる者にまで押し上げると言うではありませんか。
「カーマインはたまたまミューラお嬢様が目をつけていたのでね。我が家がセンチュラー家を護る為の繋がりにと。私の考えはその程度です」
「む、娘の繋がりが持てぬ時は?」
「我が国の神殿……我が姪の心月が神殿の全てを賭して護る事になりましょう。ミューラ様が聖女であるかぎり」
「むう……」
「私は今の状況を良いとは考えていません。選択はまだできます。しかし、時間をかければかけるだけ悪くもなります。聖教国に潜む『兎』が痺れをきらせば、聖教国と裏で動く者は災禍を目の当たりにすることでしょう。兎達に慈悲はありません」
「それは……止まるのですか?」
アリストクレア様は一気に硬い表情となった。それよりも聖刻にある大神殿、時兎の神殿の長。心月の巫女様がこの方の姪であると言う事も聞き捨てなりません。が、今は触れません。……わたくしの踏み出す一歩で、大きな運命が転がり出すかもしれないからです。
神殿は国家に属した組織とそうでない組織がありますが、時兎の神殿は国家に属さない独立した組織になるそうです。この国は一国と思われる形の中に2つ以上の国を抱えているのだ。……とアリストクレア様は苦笑い。
そんなアリストクレア様がわたくしに向けて言葉を発しました。支援はします、……と。神殿の主には主の考え方がある。それを願い出る事ができるのはわたくしだけだと。
わたくしは父上と何度か話をした上で、見合いを受けました。セテネセト聖教国に残した民は気になりますが、わたくしはわたくしにしかできないことを。わたくしがわたくしでしかできない選択をすべきだ。そう思ったのに、考えがまとまらず迷った挙句、わたくしは神に縋った。そのわたくしに言葉を注いだのは……まさかのお方。休憩中だったらしいのですが、かのお方はわたくしのため、ご自身でお茶を用意しもてなしてくれました。心月様からはわたくしがとても大きな悩みを抱えていることを、さもご存知である様な言葉が流れ出てきます。……それよりも心月様の足下を走り回るお子様が凄く気になってしまいましたが。可愛い……。
コホン……。わたくしは結構口は固いつもりでしたし、それなりに頭も働くつもりでした。なのに……、魔法の様な話術でわたくしは洗いざらい聞き出されてしまいました。頷きつつ、時折難しい表情をする心月様。わたくしの話が途切れた時、かのお方は口を開きました。『自身の居場所を大切にしなさい』と。時兎の神殿におわす9代目時兎の心月様は『何をするのかが大切なのではなく、何かをする事に自身がどう必要なのかを見直すべきだ』……こう仰いました。何故かスッキリしました。目が覚めた気分です。神殿から帰ったわたくしは父上に決意を語りました。
「わたくしは、この地に骨を埋める覚悟です。わたくしはわたくしとして、この地で微力を尽くします」
「……わかった。好きにしなさい」
「ありがとうございます」
「まさか、このわしまで庇護下に入る事になろうとはな。しかし、これが運命か。ミューラよ。頼んだぞ。わしもわしのできる限りをする」
「はい」
そして、幾日後の見合い会場。わたくしは意気込みます。カーマイン様を物にすべく、使えるものは何でも使って戦います。カーマイン様を手に入れ、わたくしや家族のために死んだ者には報い、この地に安住する。わたくしの居場所をまずは作らねば。
そのためには手段は選びません。選びませんよ。……わたくしは来年成人します。あまり子供扱いはしないでいただきたい。もう社交デビューもしているりっぱな淑女。それ相応の対応をして頂きたいものです。うふふふ。逃がしませんよ?
地味目が好みの観察者
俺の名はザダ。ザダ・マーナム。慣れないヤツや、絡みの少ないヤツからはよくダザとか間違われる。別に……名前にも特に思い入れもないから、間違われたままで定着していても訂正しない。俺は地味なポジションが好きだ。波風立たない今のポジションが。レトロなカフェの1番隅っこ席とか……。
ただ、有名冒険者ともなると社交も大切。自分から話題を振れないから、仲間や多少交流のあるヤツには髪の事を問われる。髪型に拘りがある訳ではない。だが、髪は数年切ってない。一言に尽きる。面倒だから。こんな感じに地味な俺。……別に特段特別な人間じゃない俺だが、実は裏の顔があるんだ。俺は観察者。別に誰かに頼まれた訳じゃない。俺の一族に伝わって来た習わしみたいなもんだな。日記に毛が生えた程度ではあるんだが、身の回りの特筆事項は必ず記す。二度と過ちを踏まないためなんだと。……確かに間違いをしないようにするには効果的。だから、俺も納得してやっている。代々使っていた本の魔道具に寝る前に書き記す
あ、そう言えばまだあるな。一族に伝わる秘宝的な物で誤魔化してはいるが、俺、ガチの魔族。たまに忘れそうになっちまうが俺、魔族なんだよなー。なんだけど……。びっくりした。なんだか知らないが、素性を隠してるっぽいクードしかり。貴族の坊ちゃんって自己紹介した癖して、カーマインなんかは動き回る革新的な魔導師だった。何よりもフォンドン。アイツ、そんな特別な能力なんて無いのに、1人で上級種の竜を狩るんだぜ? 俺、あの時は目が飛び出そうだった。だって、魔力でガッチガチに強化した俺の矢が弾かれたのに……さ。その半分くらいの魔力しか伝わっていない……言っちゃ悪いが鈍同然の大剣で首をぶった斬りやがったんだから。そう、バターを切るみたいに。その日以来、サボってた魔力の鍛練も再開した。うん。
ま、こんな感じ。仕事もそうだが……。俺達は私生活も割と上手くやっている。日々、日記のように記す特出事項が増え続けてるのが難点ではあるが。最近じゃ化け物みたいなチビッ子に懐かれてる。俺、子供は好きだし嫌じゃないんだが……なんか落ち着かない。こんな感じ。フォンドンや仲間達との毎日は刺激には事欠かない。うん……楽しい。1人で旅をしていた時なんか比にならないくらい、楽しいんだ。竜の肉をたらふく食えるなんて贅沢もできるしな。竜肉はまじ美味い。つーか、普通の稼ぎじゃ一生ドラゴンステーキなんて食えない高級品だからな? 目の前には俺達が狩って来たであろうドラゴンのレアステーキを美味そうに頬張る人が居るんだがな。
