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転がる先

 ニヴェリエーラ曰く、僕らの存在はこの世界には不似合いな物らしい。何でも……。

『アタシもそうだけど、この世界にはどこかに必ず、(ルール)の外側の存在がいるんだよ。エレもそう。でも、理に適合できないのだから、君達はその分脆い。けして驕り高ぶるべきじゃない。理の外だからって、身を滅ぼさない訳じゃないんだからさ』……との事。

 僕達はニニンシュアリのナビを頼りに、鬼の御一家が居るであろう場所へ飛んでいる。なんだかんだともう1時間近く飛んでるよ。

 僕にも転移魔法が使えたらいいんだけどね。使えないことは無いらしいが魔力や神通力の空転なんかを考えれば、ナビをしてるニニンシュアリにも無理はさせられない。そもそもニニンシュアリばかりに頼っては危険な面が多いし、習えばいけるかもしれないけど現状の僕にはあんな複雑な術式を即席では使えないし。

 無言の時間に耐えかねたニヴェリエーラがニニンシュアリに自己紹介したのを皮切りに、ニニンシュアリが軽い自己紹介を。ニニンシュアリが鬼の血統にある事を知るや、ニヴェリエーラがいきなり語り出したのだ。何かを感じたのかニニンシュアリは詳しい出生と、僕らは限りなく他人に近い遠い親戚にあたる事を教えていた。

 そして、再び無言の時間。

 急に2人に反応があった。何やら凄い氣が渦巻く場所が現れたと言い、軌道を修正しながらそこに向かう。確かにある。そう言った感知や解析をそれ程得意とはしない僕にも解る。異常だ。まるで、源泉。古い魔脈が見つかって魔力が噴き出して居るような感じ。ありえない話じゃない。この先にあるのは『神域』。人間の接近を許さず、各地の生態系頂点と呼ばれる生物達の巣窟だ。もっと言えば、この世界の中で頂点に君臨する神威種達が住まう土地。

 2つの意味で『最果ての地』と呼ばれる土地だ。まず、この地は前人未踏ではない。古の文明があり、人が栄華を極めた最も栄えた地であった事。そして、世界の中心にありながら、人が住まう事ができる人界との境界線なのだ。


「……ここは神域だ。環境が過酷すぎる事もあるが、何より主がヤバいはずだ」

「あー、アレね。アタシらなら大した存在じゃないんだけどねー。そもそも根は温厚な種だけど、人が阿呆だからなぁ……。知ってるだけでも5とか6は国が落ちてるよ」


 ニヴェリエーラに指示し、雲の中からできるだけ索敵を受けない様に急降下して着陸した。途中で既に異常な事態であった事には気づいていたけどさ。

 ……でも、それにしてもだよ? 酷い臭い。血の臭いだ。顔を顰めながら僕らが降り立つと、魔法で作られた椅子に座る御三方が一斉に振り返って来た。なんか既視感。太刀海先生の時もだけどさ。緊張感というかね?

 ここでだべっていたのは言わずもがな。ブロッサム先生、クルシュワル様、リクアニミスさんである。ブロッサム先生がそちらを見ろと軽く首を振る。僕らが恐る恐る振り返る以前に御三方が見ていた方向を見ると……。臭いの元凶が目に映る。

 これは酷い。

 まず一言には死屍累々。血の池地獄と言う言葉が頭に浮かんだ。そこらかしこに血塗れの神威種が無数に転がっている。転がっているのはほとんどが死体。数体は虫の息だ。真ん中には一際大きく満身創痍の神威種『銀鎧龍(シルバー・メイル)』が一体だけ、かろうじて立っていた。また、その目の前には涼しい表情をした御仁が肩にククリナイフをかけて仁王立ちしている。あぁ、あれは酷い。確かに敵だ。敵なんだけど……。もはや哀れみすら出てくる。常軌を逸した現状。本来ならば銀鎧龍は討伐難度がつかない存在だ。同位の生物群である神威種の中においても、無傷で無双するほどの超生物のはず。縄張りを害された場合、国が滅びる様な天災級の生き物のはず……。


「んぅ? どうしたんだい? まぁ、想像はつくが」

「やはり世界のバランスが崩れたか……。アルよっ! いつまで遊ぶのだ? そろそろにしておけっ!」

「まぁまぁ、父さん。アルにはアルの考え方ってヤツがあるんだよ。というか、僕らじゃアルには敵わないんだから」

「何にせよ、勘違いの阿呆を痛ぶるだけでは解決はせん。さて、神殿調律師長、並びに神殿騎士長よ。最高指揮官は息子(クル)だ。早く報告をしとくれ」


 巨人の状況、それよりも紅葉の大規模魔法が暴発した事など。それらをニニンシュアリが簡潔に説明。クルシュワル様は小さく溜息だけ吐いた。予想はしていたみたいな感じ。

 そこからはクルシュワル様からこちらの流れを説明された。

 クルシュワル様と御二方が到着した段階ではまだ殺戮が始まった段階だったらしい。エゼルビュートは序盤は『パワーをセーブしていた』アリストクレアさんと『拮抗した』戦いを展開。確かに普通の勇者の中ならば強かったのだろう。……と、クルシュワル様は語る。そもそも勇者とは冒険者の中にいる一摘み以下の存在なんだけども。勇者のランク? あぁ、SSランク~SSSランクくらいだろうと……。事も無げに……。まぁ、ブロッサム先生はランク外。クルシュワル様、リクアニミスさんは共にXランクだからね。もう考えたくない。

 僕が呟くと、ニニンシュアリからここでは常識は無いと肘で小突かれた。……僕が黙って小さく謝ると、クルシュワル様がヤレヤレと言いながら続ける。アリストクレアさんとの戦い中にエゼルビュートにある『無知』と言う決定的な問題がここで芽を出した。無知ねぇ……。まぁ、問題はそこじゃないんだよなぁ。だってさぁ、無知と言うのは語弊があるからね。そもそもの話が1部の人々にしか伝わらない様な知識を調べられる訳もない。無知と括るのはあまりにも無茶苦茶なんだよ……。この時点でエゼルビュートが可哀想に感じる。哀れみと言うよりも、呆れの方が割合としては強いけどね。


「まぁ、前提が違うがな。いくら研鑽を積もうとも、鬼の家に現れた猛武の王に勝てる者など居らぬわ。本来あやつは鍛冶師の才気よりも闘士の才気に満ちている」

「だよね〜。父さんの言う通りだよ。アルに勝てるなら僕らにも勝てるだろうし」

「……」

「……」


 まぁそんな訳で、アリストクレアさん的には調査に近い意味合いもあり、考えて防衛したのがこの惨状を生んだ。まさに殺戮。そう、この惨状に至った原因はエゼルビュートの戦い方。

 エゼルビュートは理由はどうあれ召喚魔法を研究していただけあり、召喚魔法だけならばそれなりの機関で地位に着ける程の実力がある。……と先生が言う。へ〜……。それだからか本人が攻撃魔法で戦うより、召喚陣での召喚から使役、戦闘に卓越していたのだろう。本人のプライドや過剰にある自信でアリストクレアさんを叩こうとしたと。

 エゼルビュートは勇者召喚の召喚陣だけではなく、禁忌の錬成陣を使う為に近くにあった魔脈を解き放った。それに合わせて出てきた銀鎧龍を使役して戦わせたが………………誤算はここから。本人は有利に戦う為に使ったんだろうなぁ。

 うん。誰も知る訳ないよね。本人達すら知らなかったんだから。古い魔脈の中で本調子になるのはエゼルビュートだけではない。いや、話を聞く限りではアリストクレアさんの方が増幅の勢いが大きかったんだろうね。圧倒的な力量差が生じ、この惨状を招いた。そう言えば、ニヴェリエーラも言ってたなぁ。『理外の存在』だね。

 ブロッサム先生からも聞いた事があったけど、僕ら鬼だけではなく、原初の勇者の血を引いている人々は新しい世界には不適合なのだと。中でも鬼の血は特殊な血筋。初代オーガはこの世界を創り出した存在。それが嘘か本当かは今や判断などできないが、これだけは言える。この世界は初代オーガが密接に関わった世界。言い伝えを鵜呑みにするならば、初代オーガは神にも等しい。ただし、口伝の中の彼の言葉によれば彼は神ではない。『物語』の『執筆者』であり、『登場人物』だからだ。


「ほう、冬の。お前も気づいていたのかい。まぁ、世界を回す四神霊だからな当たり前か」

「は、はい! よ、よよ夜桜しゃま!」

「はぁ…………楽におしよ。まぁ、信じるか信じないかは知らん。ここからは本人の土壌の差だよ。豊かなら受け入れて噛み砕ける。狭量で痩せているならそれまで。アタシだって聞いた時は物語程度に考えていたのだからな」


 ブロッサム先生はつらつらと何事も無く話し出す。……今、さりげなく振り向いて口を開こうとした? あの仕草……。潮姉を呼ぼうとしなかった? ……将軍をお茶くみに使う元将軍。カオスすぎる。

 まぁ、いいや。ご本人は不満足みたいだけど、僕がお茶くみ。僕が座ったタイミングで話が再び進む。

 この世界の原型は執筆者(オーガ)の綴った物語。ただただ、書き連ねた文章だったと言われている。ただ、それだけ。しかし、その物語を大元に何かが世界へ干渉し、そうやってこの世界の原型が造られた。つまりこの世界ができあがる過程で、その物語に干渉した『異なる者』が居たのだ。それを執筆者(オーガ)は……………………『神』と表現した。

