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人付き合いも難しい

 昨晩とある事で久々にシルヴィアと盛大な喧嘩をしでかしてしまった。学舎にいた頃はアイツが突っかかってくる度に大喧嘩だった気もするが、それにしても今回のは派手だったな。俺の忠告に耳を貸さないアイツはとりあえず放置し、今日の新たな予定をこなす。あのまま話しても生産性はない上に、この上なく不快になるだけだからだ。何が専属契約だよ。

 朝の鍛錬らしく5人がランニングをするのを横目に家を出る。祖母が煙管をふかしながら彼女らを眺めていた。彼女らもこの調子なら意外と早く旅を開始できるかもな。今日は付近で一番大きな街を目指した。朝から動きはするが仕事ではないんだがな。

 そんなこんなで俺は今、麓の街のメインストリートに来ていた。予定を変えて朝早く下山し、街へ降りてきていた理由は複数ある。それはこの街に来てまで俺から話を聞きに来たと言う人に会うためだ。先日シルヴィアが嫁に間違われた喫茶店で待ち合わせをしている。ふぅ……来た。覚悟しよう。絶対にあの人と会うと後悔しか残らないんだ。


「オグくーん! ひっさしっぶりーっ!!」

「お久しぶりです。八代目さ……」

「私ぃ、よそよそしいのは嫌だなぁ〜。名前で呼んでよぉ」

「暁月さん。立場を考えてくださいよ。立場を!」


 ……これまでも何度も、何度も話題に出てきた人だ。我が姪の心紅の実母にして八代目時兎の暁月さんである。外見は成人している様には見えず、このかっる〜くて、ゆっる〜いのが現代勇者の最強なのだ。それなりの付き合いだが、俺には今でさえそんな彼女のどれが本人なのかわからない。場面場面で表情を使い分けるのが得意で、この人は百面相なのである。今は軽くて緩いふうに見せているだけで……本心はどうなんだろうな。

 先程も言ったがこの人は何度も俺の過去や現状を語る上で出てきたキーパーソンだ。もちろん今も俺に多大な影響を及ぼし続けている。兄嫁の暁月さんは勇者会議のお偉いさんでシルヴィアよりも立場は高く、彼女も頭が上がらない存在なんだ。


「私はパフェ食べたい! オグ君はぁ? おねーさんがおごっちゃうぞ!」

「ではコーヒーを」

「はぃはぃ、てーんぃんさぁん! オーダー!」


 暁月さんは勇者会議の仕事以外は基本的に何をしているかが謎に包まれている。本当に何をしているか秘書や旦那である兄貴も知らないんだ。

 兄貴は何で暁月さんと結婚したのかって? ……じーちゃんのドM成分を全て受け継いだ兄貴は、そのミステリアス?で無邪気(りふじん)な所に惚れ込んだんだとか。俺には理解できない部分だがな……。兄貴は基本的に工房勤めで暁月さんの愛刀だけではなく、勇者会議の最高位勇者達の武器を定期メンテナンスする程の技術力を持っている。俺の誇れる兄だ。……ドMだけどな。

 兄の事は置いといて、暁月さんだな。彼女ら最高位勇者が勇者協議会とは別に開いている勇者の議会が勇者会議だ。勇者会議とは簡単に言えば勇者協議会の理事会みたいな物で、今は8人の最高理事がメンバー。最高理事は実力で序列が決まっている。暁月さんは1位、シルヴィアは7位だ。それに本当ならば10人居たのだが、ご高齢になり席を降りた勇者が2人いたのだ。その内の1人は祖母のオーガス・ブロッサムである。祖母が居なくなり、暁月さんはその最高理事の8人の中で最強となったことで、運営の中での実権も握っているのだ。

 立場がある人ではあるが、やはり見た目からはそうは見えないんだよなぁ。かなりの童顔で身長145cm、手足も小さいし、華奢に見える。ギャップが凄くてよ。低身長なのに巨乳でクビレが際立つ。これが無かったら成人女性とは見られない程に見た目は幼いがな。あれで経産婦なんだよ。あの人……。信じらんねー事にな


「ふふふ、オグ君もどんどんかっこよくなってくよねぇ。でもぉ、いい人はまだ居ないのぉ〜?」

「俺の事はどうでもいいんですよ。ほら、心紅の事を聞きにきたんですよね?」

「そうっ! あの子、帰ってきても私やあの人には何にも話してくれなくてぇ」


 実年齢は既に40歳を超えているんだがな。心紅が俺に懐いていて、母親である暁月さんに苦手意識を持つためか、暁月さんは俺にあの子を預けたらしい。兄嫁のこの人は俺を実の弟の様に扱い、今でも心配してくれてはいるんだが……。時々度を超えてしまう。それが大問題なんだよ。ほっといてくれても俺は死なないんだが……。むしろ構われ過ぎるのも困る。

 今は夫婦の兄と暁月さん。2人は年齢こそ違うが学舎の同期で幼馴染み。兄が幼馴染だから、言うまでもなく俺もこの人とは深い繋がりがある。黒歴史もかなり知られているしな。兄が46歳で俺は29歳。結構はなれてるだろ? ……現在41歳の暁月さんは俺のおしめを替えたとも言う。世話好きらしく彼女は何かにつけて今もプライベートにズケズケ踏み込んで来るんだ。

 俺の事には容赦ないくせして娘にはかなり遠慮している。小さく頷いたり溜息を漏らしてはいるが、淡々と心紅の状態を聞いた暁月さんの表情は無力さに負けていた。暁月さんは実の母親とは会った事がないらしく、子供の育て方が解らないと昔はこぼして居たのだ。少し前に家族で会った時はそんな事はないと思ったんだがな。心紅が逃げること以外にこの家族に考えさせられる事はない様に見えたんだよ


「心紅も頑張っているのね」

「はい。技術や生活教導については俺では力不足と考え、祖母に依頼しました。今は彼女自身で歩ませています。あの子に定規を当てるなんてのは、無粋極まりないと思うので」

「そぅね……。解りました。それじゃー! 本題に参りましょうかっ!」

「は?……本題?」


 (ココア)の事を聞きたいと言うから、わざわざ朝早くから降りて来たんだが? それが終わったんなら移動してもう1つの用事を片付けて早く帰りたいんだよなぁ。あと、余裕があったらコソコソと俺をつけているヤツをとっちめてやらなくちゃならない。遠回しにそんな事するくらいならば面と向かって来いよな。気分も悪い。アイツは何考えてんだか……。

 あぁ、ヤバい。これ以上の長居は危機感もある。挨拶をして立ち上がろうとした俺を暁月さんは止めにかかる。ニヤリと笑い、袖を掴んで俺の体を引き下げると耳元で……や、やめてくれっ!! 黒歴史を掘り起こさないでくれっ!! だから嫌だったんだ! この人はこういう悪どい所がある。兄貴も騙されたんだ! この悪魔のせいで俺がどんなに酷い目にあっているのか、兄貴は知らないしな。まぁ、コーヒー代は出してくれてるし、話を聞くくらいなら構わないか……。それで終わってくれるならな。終わらないよなぁ……。


