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とある仲人の人生相談

「んで〜? 未来の有望株だったり、今の優良冒険者を引き連れて来たいって?」

「ああ、流石にこの手の事は根回しをせねば騒ぎになるからな。アルの立場ならば問題ないだろう?」

「確かにな。手続きの面で俺の予定が多少拘束されるかもだが。一言も無しにいきなり来られたと考えたらかなり穏便だな。ばーちゃんは有名人だからよ。学舎が大パニックになるだろうよ」


 現在、下の孫のアリストクレアが目の前に居る。まだ30と少しの若造だが、この子はそれなりに苦労人だからな。アタシもできる限り守ってきた。それだから息子よりもよく行動する子さ。最近は激務が続いたのか会って居なかった。かなり疲れた表情をしているが、山に逃げ込んで居た時に比べればいい顔をしているよ。

 ご褒美って程じゃないが、美味そうに火酒をあおる。アタシはもうちょい香りのある酒が好きなんだが、アルは度数重視のキツい酒ばかり飲む。ここは品揃えも品質もいいからね。アタシが指定した行きつけの飲み屋兼定食屋だ。アルに頼み、そこを座敷で3部屋確保してもらっていたんだ。アルは割とアタシに懐いてくれていたし、互いに便利使いするからかいろいろやってくれる。また、今のアルはアタシと表向きに繋がる唯一の窓口だからな。

 アタシもアタシでちょっと前にした約束を守るべく、ちょっと値の張るこの飯屋にチビらを連れて来た。店主も昔馴染みだからな。本当はその日に行きたかったのだが、チビらの飯の面倒をアタシと使用人だけでは見きれんのでね。シルヴィアとアルの予定に合わせ、アルに頼んで根回しをしている。アタシだって何も考えずに事を動かすなんてバカはしないよ。緊急事態ならば事は別だが、するべき事はするし、見極めもするんだ。

 にしてもいい顔してんなー。娘達と触れ合うのも久しぶりだからだろう。シルヴィアもチビ達の面倒を見つつ、久々の家族の触れ合いに笑みが見えているね。パールやエメラルダは言わずもがなだが、泳鳶や海雨、檜枝と蓮華もシルヴィアの居る机で楽しんでいる。シルヴィアは面倒見がいい子だから、チビらからは懐かれているんだよ。ただ、机の上に並んでる物に偏りがあるのは気になるけどね。甘味ばかりはいかんぞ?


(かか)様。ケーキ!」

「そっちのお野菜食べたらね」

「むー……わかた」

「かか…さま。モンブラン」

「エメはさっき食べたでしょ? エメはお肉も食べなくちゃ」

「う……お野菜、にんじんちょーらい」

「シル姉! お肉!」

「こら、(ロウ)はお野菜食べなさい!」

「ぶーっ!」


 向こうは賑やかで微笑ましい。最初は心配だったが、さすがに3人も娘がいれば変わるよな。今じゃしっかりと母親をしている。アタシもあっちに混ざりたい。ただ、こっちに用事があるからね。こっちの机はアタシとアルが自由に飲み食いする以外は動きが少ない。まさにお通夜に来たみたいになっていた。アタシらまでやりにくくなるじゃないかい。

 ……こちらのメンバーはプラチナ一家。クレイン家のリンダ、マドック、リーナ、ソーラ。そんでもう1組がゴールドランクパーティーのフォンドン、クード、カーマイン……かなり影が薄いがサブリーダーで弓使いのザダ。

 ホストがアタシだから、一応挨拶をした。また、景気づけに一発目のエールを注文。乾杯してからはアルとアタシ以外の口が開かれないもんだから、アルが苦笑いしながら3杯目の火酒を飲み干す。酒に逃げるリンダとそれを心配そうに見ているマドック。ん? ……リーナ、アルはやめときなよ? シルヴィアが怖いからね? 若いんだし、選択はいろいろだけどさ。お、アルがソーラの持つ証印に気づいたね。さすがだ。


「ほー、ばーちゃんが自分から証印を出したのか?」

「まぁね。整理もつけたい。それにアンタらにもプラスになるからね」

「そりゃありがたい。ほんじゃ、俺からもだな。知ってるだろうが一応挨拶しとこう。俺は魔解の鬼、オーガ・アリストクレアだ。アンタらとは長い付き合いになりそうだな。よろしく頼む」

「あ、あのっ!」

「んっ? どうした?」

「さ、サインとか……もらえますか?」


 流石のアルも豆鉄砲を食らったらしい。飲み口を傾けていた大ジョッキを元に戻し、呆気に取られていた。確かにソーラ坊はサインを欲しがってたが、まさかこの場で言うとはね。隣のリーナはかなり驚いている。

 アルは数秒間考えた後、飲んでいた火酒を飲み干し、ジョッキを置いて向き直る。また、アルには珍しく小さく笑いながら口をいた。これから嫌という程会う事になる。サインなんかクソほど手に入るだろう。俺達は作った武器に必ず刻印するのだから。なんて言いながらね。

 アタシがやった証印を取り出させ、裏面に魔道具で彫り込む。……実は鬼の証印は一種類じゃない。アタシの証印だけではなく、クルの物、リクの物、アルの物があるんだよ。新作もあるし。ニニンシュアリのヤツな。

 その時のソーラ坊の嬉しそうな表情と言ったらまー……。アルは苦笑いをしながらだったが、大ジョッキで火酒をさらにオーダー。アルはいつも一人酒をこのむからな。少し緊張しているようだ。ただ、子供達が居るからか、酒量は制限してるんだね。いつもより少ない。


「か、感激っす!」

「また今度俺のもやろうか? 内容は対して違いはねーけど」

「え? 複数あるんですか?」

「ねーちゃんも気になんのか? あるぜ。ぶっちゃけ、証印は鬼の家に連なる各人からの保障証だ。娘らには無いがうちの嫁にもある」


 ん? 言葉を区切ったアルの視線が急に下がった。アルが何やら立ち上がり、隣の座敷のテーブルから1皿取り上げる。そして、座り直したアルの膝の上で、何やらモゾモゾと動く者が顔を出した。ゴールドパーティーは顔を引き攣らせ、リーナはキラキラした目でその子を凝視。ソーラは姉と位置を交代している。対面席のアタシでは気づけなかったが、リーナは手を伸ばしたい様だが、さすがに自制して見るに徹している。

 あのくらいの子は好まれるよね。世話は大変だが見た目は可愛らしいから。リーナに対してチビが嫌悪なく興味を示したからか、アルが抱き上げて差し出した。チビも暴れる素振りすらなくリーナの所へ。リーナは嬉しそうに明るい声を上げながら抱き上げる。……まーた規格外な子が。本当ならアルだけが来る予定だったんだが、向こうにも何やら動きがあり、シルヴィアも来た。それも割と込み入った理由。今日、アルとシルヴィアが直に顔を見せに来たのは、アタシの所に2人程の追加を連れてきたからだ。

 数ヶ月前に生まれたばかりの赤子。流石に乳飲み子では困ったのだが、2人共に授乳の必要が無いと言うので、様子見も兼ねたのだ。1人目は我が家の……規格外。サフィーナ・ディナ・オーガス。アルとシルヴィアんとこの3女で、体に龍の性質を持つ赤子だ。まだ公にお披露目されていないために知るのは極1部だ。さすがは女神の子。肉体に内包しきれない神通力と魔力。この時点で全盛期のアタシでも楽には勝てんな。相性の問題もあるが、パールやエメラルダの様に人型の力ではない。我が家に生まれた事が幸いだな。

 まぁ、現段階から人間の枠に納まっていないしな。生まれた次の日から肉を食い、3日目にして初めての脱皮をした。また数日おきに脱皮を繰り返し、体に新たな器官が増え、背中に翼、首元に鰓、人知を超えた筋力に……。


「けぷっ! くふぁ……う」

「わっ!? 口から火っ?!」

「おっと……すまん。サフィーナはちょっと特殊でな。龍鱗姫の伝説を知らないか? アレだと思ってくれたらいい」


 流石のリーナも驚いたことだろう。リーナはそれでもサフィーナを離さないが。人懐こく、物怖じも一切ない。ツリ目のアタシや強面のフォンドンにも動じない。呆れる程にキモの座った子だ。パール並だね。

 ん? なんだいソーラ坊。龍鱗姫の伝説が何なのか? ああ、分かった。何人か知らないんだね。教えよう。

 まず、龍鱗姫ってのは伝説や物語に類する。その存在がいつ頃現れただとか、何が起きたのかも詳しくは伝わっていない。我欲に溺れた人間が龍鱗姫の怒りをかい、伝承ごと尽く消え去っている。龍鱗姫を指す人物とは龍の系譜に無い人物で、突発的に龍の鱗を体表に持って生まれた女性を意味する。近隣国の伝承や、滅んだ国の存在が証明された大森林など。様々な史実を調べ、凡そ1000年に1人程の割合で現れるだとか、神の使いだとかぼんやりとは調査の記録がある。だが、消えかけの伝承を辿るだけでは限界があり、当時の詳しい事は何一つ分かっちゃいないんだ。