「アチキは藍雅。聖刻の土元を守護する御霊のもんや」
「お、おう。俺はザダ。ザダ・マーナムだ。ゴールドの冒険者」
「……おまいさん、こっち側じゃろうて。何を隠す必要があるん?」
「……何のこった?」
「しらーきるなら〜構わぬよ。まー、周りの坊ちゃんらよりゃ、楽しめそうやけんど? キヒヒ……」
へ、蛇の魔族。……背筋が、背筋が凍る。ヤバい。逃げたい。
だが、会話をして分かるのは藍雅と名乗る蛇の魔族は、こちらに対しかなり友好的だった事。何故そんな人を俺が極度に怖がるのか? あー、魔族自体が閉鎖的だしな。そんな理由もあってか、あまり表に出張らないから知られちゃいないだろう。理由は簡単。魔族には縄張りや血筋、種族での強弱や身分継承がかなり大きい。
俺みたいな鼠の魔族は一応、獣王の魔族の傘下にあたる。全ての獣魔族を統べる獅子の御霊と呼ばれる獣魔族の長に守られているんだ。で、目の前に居るのはあまり俺達とは友好的ではない一派の関係者。自己紹介から察するに蛇の御霊が指揮する直属の関係者……だ。1番考えたくない筋は、その……御霊の娘。俺みたいな小動物系の魔族には天敵中の天敵なんだよ。野生下での蛇の主食。……ぱっと思いつくのは何だ? そう、鼠だろ?
蛇の御霊は現存する魔族の中では、獅子の御霊とトップ争いをする一大勢力の頂点。実力も然る事乍ら、社会的基盤も俺みたいな渡りの魔族とは雲泥の差。比較に出すのすらおこがましい。その御霊の血と縁を結べれば、俺個人には心強い。俺が再度獣王をたてれば、彼も派閥として新たな力を持てる。だが、本能から判断すると…………気乗りはしない。この女、マジでヤバいからな。ちょっと前に知り合った蟲の魔族なんか比にならない。俺との相性的な面もあるんだが、絶対的な強者の臭いがプンプンする。……何人殺してやがるんだ? しかも、蒼の蛇となると、相当に硬い。蒼となると防御特化系。それに高い戦闘力……反則だろ。
……こんな俺の思案など気にも留めず、蛇は軽食と酒の手を進める。美味そうにレアのステーキを口に運ぶんだよな。なんつーか……、蛇魔族あるあるなんだが、色気がやばくてさ。食い方がいちいちエロいんだ。ホント……。
そんなアホな事を考えていると、急にナイフとフォークの手が止まり、俺に呆れ交じりな視線を向けてきた。どうもこうも俺がビビり過ぎるから、落ち着くまでは飯を食ってるつもりだったらしい。しかし俺がどんどん小さくなるから、見かねて気を使ってくれたらしいのだ。うん……普通にいい人だなこのねーちゃん。
「そない緊張されっぱなしやとなあ……。アチキもやりにくーてかなわんわ。もそっと気楽にしいよ」
「い、いや、さすがにな。アンタの目には俺の正体が解ってるんだろ?」
「うん? 当たり前じゃて。これでもそれなりの地位なんでの。……だからこそ、ねーやんらが次々と男を掘り当てよーもんで。今のアチキは肩身が狭ーて狭ーて。ほいたら都合のいい男が来たやろ? 逃がす訳にはいかんのでのー、きひひひ」
「お母上様は構わないのか? 俺は獅子の御霊の……」
「直接の縁者じゃないんやろ? やったら、オカンが挨拶したら済やな」
「いやいやいやいやいや! んな簡単に……」
話を聞く限りでは簡単な話しらしい。実の所、森の国……魔族の様な部族系少数民族が隠れ住まう土地には最近悪い流れがある。森の国では魔族差別が横行しているんだ。今ではトップの座についている獅子の御霊でさえ、昔は浮浪児だったらしいしな。その獅子の御霊が最近、とある一大スポンサーを手に入れたと聞いている。それが時兎の神殿。本来ならば、魔族を嫌う聖職者が……って考えもある。……が、何よりも獣魔族の長、獅子の御霊が兎に頭を下げるのは対外的に宜しくない。我々の様な魔族は弱肉強食の理念が強く、野生下での食物連鎖をモデルにした力関係が徹底されていて、その中では獅子は強い、兎は弱い。実際に『兎魔族』はそれ程強くないし、対する『獅子魔族』は圧倒的。
しかし、現在の獅子の御霊はそれに否を唱えたというのだ。
働きかけて来たのは鬼の御霊。野生動物魔族の外側、真魔族と我々が敬う存在だ。かの夜桜様がお孫様。……アリストクレア様。現在の兎には鬼の血が流れている。半信半疑ながら、獅子の御霊は呼応。両代表間での一騎打ちが大々的に行われ、獅子の御霊は手心を加えられた上での瞬殺。相手にすらならなかった。その事件をきっかけに、獅子の御霊と新たな考え方をする派閥は神殿と協力体制を敷く事にしたのだ。あくまで時兎の神殿に限るし、1部は未だに古い考え方で燻ってるらしいがね。
つまるところ、今では同じ聖刻の土元を護る者として、互いに手を取り合っているらしい。森を離れてからはとんと話を聞かなかったが、これ程の変化が起きていたのか? しかも、獅子と蛇を除く二大勢力、古蟲と羽の眷属すら聖刻の元に集まりつつあるらしい。長らく御霊を欠いていた2つの部族だが、こちらにも大きな変化があったのだろうな。ま、蟲は知ってたけど。
そして、その大きな変化の1つに、他部族同士での縁組があると言う。魔族は肉体に内包する魔力が強ければ強い程、強大な戦闘力を有する。力こそ全てな面がある魔族だが、生殖に細かな条件があり子が生まれにくい。さらに近年では数を減らし続け、部族同士で寄り集まりから近親交配が進んだ。その結果、さらに子が生まれ難くなっているらしい。素直に近人種と番えば良いのだが、俺みたいな外に出たがる変わり者はごく僅か。また、魔族を受け入れる近人種側も少ない。
「アチキも他から見れば変わり者と言われとるんやろうな。せやかて、番う相手は選びたい。種族は問わんけんど、先の長い有望な…かつ若い男がええのお〜。にいやんはその点バッチリや。若い魔族の男子……きひひ」
「は、はあ……」
「にいやんも胡座をかいとりゃせんのやろうが、おまいさんの力を隠さずに働ける仕事場も用意できるんよ〜? これでもアチキは金回りはええのや。どや〜? 蛇の魔族は……つ・く・す・で〜? キシシシ」
テーブルの上の乳の圧迫感すげ〜…………。ゴホン……。つかなー。そこまでぶっちゃけられたら俺には1つしか選択肢は無い。アンタ、もう逃がすき無いでしょ?