「よいしょっと! とりあえず、力抜いてよ。私も話しにくいし」


 誰が力を入れさせたと思ってんだよ。その暁月さんはこれまた可愛らしいリュックサックから、革で作られた四角い箱を取り出した。あぁ、これか、たまに兄貴から難解なスケッチと設計図、材料リストが来たりする。これもその1つで俺が作った内の1つ。兄貴は裁縫や布地の扱いが苦手だしな。

 可愛いグッズが好きなのはいいんだが、本人の中身と外観がミスマッチすぎるんだ。さて、あの人の雰囲気が変わったな。ふむ、何か仰々しい事なのか? できれば面倒事は避けたいところ。

 全てがそういう理由ではないが、俺はお役所や政務官などの関わる場所を嫌い、山住まいをしてるんだ。暁月さんも理解しているはず。なのに何故? あっ!? この人、今ニヤリと笑ったぞ? 嫌な予感しかしない。悪寒が止まらん!!


「じゃ、協議会絡みのお堅い話から……。オーガ・アリストクレアさん。貴方に再三の送付をしております勇者会議の欠員補填について……」

「断固お断りいたします」

「そう仰ると思い、勇者会議でも考えがございます」

「資格の剥奪などでしたらどうぞご自由に」

「いぇ、貴方が何故、資格を持ちながら孤立しているのかなどの理由を会議で精査しました。そこで私から貴方がお断りできない提案をしようかと……」


 今度は笑っていない。仕事モードの暁月さんだ。俺が勇者の資格を持ちながら表立った活動をせず、一部の高位勇者の要請に応じて出撃する事。これがまずは大きな問題らしいのだ。ようは職務怠慢とまでは行かないが、手厚く保護された立場でありながら力を振るわない事に対しての文句だな。俺は知ったこっちゃないんだが……。

 2つ目の理由は学術研究成果を王都の学者へ供与する事を拒否する事についてだ。犯罪と断定するには難しいが、本来ならばかなり危ない事でな。これについては確信犯で、学舎工房や様々な協会を追放されているからそれの腹いせさ。俺が何をしたってんだよ。

 3つ目が教導資格を持たずに勇者を育成している事だ。実は勇者のランクに関係なく、弟子を取ったり教導官となるには資格試験をパスする必要がある。面倒だし、実際俺は教えていない。教えてんのはばーちゃんだからな。

 最後は国防絡み。現在は実務として前線指揮官を行う将校が人材不足だ。俺は勇者としてはあまり活動していない。多方面で嫌煙されている俺だが、祖母の功績もあり、軍ではかなり優遇措置を取るとオファーが来ているのだ。こちらは返事をして毎度毎度、丁寧にお断りしてるがな。あぁいう輩との確執は後々に響く。

 これまではこれらを暁月さんがカバーしてくれていたのだが、さすがに最近はやらかしすぎてな。シルヴィアが来た辺りで察しては居たが、まさか暁月さんまで来るとはね。暁月さんは立場上は俺の義姉だから、擁護する姿勢を崩さずいにてくれた。しかし、かなり状況が変わり始めてしまい、俺がわがままを通すには限界が来たのだという。根本の理由にしていた俺の不利な経歴が周囲の認知として薄れてきたらしい。


「はぁ……。ですが、具体的にはそれらを解決する方法がありませんが?」

「そうやって屁理屈ごねると思ってたわぁ〜。とりあえず、それに関しては貴方には考えさせない事にしたの。だっ! かっ! らっ! はぃっ! この中から……気に入った女の子を選んでちょうだい!」

「な、何を……」

「アリストクレア君、これはお願いじゃないの。命令よ。私はこれまで貴方が表立たずに動いていたから黙認してた。心紅を見てもらってるってのもあったし。だけど、もう庇いきれないのよね」


 短いが時間が経ち、アルベール氏の事件以降に悪化した俺の風評は薄れており、悪評など無いにも等しくなっているのだとか。その上で昔の俺を知っており、実績を評価してくれている一部の高官からお声が飛んできたらしい。俺に直接来ない辺りが腹立たしいがな。

 その高官達からしたら何故俺が29歳にもなり、立場を固めないのかが疑問詞されたのだそうな。一応は旧家であり、今も家の力は衰えて居ない。兄は大勇者の家系である時兎の家と婚姻を結んだ事で勇者会議よりであるが、俺は様々な面でフリーだ。どこかの派閥に所属するでもなく、政治や世論にも口を挟まない。かと言って影響力を捨てては居ない。そうなった時に各派閥が俺を抱き込み、政治や権力における優位性を手に入れたいと言う狙いがあるのだろう。掌返しもいいとこだぜ。

 そうなると手を出してくるのは勇者会議だ。知人と言う意味でも一番身近な勇者会議。下位組織の勇者協議会も同様で暁月さんや8人の理事が意見を纏めた結果らしい。最大の論点は俺が隠し持つ驚異的な力。魔装が表立つ場合に備えて勇者会議で舵を取りたいらしい。前例があるため、俺が過ちを犯す可能性が無きにしも非ずと判断されたからだな。それに国防や威信的な意味でも、俺は対勇者戦闘における最高の戦力となり得るからだ。言わずもがな他方面の有識者でもある俺を抱き込めば、他の派閥を抑える為の抑止力にもなる。


「私は……自分の立場の為だけならばこんな事は正直したくないわ。でも、時勢が変わってなりふり構ってられないから、使える手は素直に使うつもりよ」


 次に名乗りを上げたのは学術院だろう。学舎を創立し、運営に実権を持つ貴族が作り出した政治的な団体だ。俺は学生時代と講師の時期に学舎へかなりの知識的、学術的発展を齎していたらしい。アルベール氏の事件後には俺を追放したくせに今じゃ功労者扱いなんだとよ。学生の時にしたって学者の意向は無視してやりたい放題、自由気ままにやりたいように研究していただけなんだがな。それに勇者会議が学術院を監視している様に、学術院も勇者会議の動向には注視している。その中で都合のいい事に俺は勇者会議とも繋がりも深い。手を組むにしても利用するにしても、学術院としてはこれ以上ないパイプラインなんだ。

 さらに、最近では学舎の存在意義を揺らがせる問題が政局を騒がしている。学舎も近年では教育環境の悪化や学生の素行不良などが目立つため、構造改革を強いられている。そんな時に俺のような破天荒がいると改革派を後押しできるからだ。保守派に風当たりが強く、実権を強めつつある新進気鋭の学派にはまたとない機会らしい。俺一人では大した力は無いんだがねぇ。教導師になるにしても、俺の専門分野は通常の学生には基礎知識が膨大で応用に至っては理解すらできないだろうしな。