 ただし、一つだけ言える事がある。龍鱗姫の物語のほとんどがバッドエンド。龍鱗姫は邪悪な人心を極度に嫌悪する。また、龍鱗姫は災禍を払う為に生まれ落ち、圧倒的な2つの力で守護を司るらしい。何に対してかは分からんがね。今目の前にいる子で分かるだろうが、赤子の時期から人の手には負えん。各地の調査地に国が滅んだ事実がある以上、無理やりに手懐けようとする行為はご法度だ。アタシが生きている中で龍鱗姫が原因で滅んだ話は聞かない。また、いつ何が起きるかは分からん。……が、下手に関われば確実に破滅へ向かう。これだけは分かっている。各地に残る伝承以下のお伽噺の展開は全てそうなってるんだ。


「詳しく聞きたかったら、あっちのテーブルでガミガミ言ってるハイエルフに聞きな。あの子はその手の事には特に詳しいから」

「もしかして、あの方は……」

「そう、アンタの師匠候補の1人。ハイエルフの長の椿だ。若く…いや、幼く見えるがアレで60を過ぎた孫の居るババアだよ。チビらの中にアレの孫もいるよ。ほら、あの子とあの子」

「カーマイン……今更ながら我々は物凄く場違いな場に来てしまったのでは?」

「ザダ、あの時出会ってしまったのが運の尽きだと諦めよう。我々ではあの方々の意向を変えるとなれば、山を動かす方が簡単なのだから」

「なぁ、それっぽく言ってるが、単に不可能なだけじゃねーのか?」

「当たりだよ、クード」


 酒に逃げるリンダや、カーマインの諦めに、アルの苦笑いは深まる一方だな。その間リーナに抱っこされていたサフィーナはリーナを気に入ったらしくご満悦。しかし、数分すると軽くジタバタし、リーナの手から離れていく。そうか、そうだろうよ。アルには敵わなかったみたいだね。リーナは残念そうたが、サフィーナはパタパタと小さな翼を羽ばたかせ、父親、アルの膝の間に納まる。まぁ、その方が安全か。アルならサフィーナの火炎放射も効果はないが、リーナだと大火傷になりかねんしな。

 あ、違うな。腹が減ったらしい。店員にお猪口をもらい、中に果実ジュースを入れたアル。サフィーナは長い爪で弾かないよう器用に両手で掴んで飲み干す。将来は大酒飲みだろうな。その後はアルに指示を出しながら生肉を次々と腹に納める。実はサフィーナはあまりたくさんは肉以外を食えない。多少なら構わんらしいのだが、健康管理や世話を任されていたアークが念の為に確認をしたと言う。龍人ならば、健康管理も人と違うからな。

 結論から言うと、サフィーナは龍の亜神であるアーク自身と大差ないと判明。アークの主食は肉。あまり他を食べるともどしてしまうらしい。

 アルの手元にはサフィーナのための小さな肉の盛り合わせがある。アルが掴んだからアルの物かと思われたが。これはアルの食事ではなく、加工肉ではなく、生肉を好むサフィーナ用。特にサフィーナが好むのは馬肉。馬の魔物だと尚よし。最初はサフィーナが手掴みで食べようとするのをアルが遮り食べさせていたが、まだ戯れたいらしいリーナに竹のフォークで差し出させている。サフィーナは余程リーナを気に入ったのか、ニコニコと笑顔を絶やさず肉を頬張り噛み砕いていた。龍は生まれた段階で自衛や捕食の能力を持ち合わせた頂上生物。女神の血が何を求めているのかは分からんが、アタシを超えた神鬼の姫、古蟲を滑る深緑の姫、強大な龍の力を秘めた姫。何が起きてんだろうね。まぁ、可愛いからいいか。サフィーナはこんな感じだね。


「んぁー、まぐっ」

「はー、いいなぁ。妹欲しいなぁ」

「ねーちゃん、お袋も親父もさすがに歳だぜ。絶対に無理だろ」

「分かってるわよ。でも、可愛いなぁ♡」

『いや、リーナよ。アンタの年なら娘もありうるぞ?』

「ん、んっ! んぁー」

「今度はこれね。はいっ」

「まぐっ」


 そんで2人目。9代目時兎の心月(ココア)とニニンシュアリの次女、嵐月(ランゲツ)だ。こちらも生まれたばかりなのだが、……まぁ、こっちは今更だね。暁月や心月、朧月もそうだったし。

 生まれたその日から動き回り、普通の人間顔負けの食事に言語能力。アタシら学者に類する人間には、『女神の神秘』なんてキーワードが飛び交う程に、訳の分からない種族なのさ。だからこそではあるんだが、最初はそれなりに嵐月にも警戒があったと言う。しかし、少しの間を観察して分かったのが、嵐月は朧月程に暴れん坊ではない事。嵐月は絵本や人間観察を好むらしく、基本的には大人しい。ただ、完全においたをしないかと言えば異なり、程々に悪戯をする。内向的とも違い、知識欲に富んでいて外出好き。この点は姉の朧月と同じで、1番の楽しみは母親について行く事。流石に時兎の秘所、大神器の間には入って来ないらしいが、嵐月はいつも心月の法冠の中に居るらしい。

 朧月は動きが派手なせいで脱走や悪戯もバレやすいし、直ぐに拿捕されていた。しかし、嵐月は脱走の名人らしい。朧月が力技で抜け出すのに対して、何を考えているか現段階では分からないながらも、頭脳派なのは分かるとの事。まぁ、朧月の様に派手に悪戯をしでかさないし、脱走しても大概が母親の法冠の中に居るからか、特に気にされてもいないとの事。それに見極めが非常に上手い事や、フォンが迎えに来ると素直に部屋に帰ると言う潔さも理由の1つだろうな。


「ほー、あのお嬢さん達が次代の巫女様に」

「順当に行けば朧月が聖殿の巫女になり、嵐月は天秤の巫女になるんだろうな」

「天秤の巫女?」

「そうか、そうだよな。お前さんらは知らなくて当然。一般人は知らなくてもいい知識だからな」


 座卓にチビらが並んで座る中、仲良く1つの座布団に正座をして座るウサミミ姉妹。美味い飯を食べて上機嫌なんだろう。しきりにウサミミがピコピコしている。大きさは姉が一回り程大きいからか、嵐月じゃ取れない食べ物を取ってやってるみたいだ。いつもあーなら安心なんだが、あの子ははっちゃけるからなぁ。朧月ももうちょい大人しくして欲しいね。

 これまでの時兎家には家督争いとか、継承権とかのワードは一切出なかった。何故ならこれまでの時兎家は、代々が一人っ子だったからだ。推測の域を出ない物ばかりだが、原因も何となく想像がつく。まず、時兎家の家長、『巫女』は神事や重大な裁判事になると必ず参加せざるを得ない。仕事がそれだけならいいんだがな。細々とした神事や、外交にも関わらざるを得ないから自由が少ない。しかし、国家運営にも重要な役割を持つ巫女の仕事は血統由来の異能なくしては務まらない。死活問題となる為、また一族を繋ぐ為に何とか時間を作り子を儲けて繋いでいたのだ。


「確かに、巫女様は代々お一人らしいですね」

「そういった理由だったんですか」

「まー、仕方ないさ。時間は有限だからね」


 時兎家にしか行えない神事は多く、代役が居ないどころか過重業務もいい所。巫女は地脈や海脈、空脈などのエネルギーの流れから、様々な先を見通す。場合によっては国や地域の進退に直結するが故に休めないからな。

 しかし、今回、朧月の次に嵐月が生まれてきた。

 現当主であり2人の実母である心月による判断の差はあろう。だが、あの子の事だから娘達の意思と能力を考えた上で決めるだろうさ。それに巫女の仕事は多い。押し付け合いにはなろうが、取り合いにはならないだろうね。アタシが知る巫女の主業務は主に2つ。予知と断罪。

 アタシの見立てでは予知や異常の察知など、国家運営に関わる神事は朧月の方が適性として高い。あの年齢で時兎の血脈に備わる膨大な神通力を使いこなしているしな。また、あの家の守護神との繋がりも、朧月は段違いに強い。しかし、母親の真似はできんだろうな。良くも悪くも母の心月はバランス型。対して神事への特化が非常に強い朧月は、微細な操作が得意だからだろうね。力技はあまり得意とせず、小技に卓越したあの子は、対勇者の戦いには向かない。その辺の勇者と比べれば確かに強いが、複数の大勇者に対して単騎で挑めるは微妙な所だね。訓練次第で母親に肉薄する剣の使い手には至るだろうが……。