言うだけ言うと、機嫌良さげに酒を飲みながら分厚い肉のステーキを食べ、フォークを振りながら俺にニンマリと笑いかけてくる。蛇に睨まれたんだ。諦めよう。それに実際問題の藍雅ねーさんが言う話は確かだ。
資産や社会的地位はこの際横に置いたとして、蛇魔族は義理堅い。特に結婚観は異常に堅く、生涯連れ添う伴侶を1人と決め、絶対に浮気しない。この人からは妖艶で色に奔放な感じを受けるがな。だが、実際に蛇や爬虫類の魔族はそっち方面はかなりお堅いのだ。逆に独占欲はかなり強い。また、一度狙うと相手が既婚者でもなければ、狙いをつけつ外さず仕留める。牙にかかったが最期、じわじわと逃げの手を与えずに丸呑みするのだ。
ん? あ、ちょい待ち。これだけは聞いとかねーとな。知人に聞いた話だけど。
なあ、アンタ何歳? かなり露出度高いし、適度に成熟してるみたいだから年上だとは思うけど。魔族はこの辺りをしっかりしなくてはならない。繁殖時期の長い魔族は、基本的に成熟が遅いからだ。あまり早くから身ごもらせるのは母体にも子供にも良くない。魔族の多くは遺伝子交配じゃないからな。体内魔力が不安定な若い内に起きる急激な魔力変質は如実に命へ関わる。
「な〜んや〜♡ もう、子の話かい? キシ……、そない乗り気なんか〜? キヒヒ。アチキは今年で18やで。まあ、大事にしてくれるんは嬉しいけど、蛇の魔族は…はやーても何ら問題ないよ」
「はい?」
「胎生の獣系は体にかかる負荷が大きいんやろうけど、アチキらはガッツリ卵生。先に卵を産むんや。だから子は卵から産まれるからな。アチキのねーさんが多いんのも基本はそれが理由や。……あとオカンとオトンがかなり相性良かったんもあるらしいけんど」
俺は、もう逃げられないらしい。……うん。覚悟を決めよう。不意打ちじゃないなら大概耐えられる。もう、一生分驚いたからな。藍雅の事も驚きが無かった訳じゃないが、実際それ程でもなかった。『あの姉妹』以上の驚きはこの先一切無いと思うし。魔神の角を持つ、魔族を統べし王を目の前にしたんだから。うん。俺も立派に鬼の一派の仲間入りだな。
脳天気な蛇女の婿取り
アチキは藍雅。今年で18になる蛇魔族の娘。まだ17歳。
50人近くいる姉妹の末妹や。義理でもなんでもなく、血を分けた姉妹が50人近くいる。1番上のねーさんはオカンが14とか15くらいの時の子供や。アチキはオトンが死ぬギリギリに産まれた最後の娘。オトンは戦の古傷が悪化して死んだらしい。まーこんな事、今更説明したところで意味はないんやけどな。
オカンの名は不知火。今では蛇魔族の一派をまとめる長の立ち位置。御霊の位を持つ蛇魔族の長。昔、死にかけてたオカンは夜桜様に拾われ、生き長らえた。その繋がりから夜桜様の加護の中、聖刻の土元を守護する暗躍の白蛇にまでなったんや。魔族として第一の戦闘力は当然の事ながら、目を見張るのはその統率力と真偽眼。あの人を騙せるもんはそーおらん。アチキらが誇るオカンや。娘は50くらい。義理の娘や息子は100余名。聖刻に根ざす無音の守護者や。
オカンはなあ……。ほんまにあかん。確かに強いんよ? 強い以上に怖いんよな。あかん。マジであかん。
さすがは裏社会のドン。ゴッドマザーは伊達じゃないんよ。今でこそそれなりに丸くなったけど、全盛期はヤバかったってねーやんらがよく言うとるんよな。イカついヤクザなおやっさんとか、陰険なマフィアにーやんなんか目じゃない。そんな人らが恐怖から漏らしてまうくらいヤバいんや。だから、アチキら姉妹は誰も逆らわない。……そのオカンに仕事を切り上げてまでいきなり呼び出されて言われたんが。
「なあ、藍? アンタ、ええ人は居らんのかえ?」
「え? いや、居らんけんど……どないかしたん? まだアチキは18やで?」
「んー。いやね? 魔解の鬼殿がな? いいオトコを捕まえたらしいんよ」
「お、おう」
「見合い、ど〜や? アンタももう適齢期やろ? 最後の娘やし、そろそろ母を安心させて欲しいんよなー」
確かに、アチキは血縁では最後やし、まだ未婚。せやけど、まだまだ急ぐ程では……、あ、その目は知ってる。否応ない命令をする時の目や。つか、鬼のツテって。ダメやな。バックれや逃げと言う選択肢はない。あかん。そして、アチキは指定の日時に貴族街へ赴いた。
会場に着いたんはアチキが最後か? あ、後ろに不似合いなボウヤらと、あそこに居るんは……。んー、見れば見るほどえー男やのー! 魔解の鬼、アリストクレアのにいやん! シルヴィアのお姐さんが許すんなら、第2婦人でもかまんのやけどなー。オカンの話やとなんや2人目をシルヴィア姐さんの方から提案してるらしいんやけど……。ちいと揉めとるらしい。
街場の鬼は基本的に一夫一妻。あの方も明確に否定しちゃおらんらしいけど、認めてもおらんらしい。そない面倒な話の中に首を突っ込む程に命知らずではないからね。うん。実力差や立場が分からん様ならこの世界にはおらん方がええ。アチキのねーさんの中にはオカンに言われてカタギになったのも何人か居る。そう言う社会や。あの方らみたいな天上の住人と……戦う。そんな命知らずではないんよ。つか、そんなバカは自然と淘汰されていくしな。
