次なる歩み……招かれた人々1
レギウスの困惑
どうも初めましてになるのか?
俺の名前はレギウス。姓も持たない棄民の孤児だった男だ。そして、栄えある名前付きモブ枠を勝ち取った内の1人。まあ、どーせ直ぐに忘れられんのさ。まぁいいや。俺は今、王都有数の有名飲食店に向かっている。1か月前のとある日に、いきなりヤバい大物に声をかけられ、その数日後に何人かの知り合いと共に集められたのだ。
「お前さんがレギウスだな? そう身構えるなって。悪い話をしようって訳じゃない。アランと言う冒険者のボウズを知ってるよな? あと、オーガス・ブロッサムの名を」
「そ、それがどうしたってんだよ」
「あ、わりわり。俺はオーガ・アリストクレア。ばーちゃんがセッティングしてた見合いがあるんだが、ちょっと事情があってな。俺が取り仕切るってのと、女性陣に対して野郎が足りてない。アランの推薦でお前に頼みに来たんだ」
そう、これは断れないお願いってヤツだ。アリストクレアさんからは敵意は感じない。むしろ俺を気遣う素振りもあったし。詳しい話をする為に飯屋で飯まで出してくれた。彼と出会えたのは……俺にとっては出世街道まっしぐらのきっかけになったんだよな。アランのヤツは一生許さねーけど。
ただ、それからは怒涛の日々だった事も確か。
いきなりアリストクレアさんに呼び出され、お宅に招かれたと思えばショウケースの中にある様な礼服を誂られた。何よりその場にいたメンバーに息を飲む。ゴールドランクパーティーの『竜狩りフォンドン』を始め、『空蝉の観察者ザダ』、『清廉の魔導師カーマイン』、『義賊のクード』。フォーチュナリーの冒険者ギルドでは超有名どころが勢揃い。しかも、それに親しげな感じで話しかける期待の星クレイン・ソーラが居る。俺の同年代では頭が何個分も抜きん出た実力者だ。手合わせ……はまだ力不足だな。ここにいる一個上のアランと俺が惨めで仕方ない。
が、アリストクレアさんは俺達全員を同室へ詰め込んで軽食と酒、飲み物を用意させたら1人ずつ連れ出す。緊張で死ぬかと思ったぜ。意外にも強面なフォンドンさんや、仏頂面のザダさん? ダザさん? どっちだっけ? ……うん、まあ、彼らは話すのが苦手なだけでかなり優しかった。つーか、フォンドンさんに至っては孤児ギルドの後援会の元締らしい。知らなかった。そんなこんなで時間を忘れ、俺達はソーラと一緒になって詳しく色々な話を聞いている。これだけで今日1日の緊張や不安も吹っ飛ぶ程に実になっていた。
「随分と楽しげに話していたな。収穫はあったのか?」
「は、はい! 凄く勉強になりました!」
「そらー良かった。それでな、今日は会わせたいヤツが居るんだが、会ってみたいか?」
「え、えと、それは?」
アリストクレアさんは俺の衣装と言うか……身分不相応なレベルの礼服を作ってくれている。1人あたりの時間がそれなりに必要だったのはこのせいか。
ある程度礼服が形になり始めた時、アリストクレアさんから誰かを呼ぶ声がかかる。入室してきたのは全身を無骨な西洋鎧で固めた騎士。人数は2人だ。フルフェイスのヘルムもあるから顔は分からなかった。1人は……真っ黒に銀の装飾が光る比較的軽装な鎧……。種族はおそらく雑鬼。雑鬼の騎士って事は時兎の神殿を守護する神殿騎士団? しかも、鎧の豪華さを考えるとかなり高い身分。となると魔鬼? フォーチュナリーに住む一騎当千の戦闘民族……。2人目は白と金のプレートメイル。滅茶苦茶神々しい。種族は……分からん。
……驚きすぎて挨拶がしっかりできていたのか怪しいな。やべー。ホントに来たのか?
ギルマスに呼ばれたあの日、阿修羅王と呼ばれてた人に神殿を訪ねろと言われた。たが、そんな簡単な話じゃない。なんせ神殿は国家からも離れた独立組織だし、ギルドも強いコネはないからな。無いわけではないけど、あちらさんは勇者の大家。立ち位置は相手がかなり上位だ。
仲立ちをしてもらわないと俺みたいなヤツは相手になんかされない。孤児はこの国に沢山いる。他の国から逃げてきた連中の子供だったり、戦争や政治家の横暴で居場所を奪われた者。中には俺のように孤児だけで危険な越境をする者も今なお減らない。最近じゃアルセタスやルシェの一部が解放され、そこに渡るヤツらも居る。だが、技能に乏しく、読み書き計算なんかが満足にできない孤児は育てる手間を理由に相手にされないんだ。
俺へ最初に声をかけたのは……雑鬼の騎士さんはじょせっ?! はっ? マジで? 神殿の暗黒騎士エレノア神殿騎士団長?! しかも、隣にいるのはその旦那様で聖騎士カルフィアーテ様?!
「兄上? この方へ事前にお話はされてますか?」
「あ、兄上?!」
「あー……。すまん。そこまで時間がなくてな。お前さん達の予定に合わせるだけで精一杯だった」
「それもそうですね。では、私から」
俺の目の前には空中神殿の二大代表、聖騎士様と暗黒騎士様が揃って立っている。膝をつこうとした俺を止めたのはカルフィアーテさん。にこやかに笑いながらそのままにしてくれと言われた。……。
つーか、2人とも若いな。エレノアさんは18? カルフィアーテさんは20? まぁ、人の事はいえない。俺はやっと成人だからよ。そんでもって耳を疑う言葉の連続。最初は雇い賃と所属の話。次は配偶者や恋人の有無。極めつけは俺の個人情報からの配属希望だった。俺の知らない所で神殿騎士団への入隊は確定路線に乗っていたようだ。なんでも、まずは神殿騎士ではなく神殿戦士から始め、冒険者のランクを上げながら神殿でマナー講座を受けるらしい。
俺が惚けていたから心配になったらしい。呆れ顔のカルフィアーテさんが質問を許可してくれた。いや、そもそもなんだけども……。何故俺が?
カルフィアーテさんは呆れた様な笑いを見せ、次の瞬間に真剣な表情を見せた。部屋の中に一気に冷たい空気が充満し、片膝をつきそうになるが、なんとか耐える。これは負けちゃいけない気がしたからだ。すると、カルフィアーテさんは表情を緩め、話し出す。端的にスカウトだと。神殿は資格を要する職が多い。中でも最も求められるのは戦闘力と人格。彼らが言うにはこの国の教育体形では探さねば金の卵は見つからない。たまたまブロッサム様や曾孫様方のお眼鏡にかなった。今はそれだけでも資格は十分。
「ブロッサム先生が認めたなら戦闘力は申し分ない。性格も少し焦りやすいみたいだけど場数でカバーできる。何より、君には運があった。先生に出会い、君を求める職場もある。どうかな? これ以上の理由は無いと思うけど」
「いや、俺みたいなヤツは世の中にたくさんいますよ。俺個人じゃ……」
「うーん。まー、逃がす気は無いからぶっちゃけると、俺は元亡国の王族だし、妻は孤児院の出だ。アリストクレアさんの御家族に助けられ、今がある。ただ単に運が良かっただけさ」
「……へ? 孤児? 王ぞ…く?」
「取り繕うのもアレだし、もういいよね? そーそー、僕は革命で父を失って孤児になったよ。……だから何? いろいろ考え込むのも分かるけど、それは障害にはならないから」
畳み掛けられた。……若いながら重責を担う方に言われてもなー。俺の実力ってもギルドランクだって平均くらいだし。そうなると運の割合高くね?