 執筆者の母界には魔法も異能もない。様々な生き物は存在すれどそれ程に突出した支配者や、暴虐をよしとする生き物も居なかった。幅広く世界を支配し、世界のバランスを崩し続ける『人』のみが支配した世界。

 今では本人が居ないので細かい事は解らない。しかし、執筆者はでき始めたこの世界を育てる為の糧になり、自身は中途半端な存在となり世界を見守り続けている。眉唾……と先生御自身も一蹴するも、それが『(いな)』とも言えないと続けた。


「信仰における神話なんてそんなもんさ。何よりも……アタシらの存在が証拠とは言えないかい?」


 奇跡とか何とか言う物は自身では判断がつかない。そんな奇異な好転を意味する。しかし、事実を突き詰め、紐解ければそれも奇跡ではない。目の前にはその奇跡と言われた物を使い、凶事を引き起こした者を裁かんとする者もいるのだから。……と、先生は締め括る。

 うん。確かに。…………それなりの数だろう。

 そこらかしこに転がる死骸は、全て神の威を持つ守護者達だ。神威種は神にも届くと唄われる頂上の上の存在。災害と同類だ。国を滅ぼす様な存在と認識されている。それが無数に存在するだけでも、本来は未曾有の危機と言われるような問題だ。生態系最頂点の生物が累々と積み重なるこの状況。しかも、異常なのはその死骸の状態だ。その遺骸のほとんどが一閃により、絶命に追い込まれた物だ。殆どが一太刀で首を断絶されている。おかげで外殻が綺麗すぎる。……品質は最高。狩人が野ウサギを一矢で仕留めたようなものだ。

 ブロッサム先生は落ち着く様に言うが、皆さんの様な場数は僕らには無い。流石のニニンシュアリであっても生唾を飲んで事の異常さを噛み砕く。理解はまだしきれない。この状況を『あぁ、……うん。そうなんですね?』と事実と口に含む事ができた段階。これがどうして起きて、どんな物なのかと言う事を胃に納め、消化しきるなんて無理だろう。僕は…………理解し難い。


「わかったわかった。だが、落ち着け。どの道お前達も他人事ではないんだぞ? 予想の範疇を抜き切らんが、ワシらも異常に体調がいい」

「あれ? 確かに、体が軽い気が……」

「言われてみれば……」

「ワシらにも予想外としか言えんのだが、この魔脈の古い魔力はワシら鬼の家にも好適な影響を与えておる。あの無知者が切り札のようにとった手段が、この様に働いてしまえば……。哀れみの念すら浮かぶな」


 クルシュワル様は既に呆れていた。

 ブロッサム先生もエゼルビュートが『復讐』に固執し過ぎる度、身を滅ぼすのを『哀れだ』という始末。だが、先生の瞳は血走っている。いくら哀れみを向ける様な状況でも、あの方から憎しみが消える訳では無い。

 クルシュワル様の説明の中、ブロッサム先生の表情は冷酷を絵に描いた様に冷ややかな笑みを浮かべている。言いたい事が分からない訳じゃない。先生は抑圧された中にいた。自由は少なく、味方も少ない。そんな先生がお若い頃、森の隠れ里は限界を迎え、養子としてフォーチュナリーへ赴いた。当時の社会では異物は忌避を向けられ、風当たりは最悪。そんな向かい風の中を、異国から現れた七光りを拒絶しなかった方々が居た。椿様のお姉様方だ。

 ……その方々を亡き者にした者の娘。憎しみに駆られ、夫や孫、幅広い自身の知人へ手を出した犯人。ブロッサム先生は溜息を吐きながらもアリストクレアさんを呼ぶ。手を止め、魔法陣の停止を行う旨を告げた。

 アリストクレアさんも振り向き、ククリナイフを鞘に納める。痛ぶる手を止め、銀鎧龍の死体の真ん中で両手両足の骨を折られた無惨な状態の女から離れた。あぁ……、アレは酷い。多分、ククリナイフの瀬で叩いて砕いたんだ、姉上がアリストクレアさんを本気で怒らせない理由。何となく理解できた気がする。……背筋が凍るってこんな感じなんだね。普通に……ヤバい。まだ殺気が引ききらない彼の視線はまさに『刈り取る者』だった。

 アリストクレアさんは物のついでの様に振り返る。指をエゼルビュートへ向け、胴体と頭にだけピンポイントな回復魔法をかけた。手足があらぬ方向に折れ曲がっているエゼルビュートを銀鎧龍の死骸へ凭れかける様にし、ブロッサム先生に了解の意を告げる。


「エレ、ニニンシュアリ。お前らは何か言ってやりたい事はあるか?」

「は、はい?」

「僕はどうでもいいです。ソレにはそんな価値はないですから」

「ニニンシュアリについては解った。さて、エレ。コイツは許され難い罪人だが一応は実の母親だろう?」

「今更無いですよ。昔ならまだしも。あそこまで落ちぶれたら相手にするのも馬鹿らしい」

「そうか。なら、始めるぞ。お前ら2人はまだ創造(クリエイト)の制御はできないだろ? 見て覚えろ。ついでに、何故鬼が無慈悲であらねばならないか。その事を今、理解しろ。全ては……救えない。摩擦が起きるならば、力を持って排除する。解ったな?」

「……」

「……」


 僕らは、黙って頷く事しかできなかった。多分、彼に自覚はないんだろうけどさ。あの表情はブロッサム先生すら可愛らしく見える。死神……まさに死神。すわりきった光のない瞳は何を見るともなく。あれ程にアリストクレアさんの……、憎悪、憎しみ、憤怒に満ち満ちとした表情を初めて見た。最近は事が事だっただけに、その更新頻度が激しい気がするなぁ。

 アリストクレアさんは間違いなく感情の起伏が小さい。意図的にか、素の性格がああなのかは分からない。彼の心は波の大きさが小さな分だけ、波立つ感情の塊が大きくなるんだ……。些か過激な彼の発言にはブロッサム先生も何も言わず、クルシュワル様もリクアニミスさんも何も言わない。さもそれが当然だと言わんばかりに……ね。

 二手に別れ、クルシュワル様とリクアニミスさんは禁忌の召喚陣へ。ブロッサム先生とアリストクレアさんが勇者召喚の召喚陣の外縁に立つ。まず、個々の大規模陣を包み込む様に魔力が集中する。見た事も無いような重厚な魔力を遮断する結界が張られ、体にまとわりついていた魔力が一気に濃くなった様に感じた。


「さぁ、始めるぞ」

「こちらはいつでも構わない」

「わかった。やっとくれ」


 ニニンシュアリが予想の元に語る所によれば、召喚陣の特性が関わるらしい。召喚陣系の特殊な魔法は起動に本人が呼び水としての魔力を使うが、持続には本人から抽出されて行く訳ではないらしいからね。できない訳じゃないけども。召喚獣の展開は本人依存だが、陣を維持するだけならば外部の魔力から流用できる。先程の異常はこれが引金だった可能性が非常に高い。利用する外気の魔力が急激に増加し、いきなり陣にある魔力路のバランスが歪む。陣の働きが歪めば召喚獣も何らかの変化をする。だからこそ紅葉が判断できない様な事態が発生したんだろう。……との事。

 その陣を更に上位の使い手が結界で隔離した為、エネルギー供給が行われる事がなくなり、半ば停止している状態らしい。ただ、この状態では『仮死状態』だと言う。魔法陣は元々からして、単一の魔法を発動する為の物では無い。何故かと言うならば、魔法陣の目的がそれに関わる。魔法を一種類使うのに態々陣を組むなんて、労力的に無駄。余程の多工程で大規模な術式にしか行わない措置だし。大規模魔法を魔法陣で構えるなら、魔法の阻害を阻害する陣、1つの効果を持久、永続化させる陣など。それだけの魔法ならば守ったり、利便性を上げるならばやった方がいい。複数の魔法を幾何学模様の陣に置き換えて組み合わせるのも効率の点から当たり前。魔法陣って言う物がそう言う物だから。あれだけ効率よく組まれた魔法陣になら再起動くらいなら普通にするし、術式事態に自動修復が盛り込まれてる事だろう。だから、隔離を解き、魔力が供給されれば再び異の元凶と成りうる。


「創造……(ブロック)

「創造……(ディスアッセンブリー)


 もしかして、創造っていろいろできるの? 異能の展開からクルシュワル様と、リクアニミスさん側に変化が現れた。2人が揃って呟いた後に徐々に魔法陣が小さく、溶けだして行く。同時に結界も小さくなり、最後には小さな毬くらいのサイズになって、クルシュワル様が掌で弄んでいた。クルシュワル様はそれをニニンシュアリへ投げ渡し、2人は先生とアリストクレアさんの方へ。ニニンシュアリはげんなりしながらアイテムボックスの中へ。4人で囲んだ『勇者召喚の召喚陣』を見据える。ただ、今回の陣は簡単には抑えられないのだろう。アリストクレアさんが解析し、ブロッサム先生が長々と詠唱しながら干渉を行い、制御を奪還。そのまま停止へと舵を切った様だ。その間もエゼルビュートは喚き散らしていたが、誰も相手にすらしない。

 最後にブロッサム先生は握り拳程の結界に詰まっている召喚陣に手を加える。普通ならやらないんだろうね。何やら重要な物らしく、アリストクレアさんが取り出した少し大き目な魔法記憶媒体へ落とし込む。ブロッサム先生も同じ様にニニンシュアリへ投げ渡し、後ろ手にヒラヒラして何かを伝えたみたい。ニニンシュアリは苦笑いしている。……っていうか、そんなにぞんざいな扱いでいいの?


