神霊の契
アークが暴れるのが神厄と言われるなら、目の前のあれも紛うことなき神厄だと思うんだよねぇ……。何なんだよアレ……。馬鹿じゃないの? 首が痛くなってきた。
「デカいとかそんな話じゃなくない?」
「あぁ……」
「攻撃的でないのが救いだね」
家族の繋がりの上では義理の姉の旦那さんだから、義兄?のアリストクレアさんが先行した任務地。精霊帝国ヴォクラン。カルフの故郷で起きた怪異。徐々に怪異の規模が大きくなっていた気がする。画面通話で映し出されたアレは……うん。凄い迫力。
アリストクレアさんが暗躍中に動きがあり、ニニンシュアリの堅実な危機管理と心紅の力技で軍への人的被害は無し。しかし、機材的な被害は甚大。僕も突如として現れた巨人への対応という急展開に驚いてる。単に巨人がいきなり現れたからじゃないよ?
アレだけの物を見せられたんだ。だから、僕や数名の高位勇者が救援に駆けつけた……。はず、だったんだけど。なんでか海面に浮かぶ小舟で待機してた人が、気軽な様子でこちらに挨拶をしてきた。なんと、アリストクレアさんに同行していたはずの太刀海先生だ。地理や大精霊への対抗も考え、僕とカルフが偵察に出たんだけどさ。危ないから出たはずだったんだよね?
いきなり、『おう、はやかったな』などと言うからさ。僕らの報告で駆けつけてくれたブロッサム先生すら呆れてた。……いやいや、ブロッサム先生。海面を歩くのは反則では? 歩幅と距離が全く噛み合ってないし。
というかさ、何なの? この緊張感の無さ。阿修羅王と艦鮫を動員しての強行軍には変わりなかったはずなのに。
現状の経過として、あまりにも常識から外れており、被害予想などは不可能。アリストクレアさんより待機を命じられた太刀海先生。彼からの報告によれば、彼らはヴォクランへ潜入した段階ですぐにエゼルビュートと接触。海浜に現れていた超大型の術式は既に起動状態だった。そして、戦闘に発展し今に至る。なお、分岐後の状況は不明。
あの巨人に関しては最早理由すら聞く意味が無い。船で聞かされた怪異とカルフの実家に関しての深い部分。さらにはヴォーレル王子が懸念した部分との兼ね合いすらも……、『壮絶な妄想』とブロッサム先生が一蹴する展開となった訳よ。一応…………血の繋がるアレをどうしてくれようか。
「そ、それでは……世界を巻き込んだ、壮絶なお騒がせだったという事なのですか?」
「いいや、太刀海よ。お騒がせと片付けるにはちょいとハメを外しすぎだよ。鬼の家に復讐するなどと馬鹿げた妄想を膨らませた事自体に問題がある」
「……」
「エレノア、今のお前にはキツい話かもしれん。しかしな、人である以上、家族であっても心が別にあり、すれ違いもする。アタシにはこれからを保証してやることしかできんのだ。過去を悔やむのは愚の骨頂。アンタには寄り添える男ができた。絶対に……早まるな?」
『壮大なお騒がせ』……、と片付けさせない為に、ブロッサム先生は何かを考えているのかな? 太刀海先生の話によれば、会敵直後のアリストクレアさんも憤慨1歩手前だったとの事。彼はエゼルビュートの壮絶な勘違いの後処理ために今、『無難に』戦っているらしい。
戦闘が開始してからは太刀海先生は近寄れる状況にはなく、アリストクレアさんの攻撃は確認できるが、エゼルビュート本人がどうなっているのかは不明。僕らの到着前までは、巨人が身悶える度に閃いている筋があった。太刀海先生の口ぶりからしても、あれは全てアリストクレアさんの太刀筋だったらしい。
あの巨人の停止はなかなか難しいだろうなぁ。ブロッサム先生の口振りだとアレは外観だけならゴーレムに類似する。ただ、確りとした調査をせねば、手を出すのはやめた方が安全とも。機構がどうかは定かではないが、機関の心臓部にあるのは勇者召喚の召喚陣。鬼の御一家であってもあの陣を停止、やむなくも破壊するのは一筋縄とはいかない。だからこそ、アリストクレアさんは『無難に』現状維持を続けていたのだろう。いかにアリストクレアさんやブロッサム先生でも、単体戦力では質量による前身を停め続けるのには限界があるからね。
アリストクレアさんもなるべく前進させない様に脚部や、転倒時に体を支えている腕を斬り裂いているらしい。人を無力化する為の技だね。あの人は隠してるつもりみたいだけど、その道に関わる人間には……あの人は死神にしか見えない。カルフも言ってたけど、『二度と、絶対に、あの人の前には立ちたくはない。あの人を敵にしてはならない』と言ってたし。間違いないね……。ご本人がいろいろと苦労している人だから、常識的な面もあり、なおタチが悪いし。
いつもなら即決即断のアリストクレアさんなのに、ここまで決め手に欠いた動きか。ややこしい事態である事は確定的。この辺りからは想像の範囲から抜けきらない。不完全な陣ではなく、完成系の召喚陣に間違った術式を使ったせいでさらにややこしくなってるんだろうなぁ。ブロッサム先生がブツブツ言いながら舌打ちしてる。あれだけ荒れた魔気、神通力の脈だと解析系は得意でない僕ですら解るよ。とにかく、めんどくさい。はぁ……。
「うむ。そうとう面倒なことになっているらしいな」
そうだね……。かな〜り適当に太刀海先生がまとめちゃったけど、原因は主に2つ。
一番大きな理由は術が不完全だから。……実は父様が鬼の血筋を弱く受けてるからか、僕も効果がそれ程強くない『創造』が使えちゃうからなおさらよく解る。この世界の中を跳び回るだけの魔法陣なら、この行程は必要ないんだけど。異世界から違う素体の人を喚ぶには、まず喚ぶ存在の前提を改変しなくちゃいけないのさ。この行程は必須。これが無いと喚んだとしてもすぐに存在が消えてしまう。この世界の『理』に適合できないからだね。
あ、それから初代様は文字通りの創造だったらしいんだけど……。あのブロッサム先生すら完全な創造は使えないらしい。それでもあの魔法陣くらいなら起動は可能だろうってさ。
多分、エゼルビュートは気づいてない。あの陣以前に、理のかけ離れた場所を行き来するのに必要な物にね。創造が使えない段階で陣の起動が不完全になり、最も難易度が低い縛心の呪いが真っ先に発動。次に難易度は高いけど、とりあえずエネルギーさえあれば擬似的な発動ができちゃう転心の術がかかる。ただし、喚び出す対象がないと転心の術は空掛りするから意味が無い。タチが悪い事にこの2つが空転してるから、術が発動していると勘違いしてるんだろう。……ま、残念ながら、摂理干渉型異能の『創造』は1部の血筋にしか伝わらず、創世記では『禁術』と記され概要すら文献からは辿れない。また、創造の存在や必要性を知っていたとして、代替可能な異能や魔法も……無いことはないが、縛心と転心の両術すら解析できないのに使える訳もないし。そもそも代替可能な術も『禁術』の類だ。