その辺は見かねたのか、作業中は黙っていたアリストクレアさんが口を開く。うん? アリストクレアさんって30歳過ぎてんの? あ、いや、20代前半に見えるんですが? 髭を伸ばしたりして見た目を弄るか、魔法でわざとやらなければ老けない種族……。ほへー。
神殿のお二人には焦るなと語る。いきなり呼び出されてヘッドハンティングと言われても、若いのには受け入れ難いとね。うん。マジでそーだぜ。
俺に対してはあまり組織の調査能力を舐めるなと言う。下調べ程度は終わっているし、スカウトするだけの理由はしっかりあるとまでね。あとは慢心はいかんが、謙虚さを超えると卑下にしかならん。自身を卑下する若者は見るに絶えんとも。こ、怖ーよ。ちょっと待ってくれ。さっきのカルフィアーテさんの殺気なんか比になんねーよ。やべーって。パールお嬢様も大概だったが、さすがあのお嬢様のお父上。
そこからは自身も仕掛け人である事を語りながら、アリストクレアさんは俺の経歴を上げる。堅実さが祟って控え目だから伸び悩んでいるのだと言った。それに神殿側にも人を必要とする理由があるから、わざわざヘッドハンティングをするんだともね。成人ギリギリの俺をスカウトするのはやはり、次世代を考えてのことらしい。今現在は力のある個人が支えているが、血統継承でなくとも、組織は代を重ねれば撚り合わせに綻びが出る。それを抑える為、あらゆる場所に志を持ちうる若い芽を植えておきたいのだと。
本当は守秘義務があるらしい。ただ、知り合いだからと教えてくれた。俺と一緒にアランまで神殿へ呼ばれているらしい。一定期間を基礎訓練や座学に宛てた後、2人の騎士長を師匠として入隊になる? え? それって……。
「アリストクレアさん。さすがにそこまで教えるのは」
「元はと言えばお前らがミスリードしたからだろ? レギウスは馬鹿みたいに真面目だからな。これくらいしっかり話してやらねーと」
「……」
「まあ、確かに真面目そうだよね。さっきのカルフがした威圧も真っ向から受けてたし。」
「……ああ、ごめんよ。そうか、そういう取り方もあるのか。そこまでバカ真面目ならこっちも悪かったね」
カルフィアーテさん、穏やかで柔和な割に辛辣だな。
そんでこのアリストクレアさん。……後から聞いた話じゃ肩書きがヤバすぎた。大戦場で無慈悲に暴れ回るだとか。勇者会議に在籍しながらも常に議案の中立になり、二派閥に対立した時は採決させないだとか。軍の将軍を顎で使う様な技術者だとか……。現在の大統領様の旦那様ながら、政治には一切関わりを持たないだとか……。研究者の中では伝説の人になってるとか。
ただ、アリストクレアさんに飯屋に連れてってもらう機会が増えて感じた。
アリストクレアさんは別に無慈悲な殺戮者ではないし、話し合いは公正中立。将軍を顎で使うように見えるのは、将軍からの無茶な装備開発への抗議。政治に関わらないのは実家がそういう家だから。研究は趣味らしい。何より人らしいと言うか……。時たま連れてくる娘さん達へ向ける笑顔が、優しかった。俺、親の顔を知らねーからさ。なんか羨ましいぜ。
なーんて1ヶ月を過ごしたある日、冒険者会館にこれまたヤバすぎるメッセンジャーが来た。俺に神殿へ行けと言ってくれた美人。阿修羅王様だ。阿修羅王様は何も言葉を発する事は無かったが、足元でぴょんぴょん跳ねて自己主張していたのは忘れもしない。俺をフルボッコにした朧月お嬢様。彼女が手紙を持っていた。差出人が……シルヴィア・ディナ・オーガス? だ、大統領だと?
宛名は俺で間違いなし。手近なテーブルを見たら、ゆったり飯を食ってたアランの所にパールお嬢様が既に張り付いていた。似たような手紙を持って。王都の冒険者ギルドではあの御二方とも、要注意人物指定されてんだよな。絡んだ冒険者……、命は助かったけど冒険者は引退したし。そんでその後は新しい化け物にも2人してボコボコにされた。パールお嬢様と朧月お嬢様の後はないだろうに。しかも、手加減されてた感じまでする。蜘蛛の糸や龍のブレス、切れ味がおかしいバターナイフは反則だろ? ……将軍の息子さん、泳鳶君には癒される。ありがとう。本当にありがとう。俺達を助けてくれて。
「なー、アラン。ここでいいんだよな?」
「ま、間違いはないぜ。ほら、フォンドンの兄さんも居るじゃん」
「なぁ、俺達死ぬのかな。何ここ。何この建物! つか、アイアンとブロンズの冒険者ごときが、貴族街に出入りとか?!」
「さ、騒ぐなよ! ただでさえ怪しいってのにさらに…ぐふぇっ?!」
後ろからアランの頭が叩かれた。かなり痛そう。叩いたのはアリストクレア様。今日は主催者であるらしいから、古代大和の礼装に着飾ったお嬢様方を連れている。動きにくいのが嫌らしい。ちょっと不機嫌そうだな。
お父上、アリストクレア様は店の前で騒いでた俺達を注意するつもりで叩いたんだろうけど。アランのダメージから考えたらヤバいな。この人の腕力、どれくらいなんだろうか……。まあ、気にしても仕方ない。さあ、覚悟を決めよう。いざ、未知の世界へ!
神殿騎士リーズグリューの失態
初めまして。わたくしはリーズグリュー・エストリック・ファーランと言う者です。母が古くから聖刻に住まうオーガ家の従者でSS級勇者。父はエルフ族で辺境出身ですが、今では神殿所属の暗黒騎士。わたくしですか? 種族は雑鬼族の魔鬼。特技は家事全般と……暗殺、枝物武器の取り扱いでしょうか。得意武器は柄の長い鎌です。草苅り鎌でも戦えますが……できれば死神鎌がいいですね。
あ、肝心な事を言っていないですね。わたくしは時兎の神殿直属の騎士団所属の騎士です。もっと細かく言うのであれば、神殿騎士団の暗黒騎士派に属しております。第一主力騎士隊の鎌騎士隊長。我が君、暗黒騎士エレノア神殿騎士団長の筆頭従士です。まあ、騎士とは言えども、イメージとは全然違いますよ。白馬に跨ったりはしませんし、日常業務は炊事家事と育児補助が8割、書類仕事が2割です。騎士団長はお忙しいのです。
あと、わたくしは貴族ではありません。この国の爵位は廃止されているので、騎士と言ってもただの役職名ですね。外国には騎士爵はあるらしいのですが。あと従士の仕事ですが……。なんと飾ろうとも、仰々しい名前がついていたとしても大した仕事ではありません。ようは側仕えの雑用係です。秘書ととっていただけるなら幸いですね。側仕えの相手が騎士団長様なので、わたくしはかなり高位の役職らしいのですけど。私生活がズボラな我が君の生活補助こそが主業務なのです。これは騎士団内では公然の秘密ですよ。はい。たまに下着姿で御屋敷を歩かれるのでお説教も私の仕事ですから。
基本的に空中神殿から離れず、隊舎か騎士団長の御屋敷に居るわたくしなのです。そんなわたくしですが、珍しく本拠地から離れた業務を遂行中。本日はとある重要な任務を帯びて来ているのですから。その名も『婿取り』です。
「何故わたくしなのでしょうか……。別段急ぐ必要はない年齢ですのに。行き遅れの騎士は沢山居るのです。わたくしはまだ……」
「ふふふ、リズでも愚痴を言うのですね」
「……お忘れください」
おっと……。ポロッと出てしまいました。わたくしもまだまだ未熟ですね。愚痴。愚痴ですか。もうついでに愚痴を言います。そもそもわたくしは騎士になりたかった訳ではないのです。
わたくしは使用人志望だったのですが……。何の因果でしょうか。オーガ家先代当主様に戦闘力をかわれてしまい、夜桜勇者塾なる『地獄』へ放り込まれました。まず、所在地がありえない。エウロペの山村は我々の様な鬼でさえ恐れる魔境です。あそこは流刑地とか他国が棄民を投げ込む場所として有名ですから。
懐かしい。黒歴史として消し去りたい。いかに使用人志望とは言えども、種族的に戦闘力には自信があったあの頃のわたくし。ですが、類に盛れず……絶望を禁じ得ない土地です。高い自覚がなかった鼻っ柱を……見事にへし折られたんですよ。入って直ぐに龍と出くわすなんて…………。その山に立っている施設で、みっちり1年を詰め込まれました。そして、いつの間にやらわたくし自身がSS級の勇者になってました。
何故でしょう。何が悪かったのでしょう。日頃の行い? 素行? 態度? 全て? 以前なら竜に出会えば、冷や汗を流したのでしょうが……。今ではお夕飯のために片手間作業で狩りに言ってしまいます。この点に関しては今でもわたくし自身、信じられずにいます。
「アルリーシア、貴女も婿取りに?」
「はい。我が主からの推薦ですので。見極めは致しますが、余程有望な殿方なのでしょうね」
そして、現在。街に帰って来てから初めてのお見合いです。