「さて、シメだ。母上、よろしくお願いします」

「うん? クルよ、お前は何もせんのか? アルもだぞ? お前も良いのか?」

「それを言うなら、お袋が死んだ原因もアレだからな。俺よりも親父のが諸々あるだろうさ。だったら、代表してやってくれ」

「ふむ。お前達が良いなら良いが。リクよ。お主も異論はないな?」

「ええ、よろしくお願いします。お祖母様」


 エゼルビュートはブロッサム先生を目の前に、喚き散らす。『力が強い者には解らないだろう』とか『お前らの様な者が居るから救われない者が居るのだ』とかね。その言葉にブロッサム先生は更に大きなため息を吐く。

 僕は腹に据えかねる。怒りに任せ……鎌を掴んだ段階でニニンシュアリに止められた。ニニンシュアリのお母さんも間接的とは言えど、アレが原因で早死してしまった。たまたま、クルシュワル様が助けたからニニンシュアリが生まれたのだ。ニニンシュアリも握り拳には力がこもっている。しかし、僕らの出る幕ではないと、強い語り口で僕に説いた。

 ブロッサム先生はそのエゼルビュートの態度に呆れた様に魔法を発動する。

 クルシュワル様、リクアニミスさん、アリストクレアさんも数歩下がった位置でそれを見ていた。ブロッサム先生は『魔法陣は……こうやって使うんだよ』と呟きながら魔法を使う。エゼルビュートの体に魔法陣が走り、エゼルビュートから絶叫が上がる。痛みなのだろうか? それにしては違う。回復された胴体に這う魔法陣では、ダメージを与えている様な反応が見られないからだ。その時のブロッサム先生は目を見開き、口角を上向かせて牙を露わにする。


「お前は何か勘違いをしているのだな?」

「や、やめろぉぉぉぉぉっ!」

「ふん、小者が。隠居したアタシがやる意味は特にないのだが……。最期に、説教しとこうかねぇ? なぁ〜? 晴らしようの無い憎しみってのは………………どんな味がすると思う? ん〜?」


 生き物が生きる限り、食い食われ、争い、削り合う。それが考えの幅が小さな野生動物ならば、掟だと片付く。

 掟の外に歩み出した人間は愚かだ。友愛だの平和だのと争いを起こさない精神を説く者は絶えない。人間も、何かを糧に生きている。如何に奇跡を願おうとも、無から有を生み出すなど有り得ない。そして、弱き者程、愚かな者程、絶対数が多い。嘆くだけでは弱いまま。願うだけでも弱いまま。守られるだけならば、座して死を待つと同じ。

 生き長らえたいならば、何らかの技を得て、何かに対して強くなる様に足掻く事をやめてはならない。ただ、その技が武とは限らない。人が持つ強さは1つではないのだから。力が弱くとも、生きる意志を強く持つ物はそれなりの力を手に入れるのだ。

 その中で、必ず現れる形がある。1人では生きられぬ。徒党を組めば、摩擦が生じる。また、派閥抗争は付き物だ。生きる者が在る限り、どんな形であれ生死のやり取りがあるのは当たり前。

 人が幅の広い感性を持つ以上、様々な者が居る。それも当たり前。全ては……否定しない。


「お前も辛酸を舐めたのだろうなぁ…………。解るよ。アタシも辛い時を歩んだからねぇ……。ただ理解できん部分もある。アタシはお前自身ではないからな。物事には……限度があるんだよ。百歩譲ってアタシ個人までなら許してやるが、アンタはやり過ぎた。今からアンタが味わうのは…………アンタがやらかし、死んでいった者達全ての憎しみだ」


 ブロッサム先生の語り。あの方の身内は……その運命の中で死ぬべくして死んでいった。しかしながら、ブロッサム先生も人。やらかし過ぎたエゼルビュートへブロッサム先生の怒りに火をつけた。取るに足らぬ羽虫ごときが、分不相応な手段に手を伸ばし、新たな歪みを生み出している。自分がした事を思い出せ。……と、今までにない程に威圧がこもった言葉と、体の変容は恐怖その物だ。フォーチュナリー、アグナス、海神、ルシェ、アルセタス……一体、どのくらい亡くなって、どれ程の人が似たような感情を抱いたか。

 おかしな方向に折れ曲がり、血塗れの手足。その手足に這っていた魔法陣がランダムに光を上げる。エゼルビュートの悲鳴が幾度となく鳴り響く。あまりにも酷く。敵への行動とは言え僕には見ていられなかった。もっと怒りが燃えてたらよかったかもだけど、冷静な今は無理だ。

 消えては、上がり、途絶えては……鳴り響く。体に現れていた魔法陣はこの為の物だったのだ。

 最初は左足首より先が弾け飛び、次は右手首から先が弾け飛ぶ。……拷問とか言うならばまだ生易しい。魔法陣はただ破裂させる陣ではないのだ。過剰な回復魔法によって、時間を巻き戻すかの様に作られた陣。手足の各間接がどこかしら弾け飛ぶ度、蒸気を上げながらランダムに各部が元に戻っていくのだ。回復魔法だって万能じゃない。回復魔法は魔力で回復力を上げる魔法。過剰な回復魔法は……考えたくない。

 瞬時に回復したように見えた手足。一瞬はそのタイミングをついて掴みかかろうとする。その素振りは見られたが、先生に触れようとする前には……どこかが弾け飛ぶ。刃物で切捨てられる訳じゃない。文字通り、弾け飛ぶ。先生の噛み締める様な言葉の切り目に合わせ、水気を帯びた破裂音を放ち血飛沫を上げる。回復魔法も破裂も痛みは尋常ではないだろう。


「確かに、リーヴィも……アタシの友も……その様な波に押し流された。そして、死んだ」

「や、やめ……やめぇ」

「馬鹿だねぇ……。この世の中に特別なんてないんだよ。そうやって形があるか無いかってだけさ。力がある人間にも、それなりのもんがあんだよ。逆恨みは構わん。構わんが……アンタも反発したように力をかけた分だけ……反発する。力があるもんにかけた力は…………その分だけ大きく反発するんだよ」

「うわぁぁぁぁぁっ!!!!」

「生かさず殺さず……。上も下も、右も左も……光や闇、時間もない。そんな場所で後悔しな。創造(クリエイト)虚構(ゼロ)


 ブロッサム先生の足元からどす黒く、まとわりつく様な氣を感じる。

 初めてだ。人間の感情とか、強者を目の前にした時の様な覚悟ができる恐怖ではない。なんだろう。僕の貧弱な語彙では全てを表現できない。寒気が止まないんだよ。何も無いからこそ、恐ろしい。何も無いからこそ恐ろしいなどと感じるのは初めてだ。

 エゼルビュートはその黒い靄に飲み込まれていく。

 ゆっくり、ゆっくりと。あれは苦しめる為にやってるんだろう。もがき、魔法を行使して逃げようと試みている様だが、それも無力。怒りから身体に蛇の変容を見せるブロッサム先生が、最後に言葉を残す。一時の激情と憎しみに駆られ、理解を示さない者への言葉。やられたらやり返す。しかし、相手を見誤った。下克上が叶うなら……。いや、無理だろうね。相手が悪すぎる。何事にも限界値があるんだろう。僕はそう思う。


「不条理ってのは…………いつの世にもあんのさ。アンタはやらかした分を償うといいよ。魂が……壊れ…溶けるまで……ね」


 ニタァ……っと笑顔にならない笑顔を見せ、聞こえたか聞こえなかったか分からないタイミングまで、ゆっくりと言葉を残した。

 ブロッサム先生は最初期は僕らより数段弱かったと、以前に教えてくれている。その先生を強くしてくれたのが、専属鍛冶師であり旦那様のリーヴィヒ・クラン氏。友人や頼るべき仲間すら居なかった。八方塞がり、四面楚歌を絵に書いた様な状態だった先生。そんな先生に手を差し伸べ、命をかけてまで先生を助けてくれた方々。手を差し伸べてくれた方々、椿様のお姉様方の様なご友人は、各方面に数は少ないながら居た。その大半が…………今や居ない。弟の様な……甥の様な存在だったと言ってくれた僕の父もその1人。先生は神通力の流れを緩やかにし、僕とニヴェリエーラへと移送を依頼。ブロッサム先生の言葉にニヴェリエーラはビクッと震えた後、龍へ変身した。


「さて、例の巨人だがね。これでエネルギーの供給源は絶った。しかし、砕ききらねば再び立ち上がる。あの様子じゃあ、あっちはだいぶ進まれているだろうからね。お前達、気張るよっ!」

「御意」

「分かりました」

「面倒この上ないな」

「了解しました」


 ニヴェリエーラへ僕の膨大な魔力を注ぎ、索敵や迎撃は度外視に全速力で現場に向かってもらう。

 見えてきた光景を見て絶句だ。まさか、心紅まで出なくちゃいけないなんて……。エネルギーの供給源が切れた今、やる事は1つ。どれくらいか分からないエネルギー残量を空にする事。しかし、僕らが居た時とは比にならないデカさになり、暴れ方も尋常じゃない。なによりゾンビみたいだった動きがまるで真逆だ。キビキビあのデカブツに動かれてしまうと脅威度は比べ物ならない。