「昔はあそこに居ましたから、今の学舎が持つ意図はよく解ります。ただ……自力で開拓できなければ後が続かないのですがね」

「何事もきっかけ、でしょぅ?」


 3番目の派閥は冒険者ギルドが来るかな。影響力や派閥における優位性、国家との協調性からしても、この組織は後手に回ってしまうだろう。様々な要因から国内政治思想から外れはするが、ギルドは様々な土地で貢献力を示す事でたくさんの権利行使を認めてもらっている。そんなギルドも勇者会議や学舎に影響力や圧力をかけられる力を持つ俺を引き込みたいのだ。役員待遇などで引き込めばネームバリューも得られる。俺の経歴を全て使うならば、技術面でもギルド独自の技術開発や武器製造なども可能になるからな。

 それだけではなく、勇者の国家機関とパイプを持てる事はかなり有益。ギルドは支部や地方の管理を任されている支配人(マスター)同士での権力争いが激しい。今回は俺の持つ人脈と学歴、学術的貢献が彼らには喉から手が出るほど欲しい物なのだろう。このフォーチュナリー共和国近辺は未だにギルド勢力の権威は高くない。それを底上げしたいんだろうよ。考えは解らなくもないが、浅はかだよなぁ。俺が国にすら手を貸さない理由がある事を見落としてやがる。それとも…俺を揺すり、引き込めるだけの弱みをヤツらが隠し持っているのか……って事だが。心当たりはねぇなぁ。


「あの、これらの処理は確実にしなくてはならないのですか?」

「私も渋ったのだけどね……。貴方、シルヴィアちゃんに言われて最近の小規模戦闘に参加したでしょ? その時に魔装を壊したわよね。それが他国にも知れ渡っていて、貴方を要職に落ち着かせる事が国を攻撃される抑止力にもなるのよ」


 他の派閥が俺を取ろうが力さえ借りる事さえできれば問題ない派閥もある。フォーチュナリー共和国軍だ。軍は先程も言ったようにいつでもいいと言う意思表示をしている。早いに越したことはないから手段があるならばすぐにでも手を伸ばしてくるだろうが……。嫌な予感は尽きないよ。

 お呼び声がかかるのはやはり多岐にわたる功績を残した祖母が居るからだ。祖母は確かに軍の高官の長女で彼女自身も将軍職を経験している。当時から令嬢と言うにはかなり灰汁の強い性格で、男性将校も顔負けの威圧力に手腕から畏怖されていたらしい。……美貌でも一際立った人で、まさに軍の紅一点。確かに綺麗な人だが…、口より先に手が出るし、気も強いからかなり怖えのがなぁ。じーちゃんは本当に凄い。いろんな意味で尊敬できる。……うん。


「そちらの方面は私には触れられないから、先生と貴方で話し合ってね。その結果を踏まえて考えて」

「解ってますよ」


 話しながら暁月さんはニヤニヤしだす。気味が悪いな。彼女は先程の四角い入れ物から分厚い手帳の様な革のカバーを取り出した。そこで1度、暁月さんの言葉が切れ、彼女は2つ目のパフェを食べ始める。俺もとりあえず、箱の中身がどんな物かを確認し始めた。手帳? 違うか。複数枚あるぞ。中には写真とプロフィールが入っていた。見合い写真だと? だから、気に入った女を選べと……。そして、ため息を着きながらコーヒーカップを掴み、飲もうとしたのだが……。思わず吹き出しそうになる。めっちゃくちゃいい笑顔で写ってるなぁ……。1番最初の写真…暁月さんじゃねーかよ!! 両手でピースしながら楽しそうな笑顔だな。

 腹を抱えて笑う兄嫁へ舌打ちしながら次の写真を見た。……似た写真? 違う。これは……。ふざけるなよ? 俺は周囲から冷めているとかドライとか言われるが違うんだぞ? 怒る時は素直に怒るし、感情表現が他より薄いだけだ。そんな俺でもこのタイミングでは見たくなかったよ。見て理解した瞬間に怒りは強く湧き上がり、体中に力が入る。ただ、場所が場所だし、相手にも立場があるから言葉を選ぶがな。


「冗談が過ぎるのではないですか? 八代目様」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜っ! なまぇ…」

「ふざけないで下さい。貴方の娘、そして俺の姪が候補に入る? これが貴方のやり方なのか?」

「さっきも言ったけどさぁ、貴方に拒否権はないのよねぇ。貴方は今まで十分逃げた。次は……そのつけを受け止める番よ『気づいてない、気づいてない。作戦成功よ! 心紅! 政略結婚のお見合いは利用しただけ、全て心紅のためのきっかけ作りなのよねぇ』」


 冷ややかな瞳の暁月さんを睨み返しながら次の写真を見る。腹が立つを超えて呆れすら出始めた。次は汐音だったのだ。確かに海の国の姫巫女である汐音は政略結婚の標的にされやすいだろうな。こうも身近な相手だと笑えないが……。そこから数枚は各派閥の高官達の娘だった。中には知り合いもいたよ。そして、最後の写真を見た時の暁月さんの言葉が重くのしかかる。

 立場を持つとこうなるから嫌なんだ。自分だけで処理するならばいいが、他人の人生を背負うのは周りが言うほど簡単じゃない。色々な理由がある。俺でなければできない事を…表立てずに処理するには、背負っちゃならないんだ。守りきれるだけの力があればいいさ。俺にはそれが無いから。大切な物を壊したり失いたくないんだよ。俺は弱い。闘う強さではなく、心が弱いんだ。


「私は……その娘がオススメだけどねぇ。それにオグ君も好きでしょ? じゃじゃ馬ちゃんを手懐けるのっ♡ シルヴィアちゃんみたいな、わがままな女の子を自分好みに染めるのがっ! ……ふふふっ『これだけ言えば嫌でも意識するわよねぇ。悔しいけどオグ君は多分シルヴィアちゃんの事が……自分の気持ちにいつ気がつくかしら』」


 最後の写真は……シルヴィアだ。様々な派閥に手広く影響力を持つシルヴィアは特別な存在。政治的にはシルヴィアと婚姻を結べばかなり幅は広がるし、様々に優位に力を振るう事ができる。彼女は現在の国家中央議会の中で、最も有望視される若手の大統領候補だ。かなり若い事や足場が磐石では無いことから彼女自身の出馬表明はないが、民意は最もそれを後押しする形になっている。暁月さんはこう言いたいのだ。国を動かせる可能性がある女を手篭めにとり、現在の不安定な政局を壊して、新たに秩序を固めたいのだと。その為にはなりふり構わず、俺や姪をも巻き込むとな。腹が立つ事が仮に心紅とシルヴィアのどちらと結婚しても、暁月さんにはマイナスにはならない。