実家に居た頃は何度かありましたが、全員取るに足らない優男だったのでお断りしました。この点は救いでしょうか? わたくしは一人ではなく同僚のフェアル族、アルリーシアと並んで座り、開演を待っているのです。アルリーシアも同じ任を帯びているので少し気楽ですね。
彼女はエレノア様の旦那様であらせられる、聖騎士カルフィアーテ様直属の筆頭従士の妹です。彼女も従士の1人ですが、基本的にお子様のお世話と御屋敷の雑務。この子のポジションが羨ましい。主業務がお子様方の護衛任務ですから。アルリーシアは純粋でポヤッとしたふんわり美少女なのですが、この娘の拳は恐ろしい。わたくしも気を抜けば一瞬で意識を刈り取られてしまいます。惜しむらくは最近に移民として戸籍を得たので、資格が不十分ですから勇者登録を未だに行えない点ですね。
……っと、外が騒がしいですね。貴族街で騒ぎ立てるなど無知も甚だしい。
入って来たのは礼装は整っていますが、歳の頃は15歳前後の2人組。そして……アリストクレア様。
アリストクレア様。ああ、なんとお美しい横顔。アリストクレア様……。わたくしが幼い日より恋焦がれたお方。今は……既に妻帯者で3人のお子様に囲まれていらっしゃるので、わたくしは手を出しません。魔鬼の野生種の事は知りませんが、わたくし達は一夫一妻を好みます。中には一夫多妻もいますが、多くても2人程度。わたくしも志願したい所ですが、あの方には既に2人目を受けるお話があるらしいので。
しかも母によればそれも揉めて……、あ、申し訳ありません。機密情報が多分に出ました。お忘れください。無理なら物理的に記憶を削除させていただきますが? はい。けっこう。
「アリストクレア様……俺、帰っちゃダメっすか?」
「お前に今更様付けされんのは気色悪いな。諦めろ。相手のお嬢様方も必ずしも婿は取らん。が、いろいろなしがらみがあって来てる。男なら腹くくれよ。あと、飯はタダだ。たらふく食ってけ。」
「りょ、了解しました」
あー、この体にビシビシ伝わる闘気。凄くいい……。わたくし達の様な魔鬼は強き者に惹かれます。あのお方の様な生活の中でさえ伝わるくらいの御仁が伴侶としての基準……。これでは一生お相手には恵まれないでしょうね。先代様のお話ではアリストクレア様は稀代の大勇者。英雄と言われても差支えのないお方。あのお方が基準では、比較対象になる方々が哀れという物。何事にも妥協は必要なのです。致し方ありません。
時間の5分前に皆様が揃い、アリストクレア様とシルヴィア大統領が1度ずつ挨拶。食事会……という名の見合いが始まりました。ふむ。あちらのゴールドランクパーティーの皆様は1人ずつ女性がついて別の場所へ。女性陣から決め打ちされていたのでしょう。男性陣は少し気圧されているご様子ですが、悪い様にはならないと思います。お嬢様方は先代様の推薦だけあり、どの方も素晴らしい。財力、武力、魔力、智力に美貌。皆様がご自身の強みを引き出し、この戦場を有利に戦う術をお持ちだ。
はぁ……。開始から数分経ちますが、わたくしとアルリーシアの前に座った御二方ともに動きが見られません。確かに、場馴れして居るとは言い難い立ち振る舞いですから。致し方ないでしょうね。わたくしが口を開く前にアルリーシアが立ち、目の前にお座りだったアラン様を連れてテラス席へ。わたくしは最年少コンビのかたほ……ゔゔん。レギウス様とお話を始めます。
わたくしの任務はこの方を神殿に引き入れる事です。エレノア様曰く、まだ踏ん切りがつかないご様子らしいので。ただ、わたくしの伴侶として確実に物にしろとは言われていません。年下で…勇者でもなければ無名冒険者。
まったく気乗りはしなかったのですが。これも命令ですからね。それに食わず嫌いはいけません。吟味はするべきだと思います。え? 随分上から物を言うけど、わたくしが何歳なのか? ……女性の年齢を聞くとどうなるか知りたいですか? まあ、わたくしは構いません。母の年代の騎士には絶対に聞かない方がよいでしょう。因みに……わたくしは今年で21歳です。まだまだ結婚適齢期の真っ只中ですよ。……なんですか? その目は。
「すみません。女性に気を使われるようではいけませんね」
「……いえ、お気遣いは無用です。さて、まず互いの事を知らねばなりませんね。わたくしはリーズグリュー。神殿騎士長様の筆頭従士でございます」
「お、……自分はレギウスっす。王都冒険者ギルドのアイアンランクで、歳は14歳。ジョブはソードマンっす」
会話からの第一印象は生真面目。いえ、あえて口汚くいいますがクソ真面目。この年齢での真面目さは美徳ではあります。が、真面目すぎて動きが鈍るのは欠点ですね。しかし、……何でしょうこの感覚。この方からはわたくしとも肉薄する使い手の気配があります。
体はまだまだ発展途上。最年少コンビのもう1人であるソーラさん。彼と比べてもまだまだ未成熟。戦っている姿を見られれば実力の程が正確に解るのですが……。この場は判断可能な情報から推察しましょう。
食器の扱いから恐らく右利き。ある程度は左右の腕が鍛えられてはいますが、若干均整にかけますね。彼が言うソードマンにもいろいろな種類があります。この方はその中で最もオーソドックスなタイプ。ソード&シールド。剣の種類は分かりませんが、身軽な体を活かすのでしょうから使っている盾は小さな物。バックラーやライトシールドでしょうね。利き手の剣タコは潰れて硬く、古い。使い方を考えに考え抜いた、無駄なく搾られた体つき。闘気は無いのに、何故これほどまでにわたくしの心を揺さぶる? 技量による練度が伺える程度では、こんな気持ちにはなった事はなかった。まったく何だというのでしょう?
「ディプラドーザを遭遇戦で単独撃破した?」
「後から図鑑で確認しただけなんで微妙ですけどね。確かディプラドーザだったと思います。無茶苦茶外皮が固くてお気に入りだった剣がお釈迦になりましたから」
「……左の第一眼に突き立て、頭蓋の内部を抉りましたか? その際に何らかの理由から剣が折れ、柄は持ち帰った。コレで間違いありませんね?」
「え? 何でそれを知ってるんですか?」
参考までに個人の戦績を聞いてみました。正式な討伐ではない物も含み、できれば単独撃破に的を絞り込んで。遠慮気味に彼が話した戦績には驚きましたよ。驚かされましたとも。それに嘘をついている様子もありません。
彼のランク。アイアンの冒険者は街の周辺地域にいる害獣処理が限界の少年少女。なのに彼は上位魔獣の討伐経験があるらしいのです。普通なら有り得ないんですよね。ですが、わたくしが検分した事件と時期も被りますし、何より彼の底知れない部分がわたくしを納得させている。鬼にはこういった第六感があり、わたくしは特に的中率が高いのです。
話を聞く限り、彼がアイアンなのには真面目だから、と言う理由が付きまとっている様ですね。彼は同年代の孤児ギルドのまとめ役の様な所がある様ですから、仲間を見捨てられないと言うのが足を引っ張っているのでしょう。戦闘力だけ見ればゴールドランクでもおかしくはありませんよ? あの時の事件はよく覚えています。
ヘマをやらかしたシルバー成り立てのパーティーが、市街地近郊まで引っ張ってしまった魔獣。『三角鱗獣ディプラドーザ』を何者かが単独撃破した。討伐した冒険者が名乗り出なかったので、誰が討伐したのか分からずに片付けられました。……この事実は見過ごせません。
ディプラドーザは本来ならばA級勇者やゴールドランクのパーティーで当たる魔獣なのです。都市に警報が発令され、我々が出張る様な魔獣でしたからね。中堅勇者だとしても安易には戦えない。遭遇戦ともなれば尚更に危険度は高い。麻痺毒や鋭く裂傷を与えやすい鱗などもそう。ブレスや魔法などの厄介な技が多く、肉質も非常に硬いので骨が折れますから。彼が倒したディプラドーザは、単体で市街地を廃墟にする様な獰猛かつ強力な魔獣です。さて、彼の力をどう評価したものか。
「わたくしが臨場し、討伐検分を行いましたから」
「そ、そうなのですか?」
「貴方はもう少し情報を入れる様に……」
「あー、とは言っても情報もタダじゃないですし。魔獣の知識は近くの害獣狩りや薬草採取には要らない知識ですから」
「実力は伸ばしてこそでは? 貴方ならば、もっと上を…」
アリストクレア様とシルヴィア大統領に個室を用意していただき、2人で話をしています。もどかしい。実にもどかしいっ! 勇者戦力級の力を有しているのに……。この年齢でその実力ならば、この先さらに伸びるでしょう。
わたくしの感情が漏れ出したのに合わせ、彼からも強烈な……、わたくしを凌ぐ猛烈とも言える殺気? いや、殺気ではない……先程から感じられるこの感覚。わたくしは何かを間違えているのか?