 現状を見た途端にブロッサム先生、クルシュワル様のお二人共が装いを変えて飛び降りた。ブロッサム先生は身の丈もある神鋼製の双大扇を構え、巨人が繰り出す拳から捨て身で仲間を守ろうと立ちはだかっていた阿修羅王に助太刀を入れる。ブロッサム先生の技には特殊な防除系の異能や加護、術などを付加した武器、防具が必須。阿修羅王に向けられた腕は扇に叩き切られ、海面へ落下していく。そんな中で先生は中空で浮遊している。

 その次には着地点から海面を走り抜けるクルシュワル様。彼も巨大な刀を構ている。クルシュワル様は逸早く現状を読み取り、心紅や防衛陣を保護する為に動いていたのだ。阿修羅王の防衛を抜かれた場合は、次に構える心紅が守らねばならない。様子から察するに、心紅もかなり疲労の蓄積が見られた。周りに居るメンバーを見ても健在なのはカルフと鬼灯だけ。他は満身創痍とか疲労の色が濃い。僕らが移動するのには行きを約1時間半くらい。帰りは緊急性が高かったから30分より少しかかったくらいだけど、ものの2時間弱でこんなに戦況が変わる物なの?


「何とか間に合った様だね」

「桜……、助かったぞ」

「先生!」


 あちこちから安堵の言葉が漏れ出す。疲労困憊の阿修羅王と艦鮫、黒月が全線を離れ、更に後ろにいた世界樹(ユグドラシル)が立ち上がろうとするが、クルシュワル様がそれを手で制する。ヴォーレル王子、クラヴィも魔力を使いすぎているみたいで、あまり顔色は良くない。言わずもがな、ヴォーレル王子の召喚に応じた形の世界樹が無理に動けば、王子の負担は増大する。クラヴィにしたってどんな戦いをしたのかは分からない。だが、そこらかしこに落ちている崩れた大岩の塊がある点を見れば、どれほどの魔法の乱用なのかは理解できた。

 僕らの加勢を確認したのか、太刀海先生からの通信が入り健在なメンバー以外は後方へと指示が飛ぶ。情報収集を終えていたベラちゃんにアルフ。2人は紅葉の居る魔導師隊列に加わっていた。

 抑えていたクルシュワル様がブロッサム先生と共に前へ。

 まず、これまでは見た事がなかったクルシュワル様の大聖獣が一瞬だけ姿を現した。海底から体を突き上げ、繰り出された巨人の反対側の腕を噛み砕く。ワニだ……。なに? あのデカさ。ニヴェリエーラの言う『理の外』の存在だと、ニニンシュアリが口を開いた。何をしていたのかと思えば、神通力の使いすぎでバテていた心紅とイチャイチャしてたらしい。あれがあの2人の回復方法だからね。……まぁ、気にしても仕方ない。

 クルシュワル様についている大聖獣は、本来ならば人の枠に納まらないモノだと言う。枠外の存在で簡単には喚ぶ事ができない。神霊や神などが恐れる存在。神同士を裁く役割を果たす存在なのだと。名はない。彼は存在することを隠し、あまり表に出たがらないからだ。


『不味い。何だ? この中途半端な物は』

「すまぬな。本来ならば我らだけで後始末をせねばならんのだが、力を貸してくれ。有事の時のみ喚ぶ」

『……構わぬ。寝てばかりではならんのでな』

「すまぬな。助かるぞ」


 ブロッサム先生が切り落としたはずの腕が、もう再生してる。早すぎじゃない? どうやらこれが皆の疲弊を招いた原因らしい。アルフと紅葉、鬼灯の天級魔法を基軸に押さえ込みと遅延を行ったが、少し前にいきなり回復速度が異常な早まりを見せたと言う。

 カルフはまだ体力、魔力など何とかなりそう。でも、かなりタフなはずの潮姉も疲れきっていたし、疲れていないけど魔力が回復しきらない鬼灯やアルフ、ベラちゃんはまだ魔法は撃てない。紅葉は溜まりきってるけど、仲間も近いし、かなり陸地に近づいてしまった。その為、簡単には放てない。何せ、紅葉の魔法は破壊力は言わずもがなだし、範囲がありえないからね。ブロッサム先生もその辺りを理解し、クルシュワル様と2人で前に立ったんだ。知識、能力から体力まで……。現在の若手など比にならない実力者のお二人。

 その更に後ろから声が鳴り響く。

 初めて……ではないけどさ。リクアニミスさんがこれでもかってくらいの雄叫びを上げながら巨人の左脚を砕く。構えた大鎚を神通力でコーティングし、爆発的な威力を振り抜いたのだ。ガラクタの塊と認識できる巨人の脚部は……めちゃくちゃ軽い音を放って爆ぜた。パーンッ! って風船が弾けたような音。いや、なんでだろうね……。


「っと……。いやー、やっぱり、体を動かすのはいい」

「リクよ。いつから戦闘狂の仲間入りをしたのだ?」

「クル……。アタシらは皆戦闘部族だよ? 口で何を言おうが……戦うのは好きなんだよ。どんな戦い方なのかは……まぁ、好みがあるがね」


 チラリとブロッサム先生が見た先には舌舐めずりをする……禍々しい表情のアリストクレアさん。見なかったことにしよう。その御三方の会話を他所に左脚を打ち抜かれた巨人は、前のめりに倒れて来ている。

 ……が、巨人の頭部で何かが閃き、巨人の頭がゆっくりと海面へ落下。何をしたのか、巨人の転倒方向が変わり、仰向けになる様に倒れ込んだ。巨大な津波が起きるも、巨人の頭を刈り取った張本人が海面に着地。……いや、着水?の直後に薙ぎ払って相殺。アリストクレアさんは片手に無骨なククリナイフ、大口径の拳銃を握って居る。……とんでも黒子。

 ただ、ブロッサム先生は何やら面倒くさそうな表情をしている。心紅の疲弊やこちらのメンバー全員が無傷ながらも前進を許した事態。先生も可能ならば、一撃で刈り取りたいと言うが決め手に欠けると言うのだ。


「埒があかん。さて、どうしたもんか」

「ふむ。一撃は無理なのか? 母上」

「厳しいねぇ。あの大きさは無理だろう」


 説明で最初に口を開いたのは1番体力があり、腕力もずば抜けているクルシュワル様。クルシュワル様は攻撃的な異能は一切持たない。……え? 異能ないのにあの強さ? うそん……。その為、クルシュワル様だけでは進行距離に対して手数が足りず、ルシェの距離を加味して考えても留めきれない。フォーチュナリー本国までに削るのは不可能に等しい。

 次に知謀家でドSのリクアニミスさん。リクアニミスさんにはそもそもの話として4人の中では最も膂力に劣ると言う弱点がある。確かにS級の勇者くらいなら100人居ても嬲り殺しにできる実力はあるらしいけど。リクアニミスさんは単騎戦の将。だから彼には広域破壊異能は無く、大聖獣も阿修羅王や巨ワニと比べると劣る。リクアニミスさんの強みはその頭脳。城塞や地形を利用した戦争では負け無しの実績を持つコマンダー。軍師としては4人の中ではずば抜けている、ともアリストクレアさんが補足した。

 そして、とうのアリストクレアさん。アリストクレアさんに関しては皆さんが口を揃えて武神と言う。超高レベルのバランス型。Sランク勇者を比較対象としたならば、超特化レベルの技能や素体を持つ。しかしながら特出して伸びた点が一切無い。多数対個人の戦いならば様々な場面にある程度は対応できる器用さもあるが、彼は一点特化が必要なこの場面で幾分か後手。この場では牽制役にしかなれないが、バランス型の長所として最も持久と適応力を持つ。今の段階ではこの一家で一番強いのはアリストクレアさんだ……と、リクアニミスさんが笑う。


「で、肝心の魔法特化なアタシなんだがねぇ……。すまんがこの場面ではアタシが一番使えんのだ」

「母上、言葉をしっかりと選ぶがよろしい。詳しく話さねば周りが萎縮するだけだ」

「ふっ……。アンタも言うようになったねぇ。まぁいいさ。アタシのいる間に仕込みを済ませた色ボケジジイって点は一族の年長者として評価はし始めていたんだ。そうだな。全く無力とは言わんがな」


 ブロッサム先生の力は吸収系の異能との認知が強い。いや、それも間違いではないらしいけど。

 どうもこうも、先生の本来の異能は吸収では無く、『消化吸収』の異能。ブロッサム先生の吸収(ドレイン)異能は普通の物と違い、対象から引き出す労力が非常に小さい。魔力、神通力を使わず、接近すれば吸い出せる。ただ、弱点としては阿修羅王が丸呑みできるサイズに限られるって事らしい。少々は呑み込めても、斬り裂いて落としてもどこからか湧き上がり復活する。それでは根本的な解決にはならない。また、ブロッサム先生は4人の中では最も燃費が悪く、最も内在神通力や魔力量が少ないと言う。何よりも体が弱い。