 彼女が隠している1番の目的は保守的な国家制度を総替えする事。王政から転じて議会政治になれども、変わらぬ一族踏襲型の権力継承。実力反映が弱い様々な試験や資格などの範囲変更など。特に、血筋での役職拘束を解除する事が彼女の目的なのだろう。

 彼女の本当の願いが聞こえた様な気がする。そんな暗い言葉を俺の横で耳打ちした。今はこの悪魔を野放しにしてはいけない。兎の皮を被った……悪魔をな。最終的に求める物、彼女が最終的に求める物が荒廃を招く事は言うまでもない。ルールや形、規範があるから人は縛られ、従っている。俺は確かに逃げているが、それは巻き込む事を恐れるからだ。最低限のルールは破らないし、ルール自体を壊す事はしていない。巻き込まない為に俺はあまり大っぴらには動かないんだよ。なぜなら、俺は望まずに強い力を受けて生まれてきた。騒乱を舞い込ませると言われ、疎まれた初代オーガの伝承に似てな。


「自由って言うのは……義務の上に成り立つのよねぇ。それをして来ずに私たちの様な籠の鳥に頼り切ってきた。それ相応の報いを受けるべきよ」

「……」

「ふふふ……『焚き付けたけど、どう転ぶかなぁ。2人には凄ーくサービスしちゃったなぁ! ウチの娘もシルヴィアちゃんも奥手で決め手に欠けるし』」

「無理な改革は形を崩しはしても纏まりませんよ」

「大丈夫。貴方が居るから……『こうでもしないとオグ君も動いてくれそうもないし。でも、あの人もだけど、物事をいやに複雑に勘違いしてくれるから……扱い易くていいわね。ふふふっ…』」


 そのまま話を打ち切られ、今度は買い物の荷物持ちをさせられている。ホントに可愛い顔して人使いが荒いぜ。はぁ……。楽しそうで何よりだよ。

 結局、政略的な見合いは断りきれず、先方との相談で日程が「もしかしたら決まるかも!」との事だ。相手は俺のプロフィールしか知らないらしいし。いい加減な話だなぁ。前提条件として写真の女性達が必ずしも乗り気ではなく、俺が選んだら縁組を考える。こんな感じに受け身な人もいるのだとか。……政略結婚かぁ。考えた事はあったさ。ただ、当事者となると嫌気しか出てこない。

 気持ちの上での意見と、体裁的な意見では俺の判断も真逆になる。現状、俺の立場では可能であれば伴侶を持つ事が望ましい。兄が時兎の家に婿入りだからだ。2人の間に子供が2人居たのであればそれも解決したんだが、心紅は一人っ子だしな。父に望まれてはいないが、俺は襲名もせず家名を継ぐのだ。祖母はああいう自由な…いや、奔放な感じの人だから息子、俺の父とは合わず家の事には一切口出ししない。家名が続かずとも構わないと、俺に宣言してくれたしな。元名家の令嬢とは思えない人だよ。

 つかこの人はどんだけ歩き回る気だっ! 心紅がわがままなのは絶対にこの人に似たんだよ。めちゃくちゃ辛い料理やかなり甘い物など味の濃い料理に目がなく、次々に買い食いしては振り回してくれる。さらに言うなら、厚底下駄を履いてなお145cmだから……人混みで逸れると見つけるのは困難を極める。自由で奔放。縛られる事を嫌い、何事にも勝気で挑む……。俺の初恋だった。今更だがな。その頃には兄貴と婚約してたし、俺は背徳感を好まない。平穏がいいんだ。その程度で気持ちが曲げられるのたから、その程度の事だったんだよ。


「オグ君はホントに嫌なの? ウチの娘との結婚」

「心紅に限らず、俺は何を言われようと婚姻は結びません。逃げと取られるなら、終わりが来るまで俺は逃げ回ります」


 「ふーん……」、といいながら俺の横から離れてゆく暁月さん。悪知恵を付けた心紅だからな。この人は……まったく。かな〜り歳上で立場のある人でなければ既にキレてる。今じゃ諦めも簡単についたがな。この小悪魔…? いや大悪魔を抑える事は俺にはできない。

 性格だけでなく、この人は剣の猛者。技巧の家系が誇る天才と呼ばれるこの人である。そんな人に喧嘩を売るのは普通なら自殺行為だ。酔っ払いとか無知なヤツらなら知らないが……この人なら目を離しても大した問題にはならんだろう。はぐれても最初の喫茶店へ昼頃に集合と打ち合わせもしてあるしな。立場があり縛られる生活が長いと自由にしたい時もあるだろうさ。この人が締め付けられるのを嫌うのは、自身が幼少時に体験した籠の鳥という立場を……思い出したくないかららしい。

 12時までにはまだまだ時間がある。だが、時間に余裕がある訳ではない。実はもう1人の用事がある人物と会わなくちゃならないんだ。いろいろな家に過保護な親や親族ってのは居るもんだな。暁月さんが過保護なのかは疑問だが、今から会う人はかなり過保護だ。自分も、妹も立場があるからか直接には会わないようだが。俺は保育所のスタッフじゃないんだぜ?


「先日ぶりだな。アリストクレア殿。まこと、早急な助力に感謝致す」

「あぁ、気にするな。それが仕事だからよ。そんで、あれからそちらは大丈夫か?」

「大事無い……とは言えぬが、以前の闘いで火の国も大きな被害を受けたはずだ。されど慢心せず、我々は今も警戒を続けている」

「そうか……何かあれば駆けつける。すぐにでも教えてくれ」

「ありがたい。知将、魔解の鬼による助力は心強い! ……そ、それで、本題なのだが」


 この人は平常時でも海の国における防衛戦力を統括している。そして、以前のスルト暴走前まで防衛軍を指揮していた統括者だ。俺達が救援に行くまで火の国からの攻撃をしのぎ続ける事ができたのは彼の力による所が強い。地の利や卓越した戦術踏破を武器に、軍事国防を専門分野にした軍学者でもある。彼自身も武芸に秀でた将である。彼の名は水研 太刀海(たちみ)という。俺と学舎の同期で同い年。協会に登録こそしていないが、我が国の勇者の資格もある猛者だ。推定ランクはSSランク。もう解ったろうが水研 汐音の兄なのである。

 彼が訪ねてきたのは他でもない汐音を心配してからだ。今の汐音がどんな状況であるかを知りたいらしい。保護者面談かよ……。実際、妹の事になると人が変わり、かなりの心配性でシスコン気味の残念な兄だな。