開宴を告げる合図か。それまでに座って待ちよると……ふーん。お兄さんらはちょっと腰引け過ぎじゃないかい? 見る限り皆それなりに精強なえー男なんにな。逆に残念やわ。
そんでもってこっち側のラインナップは? おうおう、いきなり大物。最初に来たのは……顔見知り。神殿の化け物書記官、フォン・ロゼリア。兎の娘を魔法で捕まえるとかよっぽどやで……ほんま。次はコイツも顔馴染み。何度か酒場で殴りあったしな。王都冒険者ギルドの受付……いや、元竜狩り、レミ・テフローザ。3人目はアチキの仲間に護らせてる要人、クラリク・ミューラ・センチュラー。中々のメンバーやね。んで、その後から若手の神殿騎士が2人だな。名前は知らんが、実力は確か。魔鬼のは何度も見てるからいいんやが、片方は最近渡ってきたフェアル族。また油断ならんのが増えたなー……。
メンバーが揃い、各々の前にお相手が揃う。なんコレ? 合コン? ……あ、ちゃうみたいや。決め打ち済みかいな。アチキの前に座ったんは? んん? なんやコイツ。魔族なんやろうけど……、阻害系のアーティファクトで隠しとる。そんなアーティファクトを持ってる段階で普通じゃない。種族は? 多分、獣? ね、鼠? いんや、ただの鼠とちゃうな。内包する魔素が普通の魔族とはぜんぜんちゃうんよな。……アチキらみたいな固有の一族や。ほお、緋鼠か? アレ? 緋鼠族はかなり前に絶えとるはずなんやけど。
「なんやとお!? アチキのこと年上やと思いよったん?!」
「そうだな。上か同い年くらいかと思ってた。色気やべーし」
「…………まあ、ええわ。あんま聞いてビビらせてもシャーないし。んで? この話はまとめてええのん? アチキもオカンに報告せなならんのやけど」
「構わない。つーか、逃がす気ないんだろ?」
「わかっとるやん! それでこそやで!」
アチキが見合いをまとめ、帰宅。
ルンルン言いながら廊下を歩いとったら使用人に不気味がられ、機嫌よくオカンやねーやん達に挨拶したら……。ねーやんらからはもの凄い気味悪そうな顔で見られた。ま、ザダやんの話を出したら、今度は目をひん剥いて顎が外れてたねーやんも何人かおったし。やっぱ絶滅した固有魔族疑惑は気になるよなあ。え? 違う? よくやった? お、オカン、どないしたん? え? 出かける? わかった。きーつけてな。え? 覚悟? なんの?
それから幾日か経ったある日、前触れ付きで獣王…獅子の御霊が挨拶に来たのを皮切りに嵐が続く。何でも、ザダやんは先祖返りの様なヤツやったらしい。戦乱や迫害から極端に減った『緋』の魔族を再興させる為、最大限の支援をしてくれるらしい。
要は、はよー子を産め言うとるんよな。蛇魔族は多産で有名やし。
ザダやんの緋鼠族だけではなく、頭に『緋』の付く戦闘部族は好戦的な面も働いて、過去の戦乱で死に絶えた族がかなり多い色群やからな。ま、あの時期はそんな括りを付けんでもたくさんの魔族が死んだしな。実は……爬虫類の御霊は複数居たんやが、今じゃ蛇の御霊だけ。唯一の生き残りなんや。……オカンが御霊で唯一残る蛇の魔族の族長なんよ。野性味が獣よりも強い爬虫類種のが戦で沢山死んだからや。爬虫類系で絞ると、個人や小集落の生き残りは知らへんけど、御霊を立てられる部族単位では尽く絶えとるんや。……だから、コビン坊には驚かされたよ。今は関係ないし、やめとこか。
んで、次々にヤバいヤツらが続々と挨拶に来た。この大陸では死滅したと言われていた神鷲の血筋、高等鷲人が生きていたのにも驚いた。しかも、かなりの美男子……で子付き。その極めつけはそれが鬼の一派。目の前にするだけで肌が泡立つ血の海姫……。あの潮騒将軍の伴侶と息子だったこと。まー、厳密には高等鷲人は魔族ではないんやが、ルーツはこっち寄り。仲良ーすんのはプラスや。
これだけならアチキも耐えられた。うん。耐えられたんや。しかしな……。アレはあかんて。その数数多と眷属が生きる森の殺戮者達。蟲魔族の族長を10以上引き連れたアレには……度肝を抜かれた。肝っ玉の小さいヤツなら間違いなくあの世行きやで? 翠髪の小さいの。アレはあかん。オカンよりヤバい。さ、逆らえば殺される。周りに一声で1000の蟲魔族を集めるとか……。
潮騒将軍にも鱗が剥がれんばかりにざわついたが、……女神の器の家はあかん。逆らえば、必ず殺される。現在の纏まりに欠く魔族を撚り合わせ、絶対的な力でまとめあげた新世界の悪鬼。鬼の御霊、アリストクレアの兄やん。彼と女神の血筋、シルヴィア・ディナ・シムルの間に生まれた三姉妹が挨拶に来たんやから。ザダやんがその三姉妹にめっちゃ懐かれてて、気軽に話せとるんがその日1番の驚きやったで。それ、1人で国を滅ぼせるチビやで? しかも3人。
「な、なあー、オカン。あれ、魔神角やないの? 魔王の象徴…」
「……アチキもあの方のお力をこの目にすんは初めてや。あまり粗相の無いようにな? あの姫様らは、次代に魔族を纏めあげる神にも等しいお嬢様。絶対的な強者やアチキも……今の段階から勝てん。だからこそ、各派の姉らも呼んどいたんや」