 ……ただし、クルシュワル様が言うにはエネルギー総量は格段に少ないが、エネルギー効率に関しては年の功でブロッサム先生に勝る者、追随する者は見た事がないらしい。気配を感じか事はあるらしいけど。4人が来たのは良いが、決め手に欠けると最後に先生が締めくくった。

 現在はリクアニミスさんとアリストクレアさんのご兄弟が『楽しそうに』無双している。特にリクアニミスさんはかなり楽しそう。普段は体を動かさないし、表に出ない事を選択する様に努める彼ら。たまには『遊びたい』と彼は気味の悪い笑みを隠しすらしていなかった。あの方のあーいう所が心紅に似たんだろうなぁ。真逆に近い豹変。8代目様もそうだけど、何かしらの歪みがあの家族には顕著だから。

 アリストクレアさんはまた異質。彼は不気味な程に平坦な感情の起伏。無表情に標的を凪ぐ。……ホントにね。このご兄弟の恐ろしい所はここだ。仮面を着けた様に2人は何かをトリガーにして反転する。アリストクレアさんは怒りに従順。リクアニミスさんは加虐的な快楽に正直だ。カルフがアリストクレアさんの目の前に立ちたくないのは、よーく理解できる。今はちょっと変化してるけどね。このご兄弟の前に『敵として』立つ事だけは避けなくちゃならないんだ。


「先生っ! なら、アタシ提案がありますよ!」

「なんだい紅葉。無茶な作戦じゃないだろうね?」

「いやー……、それを言われたらちょっと……無害では済まない作成ですから」

「まぁ、聞くだけ聞いて決めればいいさね。とりあえずお話しなよ」


 嫌な予感するんだよなぁ。アリストクレアさんとリクアニミスさんの猛攻の間。他のメンバーが全員集められ、アホ紅葉の提案が伝えられる。

 先程まで作戦と今回の作戦の違いはたった1点。巨人に終わりがあるかないかだ。ブロッサム先生が勇者召喚の召喚陣を停止した為、召喚獣は使用者と切り離された形になる。現在のヴォーレル王子と世界樹の関係とはまた異なる。今のアレは使用者とのエネルギー供給を絶たれた事で、最初に召喚された時に流されたエネルギーだけで動いている状況だ。しかも、あの巨人は召喚陣事態がコアの代替品。擬似的なコアが停止したにも関わらず、アレが行動不能とならないならば、今現在のアレには何らかの変化があったはず。

 今、あの巨人が急激に攻撃的になったのは、アレにも短期決戦をせねばならない理由があるから。あまりとりたい手ではないが、フォーチュナリー本国に乗り上がる前に叩くならば……。ここに居る全員で連続の最大級攻撃を叩き込んで沈めればいい。紅葉が話を満面の笑みでするが、一同は目を剥いて絶句。特に神霊組や阿修羅王などは、人間離れした紅葉の内側を見たはず。

 ブロッサム先生が扇をバチンッ……と閉じて紅葉を睨み付けながら口を開く。気迫はこれまでで最も重く、鋭い。以前までの僕らなら全員片膝をつき、動けもしなかったはず。でも、独星を含めて全員が紅葉を見たまま行く末を見守る。


「ははは………あはははははっ!!!! アンタ、アタシの試練の時に『覚悟』と言ったね?」

「はい」

「解った。アンタ、何発まで『天級』を連射できる?」

「っ?!」


 紅葉の内側がどうなったのか……。恐ろしいじゃ済まなくなってきた。

 ニパッと紅葉が笑顔になり、計算を始めた。紅葉が何らかの異能を用いて解き放った力を最大限に活用したとすれば、完全な魔力切れまで含むなら、天級5発、絶級1発、超級1発を連発したら限界だそうだ。まぁ、この際紅葉の事は考えない事にして、他のメンバーとの兼ね合いを考えている先生。

 ただ、先生はいい顔をしない。その回数では『削り切るのは難しいだろう』……と先生は口にした。先生の解析系異能はどんだけ規格外なんだか……。先生が撃てる回数を含めても天級魔法は連続で8発。これまでの事を考えれば、復帰と発動、牽制、反撃からの防御を換算すると難しいと言う。それに最悪の場合になるが、中途半端な威力では押し通して来るだろう。今はアリストクレアさんとリクアニミスさんが体力に物を言わせ、脚部を潰して時間稼ぎをしている状況だ。ただ、それだけではエネルギーの削りきりは無理だろうし、回復やバックアップの人員を考えても心許ない。そこにアルフと鬼灯を加えても……。

 そこからは予想外の人達の乱入もあり、手数が次々に増えた。ブロッサム先生も予想外だったらしい。沈痛な表情の後に悟った表情も垣間見えたし。

 うん。まさに予想外。空から女性が降りてきた。少し疲れた様な表情をしている公孫樹様だ。先程までイタズラを企むパールと朧月みたいな顔をしていた紅葉も、一気に表情を引き締め、ブロッサム先生の後ろに逃げた。公孫樹様のジト目がそんな紅葉を追うが、公孫樹様は太刀海先生の無事を確認すると空から降り立つ機械の飛翔体にも話しかけた。


「オニキスちゃん、大丈夫そうよ」

「みたいですなぁ。さっすがにあの馬鹿みたいな爆発には肝が冷えたで? もーみーじー?」

「あ、あは、いやぁぁぁっ!! やめてお姉ちゃん! 許してっ!!」

「まったく……まぁ、いいわ。アレが敵の物ではない事は解ったし。シルヴィっ!! そっちはどう?」


 ブロッサム先生に突き出された紅葉の目の前まで、熱湯で造形された槍が止まり、何やら機械の鳥の様な物から独特な服装のオニキスが降りてきた。嬉しそうにクルシュワル様に飛びつくまではまぁ、テンプレって事で。

 最後に公孫樹様が見上げた方向へ全員の視線が向かう。……はっ?

 ヴォーレル王子はワナワナと震えだし、ブロッサム先生はけたたましい怒声を上げた。アリストクレアさんがそれを止め、オニキスからの話を聞き、心配の無いことを告げたが、先生は納得したかは微妙な所だ。例の巨人の動きと紅葉の魔法が暴発した点を踏まえ、主要拠点防備要員以外の超級に準じた戦力がここに居ると言う。姉上は巨人と同サイズの……古代機構人(エンシェント・ゴーレム)に似た物の肩に乗っていたらしい。

 飛び降りてきた姉上はブロッサム先生に最敬礼を取り、周辺国とこちらの状況を考えて出た旨を改めて伝えた。先生も先生で形式的に礼を取った後、姉上へ現状を伝える。姉上も黙って何かを考えた後に再び口を開いた。先生はその言葉に目を見開き、もう一度だけ姉上に問いかける。紅葉の作戦を実行に移す事についてだ。

 今は継続してリクアニミスさん、アリストクレアさんが主力になり、レジアデスやアーク、太刀海先生、ミュラーが脚部を潰して抑えている。時間稼ぎにしても燃費が悪く、膨大な魔脈から吸い上げたエネルギーの全損は中々に厳しい。


「ふむ……。しかしな、この場には超級異常ではあるがアレに効果的な攻撃が可能な者は限られる。無理をさせられん者も多い。お前は……それらを守りきれるのか?」


 姉上は微笑み、ブロッサム先生を見つめながら言葉にする。

 自分だけでは無理でも、ここには自分を理解して隣に居ようとしてくれる人が居るからとね。姉上はそこに居る要人と絶級以上の魔導師以外にインターバルを組ませての対応を命じ、作戦を更に綿密にしていく。紅葉の提案はあくまでも一策に過ぎない。実際問題になるけど、魔力回復の時間稼ぎすらままならないから、心紅やヴォーレル王子みたいなメンバーまでが前を張っていた訳だし。ただ、絶級に近い威力を交代で放ちつつ、前進をさせない事。あわよくば後退させながら打破。このメンバーが揃えば可能だろうと姉上が言い放った。

 まず、絶級レベルに類する広域破壊戦闘員が1組。

 ブロッサム先生がリーダーとなり、メンバーは公孫樹様、紅葉、アルフ、鬼灯、クラヴィ、アーク、潮姉、カルフ、……僕。

 次に補助陣営。魔法攻撃組はある程度距離がなくては戦えない。そのために脚を薙ぎ、進行を抑える人員が必要不可欠。その筆頭がクルシュワル様、リクアニミスさん、アリストクレアさんになる。さらに彼らだけでは手が足りなくなると考えられる為、その次点にニニンシュアリ、ミュラー、レジアデス、ヴォーレル王子、……いきなり海面を走って…………楽しそうに現れた8代目時兎の暁月様。

 最後の最終防衛陣。森の国に隠されていた古代兵器をリー王家の許可のもとに運用している姉上。短時間ならば巨大化できる9代目時兎の心紅だ。

 さらにもう3人、太刀海先生は重傷者が出る事が否定できない為の医療班。ベラちゃんと……こちらも急に現れたお姉様のアトロピナ様。龍騎士の2人は太刀海先生の護衛である。


「さて、最初は公孫樹がいいだろう。アンタは回復も発動も時間がかかるんだろ?」

「ご配慮ありがとうございます」


 アリストクレアさんとリクアニミスさんのタフさがヤバい。未だに笑いながら、楽しそうにぶった切ったり打ち抜いてるよ。魔鬼……いや、神鬼の近接攻撃が可能な人物は、単体に対して国軍を差し向けても無双する様な存在と認知しなくてはならないだろう。彼らが狙うのは脚部と攻撃が繰り出される腕。何よりも頭部だ。音波を増幅した波動攻撃は潮姉が水の隔壁を作り出し、大きな振動を分散。味方には大した害はない。更に潮姉の隠蔽結界のせいか、歩みが遅くなっている。何を基準に前進しているのかは不明だが、行き先が分からなくなっているらしい。