 爽やかなイケメンではないが、鍛えられた屈強な体つきに小麦色の肌。体育会系のがっちりしたイケメンである。外観は大雑把そうだが実はかなりマメで細やかな気配りをするヤツ。それだから板挟みにされやすい中々の苦労人なんだ。汐音が海の国から家出しようとしたのを助けたのもコイツ。真っ直ぐで真面目だが、妹思いの兄貴なんだよなぁ。あと、仕事と結婚してる様なヤツでな。人のことは言えないが、そろそろ結婚しないと婚期を逃しそうなヤツだよな。嫡男だからか一応結婚願望はあるんだと。俺も跡取りだが…この差は何なのかねぇ。


「ふむ、やはり一朝一夕にはいかぬか」

「汐音は慎重すぎる。それさえ和らげば巫女としては十分さ」

「やはり、汐音は巫女になりたいと?」

「そこまでは解らん。訓練は頑張っているし、仲の良い友人もできて楽しそうだぞ。会っては行かないのか?」

「ワシが長期間離れる訳にも行かんのでな。今は白槍(シロヤリ)赤八(ジャクバチ)に守らせて居るが……まだまだ未熟ゆえ」


 クソ真面目だよなぁ。顔を見せてけば汐音も喜ぶだろうに。兄妹で一番下である汐音を一番可愛がったのは彼らしい。……まぁ、汐音に限らずに太刀海は長男気質が強くて次男や三男の面倒も率先して見ていたしな。一人前になった2人をまだ半人前と言って心配している様だし。

 それから暫くは汐音の友人や汐音が今はどんな事をしているのかなどをできうる限り伝え、手紙を預かった。頻繁に仕事などでやり取りをするのは、古い友人の中ではコイツくらいだな

。そして、太刀海から俺の近況を問われた。別に大した事はない。工房を開いてからも交友や人付き合いも狭めていたしな。そんな会話の中、脈絡もなくいきなりシルヴィアの名が飛び出した。


「それから、あまり銀嬢(シルヴィア)を心配させるでないぞ?」

「ん? 何故シルヴィアなんだ?」

「お前が近況も伝えず居るからだろうな。たまに会っておるワシに状況を問うて来るように便りを寄越してきぃよった」

「そうだったのか。済まない、手間をかけさせたな」

「構わぬ。汐音のこともあるからな『こやつ、相変わらず罪な男よのぅ』」


 太刀海と別れ、俺はブラブラと街を歩く。そう言えば1人で何かをするのは久しぶりだな。家に居たら誰かしら、何かしらの問題を起こしやがるし。たまにはこういう時間も有りかな。仕事が忙しいのもあるが、なかなか街に降りる用事もなくて、買い物もしなければ流行りにも疎くなる一方だったからな。

 そう言えば、いつの間にか俺をつけて来ていたアホの気配が消えている。は? あのお転婆との喧嘩の理由? まぁ、割と深刻な話しでな。昨晩、シルヴィアと話したのは彼女が戦闘へ出ることを控えるアドバイスだった。反発される事は予測していたが、あまりにも激しく譲歩も何も無いため、俺もキツく罵ってしまったのだ。今になり冷静になると言い過ぎた気もするが、適材適所はある。別にシルヴィアが前に出なくても他のヤツがいるんだよ。

 戦わせたくない詳しい理由? その理由はアイツの体質さ。

 シルヴィアは他のメンバーとも異なり体が脆弱だ。俺は雑鬼族であるからかなり頑丈な体つき。心紅は本来ならばかなり虚弱なはずの女神族だが、雑鬼族とのハーフで体は雑鬼よりだからかかなり肉体強度は高い。汐音は人魚族と呼ばれる元は海中の民で体はかなり強靭。オニキスはまだ解らないな。紅葉はそれ程丈夫な種族ではないが、ハイエルフ族のかなり珍しい血統だ。エレの外観はホークマンと呼ばれる有翼人でシルヴィアのように虚弱体質ではない。

 ……シルヴィアは人にかなり近いな。本当に彼女に備わる『強化』の固有異能が無ければ、魔法を使う事はおろか銀を纏う事などできないはずなんだ。不思議な事に、これまでの王家には異能を持つ人はいなかった。だが、シルヴィアは持って生まれたんだ。伝承や歴史書などにも一切情報がないのにな。調べようもなく、その辺は手詰まりになってしまった。


「シっルヴィアちゃーん! オグ君を追っかけ回したりして、どーしたのぉ?」

「うわっ! い、いつの間に!!」

「私を甘く見てもらっちゃ困るなぁ。これでも貴女よりも15年長く生きてますから!」

「……単刀直入にお尋ねします! 暁月さんは、なんでアルを振り回すんですか?」


 今は専門街に出入りしている。あまり見ない内に最近の道具は変わってきたなぁ。自分で使い易い道具を作ってしまうから、たまには目新しい物も見ないといかん。だが、王都の専門街とは違うな。通常武器の物ばかりで、魔法系武器の道具は売り出していないようだ。まぁ、あれらは高価だし、こんな辺境の街にそんな大きな商店も並ばないか。

 仕事を思い出したらまた思い出しちまった。あのバカのせいでずっと頭が混乱してやがる。俺の技術力でどうにかできるならば、もうどうにかしてやってるんだ。できないから俺はアイツに提案したんだよ。

 シルヴィアが使っているエストックとカイトシールドは……俺が学生の時に作った物だ。彼女は当時から自分に厳しい。他人からの供与や施しを頑なに受けないんだ。何が理由なのかは解らない。弱みを見せまいとして、必死に壁を作る彼女には少なからず親近感があったんだ。だから、勇者科に在籍しながら個人の武器もなく貧弱な彼女へ……。あれらを無理や押し付けたんだ。


「えぇ〜? そんなの決まってるじゃない。好き…だからだよ?」

「っ……。貴女がそんなんだから! アルはずっと! ずっと!」

「ずっと、何? 私はアホなの。ちゃんと言ってくれなきゃ、解んないなぁ! ねぇっ! シルヴィアちゃん!」

「私は……私はっ!! アルを愛してます! 誰にも取られたくない! 彼の唯一は……私が……私が彼の唯一になるんです!!」

「なら、私は貴女の敵になるわねぇ。だって、私の愛する娘が……私が大好きな義弟を好いてるんだから」


 魔法の能力や異能には偏らせず、ただの武器を渡していた事が最大の救いだ。魔力量がなぜ極端に低いのか、彼女の体がなぜ人なのだとして、こんなにも虚弱体質なのか。俺はそこに着目した。様々な人と比較してもシルヴィアは異常なんだ。力が限定的すぎる。体がカバーできないからそれをカバーする為の機構や新技術を彼女の為に洗ったんだ。だが、見つかる答えの終着点には必ず魔装が現れる。その度に運命を呪いたくなったよ。

 シルヴィアの体は単にひ弱なだけじゃない。それもあり、彼女に魔法を介して構築能力を使わせている。それをさせる事で彼女の体の摩耗を抑えているからだ。体の耐久性が間に合わない能力の使用は寿命を縮め、場合によるが下手すれば…酷い死に方をする事さえある。力があるからと無理はできない。