「お、おう。せやけどな? あっちの翠髪のお嬢様は? あと、あの青い龍人のあか……」
「どちらも魔解殿の娘子や。藍雅には特にサフィーナお嬢が近しい。蒼き大海を翔ける存在。絶対に……失礼の無きような? 絶対やで?」
「わ、わかった『お、オカンが震えとる。……や、ヤバいで』」
ねーやんらは全員揃って会場の隅っこで震えていた。それもそうやで、あんな闘気に充てられて怯えない魔族は居らんて。
……そして、式当日。1つ上のねーやんとか、他のねーやんの婚儀はほぼほぼ身内だけやったんに……。アチキとザダやんの婚儀は各魔族の御霊に近い代表者が集い、凶悪な勇者戦力や果ては大統領までしれっと参列。仮面舞踏会じゃないんやで? あかん。もーあかん。ストレスマッハのアチキを他所に、ザダやんの肝の据わった事……。見習うべきやな。じゃなきゃ精神がもたん。なんやねんっ! 一介の魔族の婚儀に国主級や国の重要人物、場所も普通なら入れん常春の庭……。ありえへんで。しかも、白無垢に儀式だけの簡易版ではなく、ウェディングドレスに宴会付きの二次席、2日目に大々的な披露宴。何度も言うけどありえへんからな!
……諦めが肝心か。
ん? ケーキ? あ、ちょ、ちょま……。パール様? 分かりましたから、アチキの腹はそないに大きくは。は、はい。食べます。その表情は狡い。可愛すぎる。あーっ! エメラルダ様?! モンブランの追加はありがた……は、はい食べますから。周りの蟲魔族! 怖いから威嚇やめいや! 来るだろうと思ってたけんど、やっぱ来た。凶悪すぎる。なんコレ……普通なら群れない神代の龍が群れとる。しかも付き従うやと? あ、でも肉なんは助かりますわ。パール様、エメ様は甘党みたいやからな。やけど、大皿に山盛り増し増しの骨付き竜肉はあかん。ザダやん……助けて。アチキらもう夫婦やろ? ケーキ入刀からこんな早くに初めての共同作業。前途多難か波乱万丈か。……ま、何とかなるやろ。うん。何とかして……。お願いします!
最初はしりにしけて楽そうとか思っててごめんな。……この先、ちゃんと旦那をたてて、優しい妻になろうとアチキはこの式を機に心を入れ替えることになる。うん。マジでな。
真・勇者クレイン・ソーラ
この世には理不尽が蔓延っている。幼い頃から母さんや父さんからそうやって語られ、厳しく育てられた。……ねーちゃんは割と囲われて、かなり過保護に育ったみたいだけど。
あ、すまん。自己紹介が先だな。俺はクレイン・ソーラ。冒険者クレイン・マドックとクレイン・リンダの間の子で……真の勇者だ。
ん? 真の勇者がどういう意味かわかんねー。……みたいな顔してるな。まーそうなるよな。俺自身なったからさ。知らなかったが、実は勇者には2通りのなり方があるんだと。アリストクレアさん……近々、義兄さんと呼ぶことになるかもしれないヤバい人から教えてもらった。最初は死神にしか見えなかったんだが、話してみたらすげー親切で頼れる兄貴だった。その兄貴分の言うことには、この世界には『職業勇者』と『称号勇者』が存在するんだとさ。んで、俺は今現在、『職業称号勇者』。なんか、くっついてた。
世の中には凄い能力が有るもんだな。解析系の異能や、古代の遺物にはステータスを数値化してみれたり、称号なんかの個人情報やいろんなネタを見られるチートな物がある。アリストクレアさんは自身に備わるそれを元にステータス解析機を作っちまったらしい。つまり、彼にはそれ以前から見られていたらしい訳だけども。実は俺にはそれに納得できる体験が多々あったんだよ。常人にはありえない程の成長速度があるのだ。本を読めば目を通すだけで、全暗記。技を習えば、数日かからず習得。体の育ちも早く、まだまだ成長の余地がある。それでもたまに手合わせしてくれるアリストクレアさんや、師匠であるリクアニミスさんには手も足も出なかったんだけどな。真・勇者とはなんぞやって話だよ。マジで。
んで、俺は師匠とアリストクレアさんから勧められ、婚約者となる予定の女の子と顔合わせをすると言われた。そんな俺の目の前には特別な法衣を来た……滅茶苦茶可愛い女の子が座っている。なんつーか、俺とは別次元の存在だ。綺麗すぎる。絵画から抜け出てきたみたいな……。肌が若干黒いし、瞳が金色、耳もエルフ程じゃないけど長い。いやいや、ほおけてる場合じゃねーよ。
「あ、あの……。クレイン様?」
「あっ! すすす、すっすみません! 俺、何の教育も受けてなくて……無作法で……」
「ふふふっ。大丈夫です。お気になさらずに。それにそれ程作法が身についていないようには見えませんよ?」
「……ははは、俺、冒険者上がりなんで。そう言ってもらえると助かります」
そんな生まれつき勇者の称号を持って、いつの間にか勇者になってた俺なんだが。人生初、今凄く緊張してる。アリストクレアさんが夜桜様から引き継いでセッティングしたお見合い。
俺の相手に上がったのは……『聖女』の称号を生まれながらに持つ女の子だった。後天的に付く場合もあるんだとさ。……そんな慎ましい自己紹介で言ってたけど同い年。種族が特殊な事を除けば、至って普通の自己紹介だった。『森人』って……確かアルセタスに住んでる古代人だよな?