「何を勘違いしたのかは知らんがなぁ。怪異を頻発させて死人を増やし、生き物に内在する氣類を解き放つ。そうする事で世界にエネルギーを充填したつもりのようだ」
「ねぇ、カルフ。喚ぶべき相手がいないのにアレを使うと必ずああなるの?」
「いや、事は重大なんだけども……。エゼルビュートがただのお騒がせだから致命的ではない。その点だけは助かってる。陣が完全に動いたら、最悪は世界に穴をあける様な事態になるんだ」
カルフの発言にブロッサム先生も頷く。比喩とかじゃなく、この世界に存在する物を吸い込み続ける底なしの穴が空くらしい。対処するにもブロッサム先生を筆頭にオーガ家が居てくれて助かった様な状況か。
さてさて、想定外の事態ではあるが、未曾有の事態に対応する為にアリストクレアさんが出ていた訳だし。この段階でブロッサム先生から会議を閉じるとのお話が出た。結論としては不確定要素が多すぎるから、虱潰しに対処するとの事。怪異は召喚陣の効力が不完全に発動した産物。規模はこれまでとは違うが、まるで進歩もない。先生はため息をつき、もはや呆れすら出ている。それでも先生は対処に必要な要点を理解していない人員へ伝達する為、これまでとの比較を始めた。
旧火の国では魔力不足からそもそもの発動が上手くいかず、不完全なまま強力な魔装を作り出した。その後に魔装が犯罪者紛いの勇者に渡り、アリストクレアさんや姉上が鎮圧。
旧海の国の件はまた別の方式。旧火の国での失敗を踏まえ、エネルギー充填を重視してプランを組んだんだろうね。潮姉を神海大人の依代に据え、集まった膨大なエネルギーを利用して陣を発動しようとした。ただし、魔法陣の起動をする以前の想定外が勃発。太刀海先生の動きが偶然噛み合い、海神国と夜桜勇者塾の連合軍が立ち上がった、そして神社での調整や潮姉の生還を成功させてしまった為、不発。
ルシェ帝国の場合も根本から間違っていた。エネルギーだけならば大勢の人から吸い上げる事はできた。……が、こちらでも陣の起動に問題があり作用せず。不活性化していた古代兵器の古代機構人が復活。心紅やニニンシュアリの作戦で鎮静化。
アルセタスではより周到な策略が組まれていた。長い目で見た本命に近い計画だね。狂威族、森の民に軋轢を生じさせ、土地の守護獣である毒怪沈龍を亡き者に。その骸を利用しエネルギーを集め、アルセタス・セレナディアへ歪んだ術式を供与し、怪異への引き金を引かせた訳だ。まぁ、分かってるだろうけど、怪異が起きた時点で目論見は失敗。恐らく、術式が不完全で失敗したんだろう。
「今度のは現物の術式だ。構造は完全。しかし、完全な術式を不完全な形で運用した場合は問題がある」
「停止の問題だな。母上、我々鬼はそちらに力を割かねばならん。心苦しくはあるが……」
「まぁ、一つの試練さね。ニニンシュアリよ。アンタはアタシらの代表としてこの場に残り、2つの星の集いをまとめな」
「はっ、御意のままに」
「心紅。アンタは、アタシを超えた最強の剣だ。最終手段でもある。早まるな? アンタは出し所が肝心。最後まで出てはならん」
「は……、御心のままに」
ブロッサム先生はここに揃ったメンバーの顔を順に見回していた。神殿での最敬礼を取る2人、ニニンシュアリと心紅に言葉を残してどこかに転移した。クルシュワル様とリクアニミスさんも続いていく。
そうなると、ここに居るメンバー、僕らであのデカブツの進行を抑えなくちゃならない。
……が、ニニンシュアリはブロッサム先生や皆さんが居なくなった段階で、盛大に溜息を吐いた。曰く、あれはかなりタチが悪いみたいだね。技術者としての見解だから、専門用語多いなぁ。
まぁ、噛み砕くとだね。1番嫌な点は魔獣とか災害とは違い、何が起きるか解らない点かな? アレを先生の見解よりも穿った見方で分類するのなら、召喚陣が不安定に起動してできあがった『不完全な召喚獣』。不完全な召喚獣は主の命令も聞かない。対価が尽きるまで暴れるだけ暴れる。しかも更にタチが悪い事に、弱点や相手の能力も解らない。まぁ、召喚陣が働いたなら生命体は呼べないにしても、異界の何かを召喚した訳だしね。生物ではないし、感情やらなんやらの意思が無いから、物と変わらない。ブロッサム先生が言うようにどんな構造かは知らないが、エネルギーが尽きるまで暴れ続けるだろう。
ただこれをこれまでと類似した形。怪異であると仮定するなら、朧気な目標は創造できた。エゼルビュートの目的や先程からの進行方向から考えても、フォーチュナリー共和国にまっしぐら。ただ、こちらにまったく取り付く島がない訳では無い。現状ではデカい割に速度が出ていないのが唯一の救い。動きは……ゾンビとかが目標もなく彷徨い歩いてる感じだ。
「さて、鬼の血筋が出た。俺らは何がなんでも抑え抜かなきゃならない訳なんだが」
「問題だらけだ。中途半端な人員は足でまとい、無駄死にの元になる。ワシも最大限力を貸すつもりだがなぁ……。ふむ、公孫樹の手を借りたいものだよ」
それとアレの不安要素よりも気になる点が1点。……現状では絶望的なまでにこちらのマンパワーが足りていない。太刀海先生の言う通り、中途半端では無駄死にへ繋がるし。場合によっては僕らが守る分の手間がかかる。かと言って、一定以上の人員は拠点防衛の点を考えると、これ以上の分隊は……。それから僕はブラック職場の最たる現状を体験してたからね。2、3日のぶっ通しはできるけど。他の皆ができる訳じゃないし。
妊娠中のオニキスは戦力外だし、ミュラーは姉上の傍付き。以下は追加戦力としては確定ではあるけど、レジアデスはベラちゃんとこちらに向かってる最中だし。紅葉やアルフ、鬼灯はどこで油売ってんだか……。ヴォーレル王子とクラヴィは自国の事もあるから、時間がかかるのも理解できる。
なーんて考えてたら、いきなり近くの海面に何かが落ちる水飛沫があがる。ダッパーン……ってね。突然だったから全員の視線がそちらに向いた。潮姉がすくい上げる様に聖獣の一体の背に乗せたが、鬼灯と……主に泳げない紅葉が文句をギャーギャー言っている。この間抜けな感じ、転移魔法を使ったのは間違いなくアルフだね。3人がいい争い…、いや、アルフに紅葉が文句を垂れる中、さらに大きな影が現れた。空気を震わせる龍の咆哮……。かなりの高高度から一角を巨人へ突き立て、巨人へ体当たりした巨大な影。レジアデスだ! その真後ろからは空を飛来する蛇の様な長い影。体の周囲から特大の火炎弾を乱射する魔法龍……、ベラちゃんも来てくれた!