 だから、俺は学生の時もシルヴィアに口を酸っぱくして忠告し、能力の過使用を止め続けた。卒業後に彼女が寄越す手紙の1部に返書を出さなかったのにも訳がある。『俺は言った。答えは既に出ている』……と言う意思表示をしていたのだ。単に面倒だからではない。彼女には口で言っても伝わらない事の方が多いんだ。そうなれば…彼女を突き放すしかない。そうすれば、俺から離れれば魔装と言う答えから遠ざける事ができる。今の所は魔装をいじれる技師は俺しかいないからな。

 ハイリスクハイリターンの力を御せるのは、祖母の様な強い人でなくてはならないんだ。あの人でさえ、そこに到達するには技師の腕が左右した。シルヴィアには絶対に使わせちゃならないんだ。自身で体を守れないあの女には絶対に。


「ねぇ、シルヴィアちゃん。貴女は彼の何を知ってるって言うの?」

「え……。な、なら! 暁月さんは彼を知っていると言うんですか?」

「もちろん。貴女よりは知ってるわ。小さい頃の彼も、何で彼が今まで悩み続けて居るのかとか……。彼は貴女みたいなお子様にはそぐわないわよ。貴女がもっと情勢を読めてたら彼もねぇ」

「ど、どういう!? アタシが何かしたの!?」

「さぁ? どうでしょうねぇ?『おバカさん、貴女がどれだけ彼に愛されてるか、解らないから貴女は空回りするのよ。自分の首を自分で絞めて……かわいそう』」


 唯一の学者って訳じゃないが、俺は魔装研究及び活用の第1線にいる。学舎や機材などの技術力も伴わないから、シルヴィアではなくともどんな形であれ、魔装は使わせる訳には行かない。以前のスルト戦で解ったよ。俺も使ってみてようやく理解した。魔装の構造は凄まじい性能を持つ事は言うまでもない。だが、それは相応の対価を支払う事で得られる力だ。支払う物を変える事は可能だが、払う物により効果は上がりもし、下がりもする。魔装にも個体値があり、必ずしも要求された対価に効果が釣り合うとも限らない。俺の場合だって奈落の対価が限定的で普通で居られるのは、かなり力を限定しているからなんだよ。

 専門書店でそれらの学術書を漁っていたがやはり、この手の物は古文書や歴史書になってしまう。詳細が記されていればそこからヒントを導き出すが、物語りや伝承級の文書は比喩が多すぎて機構や性質の読解に苦しむ。

 時間が迫る為、喫茶店に向けて歩いて居ると、示し合わせていた様に暁月さんの方から現れた。何を考えているのかを隠す為に彼女は笑顔を作る。笑顔でない時の方が本心である事の方が多い。イラつきや気持ちを切り替える時にも彼女は笑顔をみせ、相手に油断や安心感を与えてから相手の気持ちを探りとるんだ。あの人は本当に恐ろしいよ。背中にあるバンドに刺している2本の刀が身長よりも突き出ている。物騒な話だが、抜いたな。アレを……。


「どうでした? たまの息抜きは」

「久々に羽を伸ばせたわぁ! 付き合ってくれてありがとう」

「いぇ、俺は別に何も」

「貴方は気が回りすぎるからなのかしら。隠すために嘘をつきすぎると時として取り返しがつかなくなるわよ?」

「構いません。俺は俺が守れる範囲を守るだけですから」

「その範囲から逸脱したら、見捨てるのかしら?」

「いいえ、訓戒を与えます」

「?」

「この世界には万能も無限もないと、俺が教えます。祖父に教えられた様に…ね」


 最後に悲しげに俺へ視線を向けた暁月さんと別れ、俺は家に帰る為に山を登ってゆく。

 魔装を研究し始めた理由。最初は自分の魔力量の少なさを克服するためだった。職人とは言っても加工や様々な道具の利用に魔法を用いるからだ。その頃は魔装の害や利益も明確でなかったしな。そこから目的も様々な方面に繋がり、見据える物もある。魔装を制御する為の方法を様々な方面、使用者をヒントに探し始めていた。

 心紅の強すぎる力を抑え込む…いや、彼女の強すぎる力に耐えうる形を模索し、見つけたのも魔装。心紅は理由が簡単に紐解けた。始祖と呼ばれる『初代時兎』の『狂化状態』と心紅はそっくりなのだ。だから、文献を元に様々に考察し、試作を繰り返した結果。できあがったのは魔装に近似した超重量級の複雑な武器なのだ。あれはあの子にしか使いこなせない。重さも機構も武器の形状もな。

 汐音は心紅とは違い体は極端には強くないが、やはり神人の勇者からの血筋だけあり特殊だった。それに人魚族は体の構造がまず人間とは異なる。そして、魔法の糧である魔力量や聖獣の力を用いる為のエネルギー、神通力が均等に高水準であるのだ。だから、彼女は特化した技を持たない代わりに、何にでも円滑に対応できてしまう。武器に特色を持たせにくいから今は魔装を使わせなくともいい。だが、結局は神通力と魔力を共に活かす為には既存の魔法回路では上手く行かず、魔装の方が適してしまう。


「俺も冒険すべきか……。思いとどまるべきか。誰かに相談しようにも拡散してしまうと当事者に知られかねない。どうしたものか」


 紅葉やオニキス、エレには今の段階では使えないから危惧する範囲から外していた。しかし、彼女らも一概に外してよいとは言えない事に気づいたんだ。紅葉は遠縁ではあるが高位勇者と親戚、オニキスは今の所、血筋が一切解らない。エレもかなり古くから繋がる血筋だ。古い血筋や隠れた一族に多い不安定な状態の個体に彼女らも当てはまる。

 紅葉は特に感じた。何故、あんなにも卓越した魔法管理能力はあるのに魔力圧は伴わないのか? 蓋を開ければ簡単だった。魔法しか知らないから、魔法という術だけを使っていたに過ぎない。数年前に魔装を解体して見つけた神通力を武器へ流動する構造体。この神通力と言うファクターは俺も気づけた事に驚いた物だ。恐らく、紅葉や汐音は神通力と魔力、神通力と異能を絡める事でより強くなる。現状、神通力を武器へ流用できる構造体は神通力線しかない。だが、神通力線と高性能な過密型小型魔法回路との複合ができないため、それは叶わないのだ。……可能にした所で、それは魔装と同じ様な構造を持つ事になる。2人の体や命を考えればそれはできない。


「魔装のコアなら武器に転用は可能。しかし、脆過ぎて銃器や遠距離武器にしか使えない。それに防御機構がない裸のコアは魔力圧の上昇で起きる魔気混濁の影響からか破損しやすいんだよな。やっぱり、方向性から変えるべきなのか?」