 その姉に対して嵐月は大器晩成型の上、戦闘への超特化型だろう。今は大人しいし、力をあまり見せないから露見していないだけで、あの子が暴れたら……アタシじゃひとたまりもないぞ。どこに発露があるかはこれから次第。これも相性なんだろうよ。恐らく、人間で言う『第六感』と言われる部分や神通力を見透す力に長けているんだ。アタシやシルヴィアには徹底的に力を隠している。あと、大器晩成になる理由も確りとある。パールに似た感覚で、あの馬力を御するにはそれなりに苦労するだろう。

 あの姉妹は同じ神に愛されて居ながら、全く違う力が出た。そう時兎の家は時神に愛されている。主神二柱の意向を正す役割を持つと言われる神。時神ニールベルの加護。またの名を審判(テンビン)の神、アグアレシア・ツェンリェン・ニールベル。また、馬鹿げた子が次々と……。


「……」

「どうしたよ。ばーちゃん」

「ん? ああ、すまん。それでいつ頃なら構わんだろうか?」

「明日なら大丈夫だ。まぁ、ばーちゃんなら大抵の施設で顔パスだからよ。気にしてくれんのはありがたいが、あんまりにも周到には準備すんなよ? 相手はかってに大事だと判断しちまうから」

「……そうだな。ちょっと前に言われたから気にしたんだよ。王立学舎ならアンタが頭だ。何とかすると思っていたよ」

「そりゃどーも。くたびれたばーちゃんに隠居してもらえるってんなら、俺ももう少しだけ真面目に働くさ」

「あ〜? 生意気言う様になったじゃないか。たかだか30のクソガキの癖して。もっと真面目に働きな」


 あまりにも萎縮されんのはこっちも気になるんでな。アルとの会話で少し空気を緩ませた。

 そしたら……。他のヤツらから出た発言と言ったら……まったく。必要以上に畏怖されんのは生きにくくていかん。アタシも所詮は1人の人。あっちでガミガミしてるハイエルフやエルフ、チビの世話をする大統領やその従者達も人。1つの存在としては等価なんだよ。面食らってくれんのはいいが、アタシもアルも無敵じゃない。何かしらの弱点はある。死ぬ時は死ぬ。終わりが来るんだ。

 アルが強制的に飲み物をオーダーし、行ける口にはエールを。立場的にまずいからリーナには果実ジュース。酒が嫌いなソーラ坊と下戸らしいフォンドンには酒気を飛ばした酒擬きを配った。この場はアルが支払ってくれると言うので、アタシも遠慮なく飲もうかね。アルは王立学舎の特任理事長兼工房学部長に就任してから、稼ぎが出過ぎている。

 特任理事長の稼ぎは大した事はないらしいんだが、研究成果に対してや国の施設の改修、効率化など。技術料での稼ぎが増えに増え、金が貯まる一方らしい。至極当然だが、金は使う為にある。アルも理解していて、あちこちに金を回す様にしているらしい。そうだよ。金を溜め込む貴族なんてのは毒にしかならん。それにならない為にアルも手を回しているんだ。経済を回すためには金を吐き出すのがいいんだ。でも、入る量に対して出す方法にも限界があるからな。アタシも経験したけど。

 ……と、調子に乗って雑談してたらジュース勢以外は全員潰れちまった。飲ませすぎたか? いや、冒険者ならこれくらい飲んで欲しいもんだけどね。

 いや、アルの事だからわざとだな。フォンドンとこのヤツらが弱すぎたのは想定外みたいだが、リンダとマドックはわざと潰したらしい。かなりのジョッキが空いてるしな。おー、頑張ったね。


「で? 魔術師の嬢ちゃん。天井を突き上げる覚悟はできたか?」

「………………母は、自由にせよと。私は、強くなりたいです」

「ほー、それで、その心は?」

「夜桜様のお背中は……凄く寂しげでした。夜桜様が引退され、この国や周辺地域に波が起きると思います。私は……私のできる範囲で、力を…」

「それだけだと、嬢ちゃんの分は不十分だな。それが、ボウズや竜狩りのなら、多少サービス込みで合格なんだけどな。もうちょい考えて大人に…」

「アル、その先はアタシが話すわ。心紅ちゃんと公孫樹ちゃんも関わって来る事だから」

「ん? 分かった。任せる」


 シルヴィアが横槍を入れ、リーナをかっさらう。エールをカップ2杯飲んだ程度で千鳥足はなかろうて……。冒険者でいたいなら、もうちょい強くないと危ないよ? 飲まされるなんてざらにあるんだし。

 姿が見えないと思えば、チビ達は体現神組と古蟲人のヤツらが先に連れて帰ったらしい。まぁ、時間も時間か。もうアタシ個人の屋敷と言うと微妙な感じだしね。阿修羅王なら門や玄関の魔力認証を通過できるし。アレらが居れば万が一など欠けらも無い。……あ、いや、万が一は有り得るな。賊を撃退する時にやり過ぎる可能性は過分に。馬鹿が発生しない事を祈ろう。……あ、サフィーナを回収し忘れてる。仕方ない。アタシが連れていこうかね。

 リーナを目で送り出した弟もカーマインや姉の件は知っているし、フォンドンはカーマイン自身から既に聞いている。

 とうのカーマインは早くも師を見つけ、指導を受けつつフォンドン達と冒険者をしているしな。そのカーマインから聞いたんだろう。そうさ、カーマインの師は他でもない我が孫。魔解の鬼の名を冠す、鍛冶師であり暗躍の大勇者。オーガ・アリストクレア。タイプ的にはピッタリだよ。カーマインの強味は先の先を読む考察からの推測。何よりもその実行力と確実性。面と向かってよりも、裏方寄りの戦い方なんてそっくりだしな。

 昨日、今日の集まりをする旨を話した時、その報告を聞いた時は驚かされたのなんのって。まさか、あのアルを唸らせる近人が現れるとはね。アルはそれなりの力を持たねば、頑なに弟子入りを認めて来なかった。ニニンシュアリの様なヤツは本当に稀だからな。


「全てが同じとは言わねーけども。コイツのはかなり近い戦い方だ。俺から見て盗むだけで、一皮も二皮も向けるはずだ。まだまだ、強くなる」

「……それ程ですか。カーマインは」

「あぁ、間違いねーよ。俺も通った道だからよく分かる。それよりもよくもまー、腐らずにやって来たな……、と賞賛したいくらいだぞ」


 アルはこの国の勇者としては珍しい。と言うよりも勇者の歴史の中では稀有な才能とも言えるな。

 そもそもの話、大昔は勇者も冒険者も同業だった。しかし、勇者と冒険者には絶対的な差がある。広域破壊能力だよ。それを逸早く見出したのが我が国。そのフォーチュナリーから何らかの理由で出た勇者が私塾を立ち上げ、勇者を育てているのはアタシや他も知っている。しかし、教育者ってのは簡単には育たん。また、大戦期はたくさんの勇者がタイプなど考えずに使い捨てられたからな。今でも教育者は求められはすれど殆どおらず、アルの様なタイプの裏方勇者などは数える程しか確認されていないんだ。まあ、今でさえ勇者が広域破壊に特化してるなどと、勘違いされている面もあるんだが。何よりも勇者を効果的に裏方へ捩じ込むノウハウが無いのも事実。


「確かに、いきなり背後を取れたらいいでしょうが、それを抜けるだけの実力も必要でしょうな」

「ああ、その通りだ。勇者対勇者だと、技の傾向や察知異能を使われちまうとかなり察知されやすいからな。俺やカーマインはそれを潜り抜け、敵に致命的な一撃を与えられる」

「ひえー! 俺絶対にカーマインさんを敵にしたくないっす」

「ただし、俺はまだしもカーマインは単騎戦力としは雑魚同然。ソーラでも勝てる。だから、生き残らせるために俺が鍛えてんのさ」


 アルの言う通りだ。裏方勇者は単騎では弱い傾向にある。だから、見出す事が難しく、裏方勇者の適性自体が把握されていない。敵陣に侵入するだけなら冒険者の方が上手いヤツもいるだろうな。ただ、冒険者が侵入したところで大した痛手は与えられんがな。

 それにこれが大問題なんだ。裏方勇者は力をコントロールができる事を求められる。だからこそ育成にも時間がかかる。また、そう言うタイプのヤツは大概が馬力に弱みがある。アルもアタシの様な一撃必殺タイプの勇者と戦うと、どうしても相性が悪くてね。逃げを選ばざるをえんのだ。暗殺や罠を得意としているから、一見してアルのが強く感じるかもしれん。寝首をかけば、アタシもコロッと……なんて考えたヤツも沢山居た。だが、そもそも一撃必殺タイプの勇者は防御や察知能力もそれなりに高い。名高い勇者なら暗殺者程度の対策は必ずしてる。だから、アルの馬力では大勇者の防御を抜けないんだ。あの子の弱点らしい弱点はその一点。体質で魔法の威力を上げられず、神通力に頼った戦い方を余儀なくされていたんだよ。