話の流れで俺が勇者の称号を生まれながらに持つ事を話し、彼女からも『真』というよく分からない表記の付く聖女の称号についてを語られた。実はこの称号、結構あるらしい。かく言うアリストクレアさんやリクアニミスさんも、その類いの称号持ちらしいし。称号は様々な恩恵を与えてくるらしいんだが、異能で詳細を見られなければわかる訳ない。俺にしたって特別な体質くらいに考えてたし。
しかし、アリストクレアさんに聞いたら違った。
なんでも、『真』と言う新たな格付けが付与されている勇者と聖女は引き付け合うらしい。他にも組み合わせは様々らしいが、運命なんてもんに関係する繋がりは結構あると言う。特に強い繋がりがあるのは、生まれながらに称号を持つ者同士。全てがこの為ではないけど、俺と彼女を引き合せるタイミングを狙ったのは確かなようだ。
「あー、それと俺の事はソーラでいいよ。同い年の子に姓、しかも様付けはなんか変な感じだし」
「そうですか? なら……ソーラ君でいいかな?」
「うん。その方がありがたいね」
「なら私もセナと呼んで欲しいです。聖女なんて呼ばれだして周りが堅苦しくて仕方ないんです。立場があるのは理解できるのですけどね」
いきなり呼び捨てもなんだから『セナさん』と呼んだら、口を尖らせながらそっぽ向かれた。何この可愛い生物。だからと言って『ちゃん』付けは俺の中でなんか嫌だった。だから結局呼び捨てで定着した。
考えてみたら俺初めてかも。受付嬢以外で歳の近い女の子とこんなに長く話したのは。ただ、受付嬢と違う。なんつーか。セナとの会話は楽しいんだよな。感覚的な感じでしかないけども。
昼時にあわせていたからだろう。バランスの良い……めっちゃ高価な食材で綺麗に盛られた食事が運ばれて来た。しかも……え? 今の人、メイド服着てたけど……中身大統領じゃね? あ、本物だ。ウィンクしながら出てったけど。えっ?! 何してんのあの人。アリストクレアさんの奥さんってのもあるけど、母さん達がプラチナの冒険者だからな。俺やねーちゃんもそれなりに面識がある。それ以上にあの見た目で30超えてるのも驚かされた。何度見ても10代後半にしか見えないからな。あの人……。それよりも驚かされたのは3人の娘さんが居て、今お腹に4人目が居るらしいとリクアニミスさんから聞いた。普通にしてたらかなり美人の町娘なんだよな。大統領。たまに修道院にいるらしい。……言われなけりゃ見分けらんねーくらい、めっちゃなじんでたし。
あ、あっちも呆れてる。セナも大統領とは面識があるらしい。
というか、今更だがセナは聖女と言う称号は持っているけど、今は修行中なんだとか。9代目時兎様直々の指導を受けつつ王立学舎の神学科に在籍。成績も優秀だから座学は直ぐに卒業できる……か。しかも最近では8代目様の動かすボランティア団体の炊き出しにも参加している。話す感じ人も良いし、言うことはしっかり言う。よくできた子だな。ただ、話し始めた時の金銭感覚が凄まじくぶっ飛んでたけど。たぶん、外出経験がないんだろうな。育ちのいいお嬢様感が凄いし。まさに箱入り娘ってか?
「す、すみません。私あまり外に出なくて……。お金周りのお話は筆頭書記官のフォン様や9代目様、ニニンシュアリ調律師長様との物しかなくて」
「あー……。そりゃなるわな。9代目様は贅沢はしないみたいでも神殿の維持や組織運営にはとんでもない金額が動くだろうし、ニニンシュアリさんも会社の代表をしてる。フォンさんは言わずもがな。許されるなら1回はお忍びで城下町に行ったらいい。なんなら俺が護衛になればいいし」
一気にセナの表情が明るくなると共に、耳まで真っ赤になる。戸惑いつつも少し目を泳がせ、食器を置いたセナが俺に真っ直ぐ視線を向けた。……が、一気に降下。めっちゃ可愛い。特に意気込んだ後に恥じらう辺り。
それから少し落ち着いたセナから出た言葉で、俺は自分の発言を省みた。うん。そうだね。この場は……顔合わせと銘打った見合いだ。そんな場で外出の提案かつ俺が1人で護衛。お忍びともなれば目立たない様にするから……。悪い事はしてないのに、イタズラした時みたいな高揚感。うん。初めてナンパし、成功。その娘をデートに誘った構図だよな? 思い至ってから俺も顔が熱くなる。周りの給仕さんからの『アラアラ、うふふ……』みたいな生暖かい反応に凄く羞恥を覚える。
そして、視線が上がり、ようやく思考が追いついたらしいセナの表情が固まり、爆ぜた。
気になるさ。んで、俺も固まってから机に突っ伏したとも。セナは個室の奥側の席、俺は扉側の席。セナからは直ぐに見えただろう。話に夢中で気づかなかったが、デザートの皿をワゴンに乗せて運んで来たメイド服の人が居た。片手を口元に当て、ニヨニヨしながら小声で『ご馳走様〜♡』などと言ってる大統領が。普通の給仕さんならいい。だが、あの人はマズイ。いろいろと……。
真っ赤なセナの前にデザートを置きながら、大統領は何かを彼女の耳元で囁く。見る見るうちに赤かった顔がさらに赤く……。もう茹でダコ状態。デザートに出てきたケーキをガツガツ掻き込む途中、半分程残っていたケーキを見直して絶望した表情。ああ、アリストクレアさんの特製ケーキなのね。普通に買うなら1年とか予約待ち? ま、マジで言ってる?