 エレは更に特殊だ。雑鬼族、有翼人族のハーフであるためか体の頑丈さ、魔力量、魔力圧、神通力強度が均一で全てが高水準だ。しかし、エレには有翼人族の弱点である物理防御と対魔力の低さがある。攻撃はできるが防御力に難があり、鎧などにもより良質な物を使わねばならないのだ。エレが武器を使いこなせないのには経験の浅さに加えて、考える手順の多さがあるからだな。紅葉と同程度の魔法管理能力があればエレは無敵レベルだよ。

 生体を駆け巡る様々なエネルギーや循環器の組成により、体は摩耗しやすさが違う。本来ならば体を巡るだけの為、多量に失えば直接的に落命に繋がる血液。魔気や神通力もこの血管付近を無形の形で駆け巡る。だから、血液は様々な魔術や呪いの代替物質として用いられるんだ。ただし、全ての魔気が血液循環に近い循環をする訳じゃない。種族やその人の生来の資質から変わる物もある。一概に全てが関わり合う訳でも無いからな。

 心紅は高い魔力量に魔力圧、神通力強度が桁違いなんだ。だから、体の対応力もかなり高く推移している。対応力はあるがアイツは武器が対応してくれない。使える武器がないから訓練もできないんだよ。それがなければ暁月さんも既に超えたかもしれないがな。あと、コイツは不器用すぎる。


「武技の技術があるから今のシルヴィアの実力があるはず……」


 汐音はバランスが取れすぎており、突出した部分が無いのが弱点だ。武器の扱いや各エネルギーの使い方もバランスが取れている。汐音の場合、最も問題なのは心配性な所と能力を使う事に集中し過ぎ、囚われてしまうのが大問題なのだ。汐音は感情で力が現れやすい。それが巫女の資質だからな。巫女は国へ幸を授ける存在。気持ちをコントロールし、前向きに歩まねばならないのだ。悲観や憤怒に囚われては……ならない。

 紅葉は武器によりかなり左右される。普通程度には魔力量はあれど、圧が上がらない紅葉は手数と質、技術で補って来た。この子は特に魔装との相性が高く感じられる。魔法での行程を神通力で補いさえすれば、彼女は完成された魔道士としてSランクを軽く超える勇者になるだろう。だが、身体があまり強くないエルフ系の種族は、魔装への転換はリスクが大きすぎるがな。


「技術や感情コントロールもあまり問題にはならない。たまにやらかしたりもしてるが、基本はできている。マイナスは無いな」


 オニキスやエレの様な不安定さはシルヴィアにはない。自身の血筋や力を俺に隠したりする様な事はないと思われるがな。ただ、新たに気づき、彼女の中でも揺れているに違いない。武器の種類を除き、技術、感情コントロール、足りない力を補う考察の全てにマイナスは少ない。

 シルヴィアの組成は紅葉に近いようだが……魔力量、魔力圧が極端に低く、実用の為にドーピングをしている。あまりこれも良くはないが、ハイリスクな武器や魔装を使わせるよりは何倍もマシだ。対して、神通力強度が他とは桁違いに高い。……観察した所、彼女自身で纏う銀ならば、体内と似た扱いになるようでリスクは無いようだが。それを彼女には無い新たな武器に変えてしまうと話は変わってくるんだ。何故か、彼女は鎧を造形できても武装を造形できないらしい。必ず体に密着していないと上手く造形ができないらしいのだ。神通力は体の外へ出すと大きなダメージに繋がるのだ。

 感情にも左右されないのに神通力以外は虚弱。さらに、神通力を使い過ぎるのはシルヴィアに手痛いダメージを出す。ここが最大の弱点なのだ。神通力は本来ならば、元は体に無い異質な素質。体が頑丈ならばまだ耐えられるから問題ない。シルヴィアは体が普通の人よりも弱いのだ。さて、コイツをどう導く?


「ただいま」

「おかえり、アル。仕事はどうだった?」

「面倒な事になりそうだよ。まぁ、今はどう転ぼうと現状維持だけどな」


 俺の家は食堂じゃないんだがな。

 割烹着姿の祖母と汐音がキッチンから囲炉裏周りへ飯を運ぶ。俺は簡素な保存食しか置いてなかったはず。ばーちゃんが買ってきてたんだな。肉食蛇なのに菜食主義の祖母は基本的に野菜中心の健康食。……ん? シルヴィアの姿が見えないな。

 誰も触れないから何か言伝られてんだろうな。俺も飯を食べる。この場で言うべきかは解らんが俺も母親には育てられていない。俺は確かに兄と兄弟だが正しくは……異母兄弟。兄の実母も俺の母が嫁いだ時には既に亡くなっていたしな。だからなのか兄と俺には確執はないから可愛がられたよ。父からはあまり構われなかったから父よりも兄を支援している。祖母もそれがあるから父よりも家に良く来るしな。

 ……俺は疲れてるんだろうな。心紅が2人見えるんだが。あぁ、最近立て込んでたし、今日も面倒な大人を長時間相手にしたからな。そんな訳ないだろ!! 何でアンダが居るんだよ! 暁月さん!!


「ココぉ? ニンジンまだ食べられないの〜?」

「い、いいじゃない! ニンジン以外は食べれるんだし!」

「ダメよ。いつまで……」

「暁月よ。お前も変わってないではないか」

「先生? な、何を?」

「ピーマン……。隠すのは上手になった様だけど、お前さんこそ幾つになったんだい? 40は超えとるだろう?」

『え?! あの見た目で……40歳? この母子って』


 心紅以外は暁月さんの実態に言葉が出ないらしい。実際、それだけあの人の事は皆が知らないのだ。超有名な勇者なのにな。

 暁月さんは祖母の弟子だ。一番弟子らしく祖母も暁月さんの事はよく知っているらしい。そして、その暁月さんの母親と言う人の事もね。その辺を俺は知らないが、ゆっくりと飯を食べて工房へ歩いてゆく。暁月さんが来ようとしたらしいが祖母が止めてくれた。俺の工房は誰にも入らせない空間だ。たまに勝手に入り込む輩は居ないこともないが、それも少数だしな。俺が仕事以外で工房に籠る時がどんな時かを祖母は知っているのだ。

 今は昔のことを思い返していた。特殊な血筋に多いのが短命な事。兄の母も俺の母も出産から少しして亡くなっている。祖母は稀な例の長命らしい。だから、祖母は俺達をとても丁寧に育ててくれた。父は武器と会話するのは得意でも人とは諍いばかりを起こす人でね。俺達兄弟も寄り付かない。そんな事もあり、暁月さんが言うことも解らなくはないんだ。

 俺も自分が誰かの夫に、そして父親になれるのか? という部分だな。悲観とかマイナスイメージではなく、単に解らない。理屈で考えてしまう俺の悪い癖だ。兄はその点で柔軟だったから暁月さんとめでたく結婚、心紅を授かった訳だからな。