「この場では言えんが、カーマインはかなり才能がある。しかも俺よりも隠密には長けているぞ」


 その神通力にしたってここ最近の研究成果により、ようやっと実戦に使える者が現れだした。以前も限られた者が使える程度だった物の範囲が多少広がった程度。アルに関して言えば努力を重ね、今がある。即戦力を必要としていた以前の戦乱では利用される事は少なかった兵種だ。我が国にはそれなりに居たんだが、革命期に沢山死んでしまったよ。……アルベールもその一人だったね。

 このとおり、カーマインの様な動き回る魔導師に適し、アルの戦い方を教えるのは重要な事なんだよ。アルやカーマインが手数で圧すのは、一撃の威力が低い……あ、いや、アルの場合は大勇者基準でだがな? 威力が低いから、効果的な威力を発揮させるために段取りを組むんだ。今のアルはちと話が変わってくる。だが、少し前ならアタシの全盛期だったならば、アタシにすら勝てないだろう。しかも、広域破壊異能を持たず、一撃の威力も低い。シルヴィアと戦う時も、あの子に対しては魔法も一切使わないからな。カーマインは魔法の威力を上げられなくて、今まで燻っていたんだろう。ここで一回りも二回りも成長するだろうね。


「カーマインさんはアリストクレア様に弟子入り……う、羨ましすぎる!」

「んなに騒ぐよ。考えてもみろ。カーマインの技の数々。それに俺だって大したことは無いんだぜ? ばーちゃんもよく言ってないか? 俺はけして優秀な部類じゃない。技が未熟だった時はそら〜苦労したよ。な?」

「う、うらやま……」

「遅くなってすまん。アルよ、お前からワシを酒に誘うとはな」

「そうだよね。一人酒を好むアルが、僕も一緒に呼んでくれるとは思わなかったよ」

「く、クルシュワル様っ?! リクアニミス様まで?!」


 ソーラ坊が煩いねぇ……。確かに引きこもって出てこない事が有名なジジイと、神殿の重要人物だからね。なかなか目通りできないヤツらだ。レアなのは確かだね。2人揃って、いや、親子三人揃うのはかなりレアなケースだ。アタシすらあまり見ない。クルとリクならあるんだろうけど、そこにアルが居るのは極めて珍しい。

 クルも一度だけアタシに黙礼し、アタシの返事を待って座敷に入って来た。リクも同じ様な動作だな。引退したとは言えども、アタシは元家長。クルはその辺りを気にするからな。頑固で困るよ。

 アルが追加でオーダー。店で一番良い酒の中、最も酒気の強い物を樽で。あと、大振りな升を4つ。お? アタシの分もあるんだな。店員が配ってまわり、アルが促した。そのクルから飲み始めたのを確認してから、アルとリクも一気に酒を飲み干す。アタシは自由に飲めと言われたが。

 その中、ソーラとフォンドンは顔を顰めた。まあ、ガキ共には早い酒だしな。値段も値段。ジョッキ一杯でも気軽には飲めん。そりゃ、酒好きの我が家のヤツらが喜ばない訳ないよな。うん。上手い。香りがいい。

 満足気に樽から自分で汲み取るクルは、先にリクへ視線を飛ばした。リクはヒラヒラと手を振るが、……お前も先に引っ掛けるんだな。構わんけども。リクが話しかけたのはソーラ坊。ソーラ坊はガチガチだ。そらそうだよ。リクは名前を隠していた時ならばまだしも、今じゃそれなりに知られている。れっきとしたと元大勇者であり、世界的な工芸家。アタシやクル、アルは悪い方にやらかし過ぎたが、リクは一族には珍しいくらいに良い話しかない。……まぁ、裏側は真っ黒だがな。

 ソーラ坊は真正面に座り直したリクに少し怯えを見せた。苦笑いのリクが自分の戦い方や武器、鎧などを細かく言い当てた事にさらに驚いている。今日一番驚いたんじゃなかろうか? ただ、ソーラ坊よ。もう少し落ち着きなさいな。あの親子は鍛冶師(あっち)の業界じゃあ、『知らなかったらモグリ』ってレベルの職人だよ? 当然とまでは言わないが、大雑把になら当てて来るに決まってるだろうに。あと、ソーラ坊よ。アンタは察しが悪すぎだよ。威圧感はあるから緊張すんのは分かるけどな?


「ははは、リラックスしなよ。君はまだまだ若…幼い。どんな風に育つのかは君しだいだろう。ただ、1つだけ君の未来が決まったよ」

「は、はいっ!」

「魔導師の彼にアルがついたから、ある程度は理解してくれたと思ってたんだけど……。大丈夫かい? 落ち着いたら言って。それまで飲んでるから」

「は、はい」


 ソーラ坊をリクに任せたクルは、樽から汲み…飲み…汲み…飲み……。我が家の自由さに気圧されているフォンドンへ、唐突な言葉を向けた。

 フォンドンは正座の上に物々しい表情だ。上機嫌に酒をあおるクルに言われた言葉に驚愕もしていた。フォンドンは竜狩りの名を冠する優良冒険者。それなりに技を持ち合わせ、体に合わせた剣技を模索する事を続けている。……しかし、クルから飛び出した最初の言葉は『未熟』。フォンドンとしては、カーマイン、ソーラと来たからには自分も? などと考えたのだろう。分かりやすい程に落胆している。握り拳にはチカラが入り、悔しそうだね。下を向いて今にも悔し泣きしそうな程に震えている。クルは刀匠でありながら剣豪でもある。そのクルに自身の実力を評価されたのだ。言い訳は逆に恥になる。分かって居るから、フォンドンは耐えているんだ。

 言葉が足りないよ。クル。


「まぁまぁ、父さん。少し可哀想だよ?」

「ぬ? ああ、すまぬ。悪い癖が出た。酒を……お前は下戸か? ふむ、まあよかろう。竜狩りよ、お前に足りぬ物は……」


 ……ここで馬鹿息子を擁護すると、あの子の『未熟』は言葉通りの意味で受け取ってはいけない。あの子の『未熟』を秀、優、良、可、否の5段階評価に直すと、『可』なのだ。だから、クルの言う未熟は…『まぁ、ギリギリ合格にしてやろう』と言う範疇になる。他の反応かい? まず、秀や優なら何も言わず、武器の手入れや製作をしてくれる。良くらいからだと納得し、説教から始まるな。クルに限らずあの親子はダメ出しが大好きなんだ。

 ただし、ダメ出しでどん底に陥れてから徐々に励ます。その手順を確りと踏まえた上で手を差し伸べる。クルは話口調や外観とは逆に面倒見がいいからな。アルあたりは説教中に逃げたヤツは放り出すが、クルは捕まえてさらに過激な説教するんだ。口は悪いし、態度もまあ分かりにくいが……………………悪いヤツじゃないんだよ。本気で怒らせたらまー大変さ。……アレに頭ごなしにがなられてみろ。たまったもんじゃない。3mの巨漢に頭上から威圧されるのを想像してみろ。なっ……?

 フォンドンの左胸に拳をぶつけたクルは、俯くゴリマッチョに対してゆっくりと説き始める。

 クルはあくまでも刀匠。もちろん剣豪でもあるが、強さの上では息子達よりも武人として劣るんだ。純粋な武士道……。まぁ、神通力と魔力での肉体強化や、刀身の保護はするんだが。他の小技を一切持たない。もう何となく分かるかもしれんが、とにかく真っ直ぐなんだよ。信念が固いし、何事にもどっしりとした佇まいで挑む。なのに曲がった刃物を打ってるんだよな。たまに不思議に思うんだけどね。指摘はしない。面倒だから。

 ダメ出しの滅多打ちに遭い、まさにどん底まで叩き込まれたフォンドンへ暑苦しく語るクル。……うん、暑苦しい。暑苦しすぎる。泣くな、男泣きをするなフォンドン……。暑苦しさが5割増だぞ。部屋が暑苦しいっ!