「良かったら食べなよ」
「い、いいの?! 中々食べられないんだよ?! 24cmホールの8分の1カットが2000クラムくらいするんだよ?!」
……くいつきが凄かったけど。俺甘いの苦手なんだよね。つか、ケーキの価格基準だけ嫌に詳しいな。……あー、店頭に並べば価格の比較はできるか。食い付きがヤバすぎる。だから、何も言わずに差し出す。
…………いやいやいやいやいやいやいやいや……。
ねーちゃんも大概だけど、セナも凄いな。人によるんだろうけど、スイーツに対する執着? あ、いや、言い方が悪いな。情熱が……。だってさ、俺がギルド会館で奮発したなー……って感じる昼飯の代金が850クラムだぜ? いつものスタミナ肉定食なんて、その日の1番良い肉を入れてもらっても500クラム行くか行かないかくらいなのに。4日分の昼飯代がケーキってやばいな。
こんな感じでケーキに全て持っていかれた感はあるが、割と円満に見合いは終わった。まぁ、悪くはなかったよな?
後日、俺は神殿からの個人的な指名以来とやらで呼び出された。嫌な予感を感じながらも、新ギルドマスターに就任したレミ姐さんから直々に話を聞く。まー、なんだ。……セナと口約束未満だったはずのお忍びデートの件が、ガッツリセッティングされていた。ルートから何から全てくまなくセッティングされている。どうも大統領から8代目様、9代目様に話が繋がりったのが理由らしいな。そして、買い物中心の1日を終えようとした最終目的地が……我が家。その目的がうちの母さんや父さんにセナが挨拶する事だった。既に神殿から両親に話が通っていて、そのまま婚約までのレールが敷かれていたのはまた別の話。
強かな真・聖女セナ
どうも、セナです。いつも妹に頼りないだとか、うじうじするなと叱られていた私です。その私に神からの試練が舞い込みました。語るのも恐ろしい目に遭い母と死に別れ、何とか妹を守りつつ神獣の森を彷徨い続け、行き倒れの未来がチラつきました。……しかし、私達は生き長らえました。何日も水しか飲まずに歩き続け、行き着いた場所は神獣の住処。神獣を目の前にした私は絶望しました。しかし、言葉をかけてくれた神獣の毒怪沈龍の竜胆様はお優しい方で、私を含めた何らかの理由でその地に集まった子供の面倒を見てくださいました。
それからは大変でしたとも。数週間を慣れない野宿で生活。いきなり現れた鍛冶師のオニキス様や竜胆様との脱出劇。私達を追い立てた
化け物を蹂躙した鬼の御一家を目にし、その方々から見たこともないような大都市にいきなり住めと言われ。言われるがままに勉強し、王立学舎の試験管に声をかけられ神殿に連れ込まれ……。あははは。もう何が何だか。最後の最後に言われたのは、私が聖女、中でも特別力の強い存在だと言う耳を疑うようなお話。とても信じられない反面、どこか納得できてしまう過去の自分の所業、それでも今でさえ少し困惑気味です。
はてさて、私は現在、時兎の神殿での修行を中心に学業、奉仕活動、事務仕事に精を出しています。学業や奉仕活動はいいんです。何だかんだでそれなりに修められましたし、無理なくできましたから。しかしながら、聖女の神託授受の修行はかなり辛いです。言葉にするのも嫌な程辛いです。
……ききたいですか? はぁ……。強いて言うなら『着衣のまま10キロの重りを抱えたまま、刺すような冷水の激流で立ち泳ぎをする』この様なものです。不可能ではありませんが、正直、死ぬんじゃないかと思いましたとも。もちろん比喩です。物理的にそんなことを私のひ弱な体でやろうものなら死にます。……そして、それよりも凄絶をきわめたのが『事務仕事』。私はどこかなめていたのです。しかし、そんな私は笑顔の9代目様に実地体験を勧められ…………文字通り、地獄を見ました。処理しても処理しても終わらない紙束による占拠戦。どんなに頑張っても処理する速度よりも追加される速度の方が速いのです。また、私が処理する真横で私の処理速度の10倍を軽く処理するフォン・ロゼリア筆頭書記官。彼女の御業には戦慄を覚えましたよ。本当に……。私は2度とあそこには行きません。それから、朧月様と嵐月様のお相手も極力、いえ……辞退させて頂きます。
「えっ? 母が生きていたのですか?! 今はどこに?!」
「落ち着いてください。存命ではありましたが、健康とは言えません。酷い負傷から長らく動かせず、不十分な処置と食事も満足に取られていなかったらしいのです。今も怪我の後遺症や、程度は軽くも拒食症から弱っておられます。しばらくは静養していただき、折を見て機会を設けます。よろしいですね?」
「はっ、はいっ! ありがとうございますっ!!」
「それでは、落ち着いた所で……。いきなりで困惑するかとは思いますが、貴女に是非お見合いに出てもらいたいのです。私の叔父、アリストクレア様からのお話でして。断れない訳ではありませんが、貴女にとっても良いお話ですから」
……あ、逃がす気ないな。うん。
心月様は微笑んでいますが、この方の微笑みは言葉の通りに読んではいけません。俗に言うポーカーフェイスです。8代目様もそうである様に、お嬢様である9代目様も相応の物を既に育まれています。
あの方の語気からは呆れと疲れ、何よりも『興味』が滲み出ています。
9代目様は日々、私を稽古しているのですからね。気は抜けません。気を抜いていると、抜き打ちで感情を読み忘れているタイミングを見計らった試験が来るんです。聖女や巫女にはこの技術が何よりも求められるそうです。確かに修行を続ける中、私に届く神託に混ざる雑音が弱くなっていますから。細かい部分は座学で学べるらしいので、今はよいのですが、私はこの技術を磨いておく必要があるらしいので。なので頑張っています。
それから2ヶ月程したある日、いきなり馬車に詰め込まれて貴族街の高級店に連れ込まれました。安全のための護衛にニニンシュアリ様が付くなんて破格ですよ。部屋に通される途中、ニニンシュアリ様が急に目頭を抑えて控えていたメイドと話していました。……あれ? あの方、大統領では?