「馬鹿野郎共……。焦りやがって」
「まぁまぁ、どうせ動いたら紅葉ちゃん辺りが八つ当たりしちゃった訳だし。来てもらったところ悪いけど、作戦聞いたら紅葉ちゃんとアルフレッド君は一旦の後退じゃないかしら?」
「そうでしょうね。絶級……いや、天級魔導師とは言え僕らは後衛だ。下がれるなら今の内でしょうか?」
「なら何でわざわざこんな場所にしたのよっ!! 海面に落ちたじゃないっ!!」
「はぁ……、騒がしいぞ。紅葉」
レジアデスとベラちゃんが巨人に一当てした関係で、巨人は仰向けになりそのまま倒れ込んだ。津波なんかは潮姉が何とかし、今は艦鮫の上で人割り中。隙だらけのはずなのになぁ。あの巨人はかなり意識が弱いみたいだ。
まぁ、反撃がないのは巨人の敵対意識の低さもあるけど、2人の強さのが歩合的には大きいか。強さ的には2人はsssランク。特にレジアデスは勇者会議に名を連ねている。勇者会議は同盟国中にあるギルド勢力の重鎮揃い。加えて、冒険者ギルドの中に存在する龍族派閥でもより大きな存在だ。その婚約者のベラちゃんも言わずもがな。今はフォーチュナリーの空軍を統率するだけに留まって居る。だが、アグナスの政治体制も変革期を迎えている。お姉様であるアトロピナ様の方針により、家格依存から民主選挙政治へシフトするタイミングで両国を繋ぐ役割を担う予定らしい。
ま、あの2人はこれまではあまり表に出て来なかったから、皆も詳しくは知らなかったけどね……。どうもブロッサム先生やアリストクレアさんから、前線での完全体格闘戦を禁止されていたらしい。種保全の考え方も大きく、ベラちゃんは龍種の源龍族の中でも珍しい血統。種族的に格闘戦が苦手な『魔法龍』の血筋。レジアデスは神龍と源龍のハーフ。肉体強度と巨躯、龍体状態での武器戦闘を活かした『武闘龍』だ。まぁ、諸々あるから前線には……出せない。
彼ら個人よりも、単純に僕らみたいな人の理由が1つ。彼らは確かに強い。投入する場面次第では超強力な重戦車ユニットだ。……でも、仮にレジアデスが最前線で大暴れしたら。身震いするよ。その膂力に友軍が萎縮し、血気盛んな勇者は下手を踏めば巻き込まれる。密偵が巻き込まれるなんて事案も考えられるよね……。
「まぁ、俺らが居ると中途半端なヤツらは潰しちまうからな」
「焼き払えないのです」
「2人共、嬉しいのは解るけど、言動が物騒だよ?」
これまでは勝手な僕らの都合だけど、何よりもかによりも危惧されるのが、彼らの命に関わる問題だからだ。体への負担や負荷がかなり大きくて、変身系の異能を多用するのは龍族であっても命に関わるからね。いかに強烈な龍だとしても、摩耗していく肉体がある。そして、慣れや成長により許容や適応が起きる物だ。レジアデスの場合はまた特殊。人間など比にならない生命力を誇る龍族。特に雑種として忌避されているハーフドラゴンは、生き残る為により強力な適応力を持つ。そのハーフドラゴンの彼は、成長に伴い強い血筋の能力へ体の適応力が変わりつつあった。幼体から若龍への変異中であった彼も、源龍族から神威龍族へとシフトし、成体の神威龍になりきった今、枷は解かれたんだろう。てか、何気にレジアデスっていいとこの坊ちゃんだったんだ。まぁ、今更か。
この点は直系の炎神龍族であり、まだ幼いベラちゃんも同じ。源龍は確かに普通の龍族なんかよりも余っ程強靭だけど、変化や変身は肉体へかなり負担があるはず。ベラちゃんはレジアデスの婚約者。血筋に役職や責務が付きまとう龍族社会では、10歳未満でも力があればそれなりの役を背負う。しかし、彼女は14歳。18歳が成人とされる龍族の中でもベラちゃんは異質な存在だ。
ベラちゃんは資格こそないけど、超級魔導師並の魔法力だし。軍団の指揮能力も高い。しかしながら、ベラちゃんの年齢と体格を考えたら、魔力の運用や神通力だって本来は多用しない方がいい。僕らは成人してるからいいけど、10歳未満で使えるのは然るべき血筋だけ。朧月とかパールみたいなのだけだよ。早死にの元だから、朧月やパールにしても使わないに越したことはないし。
「レジアー? いきなり完全体だけど大丈夫なのー?」
「ああ、もうかまーねーよ。俺はな」
「私も本来ならば妻として隣に居たいのですが……」
「ベラ、おめーはまだ若すぎる。せめて成人の儀までは待て。ただでさえ炎龍の血筋は早死にが多い…おっとすまねぇ。んでぇ〜? ニニンシュアリよ。どうすんでい?」
僕の苦言には惚気で返してきたレジアデス。まったく……イチャイチャしやがって……。
ニニンシュアリも呆れながらレジアデス、そしてアークを見た。2人には最強の盾兵として立って欲しいと告げる。龍族は人が考えるより遥かに高い知性、種によるが強靭な体躯を持ち合わせているからね。レジアデスは龍種族の中でも希少な『神威龍人族』。神代の時に生まれた真祖開闢を受け継ぐ存在だ。まさかの風神龍が人化の術を使い続けた血筋らしい。あのアリストクレアさんが『二度と、アイツとのタイマンはやらねぇ……』と漏らすくらいのタフマン。そんでもってアークは『亜神龍』。神と呼ばれた者に付随した神獣。それだけの存在を改変された、意思と命を持つ神にも届く者。
ニニンシュアリへアークは恭しく一礼を取り、レジアデスは龍体のまま雄叫びを上げ、立ち上がっていた巨人へ強烈なテイルウィップで脚払い。向こう脛……痛そー……。
ベラちゃんは自分の最前線投入を拒んだニニンシュアリをキツく睨んだが、レジアデスに頭をグリグリと抑えられ、窘められた。彼女は別の任務の為に2名を連れて飛べと言われている。純粋な飛行速度ではレジアデスの方が断然速いが、レジアデスの代わりをする事はベラちゃんにはできない。だから、アルフと紅葉の送迎、護衛だ。
この場では年齢制限にひっかかるけれども、ベラちゃんは炎龍の中では最も高位の騎士。魔法騎士の最上位級にあたり、年若く、見た目が幼い事を除けばアグナス龍騎士団の中では最高戦力なのだ。レジアデスという緩衝材でベラちゃんは大人しく引き下がった訳だけど、表情はかなり……怖い。ただ、頭では彼女も理解してるはずなんだよね。龍は若い内に無理をすると早死する事がわかっている。この場でどんなに自分を主張しても、何と屁理屈をごねようとも、前線での完全体戦闘は許されないってね。
不機嫌そうなベラちゃんが鼻を『フンッ……』鳴らし、送迎対象の2人が背に乗りやすい様に体を下げる。皆が視線を向ける中で一気に飛翔した直後、アルフの楽しそうな歓声と、紅葉からの悲痛な絶叫が響いた。ベラちゃん……、気持ちは理解できるけど手加減したげて……。
「ふむ、2人はあちらに行ったが、私はどうするのだ? 魔弟の銃士よ」
「鬼灯には家の嫁を守ってもらいたい。役目は2つ。家の嫁が癇癪を起こさない様に接待。潮騒将軍、光神龍、レジアデスのインターバルに……心紅と…」
「俺もだろ?」
「ミュラー君?! なんでここに?!」
「おう、海神組も揃ったな。頼むぜ、ミュラー」
潮姉がめっちゃ驚いてる。……その直後にミュラーへかなり強い怒りを込めた視線を向けてるし。
潮姉としては命令無視に当たる為、怒りに繋がる事は僕も理解できる。でも、ニニンシュアリと綿密な情報共有を行うミュラーには、ここへ来る明確な理由があった。道中と言うか…各地の爛華家のお姉様や家長の椿様、すれ違ったアルフ達に高性能な通信機を配っていたらしい。それも姉上からの勅命だ。いくら潮姉に傍付きを命じられていても、その相手は国の最上位権限を持つ政務官だしね。断れる訳が無い。潮姉もさっきの態度を謝りつつ、モジモジと互いの安全を確かめ合う様な会話を始める。とうのミュラーは気にする素振りも見せず、潮姉を抱きしめていた。余程、潮姉が心配だったんだろう。
ミュラーは潮姉をしっかりと抱きしめた後、ニニンシュアリ、カルフへ視線を向けた。ニニンシュアリは頷くだけ、カルフは近寄って来たミュラーと拳をぶつけ、言葉少なく指示は終わりを迎えた。…………あれ? 僕は? カルフもいるけどさ。
「あれ? ねぇ、僕らは?」