「んじゃ、今日はこの辺にしとこうか? 明日は……そうだな。弓使いとシーフに学舎の正門前に来るように言ってくれないか? 後の案内は守衛に任せとく」

「構いませんよ。でも、コイツらに何か?」

「お前達にだけテコ入れして、残り2人に何も無い訳がなかろう? 勘違いしている様だが、お前達には『冒険者』として期待をしている。勇者になりたいと言うなら、そっち方面に鍛えなおすが。その時はそう言うといい。ワシらはいつでも応えよう」

「分かりました」

「おっと、危ない危ない。ソーラ君、 明日、君も学舎に行きなさい。お姉さんも連れてね」


 後半は見るに徹し、その日は最後まで父親の脚を枕に寝ていたサフィーナを預かり帰宅。体現神組がチビ達を風呂に入れ、寝かしつけた後に酒盛りをしている中に混ざる。やはり、契約を解除したとは言え、元宿主と大聖獣の間柄なのか? 阿修羅王には筒抜けの様だ。

 夜が更けて行く中で、アレらも次々に挨拶を残して就寝。最後は……腹を割って、阿修羅王に託す言葉を伝えた。アタシが、最期にできる事なんてこれくらいだからな。

 翌朝。

 魔法を使って酒臭さを消し、着物や身に付ける物をパパッと手入れした。そんでもって、体現神に抱かれたチビはそれらに任せ、1人で朝稽古しているチビを回収。どこに入り込んだかと思いきや、アタシの布団から出なかったサフィーナと、いつの間にやら潜り込んでた嵐月を抱いて朝食の席へ。今日この後は迎えが来る。その馬車に乗っけられて王立学舎へ行く。アルの立場があり、その様な体裁を持つ必要があるんだとさ。アタシや自身の娘はまだいいが、将軍の子供達と時兎の姉妹が居る。それらを護衛も無しに歩かせる訳にはいかないからなんだと。その子達に何かしらの身の危険が降り掛かった際に、アルだけの責任では収拾がつかないからだろうな。この馬車移動に関しても、アタシと言う保護者が居るからこそ許可が出たらしい。

 チビ達は馬車にはまったく興味を示さず、街並みを楽しそうに見ている。まーそうだよな。アタシもそうだったが、囲われる理由のある子達にはそれなりの生活圏があるんだ。狭苦しい日常から解放されたのだから、街などは物珍しくもあろうよ。しばらく馬車に揺られ、パールとエメラルダ、サフィーナの父親の出迎えがあった。出迎え自体の人数は少な目。しかし、周囲からは好機の視線が集まる。


「えっ? 特任理事長の足元に居るのってお子さん?」

「いや、それにしちゃ多くないか? 何人だ? 5〜6人居るだろ?」

「でも、抱っこしてるのは……え? 龍人族の赤ちゃん?」

「肩車してるのはそうだろうな。黒髪黒目に鬼の角」

「……つか、理事長の後ろの人って……国喰らいの大蛇?」

「ま、まじで?! 本物かっ?!」


 意外な事にアタシとアルが親族関係な事も、若い連中には知られてないのかね。アタシも長く生きたもんだ。自分の個人情報をばらまく程アホではないが、アタシや親族に関してはそれなりに知られていると思ったんだが……。

 まぁ、そうだよね。アタシが現役を引退し、影から国を見守る様になって30年は経つ。最近は波に対応する為に表に出たのすら久しぶりだった。歳をとるとこういう変化はつきものか。本当ならば、カーマインのボウヤが言うように、アタシの強すぎる影響力は気軽に振りまくべきではないんだがね。それでもアタシ達の様な『魔境の住人』を育てておかねばならんのだ。今は、アタシが魔境の長の様な立ち位置だが、いつも言う様にアタシの命も有限だ。

 アタシが生きた動乱期は、良くも悪くも担い手は次々に現れた。人の入れ替わりが激しく、人手はいつも足りなかった。……次から次へ、来ては居なくなり、来ては居なくなり。優秀でなければ生き残れなかったんだよ。しかし、今はそれ程力を持たなくても生きていける。平和主義とか民主主義の理想像としては、弱きが生き、発言権を与えられている現状は良いと聞こえるかもしれんな。……しかし、嵐が舞い込んだ時、強者が矢面にならねばならなくなった時。我が家の若者達だけでは、今の膨れ上がった水袋を守りきれん。

 民草は強い事を万能だと、アタシらは神にも等しいと勘違いしている節がある。確かにアタシや我が家の者は、個人としては強い。だが、弱きを受け止められる両手には限りがあるんだ。両の腕を大きく拡げたとて、何人を抱きとめられる? 拡げた手や指の先を掠めた者達を受け止められるか?

 アタシでは全てを救うという理想は叶えられなかった。無理無謀だったのだやよ。大切な者達が、弱き者を守る為に自ら離れる。アタシの力が足りないばかりに……、次々と仲間が死んでいった。当時は眠れぬ程に悔やんだが、今は違う。世の中そういう物だ。アレらも呑気に構え過ぎず、それなりの心構えが必要なんだかわね。

 なんたって、戦ではなくとも、力量差が如実な世界だ。解るかね? 強弱の差が日常的に現れてもおかしくない世界なのさ。ここは……。いつアタシが敵になるかもわからん。アタシの力が振るわれた時、……いや、これ以上はいたちごっこだな。


「お、居た居た。おい、そこの怪しい2人。こっちだ」

「っ?! 酷くないっすか?! お誘いはありがたいっすけど扱いっ!」

「……集合場所は伝えて頂きたかったです」

「お前ら、正門から入らなかっただろ? 身分証発行しねーと、守衛にしょっぴかれるぞ?」

「ま、マジすかっ?!」

「おお、大マジだ。ほらよ、そんなこったろーと思って、ホレ作っといた。シーフのが……確かクード・マクラーレン。弓士のが……ザダ・マーナムだったよな? 首から提げとけ」


 ……ふー、暗い事ばかり考えても仕方ないな。

 フォンドンがミスをかましてくれたのか、飲みすぎた2人が聴き逃したのか。正しく伝わっていなかったらしいね。待ち合わせ場所は王立学舎の大講堂の前。クードやザダは冒険者だからな。正門でギルドカードを見せればここに案内される手筈だったらしい。

 この目の前の無駄にデカい施設は、この国随一の教育機関が持つ一大施設。闘技場と講堂を併設した巨大な特別講堂だ。予想はしていたが、凄い人だかりだね。お、リーナとソーラ坊も居るじゃないか。これで合流できたな。アタシらは教室の講師待機室から入るんだな? わかったよ。

 アルが久々に出勤する事は学内にも知れ渡って居たから、一部の教員からの開講要請があったらしい。教員も受講すんのか? まぁ、気持ちは分かる。アルは多芸な学者だ。魔法工学が専門分野でありながら、民俗学や魔法医学、精霊学、神学などと幅広い学問分野に精通している。……アル曰く、古い文献を読むには民俗学、神学は必須であり、魔法医学や精霊学は魔法工学の基礎理論に直結する魔法陣学に必須との事。確かにな。様々な切り口の学術書を読むと幅が拡がるか。

 ……っと脱線したな。アルは魔法工学を教えるだけでなく、様々な方面からの質問を理解して答えてくれる為、それなりに人気の講師なのだよ。近年の王立学舎は学生の質が落ちたと言われていたし、講義自体も教授の自己満足で占められてたから酷い講義は閑古鳥だったらしい。

 それを再編成し、講師や教授をグループ化して授業と研究室を統合。学生に定期的なアンケートを行い、教員の質も改め直した。また、不正を取り締まり、単位の取得や卒業基準を厳正化。入学金や学費の削減、奨学金制度の確立など。働いたのはアルだけではないが、アルはその立役者なのさ。まぁ、本人は大改革の後に起きた教員不足や、一時的な資金難にしばらく苦しめられて、やっとこさ……と言っていたがね。実際、次代を支える教育基盤が腐れば、国も腐ってしまう。アルの世代はその真っ只中に居た。未だに尾を引く貴族絡みのアレコレも、完全に終息はしてないらしいし。だから、守衛が学舎内にたくさん居るんだよ。権力を振りかざすボンボンやお嬢が一定数でるらしい。ままならないもんだねー。


「にゃっほーーっ!!!!」

「ほーーーっ!!」

「……ほー」


 控え室から我慢できずに走り出したパール。それを浮遊しながらついていくエメラルダ。サフィーナも広い建物に興奮してはいるが、定位置らしくアルの肩から降りない。朧月は今のところは嵐月の手を握りながら大人しく座ってるし、海雨は……泳鳶に頼まれて魔力鎖で泳鳶に繋がれている。動きまわれずブーたれてるが、新しい場所に来たせいか緊張し動き回らずにいた。緊張と人の多さに気圧され、アタシの横を離れない檜枝と蓮華は問題ないな。

 最初にアルが指定した仮設の長机と椅子、子供用の待機スペースを説明され、今日の講義を見ておく様にとだけ告げられた。

 アタシには今更だろうけどな? ……と、アルは言いながら、チビらのおもりを頼むと言われている。そんでもって、アルを目にしてから顔の赤いリーナと、姉を心配しているソーラ。ヘラヘラしている様に装っているが、緊張と軽い恐怖が隠しきれていないクード。無言を貫いているザダ。この4人は今日は臨時の講師と扱うとの事。