「フー…」

「オグさんってタバコ吸うんですね」

「んん? 心紅か。何だ? 遠慮せずに入ればいいんだぞ?」

「えっと、なんか、先生に止められて……」

「今はどっちでも構わないぞ。たまに気持ちを整理したい時があるだけだからな」

「そうなんですか」


 小さな心紅、小さいと言うのも種族の特徴があるからだ。女神族は背が極端に高い人でも150cmと言う特徴がある。 体のパーツのどこかが短いとかではなく、全体をそのまま小さくしただけだ。プロポーションも綺麗な人が多いし、童顔ではあるが美しい人物が多い。心紅も暁月さんと似てその内育つだろう。

 まだ、背負う物が少ないヤツらを見てると思うことがある。責任とかいろいろな制約に縛られ過ぎるとプライベートくらいは楽に生きていたいと最近思うんだ。横着と言われたらまぁ、それまでなんだが。人の命を預かる仕事だよ。下手すりゃ何千何万のな。……スタートラインに立った若年勇者達を旅立たせるのが今のお役目。自立と言うバランスを取るとても難しい綱渡りが始まるんだ。最初の内は綱も太い。だが、立場を持ち、細い綱の上を歩くようになると見方も変わってきた。俺もそれを体験している。ドン底を体験する前にいろいろな人に横糸を投げてもらい、何とか舵を取り直してきたが。上手くは行かないな。


「なあ、心紅」

「はい」

「仮に、俺が作った武器が暴発して命を落としたり、一生苦しむ様な後遺障害を負ったら恨むか?」

「えっ? オグさんなら有り得ないでしょ?」

「可能性の話だ」

「私は、恨みません。オグさんはいつも私の言葉や状態を見て、細やかに武器を手入れしてくれますから。私はオグさんが失敗したとしても……受け入れる覚悟があります」


 ふむふむ、足場ができ始めたな。以前の心紅ならば言葉を濁すだけで、これだけ明確には言えなかっただろう。大人にはなりきれないが、自分の舵を自分でとって行く覚悟ができてきたんだろうよ。

 こんな時でもなければ吸わないが、タバコの火を消して外に向けて歩み出す。家に居ると本当に1人の時間や空間は無いんだな。まぁ、誰かに囲われてる方がいいと感じる時もあるからありがたいとは思うがね。

 ふと男子組が気になった。自分達で何も言わずに家を作り、諸々を適材適所でこなし始めた若い勇者達。アイツらも恐らく何かを抱えて勇者になったはずだ。ただ、心紅や女子パーティーと違うのは知識の面で先立つ物があったからだろうな。奴らはギルドとしっかり話して任務を受けながら下積みを始めていたようだから少し様子見だな。俺がこんなにも揺れてちゃ話にならんし。心紅もそこからはついて来ない。少し離れた緩い斜面で寝転び、満月を見ている。何も無い事が心地よいと感じる事は無いだろうか? 誰かに干渉されたり、近くに居ないことで感じられる安らぎ。人に関わる事で不安を感じる人間にある気持ちだろう。


「不安か……。アイツの時だけだな。第六感と言うか、無性に魔装を使わせる事に恐怖を覚えたのは」


 自分が壊れる事には大した恐れはない。自分がした事に対しての結果だからだ。だが、俺は極端に恐れている。自分が引き起したミスで他人に害を出してしまうことをな。取り返しがつくならば謝ったり、対応すればいい。1度失うと帰って来ない物を失う恐ろしさを……俺は2度と体験したくないんだ。

 何を考えるとも無しに再び街へ体が向かう。理論や理屈に従順すぎてもやはり疲れるな。確かに、何かを作用させる為には何かが必要なんだ。無性に俺が働く場所を求めていた時期もあったし、今のように情熱から離れて責任を遵守するような形もある。本当の俺はどうしたいんだろうな。


「夜の街なんてのは久々だな。ん? なんだ?」


 酔っ払って道で寝ていた女へ集まり出す男。はぁ……。何でこんな所に出会しちまうかなぁ? 近づいて行き、様子を見ながら追い払おうとする……っ!

 俺は無意識に腰のホルスターから拳銃を抜き払っていた。1番手近にいた酔っ払いの男の後頭部へ突きつけ、警告をする。頭にひんやりとした物がぶつかったため、振り返った酔っ払いだが……途端に青ざめて両手を上げる。別に両手を上げろとは言ってねぇ。今囲ってる女から今すぐ離れろと言ったんだ。一瞬抵抗の意志を見せようとした暴漢共を威嚇する為に魔法射撃を行う。耳の横を抜けた空気弾魔法に暴漢は恐怖し、周囲に居た他の暴漢共も跳ねるように飛び退く。自分が何に突き動かされていて、この女にこんな感情が芽生えた理由を明確に体感した。俺はどうやら理性をまだ失ってはいないようだ。場面に適した処理を行えている。実弾射撃を避けて、魔法射撃を行えたからな。魔法射撃は音がしない。大都市圏ではない辺境の都市で夜間に発砲などすれば何が起きても不思議はない。この場での無用な騒動を避けるにはこれが望ましい。


「もう一度だけ言う。次は……無い。死にたいヤツは居るか? その女から離れろ。今すぐにっ!」


 ここまで怒りが込み上げて来たのも久々だと思う。たまたま通りがかってギリギリ未遂で済ます事ができた。だから穏便にできたと思う。これが事が済んだ後では……。この女が殺されでもしていたら……。俺も感情のコントロールができず、奴らを皆殺しにしたかもしれない。左手で握っていた拳銃と反対の右手は、大口径の拳銃のグリップを握りしめ、引き金に人差し指がかかっていたからな。……とりあえず、暴漢に襲われていた女をどこかで休ませなければな。

 そうとう飲んだくれていたのか、触られても目覚めないほどに深く眠り込んでいる。呼吸はしてるから単に飲みすぎただけなんだろうが……。叱りつけにゃならんか。コイツは本当に人の言うことを聞かない。頭はいいくせにヤケに頑固だからな。言い訳ぐらいは聞いてやるつもりではいるが、こちらももう譲歩する気はない。手段も選ばないぞ。縛り付けてやる。


「何度も手間をかけさせんな。このお転婆……」


 こんな時間からではまともな宿は開いていない。不本意ではあるが下町のさらに下部へ降りて行く。以前、ちょっとした事で繋がりのある密売人を脅し、そいつに宿を用意させておく。俺が立場を持ちたがらないのは、こういう手段が使えなくなる事も関係してるから嫌なんだ。使えるものを最低のリスクで使いたいしな。とりあえず、ベッドに寝かせて俺は夜通し見張る。何が起きてもいいようにな。

 このじゃじゃ馬がいつ目を覚ましてもいいように。コイツが迷走し続ける先が俺の終点なんだろうな。

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