「こういう生暖かいのは、あんまり好ましくはなかったんだけどなぁ」
「ど、どうしたの? きゅ、急すぎない?!」
ニニンシュアリは待機していたアークの背に乗り、巨人を抑えに。レジアデスが尾や爪、角で戦う中に向かう。対して、心紅率いる交代要員は一度、太刀海先生と作戦会議をすると距離をとる。レジアデスが前衛、アークは光線魔法とブレスによる後衛、ニニンシュアリは呪縛魔法や定点魔法による補助。感じ的には戦略的な分析が得意なニニンシュアリが、ある程度の探りを入れてるんだろう。まだ押し合いは始まったばかり。効果的な戦術は見いだせていない。だからそれまではアルフ達には手を出させないのかな。
……とうの僕らは海面に2人だけ取り残されていた。
言葉少なく、ちょっと居心地が悪そうなカルフ。そんなカルフは急に振り返ったと思えば、僕はしっかりと抱きしめられていた。
カルフはポーカーフェイスを取り払うと、割と恥ずかしがり。育ちがいいお坊ちゃんってのもあるんだろうけど、直接の理由は国風なんだと思う。実は……カルフに聞いていたんだけど、ヴォクランは貞操観念が極めて厳しい国なんだとか。……と、言うか、魔法に充填が置かれた国であるヴォクランは様々な点に縛りがある。異性に触れる行為もそれらに含まれているらしい。
魔法や儀式、術式など、そういう行為も『契約』とか『誓約』なんてワードに繋がるらしい。だから、……夜桜勇者塾に入塾してから数ヶ月、密かにお付き合いを始めてからというもの、積極的な交流を求めた僕に対して彼からはボディタッチすら最低限。物足りないと言えば物足りなかったけど、カルフは自身の体質もあり絶対に一線は超えてこなかった。まぁ、その一線と言うのが『掌で僕の体に触ってはいけない』とか言うレベルだった訳だけど……。
ヴォクランでは道具を用いた魔法は邪道とされ、神から授かった神聖な力として魔力が扱われているらしい。ヴォクランの主民族、フェアル族は特に魔法との親和性が高くて扱いに卓越している。カルフはそんなフェアル族の特長に、始祖帰りと言う規格外な内在的な素質を持つ。魔法に親和性が強すぎ、体に触る事すらいくつかの契約に当てはまってしまう。僕は術に抗う体質はない為、カルフはなおさらに気にしていたと言うのだ。
「い、今それ言うっ?!」
「今だから……かな?」
「ど、どうしてよ。ここ、海のど真ん中なんだけど?」
抗術ができない僕の手首を握り締める行為。他にも耳、唇、首筋、心臓の位置に触れる行為……。これらは全て隷属の術や、相手を支配する術の儀式に該当する行為になる。だからカルフは僕には触らなかった。しかし、姉上や義母にあたる人の前でのあの言葉。もう、カルフも迷うのはやめると言う。覚悟を決めたと。
プロポーズや書類などの物は交わせたが、カルフの根底には恐怖を孕んだ強い不安が渦巻いていたのだという。カルフは程度はどうであれ、薄々こうなると分かっていたらしい。エゼルビュートの奇行。最後の王家だからとか、故郷の事など……。これまではそれらに苛まれ眠れない日もあった。でも、これからは違う。そんな境遇、体裁や身分なんか取っ払うと。現状、大層な事はできない。それでも、自分にそれだけの気持ちをぶつけてくれた女性へ。対等以上の気持ちを僕との未来を繋ぐ為に。誠意として見せたいと。
「か、カル……」
「……」
まぁ、うん。付き合って長いし、お互いに年頃になってたからね。カルフからのプロポーズもあって籍を入れた。そんな訳だし、同棲もしている。
最近では姉上や公孫樹さんだけではなく、パーティーの仲間達にも子持ちが増えてきた。別に僕らは家のため、子孫を残さなくてはならないという訳ではないんだけど……。あ、いや、カルフは……そうか。って! そうじゃなくてっ! 夫婦に…………なったしね。そうなると互いに体へ触れる機会が増える。それもあったから、カルフから先程挙げた隷属の術を無効化できる方法を聞いていた。
『それ以上の術で縛る』……と言う方法。
実はカルフが結婚式を渋ったのには、お金以外にも理由がある。儀式とかそんな堅苦しい物はしなくてもいいとは言うけど。格式を気にするヴォクラン出身のカルフには、祖国を思わせるヴォクラン式の婚姻をしておくのがよかったらしい。それを行う為に彼の身の回りを整理しておきたかったともね。ヴォクラン式の古い形を取った結婚式。数日かけるのだが、初日に親族すら同席のない、静謐の中を誓い合う物……。古くからあるしきたりに沿った儀式。まぁ、いろいろあったからね。今、暴露されている訳だけども。
「教えられないのは……凄く申し訳なかったんだ。それでも、アレだけは俺自身で片付けておきたかったんだよ」
「……い、いや、僕はいいんだよ? アルフみたいに行方不明になった訳じゃないし」
ヴォクランの婚姻は魂を繋げると言う最上級の人生共有により、相互に宿る精霊の加護を付与し合うと言う物。身分や2人の関係性にもよるらしいけど。
一番下位にあたるのが両手首を握り合い、互いを縛る物。
次が首筋、耳が同位くらい。これらは政略的な物だったり、相思相愛だったとしても身分違いだったり、歳が離れてる場合が多いらしい。
恥ずかしいらしいカルフは、僕としようとしていた物をわざと最後にしたいのだろう。僕も恥ずかしいから……いいけどさ。
これがあっちの国では一般的で、互いに心臓の位置に手をつき、誓い合う。これもかなり重い物らしい。………次が最後。普通の近人種では一般的と言っていいけど、誓いのキス。ヴォクランでは余っ程の事がなければありえないことらしい。それこそ王家の婚姻とかね。あ、カルフは王族か……。
ヴォクランの魔法使いや魔導師は無詠唱はしない。神聖な魔法に敬意を払っているからだ。一言は必ず魔法に関する言葉を放つ。その神聖な物、魔法を言い放つ部位、口は言わずもがなかなり重要な部位になる。それを共有する行為は、ヴォクランでは最上級の誓愛の現れ。『自分の人生を貴女に』と言う物なのだ。
「嬉しかった。もちろんエレの気持ちを疑った事はなかったんだけどさ。でも、俺は……王家の生き残り。エレを巻き込みたくはなかったんだ。だからこそ、君が示してくれた気持ちに俺も俺の全てを賭す」
「……………」
「エレ?」
「バカっ! バカっ! バカっ! バカバカバカバカバカバカバカバカっ!!!! バカーーーーっ!!!! 僕がそういうの苦手なの知ってるだろっ?! で、でも、嬉しい……かな」
僕のこの答えが、承諾とみとめられたのか? 途端にカルフの背中にあった小さな翼が急激に大きくなる。……なんか、それはそれでちょっと腑に落ちないけども。まぁ、いいか。儀式や格式を重要視するフェアル族には、婚姻と言う行為がとても重要な物だと改めてカルフが言う。結婚限定で起きる現象がそれに関わるんだって。
ヴォクランは僕らで言う聖獣、……あちらでは家系精霊の加護が非常に強く、その加護は力の行使を制限する。特に家格が高い家はより強い力を持ち、それに合わせた強大な精霊がついている。だから余計に婚姻は重要になる。見方によれば、力が制御できない人を縛る物にも見えるなぁ。
特にフェアル族とその精霊にはかなり激しい相性差があり、個人毎の適合性がある。個人差の様な物なんだって。精霊や魔法に親和性が高いヴォクラン人は自分達の相性と精霊の許諾により、はれて夫婦になれる。婚姻を結ぶと互いの精霊も交わり、加護が相互に与えられる。……が、ほとんどの場合でかけ離れた相性であるから、精霊からの干渉力が下がってしまう。結果、制限力が減退し、加護の恩恵のみが残るみたい。ふーん。なんかめんどくさいなぁ。
一説には精霊からの試練がパートナーを見つける事だと言われている。ヴォクランでは離婚は許されないし、文化が堅いから結婚自体も慎重な物だからかな? 精霊の相性も込みで、添い遂げ合う者を見つけられねば一生力は制限されたままなんだとか。
あれ?? ちょっと……待って? カ、カルフは制限された力で絶級魔導師? なの? ま、マジ?