 アルの講義は勇者をアシスタントに起用し、実践と座学を同時に並行して行われるらしい。学園の職員らしい気弱そうな嬢ちゃんが、お茶を淹れながら教えてくれた。……この味、まさか潮音から習ったのかい? 気になって聞いてみたらそういう事らしい。この娘は潮音のお茶好き集会に参加してるんだと。

 ……嬢ちゃん曰く、この大講堂は元は剣闘士を育成する為の施設だったんだと。アタシ達が生まれる遥か前に国政が傾き、娯楽的な施設は軒並み潰れた。大戦に突入した辺りだね。ここは例外的に戦力として欠かせない勇者教育に使える為に残されたようだ。中心に闘技場と闘技場の外縁に増設された一段高い講壇がある。確かにアレがなかったら、まんま歓楽街の闘技場だな。多少装飾の類が取り外されているが、石造りの座席なんてまさにだね。


「外縁にある観客席を丸ごと飲み込み、勇者の実戦訓練と見学を目的とした施設となる予定だったそうです」

「ふむ、バカバカしい。勇者の本質を知らん為政者のやりそうな事だな」

「はい、まさにお言葉の通り。何度も修理、改修が行われたらしいのですが、施設が耐えられず……。勇者の教育は実演1割、座学9割となり、多くの優秀な人材が失われたそうです。あ、申し訳ありません」

「いや、すまん。アタシはその真っ只中に居たからね。記憶にある分、どうしてもな。アンタは何一つ悪くないよ」

「……いえ、私が察するべきことでした。あ、申し訳ありません。自己紹介もせずに。私はアルテーラです。今は史学部で准教授を務めています」

「ほう、若いのにやるじゃないか。これからも頑張りなよ」

「も、もったいなきお言葉……。恐悦至極にございます」

「い、いや、やりにくいから。あまり畏まるでないよ」


 聞けばこの子は、勇者の資格を持つらしい。名前を聞かない事からランクは上げていないのだろう。身を守る程度は訓練をせねば、史実の探求はできないんだとよ。1人では行かないらしいが、あそこに出入りできるならかなりの強さのはずだ。アタシが知る限り、トラップダンジョンの方が可愛いと言える遺跡だよ? あの遺跡群は。

 それを聞いていたリーナがかなり驚いていた。まあ、そうだろうね。リーナの母親のリンダは運悪く、面倒な雇い主に当たった口だ。そのリンダが勇者を辞め、冒険者をしているのだからな。目の前にいるリーナと同年代のアルテーラの存在には驚いたことだろう。勇者は確かに縛られる。しかし、働き方は1つじゃない。アルテーラは学者が本業で、あくまでも勇者資格は保険なんだよ。今じゃ戦は少ないからね。実績のない勇者は前線配備を免れるんだよ。

 昨日、シルヴィアに何を吹き込まれたのか知らんが、何やら考え込み始めたリーナ。ソーラ坊もアルテーラの存在には何か感じたみたいだね。まぁ、ソーラ坊の場合はまたいろいろ違うんだけどな。姉とは違い、近接戦闘職。学が無いわけではなかろうが、必要以上の勉学は嫌いそうだし。勤勉な冒険者……もしくは兵士って感じはずっとしていた。それもこれも全てこの子達の選択次第。アタシ達はこの子達の先を拘束する為の存在じゃない。ある程度は指針を提案すりだろうが、全てをお膳立てする事は導くとは言わんのだよ。


「ではアルテーラさんは……」

「はい、私は……」

「んう? ばーば。ねーねー達はなんのおはなし?」

「んー、まだパールには分からんだろうな。ほら、授業が始まるまではあっちで遊んどいで」

「あいっ!」

「ねね、まって……」


 アタシが指し示す先には、闘技場の真ん中で寝転がってコロコロ転がり回る朧月と、その姉を見て何かを考えている嵐月が居る。楽しそうで何よりだよ。だが、闘技場(そこ)は砂場じゃないんだよ? 穴掘りはやめなさい。

 おっ、2人の話に進展ありだな。ふうむ、そうか。リーナはそういう歳だったのかい。

 この世界では勉学は強制じゃない。やりたきゃやればいい。……って程度のもんだ。根本的な問題は教育者の不足と、教育に金がかかり過ぎること。小さな問題か? そうだな。一部の国家では技術や知識は、上流階級で秘匿すると言う文化だからだ。今じゃ、あちこちで王政から民主制革命が起きたり、複数の豪族国家が共和制をとったりしてるから、そっち側は少数派になってるんだけどな。

 リーナは学舎とかの教育機関に行った経験はないと言う。ひとえに母や父からの手厚い教育が生きているんだ。生きる中で必要な物を吸収する事。まさに冒険者のそれだよ。リーナは知識欲はある。ただ、機会に恵まれなかっただけだ。

 そんなリーナだが、実は正式な冒険者ではない。何度か話題には出ているが、覚えられているかい? 冒険者の『連帯者カード』。アタシが朧月の為に作ったヤツさ。リーナはその連帯者から外れ、独り立ちしていなくてはならない年齢なんだよ。プラチナランクの特例で今までは一緒に居たんだろうが。アタシが関わればそれも覆る。ビックリするかもだが、これだけ優秀なリーナはまだ16歳なんだよね。体もできあがりつつあるソーラ坊は14歳と来た。

 通常は連帯者からの独り立ちとなると、ソロ活動が基本になる。パーティーが全員同い年ならば一気に正規パーティーになるが、年齢がバラけるとまた事情が変わる。これがまだソーラ坊ならばいいんだが、リーナには困った問題があってね。魔法使い系によくある事なんだが、リーナも類に漏れず前線では戦えない。そうなると、パーティーを組まねばならんのだが、女性冒険者は絶対数が少ない。リーナの性格では新しく野郎ばかりのパーティーと組むのも難しいだろう。リーナは美人だから、勧誘自体は絶えんだろうがな。大概のヤツらは姫扱いで担ぎあげるだろうが、全てのパーティーで扱いが言い訳でもない。中には素行の悪い輩も居る。また、同性でも相性はあるんだ。だから、リーナは今、いろんな意味での分岐点に差し掛かってるんだよ。その辺りの見極めがリーナにできるとは思えない。


「……」

「あの、どうかされましたか?」

「ん?」

「いえ、先程から私達を見ておられたのでは?」

「ああ、そうか。いや、違うんだ。若いってのはいいなと思ってね。アタシは……アンタらみたいな選択肢が無い生き方だったから。ババアが若いのを見て楽しんでただけだよ。お前たちはどうするのだろうなー? ……とね」

「は、はあ……」

「きょ、恐縮です」


 会話を聞く限り、リーナは冒険者を辞め、フリーの魔導師として生きて行くつもりなんだろう。その為に、魔導師ではないが、学術機関で研究者をしているアルテーラの立ち回りを、会話から推察してるんだろうな。いや、辞める必要はないんだけどな。だって、資格だけならアタシも冒険者資格持ってるし。ランクは上げてないし、会館を利用する為だけの物に成り下がってるけど。

 選択肢としては母親達のパーティーへ、再度加入するのも可能なんだろうが……。あのリンダがその辺りを認めるとは思えない。あの子の性格だとその辺りは古い考え方をしていたし。一昔前の師弟継承だな。古巣に戻る、出戻りは恥。そんな時代はとうに過ぎ去ったんだがね。それに、リーナにはもう1つつきまとって来る問題があるんだよ。リーナにとってはこっちのが鬼門かもしれん。一言に括るなら人間関係だな。詳しく言うならひっきりなしに来る見合いと学術機関からのオファーになるかな?

 ま、リーナが困るのは前者。今は昔と比べると多少複雑だからな。貴族政治の解体後、女性の社会進出が加速した。特にアタシや椿の存在が呼び水になり、優秀な勇者や文官へは積極的な雇用を行われた時期もある。んで、その際に起きた問題が、『結婚率の低下』と『出産率の低下』。ここまではいいね?


『まったく……。この子らは本当に平和だ。ちょっとばかし脅した方がいいかもしれないね』


 そうやって野郎が中心の世の中に女性が入る余地ができたはいいが、前体制がいきなり受け入れる訳もない。働き詰めになる女性も居たし、自ら結婚をしない選択をしたヤツも居た。この辺までで事がおさまればそれ程難解な事はなかったんだ。それを抑えようと画策した馬鹿政治家が居て、若年結婚が流行ったんだよ。後先考えないやり方だった。今はなりを潜めているが、皆無って訳じゃないし、やり方が巧妙かつ陰湿にシフトしたからな。知識がないと自衛すら難しい。貴族の繋がりや豪商のやり方にまだ若いリーナが一人で対応できる訳がないだろう。本当ならば20歳くらいまでは余裕があり、冒険者は冒険者なりのやり方を学ぶんだが……。今の社会だと身分の混濁が激しい。しかも、若いヤツらをカモにする悪どいのも居る。

 アタシが目をつけたんだ。逃がす気はないが、周囲からの下手なちょっかいに晒されるなら全力で守る。リーナは頗る優秀だ。それが広い範囲に知れ渡る様な状況になれば、まず間違いなく嫁取り合戦が始まる。優良な…しかも若いともなれば、息子、孫への嫁として引き入れたいと考える。そんなヤツらが出ても不思議はなかろう?