結局、その場ではレギウスさんとのお話はまとまりませんでした。ただ、勧誘には前向きな様です。神殿へは来てくれそうなので、連絡先を交換しておきました。彼には冒険者ならではの理由があり、少々難儀されているらしいですから。わたくしの手を貸すとの約束も添えて……。レギウスさんはパーティーの最年長で、今年の誕生日を過ぎると観察期間を終えます。そうなると様々な規約に引っかかり、観察期間中のメンバーとは組めず、しばらくはソロ活動をせねばならないのですよ。わたくしは見てみたいと……初めて思ったのです。彼が育っていく様を。
帰宅後、母に数時間を嫌という程叱られました。
何故そんな逸材を逃したのかっ! と……。また、同僚のアルリーシアはあのアランさんとよい関係になったらしい。後日その一報が大統領宅で働く母に伝わり、再び罵倒の嵐が吹き荒れる壮絶な説教を受け……。結局、わたくしも段階を踏んで契りを結ぶ事になるのでした。……わたくしの第六感、約立たずですね。だって、神殿に入った彼はメキメキと力をつけ、1ヶ月経つ頃にはわたくしを圧倒する剣士になっていたのですから。
アルリーシアの高揚
初めまして、やっと名前がもらえたモブの1人です。はい。同僚のリズは初登場から貰えて……え? 根に持つか? はい。しっかりと根に持ちます。
私は滅んだ王国の元貴族の娘。ヴォクランにて私や父、他の前王権派は逃げ出ざるを得ない状況に陥り、絶望の中を一縷の希望にすがって生きながらえていました。そして、その希望は繋がっていたのです。世界の終わりの様な出来事の中、ヴォクランの島が大爆発により消滅。神域の海岸部に居た我々も死を覚悟しました。逃げる場所などないのですから。……そこに空から、私達を救う為、王子が現れたのです。
実は私、王子の幼馴染みなんですよ。ちょっとは夢見た時期もあります。まー、直ぐに打ち砕かれましたけど? 彼の隣には既に女性が居ました。ええ、私など歯牙にもかけない程の絶世の美人? 美鬼ですね。スラッとした長身に魔法民族のフェアル属すら寄せ付けない膨大な魔力量、更には武術の達人。とても敵いません。頭は私の方がいいみたいですし、お1人で自活できないらしいですが……。寝首をかくなど不可能。略奪愛はそれ程好きではありません。何より作戦でどうにかなる様な実力差ではないので諦めました。はい。とても悔しいです。
「アラン様は……とても魔力に優れていらっしゃるのですね」
「いえ、まー、自分はそれしか特技なんかないんで」
「ご謙遜を。私も武術には疎いですから」
……チョロいとか、節操なしと言う言葉があります。こんなにも自分に確りと当て嵌るなどと考えた事はありませんでした。
アラン様はとても気を使う人です。……極端に腰が低いともいいます。私はもう貴族ではありませんし、神殿の聖騎士派での従士にほかなりません。身分など気にせずともよろしいのに。
力も男性陣とは比較になりませんから、メイドとしてブラン坊っちゃまの世話係が板についていました。はい。ブラン坊っちゃまを伴侶にと考えたのは間違いでした。いくら1000は生きるフェアル族とは言え、まだ、赤子の…しかも使える家の子息のなどと……。はい。私は少し……いえ、嫉妬深くて節操なしです。否定したい所ですが、難しいですね。穴があったら入りたい。
切り替えましょう。なんでも、アラン様のお母上様は『妖精族』なる種族だったそうです。亡くなられてしまっているので、お会いしてお話しする事は叶わないですが。たぶん、それってフェアル族だと思うんですけども。
確かにフェアル族は排他的な種族です。それでも掟を嫌い、外を夢見て旅に出る変わり者は一定数居ます。魔力の変質に耐えられる1部の者しか、その願いは叶わず、出戻りも多いですけど。中にはそのまま外で生きる者も、全く居ない訳では無いのです。アラン様のお母上様はリードリフィ様? ……。聞かなかった事にしました。父が居たら大変な事になりましたからね。リードリフィ様……。こんな所にフェンリラ王家の血筋が? え? 本当に?! えっ?! リードリフィ様って、亡き国王様の実妹ですよ?! えーっ?!
気取られてはなりません。絶対に。私やこの場に居る母以外には知られてはなりません。絶対にっ!!
「お父上様はエルフだったのですか?」
「そうですね。頭にハイが着く種族らしいですが、本人が言ってただけなんで眉唾ですよ。ハイエルフがどれだけ希少な種族か……」
私、物凄い上玉を見つけたのでは? だって、フェアル族は魔力量や魔法の習熟的な面から言えば、上から数えた方が早い種族ですから。その私よりも魔力量に優れ、まだその才能が知られていない若い男性。外見も悪くない。むしろ良い。フォーチュナリー共和国の状態から考えても、彼は在野に居させるのは勿体ないです。絶対に私の婿にせねば……。詳細を話せませんから父には反対されましょう。が、ふふふ。もう、手段は選びませんよ。こんな上玉を逃がせる訳が無いじゃないですか!
ふむふむ。……なかなかに苦労が絶えないようですね。ここは甘言策戦です。私の武器はあざとさですから。
彼が冒険者ギルドのブロンズ止まりなのはやはり身分。頭の硬い者は少なからず居ますからね。はい! そんな輩しか居ない場所よりは神殿の方がいいでしょう。アランさんやその友人らしいレギウスさんは幼い日にご両親を失い、孤児同士で助け合って生き残った内の1人。もしかして、たくさんこの類の方がいらっしゃる? あー、アランさんやレギウスさんは孤児ギルドの代表格なんですね。そうなると、お二人は上位の実力者。……ますます逃せない。……賭けに出ましょう。勝算は八割強。うん。負ける気がしません。ほほほほほっ!
「アラン様はご結婚のご予定は?」
……ちょっと間があったのは気になりますが、まあいいでしょう。ああ、そういう。いろいろなことを考えていらした様ですが、知らずとも良い事は互いに知らない方が良いのです。人生や人間関係はそんな物なのですよ。
アラン様からの快諾に私は胸を躍らせ帰宅。途中、リードリフィ様の件を聞いていた母は静かに退出していましたから。手を回してくれていた様子です。書斎に横たわる鼻血に塗れ、床に横たわる父は見なかった事にしました。その前に……廊下に突っ伏していた兄を掃除していたメイド達も目に入ってません。はい。母は私の婿取りに全力で協力してくれたのですからね。
それから数日後、アラン様が結納品を持って父と兄に挨拶をしに来てくれました。父は植木に埋まっていましたが、兄は会って直ぐに低姿勢ながらしっかりした挨拶をし、『竜肉』を手渡したアラン様を認めてくださいました。顔は酷く引き攣ってましたけど。昼食会までには回復していた父は……アラン様が御自身でお料理したローストドラゴンを目の前に、肩を抱いて歓迎してくれました。……私も驚いてますよ。我が家に竜を片手間に相手どれる方が婿入りするのですから。……ちょっと現実逃避したくて酒量が増えましたが、想定内。そう、想定内です!
縁組からしばらくし、私はカルフィアーテ様から伝えられたのですが、あの場に集まった御仁は皆様がSSS級勇者資格を取れる予想の元に集められた方々だそうです。また、オーガ家の先代当主様がお認めになり、旦那様やレギウス様は聖刻の戦姫パール様、仙視の巫女朧月様と数分ながら戦えたと仰られた。未来は明るい。…………あの時の私の直感は正しかったのだと、自分を褒めてあげたいです。
アランの転機
数ヶ月前。俺はプライドをズタボロにされ、数日間引き篭った。何故か? 3歳の女の子に掴み上げられ、為す術もない。俺は今年成人したんだ。もう、ガキじゃない。正直、ショックだった。部屋に引き篭った理由は……別だけど。
俺には家族同然に育った仲間達がいる。
俺は孤児ギルドのまとめ役みたいな立ち位置の1人。それらを守る為、日夜頑張っていた。兄としてって言うと恩着せがましいが、俺も兄貴分に助けられた口だ。これが孤児が生き残る術なんだよ。頼る時は頼り、後で耳を揃えて返す! それが孤児ギルドの代々伝わる教えだ。
そんな至って普通な冒険者の俺の所に、明らかに異質な1人の金持ちが現れた。全身真っ黒な軽い革鎧を着こなし、腰には見慣れない形の無骨な剣と、拳銃。依頼人? それにしては雰囲気は違う。この人、ヤバい。死臭がする。……殺し慣れてるんだ。しかも、表情からは何を考えているかまるっきり分からない。しかし、俺は逃げられない。依頼の前相談として、ギルド会館に時間指定されて待ち合わせをする様になっていたからだ。
「お前がアランか?」
「お、おう。俺がアランで間違いねーよ。依頼かい?」
「まー近いかもな。俺の名はオーガ・アリストクレア。先日、家の祖母と娘が迷惑かけたらしいな」
身体中に言い様のない……しかし、強い信号が駆け巡った。近づいて直ぐに理解した。この人は死神だ。今を思えばこの人がまとう空気は異常その物。油断をすれば、一瞬でも見失えば即座に殺される。俺は咄嗟に構えを取ったが、周囲は俺に対して哀れみの視線を向けていた。ボソボソ聞こえる声には俺の死を確信したような物まで。
すると、助けてくれたのは俺の姉貴分。
ギルド受付嬢でギルマスのグレゴリアス爺さんの姪になるらしい人。レミさんだ。出身は勇者家系だが、俺達みたいな孤児に優しくて気立ての良い人。ただし、プロポーズは絶対に受けてくれないらしい。俺からすると姉貴だから、俺には関係ないがな。
アリストクレアさんは手をヒラヒラさせ、面白がっていたのだと笑う。今日、俺がアリストクレアさんに呼び出されたのは、ある種の依頼。断れないお願いとも言う。ギルドの酒場に連れ込まれ、酒を飲めるか? と問われたが、二日酔いで部屋に籠るのはもう懲り懲りだ。飲めないと答えると、彼はジュースと火酒をオーダー。おごりだって。本題だと言わんばかりに手を組んで俺に分厚い皮の……なんコレ。 それとなんでレミ姐さんも同席してんの?