「えっと、エレは大丈夫なのかい?」
「えっ? なんで?」
「いや、エレは氷属性特化だろ? 俺の家についていた精霊は……」
『大丈夫だよ〜。カルフィアーテのお嫁さん……、いい魔力してるねぇ。美味しそ〜。ふふふっ♡』
フェンリラ王家の一族に着いていた精霊はかなりの上位精霊みたいだね。ヴォクランの詳しい分類上では古代精霊と呼ばれ、精霊の中では最上位の精霊。初代勇者達の代、神代の世に生まれた最古の精霊族。明確な意志を持ち、聖獣よりも高位な土地神に匹敵する存在なんだって。
彼女の名は『ニヴェリエーラ』。
うんっ? ニヴェリエーラ……? ニヴェリエーラ? いやいやいや……。精霊じゃないじゃんっ!! 僕の知るニヴェリエーラって言うと、場所によっては神様として信仰されてるんだから。
カルフ曰く、ヴォクランでは氷世の精霊と呼ばれ、氷を司る精霊族の長。付け加えてこちらの認識を言えば、季節を司る四神霊の1人に数えられる程の存在なんだよね。カルフが僕との接触を控えていたのは、この点にも理由があったらしい。僕とニヴェリエーラは相性が良すぎる。排他的な国家であるヴォクランの中でも、特に他種族との婚姻に例がないフェアル族。そんな僕らに興味があったのか、カルフが僕と付き合い出した頃からニヴェリエーラは僕に接触を試みていた。カルフが掌で触る事で、微弱な魔力の接触が起きるのを利用して。
ニヴェリエーラと言う存在は冬や冷温を司り、同時に……淫美の象徴。局所的に崇められ、高級娼館街には神像がある所もある。あとは雪国では『ニヴェリエーラのご機嫌説』が唱えられていて、長い間冬が荒れる年はニヴェリエーラの機嫌が悪い年と言われる。崇められ方がかなり極端な例だけど、ニヴェリエーラはそれだけ強い力があり、人の生活に密接に関わる四神霊の1人だと改めて感じた。
『ありがとね〜。アタシ短気だから嫌われ者なんだけどさぁ。初対面から嫌悪なく接してくれたのはエレちゃんが初めてかなぁ?』
「あれ? カルフは?」
「俺らヴォクランはニヴェリエーラの機嫌取りをするから、国が成り立ってた所があるからね。嫌だったとして、雑には扱えないよ」
『ねぇ? これだからさ〜。でも、仔犬……あ〜、初代のフェンリラは……アタシの恩人だから。この血筋を護り、それに報いる。テキトーだし、短気だけどぉ、アタシにも義理はあるからね〜』
「それで……ニヴェリエーラは僕をどうしたいの?」
頭の中にはニヴェリエーラのイメージと人を嘲笑う様な……癇に障る声が先程から流れてきていた。それを不便に感じたのか、念話で話しかける軽い感じの……肌着? 下着? 姿の少女がいきなり実体を持った姿になった。笑いながら『姿は借りるね〜』とか言って僕の外観を映し出して。カルフは咳払いをし、後ろを向く。ケラケラ笑いながら話すから最初はイラッとしたが、慣れたら割と普通に話せるかな? 神霊と普通に話せるのはどうかと思うけどさ……。
急に真剣な目を向けてきたニヴェリエーラ曰く、神霊は『神』ではない。精霊は信仰という『栄養』で生きる、形のない生命体なのだと。生きている以上、死にもする。力の強い高位な神霊は神と言われるだけの干渉力を持ちはすれど、それは世界にある『理』の中での事。神霊には死んだ人を助ける程の力はない。
僕は力こそ弱い。僕はカルフに対して、力では見合わない。力は時に無情な刃にもなる。ニヴェリエーラはさらに真剣な表情となり、嘲り笑いも完全に止めた上で告げた。ニヴェリエーラはフェアル族を守護し、同時に監視していた。フェアル族は古代の姿を今まで繋いだ珍しい種族。初代勇者の時代から弱い外部血族との婚姻、つまりは混血を拒んだ。その為、純粋に魔法戦闘力に秀でている。強い力は諸刃の剣。剣を留めるには『鞘』がいる。
ニヴェリエーラが『黒』と語る初代オーガは『剣』と『杖』を娶る為、自らは『鍛冶師』となりどちらをも受け止めた。僕はその血筋ながらその才能はない。対してカルフは器用だ。自分の面倒くらいは見れる。ただ、同時にカルフは彼の力を超える壁にも、そのまま挑もうとしてしまう。それを止める『鞘』として僕には居て欲しい。剣を納め、傷つかず、剣と共にある者として。ニヴェリエーラには、もはやカルフは止められない。同時に僕が無茶をして死んだ場合……、彼女が全てをかけても僕を生き返らせる事はできない。
『堅苦しいのは嫌いだから〜、この辺にしとこうかな? ふふふっ……』
そこからは悪戯に笑い出す。ニヴェリエーラが淫美の象徴である部分の説明だ。ニヴェリエーラは本来なら女性へより強い加護を付与できる傾向がある。これが個人差とか精霊の固有能力みたいな物らしい。冬の神霊でありながら、本当は『子女の保護者』らしい。人に信仰される内に歪んでしまって『淫美の象徴』へと変化してしまった……と。
なんか複雑だな……。と、とにかく。ニヴェリエーラは女性が虐げられる事を良しとしない。ただし、ニヴェリエーラはとても強い力を持つ神霊。ニヴェリエーラが助ける為とは言えど下手に加護を与えれば、その人は加虐傾向を持った性格へねじ曲がる。これはフェアル族を縛る役を持つニヴェリエーラが科す試練の様なもので、ニヴェリエーラの淫美の加護程度で歪む人間にはカルフを預けられない。
その点、僕はニヴェリエーラとかなり相性が良い。ニヴェリエーラは厳冬の象徴。僕は氷属性の超特化型。ニヴェリエーラの加護は与えた人間にある冷淡さ、加虐心を増長させてしまう。もとより、氷魔法に適性がある人はクールキャラだったり、冷淡な人が多い傾向らしいし。
ただ、僕はその氷特化にあてはまりながら、残虐さや冷徹さは一切ないと言う。珍しいタイプなんだってさ。むしろ、少しくらいその気質を加えた方が『夫婦仲』は上手く行くから。……、とニヴェリエーラはカルフを見ながら言う。カルフは貞操観念がガッチガチ。僕は重度のあがり症に加えて恥ずかしがり。ニヴェリエーラはフェンリラ王家の血筋を見守るのが仕事(趣味)らしく、『早く元気な子供を見せてね〜』とか、『あ、女の子は絶対にねぇ?』などと耳元で言われ、……僕の体の中へ。
「くっそ……ニヴェリエーラめ」
「あははは……。で、ニヴェリエーラの力は?」
「それは俺には分からないんだよな。俺の力は炎と岩石の合成型だから」
「楓さんと似てる? ……の?」
「ちょっとアドバイスをもらったりはした…いだだだだっ!」
「ふんっ!」
カルフの頬を抓っていると、途端にカルフが持っていた通信機にニニンシュアリからの通信が来た。『いつまでもイチャイチャすんな……』との事。口調は酷い呆れが滲み出ている。
き、聞かれてた? ニーニーンーシューアーリーッ!!!! 許さーーーーんっ!!