 今の段階でさえそうなんだ。あまり悠長には構えられんのだがリーナの母、リンダは貴族社会や実業家がどんなやり方をしてくるかなどを気にしていない。叩き上げの世代を抜けていないあの子は守るつもりはあるんだろうが、あの子自身がそれら社会と隔絶された中にいたからな。守りきれる訳が無い。だからこそ、鬼が立ったんだ。


「えっ?! アルテーラさん、もうご結婚されてるんですか? 私より1つ上なだけですよね?」

「あはははは……。実は特任理事長に助けてもらったんです。私の場合も似たり寄ったりで、様々な派閥から見合いを迫られまして」

「ご苦労されたんですね」

「そうですね。ですが、特任理事長の耳に入って、その時に。特任理事長越しでなくては見合いを受けないと公言しろと」

「はー。……かなり強引なやり方ですが、効果的ではありますね。アリストクレア様に意見できる方はなかなかいませんし」

「はい。まさにその通りです。そ、それで結婚に関しては……ですね。その後に特任理事長の秘書業務をしていたら……はい。今の夫と出会って。夫は陸軍勤めです」


 急に生々しくなって来たね。確かに十代の内に学位が取れる様な才能を持つならば、それこそ引く手数多。

 昨晩にアルがリーナに不合格を出したのはその辺りだろうな。シルヴィアが引っ張って行ったのは気になるが。アルとしては野郎は野郎の、女は女の身のこなしを学べと言いたいのかもな。冒険者として生きるなら今のままでも問題な……いや、問題だらけか。だが、アタシらが関与しているのに派閥が露骨に出るこっちの世界へ、何の備えもない生娘を放り込む訳にはいかない。ただ、今のアルには世間体があり、立場も明確になる。アルテーラは自分の部下であり、仕事に差支えがあるからと突っぱねたようだが。……アルが未婚ならまだしも、妻帯者。しかもその妻が大統領ともなると、それを露骨に口にもできない。いくら我が家が後ろ盾になったとは言え、アル個人ではそこまでは手を回し切れない。何よりもリーナ自身が世俗の視線や権力闘争に無防備すぎる。アルにしては煮え切らんとは思ったが、こりゃ確かに面倒だ。

 我が国は15歳が成人で、ペアによっては直ぐに籍を入れる。生活環境や寿命の事情によっては行政に通さず、一生を事実婚で過ごす夫婦もいる。この国もまだ行政の力が浸透仕切らないからな。シルヴィアが全力で動いても、こういった物事はなかなか進まん。こういう変化は時間がかかる物だしね。

 聞こえていたらしいソーラ坊が珍しくアタシに質問をしてきた。小声ってことは姉には聞かれたくないのかね? まぁ、構わんけども。

 ……まぁ、丸わかりだよね。アタシは何も言わん。言わんからな? 姉のリーナは一回り以上も上で、妻子の居る男に熱い視線を向けていた。昨晩の酒の席で確信しはしたがね。アタシは触らんぞ? 絶対にな。


「この国は複婚も認められてはいるが、なぁ。さすがにアタシは勧めんぞ? 本人の意思が硬いなら反対もしないが」

「そうですか。まーそうですよね」

「なんだい、言いたいなら言いなよ。別にアタシは暴君じゃない。アンタがアタシと結婚したいとかみたいな馬鹿な事を言わないなら構わん」

「その例えは酷すぎます。さすがにご年齢を考えてくださいよ。えっと、ですね。ねーちゃんは引っ込み思案と言うか、押しが弱いと言うか……。何をするにも周りの目を気にしすぎて一歩引いちまうんです。……そのくせポーカーフェイスができないから、本音はダダ漏れで。だから、ねーちゃんには必要なんです。いいならいい。悪いなら悪いで。何かしらの強制力(きっかけ)が」

「……ふむ。気持ちは分かる、分かるがアタシは言わん。分かるね?」

「は、はい。分かりました」

「それからそこの独身コンビ。アンタら他人事みたいにボーッとしてるがアンタらも人の事は言えんぞ? 嫌という程候補が居るが……。アタシのセッティングした見合い、する気はあるかい?」


 一瞬だけ断り文句を言いそうになったが、クードが黙り、了承。別に脅しではないんだがね。ただの善意なんだけども。ザダは空気になり切っているが、念押しをかけた。メモ紙にアタシの知り合いの家名を書き並べて差し出す。目を丸くし、アタシの顔とメモ紙を何度も視線が往復した後に、ただただ首を振り出した。もちろん、縦に。クードも覗き込んだ途端に目を見開き、ポーカーフェイスも吹っ飛んだ様だね。

 他人事の様にニヤニヤしながら2人を煽っていたソーラ坊だが、……お前も逃がさん。というか、嫁取り話が(アネ)に来るなら、婿取り話が野郎(オマエら)に来るとは考えないのかねえ? 馬鹿なのかい? 切実な話をすると、余っ程優秀な人材ならば適齢期で美しく、気立てもいい優良物件が持ち込まれるだろうさ。もちろん、それなりのコネクションと将来性も野郎側に必要になる。そうじゃない場合は面倒ばかり増えるぞ? 良家のお嬢は大概が父親に守られている。簡単には嫁には出さんよ。それこそ断れない立場とか、余っ程いい条件が必要さ。

 そうなれば、ギリギリ売れ残りに当てはまらないグレーゾーンとかから始まり、完全な売れ残りを押し付けようと画策する輩はもちろん出る。ソーラ坊はまた少し条件が違うけど、フォンドン以下、カーマイン、クード、ザダは今の感覚からだと少々遅いからね。後者の部類から見合いを申し込まれる割合が増えるだろう。優しいアタシなら売れ残りどころか、優良物件を出してくれそうなヤツを紹介できる。しかも、アンタらにはこれ以上ない後ろ盾があるからね。アタシは隠居の身だが、鬼の証印は健在。そんでもって、その実業家や各方面の有力者はシルヴィアにも恩を感じているヤツが大半。

 結婚する気がないならば構わんけど、面倒事は格段に減るねえ。


「もしやカーマインは?」

「あの子は即答だったね。アル経由だが見合いを受けると言ったらしい。カーマインのボウヤはハーフエルフとは言えど、混血だ。多少長生きはしてもせいぜいが200とかだろうね。賢明な判断だとアタシは思うよ」

「……夜桜様は何故、我々に?」

「んー? 正直に言うなら、アンタらじゃなくてもいいんだよ。そうさな。まず、アンタらは運が良かった。それに尽きる」

「運……ですか?」

「ああ、アンタらみたいな一流の冒険者なら身に染みてんだろうが、運ばかりは努力でどうこうなるもんでも無い。アンタ達はこの段階で、ある意味での強者なのさ。過分に言うなら猛者とも言える」


 アタシの旧知であるグレゴリアスに推薦され、曾孫に気に入られた。それに併せてアタシや息子、孫が迎え入れるだけの実力を兼ね備えていたんだ。アタシや鬼は力により優劣を判断する。確かにできる限りは拾ってやるが、拾ってからの人生にまで目を配るかは別だ。

 ソーラ坊、アンタは間違いなく次代には大勇者に至る。だが、それはお前さんの選択次第。姉をどうこう言う前にお前さんも一皮剥けなけりゃ成長はない。リクに弟子入りしたと言うことは、勇者として育てるかは別にして、それなりの足場や立ち位置を保証された事になる。神殿がお前の後ろ盾になったんだ。

 ゴールドの。アンタらに大勇者はきつかろうな。だが、お前達には今の勇者に無い特別な技を持っている。連携だ。まるっきり一昔前の風潮が去りきらぬ今、勇者の死者は減ったが、それだけだ。やはり、1人では限界があるんだよ。お前達は勇者への道を選ばずとも、数年頑張ればプラチナランクへ至る。間違いなくな。その上で、どういう人生を歩むかはお前達次第だ。恐らく、お前達2人には夜桜勇者塾の卒業生達が師に着く。弓士のザダ、お前にはアルフレッド・ライブラリア。シーフのクード、お前にはオーガ・ニニンシュアリが。どちらも名だたる勇者。立場のある存在。理解できるかい? 人は時折理解の範疇を超えた物に出会う。お前達は全員、今その壁にぶち当たったんだ。