アリストクレアさんは直ぐに来たジュース2杯とピッチャーの火酒を掴み、乾杯の音頭。うっ、やべー。何この酒気。レミ姐さん曰く、アルコール度数がかなり高い酒で、好む人は大概アル中らしい。あの怖いアリストクレアさんに物怖じしないレミ姐さんもすげーけど、周りを一切気にした様子もないアリストクレアさんも大概だな。すると一瞬だけ目線がぶつかった彼はニヤリと笑う。なんだろう。さっきまでとは空気が変わる。
「それ、お前の見合い相手。写真とプロフィール」
「ぶふっ?! えっ?! はいっ?! み、見合いっ?!!」
「その反応が当然だよな。そう。とある筋からの推薦でな。言わずとも分かるだろうが、断れないお願いってヤツ。あ、見合い自体は不成立でも構わんぜ。あと、レミ嬢、アンタにも来てる」
「貴方が私のやっかみを無視しなかったですからね。そんな事だろうと思ってましたよ。確かに私はもう行き遅れの部類に入る訳ですから願ったり叶ったりではありますが」
「なら話は早い。あ、忘れてた。アランよ。お前、知り合いに居るか? 良さげな……」
俺は必死に道連れにできそうなヤツらの顔を思い浮かべた。10数人の候補が居たが、真っ先に思い浮かべた顔は……レギウス。俺はより一個下だが、ランク以上の技術や戦闘経験がある。アリストクレアさん程の人が主催する見合いとなれば、下手なヤツは出せない。すまん……。レギウス。可愛い弟分を面倒事に巻き込みたくはなかったが、俺のメンツと首のために……。本当にすまん。
なんて事があり、俺は貴族街の高級料理店に来ていた。
他に来てたのは知り合いと言えば知り合いだが、錚々たるメンツ。俺はブロンズランク。隣のレギウスはアイアンランク。実力はあるが、対外的な評価は並んで座っているゴールドランクの皆さんからすると霞んじまう。涙が出そうだが、見栄は大事!! 頑張れ、俺っ!
遠いんだが馬車なんて借りる金もないからな。レギウスと揃って徒歩で来た。近くにアリストクレアさんが指定した呉服屋があり、そこで礼服に着替える。本来らなば一番最初にいなくちゃいけなかったんだが、最後の方に入場。指定された席に座る。目の前には……すっげー美人さんが座っていた。怖くてあんま見れなかったが、確かに見合い写真の人だ。
少し前の巨人騒動の時にとある島国から渡って来た人らしい。……種族はフェアル族と言うんだと。羽キレーだなあ。会場の隅に給仕のお手伝いをしにお母様がいるらしい。が、見た目……姉妹にしか見えん。つか、お母さんのが若くないか? まあ、長命種族だから見た目の変化は緩やかなんだろう。俺も母さんが妖精族、親父がエルフだから寿命はそうとう長い。気の狂いそうな時間概念だよな。親父は野盗にやられて死んじまったし、母さんは病気で死んじまったけど。
あー、俺はなんつー話を……。見合いの席で親の死に関する話をするヤツがあるかよ。本当なら俺が巧みな話術でっ! ……って行きたい所だが。彼女、アルリーシアさんのが何枚も上手。話の運びも上手いし、何より孤児上がりの俺をまったく見下さない。ただ、怖い。時折光る、獲物を見つけた肉食獣みたいな視線。めっちゃ怖い。それ以外は凄く好ましい。良いとこのお嬢様ってのに俺をバカにしないどころか一定の評価をしてくれてすらいる。人を見かけや身分で評価しない人ってのは……あんまり居ないからな。
「アランさんはご結婚のご予定は?」
唐突に来たっ!! 凄く情けないが、全てをアルリーシアさんのペースに持って行かれている。でも、この逆玉は捨て難い。うん。うまい話すぎるが、上手く行けばいろいろな選択肢が増えるんだ。頑張れ、俺っ!
アルリーシアさんのご両親を説得するのは大変そうだが、彼女は神殿騎士団の聖騎士派に所属。名家の出だし、何より神殿は俺達孤児を助けてくれている一大組織だ。この提案は後輩達のためにも乗るべきだ。
俺に続く後輩を見出し易くなるのは当然として、俺自身も孤児上がりだからと元貴族のギルド職員に陰口を叩かれる事も減る。……一部からは神殿でも言われそうだが、格段に変わるはず。……俺は即答した。ま、実際問題だけども、彼女居ない歴=年齢……の俺には二度と来ないだろうお話だ。それにアルリーシアさんはかなり乗り気。ますます乗るべきだ。絶対に逃せない。
……後日、アルリーシアさんの案内で空中神殿にある御屋敷に招待された。手土産もあるし、服装もたぶん大丈夫。最初に出迎えてくれたのはアルリーシアさんのお母様、セムジオーラさんとお兄さんのアムザールさん。お母さんはかなり好意的だな。お兄さんも最初は固い感じだったけど、時間と共に軟化。
最後の砦、アルリーシアさんのお父さんにご挨拶に伺った時。いきなり大規模な魔法を撃ち込まれかけたが、お母さんがお父さんをジャーマンスープレックスで庭の植木にぶっ刺した。……と言うエピソードがある。うん。ノーコメントで。まあ、結果的には俺は御家族に好意的に迎えられた。晩飯のためにフォンドンさんに同行して龍を狩り、竜肉を進呈したのがきいたのだと思いたい。うん。この一家、酒つえー。あの日以来、飯に出てくる酒が怖くて仕方ないがな。
竜狩りフォンドン、狩られる
何がどうしてこうなった? 俺は行きつけの喫茶店で週一の数量限定ケーキに舌鼓を打ってた。ざわつき出す店内。何だろうと周囲を見回したら……俺が頼んだティーセットをアリストクレア殿が運んできたのだ。しかもパティシエ帽子のエプロン姿。……話には聞いていたが、本当に彼が店主だったんだな。そんでもって手短に話すように店の奥から飛んできた苦言。ニニンシュアリさんじゃねーか? あれ……。
そして、何故かその数日後に彼の豪邸に居た。その数日後、俺は見合い会場に居る。何故だ?
困惑しかない。いきなり馬車に詰め込まれ、連れて来られた場所は王都の貴族街。とは言っても元貴族街だな。今じゃ少し裕福なヤツらが住んでる高級住宅街……ってだけなんだよ。その中を馬車から引きずり出され、仲間達に引き摺られる様にして名の知れた高級店に連れ込まれる。指定された席に座って居たら、滅茶苦茶な美人さんが目の前に。…………あの時程、いまの仲間を恨んだ日はない。た、確かに事前に教えられてたら逃げたかもだが、いきなりはねーだろーに。え? 夜桜様に匂わされてただろうって? いや、俺なんかに言ってくるなんて、単なる話題作りだろ? ……違ったのか? 違ったらしい。
仲間達は……助けてくれない。カーマインのヤツなんかは知り合いのお嬢様だったらしく、会が始まる前から楽しげに話しているし。口下手なザダはめっちゃ妖艶なねーちゃんに口説かれてる。クードには同年代の、いかにも役職持ちな女性が。俺の目の前に居るのは顔見知りって言えばそうだな。冒険者成り立ての時に世話になった人。確かに超美人だよ。だが、あの人、誰がデートに誘っても相手にしないし、元貴族のボンボンや資産家からプロポーズされても、無視を決め込んでいた。
「ははは、フォンドンさんでも面食らうんですね」
「当たり前っすよ。おらーまだ若手の冒険者ってだけ。こんな高級店に令嬢や役付きのお嬢が並んでたらな。レミ嬢もまさか見合いを……」
「私は行き遅れ組ですからね。今年で28になっちゃいましたから。それに私だって誰でもいい訳じゃないんですよ?」
王都冒険者ギルドの受付嬢は軒並み美人。中には既婚も居るが、それでもナンパされるんだからな。いろんな輩からちょっかい出される受付嬢はそりゃー強か。中でもレミ嬢は飛び抜けた美貌に合わせ、気も強い。俺にはよく分からないが、征服欲とか加虐欲の強いバカがちょっかい出すんだよな。絶対に勝てやしないのによ。
対面席のレミ嬢は、空になっていたティーカップを横に退け、俺の手を掴んだ。弄んでいたと思いきや、無骨な掌に細くしなやかな指を絡めて来た。周りを見ると、全員が決め撃ちされていたらしい。その場に残されていたのは俺とレミ嬢だけ。よく見たら孤児ギルドの後輩、アランやレギウスまで神殿騎士の女性達に別室へ連れていかれていた。
……。確かに、レミ嬢は美人だし、聡明で生活力の高い女性だ。口には出さないが独り身が長いとその辺りもそれなりに身につくしな。
しかし、しかしだよっ! 俺や1部の冒険者しか知らない、口に出すのも恐ろしい一面がレミ嬢にはある。実はレミ嬢は怪我で引退して受付嬢になったんだよ。若手は知らねーから気のいい姉貴って感じでつるんでるが、俺みたいな目をつけられて舎弟にされてたヤツらにはあの人は恐怖の象徴だった。この人は勇者資格を持つ、ソロのプラチナランク冒険者。大戦後や革命直後の冒険者ギルドの仕事は、いろいろな理由で数を減らした冒険者の数に対して多すぎた。レミ嬢やギルドに深い繋がりのある冒険者はそれに合わせて多忙になったんだ。そして、体を壊しながら無理をしたレミ嬢は若い冒険者を助け、継続不可能な深手を負って引退したのだ。その時助けられたのは他でもない。俺。
レミ嬢を引退に追い込んだ原因は俺だ。
当時、9歳の俺は素直に薬草採取で生計を立てていた。当時の俺でも同年代との実力差は頭一つ以上あって、街の周囲に出るような雑魚なら簡単に狩れたんだ。だが、勇者でも苦労する高難度の魔獣相手は無理。普通ならあんな所に出るような魔獣じゃない。仲間を守るため、俺は死を覚悟で立ち向かっていた。殺される。そう考えた時、ギリギリで駆けつけてくれて、助けてくれた。本調子のレミ嬢なら大したこと無かったんだろう。だが、瀕死に等しい足手まといを抱えた上にガタガタの体調。撃退はしたが、レミ嬢の左肩から右脇腹にかけ、でっかい爪痕が残る結果になった。その時の肩口に受けた傷が、双剣使いだったレミ嬢には致命的な傷となったと俺は聞いた。
「…………まだ、あの時の事を気にしてるの? あんまり私のカウンターには来ないから聞かなかったけどさ」
「いや、まー。そりゃー気にしまさぁ。確かに冒険者に生キスはつきもんってもな。まだ嫁入り前の……そんな人にあんなデケー傷を負わせちまったんだ」
「ふーん。ならさ、貴方が責任、とってよ」
微笑みながら、レミの姐御は俺を追い詰める。俺に学はねーが、多少の比喩や慣用句は覚えてるんだぜ。今の俺はまさにネズミ。壁の隅に追いやられたネズミだ。この微笑みは違う。普通の微笑みじゃねー。まとわりつく様な怖気、寒気。戦いの場からは退いてもまだ腰に剣を履くこの人。気迫はずっと現在だった。だから、あの人のカウンターには行かなかったんだよ。怖いから。
あと、孤児ギルド出身の受付嬢は何人か居るんだが、そいつから酒に呼ばれてよく愚痴られた。その中の戯言くらいに思ってたが……。まさかフラグ回収ってか?