途端にニヴェリエーラの念話が響く。やっぱ急に来るとちょっとイラッと来るなぁ……。彼女の軽い口調からはかなり好感触だと言った感じだと言う意味が遠回しに伝わって来た。人間……いや、生き物には意志がある。それが本能とかだったとして、何かをする為の指標である事には変わりはない。ニヴェリエーラだって生物を受け付けない訳じゃない。しかし、生半可では死を招く。冬は生命を調整する役割の季節だからね。動物の生産活動を減退させ、大地や樹木、草の準備期間になる。人は例外的だからこそそれなりの考えや備えがなければ、乗り越える事はできないものだ。僕はそのニヴェリエーラのお眼鏡に適った事になる。
ニニンシュアリへの強い怒りに似た感情に合わせ、僕の体からカルフが驚く程の強烈な氷魔気が渦巻く。今までは苦手としていた潮姉も使う神通力と魔力の代替用法だ。ブロッサム先生に習ったとは言え、僕は神通力の扱いが下手だったからあまり使わなかったんだけど。ニヴェリエーラは神霊。カルフ程の素質を縛る事ができる強大な存在だ。彼女は加護を僕に与えたと言う。
『氷とか冷温なんかに限るけどねー』
「へぇ、氷の力……か。僕に制御できない訳じゃないでしょ?」
『もっちろーん! 加護なんだしっ! ついでに言えば、貴女の血筋からアタシの加護が離れなくなってる。……貴女、辛かったわね。冬の神霊は……春に繋ぐ神霊。貴女には解るわよね?』
「……解る。ありがとう」
『でも、アレは簡単には倒れないよ。だから、貴女も気を引き締めてね』
幼い日に亡くなった父から受け継いだ鎌が脈動する。これは……ついに来たのかな?
父の鎌はかなりの業物で例の動乱の中、扱えもしない道楽者に奪われていた。創造鍛冶師が創ったオーダーメイド品は個人の資質により、使える使えないがハッキリする。それをアリストクレアさんが裏オークションを介して買い取っていたらしいのだ。
僕の本当の父、アルベールは様々な下積みを経て『聖騎士』の称号を持った『闇魔法使い』だった。この鎌は闇属性を扱った父に合わせた魔法武器。首狩りの大鎌『デス』と呼ばれた。
ただの鎌としてだけならば、僕もそれなりに使えてはいた。けれど、残念ながらその本来の使い方は封印せざるを得なかったんだよね。振り回す度に魔力の刃を飛ばすのもそうだけど、僕は闇魔力を上手く使えず『暗躍』を使えなかった。武器に認められていない以前に、『適合性がない』とアリストクレアさんからはバッサリ切り捨てられたし。あの魔法へは思い入れはもちろんあるし、便利な技だっただけにかなりショックだった。
今ではアリストクレアさんにより、デスは僕様に改造が加えられている。それに合わせて特殊能力の保存体も空白化されていた。属性魔法に反応して使用者を学習する魔法回路を設計された武器。言わずもがな、今でさえその技術は複製が不可能らしく、模造品すら少ない。父はそんなアリストクレアさんの力を理解してお抱えにしていた。だから、僕もあの人の技術力に疑いは全く無く。彼の作品に対する説明はしっかりと聞いている。『武器に認められれば、自ずと武器から寄り添うだろう』とアリストクレアさんも僕に言っていた。お父様が『暗躍』であった様に。
「我、新たなる冬の妃。応えよ、『猛吹雪』」
アリストクレアさんからは改造した『デス』からは『名』を取り去ったと語られた。創造鍛冶師の作品は持ち主から名を受ける事で形になるとも。名を受けた武器は持ち主を覚え、持ち主の深層から『意志』を吸い出して特殊能力を発言する。
途端に脈動していた鎌へ膨大な魔力量を吸われていく。魔法武器にも幅広い種類があるから一概には言えないけど、父の持っていた『デス』とはまた違う能力を手に入れたみたいだ。かなりの量を吸われた段階で、海面に居たカルフが一度退避する。いきなり、氷結してるはずの海面が沸き立つ様にざわめきだしたからね。
凍結していた海面に……数万? かな? それに近い量の『氷の人形』が造形されていく。いつもなら神通力と魔力で氷魔力の結晶を作り出し、核にしてから造形してた。しかし、これらは全く違う。意識せずに核を作り出し、その中核は1つ1つに精霊が宿っている。ひとりでに立ち上がる女性騎士風の氷の兵団は指示も受けずに分隊し、隊列を乱すことなく駆け出しはじめた。これがニヴェリエーラの加護なんだ。できあがる速度、機構の精密さ。全てが段違い。アークの後ろに陣取り、魔法兵らしき兵団は初級の氷魔法を絶え間なく撃ち放つ。投擲兵らしい一団は強烈な氷魔法を用いたバリスタを放ち、巨人の手足に杭を撃ち込んでいく。そして、僕の後ろにニヴェリエーラが実体を作って現れた。
『貴女の聖獣も凄く素直なのね』などとケラケラ笑いながら近づいてくる。氷でできた勇壮な……いや、僕は痴女じゃないっ! せめてビキニアーマーやめいっ!
僕の聖獣、ユニコーン。力が強すぎるし、乗馬ができないから出番がなかったんだけどさ。ニヴェリエーラは相変わらず軽い風に見せながら、僕に寄り添う。冬の神霊は嫌われる。なぜなら、冬は命を奪う季節だから。冬が認識されている地域では、生産活動が停止する冬は軽い考えでは本当に落命に繋がる。その支配者のニヴェリエーラは一般には死神の様相をした美女として表された。絵にしても像にしてもね。でも、何故娼館街に彼女の神像があるのか、ニヴェリエーラは奪うだけの神ではないからだ。
「エレは素材がいいからなぁ。どうしても冬の神霊としての加護が最優先だし〜」
「実体になれば直に話せるんだ」
「まねっ☆ とりあえず、これからよろしく。旦那を絶対に見捨てないでね? あと、無理も厳禁だからっ! へへへっ」
だから、ニヴェリエーラ? ビキニアーマーはやめよ? 反応見て遊ぶのもやめてくれないかなぁ?
すると、潮姉がなんか美女と一緒に寒そうな感じで肌をスリスリしながら現れた。ニヴェリエーラが笑ってる。何で?