大統領もこちらに気づき、ウィンク……。え? あ、はい。見なかった事にしました。そのまま私は部屋で出されるお茶とお茶菓子を楽しみながら待っていると、1人の青年? が入って来ます。体つきはしっかりしていますが、動きが少し柔らかい。たぶん、私が最初に思った程の年齢ではないのでしょう。緊張の度合いから見ても人前に出なれていないようにも見えますし。
「はじめまして、私はセナ。神殿に勤務しております」
「これはご丁寧に。俺はクレイン・ソーラ。両親がプラチナランクの冒険者で俺自身も一応ゴールドランクの冒険者さ。よろしくな。セナさんよ」
……自己紹介でも驚かされましたが、私の幼なじみであったダズよりも大きいのに、優しい感じ。少し困惑してます。人の気配を読む訓練が身になりつつあるのか、彼の気配はしっかり掴めました。
それに何故か私と初対面のはずの彼から、凄く引きつける様な感覚がするのです。不思議ですよね? 特別な待遇なのはわかっていましたが、お昼ご飯が凄く豪華。確かに神殿のご飯は質素ながら栄養面は整っていました。しかし、これ程豪華かつ量があった事はありません。美味しいです。はい。そんなご飯の中でもずっと私を気遣ってくれていたソーラ君。同い年らしい。……ちょっとどころかかなり驚きました。
そして、ちょいちょいとちょっかいをかけて来る大統領。
大統領は1度も私の技が効いた事がありません。まるで何かに遮断されているかの様な……鉄壁です。ポーカーフェイスも上手なお方ですからね。私はいじられっぱなし。そんな中でソーラ君から一緒に外出しないか? と提案が。
おそらく、9代目様が私を見合いに出したのは、彼に引き合せる為だったのでしょう。彼からはこれまで神殿では感じられなかった刺激を受けています。で、でも、いきなりのお忍びデートのお誘いにはたじろぎます。私、男女関係方面での免疫は無いに等しいので。妹は修道院で働きはじめて数日と経たないあいだに男友達が何人も居ましたが、私にはそんな事はできませんでした。
「ふふふ、いい子でしょ? 彼も貴女に気があるみたいだし、デート一緒に行ってきたら?」
大統領が不意に囁くそんな言葉で、文字通り飛び上がりそうになりました。
そして、勢いに任せて掻き込んだケーキを見直して……。絶望から悲鳴を上げそうになりましたとも。これ、アリストクレア様やニニンシュアリ様が趣味と、お金を街に投資する意味で開いている『菓子屋アリアノエル』で週に1度限定販売されるケーキなんです。間違いありません。安全面もあり許可証を用意せねば外出が許されない私ですが、このケーキのために9代目様と激しく戦いました。ケーキへの熱意に根負けしたらしい9代目様から、『その為の外出は許可できないけど、2人に頼んでおくから』と言質も得ました。……あの修行を耐える為の私への、本当にささやかなご褒美なのです。
多分それ程の表情を私がしたからでしょう。ソーラ君は自分の分を差し出してくれます。……う、嬉しいのです。でも、この嬉しさは……。たぶん別の方向から来る物でした。ケーキも頂きましたけど。
彼から受け取ったケーキは……甘さ控え目で、高級品のカカオをふんだんに使われた特製品。たぶん、ソーラ君は甘いのは苦手なのでしょうね。食後に飲むドリンクもブラックコーヒーでしたし。……私が紅茶に蜂蜜を入れるタイミングに戦慄していました。何故?
「どうだった? あの子は」
「え? 良い方だとは思いましたが……。何故でしょうか?」
後日、9代目様と8代目様、大統領に畳み掛けられ、根掘り葉掘りとほじくり回され……。ソーラ君とのデートコースが勝手に構築されていました。『いつの世も…人の恋路は…蜜の味』。大統領のこの言葉が数日間頭から離れませんでした。そして、大人を信用しすぎてはダメなのだと、理解しましたとも。
そして私は今、ソーラ君のご両親に挨拶しています。因みに、今日はソーラ君のご実家にお泊まりらしいです。何故かお姉様のリーナさんに凄く歓迎されてます。……たぶん、ご両親とリーナさんには大統領辺りから事前にお話があったのでしょうね。
わかってます。掌の上であるのは。ですが、悪い気はしません。なぜなら、全てが強制的な物ではないのですから。少なくとも、出会った直後に男性に見蕩れるなどと言う経験はこれまで有りませんでしたし。私を操る方々も、私を完全に雁字搦めにする様な事はしませんでした。あくまでも私の意思が最上位の事項。ソーラ君に想いを寄せていたのは事実です。
なので、ごめんなさい。ソーラ君。私もこの機に乗じて外堀を埋めようかと思います。幸い、貴方の心はダダ漏れですから。私を好いてくれているのは知ってるんですよ?
「はじめまして、お父様、お母様。ソーラ君と結婚を前提にお付き合いさせていただいております、セナと申します」
ふふふ。私もやればできますね。それではよろしくお願い致しますよ。ソーラ君?