レミの姐御が結婚しなかったのは、野郎が取るに足らんってだけではなかったと……。い、痛え。いだだだだだっ!!!! つーか、引退なんかしなくて良かったんじゃねーのか?! 何だよこの握力! 指が、指がもげる。しんみりした雰囲気ながら俺に向ける目は怒りに満ちて居た。……レミの姐御曰く、姐御は結構純情だったらしい。どうも引退は怪我の事もあったが、本音は違った。勇者へのスカウトがウザかったのが本音。……いや、そっちも建前で、何よりも俺を待っていたらしい。仕事の時間を外していたが、怪我の事で見舞いに行っていた俺に惚れていたと言う。実質、俺をどつき回していたのは可愛がっていた範疇だったんだとさ。レミの姉御からしたらな。
この場で下手に口を開くとマジで指をもがれかねねーよ。
そして、レミの姐御からの念押し。いや、とどめの一撃。『行き遅れだけど、貰って欲しいなあ♡』と、笑顔が、笑顔じゃない。
ヤバい。俺、竜狩りなんて呼ばれてっけど。……目の前の人に食われそう。竜なんかより数百倍ヤバい! でも、ここで断るのはありえない。確かにこえーけども。怪我の事も……捨てきれない。命の恩人だし、待たせたのは間違いなく俺だ。見て見ぬふりをしてたから……この人の龍の様な視線が怖かったから。だが、今この人に背を向けちゃならん。食われる。マジで食われる。物理的に……な。先代の竜狩りに。竜狩りレミにっ!
「ふふふ。じゃ、式はいつにする? 私はいつでもいいよ? あと子供は……」
「あのですね。その辺りは追追で。今は少し落ち着きましょう。周りのメイドさんらがビビってますから」
「……他の女の子の話をアタシの前ですんのか〜? え? フォ〜ン〜ド〜ン〜?」
『ヒィィっ!!!!』
この後の事は誰にも語るまいて……。
竜狩りレミ・テフローザの狩り
私の叔父がいつも話していた。オーガの家には逆らうなと。
そのオーガ家の方がいきなり現れ、叔父とサブマスを何度も気絶させる事件が起きた。隠遁を好むあの人達が動くとなると何かある。ちょっと興味が湧いて、叔父さんにはやめた方がいいと言われたけど、お茶くみ役で同席。私は現役時代にも感じなかった緊張感を覚え、見ざる言わざる聞かざるを決め込んだ。うん。私のバカ。あれには関わっちゃダメだ。二度と関わらない。かの大将軍。夜桜様と曾孫様……。その他の化け物を軽く超えた幼児達。竜が……初めて対峙した時は怖くて漏らしながら、生きる為に狩った竜が……。仔犬と比喩できるくらいには……あのちっちゃい子達は化け物だ。 私はこの世の終わりを目にした気分だったよ。
それから数日。
忘れた頃に再び鬼の家が動いていると言う話を聞いた。夜桜様がフォンドンの周囲を動いていると言う情報を掴んだのだ。何をしているのか、物凄く気になる。私の後釜。王都冒険者ギルドに代々1人はいる竜狩りの冒険者。……私のフォンドン。
フォンドンと鬼の家の噂が也を潜めたある日、私は耳を疑う話を聞いた。フォンドンとパーティーを組んでいる魔術師のカーマインさんが魔解の鬼、オーガ・アリストクレア氏に弟子入りしたと。そこからは怒涛だった。カーマインさんは次々に魔導師視覚やSランク勇者視覚などを取得。それを追うようにザダさんがアルフレッド・ライブラリア氏に弟子入り。同時期にクードさんがオーガ・ニニンシュアリ氏に。期待の星、クレイン・ソーラがオーガ・リクアニミス氏に。……フォンドンが、オーガ・クルシュワル氏に弟子入りした。
最初は焦った。冒険者と勇者の資格を両方持つ人は確かにいるけど、勇者資格の任務は国家に関わるため、そちらが優先。最近は私のカウンターに来ないフォンドン。叔父さんに直接呼ばれて執務室に行くからね。そのフォンドンに更に会いにくくなってしまう。そうやって憂鬱な日々を過ごしていたら、私の目の前で若い冒険者相手に凄みを効かせている男を見つけた。
「……はー。私もなめられたものね。一応、SS級勇者までは上がったのに」
私は腰に提げた、双剣の柄に手をかけ、その2人の所に歩いて行く。あくまで……威嚇と忠告のつもりでね。
感じる。ダメだ。この先には踏み入っちゃいけない。そう思わせられる重厚な存在感。跳ねるように立ち上がりファイティングポーズを取ったのは……。あの子はブロンズランクのアランだ。あの子じゃこんな殺気を向けられたら意識を保っていられる訳が無い。そう、アリストクレアさんは私にのみ殺気を飛ばしたのだ。そんな器用な事、どうやっているのか分からないけど。私は、今の私では柄を強く握った瞬間に首が断ち切られる想像しかできなかった。ありえない。並の勇者や冒険者じゃない。しかも、彼の武器は1つではなく、黒光りする銃が2丁。彼はあくまで私を縫いつけ、アランの感覚を探って居るんだ。じゃなきゃ間合いも考えれば、私では……。
こんな事を考えていたら、いきなりテーブルに招かれた。や、やっと解放された。
ギルド職員にしか知られていないはずのハンドサインを何故貴方が? と聞きたいが、変な問いを出したらそれこそ死に向かう。アランの表情を見ても危険な何かを強要されている訳では無さそうだし。え? ……何でお見合い写真が? え、私にも? 何故私の預かり知らない場所でそんな話が進んでいるのだろう。これは1回ギルマスとしっかり話し合う必要が出てきちまったな〜。
っと……。危ない危ない。素が出てしまう所だった。
そして、アリストクレアさんから指定された日時に指定の場所へ来る様に指示を受ける。そこにはフォンドンもいるとの事。だって、私の見合い相手の顔写真、フォンドンだったし。
「うし、アランも帰った。さっきの件、落とし前をつけとこうか? 竜狩りよ」
私が冒険者をしていた時でも感じた事のない様な……言い表し様のない重圧。殺気とかそんなレベルじゃない。さっきのはまだ私に動く余地もくれたけど、これは違う。呼吸すらままならない。この場で耐えられるヤツなんて私以外は居ない。分かる? 死地の中に長くいると、死に対する感覚が磨かれるのよ。コイツならやれる、とか。コイツは無理だ。みたいなね。でも、そんなのを一切合切無視したプレッシャー。『お前程度、一瞬で消せる』と……。絶対的強者の放つ脅しには過ぎた意思表示。
……と、思ったら叔父さんが急に現れ土下座した。平謝りだ。私も重圧から解放され、やっと絞り出して謝った。けど、あんなのは二度とゴメンだ。アレは何だ? 人の放っていい気迫じゃないぞ? 実力差なんて話じゃない。私では……本当に瞬殺される。アリストクレアさんは『分かればいい』とでも言わんばかりに火酒を飲み干して帰っていく。
その後、グレゴリアス叔父さんに凄い剣幕で叱られた。基本的にあの方々は理知的でお優しい。また、無用な騒動を嫌う。しかし、何かしら琴線に触れてしまえば、それこそ取り返しがつかないとも。国を影から守り続けた家人々はそれだけの力が与えられて居るんだ。彼のお祖母様である先代様は、まだご年齢の分だけ丸い所があった。だが、アリストクレアさんは若くて怒りにシフトし易い上、かなり神経質な方だと言う。
先代様から直々に注意されていると漏らした後に、私の見合いの件を話してくれた。たまたま入れ違いになったらしい。アリストクレアさんがフォンドンと私の見合いについてのお話を持って来た。その時に私は居らず、タイミング悪くアランに話を通している時に私が休憩から帰って来た。説明する間もなくあの気迫の蹂躙劇。叔父さんでは意識を保てないから、タイミングを見計らっていたらしいのだ。
「は〜……。だから言ったろ? 鬼の家には手を出すなと」
「あ、ああ。ゴメンよ。叔父さん」
「素が出てんぞ。……いくら竜狩りレミでもあの方々は無理だ。プチッと殺られる」
「……」
「手合わせくらいならしてもいいが、俺は勧めんからな。あと、フォンドンの件な、夜桜様からの進言を頂いている。受けときな」
「お、おう」
アタシは竜狩りレミ。元勇者戦力級の冒険者。1人気ままに旅をし、力を高め、欲しい物はなんでも手に入れる! ……金も権力も名声もあったけど、ろくな男は来なかったからな。なら、こっちから行くまで! 絶対に手に入れてやる! 待ってやがれ! フォンドンッ!