 そして、好都合ではあるが高熱量の光線の様な物だ。当たれば即死になりかねない点は脅威には違いない。……が、高熱量の攻撃は多量の内在エネルギーの放出を促す。それについても適任者が居るし。ニニンシュアリだ。ニニンシュアリにはブロッサム先生に勝るとも劣らない解析能力がある。極微細な変化を読み取り、抑える要点を瞬時にまとめて対抗策を……文字通り『撃ち』出す。彼用にチューニングされている対物ライフル型の銃で寸分違わず。頭部への狙撃が行われている。しかも……、ここぞとばかりに凄い物を持ち出したなぁ。吸収能力を付加した弾丸。……あれ1発だけで戦車が1台買えるって聞こえたけどね。

 時間が経過したが前衛部隊と僕らの連携も特に問題ない。特にリクアニミスさんが両足首を打ち抜き、アリストクレアさんが仰向けに転倒させるこの動きは図らずも巨人の後退につながっている。その中で紅葉の魔力量、神通力密度なんか比じゃない濃密な魔法回路が立ち上がっていく。公孫樹様のフルパワーは未だに1度も見たことが無い。けど、秋の気質を持つはずなのに火属性? それも違う。凄い。超級以上の魔法で奇形以外の魔法合成技術。紅葉も真剣そのものだし、鬼灯やアルフ、ブロッサム先生も結界魔法の準備をしている。


「準備ができました」

「解った。クルっ! リクっ! アルっ! 防備か後退をせよっ!!」

「大丈夫そうですね。行きますよ?」

「あぁ、頼む」

「紡げ、語れ……世界の成り立ちを。神威の息吹を牙と向けっ!!!! 連結天級魔法『神獄絶厄(カタストロフ)』」


 連結? ……。何あれ。海底が、一瞬で真っ赤に燃え上がり、海水は水蒸気爆発の様な現象を起こして爆ぜ上がった。そして、爆発で干上がった部分から火山噴火の様な物を引き起こす。熱量は椿様の超級火属性魔法『煉獄炎(ヘルフレイム)』なんか比にならない。連絡って……総じた威力が天級相当なのではなく、複数発の天級魔法を掛け合わせて発動する物だったの?

 ただ、巨人もエネルギーを溜め込んで硬くなったらしく、爆発と吹き上げたマグマや火山弾、熱泉で表面層が破壊されるも胴体を守っている。……が、連結って2回じゃないの? 吹き上がる水蒸気の中を閃く何かが走り回る。今度は雷鳴? でも、得意魔法ではないからなのか、副産物なのかは解らないけど、威力は先程より低い。手数でかなり削ってはいるけど。そのまま4種目を叩き込む。最後は巻き上がる水蒸気と粉塵を利用した爆破らしい。……が、紅葉が超強力な隔壁魔法を発動。さっきの空気魔法に近い爆発後、靄が晴れた。巨人はかなりボロボロだがダメだ。あれだけ高熱量を叩き込んだのに一撃は無理か。凄まじい早さで体を再構築している。紅葉も舌打ちをしたが、今度は紅葉が準備に入る。魔法の切れ目に合わせて数人の動きが感じ取れた。今まで時間を稼いでくれていたアリストクレアさんやリクアニミスさん達の足止め部隊だろう。よかった。無事だ。

 それにしても何なんだアレ。一気に再構築速度が上がりすぎだろう。生き物ではないから体に負担とか、障害とかそんな事を考えなくていいんだろうけどさ。主が居なくなっても暴れ続ける……か。そう捉えれば可哀想とも思えるが、可哀想だからとアレを野放しにはできない。それこそ被害が予想できないからね。


「公孫樹ちゃーん? ちょっとやり過ぎじゃないかなぁ?」

「8代目様こそ。何故貴女様がこの場に?」

「それはもちろん決まってますよ。私は絶対の巫女。聖刻を守護する大勇者。職を辞したとて、私は聖刻を守護するこの剣と共にあるのだから」

「……」

「……まぁ、今は問わん。しかし、後からしっかり納得させておくれよ? 暁月〜?」

「先生こそ。ご自愛くださいませ」

「はっ……ガキ共が生意気になりだしたねぇ」


 8代目様とブロッサム先生の会話の中で、紅葉が言葉を発した。準備完了だと言う。公孫樹様の半分以下の準備時間だ。紅葉は笑いながら何かをブツブツ言っている。

 公孫樹様と紅葉は実の姉妹だが魔法の使い方は真逆に等しい。

 使う魔力の量や破壊に至るプロセスなども全く違う。長女であり、初代に最も近い肉体の質を持ち合わせ、現代に生まれ落ちた天照。熱や光を体現し、海を産んだ母となった。彼女には器用さはあまりなく、凄まじい力技による事象改変能力。普通の魔導師には到底不可能。魔力量すらブロッサム先生を遥かに突き放し、神通力量も計り知れない。先生すら計測不可能と言う。その代わりに魔力量が高い魔導師の弱点が如実に現れ、魔法の失敗や複雑な魔法使用への緊張から暴発を引き起こしやすい。また、それが原因から現れる精神的負荷により『過負荷震度(ヘイトロスト)』に突入してしまう。その弱点を払拭した今、公孫樹様は単純な魔法力差における戦いにおいて負けることは無い。

 ただ、その公孫樹様にも弱点はある。それはパワーゴリ押しによる弊害。……。いや、力が強過ぎて細かい制御が不可能なんだろう。

 紅葉はその弱点のみを補った様な存在。魔力への親和性が高く、膨大な魔力量の公孫樹様とは異なり、魔力量や魔力圧などは平均的だった。いくら訓練をしても僕の全大量を抜けなかったのは、彼女にはその辺りに強みがなかったから。まぁ、それを覆したのも紅葉自身。パワーで補えない部分を器用さを利用した展開力でカバー。しかしながら魔力量で再び躓いた。そこを挫けないのが紅葉。紅葉は持ち前の計算高さと研鑽への執着から、新たな魔法方式を確立。個人の資質をとことん活かした魔法効率を見出し、史上最年少になるだろう世界最高峰の魔法開発者に送られる称号、『帝級魔導師級(ウィザード・ロード)』に見合う魔導師となった訳だ。


「ふーん。確かに、私ではアレは無理ですね。紅葉が本気で魔法を使う瞬間を初めてみましたけど、アレは厄介。支援がなく、私だけでは確実に殺されます。先生方はどうお考えですか?」

「うん。先生とも公孫樹ちゃんとも違うよね。確かにやりようは沢山あるけど……。血のにじむ様な努力の末に後からチートを得たみたい。いやー、私達の後続はおっかないわー」

「だが、あの子のアレには控えめに言っても大きな問題がある。血を繋ぐお前達の中にも居らんだろう? あれ程強い黒の加護を得た華の娘なぞ」

「えぇ、ですが。そこは紅葉だからこそ……ですね」


 公孫樹様が締めくくった言葉の直後、ブロッサム先生が真っ直ぐに手を挙げた。同時に簡易の詠唱をした所から察するに隔壁を用意してくれたんだろう。それを察したらしい紅葉は最後に何やら手を加えたようで、鼓動の様な脈動が早まる。そして、ブロッサム先生が手を振り下ろした瞬間に魔法が放たれた。

 紅葉や公孫樹様などの『華の娘』や『女神の花束』と呼ばれるお姉様方は皆様が何かを必ず何かしらを隠しているんだろう。公孫樹様はこれまでほとんど表舞台へは出なかった。出られない理由があるんだと思う。

 紅葉の魔法が弾けた。巨人の心臓辺りに肉眼でも見える様な何かが爆ぜる。火薬も火炎も無かったのに。しかし、破裂した。単に圧縮した空気じゃない。空気が急激に膨張する。急激に……って言うけど規模はそれ以上。もっと言うなら一瞬でだね。しかも、今回はちょと前の失敗を考えて、自前の超強力な隔離結界を展開したんだ。僕が知る上での最上位の結界異能に近い。それを瞬時に。閉じ込められた空気の衝撃波は逃げ場を失い、次々にぶつかって方向性が複雑になる。すりこぎの様に巨人を削り取っていく。音が聞こえてたらまずかった。僕は獣人の血も引いている。鬼の血で活性化したその血の能力が今も生きているからね。鼓膜をやられたか……聴覚がバカになったかはしただろう。

 紅葉の魔法が終息しても巨人は叫ぶ様に轟音を上げ、再び無理やりな回復を行った。ブロッサム先生がニヤリと笑いながら呟く。公孫樹様と紅葉がかなりの内在エネルギーを削ぎ落としてくれた為、最大値から3割は削れていると言う。セーブする必要のないフルパワーをたたき込めるならこんなもんかねなんて言ってるし。……なんかゾワゾワする。先生の周りの魔気、なんか怖い。


「あぁ、ちょっとまずいかも。闇属性の魔法に使い手が少ないのはこれが限界なのよね。普通の魔法使いでは闇の氣が凝集された時に一緒に集まる『恐慌』効果のある氣に耐えられないからだし」