僕の疑問は、本日何度目だろう大きな驚きと共に吹っ飛んだ。ニヴェリエーラと潮姉の横に居た美女が話し出したんだからね。2人とも僕らの体がベースとは言え、コピーではない。割と好みで弄ってるみたいだし。胸囲とか……。目前で会話をする2柱は絶世の美女と言って過言でない。ニヴェリエーラと話す女性。その正体が潮姉についている大聖獣…艦鮫。なんと夏の神霊。
彼女は人への加護は少なく、自然への守護が割を占める為、いつもの姿は鮫だが別に何にでも姿を変えられるとの事。この人も潮姉を真似てる。ビキニになっがい腰布? やっぱ羨ましいなぁ。脚長いし、綺麗だし、瑞々しい肌。あれで二児の母かぁ。いいなぁ。本人は……恥ずかしそうだけどね。
ニヴェリエーラの気配を掴み、艦鮫が挨拶に来たらしい。口ぶりからは少し前まではニヴェリエーラの反応がかなり微弱になっていたようで、艦鮫は神霊としては心配していたみたい。あー、なんか解る。正反対だなぁ。ニヴェリエーラとは仲こそ悪いが嫌悪はない。夏と冬は厳しい季節。共に1部地域では忌避されながら崇められる存在だしね。
「んぉっ? ニヴェリエーラ?! 神霊会議にも出てこねーから、死んだかと……。って、何してんのお前っ! ついに宿主見つけたと思ったら、ウチの神殿騎士に手を出しやがったなぁっ!!!」
「黒月ー? アンタこそなんなのぉ? 今はたっちーと話してんだけどなぁ?」
鬼灯を引き連れ、寒そうに耳を倒している心紅まで来た。心紅の横にはちっさいし見た目は心紅みたいな……。もう、驚かない。心紅の聖獣……もとい神霊『春の時兎』、黒月らしい。口調と態度はアレだが、性別的には女性との事。艦鮫曰く、季節霊は全て女性らしいけど。
いやいや、豪華すぎでしょ……? 神霊の3人はもはや『女子会』の空気。なんか、最初から緊張感はなかったんだけどさ。巨人を押し留める持久戦には変わりはない。けど……、あとは根本を解決できる皆さん次第なんだろうなぁ。アークやレジアデスも余裕そうだし、ニニンシュアリもたまにこっちを見てため息ついてるし。
僕らもあまりに暇だから、心紅、潮姉、鬼灯も女子会に混ざる。気になったらしく、鬼灯がニヴェリエーラに問出した。鬼灯は中でも特殊。実はアークに近い。種族やいろいろが隠されていて不明瞭だが、鬼灯は様々な能力を良いとこ取りし、なおかつ土地の守護獣の毒怪沈龍であった彼女自身に聖獣の資質もある。鬼灯は力関係では目の前の3柱に限りなく近い事もあり、自身が所属する秋の精霊の長と会いたかったらしい。
僕がフォローしながらニヴェリエーラに聞いてみた。どうやら『四神霊っ! 全員集合!』って訳ではないみたい。春の神霊、黒月は神霊業務よりも、聖獣として時兎を守護する事が最優先。艦鮫は夏の神霊でありながら、酒神でもある。ニヴェリエーラはさっき言った。……最後の秋の神霊、フォルフオルフェはこの場には居ないらしい。と言うか、フォルフオルフェも便宜上で人についてるだけで、秋の神霊や精霊は実に自由奔放らしい。職務はきっちりしているが、こういった神様としての仕事に無頓着な秋の神霊は、あまり人前には現れない。その秋の神霊も僕らの身内について長いらしい。誰かは教えてくれなかったけどさ。
「ヒッ?!」
「んぉっ?!」
「こっ、これはっ……この気配は」
「ったく、お前達は……」
その3柱が急にビクッ……と背筋を伸ばす。錆び付いた歯車を無理やり回した様な音が聞こえてきそう。そんなぎこちない動きで3人が見た先には、僕の見知らぬ女性が立っていた。アーク、レジアデス、ニニンシュアリが余裕そうだからか? 聖獣や神霊達はかなり自由に動き回る。まぁ、この状態だかららしい。不完全な召喚獣から漏れ出す大量の魔力や、僕らが使う神通力などがこの場には適度に満ちて居るんだとか。
豪華な鬼を象った兜、金細工を誂えられた牙飾りが着いた猿轡で顔は見えなかった。プレートメイルが女性物なのは解るけど、あんなの着れる人って……ブロッサム先生? ではないらしい。とっても低姿勢な3柱の言葉で正体が明かされる。
「ご、ご無沙汰しております。あ、阿修羅王様」
「ん? 阿修羅王ってブロッサム先生の聖獣だよね?」
「エレノア殿……、臨場の際も思っていたがな? このお方にその様な……。本来ならば我ら程度、腰を折るでは無礼にあたる。土に頭をつけるが適当なのだよ?」
「あー……。うん。俺らみたいな聖獣や神霊にも格ってもんがあるんだよ。俺は兎や春の精霊、聖獣なんかの頂点でも……力関係から言やー………………めっちゃ、怖いんだよ。この方は」
阿修羅王……そんなに凄い存在なんだ。あんなに軽薄な感じでヘラヘラしてたニヴェリエーラは、僕の後ろに隠れてビクビクしている。今はブロッサム先生が何かをしているはずなのになぁ。阿修羅王は自由みたいだ。新たに阿修羅王が女子会に加わる。
……と、いうよりも阿修羅王曰く、これはブロッサム先生からの指示らしい。阿修羅王の様に人に密接な関係を持ちながら、一定の土地などに居を構えない存在は稀らしい。一般的な神霊や精霊、聖獣は信仰や土地に住まう人々の心情、意志などから生まれる。特に季節の影響を受ける精霊や、人間の生産活動から生まれる聖獣などには、人との関わりが強くそれに合わせた力関係らしい。例を言えば、春の神霊、『黒月』は夏の神霊にあたる『艦鮫』よりも弱い。でも、『艦鮫』は秋の神霊よりも力関係的には弱い。まぁ、こんな感じで相関関係があるものなんだって。
ただ、その中に相関関係外の存在が居ない訳じゃない。その様な神霊や精霊、聖獣などを寄せ付けない『理』を体現した存在がいる。神霊や精霊、聖獣などの格付けから外れ、それこそ神様と言われる存在。……その中に『阿修羅王』は含まれている。この世界は色に縛られていると、宗教の教えにあり、色を体現した神様はそれだけ強い。特に阿修羅王は……。
「黒の神霊の長で在らせられる阿修羅王様は、戦や武器の神霊の頂点に君臨されているのじゃ」
「で、夏の神霊のたっちーとか、冬の神霊のアタシは阿修羅王様には頭が上がらないのよ〜。春と秋は彩りの季節。でも夏や冬は産業の振るわない地域が増えるからさぁ。争いも増えて戦神の力が増すから、アタシらは助けられてんの。減った神力とかいろいろ分けてくれるし」
「まぁ、でも。それは定例的な考え方でさ。俺の春にしたって戦は起きる。戦が起きたら、阿修羅王様から減った分の神力を補填してくれっから……。頭が上がんねーのは皆が同じなんだよ。もちろん、戦って勝てる訳もない……しな」
「うっ……」
「うひっ……」
艦鮫やニヴェリエーラはずっとビクビクしている。単に頭が上がらないだけではなく、かなり前に戦ってコテンパンにされた過去があるらしい。それを他所に、黒月も掌を返しながら、自嘲気味に阿修羅王について語る。それを見た阿修羅王が首を傾け、戦神である自身は忌避される神であるべき……。と溜息をついた。武術の神ならまだしも、戦は必ず命のやり取りが起きてしまう訳だからね。
戦は確かに鍛冶や武器販売、傭兵家業などで一時は経済を回し、人の生産活動を促す。しかし、それはあくまで一瞬の話だ。作り蓄えた生産物を急速に消費し、畑作を担う人々も場合によれば戦に出る。最悪は亡くなる場合も。
阿修羅王は自身の存在をあまり良くは思わないらしい。
『しかしだよ』と阿修羅王は口を開き、ブロッサム先生を例に出しながら、全く必要がないとまでは言わなかった。争いは生き物が存在する以上は起きる摩擦だ。それを抑え込むには『威圧』という強い力で圧力をかける方法が必要だと。
「あの様な物を抑える為にも力は必要だからな。私も全てを否とはせんよ。それに生き物に食い食われがあるならば、力の強弱は必ず生まれる。争いは絶対に無くならんからな」