元皇女リューレの成長
お久しぶりです。メインではありませんが、そこそこ名前が出るキャラクターのはずなんですけどね。最近は裏方一直線です。私の今の名はフォン・ロゼリア。9代目時兎様に救われた元ルシェ帝国皇女です。あの方のおかげでこの命が繋がった事は言うまでもありません。それだけには留まらず、血は繋がらないながらも仲の良かった妹も救ってもらった。私の一生を賭したとて、この恩は返せないでしょう。
お若い当主様を支える為、騎士団長様と協力して日々を賑やかに過ごしていますとも。この神殿は毎日イベントには事欠きません。
神殿に落ち着き始めた私の少し後に、私の部下として数えるのも大変な人数の女神族が配属されてきました。仕事は迅速でそれなりに器用な彼女らには助けられていますとも。しかし、彼女らは些かフリーダムすぎるのですよね。間食と居眠りで書類を汚したり、涎を垂らすのは常。酷い時は何を思ってかいきなりお出かけしますし。
小さな悩みは尽きません。が、この後も私の苦難は続きます。女神族の皆さんをある程度ですが統率した頃の事です。私を付け狙ってイタズラを仕掛ける朧月お嬢様が誕生。あまり認めたくはないのですが、朧月お嬢様のお陰で私の魔法力は凄く鍛えられました。ようやっと朧月お嬢様に対応でき始めた矢先。時兎の家には異例の2人目の嵐月お嬢様が誕生。嵐月お嬢様は物静かで聞き分けはよろしいのです。いきなりの転移魔法で心月様の所にお出かけする点を除けば……。振り返れば、私がゆったりした事はありませんね。ははは。たまにはゆったり落ち着きたいものです。できたらアルセタスの温泉とか行きたいなぁ。
「ほら、誤字がこんなに……。推敲は確りと! こらっ! 居眠りしない! そこっ! 休憩まではオヤツは食べない! 8代目様を呼びますよ?」
「やっほー! フォンちゃん、呼んだ?」
「あら、8代目様。ちょうどいい所においでくださいました。あちらの子達に擽りの刑を……」
「「「ピッ?! ピギャァァァァ!!!! や、に、逃げ、ビャァァァァァァッ!!!!!!」」」
古参の使用人さん方によく言われますが、私も古参と勘違いできるくらい馴染んだと。でも、実際は時兎家に仕えてまだ5年も経って居ないのです。それだけ濃密なのですよ。特にウサミミの小さき者達とのすったもんだ。
……ゔゔん。私が忙しい。つまりは主たる9代目様はもっと忙しいのです。この辺りで収まりが付けばいいのですけどね。9代目様の多忙さの中、私も比例する様に酷く忙しくなっていますから。控えめにも人が足りません。財源はありあまるくらいなので増員を希望しています。
最初は女神族や私と共にルシェから逃げ出た仲間達だけで回していた事務仕事。忙しさで考える事をしていませんでしたが、いつの間にか1000人ではきかない部下を率いる書類仕事専門の部門長になっていました。心月様からは『幾つか事業を展開できそうだね』などと皮肉めいた冗談を言われますが、私達にはそんな余裕は一切ありません。私は仕事が恋人状態ですからね。未だに私や部下を含めた者に過労死者が出ていないのが奇跡的なのですよ。しかも各管理官や私が抜けると、女神族達がダレ始めます。気持ちは理解できますが、締めるところは確り締めますよ。今では朧月お嬢様を魔法で拿捕できますからね。貴女達なら楽々です。そして、8代目様の刑です。ふふふ。
そんなある時、疲労困憊の表情で調律師長様からいきなりのお話が……。どうもアリストクレア様からの依頼らしく断れないのと、心月様が私を推薦したとかで逃げられないらしいです。その時の各管理官達と女神族達の表情が面白かったですねっ! 管理官達は絶望の表情。女神族達は一瞬笑顔を作りましたが、その日の管理を8代目様に頼んだと伝えた瞬間、両者の表情が反転。ホントに素直な子達です……。
私はその中でとある男性とお話をしている。……まさか、私の素性を知る人間に出会うとは。ただ、彼も素性を隠しているので、紳士、淑女の協定が今のところ守られています。おそらく、9代目様はこの方が……元私の婚約者であった事を予知や先見などで見たのかもしれません。
「お久しぶりです。リュ…あ、フォン様」
「クード様こそ。ご無事で何よりにございます」
「しかし、まさか神殿に居られたとは……。盲点でした。いくら探しても見つからない訳ですね」
「クード様こそ。武術に秀でていらしたのは知っておりましたが、まさか冒険者になっていたとは思いませんでした」
彼の本名はセルアンゼル・クードリア・ブライゼン。元ルシェ帝国伯爵家の嫡男様でした。ブライゼン伯爵領も様々に問題を抱えていて、何よりもクードリア様のお父上が着服や違法奴隷と汚職のオンパレードだったそうです。あの当時のルシェならばごく当たり前だったのですが、クードリア様はそれを告発しようと計画。しかし、クードリア様をよく思わない弟により、当主へ計画がバレてしまい幽閉されていたらしいのです。
この方もただやられっぱなしと言う方ではない。必ずや生きていると私は信じていました。クードリア様も無力だったと呟きます。それなら私もそうです。……人民を救うために戦いましたが、私個人の力では何一つ叶わなかった。ただただ無力感と戦う日々。そこに9代目様が現れ、私に両手の話をして下さったのです。
クードリ……いえ、もう彼はクード様なのです。いつまでも過去に囚われてはいけません。過去に縛られては、今を生きられなくなってしまうのですから。
彼は私が辿った道筋と今現在を話して欲しいと仰るので、私も私が歩んだ数年を語ります。と言っても、私はあまり神殿から出ませんし、9代目様との仕事のお話や、お転婆な朧月様や神出鬼没な嵐月様との日々くらいしかお話しできませんが。それでもクード様は笑顔で頷きながら聞いてくださいます。この方はずっと昔からお優しい方でした。他の方はいつも笑顔で気味悪いだとか、内心が掴めないと忌避する場合が多かったですけど。この方の優しさはこの辺りなのだと思います。下手に突っ込まず、聞くに徹するだけと言うのもなかなか難しいものですから。
「……あの、フォンさん? 貴女も、化け物の仲間入りをされていたのですか?」
「はい?」
「あ、いえ……。その。朧月お嬢様や嵐月お嬢様を魔法で拿捕するのは普通なら不可能です。カーマイン…我々パーティーの魔導師ですが、いつも澄まし顔だった彼が怒号を上げながら必死になって追い回しているんですから」
え? そんな馬鹿な。ははは。
確かに朧月お嬢様のパワーは並ではありません。世界有数の勇者家系のお嬢様ですから当たり前と言えば当たり前。私達などとは根底が違います。
しかし、よく観察するとお二人共に何かしらの弱点があるので、私程度の魔法でも捕まえられるのですよ。朧月お嬢様は生まれた時より力に満ち、常人や現在の主力勇者などでは相手に……。あれ? そう考えたらそうなのでしょうか? オーガ邸のメイド長で亜神のアーク様の結界には、よくパールお嬢様の人型が抜かれています。んっ? でも、私の隔壁結界は力技では抜けられた事はありませんね。…………考えるのはやめましょう。不毛ですから。
次は様々な場所を旅したクード様のお話を聞きました。10歳前後で帝国から逃れたクード様はまず、ザダさんと出会い冒険者をしていたらしいです。ザダさんは元は冒険者ではなく、冒険家と言う家業の方で、未開の地の開拓を主業務に一人旅をしていた方との事です。生存術で長けていたザダさんですが、迷宮や遺跡のトラップへの経験がなかったらしく、クードさんが助けた事でコンビを組むに至ったらしいです。クード様は迷宮探索を主業務にする冒険者なのですね。
その後、遺跡の調査をしたがる魔導師のカーマイン様と意気投合。カーマイン様がコンビを組んでいたフォンドン様達と……。今では皆さんがゴールドランクの冒険者ですからね。……私も自分の実力は知るべきでしょうか? 今は8代目様からも勇者資格の取得を勧められてますからね。いい機会かもしれません。いい機会……ですからね。