「だよねぇ。アタシも頑張ってみたんだけどさ。闇はどうやっても超級に到達できないかったそう考えたら菖蒲姉も凄いよねー」

「え? 紅葉……試したの?」

「だって癪じゃない! なめられてるみたいでさ」

『いや、そういう問題じゃないのだけど』

「おーい、ガキ共見ておきなァー。特に紅葉! アタシは力技だけじゃないんだよ?」


 ブロッサム先生が地面……、いや、海面に手を着いた瞬間。エゼルビュートのなんか比べ物にならない重厚な立体魔法陣が展開され、その外縁を舐める様に海底から物凄い数のドス黒い球体が沸き上がった。なんだろう。この心臓を鷲掴みにされる様な……、まとわりつく強烈な寒気。体が動かない。震える。ダメだ。体が動かない。逃げなくちゃダメなのに。

 周りを見て平然としているのはクルシュワル様、リクアニミスさん、アリストクレアさん、ニニンシュアリだけ。他は差がありはするけど、大抵が青い表情をしている。本来なら魔力波に揺さぶられる様なことの無いはずの8代目様が、1番大きな態度の変化を見せた。頭を抱えて座り込んでいる。……あ、もう1人。心紅なんかこっちにお尻向けて蹲るみたいにしてる。時兎の御家族の弱点なのかな? 遠くにはもう1人涼しい顔をしていた。姉上……、そんな気軽に結界を……。

 リクアニミスさんから説明が入る。まずは自分の神通力で体を包みなさいと言われ、できない数人はニニンシュアリが代わりをしてくれた。魔法で頑張っていたらしい公孫樹様や紅葉もそちらに切り替えた瞬間盛大な溜息。暁月様と心紅はリクアニミスさんが何とか立ち直らせていた。2人共先生にいろいろやられた過去があるだろうしね。

 さて、リクアニミスさんの説明を聞こう。自然属性の魔気には気温変動などの変化要因になる点以外は、あまり外部への強い変化を与える物はない。個別にありはするが影響自体が極小さいため、それも際立たないからね。ただし、『精神』属性は違う。厳密には3属性。光、時間、闇だ。光属性は加護を与える事に特化し、他の属性の防除や回復力の向上が顕著な属。神聖属性とも言われ、神官や修道女などの神職者に適性者が極稀に出る。

 時間は……まぁ、時兎家や女神族にしか伝わらない一族系の異能に近い魔力用法。魔法に類するけど、一般には周知されていない。まず、一般に発現者が出てないし。

 ……で、最後が本命。闇だね。闇は最も現れやすい属性の反面、最も扱いにくい属性とも言われる。その為、闇属性は適性が現れたとしても魔法使いとしての道を諦めるか、次点の属性があるならばそちらで力を伸ばす。何故なら……。


「闇は心にある邪悪な部分を活性化させる。それが強いか弱いかは関係なく」

「えぇ、先生は本当に相性が良く、なおかつ強靭な心持ちをしています。人間を辞めている知人には何人も心当たりはありますが、あの方程の御仁はおりませんよ」

「さぁ、いこうかねぇ! 静寂の帳、我が力となり彼の者を葬れ。……冥府より顕現し、我が言霊のまま……屠れっ!!!! 冥夜女帝(ペルセポネ)


 なんかもー。……身内で見栄の張り合いするのはやめにしませんか? 僕ら後続が惨めなだけなんで…………。

 あれは称するならば『神級召喚魔法』。先生が魔法の頭に魔法の階級を付けなかったのはわざとだよ。そんな事をしなくてもそれくらいはできる。……って言う見せつけの意味合いもあるんだろうけど。そもそも、類が無いから分類すらないんだろうね。まず、魔法の階級ではなく、魔法は種類で難易度に差がある。その辺は割愛するけど、あの魔法は単純な召喚魔法とはその構造や性質から異なり、魔法陣を特に知り尽くす必要がある究極の技術。通常の召喚魔法師(サモナー)は自身の聖獣や精霊へエネルギーを送り込み、よりイメージを強固に具現化するのが常套手段だ。この流れが意外と簡単だからか、最近は召喚魔法師は増加傾向にある。ただし、ブロッサム先生やヴォーレル王子の様な、自身に忠誠を持たない神霊や亜神、……神族を召喚できるのはひと握りも居ない。亜神までなら公孫樹様や紅葉ならできるかもだけど。というか……、あのレベルは今のところブロッサム先生だけなんじゃない?

 まず、魔法の性質からして、あの種類は適性者がかなり振り落とされてしまう。公孫樹様曰く、光や闇は特に信仰心に左右される属性なんだとか。特に光は神聖属性と言われるだけあり、聖刻教の主神派に属する者が与えられる加護であると扱われた時代もある。逆に闇は異端の色。聖刻教での悪神ノアールが体現する色でもある。ブロッサム先生は宗教も学問程度に考えている様だし、神すらも概念と認識しているらしい。

 ブロッサム先生が召喚……いや降神したのは聖刻教の二大神の1柱。主神である善神ブランジェルアと対になる神。悪神ノアール。ノアール神は黒の枢神であり、恐慌と繁栄を表す神であるから、先生と相性が非常にいいのだろう。……とは言っても降神なんて大それた術式なんか、いくら闇との好相性だと言う部分があれど、普通は無理。亜神や神霊などの無形の生命体を喚ぶのは比較的簡単なのかな? それでも上位以上の魔導師であったとして成功率はかなり低い。常時呼べる人は…………超級魔導師からなのかな? その時点で世界中の魔導師の中でも1つまみだからね?


「頼む」

『うーむ。お主、老けたな』

「煩い」

『ははは、人ならば長い年月であったのだろうからな。こちらの席はいつでも空いている。風前の灯……、短い旅路。私の寵児よ。お前は好きに生きるがいい。主様方もお待ちだが、お前の生はお前の物。理など…………打ち砕け。私が、打ち砕いてやろう』


 阿修羅王が周りを気にできずブルブル身震いする存在。艦鮫はその場で失神。ニヴェリエーラはかまくらを作って閉じこもった。黒月も心紅の隣で全く同じポーズ。……あれ? クルシュワル様のワニだ。何かノワール神へ手を振ってない? ノワール神も振り返してるよね? ま、まぁ、いいや。

 ブロッサム先生が使った魔法……『神革(シンカク)』。

 闇魔法は基本的に物理攻撃判定は無い。精神を闇による閉塞感から揺らがせ、不安を煽り、恐慌に陥れる。かなり強固な精神をしていても耐えられるものでは無い。範囲外にいた僕らすらかなり辛かったんだからね。残酷極まりない拷問魔法だ。それもあり、稀に居る闇魔法使いはあまり良い話を聞かない。はずなのだけど、ブロッサム先生が扱う闇魔法には物理判定がある。これも限られた人間にしか知られていない話になるんだけどね。闇魔法は吸収系の魔法に関して言うなら原型の様な物。ブロッサム先生はその辺りにも強い適性がある。あの人の体から放たれる氣類は貪欲なまでに喰らい尽くす。彼女の意志にもよるらしく、何でもかんでも吸い出しはしない。一度でも標的にされたら終わりに近いけど。巨人は具現化された悪神ノアールが指先から放つ黒い靄に包まれて見悶えている。

 解析なんかしなくても解る。アレには触れちゃダメだ。絶対に、ダメ!! 凄い勢いで生命力を搾り取られてる。巨人の再構築が追いつかない速さでエネルギーだけが抜かれてるんだ。しかも、表面層が焼け爛れる様にドロドロと溶け落ちていく。何が起きてるんだ? 


「先生? アレは禁じ手では?」

「馬鹿だねぇ。紅葉とアタシ、鬼灯にアルフ坊屋だけじゃ無理だっただけさね。公孫樹と紅葉が叩き、アタシがこれをやれば削りは十分。さぁ、後続は叩き続けな」


 ブロッサム先生へヒラヒラと手を振りながら、具現化された悪神ノアールは消え去った。効果は絶大ながら、暁月様が言うように持久には向かない技だったんだろう。後ろから現れたクルシュワル様に支えられながらではあるが、先生は満足気だ。

 先生の代わりかな? クルシュワル様が手で招き、鬼灯が前に出た。

 鬼灯もクルシュワル様へ一礼し、全身を変化させて魔力を充填していた状態から一気に放電する。その魔法に公孫樹様と紅葉が驚く。アレは、国防の勇者が1人、柊様の超級魔法。『超電磁大鎧(ヴォルティック・ブースト)』だ。そして、オニキスが空中から何やらアナウンスでもする様に、鬼灯へ言葉を向ける。オニキスは登場できる鳥型飛翔体に乗り込んでいたのだ。直に戦えない代わりに偵察や遠距離からの兵器による牽制、何よりも姉上の為のエンジニアをしに来てるんだろう。

 その鳥型飛翔体の胴体が開き、中からえげつない重さの長大な槍が落ちてきた。

 分厚い氷の塊を尽く砕ききり、海底に落ちた槍は鬼灯が念じると同時に鬼灯の手に飛んできた。僕も枝物の武器を使うけど、あんな型破りは初めて見る。体に纏う様な強烈な雷電に耐えうるあの槍も凄いが……。何よりもその重量に長さ。振り回すにも長すぎ、投げるなんて論外。重量は定かじゃなく、長さは4m超。鬼灯の手では握りきれないらしく、まとわりつく雷電で包み込み維持する感じだ。