「単純に言えば、力の差はあろうが、お前達はあのチビらと何ら変わらん」

「強すぎると?」

「まー、近いが違うな。お前らは抑え込めない程ではないから、後ろに引くって言う選択肢もある。間違いをおかしても、孫達が正せる。だが、チビらはそれを必ず超えてくる」

「……我々は、夜桜様の曾孫様方を支える立ち位置につくのですか?」

「頭が固いヤツだなぁ……。どちらでも構わん。しかし、アタシらが囲い込むって事はそれなりの理由がある。それは、お前達が肌身で感じ、生きる為に理解せよ。その本能的な部分を忘れてはならん。それからな? わざわざ嫁を取らせるのも理由がある」


 世代が変わったからな。アタシの尺度ではどうこうと言えんのだ。中には結婚してから荒れる様なヤツも居る。お前達はそうはならんだろう。

 一言に尽きる。アンタ達に欠かせないのは死ぬ事を許されないと言うプレッシャーだ。それにどう対応するかは人それぞれだ。我が子、クルシュワルは真っ向から戦った。結果、3人の妻を失い、4人目を娶った。あの歳でな。

 上の孫、リクアニミスはのらりくらりと躱す。世渡りの上手さは折り紙付きだ。

 下の孫、アリストクレアは逃げに逃げ、運命に追いつかれた。結果、あのような立ち位置に納まっている。

 お前達全員、どうなるかなんてのは分からん。アタシには未来視なんて異能はないし、聞きたけりゃ時兎のヤツらに聞け。証印があればいの一番で見てもらえるぞ? しかも、先代巫女、絶対の巫女たる紅兎にな。

 今のお前達は根無し草だからな。それだからこそ気楽で強気に働ける部分は否定しきれんだろう。だが、我が家の男共の様に、(パートナー)を見つけることで、安定はするところもあんだよ。とくにアタシが提示したヤツらは若い娘だが、かなりのやり手だ。アンタらが挫けそうな時は助けてくれるだろう。悪い道に足を踏み入れそうになるなら、ぶん殴ってでも引き返させると思う。迷う様なら、そいつらの考えで助け船を出してくれような。

 好きにしたらいい。アタシらが指し示している道は、お前達の分岐点の1本にすぎん。強制じゃないさ。極論、アタシとしては法に触れないならば、略奪愛も否定しないよ? 法に触れないならね。


「んな訳だ。別に強要はしない。証印にしてもアタシが生きてる間は持っていてくれると嬉しいが、死んでからは自由にして構わないからね。……いや、全力で首を振らんでもいいから。取り上げたりもせんよ」

「夜桜様は御自身の影響力を軽んじ過ぎておられる。カーマインにも注意されたのですがね、我々みたいな孤児上がりには恐れ多くてかないません」

「とは言っても、正論は正論なんだよなぁ……。なぁ、ソーラよ、お前は見合い受けんの?」

「か、考えます。まだ14なんで直ぐに結婚とはいかないんで」

「はあーーーー。馬鹿だねー。昔の貴族なんて5歳で許嫁を決められたなんて話がザラだったんだけどな。それから、アンタらもバカにできない影響力があんのに自覚してないんだ。アタシの事をどうこう言う前にその辺を自覚し直しな」


 この国は複婚が認められている。つまり、財力さえあれば妻を多く抱え込む野郎は居る。また、逆も然り。そんでもってコイツはちょいと特殊な例だが、多夫多妻なんてグループ結婚なんて輩も少数ながら居る。アタシの知り合いに……。

 んで、ゴールドランクの若手冒険者に当てはまるフォンドン達は、その手の業界では有名人なんだよ。自分達が野郎ばかりの社会に居て、僻地任務が多いからか気づけないんだろうな。強面マッチョのフォンドンがアタシの庇護に入った事が知れた途端、アタシ宛にフォンドンとの見合いを求める嘆願書が来るようになったんだ。また、カーマインはハーフエルフだから、キリッとした男性エルフ特有の涼やかな表情なんかかなり有名。冒険者ギルドの受付職員なんかからは熱い視線が飛び交っていたのにね。クードは柔和ながら爽やかな笑みを固めてるからな。ポーカーフェイスのつもりなんだろうね。それだけで既に狙われていた。無口で日陰に隠れているが、ザダが面倒見の良い冒険者である事は知れている。先の2人程では無いにしろ、ザダだってそれなりのイケメンと評されているんだ。

 ソーラ坊は…………また特殊だね。リーナが世間知らずな原因でもあるんだが、リンダやマドックの実力と影響力の庇護下にあるからね。下手な連中じゃ手を出せなかっただけ。それがリーダーのリンダがアタシの派閥へ加入したと噂が立った途端にたくさん来たよ。見合いではなく、娘を差し出す感じの婉曲な内容の手紙がな。ソーラ坊は特に人気さ。14歳と言う若さ…いや、幼さでゴールドランクを超える程の実力者。エウロペのガキ共とは比較できんが、十分以上に優秀な人材なんだよ。直ぐに結婚とならない点も助けて婚約者にと言う輩は絶えん。というか、以前は繋がりが限られていたからね。突き所が無かった所にアタシが囲い混んだからいろいろと来てるよ。中には手紙ではなく、自分から……。どうかお願いします。……などと言った優良物件も何人か居たよ。……そっちは父親を娘が説得せねばならんだろうけど。


「……ま、待ってください。なら、いずれかはこうなったと?」

「だろうね。アタシが囲い混んだから時期が早まった感は否めんが、いずれは違う年代の嫁候補をあっちこっちから勧められるなんて事態になったろうさ」

「まー俺も20歳は過ぎてますからね。周りの知り合いはどんどん結婚してますし。忙しさにかまけて見て見ぬふりをしてたのもまた、確かっす。ここは逆玉の輿狙って、腹括りましょうかね」

「ク、クード……。はぁー。まだ、自分なんかが、と思わなくはありませんが」

「わかった。伝えとくよ」


 クードとザダ、ソーラ坊に外縁に座る女学生からの熱視線が集まっていた。知る人ぞ知る……ではないが、戦闘職寄りの学生が噂程度に周りの友人に伝えたんだろう。

 複婚が認められている以前に、事実婚でも許されている現状。特に革命の煽りで幼い内に親を失った子供達が今、適齢期になり始めている。若いヤツらの中には玉の輿を狙うヤツも多い。貴族制を解体したと言っても金の流れを握ってる一部の連中と、孤児上がりでは金銭感覚にも格段の差があるしな。そうなると、フォンドンらはいい標的だ。冒険者は結構遊んでるヤツもいるからね。子供なんかできた日にゃ事実はどうあれ、責任を問う事もできる。特にゴールドやプラチナの様な高ランク冒険者には名誉も関係してくるから、簡単に見捨てられないって言う側面もあるんだ。あくまでも我が国限定の話だがな。

 若い内に事実婚、もしくはお手つきになっておけばある程度の保証になる。そう考える若い娘も居るんだよ。孤児上がりは特にな。ゴールドの内の3人が孤児上がりなのも拍車をかけるね。トラブルとまでは行かないが、そういう面倒事を避ける意味でも、アタシが推薦する様なヤツらと結婚しとくのは良い手段なのさ。上を目指すのに欲は必要だが、過分な欲は身を滅ぼす。アタシは何人も酒や女に浸って堕落した若手を見てきた。元は優秀だったヤツが潰れて行くのも数切りなく。


「うひゃー。な、なんか周りの女性陣が皆、敵に見えてきましたよ」

「あながち間違いじゃねーのかもなー。まぁ、俺らは互いの身の回りを見合って、守りあおうぜ」

「うむ。それがいいだろうな。自分の世間知らずぶりを叩きつけられると身に染みる。ありがとうございます。夜桜様」

「ん? 何言ってんだい。アタシに関してもあまり信用し過ぎるな。今更アタシ自身が婿取りなどとは考えんが、アタシにも損得勘定はある。そのリストの娘は確かに優良物件だが、全部がアンタらの利害と一致するとは限らん」

「わかってますって。見極めは自分らでってことっすよね?」

「そうやって軽口叩けるのも今の内さね……」


 噂には聞いていたが、立ち見にすら整理券が必要な講義とは恐れ入る。そんでもって大半が女学生。

 ……アルはかなり身持ちが硬い。しかし、アルテーラの様な例もある。鬼の庇護下はもいろん。今や安定した職になりつつある職業軍人や、魔法工学者との縁はアレらにはよい目標だ。それにこの場に優先的に集められる連中。アルの研究室に配属された学生と良い仲になれるともなれば尚よし。この『上級汎用魔法』とか言う訳の分からん講義名がこれだけ人気なのもよく分かるよ。あわよくば、……って肉食獣が数え切れん。

 いつの間にやらチビらが全員集まり、アルも所定の位置に。その横にはアシスタントとして雇われた形のカーマインも居る。そろそろ授業が始まるらしい。アタシも椅子を移動し、従者連中と一緒にチビ達をしっかり見守ることにしますかね。

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