「クード様は……このお見合いには前向きなのですか?」
「あ、あー、いや、そのですね? ゔゔんっ! 伯爵家の姓を捨て、ルシェでの人生を何もかも捨てました。しかし、貴女の事は一瞬たりとも忘れた事はありません。ルシェでは指名手配されていましたから……。あの時、協力はできませんでしたが」
「そ、そうですか。そ、その……私は今、身は神殿に捧げています。しかし、心はまだ大丈夫ですから。地位も立場もない私ですが」
それからいく日後でしょうか? 私の時間が取れた日に私は9代目様に報告をしました。まあ、あの方は予知で結果自体はご存知だったのかもしれませんが。9代目様は少し微笑んだ後にこう仰いました。
「良かった。これで書類仕事で優秀な人材が神殿に根付いてくれますね。本当に助かります」
……。ちょっと複雑な気持ちですが、冒険者と兼業で神殿事務官になってくれたクード様は毎日叫びながら紙束と戦っています。
はい、私もこの気持ちを分かち合える伴侶が出来てとても幸せです。幼い頃に想っていた方なので尚更。ようこそ、地獄へ。
鉄仮面が砕ける日
見合い会場。俺の前には神殿の筆頭書記官が座っていた。まさか、その人が探しに探して見つからなかった婚約者だったとは……。そもそも、公式の発表では、第16皇女リューレ・フォンローザ=ルシェは戦死とされていたからな。ほとんど諦めていたよ。
忘れもしない。彼女がティーカップを持つ時にする癖。何よも彼女が見せる一挙一動が俺の知るリューレ嬢だったから。何か事情があったのは確実だろう。名前を変えるばかりか、整形により少し顔立ちにも変化があった。まあ、見る人が見れば分かってしまうようなレベルなんだが。堪らずに俺は尋ねていた。彼女が……俺と離れ離れになってからの彼女が歩んだ機軸を。
互いに大変な中を生きてきたものだ。当時の俺とも親しかった仲間はほとんど死に、一部がフォン嬢の務める神殿に在籍している。また、彼女の手足として働いているらしい。中には俺の友人の弟妹が生きていると言うので、期を見計らい会いに行こう。
フォン嬢も素性を隠しているのだ。俺の素性も今まで通りに隠さねばなるまい。幸い、俺は戦犯として指名手配はされていない。ルシェ帝国で指名手配された時とは違い、特殊部隊に追い回される様な事態にはならないと思う。あわよくば身の安全を確かにするため、俺も神殿についてもいいかもしれない。伊達にA級冒険者になった訳ではないし、ニニンシュアリ君からもいろいろ教えてもらっている。神殿に恩があるのも事実だ。俺の想い人を成り行きとはいえども、保護してくれていたのだ。時勢が許すならば、彼女と改めて縁を結び、神殿に腰を落ち着けるのも悪くない。いや、都合が良すぎるかな? うん。覚悟を決めよう。
「クード様は……この見合いには前向きなのですか?」
財力だけでのし上がった俺の父親だった野郎。ヤツが取り付けた過去の婚約者。
初めて互いを認識した時はまだまだ幼く、感情の整理もつかない様な歳だった。だが、今では互いに年齢を重ね……。幼い頃は可愛らしい……可憐という表現が正しかったフォン嬢。それもすっかり大人の女性になっていた。見目麗しいながら、まだ少々の幼さ、あどけなさを残す彼女。本当ならば俺からアクションを起こさねばならなかったが、フォン様の方が早かった。悔しいかな。彼女には成長が見られるのにな。俺には大した成長がない。
返事が吃り気味になってしまい、格好のつかないプロポーズ。幸いな事に今は我々以外は誰も居ない。個室と言うかなんと言うか。薔薇温室の中にあるテラステーブル席に2人で座っていたのだ。……様子見の為だろうけど、魔鬼族らしい使用人は控えているが、空気になりきっている。いつもの俺ならあんな感じに空気を読めたんだろうが、今回はなかなか難しい。間違いなく喜んでいる自分が居る。歓喜していると言ってもいいな。諦めかけていた女性が、ハッキリとは名言しておらずとも匂わせる物。
今、俺は頭の中身をフル回転させ、どのような答えをしようかと必死だ。フォン嬢の表情を見ても幻滅とかはしていないだろう。だが、さすがに女性に言わせるだけ言わせて、この場を濁すのは格好悪い。しかも俺の方が年上だし。アリストクレアさんに追加で捕まえられていた成人くらいのヤツらとは違う。まだまだ適齢期ではあるが、少し遅めではある。言い訳などせずに決めよう。
「最初はお断りしようかと考えていました。しかし、他ならぬ貴女と再会できたのです。こんなに喜ばしい事はない。フォンさんさえよろしければ、自分の妻になっていただけませんか?」
「はい。喜んで!」
どこから来たのか……。最初から居たのか? 薔薇温室の入口から小さな白い塊が走って来た。抱き留めようとした使用人の女性をするりと躱し、大股に3歩飛び跳ねて宙返り。それだけ見ると鞠みたいだな。その白い塊は綺麗なフォームでフォン嬢の膝の上に着地。10点だな。現れたのは見間違う事などありえない。お転婆兎の朧月お嬢様。それはそれは嬉しそうにニパッと笑いかけ、次は俺を見てニパッと笑う。機動力や跳躍力などの身体能力は、この際横に置いておきましょうか。この笑顔だけは年相応なんだよな。素直に可愛らしい。
……フォン嬢の膝の上で落ち着きなくおめでとうと連呼する朧月お嬢様。彼女に気を取られていたから度肝を抜かれた。いきなり音もなく、真上から嵐月お嬢様が降ってきたからな。なるほど、お転婆……神出鬼没ね。朧月お嬢様が剣聖級の素質持ちなのは知っていたが、嵐月お嬢様は間違いなく天性の才能を持つ暗殺者だ。だが、何故お二人共背中にキッチン用品を? 果物ナイフと鍋の蓋、サイズが小さいバターナイフ……。ま、気にしても仕方ないな。それよりも彼女らはこの先にもっと伸びていく。気配遮断は現段階のお父上、ニニンシュアリ君を超えているだろうし、アリストクレアさんとも張り合えるかもね。俺は間違いなく敵わない。ただ、隠密能力は高いだろうけど、まだ殺しを覚える年齢ではないと思う。だからこそ9代目様もお二人共を外には出さないのかもね。
「フォーン! おめっと! 妹! 妹!」
「ふぉん。ランもいもうと、ほしー」
「……ははは、まだまだ先の事ですよ?」
「フォンさんはもう家族認定されてるんですね」
「四六時中一緒ですから。私はイタズラの標的なんですよ」
そこから聞かされるイタズラの数々……。朧月お嬢様は悪戯っ子でお転婆。救いようが……。朧月お嬢様は列挙されたイタズラに対し、誇らしげに胸を張る。清々しいドヤ顔付き。姉の武勇伝? を聞かされている形の嵐月お嬢様は『お〜』と言っているし。
その後は見合いの空気から逸れてしまい、2人の幼児を愛でながら我々の昔話をする時間になった。基本的に何でも食べるお二人に合わせ、軽食をひっきりなしにオーダーされた使用人の皆さんと、厨房の皆さんは悲鳴をあげていた事だろう。哀れに思いながらも俺自身の未来を考え、……後に主人となる姉妹とも語らう。
「ようこそ時兎の神殿へ。私、現当主の心月は貴方が神殿の者と添い遂げ、この常春の地に根ざす事を歓迎します」
幾月かが経った頃、俺達は9代目様に祝福をいただき正式に籍を入れた。同時に俺も神殿に抱え込まれての生活が始まったのだ。
生活をはじめて数日で理解した。うん。妻は紛うことなき化け物の仲間入りをしていたよ。神殿直属の2部署の長におさまっており、書類の処理速度は間違いなく化け物クラス。その中で自由過ぎる同僚に昼食や間食の甘味を用意し、お転婆姉妹のお相手を務める。
後に9代目様に認められ、俺は神殿で遺物の鑑定官と管理官を兼任し、4人の子供に恵まれる事になるらしいが。これはまた、別のお話。……9代目様曰く、予知や先見は必ずしも確実ではないとの事だ。……死なない程度に、書類と戦おう。だから、妻よ。生暖かい目はやめてくれっ!!!!