「神威の咆哮。我が体、我が言霊、我が力……。全身全霊を尽くし、我が名を元に新たな天を彩ろう。武装天級魔法述っ!!!! 『毒怪沈龍(イービル・グングニル)』」


 彼女が特別な存在であるからこその技だと、ブロッサム先生が告げた。ブロッサム先生だとしても同じことはできないとも。アリストクレアさんが似たような技を使っているが、アリストクレアさんは魔法ではなく異能に偏った物で似ているが全く違う。鬼灯の特別な肉体があるが故の技。

 鬼灯が握るあの巨大な戦槍自体もアレを助けている。あの槍は以前の彼女の体、部位的には頭蓋骨の最も硬い部分からリクアニミスさんが穂先を削り出し、クルシュワル様が神鋼で各部パーツを作り組み上げている。槍に彫り込まれた美しい彫刻はオニキスが。緻密な魔法操作を助ける魔法回路の組み上げ、仕込みをニニンシュアリが。最後にあの槍に最も必要な鬼灯の魔力、神通力に耐えうる保護構造の構築にアリストクレアさんが全力を尽くしたのだ。……ちなみに、今は槍と言うだけ。潮姉が言うにはアルセタスはこのまま行けば直ぐに属領から脱却する。その上で鬼灯は潮騒将軍直属の部下としてアルセタスの守護を担う。彼女にはそれに見合う数の武器を与えられているからね。

 槍の石突で胸辺りを突かれた巨人は体勢を崩し、後退り。そのまま横薙ぎに振り抜かれた大槍により薙ぎ倒される。鬼灯じゃなきゃ無理ね。……あ、いや、クルシュワル様なら余裕か。


「アルフレッド! 放て!」

「了解したよ。我、古王の血脈。薄まれど、薄まれど……我らが心はかの地にあり。天級魔法…………王閃(オウセン)」 


 先程よりも早く立ち直る巨人に対し、こちらの対処も早くなる。海面に派手な水飛沫を上げながら飛び込んだ鬼灯が、魔法で海面に立ち上がったタイミングで巨人も立ち上がった。同時に鬼灯はアルフへとタイミングを合わせる様に告げる。

 実はアルフはかなり長く弓を溜めていた。この辺りはアルフの力に起因してるのかな? 実はブロッサム先生が冥夜女帝を使う前から。アルフは確かに男子パーティーの『独星の導き』ではかなり控え目。工業技術などに直結し、目立つニニンシュアリと違い、アルフは文化的な面が強いし。

 紅葉に近い攻撃能力。しかし、アルフは如何に理知的で頭が良くてもそれ程強い解析異能を使えない。そんなアルフに下準備は必須。紅葉が計算で当たりをかっ攫うなら、アルフは下準備で当たりを勝ち取る堅実な物。仲間を巻き込まない様に組みに組み上げた空気の矢がアルフの長弓から放たれた。仲間が連続で攻撃してボロボロになった胴体へ、部位まで言うならば胸部へ当たる。ドリルで削り取る様に外殻が崩れていく。剥き出しになっていく脈動している物が見えてきている。アレ……前は無かったよね?


「ニニンシュアリ! 予想通りだ!」

「やはりな、外殻の保護に必要な魔力が足りなくなってやっと露出できるまでになったか」

「アタシや公孫樹、紅葉の魔法を耐えきってくるとは驚いたよ。しかしまぁ、さすがは孫の弟子と双対をなす魔法学者。アンタらの予想だから無理を押したが、ババアをこき使うのはもうやめとくれよ?」


 いつの間に……。

 そして、アリストクレアさんに右肩を叩かれた。クルシュワル様と……いつの間に現れたのか太刀海先生が猛進。凄まじい早さで回復するとは言えど、ここまで痛めつけられれば回復力が弱まる。太刀海先生の髪が銀色に輝き、神通力を解放して波動を放とうとしていた首を薙ぐ。しかし、硬い。中程まで通った海水の刃がそこで止まる。太刀海先生ですらか……。それをクルシュワル様が補う。攻撃的な外部異能を持たないあの方。それなのに神通力を全力で解放したSSS級の勇者を軽く抑える実力だなんて……。やっぱとんでも黒子一族はヤバすぎる。どんな研鑽を積めば、あの方がいる位置に到れるのだろうか?

 次はリクアニミスさんと暁月様だ。あの夫婦怖すぎ……。にたァって笑いながら各々の武器を構える。リクアニミスさんが重量無視、質量無視の猛進。恐らく、核になっていた召喚陣を失った為、アレだけで維持しなくてはならないのだろう。人型ゴーレムなら頭部を失えば索敵が鈍る。リクアニミスさんはそれが解ってるんだ。片腕を失った暁月様は……何あれ?! どうなってんの?! 暁月様の胸が縮み、幾分か幼げな感じに。同時に耳や負傷して出た後遺症の症状すら消えた。リクアニミスさんの肩に座る形で暁月様とリクアニミスさんはセットで接近。以前よりキレはないが、暁月様の連斬が無数に閃く。ただし、硬い。前より硬くなってる。数えきれない切断面が現れるも、切り刻めない。……けど、リクアニミスさんが雄叫びを上げながら大槌で打ち抜く。


「リクアニミス様もあんな激しい方だったのですわね」

「えー? ブロッサム先生もそうなのよ。怒らせたら……」

「そうでした……。さて、次はわたくしが行きますわ」

「ならば僕が合いの手を努めよう。君だけでは万が一がある」


 片足を打ち抜かれた巨人がバランスを崩しながらも両腕を振り回す。実はこの点がゴーレム系モンスターが面倒と言われる所以なんだよね。しかも回復系の魔法が組み込まれたゴーレムだとなお厄介。ゴーレムは体の一部を破壊しても麻痺がおきない。通常の有機生物には有り得ない話だ。痛覚がある生物ではリアクションを起こすのだが、ゴーレムには防衛的な感覚はあれど五感はない。だから、ゴーレムにはある程度倒す為の定番的な順序がある。

 まず頭部。視覚的な視認性は多くの人型ゴーレムも同様。まぁ、例外はあるけどさ。次に両脚部。脚を潰せば移動力を削げる。……が、ここに注意点。ゴーレムは何をしてもコアを壊すまで反撃してくるから油断大敵なのだ。今がその展開。回復機構が弱まり、再生がしきれない巨人は各所に甚大な被害を被った事は分かるのだろう。しかし、両脚をやられる訳にはいかない。結果……大暴れ。

 そこに立ち上がったのはクラヴィだ。大地の聖剣。彼女は難しい魔法を苦手とするが、代わりに魔法の行使力には目に見張るものがある。クラヴィから僕ですら圧倒されるレベルの魔力が吹き出し、ヴォーレル王子の召喚獣になる世界樹(ユグドラシル)と同サイズの岩石で造形された騎士が現れた。ただ、騎士が持っていたのはタワーシールドだけ。代わりに世界樹が(マサカリ)を持っている。やりたいことは分かる。分かるのだけどさ……。


「流石クラヴィ、これでもかってくらいの力技よね」

「じゃぁ、俺達も力技で行く?」

「カルフはできても僕は……え? ニヴェリエーラ? 行けるの?」


 世界樹と岩石の騎士により、残っていた片脚がぶった斬られた。タワーシールドで世界樹を守りながら無理やりに急接近。振り抜いた柄の長い鉞は遠心力をこれでもかと利用し、一撃でぶった斬った訳だ。

 バランスを大きく崩した……と言うか、両脚をもがれた形の巨人。片脚でもあれば両腕を振り回すのも敵を振り払う程度の効果はあったのだろうけど。しかし、向こう脛あたりを破壊された巨人には最早反撃の方法はない。カルフは空高く飛び上がり、僕はニヴェリエーラが僕の聖獣のユニコーンに力を貸した形で駆け出す。……これだけならまだ巨人も浮かばれたんだけどね〜?

 カルフが絶級魔法を併用した強化外装で関節をきめた中、僕がユニコーンに騎乗した状態……で翼が生えて飛び上がり肩辺りを一刀両断。アレ? こんなに切れ味よかったっけ? なんて考えていたら僕らが壊した右腕の反対側に無茶苦茶な熱量が閃く。よく見たら哀れな左腕が宙を舞っていた。潮姉が乗る艦鮫(タチヌシ)が左腕に食らいつき、他にも鮫の形を取っている水の高位精霊や他の聖獣が次々に攻撃している。そんな惨状の中にミュラーが区切りを付けた。まぁ、それが先程の炎の閃きだった訳さ。


「大統領! 段取りは最終段階です。よろしくお願いします!」

「了解。オニキスッ! 心紅!」


 どっかに行っていたオニキスは鳥型の飛翔体からまたもや何かを落とした。巨大なエストックだ。そのタイミングに合わせてニニンシュアリが何かの大砲を使い、心紅が切り裂いて無理やりに露出させた核へ巨大な魔法陣を展開。

 そのまま姉上がエストックを突き立て、巨人の核が脈動し大爆発を……。あ、あぁ、アリストクレアさんと事前に用意していた姉上が結界で抑え込み、ルシェ消失なんて事態にはならなかった。まぁ、それなりに大きな問題にもなってるけどさ。破壊された巨人に対抗した人間達には短いながらの休息が与えられる事になった。

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