「……あ、そういえばさ。話の腰を折って悪いんだけど。阿修羅王がもらった指示って僕らの手助けなの? 暇そうだけど」
「うむ……。お主らならば良いか……。契約解除の慣らしだ」
「え?! 先生との契約をやめるの?」
阿修羅王は視線を逸らし、考えた素振りを見せた後、小さく口を開いた。
人と聖獣や精霊が長く連れ添うと、場合によっては同化してしまう。契約解除はその様な場合に取られるより強い方法だ。この手段を取らない場合、対象者の死亡と同時に消失してしまう。阿修羅王の場合はまた特殊。黒と言われるグループに強い適合性があり、その筋の大家であるオーガ家に長く寄り添って来た。中でもブロッサム先生は性別、能力の質、何より性格など、総合的にとても相性がよかったらしい。
ただし、概念生命体と有機生命体では、生命体としてのサイクルが全く異なる。阿修羅王は『闘争』という概念その物。争いが無くならなければ、消え去らない。対して、ブロッサム先生には寿命があり、既にかなりお年を召している。これまでのご苦労からも、ご本人の言葉のとおりにいつ亡くなるとも限らない。先生自身も阿修羅王にもその懸念はあった。それは僕らも共通の認識だ。先生は僕らを集めた理由も語ってくれていたし。先生が1人で背負い込んだ物を分散し、僕らの様な後輩へ馴染ませるためだ。阿修羅王はブロッサム先生の強い『意志』と『心意気』を受け、次の契約者の指定を快諾している。今はまだ当人が幼い為、絆程度らしくてブロッサム先生と一時的な解除を行いながら、新しい契約者との感覚を馴染ませているんだとか。
「残念ながら、命は1つだ。桜も理には抗えぬ。……いや、これまでよくもあれだけの荒波の中を抗い抜いたと、感服していた程だ。だからこそ、桜が選んだ後継を、自ら育てたいと思ったのだよ。柄にもないこととは解るが、な」
幼いと言われた瞬間に何人か候補が脳裏に浮かんだ。それなりに力があり、適性、血筋から真っ先に浮かぶのはパールやエメラルダ。次点で朧月。海神の双子姫もなかなかいいかんじだろう。……性格的に無いとは思うけど、素質的には泳鳶も申し分ない。また、更に幼い組にも数人候補が思い浮かぶ。
僕の様に心紅や潮姉、鬼灯も何かを考えたんだろう。心紅はかなり不安気だし、潮姉は真剣そのもの、鬼灯は会話自体に恐れ多いと言わんばかりに腰が引けている。……が、阿修羅王は気にすること無く話し出す。落ち着けと語る阿修羅王は、『肩肘張るな』と特に先の2人へ口にした。鬼灯へは軽く呆れながら話してる。
誰の子だろうともその子や、それに近い金の卵を教える役は、間違いなく僕らになるだろうからだろうけど……ね。
阿修羅王からは『黒真珠』と言うワードが飛び出した。やっぱパールかぁ。心紅は自分の娘ではない事に安堵したのか? 潮姉は神妙な表情になり、パールについてを阿修羅王に問い出した。まぁ、解る。今のパールには阿修羅王の『戦神の加護』は過剰だ。唾をつけたとは言うが、阿修羅王は普通の聖獣や精霊の類ではない。心紅や潮姉は自分の中にある強すぎた力に苛まれた組。同時に、パールへ教導を行う時にはブロッサム先生は…………居ない。力を測るのは大切だからね。まぁ、パールなら大丈夫な気もするけどさっ! なんたって僕の姪だし。
阿修羅王も苦笑いしながら話し出す。そもそも本契約はまだまだ………ま〜だま〜だ先との事。ブロッサム先生の血筋と言うこともあるが、パールは異能の質として黒の適性が非常に高い。なおかつ姉上とは違い、肉体も強靭。その時分のブロッサム先生の素質を上回り、『女神の血筋』となる事で下手な精霊はつけない。パールの素質に加護が負けてしまうんだとか。その言葉に3柱の神霊が生唾を飲んだ様な音を放つ。3柱の話し方からして、ブロッサム先生は聖獣や精霊にも知れた存在だったらしい。
その人の曾孫。まぁ確かにポテンシャルは素晴らしい子だよなぁ。でも、僕らからすると欲に従順で可愛らしいおチビさんなんだけどね。……口を開けば『トト様は?』とか『お菓子っ!』だからね。でも、彼女ら概念生命体には宿主との力関係はとても重要なこと。神霊や聖獣の様に無形であり、寄り添う存在を気にする存在からすると、加護の相性はかなり重要視される点なんだろう。
「桜の言う通り、あの子は父親と母親から余すこと無く愛を注がれ、比類なき力を受け継いだ。その証拠に……。私と同等の大地神が既に加護を与えているのだ。その牽制も目的の1つであるが」
「ま、まさか、豊穣と暴食の地蛇神……富食いヨルムンガンド様が?」
「あぁ、まぁ、適性の理由は私と同じだよ。喰蛇……と言う点だ。アレも私も唾を付けた程度さ。仕方ない事だが、容量は凄まじいながら幼子。我らを受け入れるにはまだ時間が要るのだよ。……まぁ、既に3柱目が私に打診を打ってきては居るが。あの子には不安が尽きん。陸呑みの阿呆が言い寄るも時間の問題だ」
「…………、陸呑み? まさか、……新約の喰蛇リヴァイアサン様? ま、まさかな? そ、そんな馬鹿な……」
あー……。紅葉が言うとんでも黒子の一族はやばいなぁ。最後に艦鮫が呟きながら気絶したし。
『あの子の様な規格外は、数億分の1くらいしかいないがな』……と言った本人もやや苦笑い。その阿修羅王曰く、何事もないように聞いている時点で僕らもおかしいし、神霊と聖獣を複数宿す僕らも、十分に異常な存在らしいけど。ヤバい聖獣に神霊からのお墨付きかぁ。まぁ、その点に自覚は十分あったつもりだ。
今、この場には急成長した旗持ち役が集まっている。今はオニキスだけ抜けてるけど。ブロッサム先生には常々言われていた。視野を広げよとね。
仕事の上では人を見るようになった。心紅も神殿のトップになる上で、様々な人材を見る視野が拡がった。それは僕も同じ。神殿の人事や採用、ヘッドハンティングなんかも僕らには関係してくるから。戦いの場では相手の力を見る力がより強まっていた。見る事ができる範囲が拡がって行くに連れ、僕らが先生の代わりを始めている。新たな発見をしながら。
「桜は過保護だからな。やり方が手荒な事は激しく同意するが、あの子もお前達と同じ。最初は泣き叫ぶは逃げ腰だわとな。今更ではあるが。だからこそ、お前達は生きるのだ。1人は……辛いぞ?」
先生が泣き叫ぶ姿とか想像つかないんだけど……。まぁ、いいや。
それに後輩は次々に現れる。アルセタスでオニキスが拾って来た子達も見定められたはずだ。成長の糧に場数を踏む為、時間を重ねなければならない。だから僕らもまだ訓練の段階。それは解るがそれなりに目も肥えたし、自分達の立場や力の危険性もより理解した。心紅が幼い頃から抱えていた恐怖や、潮姉の背後にあった暗い思惑。目立ちこそしないけど、正しい評価を受けなかった紅葉。両親を失いながら足掻いて鍛冶師になったオニキスも。僕も動乱に巻き込まれ、それなりに重い過去を抱えていると言う自覚はあるし。
その人を見る目を培う為の時間。
王都の学舎ならまだ卒業すらしてない。17歳の神殿騎士は超異例なんて言われてるし、陰口は結構聞く。心紅に対してもね。悲観しても忙しさは抜けないから考えるのもやめてたけど。
「さて、頃合だろう。気持ちの整理もついたな? 星の若人達よ。主らは強い。しかし、全ては守るな。お前達も幾多の粒の1つと変わらぬ。……全ては言わんよ。この後は全てお前達の裁量次第だ」
精霊や聖獣は宿主と寄り添っていく事で、その人の気質が移り込むらしい。……阿修羅王に伝わり、パールが受け継ぐかもしれないね。僕らも後続に繋がなくちゃならない。その為に、勝たなくちゃ。運命に……。




